鎮守府決斗録   作:石田零

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41 悪しき英雄

「発射管一番から六番、魚雷発射! 命中させちゃいます!」

 

 ショートランド泊地の洋上に、電の声が響く。圧搾空気の音とともに放たれた魚雷は、扇状に散開しながら目標へと疾駆する。その先にいるのは……時津風。

 

「前進一杯! 面舵いっぱ……おぉっと!」

 

 回避行動をとろうとした時津風の鼻先に砲弾が落ちる。それに驚いた彼女は、行いかけていた右旋回を急遽中止、代わりに取舵での回避を実施――する寸前で、これも取りやめた。

 直後、時津風の左横に水柱がそそり立つ。その水飛沫を浴びながら、彼女は「やっぱりね」と笑った。

 

「主砲を使った回避運動の牽制。最初の一発で基本の回避針路を塞ぐだけじゃなくて、あたしの動きを先読みしてもう一発撃ち込んでくるなんて。随分上手くなったじゃん」

 

「ありがとうございます」

 

 時津風からの評価に、電は素直に頭を下げる。

 

「でも、こんな呑気に会話してていいんですか?」

 

「うーん、確かに、そろそろマズいかも」

 

 左舷から迫る雷跡を見やり、時津風が答える。既に二度も電の砲撃によって回避運動を妨害されているため、魚雷との距離はかなり詰まっている。いい加減、何か手を打たないと、被雷して戦闘不能になってしまう。

 

「今から舵を切っても間に合わないか。となると、これしかないかなー」

 

 時津風は、おもむろに取り出した円筒形の物体を海にばら撒く。池の魚に餌を撒くような調子で投げられたそれらは、水中を泳ぐ鉄の魚たちの鼻先へと落下し――そして、六つの大きな爆発を引き起こした。

 

「魚雷撃破! ふぅー、危なかった危なかったー」

 

 安堵の息を吐き、時津風は汗を拭う仕草をする。しかし、彼女が安息を享受できたのは、ほんの一瞬のことだった。

 時津風が、近づく気配を察して顔色を変える。彼女がその気配に対して反応しようとした時、左舷から現れた鈍色の鉄塊が、彼女の鼻先に突きつけられた。

 

「……降参だよ。はぁ、参った、参ったー」

 

 溜息をつき、時津風は両手を挙げる。

 急制動をかけ、すんでの所で直撃を避けていた彼女は、その動きを見越して攻撃を仕掛けてきた相手に目を向けた。

 

「まさか、魚雷まで囮だったなんてね。本当の狙いは、これだったんだ」

 

「天津風ちゃんとの演習で、その技があることは知っていましたから。目には目を、ショートランドにはショートランドの技で対抗させてもらいました」

 

 そう言って、電は時津風に突きつけていた獲物をしまう。留め具の金属音を鳴らしながら、特Ⅲ型特有の大型錨が艤装の所定位置に収められた。

 

「うんうん。今のはあたしも上手いと思うよ。だんだん実戦的な戦い方が身についてきたじゃん」

 

「皆さんの指導のおかげなのです。ありがとうございます」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。電と響には、わざわざここまで来て、D型艦との戦い方を教えてもらってるんだから。しれーもあたしたちも、みんな本当に感謝してるよ」

 

 時津風の言葉に、電はこそばゆそうな笑みを浮かべる。二人が今の演習内容のことを話しながら泊地に戻ると、そこではちょうど別の演習が終了するところだった。

 

「バトルだ。私は『真竜皇アグニマズド(バニッシャー)』で島風にダイレクトアタック!」

 

 響のモンスターが島風に残されていたライフポイントを焼き尽くす。勝利を収めた響は、帰投した二人に気づいて手を振った。

 

「電、時津風。おかえり」

 

「ただいまなのです。響ちゃん」

 

「島風負けちゃったの? カッコ悪い~」

 

「うるさい。時津風だって電に負けたでしょ。さっき、最上さんの水偵が偵察中に見たって言ってたわよ」

 

「島風の名誉のために言っておくけど、彼女も無策ではなかったよ。このターンの始まりまで、彼女のフィールドにはシューティング・クェーサー・ドラゴンが君臨していたんだから。これを突破するのは、なかなか骨の折れる仕事だったよ」

 

「とは言いながらも、最終的には涼しい顔して突破したのですね……」

 

「まあね。不死鳥の名は伊達じゃないよ」

 

 どこか誇らしささえ感じられる口調で、響は答える。

 普段は歳不相応なほど大人びた雰囲気を漂わせている響だが、勝負事――ことデュエルとなると、熱くなりやすい節がある。今もその性分を垣間見せている姉に、電は心の内で苦笑する。

 

「電も時津風ちゃんのために言いますが、時津風ちゃんもとても手強かったのですよ。途中まではなかなか攻めきれなくて、最後に突撃してようやく勝てたのです」

 

「ふーん、時津風もまぁ頑張ったんだね。負けたけど」

 

「なにさ、それは島風も一緒じゃん。クェーサーまで出して負けるなんて、何やってるんだかね~」

 

「はいはい、島風。挑発しないの」

 

「時津風も落ち着いてください。雪風は分かってますから、ね?」

 

 睨み合う二人を、それぞれの保護者役が引き離す。その最中に、独特の抑揚を持つラッパの音が屋外設置のスピーカーから流れた。

 

「課業終わりか。ちょうどいいね」

 

「そうね。みんな揃ってるし、このまま一緒に食堂まで行きましょうか」

 

「あたしは一回お風呂に入ってから行くよ。服がびしょ濡れで気持ち悪い~」

 

「あ……電も、時津風ちゃんと一緒に着替えてきたいのです」

 

「分かったわ。それじゃ、私たちは先に行ってお昼を――」

 

 その言葉にかぶせるようにして、今度はサイレンの音が鳴り響く。それを聞いた天津風は、溜息をついてから前言を撤回した。

 

