超音速   作:ネコガメ

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第27話

『Cougar8よりCougar6....おはよう諸君、現在時刻は0900、気温27℃、湿度は57%、絶好の格闘戦(ドッグファイト)日和だ。Cougar7は進路を270に取れ、高度16400、時速350kt、準備出来次第知らせろ』

 

 時雨の着任翌日、レイマン組の107号機と、後席に時雨を乗せた新生ホーク組(仮)が操る、予備機を再塗装した新106号機が『かさぎ』の停泊するジョンストン環礁の幾分沖合で相対していた。

 

「Cougar106, Ready」

 

「OK, Cougar7, Ready, ACMIポッド、計測スタート....Fight ON!」

 

 訓練内容は、アメリカ海軍戦闘機兵器学校、通称「トップガン」部隊の訓練方法を輸入したものであった。

 1v1での狭い空域内を使った旋回戦で、敵機の位置は事前に知らされない。

 しかし、それ以外には全く何も難しい規定などはない。

 先に相手を見つけて襲い掛かり、互いに空中でぐるぐると旋回し、指定された訓練空域を出ないよう気をつけながら、先に相手の後ろについて短距離ミサイルか機銃弾を(勿論、仮想上で)叩き込んだ方の勝利である。

 

 こうして内容を列挙すれば簡単に見えるが、実際には自機と相手の高度・対気速度・相対位置・彼我の機体性能とそれぞれの特性・腕の差など様々の要素が毛玉の如く複雑怪奇に絡み合ったもので、隊員同士の戦闘では互いが相手の手の内を知り尽くしている為に、燃料欠乏寸前までやっても決着がつかないなどが頻繁にあった。

 

 一応、訓練の前には彼我双方で戦闘計画(ゲーム・プラン)が立てられる。

 ホークは、前回の戦闘で得意の「掌返し」や「ヴォルボシュカ・マニューバ」等の失速機動を破られた経験から、これまでと異なる戦闘スタイルを身につける為、基礎的な動きを重視したものを組んでいた。

 

 そしてRIOは、パイロットが空中戦闘機動に専念できる様、あらゆる情報を同時並行で処理し、必要な情報だけを抜き出してパイロットに伝え、時には自らレーダーを操作しなければならないという要職も要職である。

 

 ホークは、実際のところ慢心し切っていた。

 レイマンに対してではない。

 どう見ても中学生、よくて高校生という見た目の時雨が、この様な高難易度の仕事をプレイヤーと同等、もしくはそれ以上にこなす事など有り得ないという慢心である。

 

 この予想が正しいかどうかは、あと数分もすればわかるだろう。

 

 しかしホークは、念のために重ねて難題を課して置く事にした。

 

「時雨、旋回が始まったら3、4秒ごとに対気速度をコールしろ」

 

 他の情報を同時処理しながらの"人間対気速度計"、難題とはいうものの、プレイヤーならば当たり前にできていた事である。

 飛び始めて日の浅い時雨(ガキ)には難しいだろうという、半分は先入観であった。

 

「了解」

 

 文句一つなく、了承の返答。

 ホークの神経は逆撫でられたが、集中を欠けばレイマンに加えトーチからも説教が入る。

 瞬時に頭を切り替え、索敵にかかる。

 

「Radar Contact 020/4.(ポイント)3」

 

 頭を切り替えた瞬間にまたも時雨の声が耳に刺さり、思考が乱される。

 が、彼女のコールは正確に敵機の位置を示していた。

 

「020/4.3, OK...OK....」

 

 呼吸を整えて機体を捻り、アフターバーナーを焚いて急速上昇に入る。

 が、107号機は既にサイドワインダーの射程に入り込んでいた。

 

『アトール107、21300ft』

 

 訓練用の、仮想上での発射コール。

 

「チッ....フレアフレアフレア!」

 

 舌打ちと共にアフターバーナーを切り機体を捻って降下、対抗手段射出をコールしつつ、ミサイルの旋回半径内に入り込んで追尾を外す。

 

『グッドブレイク、コンティニュー』

 

 レイマンが訓練続行を告げ、106号機はそれに呼応する様に再びA/Bを全開にして加速、勢いのついたインメルマン・ターンで107号機の後ろを取らんと旋回する。

 そして、時雨は自分に与えられた仕事を難なくこなした。

 

「360kt....360....350....350....340....340....360....370....370....」

 

「アトール106、23600ft!」

 

 HMDの射角内に入ったと共に、間髪入れず今度はこちらがサイドワインダーを発射。

 ここまではホークのゲーム・プラン通りである。

 が、急角度の右旋回とフレアによって難なく避けられ、あっさりとプランは崩壊する。

 しかし、ホークにはそれも含めて想定内だった。

 それまでのプランが破られたならば、再構築するのみである。

 

