鎮守府決斗録   作:石田零

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35 サーモン海の疾風

「みんな、いきなり呼び出して済まないな」

 

 執務室に集まった面々を見回して、春瀬は口を開いた。

 

「別にいいけどよ。わざわざ放送をかけて呼び出すなんて、何かあったのか?」

 

「D型艦の出現……は違うか。今は鈴谷たち以外にも戦力が揃ってるし」

 

「もしかして、提督に異動辞令が下りたとかかしら~?」

 

「そ、それは嫌なのです!」

 

「安心してくれ、電。用件は異動の話じゃない。そもそも、俺はこの春トラック泊地に着任したばかりだから、しばらく異動は起こらないさ」

 

「良かったね~、電ちゃん」

 

「だとしたら、何の話なんだよ?」

 

 天龍の問いに、春瀬は短く答える。

 

「遠征だ」

 

「遠征ぃ?」

 

 天龍は、眉を寄せて彼の言葉を繰り返す。

 

「遠征なんて、いつもやってることじゃねぇか。わざわざ召集をかける必要なんてないだろ」

 

「それが、普通の遠征だったらな」

 

「どういう意味だよ」

 

 天龍の問いに対し、春瀬は机上に置いてある短冊型の紙を取り上げる。

 

「今しがた、長官の秘書艦を務める飛鷹が、俺に電文を届けに来た。発信者はショートランド泊地の基地司令。トラック泊地長官を宛先として、ショートランドへのD艦娘派遣を要請してきた」

 

「これがその電文だ」と、春瀬はその紙を皆に見せる。

 

「電文によると、ショートランドにもD型艦への対抗戦力を用意したいというのが要請の理由だ。トラックのD艦娘も増えてきたが、他の艦娘にデュエルを教えられるだけの技量を持った者となると数は限られてくる。そこで、既にD艦娘の育成実績を持っている俺たちに白羽の矢が立ったというわけだ」

 

「要するに、出前授業ってことね~」

 

「誰を派遣するのかは決まってんのか?」

 

「いいや。こちらから二名を派遣するということ以外は、何も決まっていない。だから、誰を送るか決めるために集まってもらったというわけだ。ただ、俺から一人、指名したい相手がいる」

 

「それは誰だい?」

 

 尋ねる響に、春瀬は彼女の顔を見て答える。

 

「お前だよ、響」

 

「私?」

 

「そうだ」

 

 春瀬は頷き、言葉を続ける。

 

「第六駆逐隊は、教導隊としての経験が一番多い。特に響は、初めてデュエルした時からかなり深いところまでデュエルモンスターズのルールを理解していた。だから、教師役としては適任だと思ったのさ」

 

 引き受けてくれるか、と問う春瀬に、響は首肯を返す。

 

「そこまで言われては、引き受けないわけにはいかないね。司令官の信頼に応えてみせるよ」

 

「ありがとう。それで、もう一人を誰にするかだが……」

 

「あ、あのっ。司令官さん」

 

「ん、どうした電?」

 

 おずおずと手を挙げる電を見て、春瀬は言葉を止める。電は春瀬と目を合わせたまま、踏ん切りがつかない様子で暫し逡巡していたが、思い切ってその先を口にした。

 

「この任務……電に、やらせてもらえませんか……?」

 

「あら、珍しいわね? 電が自分からこういうのに志願するなんて」

 

 意外そうな表情を浮かべ、暁が電に視線を向ける。

 

「確かに。今までは、こういう時は手を挙げるのを躊躇う方だったのに」

 

 響も頷き、電に「どうして急に?」と尋ねる。電は暫し沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……電は、自分のできることをやりたいのです」

 

 静かな口調で、電は話し始める。

 

「D型艦が初めて現れた時、電は、デュエルをするのが怖くなってしまいました。司令官さんや、みんなのお蔭でそれは克服できましたけど、あの時の感覚は、今でも覚えているのです。ショートランド泊地の艦娘の中にも、あの時の電と同じ気持ちを持っている艦娘がいるかもしれません。もし、そういう子たちがいたら、電は、その子たちの力になりたいのです」

 