「……頂いてる、と言おうと思ったけど、どうやらそれはお預けね」

 

 島風、と天津風は声をかけ、二人で工廠の出入港用ドックへと駆けていく。残る面々は基地司令室へ向かおうとしたところ、それに先んじて基地司令からの命令が下される。

 

「緊急出撃! 友軍艦娘より緊急電を受信。発信地点はブーゲンビル島北方。全艦娘は直ちに出撃し、指定の海域へ急行せよ。繰り返す――」

 

「ま、二度手間になるよりはマシだったかな」

 

 そう言ったのは、濡れた服の裾を絞る時津風である。彼女と、頷きを返す電の足は、既に工廠に向けて走り始めている。

 電たちが工廠に着いた時、既に島風と天津風は出撃した後だった。二人は今日の当直待機当番であったため、即座に出撃できるよう、あらかじめ準備が完了していた。そうでない電たちの場合には艤装の用意に若干の時間を要したが、流石は最前線の泊地だけあり、極めて短い時間で全員を洋上へ送り出した。

 艦隊は全速の三四ノットで先行する天津風たちを追う。陣形は雪風を先頭に時津風、最上、電、響の単縦陣をなしている。飛び交う通信を傍受しながら、隊は戦況を分析し、会敵に備える。

 

「戦闘海域に到達する前に、改めて状況を確認するよ」

 

 旗艦の最上が、前後に顔を向けながら言う。

 

「緊急電の発信者は、駆逐艦『曙』。それによると、ショートランド泊地へ向かう輸送船を護衛中に、敵艦隊の襲撃を受けたらしい。護衛艦は、彼女の他には姉妹艦の『潮』だけ。対する敵艦隊は、巡洋艦数隻を含む十隻ほどが確認されている。言うまでもなく、二人で押さえるのは無理な相手だ」

 

「天津風と島風は、もう交戦しているんですよね」

 

 雪風の問いに、最上は首肯する。

 

「二人が戦闘を始めたことを、ボクの水偵が確認している。今のところ、二人が敵を攪乱しているおかげで輸送船への被害は僅かだけど、敵に有効打は与えられていない。さらに、数は多くないけれど増援も出現しているらしい。だから、ボクたちは会敵と同時に敵艦隊へ突撃して、相手に損害を与える。そうして一撃を加えた後で、輸送船に護衛をつけて速やかに戦場から離脱させる。その間、護衛艦以外は敵艦隊に猛攻撃を仕掛け、戦力を奪うとともに輸送船から注意を逸らす。輸送船が戦場から脱出するか、敵艦隊が撤退したらボクたちも戦場から離れる」

 

「全滅させないの?」

 

 不満げな時津風に、最上は諭すように答える。

 

「ボクたちの任務は、あくまで輸送船の救援だよ。だから、敵が途中で撤退したら深追いはしない。もちろん、あくまで攻撃してくるようなら、容赦はしないけれどね」

 

「りょーかい」

 

「ところで響ちゃん」

 

 最上の説明が終わったところで、電が響に声をかける。

 

「どうして、これを持っていこうと言ったのですか?」

 

 電が指しているのは、防楯の内側に固定されているデュエルディスクだ。

 

「デュエルディスクを加える分、D装備は通常装備より武装の搭載量が少なくなります。D型艦相手なら効果的ですけど、普通の深海棲艦との戦闘では逆に不利になってしまうのです」

 

「もちろん、その点は私も承知しているよ」

 

「なら、どうして?」

 

 重ねて問いかけた電に、響は「念のため、かな」と答える。

 

「今のところ、D型艦はトラック泊地の周辺でしか確認されていない。だけど、それがいつまでも続くとは限らない。だから、万が一D型艦が現れた時のために、私たちくらいは備えておこうと思ったのさ。もっとも、確たる根拠があるわけじゃないし、勘みたいなものだけれどね」

 

「その勘は、あまり当たってほしくないですね」

 

「敵艦視認しました! 距離三〇〇〇。友軍と交戦中、敵艦隊は陣形が乱れています」

 

「全艦、合戦用意! 対艦戦闘、砲戦および魚雷戦用意。各艦、主砲の射程に入り次第撃ち方始め。混戦中のため、遠距離雷撃はこれを禁ずる。攻撃目標の選定は各艦に一任。各自友軍への誤射に注意しつつ、輸送船に近い敵から優先的に攻撃せよ」

 

 最上の命令に、四人が力強く了解の言葉を返す。

 一見したところ、戦況は膠着状態にある。敵艦隊は数の優位を活かして輸送船を包囲攻撃しようとしているが、島風と天津風が機動力を活かして敵を翻弄し、それを阻止している。とはいえ、敵の数はこちらの倍以上。彼女たちも、流石に二人だけでこのまま押さえ続けることはできないだろう。現に、無線からは援軍到着を急かす島風の声が絶え間なく聞こえてきている。

 輸送船の損害は、艦首への被弾が数発。火災が生じて当該部分の積荷を焼失したが、航行には支障なく、消火活動も既に完了している。だが、これ以上の被害を防ぐためには、もたもたしていられない。最上は最も距離の近い敵艦が主砲の射程内に入ると、最大射程で砲門を開いた。

 通常、最大射程での砲撃というものはほとんど命中しない。しかし、最上は先ほどから敵艦隊の上空に自分の水上偵察機を張りつかせており、距離などの詳細な情報を入手している。また、島風たちが敵の注意を一身に惹きつけていたため、標的は最上の砲撃後も避弾運動をとらなかった。これらの要因が重なった結果、最上の砲弾は初弾で敵艦を夾叉し、続く二斉射目でこれを撃沈した。

 

「おっそーいっ!」

 

 戦場に到着した友軍に対する島風の第一声は、罵声だった。

 

「みんな遅すぎ! どこで道草食ってたの?」

 

