鎮守府決斗録   作:石田零

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前回あのような形で終わらせておきながら、また一月以上も間を空けてしまいました……申し訳ないです。
今回は海戦要素100%の純粋な戦闘回です。
デュエルの方は、すみませんが今少しお待ちください。
それでは、本編をどうぞ。


49 南洋は血に染まり

「響ちゃん! ……響ちゃんっ!!」

 

 響を抱きかかえて叫ぶ電。何度目かの呼びかけの後、響は僅かに瞼を上げた。

 

「ぃな……づま……?」

 

「響ちゃん!」

 

 目覚めた響を電は抱きしめる。

 

「よかった……よかったのです」

 

「二人とも無事!?」

 

 爆音を聞きつけ、切迫した表情の曙が駆け寄る。……が、電の腕の中にいる響を見て目を丸くする。

 

「……どういうこと? 響は魚雷を喰らったんでしょ。それなのに無傷だなんて」

 

 曙の言う通り、響の体に外傷はほとんどない。通常、魚雷が命中すれば一撃で中大破、駆逐艦なら轟沈も不思議ではない。だが、被雷したはずの響の損害は小破未満。体はおろか、服にさえ目立った傷はない。

 訝しげな視線を向ける曙に、響は微笑を作って応じる。

 

「簡単な話さ。そもそも私は、被雷なんかしていない」

 

「は? だって、命中時の水柱は上がってたじゃない。何を言って……」

 

「種明かしは、後でするよ」

 

 曙の言葉を遮った響は、真剣な声音で二人に訴える。

 

「悪いけど、二人とも肩を貸してくれないか? さっきので、両軸の推進器が駄目になってしまった」

 

「分かったわ」

 

 響の言葉に曙は即座に頷く。状況から考えて、響を雷撃した敵は潜水艦であることは間違いない。今もまだ、襲撃の機会を窺っていることだろう。そんな場所に長居をするのは自殺行為だ。

 

「あたしが左を持つわ。電、あんたは右をお願い」

 

「はい」

 

 曙と電が左右から響に肩を貸し、曳航作業を開始する。一刻も早く危険地帯から離れようと、二人は出しうる限りの速度で前に進む。

 

「曙。輸送船は?」

 

「無事よ。潮を護衛につけて先に行かせてるわ。ていうか、あんたは自分の心配した方がいいんじゃないの?」

 

「曙ちゃんの言う通りなのです。響ちゃん、本当にケガはないのですか」

 

「大丈夫だよ、電。私はどこも悪くない」

 

 その言葉の通り、響の受け答えはしっかりしていて別段の異常は見受けられない。苦痛をこらえている様子も特にない。直前の状況を知らなければ、誰もが彼女の言葉を信じるだろう。

 

「でも、響ちゃんには魚雷が直撃したのですよ。それに、少しの間意識も失っていたのです。それなのに無傷だなんて信じられないのです」

 

「心配してくれてありがとう。でも平気さ。だって私は、一本も被雷していないんだから」

 

「そこよ、そこ」

 

 反対側から曙が響の発言に食いつく。

 

「魚雷の水柱は、私からも見えたわ。命中した魚雷があるのは間違いない。なのにあんたは被雷してないって言うし、実際無傷でいる。これは一体どういうことなの」

 

「そうだね。今のうちに説明しておこうか」

 

 そう言って、響は自身の主砲を指さす。

 

「この主砲。これを使って、魚雷を迎撃したんだ」

 

「はぃ?」

 

「魚雷が命中する直前、私は雷跡をめがけて主砲を撃った。一か八か、魚雷を誘爆させてかわそうとしたんだ。さらに爆雷も撒いて、魚雷の信管を誤作動させようとした。賭けは当たり、向かってくる魚雷三本はすべて誘爆した。ただ、至近距離での爆発だったから衝撃も凄くて……そのせいで私は意識を失って、推進器もやられてしまったというわけさ」

 

 答えを聞いた曙は、響を見つめたまま絶句する。

 

「……嘘でしょ。あの一瞬で、それをやったっていうの」

 

「ショートランドで教えてもらった戦い方が役立ったよ。とはいえ、成功したのは運みたいなものだ。もう一度やれと言われても、遠慮したいね」

 