 一言一言を噛み締めるように、電は言葉を紡いでいく。

 彼女は姉妹と、それから仲間を見回し、最後に春瀬の目を見つめて言った。

 

「これができるのは、同じ思いを経験した、電だけなのです。だから、電はこの任務に参加したいのです。司令官さん……電を、ショートランドに行かせてくれませんか?」

 

 電の懇願を受けた春瀬は、彼女の想いを確かめるようにその瞳をじっと見返す。数秒後、視線を外した彼は、深い頷きを返した。

 

「分かった」

 

「司令官さん……! ありがとうなのです!」

 

 春瀬の言葉を聞いた電は、満面に安堵の表情を浮かべた。

 

「ショートランドへの出張教導任務は、響と電に任せることにする。みんなも、異存はないな?」

 

 春瀬の問いに、室内の面々は揃って首肯を返す。

 

「よし。では、二人は早速準備を始めてくれ。出発は明日の十時(ヒトマルマルマル)。慌ただしい話になるが、よろしく頼むぞ」

 

「了解」

 

「了解なのです」

 

「用件は以上だ。一同、解散」

 

 春瀬の号令を受け、秘書艦の龍田を除いた全員は執務室をあとにする。全員が退室した後、春瀬は中断していた書類仕事に戻った。

 

◆◇◆◇

 

 翌日。響と電は、春瀬ら鎮守府の面々の見送りを背にしつつ、定刻通りにトラック泊地を出港した。一路南へ航海を続けた二人は、トラック出港から四日目に、ようやくショートランド泊地に到着しようとしていた。

 

「もう少しで、ショートランド泊地ですね」

 

 熱帯の海を進みながら、電が言う。

 彼女たちは現在、ショートランド泊地の近くにあるブカ島の東側を航行している。ブカ島はショートランド島の北方に位置する島で、この島と、その南にあるブーゲンビル島を通り過ぎれば泊地のあるショートランド島へ辿り着く。

 

「私たち艦娘は不眠不休の強行軍もできるとはいえ、久しぶりの長距離航海はやっぱり疲れるのです……」

 

「最近は大規模作戦もなくて、泊地周辺にしか出撃していなかったからね。それに、もともと長距離移動時は専用の輸送艦を使うのが普通だし。無理もないさ」

 

 片手で目を擦る電に、前を行く響が答える。彼女たちは縦一列の単縦陣を組み、響を前、電を後ろにして前進していた。

 

「できることなら、今回もそうして欲しかったのです」

 

「流石に、駆逐艦二人のためだけに輸送艦を出すのは難しいだろうね。けど、仮に輸送艦に乗れたとしても、結局はこうなっていたと思うよ」

 

「どうしてなのです?」

 

「忘れたのかい、電? 輸送艦での移動時には、乗っている艦娘が艦の護衛を担当しないといけない。私たちは二人だけだから、結局、一日の大半は護衛時間になる。それに、このサーモン海は小島が多くて見通しが悪いから、敵の奇襲に対応するために艦娘は自力航行を義務づけられているんだよ」

 

「あ……。そうでした、忘れていたのです」

 

 電は溜息をつき、肩を落とす。

 

「はぁ……。どちらにしても、結果は同じだったのですね」

 

「あと少しの辛抱だよ。泊地はもうすぐなんだから、到着したらゆっくり――っ!?」

 

 言葉の途中で、響は表情を強張らせて口を止める。直後、彼女は表情をそのままに電に顔を向け、鋭い声で言った。

 

「電探に感あり! 敵艦、右三十度! 距離八千メートル!」

 

「えっ!?」

 

 響の報告に、電は驚愕の色を浮かべる。しかし、すぐに彼女の電探にも同じ反応が現れ、それが嘘でないことを裏付ける。

 

「そんな……電探の探知範囲は、もっと広いはずなのに。どうして、こんな近くになるまで反応しなかったのです?」

 

「恐らく、敵は島影を利用したんだ。私たちの電探は、遠距離の探知精度はそれほど高くない。島の沿岸を貼りつくように航行されると、島と艦影の判別がつきにくくなる。理由は分からないけれど、敵はそれを知っていて、私たちの前方にある島を隠れ蓑に使ったんだ」

 