「待たせてごめんね。これでも、みんな全速力で駆けつけてきたんだけど」

 

 露骨に眉を寄せる時津風の後ろで、最上はにこやかに答える。

 

「二人ともよく頑張ってくれたね。……と言ったそばからで悪いけれど、もう少しだけ、頑張ってもらってもいいかな?」

 

 最上の求めに対し、無線からは快諾の声が返る。

 

「敵巡洋艦は、ボクが雪風と時津風と一緒に攻撃する。他のみんなには、残りの敵艦を任せるよ。絶対に、敵を輸送船へ近づけさせないように」

 

 戦闘方針を決定すると、最上はすぐに隊を二分し、それを実行に移す。敵巡洋艦を狙いに針路を変える最上たちを横目に見ながら、電たちは敵艦隊と輸送船の間に割り込む形になるよう針路を調整する。

 

「ショートランド泊地第一艦隊附属、駆逐艦『電』より、駆逐艦『天津風』『島風』『曙』『潮』へ。各艦の損害状況を知らせてください」

 

「こちら天津風。損害は小破。だけど、まだ戦えるわ。島風は損害軽微、ほぼ無傷よ」

 

「第七駆逐隊第一小隊、潮です。私は損傷軽微ですが、曙ちゃんが中破してしまって……至急、救援をお願いします!」

 

「はぁ!? 潮、何バカなこと言ってんのよ! このくらい掠り傷よ。曙より援軍部隊へ! あたしに救援なんていらないわ。そんなことする暇があるなら、さっさと敵を沈めなさい!」

 

「……らしいけど、どうする、電?」

 

 苦笑いを浮かべる響が、電に尋ねる。もっとも、彼女がどう答えるかは、聞かなくても分かっている。

 

「曙ちゃんの援護に行きましょう。本人は怒るかも知れませんが、たとえ敵を倒しても、その間に仲間が沈んでしまっていたら、意味がないのです」

 

「同感だね。彼女が無茶する前に、助太刀しに行こう」

 

 電を先頭に、二人は輸送船の直衛として奮戦している二艦のもとへ向かう。その姿を認めた曙は、たちまち怒声を響かせた。

 

「ちょっとあんたたち! さっきの話を聞いてなかったの! 救援なんていいから、他の敵艦を倒しなさいって言ったでしょうが!」

 

 耳の奥が痛くなるほどの大声に、電は思わず顔をしかめる。が、すぐにはっきりとした口調で返答する。

 

「電は、敵を一隻沈めることよりも、仲間を一隻助ける方が大事だと思っています。だから、曙ちゃんを援護します」

 

 なおも反論する曙の声を聞き流し、二人は前進を続ける。そして、曙が交戦する敵を主砲の射程に収める位置まで到達した。

 

「敵艦。距離一五〇、三〇度。主砲、一斉撃ち方、撃ち方用意」

 

 電が唱える射撃諸元に従い、彼女の主砲塔が旋回する。目下、曙と交戦している敵駆逐艦に照準を合わせ、彼女は力強く叫んだ。

 

「撃ち方、始めっ!」

 

 電の砲撃の直後、後続の響からも砲弾が放たれる。合計四発の砲弾がイ級と見られる敵駆逐艦を捉え、それを物言わぬ屍へと変えた。

 

「曙ちゃん! 無事ですか?」

 

 すぐ傍まで近寄った電に、曙は不機嫌な顔を向ける。

 

「余計なことしないでよね。あんたたちが来なくても、あんな奴、楽勝だったわ」

 

 そう言う曙の被害状況は、見たところだけでも魚雷発射管全損に、機関部損傷。速力は二十ノット出せればいい方だろう。主砲塔だけは無傷だが、これだけダメージが積み重なった体では射撃精度の低下は避けられない。さっき沈めたイ級への砲撃を見ても、弾着が幾度となくぶれており、正しく狙いをつられていないことは明らかだ。戦意は未だ十二分にあるが、これ以上の戦闘航行は難しいと見るのが妥当といえる。

 

「電より最上さんへ。たった今曙ちゃんと合流しましたが、彼女は中破していてこれ以上の戦闘は不可能と思われます。七駆と六駆で輸送船の直衛に当たり、輸送船と一緒に曙ちゃんを避退させることを進言します」

 

 反対しようとした曙を、響が制する。最上は内容の一部に変更を加えた上で、この意見具申を承認した。

 

「分かった。ただし、直衛艦の選定を少し変えさせてもらうね。島風と天津風を直衛艦に加えるから、代わりに潮と響と残してほしい。島風たちも全速航行を続けて消耗しているから、一旦下げさせたい」

 

「了解しました」

 

 ほどなくして天津風たちが合流し、一行は戦場からの離脱を開始する。

 当然ながら敵も獲物を逃がすまいと追撃を試みるが、潮と響がこれを撃退する。即席で組まれたペアではあるが、二人とも同じ特型駆逐艦であるからか、思いのほか息が合っている。追撃してきた数隻の敵艦は、いずれも彼女たちに行く手を阻まれ、輸送船にさらなる損害を与えることはできなかった。

 これなら、無事に戦域を離れることもできる――心中で呟く電だったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「敵艦見ゆ! 十時方向、距離二五〇〇メートル!」

 

 天津風の鋭い声が、海風を切り裂く。彼女が報じた方角へ顔を向けた電は、目に入った艦影を見て小さな悲鳴を上げた。

 

「あれって……!」

 

「……やれやれね。まさか、ここであんなのが出てくるなんて」

 

 電に応じながら、天津風がこわばった笑みを浮かべる。彼女は無線の通話スイッチを入れると、輸送船を挟んで反対側にいる島風と曙に情報を伝えた。

 

「敵艦の艦種を特定。敵は重巡ネ級、速力三十ノット以上、こちらに向かってくる!」

 

「何ですって!」

 

 先に声を上げたのは、曙だった。

 