「だとしても、普通はそれを思いつくことさえできないわ。ショートランドでは普段どんな訓練をしてるのよ……」

 

「気になるのなら、今度は曙も鍛えてもらうといいよ。海戦の常識が一変するから」

 

「そうね。けど、今はそれよりも」

 

 曙は鋭い目を背後に向ける。視線の先には、水平線に立つ複数の影。

 

「敵艦隊見ゆ。数は十以上、速力二七ノット。こちらに接近しつつあり」

 

「戦艦がいるね。あの形は……ル級か」

 

「ったく、こんな時に戦艦だなんて。ついてないわ」

 

 曙は舌打ちをし、悪態をつく。

 戦艦ル級の最大速力は二七ノット。本来なら駆逐艦を追うことなどできない速度だが、今は事情が異なる。

 曳航作業中の現在、三人の速力は二十ノットを少し切る程度。敵を振り切ることなど到底できない。それが意味するところは明らかである。

 

「トラック泊地はもう目の前。潮に緊急電を打たせているから、すぐに泊地から援軍がくるはずだわ。少しでも速度を上げて、時間を稼ぐのよ」

 

 しかし、既に二人は限界一杯の速度を出している。これ以上の増速を望むことは事実上不可能だ。

 だから、響は二人に向けてこう言った。

 

「……電、曙。私を置いて、先に行ってくれ」

 

「はぁ!?」

 

「何を言っているのですか、響ちゃん!」

 

 その言葉に、二人から同時に非難の声が飛ぶ。

 

「あんたバカなの? こんな所に自分から残ろうだなんて、死にたいの?」

 

「もちろん、死にたくなんてないさ」

 

 曙の問いに響は即答する。

 

「私は、こんなところで死にたくない。電に、暁と雷……大切な姉妹と、今度こそずっと一緒に過ごしたい。それが、艦娘としての『(わたし)』の願いだ」

 

 だけど、と響は言う。

 

「このままじゃ、その願いは叶わなくなってしまう。いや、こうなってしまってはもう、どう足掻いても叶わない。なら、少しでもマシな結末を用意したい」

 

「……だから、一人で残るのですか」

 

「そうだよ。そうすれば、犠牲は私一人で済む。私たち全員がいなくなるよりも、悲しむ人は減る。だからーー」

 

「バカッ!」

 

 突如耳元で発せられた怒鳴り声に、響は思わず口を止める。あまりの剣幕に、響は初め、それが電の声だと分からなかった。

 

「響ちゃんは馬鹿なのです! そんなことをして、電たちの悲しみが減ると、本気で思っているのですか? 誰よりも姉妹の幸せを願っていた人が、誰よりも早くいなくなってしまうなんて……そんな悲しいことが、あっていいと思っているのですか!」

 

「だけど、電……これしか方法はないんだ。君の気持ちも、分かるけど……」

 

「方法は、あるのです」

 

「え?」

 

「電が残るのです。曙ちゃんと響ちゃんは、先に行って潮ちゃんと合流してください」

 

「駄目だ!」

 

 電の発案に、今度は響が声を荒げる。

 

「それなら私が残る。どのみち私は自力で動けないんだ。一緒に逃げても、足手まといにしかならない」

 

「だからこそなのです。響ちゃんが残ったら、途中で逃げることができずに沈んでしまいます。でも、電は違います。いざとなったら、自分で逃げることができます。それに電は、少しですがショートランドの戦い方も習っています。足止めには一番向いているのです。上手くすれば、みんな無傷で帰れるかもしれませんよ」

 

「でも……」

 

「あんたたち。さっきから何勝手に話を進めてるのよ」

 

 姉妹の会話に曙が不機嫌そうな声で割り込む。

 

「黙って聞いてれば、さっきからどっちが犠牲になるかで喧嘩してばかり。あたしの意見なんて、聞きやしない」

 

「安心してくれ、曙。君を巻き込むようなことは決してしない。どんな場合でも、君だけは絶対に……」

 

「そこが聞いてないっていうの」

 

 曙は苛立たしげに言うと、一つ息を吐いて続ける。

 