「どうしましょう。このまま前進を続けていると、会敵してしまうのです」

 

 焦りを滲ませた声で、電は言う。

 

「電探が捉えている反応は、中型が一つと小型が四つ。きっと、巡洋艦が旗艦の水雷戦隊なのです。二人だけじゃ、手に負えないのです。ここは一度反転して距離を取った方が……」

 

「いいや。このまま前進しよう」

 

「響ちゃん!?」

 

 自分とは真逆の意見を口にした響を、電は目を丸くして見る。

 

「敵の数は、こちらの倍以上なのですよ? まともに戦っても、勝ち目はないのです!」

 

「不利なのは私も承知してる。だから、会敵を避けようとする電の考えも分かる。けど、敵が快速の水雷戦隊である可能性が高い以上、反転しても充分な距離を稼げる見込みは薄い。それに、私たちが敵を電探で捉えたのと同じように、敵も私たちに気づいているはずだ。だとすると、最悪の場合、援軍を呼ばれて退路を塞がれ、挟み撃ちに遭う危険さえある。それよりは、敵艦隊を中央突破してショートランド泊地に逃げ込む方がいいと思う」

 

「……そうですね。確かに、響ちゃんの言う通りなのです」

 

 響の主張を聞いた電は、その考えを理解して同意する。

 

「戦闘指揮は、響ちゃんに任せるのです」

 

「分かった」

 

 響は頷いた後、矢継ぎ早に指令を出す。

 

「これより、本隊は敵水雷戦隊と交戦する。総員合戦準備。対艦戦闘、左および右砲雷戦用意。両舷第五戦速、ただし、いつでも全速を出せるよう準備しておいて。交戦陣形は単縦陣。目的はショートランド泊地への到着とし、敵艦隊との交戦は最小限に抑えることとする」

 

「了解なのです」

 

「それから、電。ショートランド泊地に救援要請の緊急電を送ってくれ。状況は一刻を争うから、暗号化せず平文でいい。送信内容は、彼我の現在位置と交戦予想地点、そして兵力だ」

 

「はい」

 

「それじゃあ、いくよ。全軍突撃!」

 

 響の号令と同時に、二人は速力を上げて前進する。敵艦隊も増速してこちらに向かってきたため、彼我の距離は見る間に縮まり、すぐに互いを目視する位置に立った。

 

「敵艦発見! 右二十(フタジュウ)度。距離三千。的速三十ノット。こちらに向かってくる」

 

「敵艦隊の内訳は……軽巡一、駆逐四。エリート等の上位種はいないのです」

 

「予想通りの水雷戦隊か。電、作戦通りにいくよ。私が合図したら戦闘を中止。島の間の水道を抜けてショートランドへ駆け込むよ」

 

「なのです!」

 

 このような会話をしている間にも、敵との距離はさらに縮まる。とうとう、敵旗艦と思わしき巡洋艦が射撃を開始した。

 

「敵艦発砲! 距離一四〇なのです!」

 

「この距離まで待ったということは、敵の旗艦は軽巡みたいだね。私たちも射撃準備はできているから、距離一二〇になったら発砲だ。……よし、射程内に入った。各個射撃、撃ち方始め!」

 

 響、次いで電が各自の定めた目標に対して砲火を開く。それとほぼ同時に、敵駆逐艦からも発砲の閃光が煌めき、砲弾が飛来する。

 互いに最大射程近くで射撃しているため、初弾は敵味方ともに命中弾ゼロ。その弾着結果を見て、二人はすぐに射撃諸元の修正を行う。射撃、観測、修正、この三つこそが砲撃戦の基本パターンであり、神髄だ。敵よりも早く命中弾を得るためには、このサイクルをひたすら繰り返し、適正な射撃諸元を手に入れなければならない。当然、敵も味方も砲を撃ちまくり、海面には水柱が林立する。

 

「電の砲撃、敵駆逐艦に命中したのです! 敵艦中破!」

 

「私も、敵駆逐艦を一隻小破させたよ」

 

 電の報告に対し、響も自身の砲撃結果を伝える。この時点で、二人はまだ一発の命中弾も受けていない。戦況としては、二人がやや優勢である。しかし、作戦が順調かというと、それは少々違っていた。