「ネ級って、戦艦並の化け物じゃない! 最近のサーモン海は落ち着いてるんじゃなかったの? どうしてそんなのがここにいるのよ!」

 

「分からない。とにかく、今は迎え撃つしかないわ。二人とも早くこっちへ来て」

 

 輸送船の右舷に陣取っていた島風と曙が、天津風のいる左舷側へと急行してくる。輸送船には全速で泊地へ向かうよう指示を出して、天津風は三人とともに敵艦と対峙する。

 

「で、どうするの天津風? 流石に、このメンバーでネ級を沈めるのは難しいと思うんだけど」

 

「私も、最初から沈められるとは思ってないわ。私たちの目的は、輸送船がこの場から逃げる時間を稼ぐこと。自分たちの被害を最小限に抑えつつ、可能な限り敵を足止めするわ。いい?」

 

 天津風の言葉に、三人は了解の返事をする。直後、四人は天津風の指示の下、敵艦に対して一斉砲撃を開始した。

 接近する敵艦の周囲に水柱が林立する。敵は速度と針路を変えずにいるため動きが予測しやすく、砲弾は面白いほど次々に命中していく。

 しかし、黒煙を裂いて現れた敵艦は、まったくの無傷であった。

 

「嘘でしょ……」

 

 無傷の敵影を認めた四人は、呆然としてその場に立ち尽くす。しかし、いち早くそこから立ち直った天津風が他の三人に檄を飛ばした。

 

「落ち込んでる場合じゃないわ! 効かなくてもいいから、今はとにかく相手の動きを牽制するの。砲撃続行、とにかく撃って撃ちまくるのよ!」

 

 その言葉に弾かれたように、一同は砲撃を再開する。だが、いくら攻撃を命中させても、決して敵が傷を負うことはなかった。

 

「どうしてなの……」

 

 天津風の表情にも、焦りの色が見え始める。

 

「いくらネ級の装甲が戦艦並だからって、こんなのおかしいわ。あいつにだって装甲の無い部分はあるのに、そこすら無傷だなんて……。一体、どうなってるの?」

 

「しかも、あいつはこれまで一発も撃ってきてないわ。あたしたちのこと舐めきって! 絶対許さない!」

 

 自らの怒りをぶつけるように、曙が何度目かの砲撃を行う。その攻撃は敵艦の頭部に命中したが、やはり一切の効果は見られなかった。

 

「何でなのよっ!」

 

 曙が海面を踏みつけて苛立ちをあらわにする。が、もちろんそうしたところで状況が好転するはずもない。依然として接近し続ける敵に、四人は徐々に追い詰められていく。

 しかしその時、電の脳内に一つの閃きが生まれた。

 

「もしかして……!」

 

 天津風たちがじりじりと後退する中、電は逆に一歩前へと進み出る。そして、おもむろに防楯の内側からデュエルディスクを取り出すと、それをネ級に向かって構えた。

 

「電!?」

 

「あんた、何してるのよ!」

 

 背後から聞こえる声は無視し、電はネ級を睨みつける。その様子を眺めていたネ級は、ほう、と呟いて薄く笑みを刷いた。

 

「ココニイルノハ、決闘ノ作法ヲ知ラヌ 田舎者バカリト思ッテイタガ……コレハ、嬉シイ誤算ダ」

 

 ネ級の左腕が内側から蠢き、隆起する。数秒後、そこには肉体と一体化したデュエルディスクが現れていた。

 

「あれは、D型艦!?」

 

「やっぱり、そうでしたか」

 

 他の面々が驚愕する中、電だけは平然とその光景を受け入れる。

 

「電。どうして分かったの?」

 

「動きの特徴が、D型艦と同じだったからです」

 

 天津風の問いに、電は答える。

 

「D型艦は、デュエルで発生するダメージ以外のあらゆる攻撃を受けつけません。ですが、攻撃が効かないからといって、私たちを一方的に攻撃することもしません。この敵艦の動きは、まさしくその通りでした」

 

 電は敵艦に向き直ると、ディスクを着けた腕を突き出して言い放った。

 

「重巡ネ級。あなたに、デュエルを申し込みます」

 

「面白イ。受ケテ立ツ」

 

 即答したネ級は、よく通る声で先を続ける。

 

「我ガ名ハ重巡ネ級。コノ通商破壊艦隊ノ旗艦ダ」

 

「…………」

 

「ドウシタ。貴様モ早ク名乗レ」

 

「えっ?」

 

 頓狂な声を上げた電へ、ネ級は鋭い視線を送る。

 

「何ヲ惚ケタ面ヲ シテイル。マサカ貴様ハ、決闘相手ノ名モ知ラズ、戦オウト言ウノデハ アルマイナ?」

 

 ネ級の言葉に、電は困惑した表情を浮かべる。

 デュエルの前に名乗りを求められるのは、初めての経験である。こんなことは、D型艦との実戦はもちろん、艦娘間のデュエルでもやったことはない。

 互いに名乗り合ってから戦うことを良しとする。まるで、中世の武士のような価値観だ。電は、このような思考を持つ深海棲艦を、見たことも聞いたこともなかった。

 しかし、不思議と悪い気は起こらない。電はくすりと笑うと、負けじと声を張り上げた。

 

「暁型駆逐艦四番艦、電なのです」

 

「電、カ。私ニ決闘ヲ挑ンダコト、後悔スルガイイ」

 

 デュエルの成立を受け、互いのデュエルディスクが起動する。電は、天津風たちがその様子を見守っているのに気がつくと後ろを振り返って言った。

 

「皆さんは、引き続き輸送船の護衛をお願いします。他の敵艦はまだ輸送船を狙っているのです。船を無防備な状態にするのは良くありません。この敵は電が相手をしますから、皆さんは早く輸送船を追いかけてください」

 

「分かったわ」

 