「あたしがいつ、自分を巻き込むなって言った? そんな身勝手なこと、口にした覚えはないんだけど」

 

「しかし、君は本来違う部隊の艦娘だ。私のせいで万が一のことがあったら、君の提督に申し訳が立たない」

 

「そんなつまらないこと言ってる場合? あたしはそんなこと気にしないわ。うちのクソ提督も、そのくらいは弁えてる。ま、あんたのとこは違うみたいだけど」

 

「司令官はそんな人じゃない。司令官はいつも私たちを信頼して、背中を支えてくれている。部下の決断に対して、責任を取る覚悟を持っている人だ」

 

「なら問題ないじゃない。敵を足止めするなら、戦力は一人でも多い方がいいに決まってる。別に、あたしたちだけで最後まで戦うわけじゃないんだから。一秒でも長く時間を稼いだ方が生存の確率は高まるわ。違う?」

 

 その言葉に、響は反論しない。曙は電にも目を向ける。彼女の反応も同じだった。

 

「決まりよ。本艦隊は、これより敵艦隊との砲雷撃戦を敢行する」

 

 戦闘準備を整えた後、三人は針路を百八十度転換し、敵艦隊と正対する。陣形は凸型。電が一人前に立ち、その後ろに曙と響が控える。電の突撃を、後ろの二人が支援する形だ。

 

「旗艦は響、あんたがやりなさい。あたしがしっかり守ってあげるから、指揮に集中すること」

 

「分かった。電、狙いは敵旗艦ただ一隻だ。旗艦のル級を潰せば、敵の統率も乱れる。私たちが援護するから、周りの敵は気にせず突っ込むんだ」

 

「了解なのです」

 

 頷いた電は、接近する敵艦隊を見据える。その眼光は、常とは別人のように鋭い。

 

「電たちには、帰るべき場所があるのです。邪魔はさせません」

 

 電は敵艦隊を見つめ、慎重に間合いを測る。そして、深呼吸の後に突撃を開始した。

 まずは三〇ノットで敵艦隊に接近し、距離を詰める。距離三五〇メートルになったところで敵戦艦が発砲、しかし電はそれを意に介さず突き進む。敵弾は遠弾となり、彼女に被害はない。敵戦艦は二射目を放つとともに護衛の軽巡と駆逐艦を前面に展開し、電の阻止を図る。

 軽巡ホ級の雄叫びを合図に、配下の駆逐艦群が猟犬の如く疾駆する。数は八。二手に散開し、左右から電を挟撃する。が、その行手に複数の水柱が立ち、敵の動きを妨げる。無論、電の砲撃ではない。後方の響と曙による援護射撃だ。

 身動きできないことが幸いし、二人の砲撃は腰を据えた正確なものとなっている。たちまち命中弾が続出し、敵の半数を中破以上に追い込む。電はこの隙を突いて敵前衛を突破、速力を最大戦速に上げ本丸へと迫る。だが、敵旗艦を守る盾は駆逐艦だけではない。軽巡ホ級一隻に、重巡リ級二隻。今度はこれらの巡洋艦群が彼女の前に立ちはだかる。

 最初に仕掛けたのは、電から最も近い場所にいる軽巡ホ級。八門の五インチ砲を半数ずつの交互射撃で発砲、初弾と直後の修正射撃で電を捉えようとする。対する電は的確な回避運動でこれに対応、攻撃を無傷で切り抜ける。しかし、その間に残る二隻のリ級が彼女の側面に進出していた。

 すかさず、響が電に警告を送る。これを受け電は緊急回避行動を実施、ホ級の二射目の回避確認と同時に片舷のスクリューを後進一杯に入れ、信地旋回を行う。

 響の警告は、敵の動きだけでなくその意図も伝えていた。ホ級の攻撃は囮に過ぎない。本命は二隻のリ級。回避を強いることで電を誘導し、回避コースの出口を狙い撃つ作戦であると。果たして、響の読みは的中し、電のすぐ傍に水柱が林立する。警告がなければ、電はリ級の集中砲火を浴びているところであった。