 

「そろそろいいかな。電、撃ち方やめて戦闘海面を離脱――くっ……!」

 

「響ちゃん!!」

 

「大丈夫。至近弾の弾片が掠めただけだ」

 

 それにしても、と響は敵艦隊の動きを見る。

 

「敵ながら、見事な連携だね。私たちの意図を把握した上で、それを邪魔するために動いている。あちこちから砲弾が飛んできて、正直、離脱できる隙がない」

 

「敵の砲撃も、精度がどんどん上がってきているのです。距離もさっきよりさらに縮まっていますし、これ以上詰め寄られると雷撃の危険もあるのです」

 

「動きも場慣れしている。トラック泊地では、広い外洋で整然と水雷戦を仕掛ける訓練しかしてないけれど、この敵艦隊は島を利用した戦い方を心得ている。出してる速度は同じくらいだけど、機敏さは相手の方が何枚も上手(うわて)だ」

 

 響の言う通り、戦い方にややぎこちなさが感じられる二人に対して、敵の動きには無駄がなく機敏に動き回っている。現状の戦果では優位に立っている二人だが、この動きの差によって、戦闘の主導権を徐々に奪われつつあった。

 

「敵艦雷撃! 左四十度、数四なのです!」

 

左緊急一斉回頭(アカアカ)! 回避を確認次第、舵戻して反撃!」

 

 敵艦や敵機が雷撃を仕掛けてきた時、魚雷が前方から来ているのなら魚雷に向かう方向へ、後方から来ているのなら魚雷から遠ざかる方向に舵を切るのが雷撃回避の基本だ。響と電は二人同時に左へ急転舵し、回避行動を取る。誘導装置のない魚雷がその動きに対応できるはずもなく、四本の雷跡は二人の針路から外れていく。

 

「よし、この分なら確実に回避できる。今度は私たちの番だ。測距開始、目標――」

 

「響ちゃんっ! 右舷、敵軽巡!」

 

 響が射撃諸元の計算を始めようとしたところへ、電の警告が響く。響が右に目を向けると、そこには、照準を寸分違わずこちらに合わせて主砲を構える敵艦の姿があった。

 

「しまった……!」

 

 自分に真っ直ぐ向けられた砲門を見て、響は敵の真意を悟る。

 これは、敵の作戦だ。

 どれほど機敏な艦娘であっても、回避運動中は動きが制限される。雷撃の回避が確定するまで、回避行動を止めるわけにはいかないからだ。その間、動きは硬直的となり、別方向からの攻撃を受けても適切な対処を取ることは難しくなる。ちょうど、今の自分たちのように。

 要するに、自分たちは嵌められたのだ。さっきの雷撃は、この状況を作り出すための囮に過ぎない。

 しかし、今さらそのことに気づいたところで、どうすることもできない。回避運動は、まだ終わっていない。下手に動けば、接近する魚雷をくらって大損害を受ける危険がある。二人には、回避運動を続ける以外の選択肢はなかった。

 

「くっ……」

 

 今にも火を噴くかもしれない砲門を凝視し、響は顔を引きつらせる。彼我の距離は百メートル以下、しかもこちらは回避運動の最中。敵が狙いを外す可能性は、ほとんどない。響が予想される激痛を考えて身構えた時、海上に砲声が轟いた。

 

「え……?」

 

 しかし、砲弾を放ったのは敵艦ではなかった。かといって、電が援護射撃をしたわけでもない。どこからともなく飛来した砲弾が、響を狙う敵艦に命中したのだった。

 

「一体、なにが?」

 

 状況を呑み込めず、困惑の声を漏らす響。それに答えるように、無線から耳慣れない声が響いた。

 

「命中確認! なんとか、間に合ったみたいね」

 

「当然っ! だって、私たち速いもん!」

 

 無線から聞こえてくる二人の少女の声。声の主を探して響が視線を周囲に走らせると、敵艦を挟んだ向こう側にいる二つの人影が目に入った。

 一人は、銀色の長髪をツイーサイドアップにまとめた少女。もう一人は、ウサミミのような形状のカチューシャを着け、非常に丈の短いセーラー服とスカートを着た少女。彼女たちは戦場全体を一瞥した後、二手に別れて動き出した。