 頷いた天津風は、だけど、と付け加える。

 

「私はここに残らせてもらうわ。島風、曙と一緒に輸送船をお願い。頼んだわよ」

 

「オッケー」

 

 島風は二つ返事でそれを了承し、曙とともにその場を離れる。それに納得のいかない電は、天津風の真意を質す。

 

「どういうつもりですか?」

 

「念のため、よ」

 

 短く答えた天津風は、そのあとに言葉を足す。

 

「D型艦とのデュエルで発生するダメージは、現実のものになるんでしょ? だとしたら、デュエルに勝っても満身創痍で動けない、なんてこともあり得るわ。そんな時、一人きりだとまずいでしょ」

 

「分かりました。お気遣い、ありがとうございます」

 

 礼を述べた電は、表情を引き締めてネ級と対峙する。

 

「これなら、何も心配せずに戦えます」

 

「ソロソロイイカ? 待タサレルノハ、気分ガ悪イ」

 

「それは失礼したのです。では、始めましょうか」

 

 デュエル、の声とともに二人の決闘が開始される。先に動きを見せたのは、ネ級だった。

 

「先攻ハ貰ウゾ。私ハ魔法カード『増援』ヲ発動。デッキ カラ、戦士族モンスターヲ手札ニ加エル。私ガ選択スルノハ……『E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン』!」

 

「E・HERO!?」

 

 ネ級が公開したカードを見た電は、驚愕に目を見開いた。

 E・HERO。それは、彼女がよく知る人物も愛用しているカードである。それだけに、慣れ親しんだそのカードを敵が使用する光景には得も言われぬ違和感があった。

 

「私ハ、エアーマン ヲ召喚。ソノ効果ニヨリ、『E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン』ヲ手札ニ加エル」

 

 ネ級の下に、続々とHEROが集められる。

 E・HEROは、個々の戦闘力はそれほど高くないが、互いの力を合わせることによって想像を超えた力を発揮する。その力は、彼女も身内との戦いで幾度となく経験済みだ。となると、次に来るものは――

 

「……融合、ですか」

 

「ヨク知ッテイルナ」

 

 電の呟きを聞き取ったネ級がニヤリと笑う。

 

「ダガ、私ガ扱ウノハ、単ナル融合デハナイ。トクト見ヨ。コレガ、深淵ヨリ生マレシ(ちから)! 魔法カード『ダーク・フュージョン』!」

 

 ネ級の場に電が見たことのないカードが現れ、闇色の渦を生み出す。警戒をあらわにする電の前で、二枚のカードが渦の中に放り込まれ、赤黒い炎が立ち昇った。

 

「ダーク・フュージョン ハ、闇ノ力ヲ得タ融合カード。私ハ手札ノ『E・HERO クレイマン』と『融合呪印生物-闇』ヲ闇ヘノ供物トシ、新タナ(しもべ)ヲ呼ビ出ス。現レロ、『E-HERO(イービルヒーロー) ヘル・スナイパー』!」

 

 

《増援》

通常魔法

(1):デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) エアーマン》

効果モンスター

星4/風属性/戦士族/攻1800/守 300

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●このカード以外の自分フィールドの「HERO」モンスターの数まで、フィールドの魔法・罠カードを選んで破壊する。

●デッキから「HERO」モンスター1体を手札に加える。

 

《ダーク・フュージョン》

通常魔法

手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、悪魔族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン相手のカードの効果の対象にならない。

 

E・HERO(エレメンタルヒーロー) クレイマン》

通常モンスター

星4/地属性/戦士族/攻 800/守2000

粘土でできた頑丈な体を持つE・HERO。

体をはって、仲間のE・HEROを守り抜く。

 

《融合呪印生物-闇》

効果モンスター

星3/闇属性/岩石族/攻1000/守1600

このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。

その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。

フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターを生け贄に捧げる事で、闇属性の融合モンスター1体を特殊召喚する。

 

E-HERO(イービルヒーロー) ヘル・スナイパー》

融合・効果モンスター

星6/炎属性/悪魔族/攻2000/守2500

「E・HERO クレイマン」+「E・HERO バーストレディ」

このモンスターは「ダーク・フュージョン」による融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードがフィールド上に表側守備表示で存在する場合、自分のスタンバイフェイズ毎に相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

このカードは魔法の効果によっては破壊されない。

 

 

 炎の中から、暗い赤色の鎧に覆われた戦士が姿を現す。

 E・HEROの定番である融合モンスター。しかし、その身にまとう気配は、電が見慣れたHEROとは大きく異なっていた。

 

「何なのです、この感覚……? 鈴谷さんが使っているのと同じHEROのはずなのに……それとは違う、邪悪な感じがするのです」

 

「ホウ。ソコマデ気ガツイタカ。貴様、イイ勘ヲ持ッテイルナ」

 

 その通り、とネ級は答える。

 

「コレハ、E・HEROニアッテ、E・HEROニ非ズ。闇ニ染マリシ英雄、E-HERO(イービルヒーロー)ダ」

 

「イービル……ヒーロー……」

 

 ネ級が口にした名を、電は反芻する。

 邪悪なる英雄、イービルヒーロー。あれが悪に堕ちた戦士ならば、悪しき気配を身にまとっているのも納得がいく。恐らくその力も、よく知るE・HEROとはかなり異なっているはずだ。電は、未知なる敵の出現に警戒を強める。

 

「私ハ カードヲ一枚伏セ、ターンエンド。サア、貴様ノ番ダ」

 

「では、いかせてもらうのです。ドロー!」

 

 ドローした電の耳に、ネ級の声が届く。

 

「貴様ニ一ツ、教エテヤロウ。コノ ヘル・スナイパー ハ、自分スタンバイフェイズ ゴトニ、相手ニ1000ダメージヲ与エル。ツマリ、貴様ニ残サレタ時間ハ、四ターン ノミ。精々、急グコトダナ」