 電は響に礼を言うと、お返しとばかりにリ級を砲撃する。が、彼女の弾は敵の砲塔に防がれる。

 リ級の砲塔は装甲を有しており、重巡以上の砲でなければ有効打とならない。駆逐艦の主砲でダメージを与えるには、非装甲部分を狙いやすい接近戦に持ち込むしかない。

 電は主砲で牽制を行いながらリ級との距離を詰める。敵も接近を阻止しようと砲撃するが、電は怯むことなく前進する。さらに雷撃で敵の動きを乱すと、その隙を突いて片方のリ級の懐へ飛び込んだ。

 電は敵が反応する前に主砲の仰角をかけ、狙いを定める。直後、彼女の主砲が咆哮した。

 爆発音とともに、どす黒い液体が飛散する。重油のような粘性を持つそれを噴き出しながら、頭部を失ったリ級は後ろに倒れる。普段の電であればその姿に感傷を禁じ得なかったであろうが、今の彼女にはそのような感情を懐く理由もなければ、その余裕もなかった。

 射撃直後の電にもう一隻のリ級が襲いかかる。僚艦を目の前で失ったリ級は、憎悪に満ちた声を上げ、殴るように右手の砲口を突き出す。電の主砲は次発装填中のため使用できず、魚雷も今から雷撃姿勢を作っていては間に合わない。反撃手段を持たない彼女は、為す術なく敵の餌食となる、かに思われた。

 刹那、鈍色の鉄塊が敵を弾き飛ばす。リ級の体は宙を舞い、電から数十メートル離れた海面に叩きつけられる。そこへ三本の航跡が伸び、爆炎を上げる。魚雷三本の直撃。重巡リ級は瞬時に水漬く屍となった。

 残る障害は軽巡ホ級一隻のみ。主砲門数の利を活かして連射を行う敵に対し、電はショートランド流の機動戦で対抗する。急角度での転舵を繰り返して敵の照準を惑わし、その隙に間合いを詰める。電は敵に肉薄すると右手に持った鉄塊ーー艤装の錨を振りかぶり、力一杯に敵を殴打する。さらに装甲のない胴体へ主砲の釣瓶打ちを見舞い、大破炎上させる。

 行手を阻むものはすべて消えた。電は空になった発射管に予備魚雷を装填した後、敵旗艦に攻撃を仕掛ける。

 敵旗艦である戦艦ル級の主砲口径は十六インチ。電の主砲の三倍以上であり、威力には天と地ほどの差がある。それは防御力の面でも同じであり、ル級は電の砲撃をいくら受けても掠り傷しか負わないが、電は当たり所が悪ければ一撃で轟沈させられる可能性もある。電がこの敵を倒すには、唯一勝る機動力で敵を翻弄しつつ、魚雷で水中から致命傷を与えるしかない。

 酸素魚雷の残弾は三本。本来ならさらにあと三本残っているところだが、D型艦の出現に備えて片方の防楯の裏側にデュエルディスクを格納しているため、予備魚雷の数が半減している。やむを得ないことであるが、この状況では手痛い損失であった。

 電の機関は先ほどから全力運転を続けている。急機動の連続も相まって機関も体も限界に近いが、ここで足を緩めるわけにはいかない。電は攻撃をかわし続けながら敵に隙が生まれるのをじっと待つ。そして、遂に敵の砲撃後に好機を見出した。

 電はこの機を逃さず、前進一杯で突撃。敵は副砲による迎撃を行うが、彼女は跳躍してこれを回避する。そこで錨を大上段に構えて打撃の姿勢を取り、落下速度を利用した懇親の一撃を繰り出す。敵戦艦はこの変則的な動きに対応できず、頭を割られるーーはずだった。

 

「んなっ……!?」

 

 鈍い金属音が響き、電が驚愕に目を見開く。彼女の瞳は、目の前の光景に釘付けられていた。

 電の錨を、ル級の砲塔が受け止めている。敵はぶ厚い装甲を持つ砲塔を盾代わりとし、彼女の攻撃を防いだのだ。

 電にとって、これは予想外の事態だった。トラック近海に現れる敵艦は、かつての彼女のように「艦」の動きに準じた戦い方をする。だから電はこの敵艦隊も同じであると判断し、ショートランド流の戦術で対抗することにした。結果は見ての通りであり、敵艦は電の動きに追従できず、なす術なく撃沈されていった。

