「....それで、ホークは」
「鎮静剤ブチ込まれて寝てるよ。錯乱してどうしようもなかったらしくてな....」
「そりゃ、あの怪力で暴れられりゃな....」
その日の『クーガー中隊』のレディ・ルームにいる要員たちは、空気の質量が大きくなった様な錯覚を覚えていた。
ホークの負傷離脱に加え、その後席に乗っていた同胞が、跡形もなくこの世から消滅したとあっては、いつも通りとは行かず、メンバーの殆どが項垂れるか、呆けた様な表情となっていた。
しかし、レイマン・フレクス組だけは、上島艦長に当時の事情を聞かれていた。
「....では、ホークの判断に間違いは無かったというんだな?」
「はい、外部から見た限りでは、そう見えました」
「整理しよう。ホークは上昇中に敵機に後ろへ食いつかれ、ジンキング機動をとりつつ敵機を誘い込んで反転降下、その後、”掌返し”....急上昇でオーバーシュートさせて自機がロールで反転、HMDでロックしてミサイルを撃つ、というあの”掌返し”でいいね?」
「そうです」
「その際にミサイルを撃たれ、回避のためにスプリットスロットルとラダーを使って反転....所謂ヴォルボシュカ・マニューバの変形型で急速反転降下、そこで敵機の射線に入り込み、被弾した....と」
「はい、あの近距離で、しかも目視誘導のミサイルを避けるにはそれしかありませんでした。あの距離で撃たれれば....同じ”掌返し”を使っていた場合、自分なら喰らっていました」
「その時敵機は、ホークが”掌返し”を使うのを見計らってミサイルを撃ち、その回避機動までも読んで射撃した....という事になるな」
「はい、俄かには信じがたいですが、実際そういう動きでした」
「何故助けに入らなかった?」
「ミサイルを撃つには両機が接近しすぎていて、ドグファイトに割り込むには遠すぎたんです。飛行記録を見て貰えれば分かります」
「うん、後で照合しておこう」
両人の話が一段落した所で、それまで黙り込んでいたフレクスが口を開いた。
「あの....よろしいですか」
「何だ」
「この....ホークが被弾する迄の敵機の機動なんですが....」
「これか、これが何か?」
「どうも、敵はホークの”手の内”を読んでいた....というより、知っていた様に感じるんです。空戦の癖や飛び方を入念に研究したかのような....」
上島は、即答はしなかった。
できなかった。
これはフレクスの憶測であるが故に、下手な先入観が入る様な事に繋がってはならない。
しかしそれ以上に、本当にこちらの戦術が解析されているとすれば、これは恐ろしい事実になりかねなかった。
深海棲艦は、近くにいる個体群で連携を取るなどの事例は数多あったが、相手に応じて戦術を変えたり、進化させたりなどはこれまで報告されていなかった。
故に、知能はあるにせよ、そこそこに低いものだと推定されていた。
それが、根本的に覆る可能性がある。
今回のそれが初、もしくは初期段階の発露なのだとしたら、これより以後はさらに洗練されていくだろう。
脅威としてのランクが、1つ2つどころでは済まないレベルで上がりかねなかった。
「....可能性としては、視野に入れておこう。他に言いたい事か質問は」
「「ありません」」
「うん、下がって良し」
「は、失礼します」
「失礼します」
二人が艦長室を後にし、室内には上島一人となる。
上島は、敵の戦術的進化を恐れていたが、それ以上に気になる事があった。
プレイヤーが居なくなった以上、早急にホークのRIOを補充しなければならない。
普通なら隊の中で余剰人員を移動させて埋めるのだが、今回は話が違っていた。
防衛装備庁付で、「補充人員を送るから人事異動をしばし待て」という通達が送られて来た。
その人員は、本土からジョンストン空軍基地を経由し、ヘリで直接送られてくるという。
「何のつもりだ....?」
書類を手に取り、睨みつける。
異常である。
通常、新規にクルーが着任する際は、海自、アヴィエイターの場合は空自と米海軍で訓練を受けた要員が、帰港時に乗艦する事になっている。
しかし、防衛装備庁といえば、人員ではなく機材や装備品の研究を行う組織である。
正規の手順から余りにも逸脱している。
上島、考えても仕方ないと割り切り、今現在必要な書類の作成に取り掛かった。
損傷した106号機をメーカー修理に出す為の後送手続きもしなければならないのである。
問題が、山積していた。
「ともかく、来れば分かるかな....」