 

「四ターン、ですか」

 

 そう呟いた電は、小さく笑う。

 

「それだけあれば、充分なのです」

 

「ナンダト?」

 

 眉を寄せるネ級に、電は行動でその答えを示す。

 

「私は魔法カード『帝王の烈旋』を発動します。これにより、このターン、私は相手モンスターをアドバンス召喚のためのリリースに使うことができます」

 

「ナニ!?」

 

 ネ級は舌打ちを一つすると、苦い顔でこれに応戦する。

 

「速攻魔法『融合解除』! ヘル・スナイパー ノ融合ヲ解キ、分離サセル!」

 

「融合を解除して、場に残るモンスターの数を増やしましたか。なら私は、クレイマンをリリースして『充電池メン』をアドバンス召喚します。そして、その召喚時の効果により、デッキから『電池メン-角型』を特殊召喚します」

 

 電の場に二体のモンスターが並ぶ。が、彼女の展開はこれに留まらない。

 

「私は角型の効果を発動。デッキの『燃料電池メン』を手札に加え、攻撃力を倍にします。そして、その燃料電池メンを特殊召喚。さらに魔法カード『漏電(ショートサーキット)』を発動します」

 

 電が発動した魔法カードを見た瞬間、天津風は「あ」と声を漏らす。既に電のデュエルを幾度か観戦したことのある彼女には、これから自分が目にする光景を容易に想像することができた。

 

 

《帝王の烈旋》

速攻魔法

「帝王の烈旋」は1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。

(1):このターン、アドバンス召喚のために自分のモンスターをリリースする場合に1度だけ、自分フィールドのモンスター1体の代わりに相手フィールドのモンスター1体をリリースできる。

 

《充電池メン》

効果モンスター

星5/光属性/雷族/攻1800/守1200

このカードの召喚に成功した時、手札・デッキから「充電池メン」以外の「電池メン」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

このカードの攻撃力・守備力は、自分フィールド上の雷族モンスターの数×300ポイントアップする。

 

《電池メン-角型》

効果モンスター

星4/光属性/雷族/攻1000/守1000

「電池メン-角型」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。

(1):このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。

デッキから「電池メン」モンスター1体を手札に加え、このカードの攻撃力・守備力を元々の倍にする。

(2):自分エンドフェイズに発動する。

このカードを破壊する。

 

《燃料電池メン》

効果モンスター

星6/光属性/雷族/攻2100/守 0

自分フィールド上に「電池メン」と名のついたモンスターが2体以上存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上の「電池メン」と名のついたモンスター1体をリリースして発動できる。

相手フィールド上のカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

 

漏電(ショートサーキット)

通常魔法

自分フィールド上に「電池メン」と名のついたモンスターが3体以上存在する場合に発動できる。

相手フィールド上のカードを全て破壊する。

 

 

「漏電は、相手の場を一掃する必殺のカードなのです。せっかく融合解除で壁モンスターを確保したところ悪いですが、あなたのモンスターにはすべて退場してもらいます」

 

 耳をつんざく爆発音とともに閃光が生じ、視界を白一色に塗りつぶす。強烈な光にくらんだ目が視力を取り戻した時、ネ級の場にいた二体のモンスターは跡形もなく消えていた。

 

「バトルです。私は、充電池メンで相手プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

「グオォッ!」

 

 

ネ級 LP4000→1300

 

 

 丸裸となったネ級を充電池メンの攻撃が襲う。一撃でライフの半分を失う、砲戦であれば中破に相当するダメージ。直撃を受けたネ級の艤装からは黒煙が上がり、本人も苦痛に顔を歪める。

 

「クッ……」

 

 呻きとともに立ち上がりながら、ネ級は残る二体のモンスターを睨む。

 二体のモンスターの合計攻撃力は4100。たとえネ級が未だ無傷であっても、彼女を倒すことができる。いわんや、手負いの相手を仕留めることなど造作もない。

 今のネ級にこの追撃を防ぐ手立てはない。彼女には、座して死を待つ以外の道はなかった。

 しかし、電の口から放たれた言葉は、ネ級にとって夢想もしないものだった。

 

「……ここで、終わりにしませんか」

 

「ナニ……?」

 

「サレンダーを、してください」

 

「フザケルナ!」

 

 その要求に、ネ級は即座に怒号を返した。

 

「貴様、情ケノ ツモリカ? 決闘ニ敗レ、散ル覚悟ナド トウニ出来テイル。見クビルナ!」

 

「電。私も反対だわ。あなたも聞いていたでしょ、そいつは通商破壊艦隊の旗艦だって。ここで見逃したら、また別の船団が狙われる。危険を増やすような真似はするべきじゃない」

 

 敵味方から同時に反対を受けた電だったが、こうなることは予想していたのか、考えが揺らぐ様子はない。彼女は二人を交互に見ながら、きっぱりと答える。

 

「私のやろうとしていることが、歓迎されないものであることは分かっています。ですが、それでも電は、この言葉は取り下げないのです」

 

「どうして?」

 

「それが、私の信念だからです」

 

 天津風の問いに、電は答える。

 

「戦争には勝ちたいけれど、命は助けたい――電は、そう思いながら戦い続けてきました。『前』の戦争の時から今まで、ずっと……。もちろん、一番大切なのは仲間の命を守ることです。だけど、それができるのであれば、敵味方関係なく、一つでも多くの命を助けたいのです」

 

「だから、サレンダーを勧める……と」

 

「これが甘い考えと言われることは、分かっています。電も、いつもこうしているわけではありません。電が相手にサレンダーを勧めるのは、デュエルの勝敗が明らかで、さらに自分が相手の反撃への対抗手段を持っている時だけ。自分の甘さが身を滅ぼすことがない、その保証がある場合にのみ、サレンダーを勧めると決めているのです」

 

「舐メタ真似ヲ スルナッ!」

 