 しかし、このル級だけは違った。「艦」の思考であれば予測できない、「艦娘」の動きをする電の攻撃を見切り、防いだ。これは、他の深海棲艦とは異なる思考回路を有することを意味する。

 だとすれば、敵はどこでその思考を身につけたのか。電は考えを巡らすが、これ以上の考察は許されなかった。

 ル級の主砲が火を噴き、超至近距離から砲弾を叩き込む。滞空中の電に、これを凌ぐ術はなかった。

 艦娘の制服は、防弾繊維のように砲弾の直撃を受けても貫通を許さない構造になっている。だが、被弾の衝撃までもを吸収するわけではない。しかもそれは、あくまで一般的な交戦距離においての話。至近距離から撃ち込まれた砲弾を防ぎきることはできないし、ましてや衝撃を殺すことなどほとんど期待できない。電は悲鳴とともに宙に打ち上げられ、海面に落下した。

 

「がっ……は……」

 

 至近距離で砲弾を撃ち込まれたにも関わらず、電の制服はよくその役割を果たし、大きく破れながらも彼女の外傷を最小限に留めていた。しかし、外傷はなくとも相当のダメージを受けたことは明らかだった。ル級は呻く彼女に近寄ると、胸より下の部分を失った制服の襟を握り、乱暴に吊り上げた。

 電は拘束を解こうともがくが、足をばたつかせることしかできない。そんな彼女に、ル級の両肩の副砲が向けられる。これを食らえば、今度こそ命の保証はない。電は必死に逃げ道を探し、力任せに制服を引きちぎることで脱出を果たした。

 体は満身創痍だが、武装はすべて生きている。酸素魚雷三本に、ありったけの主砲弾。たとえ戦艦であろうと、この距離から非装甲部位を狙い撃てば望みはある。電は残る力を振り絞り、起死回生の一撃を放とうとする。が、それが叶うことはなかった。

 

「ーーか、っ……」

 

 鈍い音とともに、電の肺から空気が吐き出される。訳も分からないまま視線を彷徨わせた彼女は、鳩尾にル級の膝がめり込んでいるのを目にした。

 もはや、電は悲鳴を上げることも、呻くこともなかった。彼女はただ重力に引きずられて崩れ落ち、力なく海面に倒れ伏した。

 

「曙、電を!」

 

「分かってる!」

 

 電を救出するため曙が前に出るが、直後にどこからか飛来した砲弾を受け膝をつく。立ち上がった彼女を、再び砲弾の雨が襲う。

 

「くっ、こんな時に新手だなんて……」

 

 曙の目は、砲弾が飛んできた方角を向いている。そこには波を蹴立てる敵水雷戦隊の姿があった。

 敵水戦はル級が呼び寄せたものであるらしく、その指示に従い曙と響に攻撃を加える。先の駆逐艦群との戦闘で弾薬を消耗している二人にとって、この相手は荷が重い。二人は電を助けに行くどころか自身を守ることで手一杯となり、徐々に追い詰められていく。

 

「曙、私はいいから早く電を!」

 

「そんなことしたらあんたが袋叩きに遭うでしょ! それに、行けったってこの状況じゃ……」

 

 敵の増援は軽巡一に駆逐八。平均的な水雷戦隊の構成だが、障害としては充分に大きい。まずはこれに対処しなければ、電の救出もままならない。

 

「さっさと助けないとマズいってのに、このっ!」

 

 曙は矢継ぎ早に砲を撃つが、気持ちばかりが逸った弾は明後日の方向へ飛んでいく。さらに意識の乱れは死角を生み、普段なら有り得ない敵の接近を許す。響も懸命に曙を支援するが、彼女自身も敵の攻撃に曝される中で次第に余裕を失っていく。

 

「ひびき……ちゃん……あけぼの、ちゃん……」

 