 

「私はまず、あの子たちを回収してくるわ。それまで敵の陽動をお願いね、島風」

 

「りょーかい。あまり遅くならないでよね?」

 

 島風と呼ばれたウサミミカチューシャの少女は、指示を受け取るや否や、猛スピードで敵艦隊のど真ん中に突っ込み、敵陣を攪乱する。その隙に、銀髪の少女は電と響のもとへ向かう。彼女は混戦の中を鮮やかな舵さばきですり抜け、瞬く間に二人の横に並んだ。

 

「君たちは……」

 

「私はショートランド泊地所属、陽炎型駆逐艦九番艦の天津風よ。あっちで戦っているのは、僚艦の島風」

 

 響の問いに、銀髪の少女――天津風は、仲間を指しながら答える。

 

「私は、暁型駆逐艦二番艦の響。所属はトラック泊地の第七司令室だ」

 

「響ちゃんの姉妹艦で、四番艦の電なのです」

 

「トラック……ってことは、やっぱりあなたたちがさっきの緊急電の発信者ね」

 

 二人の自己紹介を聞いて、天津風は小さく頷く。

 

「私たちは、トラックから来るあなたたちを出迎えるために航行中だったんだけど、まさかこんな形になるとはね……。まあ、おかげで救援要請にもすぐ応えることができたし、結果オーライってとこかしら」

 

 天津風は二人の体をざっと眺めて外傷の有無を確認した後、彼女たちに尋ねる。

 

「見たところ、二人とも大きなダメージは受けてないようね。戦闘航海には耐えられる?」

 

「問題ない。弾薬は充分、機関も全速発揮可能だよ」

 

「電も大丈夫なのです」

 

「分かったわ。なら、二人は私に単縦陣でついて来て。島風を援護して敵艦隊と交戦しつつ、この海域から離脱するわ。攻撃目標の選定は私がするから、二人は私の指示に従って攻撃して」

 

 二人が了解したのを確認し、天津風は命令を下す。

 

「いくわよ。全艦、両舷第四戦速。まずは、右三十度の敵駆逐艦に砲撃。射撃諸元の入力ができ次第、撃ち方始め!」

 

 初めに天津風、次いで響、電と単縦陣の並びと同じ順番で各自砲撃を開始する。敵がこちらに目を向けていなかったためにこの攻撃は不意打ちとなり、駆逐イ級と思われる目標は、ものの数十秒で轟沈した。

 

「敵艦の撃沈を確認。轟沈だよ」

 

「了解。次の目標は、左二十度の敵駆逐艦。砲塔を回すのは面倒だから、取舵をとって右砲戦に持ち込むわ。合図をしたら、私の後に続いて逐次回頭して」

 

 左に針路を変えた三人は、敵艦に猛射を浴びせてこれを瞬時に撃沈する。今度の敵も一射目が着弾するまで攻撃に気づかなかった様子で、反撃をする間もなく水底へ葬られた。

 

「また轟沈なのです!」

 

「援軍が来たとはいえ、さっきまでの苦戦が嘘みたいだ。あまりにもあっけなくて、逆に怖くなるね」

 

「でも、どうしてあの二隻は電たちが攻撃するまでこちらに気づかなかったのでしょう? あの距離なら、普通は気がつくはずなのです」

 

「それは、あの子のお蔭よ」

 

 電の疑問に、天津風が遠方を指して答える。

 

「向こうにいる私の相方――島風が、敵の注意を引きつけてくれてるの。だから、敵は私たちが近づいても気づかなかったのよ」

 

「島風ちゃん! そうなのです、電たちは、島風ちゃんの援護をしないといけないのです。敵はまた三隻残っているのです。早く島風ちゃんを助けてあげないと……」

 

「心配しなくて平気よ。あの程度、島風なら一人で何とでもできるわ」

 

「けど、敵の部隊には軽巡洋艦もいるのです。いくら島風ちゃんが強くても、駆逐艦一隻で戦うのは無茶なのです」

 

「大丈夫よ。だって、戦ってるのは島風だけじゃないもの」

 