 電の話を聞いたネ級が怒りを爆発させる。

 

「勝利ガ確実ナ時ニダケ、サレンダーヲ勧メルダト? ソノヨウニ 相手ヲ舐メタ態度ガ、許サレルトデモ思ッテイルノカ! 決闘トハ、互イノ誇リヲ懸ケタ真剣勝負。ソノ勝負ノ場ニオイテ、手ヲ抜クコトハ、決闘ト、対戦相手ヘノ侮辱ニ他ナラナイ!」

 

 攻撃しろ、とネ級は電に迫る。

 

「貴様モ決闘者ノ端クレナラバ、敵ヘノ敬意ヲ懐イテ戦エ。互イノ命ヲ懸ケ、正々堂々ト剣ヲ交エ、全力ヲ以テ敵ヲ屠ル。ソレガ出来ヌノデアレバ、早々ニ決闘者ノ名ヲ捨テロ!」

 

「電の言葉が、あなたの誇りを傷つけたことは謝ります。ですが、この考えは変わりません」

 

 射殺すばかりの眼光を、電は真正面から見返す。

 

「電も、命を懸けてデュエルする覚悟はできていますし、必要とあればこの手で敵を殺めることも厭いません。でも、だからといって、助けられる命まで見捨てたくはないのです。相手を沈めずに勝負をつけられるのであれば、そうしたい。あなたは電たちの敵ですけど、それでも電は、できることなら、ここであなたに沈んでほしくないのです。だから、私はあなたにサレンダーを勧めるのです」

 

「タトエ、サレンダー デアロウトモ、敗北ハ敗北ダ。決闘ノ敗者ハ 沈ム理。私ガ沈マヌ保証ハ、何処ニモ無イ」

 

「あなたの言う通りです。ですがそれは、裏を返せば、沈む保証もどこにもないとも言えるのです。電は、デュエルに負けた艦が沈むのは、ライフポイントが命と直結しているからだと考えています。この予想が正しければ、サレンダーによる敗北では沈まないのです」

 

「ソレハ全テ、仮定ノ話ニ過ギナイ」

 

「そこはお互い様なのです。このまま攻撃すれば、あなたは確実に沈んでしまいます。それなら、電は少しでも助けられる可能性のある方法を取りたいのです」

 

「ダガ、ソレハ貴様ノ都合ダ。貴様ノ自己満足ノ為ニ、私ニ降伏ノ屈辱ヲ味ワエト言ウノカ?」

 

「どうしても、嫌なのですか」

 

「無論ダ。舐メタ戦イ方ヲサレ、挙句ソノ相手ニ投降スルナド、私ノ矜持ガ許サン。ソレナラバ、ココデ沈ム方ガ余程良イ」

 

「たとえ誇りを守っても、沈んでしまったらそれで終わりなのです。生きていれば、汚名を返上する機会もやって来ます。早まってはいけないのです」

 

「貴様ハ、戦士ノ誇リヲ持タヌカラ ソウ言エルノダ。踏ミ躙ラレタ誇リハ、タトエ貴様等艦娘ヲ皆殺シニ シテモ、晴レルモノデハナイ」

 

「そうですか……」

 

 それなら、と電は言う。

 

「あなたのサレンダーに、条件をつけます。私があなたのサレンダーを認める代わりに、あなたには自分の艦隊に撤退命令を出してほしいのです」

 

「何ヲ言ウカト思エバ……。ソレモ、貴様等ノ都合ダロウ。ソノ要求ヲ呑ンデ、私ニ何ノ得ガアル」

 

「互いの被害を、最小限に抑えられます」

 

 ネ級の問いに、電は即答する。

 

「旗艦を務めるほどの力があるあなたなら、もう分かっているはずです。この襲撃は成功しないと。初めこそあなたたちが優勢でしたが、増援の私たちが到着したことで戦力比はほぼ五分になりました。そして、あなたたちの目標である輸送船は既に戦域を離脱し始めています。このまま戦闘を続けても、輸送船にさらなる損害を与えることは難しいと思います」

 

「ダガ、不可能デハナイ。数ノ上デハ、依然トシテ我等ニ分ガアル。貴様等ヲ倒サズトモ、ソノ間隙ヲ突キ、獲物ヲ狩ルコトハ出来ル」

 

「はい。だからこそ、私はこの条件を出しているのです。私は早くあなたとのデュエルを終わらせて、輸送船の護衛に戻らないといけません」

 

「ナラバ尚更、無駄話ナドセズニ、私ヲ沈メレバ良イダロウ」

 

「いいえ。それではダメなのです」

 

 電は、天津風にも目を向けながら話を続ける。

 

「私たちの目的は、輸送船を守り抜くこと。たとえあなたを撃沈しても、他の敵艦が残っていたら脅威は消えません。ですが、あなたが艦隊に撤退命令を出してくれれば、すべての脅威が消え去ります。私たちは輸送船への被害を最小限に抑えないといけません。極端に言えば、輸送船を守れればそれでいいのです。あなたたちが途中で撤退するなら、それを追うことはしません。これは、旗艦から全艦に示されている方針なのです。

 あなたたちの目標は輸送船の撃沈だと思いますが、この状況ではそれは至難の業です。いくら深海棲艦といっても、無限の兵力を持っているわけではないはずです。無用な消耗を避けるためにも、ここは互いに矛を収めるべきだと思います。これを実現するためには、敵の旗艦であるあなたの判断が欠かせません。

 それに、こうすればあなたのサレンダーも自軍の全滅を防ぐための苦渋の決断とすることができます。あなたは自分の信念に従って誇り高く散ろうとした、けれども劣勢に陥った友軍を救うためにあえて信念を曲げ、甘んじて屈辱を受けた。これなら、あなたの面目も立つはずなのです」

 

 電は一拍の間を置いた後で、最後の一言を加えた。

 