 苦闘する二人を、電は指を加えて見ることしかできない。二人の心は電を意識するあまり大きく乱れ、動きにもそれが如実に現れている。電が動けなくなった後もル級がとどめを刺さずにいるのは、この心理的効果を狙っているからだろう。その目論見は当たり、二人は被弾を重ね、動きを鈍らせていく。電は、何もできない自分に歯噛みする。

 自分のせいで、二人は窮地に陥っている。このままでは、全滅は時間の問題である。やはり、初めから涙を呑んで響の提案を受け入れた方が良かったではないか。いや、自分がしっかりル級を仕留めるか、そうでなければ一息に沈むべきだったのではないか。こうやって半端に沈まずにいるから、二人の足枷になっている。何とかしなければならない。

 しかし、彼女の体は言うことを聞かない。蓄積された疲労と傷が、もはや指一本すら動かすことを不可能としていた。全身を襲う痛みが意識を支配し、艤装を動作させることもできない。

 ここまでなのか。心の内で、電は絶望を呟く。と、それを吹き飛ばすような明るい声が耳を打った。

 

「Good fight, girls! よくここまで頑張りマシタ!」

 

 刹那、海面に無数の水柱が林立する。さらに爆発音と、ル級を除く深海棲艦の悲鳴。目を丸くする電の耳に、また別の声が入る。

 

「こちら飛龍。第一次攻撃隊より戦果報告。軽巡一、駆逐二の撃沈確実。ならびに駆逐二を撃破。しかし戦艦一、駆逐四が依然として健在。第二次攻撃の要ありと認めます」

 

「All right. 直ちに攻撃隊を発艦させてくだサイ!」

 

 激痛に身を苛まれながらも、電の耳は無線機越しの会話をしっかりと聞き取っていた。待ち望んでいたものが遂に現れたと知り、彼女は希望に顔を輝かせる。

 

「待ってくれ。敵戦艦の足元には、大破した艦娘が一人いる。彼女は航行不能だ。空襲をしたら、巻き添えになりかねない」

 

「Don't worry. こちらでもそれは把握してマース。その子を救出するまでは、敵戦艦への攻撃は最低限とシマス。撃沈するのは、その後デース」

 

 金剛の言葉通り、二度目の攻撃隊は敵駆逐艦の生き残りに攻撃を集中させ、ル級には手を出さない。しかし、完全に放置するわけでもない。ル級に対して爆撃の真似や機銃掃射を行い、万が一にも電を攻撃する余裕を持たせないよう牽制する。

 

「お待たせシマシタ! 戦艦『金剛』以下、第一南遣艦隊、戦闘海域に到着デース!」

 

 今度の声は、無線を通さず電の耳に入った。今の電には周囲を見回す力もないため、援軍の姿を直接捉えることはできない。しかし、洋上に響く力強い声だけは、はっきりと聞こえた。

 

「私は第一南遣艦隊旗艦、戦艦『金剛』デース! 深海棲艦に警告シマス。これより私たちは、戦闘中の友軍艦娘三名の救出任務を実施シマス。こちらの目的は、仲間の救出。もしも貴方たちが素直に引き下がるのなら、この場は見逃してあげマース。But, 邪魔する場合は容赦しないから覚悟するデース!」

 

 金剛の宣言に反応するように、ル級が喉を鳴らす。このル級が言葉を理解しているかは分からないが、金剛の声に満ちる闘志はしっかりと感じ取ったらしい。望むところだと言わんばかりに砲塔を掲げ、戦闘態勢を取る。

 

「どうやら、引き下がる気はないようですネ」

 

 溜息をつく金剛だが、その声に落胆の響きはない。

 初めから、敵が勧告に応じるなどとは思っていない。この返事は予想通りだ。

 

「では、こちらも全力で叩きマース。Everyone! Open firing!」

 

 金剛の号令一下、麾下の駆逐艦が突撃する。数は四。揃いの灰色のブレザーに身を包み、単横陣で敵戦艦に立ち向かう。電は、視界に入る服装に見覚えがあった。トラックにいる、陽炎と同じ型の制服だ。

 ル級の指示を受け、生き残っている敵駆逐艦は四人の阻止にあたる。が、そこへ大量の大口径砲弾が降り注ぎ、爆炎を上げる。

 