「どういうことですか?」

 

「見れば分かるわ」

 

 そう言って、天津風は島風の周りを見るように促す。電がそれに従って視線を動かすと、三つの小さな物体が島風の周囲を取り巻いていることに気がついた。

 

「何か、変わった形の物が島風ちゃんの周りにいるのです。あれは……砲塔?」

 

「正解」

 

 天津風は、微笑を浮かべて頷く。

 

「あれは、島風の主砲よ。島風の主砲塔には人工知能が搭載されていて、自由に動くことができるの。島風の主砲は、十二.七センチ連装砲三基六門。その三基それぞれが、別々の思考回路を持って行動しているわ」

 

「ということは、同じ形をしている君の主砲塔もそうなのかい?」

 

 天津風が肩に下げている主砲を見て、響が尋ねる。

 

「ええ。私は陽炎型の一員だけど、島風の装備開発用の実験艦でもあったの。だから、私が使っている艤装は島風のと同じタイプ。性能はあの子の方が上だけどね」

 

 それはともかく、と天津風は話を元に戻す。

 

「三基の主砲塔が別々に行動するから、敵から見れば四人と戦っているのと同じことになるわ。一人だからって急いで助けに入らなくても大丈夫よ」

 

「でも、だからといって放っておくわけにはいかないのです」

 

「もちろん。そんなことする気は毛頭ないわ」

 

 電に向かって答えた天津風は、無線を通じて島風に話しかける。

 

「お待たせ。これからあなたの援護を開始するわ」

 

「天津風おっそーい! 私、もう待ちくたびれちゃったよ」

 

 無線の向こうの島風は、「それで?」と続けて尋ねる。

 

「どんな風に援護してくれるの?」

 

「そうねぇ……。私はこれから『追い込み漁』をしようと思ってるんだけど……いける?」

 

「もちろん! どこに連れて行けばいいの?」

 

 島風の問いに、天津風はとある座標を答える。彼女は通信を切ると、今度は響と電に同じ座標を伝えた。

 

「今から、そこに向けて魚雷を撃って。発射するのは六本全部、出し惜しみは無しよ。私も手持ちの四本全部を発射するわ」

 

 天津風の指示を受け、響と電は魚雷の速度と航走深度を調節する。二人の準備が整ったところで、天津風は魚雷発射の号令をかけた。

 

「全艦、右雷撃戦用意! 目標は私が指定した座標。……()ェーッ!」

 

 命令一下、合計十六本の魚雷が一斉に海に放たれる。彼女たちが撃った魚雷はほとんど航跡を残さず、見えぬ長槍となって海中を疾走していく。

 

「へぇ。あなたたちの魚雷も、酸素魚雷なのね。けど、特型は酸素魚雷の運用能力はなかったはずじゃないかしら?」

 

「初めはそうだったけど、トラックで装備を改修した時に運用能力を付与してもらったんだ。無航跡長射程の酸素魚雷は、水雷戦の切り札になるからね。今は問題なく扱えるよ」

 

「そんなことよりも、魚雷を撃った先には何もないのです。敵艦の予想針路からも外れてますし、これだと無駄撃ちになってしまうのです」

 

 焦りの色を浮かべた電が二人の会話に割って入る。彼女の言う通り、天津風に指示された座標を入力して発射された魚雷群は、明後日の方向へと突き進んでいた。

 

「心配いらないわ。この雷撃は、必ず命中する」

 

 しかし、危機感のあらわな電に対して、天津風は余裕の表情を崩さない。むしろ、彼女の顔からは自信さえ感じられる。

 

「狙いはあれで間違ってない。むしろ、ここまでは私の計画通りよ」

 

「どういう意味なのです?」

 

「言ったでしょ。『追い込み漁』をするって」

 

 天津風の意図を掴めず、電は頭上に疑問符を浮かべる。そんな彼女に、前を行く響が声をかける。

 

「電。あれを見て」

 

 響が指したのは、単独で敵艦三隻と交戦している島風だった。響は彼女の戦いぶりを見つめながら電に言う。

 

「さっきから島風の戦い方を観察していたんだけれど、どうやら彼女は敵を誘導しているみたいだ。実際には、連装砲と連携して敵の針路を制限しているから、誘導というよりも追い込む感じに近いけど」