「お願いです。どうか、条件を呑んでサレンダーしてください」

 

「…………」

 

「私はバトルを中止。カードを二枚伏せてターンを終了します。あとは……あなたの判断次第なのです」

 

 ターンを譲られたネ級は、電の言葉をよく吟味するように黙考する。ネ級は、数分の沈黙を経た後に口を開いた。

 

「……貴様ノ主張ハ、理解シタ。ソレガ理ニ適ッテイルダロウ コトモ、分カル」

 

「それじゃあ……」

 

「ダガ!」

 

 電の言葉を遮り、ネ級は叫ぶ。

 

「私ノ矜持ハ、ソノ選択ヲ許サナイ。貴様ニハ悪イガ、最後マデ足掻カセテモラウ!」

 

 ネ級はドローしたカードを手札に加え、別の一枚を叩きつけるようにして場に出す。

 

「私ハ、魔法カード『ダーク・コーリング』ヲ発動! 手札ト墓地ノ モンスターヲ除外シ、E-HEROヲ融合召喚スル!」

 

 ネ級のフィールドに再び闇色の渦が出現する。彼女は手札と墓地から一枚ずつモンスターを選び、それを渦の中へと放る。

 

「私ガ融合スルノハ、墓地ノ『融合呪印生物-闇』ト、手札ノ『E-HERO(イービルヒーロー) マリシャス・エッジ』。出デヨ、我ガ最強ノ僕――」

 

 しかし、二枚のカードが渦に吸い込まれる寸前、天から降り注いだ雷が闇を貫き、消し去った。

 

「ナンダト!?」

 

 驚愕の声を上げたネ級は、即座に電へと視線を向ける。

 

「貴様ッ、何ヲシタ!」

 

「あなたの魔法の発動にチェーンして、カウンター罠『神の宣告』を発動しました。これでダーク・コーリングの発動と効果は無効化され、融合は不発に終わります」

 

 

《ダーク・コーリング》

通常魔法

自分の手札・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、「ダーク・フュージョン」の効果でのみ特殊召喚できるその融合モンスター1体を「ダーク・フュージョン」による融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。

 

《神の宣告》

カウンター罠

(1):LPを半分払って以下の効果を発動できる。

●魔法・罠カードが発動した時に発動できる。

その発動を無効にし破壊する。

●自分または相手がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する際に発動できる。

それを無効にし、そのモンスターを破壊する。

 

電 LP4000→2000

 

 

 一縷の望みを懸けた融合を阻止されたネ級は、その場に立ち尽くす。彼女の手札にあるカードは、このターンにドローした一枚のみ。その一枚では、戦況を挽回することも、次の電のターンを生き残ることもできない。今度こそ、彼女の命運は尽きた。

 

「もう一度言います。サレンダーをしてください。そして、あなたの艦隊を撤退させてください。これは、最後通牒なのです」

 

 電の毅然とした声が洋上に響き、沈黙がその後の時間を支配する。

 無言を貫くネ級と、それを見つめる電と天津風。張り詰めた空気は、ネ級が再度口を開くまで続いた。

 

「……分カッタ」

 

 ネ級は右手を手札もろともデッキの上に置き、降参の意思を示す。

 

「コノ戦イ、残念ナガラ我々ニ利ハ無イ。貴様ノ要求ニ従イ、ココハ退ク」

 

 頬を緩めた電に釘を刺すように、「タダシ」とネ級は続ける。

 

「二度目ハ無イ。次ハ如何ナル状況デアロウト――タトエ、コチラガ全滅シヨウトモ――退キハシナイ。覚エテオケ」

 

「今は、それで充分です。ありがとうございます」

 

「実質敗北シタ上、ソノ敵ニ礼ヲ言ワレルトハ。益々馬鹿サレタ気分ダ」

 

「馬鹿になんかしていません。それに、お礼を言いたくもなるのです。あなたのお蔭で、大勢の人が傷つかずに済んだのですから」

 

 ネ級は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、おもむろに背を向けて去っていく。それから程なくして、最上から無線が入った。

 

「最上から全艦へ。理由は分からないが、敵艦隊が撤退を始めた。もう襲撃の心配はないと思うけど、念のため島風と曙は警戒を怠らないように。天津風、さっき報告のあったD型艦はどうなった?」

 

「こちら天津風。D型艦は電が迎撃、これを撃退しました」

 

「撃退?」

 

「詳細は、帰投してから報告します」

 

 訝しげな声音で問う最上にそう応じ、天津風は無線を切る。

 

「……電」

 

「分かっています」

 

 天津風の呼びかけに、電は頷く。

 

「帰ったら、たくさん話をすることになると思うわ……たくさん、ね。心の準備を、しておいて」

 

「……はい」

 

 固い表情の天津風に、電は神妙な面持ちで頷き返した。

 




雷「久しぶりの実戦……と思ったら、これはまた深刻なことになりそうね」
暁「トラックでは、みんなも電の考えを受け入れてくれたけど……ショートランドの子たちはどうなのかしら」
雷「天津風の反応を見ると、あまり芳しくはなさそうね。うう、こんな時私が一緒にいれば、電のことを守ってあげられるのに。響、電のこと頼んだわよ!」
暁「そうね。向こうでは、電の理解者はあなただけだもの」
電「そんなに心配しなくても大丈夫なのですよ。電も、前の一件で心の整理はついていますから。ちゃんと想いを伝えれば、天津風ちゃんたちもきっと理解してくれるはずです」
雷「電……!」
暁「頼もしくなったわね。それでこそ、暁の妹だわ。でも、辛い時は無理しちゃダメよ? 響が一緒にいるんだから」
響「その通り。雷ではないけれど、もっと私を頼ってくれて構わないよ」
電「はい」
響「さて。天津風たちは、電へどんな反応を示すのかな。次回『対立の萌芽』。デュエル・スタンバイ」
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