「Hey! 私たちのこと、忘れてませんカ?」

 

「勝手は、榛名が許しません!」

 

 砲撃を行ったのは、金剛とその姉妹艦である榛名。二人は響たちの盾となる位置に立ち、そこから駆逐艦の突撃を支援する。戦艦による火力支援の威力は大きく、四人は大した妨害に遭うことなくル級への接近に成功する。

 ル級は主砲と副砲を併用し、四人の接近を迎撃する。敵は人質の価値を理解しているようで、足元の電から離れようとはしない。いざとなれば彼女を盾とする素振りを見せ、攻撃を躊躇わせようとしているらしい。その作戦は正しく、四人はなかなか救出の機会を掴めない。

 

「どうするの嵐。このままじゃ助けられないよ」

 

 四人のうち、ポニーテールの少女が旗艦と思しき赤毛の少女に言う。嵐と呼ばれた彼女は、分かってると答え、策を練る。

 

「舞の言う通り、このままだと埒が開かねぇ。……こうなりゃ、力づくでかっさらうしかないな」

 

「というと?」

 

「俺が敵の懐に飛び込んで、あいつを助け出す。萩は俺がミスった時の保険、舞とのわっちは俺たちの援護を頼む」

 

 嵐は友軍空母とも交信を行い支援を要請、手筈を整えたところで突入用意を号令する。

 

「二航戦に連絡して、ル級への攻撃を頼んだ。といっても、投弾はしないけどな。けど、相手の気を逸らすには充分だ。上に注意を引きつけてる間に、足元の艦娘を救出する。……よし、攻撃隊が来たな。いくぜみんな! 四駆、突撃!」

 

 嵐の合図で、彼女と僚艦の萩こと萩風は一直線にル級へ向かう。後衛の二人は絶え間ない砲撃で敵前面に水柱を林立させ、照準を妨害する。同時に、嵐の求めで編成された艦爆中心の攻撃隊が空襲を開始、攻撃機が敵艦直上に殺到する。

 しかし、ここで読み違いが生じる。艦爆群が急降下に入ったにも関わらず、敵戦艦はそれに注意を払わない。まるで、攻撃隊など存在していないかのように。気づいていない、という風ではない。認識していながら、それを無視しているようだ。

 攻撃隊からの緊急入電が、嵐にそのことを伝える。危険を察知した嵐は後続の萩風に緊急回頭を命じ、自身も急転舵を行う。しかし、萩風よりも僅かに先行している嵐にとって、その判断はほんの少し遅かった。

 水柱の奥から放たれた十六インチ砲弾が嵐の体を捉え、木の葉のように吹き飛ばす。間一髪で難を逃れた萩風は宙を舞う嵐の姿に悲鳴を上げるが、即座に自らの役割を思い出し、敵に肉薄する。彼女は嵐の代役として電を救い出すことに成功、次いで離脱する瞬間、自分を狙う砲口と目が合った。

 敵艦発砲。ほぼゼロ距離での射撃は萩風に反応の暇を与えない。彼女は電を庇う間もなく砲弾の洗礼を浴びる。だが、彼女の身が傷つくことはなかった。

 

「ハギー! Are you OK?」

 

 発砲の瞬間、萩風は敵との間に割り込む何かに突き飛ばされて尻餅をつく。驚き放心していた彼女は、こちらを振り向いた顔を見て状況を理解する。

 

「金剛さん!」

 

「ん、それだけ元気な声が出るなら大丈夫デスネ!」

 

 萩風は、そう言う金剛の艤装から火の手が上がっていることに気づく。

 

「金剛さん、艤装が!」

 

「No problem. 砲塔が一つやられましたが問題ありまセン。すぐに鎮火しマース。それより、ハギーは早く逃げるデース!」

 

「は、はい!」

 

 離脱する萩風を狙うル級の前に、金剛が立ちはだかる。金剛は萩風への射線を遮る位置に立ち、健在な三基の主砲で攻撃。ル級は砲塔を盾にするが、至近距離の艦砲射撃には意味がなく砲塔は全損。それを保持していた左手にも深手を負う。しかし直後、敵はもう片方の主砲で反撃。金剛は主砲塔をさらに一基失い、彼女自身も被弾し中破に追い込まれる。