 

「追い込む……まさか!」

 

 電は、はっと気づいた様子で天津風を見る。天津風は横顔を電に向けて「その通り」と微笑する。

 

「私たちが撃った魚雷の射線上に敵艦隊を追い詰め、一網打尽にする。それが、『追い込み漁』よ」

 

 そうやって会話をしている間にも、魚雷は海中を疾駆し、島風は敵艦隊を射線上に追い込んでいく。そして、設定した座標までの予想到達時間が経過した瞬間、海上に複数の水柱が相次いで立ち上がった。

 

「命中!! 命中数は、一、二、三……六本命中!」

 

「電探に敵艦の反応なし。全艦の撃沈を確認」

 

「電の電探にも、反応はないのです」

 

「戦闘終了ね。全艦、撃ち方止め。両舷第一戦速。周辺警戒は引き続き怠らないで」

 

 速力を落とした三人は、変針して島風と合流する。天津風は島風とハイタッチを交わし、労いの言葉をかけた。

 

「やったわね、島風。敵の攪乱と追い込み、ご苦労様」

 

「ふふん。島風にかかれば、あんなの楽勝だよ!」

 

 得意げな表情を浮かべ、島風は胸を張る。

 

「二人とも、改めて紹介するわね。この子が島風。私の僚艦で、島風型駆逐艦の一番艦よ」

 

「よろしくねー!」

 

「暁型駆逐艦二番艦の響だよ。こちらこそよろしく」

 

「四番艦の電なのです。よろしくなのです、島風ちゃん」

 

「二人とも災難だったわね。遠距離航海で疲れてるところで深海棲艦と遭遇しちゃうなんて」

 

「はい。こういう場所での戦い方に慣れていなかったせいもあって、大変だったのです。二人が来てくれて助かりました」

 

「援軍が来なかったら、追い込まれていたのは私たちの方だったろうね。それにしても、救援要請を出してから到着まで、かなり早かったね。もう少し時間がかかるかと思っていたんだけれど」

 

「当然よ。だって、島風は速いもん!」

 

 響の言葉に、島風が威勢よく答える。

 

「どんなに遠くたって、私ならあっという間に着いちゃうんだから」

 

「そんなわけないでしょ。誇張しすぎないの」

 

「えー、誇張じゃないよ」

 

 頬を膨らませ、島風は天津風に反論する。

 

「いくらあなたが速くても、救援要請を受信してから泊地を出てたら間に合わないでしょ。私たちが二人のお出迎えのために出港していたからこそ、間に合ったのよ」

 

「むぅ……」

 

「でも、確かに島風ちゃんの動きはとても素早かったのです」

 

「確かに。私たちも同じ駆逐艦だけど、島風の速度は一段上に見えた。さっきは何ノット出していたんだい?」

 

「聞きたい?」

 

 自身の速さに話題が戻ったことで、島風は顔を明るくする。彼女は勿体ぶった様子で間を置き……それから誇らしげに答えた。

 

「じゃあ教えてあげる。さっきの私が出してた速度……それは、四十ノット!」

 

「よ、四十!?」

 

 島風が口にした数値を聞いて、響と電は目を丸くする。その様子を見た島風は、満足そうに笑みを浮かべた。

 

「どう? 凄いでしょ」

 

「す、凄いのです」

 

「ああ、驚いたよ。四十ノットなんて数字は初耳だ」

 

 島風の問いかけに、二人は驚きの消えぬ顔で答える。

 

「まぁ、びっくりするのも当然ね。だって、海軍の中で四十ノットを出せる艦娘は、私と天津風だけだもん」

 

「天津風ちゃんも、四十ノットを出せるのですか?」

 

「いやいや。私は島風ほど気軽にはできないわよ」

 

 食いつくように尋ねられた天津風は、少々たじろぎながら返答する。

 

「確かに私も四十ノットは出せるけど、そうするにはちょっと無理する必要があるの」

 

「無理、ですか?」

 

「ええ」

 

 天津風は頷き、先を続ける。

 