「敵機右後方!」

 

 時雨の索敵情報を元に、手元では忙しなく操縦桿を動かしジンキング機動を取りながら、考えを巡らせる。

 耳障りに聞こえていた筈の時雨の声質も、不思議と気にならなくなっていた。

 現在の106号機の状況は、107号機に後ろへ食いつかれ、更に角度40度程で高度6500mを降下中というものである。

 奇しくも、全くもって先の戦闘....ミサイル持ちの深海機に"掌返し"をかけた際の構図と、完全に一致していた。

 無論、レイマンはホークがここでここで"掌返し"を使う事を予想し、おそらくはロールで反転しHMDに捉える前に、旋回で射角の外へ逃げるだろう。

 そうなれば、失速で身動きの取れないこちらに勝ち目はない。

 

「対気速度は」

 

「440kt」

 

 しかも、対気速度が速すぎる。

 高速飛行中の失速機動は、機体の空中分解を起こす危険がある。

 

 と、ここで状況が変わった。

 

「敵機左旋回!」

 

「何....!?」

 

 ホーク、一瞬()()()()()()

 

『アトール107、13780ft』

 

「チッ!」

 

 瞬時に機体を横転させて、サイドワインダーのシーカーから逃れんと下方向へ急旋回、機銃の狙いを外すため左バレルロールに入る。

 

 が、それが隙になった。

 

「下に潜り込まれた!」

 

「ふっ.....!」

 

 これに対抗して、操縦桿を押し込んでの全力腹面降下....マイナスG機動をとる。

 ともすれば衝突しかねない危険な機動だが、向こうも避けられるという信頼からくる確信に基づいた選択である。

 

 予想通り107号機はホークの突進を回避して狙いを外し、逆に上昇して106号機の頭を抑える。

 

「上っ!」

 

 無言で再び降下しバレルロール、次いで107号機もそれに倣い、海面に高速で突進しながらの苛烈なローリング・シザースが始まる。

 

「496kt、10000切った!」

 

 時雨の、対気速度だけでなく海抜高度を含めた警告。

 両者限界寸前までシザースを続け、最低高度の四半歩手前で操縦桿を手前に引き、機首を上げ起こす。

 そしてこの時、106号機が107号機よりも若干前に居たことが、明かな潮目だった。

 

『106号機、撃墜』

 

 レイマンは、旋回中に106号機の後ろ、機銃の射撃位置をとったのである。

 戦闘訓練は、ホークの敗北に終わった。

 

Knock it off(戦闘終了)!』

 

「ッハァ....」

 

『ホーク、大丈夫か?』

 

「問題ない....帰投する」

 

『OK, Cougar8, RTB』

 

「Cougar7, RTB....」

 

 ホーク、少々躊躇した後、後席に声をかけた。

 

「時雨」

 

「はい?」

 

「....いい仕事だった」

 

「ありがとう」

 

 ホークは、邪気のない声色に居た堪れなくなって計器とHUDを確認し始め、時雨はホークから頼られ感謝された事で上機嫌であった。

 


 

「おう、お疲れ」

 

 着艦後のデブリーフィングを済ませレディ・ルームに帰って来たホーク・レイマンと各RIOを、トーチが出迎えた。

 ホークは、入るや否や椅子の2〜3個を占領して寝っ転がってしまった。

 

「どうだった」

 

「こっちが勝ちました」

 

「へえ....ホーク、ホーク!おい!」

 

「起きてますよ....」

 

「それで、時雨くんは?」

 

「俺の負けです」

 

「そりゃさっき聞いた。そうじゃなくて、品定めの結果だよ。使い物になりそうかい、あの子....」

 

「だから、俺があいつ(時雨)に負けたと言ってるんです」

 

「何....?」

 

「あの野郎文句の付け所もない....完璧な仕事でした。俺の方が付いていけなかった....反応が遅れた。だから俺の負けですよ!」

 

 聞いていた2名、戦慄した。

 

 空中戦闘では、判断の速度と正確さが求められる。

 他の隊員にも言えることだが、それが余裕を持ってできていたからこそ深海棲艦との戦争を生き残り、かつ多数の撃墜撃破を記録し続けているのがゴスホークという男であり、戦績から見ると、他の隊員と比して突出した能力を持っている筈だった。

 

 そのホークが、能力を目の当たりにして、自ら能力で劣っていると認め打ちのめされる相手が、時雨であった。

 ここから分かる事は、時雨が、前任であるプレイヤーは疎か、およそ人間の域ではない化け物の様な戦闘センスを持っているという事であった。

 

「ゔぉぇあ....」

 

「砂糖入れるか?」

 

「お"ね"が"い"し"ま"す"....」

 

 とても、ブラックコーヒーでむせて助けを求める少女と同一人物とは思えなかった。

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