 

「やっぱり、三六センチ砲でル級とやり合うのはキツいですネー。でも……」

 

 金剛は敵の二射目が来る前に後退し、距離を取る。彼女が目を向けるのは頭上に群れる機影。

 

「最初からそれでケリをつける気はありまセーン。飛龍、蒼龍、あとは任せるネ!」

 

 金剛の声に応じ、攻撃隊が再び急降下。人質のいない今回は雨霰と爆弾を降り注ぐ。敵も全力で回避を行うが、攻撃隊を繰り出す飛龍と蒼龍ーー通称「二航戦」の二人は、海軍内でも屈指の練度を誇る空母艦娘。艦載機は正確な投弾で次々と命中弾を出し、敵を追い詰める。その間に嵐を除く三人の駆逐艦は突撃準備を済ませ、空襲終了と同時に攻撃を敢行。酸素魚雷の槍衾で敵艦に引導を渡した。

 

「敵艦隊撃滅! 皆サン、撃ち方止めデース」

 

 耳を聾する爆音の嵐がやみ、海上に平穏が戻る。金剛は艦隊を集結させ、被害状況を確認する。

 

「大破したのは電、曙、嵐。中破は響と私。被害は軽くないですが、一人も欠けずに全員救出できたのは良かったデス」

 

 金剛は無線で任務完了を報告し、これより帰投する旨を伝える。大破の三名と航行不能の響は榛名以外の四人で曳航することになり、金剛は響の手を取る。

 

「サ、帰りますヨ。Please follow me.」

 

 金剛の手を握り返しながら、響は彼女に尋ねる。

 

「金剛さん、だったよね。どうしてここに? 戦艦艦娘は、基本的に内地の鎮守府にいるはずなのに」

 

「That's right. よく知ってマスネ、響」

 

 響の頭を撫でながら、金剛は「But」と付け足す。

 

「その話は、後にしまショウ。今は泊地に帰って、入渠するのが第一デース。話はその後で、ゆっくりとしまショウ」

 

 響は頷き、大人しくそれに従う。金剛の口調は穏やかだがはっきりとしていて、この場で詳細を語る気のないことが窺える。その話には、何か重要な情報が含まれているのかもしれない。

 頭上には、二航戦の放った直掩機が旋回している。そういえば、正規空母も本来は戦艦と同じく内地にいる艦種だ。それが二隻も南洋方面に進出してきている。これはただごとではない。

 何か、重大な出来事が起ころうとしている。あるいは、既に起こっているかもしれない。安堵に包まれる艦隊の中で、響は独り、気を張りつめた。

 

 




響「前回の終わりで私が沈んだと思ったかい? 残念、不死鳥の名は伊達じゃない。この程度で沈みやしないよ」
暁「こんのっ……バカ響! どんだけ心配したと思ってるのよ!」
雷「そうよ。もしものことを考えると、気が気じゃなかったんだから!」
響「心配かけてごめん。あの時は、電を助けようと必死だったんだ」
雷「それは分かってるわ。私だって、その場にいたら響と同じようにしてたと思うもの。ところで、電といえば今回の戦いぶり……正直、ちょっと驚いたわ」
暁「暁も。いつもの電とは別人みたいだったわ。あれ、本当に電なの?」
電「えっと……実は、戦闘中のことは自分でもよく覚えてないのです。ただ生きて帰らなくちゃと、無我夢中だったので」
響「いわゆる、火事場の馬鹿力というやつだね。しかし、それを差し引いても凄い大立ち回りだったよ。そのうち、一人で一艦隊壊滅させるくらいできるようになるんじゃないかな」
電「それはもう、駆逐艦の枠を超えてる気がしますけど……」
響「そうなったら、それはそれで面白……もとい、頼もしいね。さて、次回はトラック泊地に到着後、金剛さんたちがここにいる理由が明かされるよ」
暁「そういえば、金剛さんは急に現れたわね。今までトラックでは見たこともなかったのに」
響「そこのところも、本人が詳しく語ってくれるよ。次回『西からの報せ』。デュエル・スタンバイ」
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