「私は陽炎型だから、本当は三十五ノットが最高速力なの。だけど、さっきも話したように、私は島風の実験艦でもあったから、艤装は島風と同じものが使われてるわ。機関もそうだから、泊地の工廠妖精に頼んで特別改造をしてもらって、四十ノットを発揮できるようにしたのよ」

 

「まったく、私に張り合おうとしちゃってさ。子供だよねー」

 

「違うわよ! いくら速くても小隊を組む相手がいなかったら意味ないから、私が相手になってあげようと思っただけなんだから!」

 

「ほんとかなぁ?」

 

「本当よ!」

 

 他愛のない会話をしながら航行を続けていると、やがて前方に目指す場所が見えてきた。初めにそれに気づいた天津風が「もうすぐよ」と、響と電に声をかける。

 

「向こうの陸地に薄っすらと見える建物が、ショートランド泊地の鎮守府。ここまで来れば、すぐに着くわ」

 

 天津風の言葉通り、四人は十分も経たぬうちに泊地の港に到着する。港はトラック泊地と同様に艦娘用と一般艦船用の桟橋が分かれた造りになっており、他所の鎮守府であるにも関わらず既視感を覚えるほど似た外観をしていた。ただし、港の規模はトラックの半分ほどであるので、似ているといってもミニチュアのような感じであった。

 

「こちら天津風。司令官、お客様を連れて来たわ。入港許可をお願い」

 

 天津風は、無線を通して泊地の指揮官とおぼしき相手を二言三言、言葉を交わす。彼女は通信を切ると二人に入港許可が下りたことを告げ、港を背にして笑いかけた。

 

「と、いうわけで。ようこそ、ショートランド泊地へ。歓迎するわ、響、電」

 

 




響「何? 架空デュエル小説ならば、毎回デュエルがあるのではないのか!?」

電「作者さんは艦魂小説で海戦場面を書いていたので、この作品でも、デュエルだけじゃなくて普通の海戦も書きたかったそうなのです」

響「……ねえ、電。スルーされるのは、流石に私も悲しいよ。何でもいいから、少しは反応してくれないかい?」

電「響ちゃんに付き合っていたら、いつまで経っても後書きが終わらないのです」

響「ガーン!」

暁「バッサリ斬り捨てたわね……」

雷「最近、この二人の性格がますます本編から離れてきてる気がするわ……」

暁「と、とにかく、無事にショートランド泊地に到着できて良かったわね! 次回こそは現地の艦娘とデュエルかしら?」

電「なのです! ……が、ここで読者の皆さんに、悪いお知らせがあるのです」

暁「え……?」

電「これまで隔週日曜日に更新してきたこの『鎮守府決斗録』ですが、今後暫くの間、休載させて頂くのです」

雷「はぃ!? どういうことよ、それ!?」

電「作者さんの執筆速度が私生活の都合でさらに落ちたため、定期更新が維持できなくなってしまったのです。今まではどうにか更新ペースを守ってきましたが、ついにストックが尽きて休載せざるを得なくなったのです。これから先は、作者さんに説明してもらうのです」

雷「本人に?」

電「はい。こういうことは、本人の言葉で説明すべきですから」



 ――と、いうわけで。ここからは作者の石田がお送りします。
 休載の理由は上記の通り、私生活の都合で執筆速度が落ち、ストックが尽きて定期更新ができなくなったことによります。
 毎回ご覧くださっている読者の皆様には、本当に申し訳ありません。
 現状では、連載再開の時期は不明です。少なくとも、来年の1月が終わるまでは難しいと思います。

 しかし。このまま蒸発することだけは絶対にしません。

 私の頭の中では最終話までのあらすじは既に出来上がっているため、続きが思い浮かばなくなって打ち切ることはありません。どんなに時間がかかっても、絶対に完結させます。
 休載中も、毎月一回は活動報告で生存・近況報告を行おうと思っています。これを通して、絶対に蒸発しないという私の鉄の意志を示したいと思います。

 読者の皆様に対しては、本当に申し訳ない思いで一杯です。
 連載を再開したら、これまで以上に面白い作品をお届けするため全力を尽くしていきます。
 それでは、次回の更新まで暫くお待ちくださるよう、お願いいたします……。
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