風切り音、ローター音、エンジン音、そして甲板員の声。
106号機損傷事案から1週間ほどの後、アメリカ海軍所属の統合多用途艦載ヘリコプター、MH-60R『シーホーク』1機が、『かさぎ』の飛行甲板へアプローチを試みていた。
「あれか?」
「その筈です」
その日、副長の須田は、上島の命で”補充人員”を迎えに飛行甲板へ下りていた。
シーホークが甲板へランディングギアをつけ、甲板員が安全確保のために、続いて須田も出迎えの為駆け寄る。
「どうぞ、足場悪いですから....」
甲板員の手を借りて、ヘリから降り立つ”補充人員”に、須田が違和感を覚える。
(....やけに背が低いな?)
そしてそれは、
「....駆逐艦・時雨です。本日付で海上自衛隊第101航空隊へ配属になりました」
「艦娘だと....!?」
背筋を伸ばして、肘を45度に傾けた完璧な海自式の敬礼をこなす
「あー、それでこちらが新しく配属になった....」
「駆逐艦時雨だよ。これからよろs」
「ふざけるんじゃねぇッ!」
数分後、クーガー中隊のレディ・ルームには怒号が反響していた。
「ホーク、落ち着けって....」
「ガキだ!!!ガキだぞ!!!プレイヤーの後釜に!!!ガキを寄越しやがった!!!」
怒りのあまり大袈裟なジェスチャーと共に盛んに狭いレディ・ルームを忙しなく歩き回るホークを、レイマンとトーチの二人で宥めにかかる。
「特例の圧縮プログラムとはいえ、内容は我々がやったのと全く同じ、防府北から米空軍のT-6とT-38、それに米海軍で
「はあ....」
明らかに不快そうなため息をつき、額に手を当てて勢いよく自分のコールサインが書かれた椅子へ座り込む。
そしてそのホークの顔を、当の時雨が覗き込む。
「僕じゃ、嫌かな?」
「時雨ちゃん、あんまり近づかない方が....」
「顔が近い!」
「おっと」
ホークに手の甲で払われるが、艦娘特有の反射神経で体を仰け反り、余裕を持って回避する。
「言わんこっちゃない」
「やめろバカ、みっともないぞ」
見るに見かねてレイマンが止めに入るが、ホークの怒りは収まらない。
「俺はシンガーとかブルパップとかあいつら辺りが来るとばかり思ってたんだ!同じ隊の奴だとな!ところが本土のバカ共、つい昨日学校を出たばかりのガキを送りつけてきやがった!しかもどうだ、わざわざ前線展開中の空母に!?本土から!?ヘリで!?乗り付ける!?こいつはなんだ、金持ちのボンボンか何かか!?防装庁は喋るネコジャラシの集まりか!?脳みそ落としたなら早いとこ交番にに届けろと言ってやれ、未使用品は転売されるからな!」
「待て、そこも含めて説明してやるから....」
トーチ、そう言ってホークの二つ隣の席へ座って息を整え、状況説明を始める。
「艦娘は、殆ど際限なくに海から湧き出てくる。本質的には"無尽蔵に湧いて出る、人間と同等の知能と肉体を持った、友好的で意思疎通と使役が可能な生物"という訳だ。ここまで来れば、教育を施して"人材"として使う、という発想が出てきてもおかしくない。だから防衛省主導で、他兵科へ送り込んでの運用試験が計画された。が、最初は艦娘の方から断られたそうだ。"艦娘"として生まれたからにはそれとして戦い死にたいとの事でな。だから、この手のデータ集めは全く進んでいなかった。そこに現れたのがこの....時雨だ」
ホークが目を見開く。
あの日、酒場で聞いた気さくなアメリカ人たちの声が、彼の脳内で反芻されていた。
そして不快そうな顔は変えず、耳だけは真面目に聞く体勢を取る。
「そこから先は、僕が」
連続で喋った事に対する時雨の気遣いを受けて、トーチはコーヒーを飲み干して喉の渇きを癒す。
そして、飲み終わったのを待って、時雨が引き継いで話を続ける。
「僕はどうしても、"提督"....いや、ここでは大尉とでも言った方がいいかな。大尉の下に居たかった。この船の艦娘の適性者は上島艦長らしいけど....僕はどうやら、違ったみたいでね。横須賀鎮守府に行ったあとも、
時雨が苦笑を交えて話し終わったところで、口笛が飛んだ。
「愛されてんなぁ、ホークさんよォ?」
「それも、あの美少女に」
「ローリー、スパーキー、それ以上余計な事を言ったらケツにMk.84を突っ込んでやる」
「勘弁!」
「お~怖い」
話が脱線しかけたところで、時雨が軌道修正を試みる。
「....それで、大尉はどうしても嫌かな?僕を後ろに乗せるのは....」
「無論....いや」
ホーク、即答しかけて一旦止め、少し考え込んでから、醜悪な笑みを浮かべて回答を修正する。
「....一度後ろに乗ってみて、俺の全開
「おい、そりゃ流石に....」
「分かった、その条件でいいよ。それで、いつにする?」
周囲の心配をよそに、時雨は即答。
とんとん拍子に話が進んでいく。
「艦長に訓練計画変更申請、通しておこう。レイマン、
「あ、ああ....しかしお前....」
「本人らが両方ともいいと言ってるんだ、好きにさせてやれ」
「はあ....」
「これでゲロ吐くようならどの道
レイマンの不安をよそに、ホークなりの「入隊試験」とでも言えるものが、始まろうとしていた。
「それからお前は俺をその湿っぽい目で見るのをやめろ!俺は湿気が嫌いなんだ!」
「....隊長、僕そんなに湿っぽいかな」
「ベッチョベチョだぞ」
時雨は、早くも隊に馴染み出していた。