「では、これより作戦内容を説明する」
基地造成の終了したオアフ島では、早くも各国が次の作戦に向けての準備を行い、時雨を迎えて再び数の揃った106空のレディ・ルームでは、トーチがブリーフィングを始めていた。
「本作戦の目的は、”中枢棲姫”並びに”リコリス棲姫”の撃破にある。”リコリス棲姫”は陸上を拠点としている為、米・加・豪の三空軍並びに米・仏・独陸軍が、海上に展開している”中枢棲姫”は、艦娘艦隊並びに米・韓・仏海軍と我々海上自衛隊、並びに各国の海上歩兵部隊がこれに当たる」
トーチ、全員が資料の当該ページに目を通した事を確認して先を続ける。
「本作戦は三段階に分けられている。前提としてトマホークは目標が小さく、かつ水上で分散している為に効果が薄い事、またリコリス棲姫に対しての使用が既に決定しており中枢棲姫相手に回す分がない事から、本作戦では使用できない。そのため、まず米空軍”ワイルド・ウィーゼル”部隊が敵レーダー網を無力化する。この際迎撃機による抵抗が予想される為、SEAD開始と同時に
一気に説明を終え、再び資料から目を上げる。
不満点などはない様で、隊員たちは資料を指でなぞったり捲って前後のページを確認したりしている。
「では、班編成。事前の
セクション2・3の隊員が不平を垂れる中、いつもなら武者奮いの一つも嚙ますであろうホークは、未だ静かに資料へ目を落としたままであった。
「どうした、まだあの子は信頼できないか」
レイマンが、逆隣で真剣に資料を読み込む少女を見ながら、ホークに耳打ちする。
「いや....俺より有能だぜ、あれは。むしろ俺に対してオーバースペックだ」
「大層な気に入り様だな」
「悪いか」
「むしろいい、弱気になられるよかよっぽどな」
二人の意思とは無関係に、ブリーフィングは最終段階に入った。
「第一次攻撃隊の発艦開始は1時間後だ、それまでに機体のチェックを済ませておけ」
トーチ、最後の通達を済ませると、ゆっくりと室内を見まわし、ブリーフィングを締め括った。
「クーガー中隊、総員出撃準備!」
その一言と共に、全隊員が力強く席を席を立つ。
「操作はどうだ、慣れたか」
「慣れるも何も....アメリカで散々やってきたからね」
「....そうか」
時雨と会話を交わしつつ、飛行甲板へ向かう。
念入りに確認を重ねるのは、見た目が幼い故だろう。
「今回は今までの戦闘哨戒と訳が違う....あの演習の感覚は忘れてないな?」
「勿論」
「あれに加えて今回は数十機を一度に相手せにゃならん。気を抜いたらケツからブチ抜かれるぞ」
「心配、してくれてるの?」
「てめえがミスると俺ごと吹き飛ぶんだ!」
「どうも失礼しました」
余裕のある態度の時雨に対し、ホークは終始調子を崩され気味であった。
どこか噛み合っていない会話を交わしつつも、艦橋横のハッチから強風の吹き曝す飛行甲板に出て、更に106号機へと向かう。
「大尉こそ、前の機体は古いタイプだったんでしょ?大丈夫なのかい?」
「問題ない。基本操作は同じだ....先に乗ってろ」
「OK」
先代の106号機....製造番号02-7001号機は先の損傷により後送、現在は川崎重工岐阜工場にて修復中であり、現在彼らの乗っている106号機は予備機を再塗装したもので、製造番号15-7133号機、国内製造の最も古い機体であった先代と違い、前年にロールアウトしたばかりの、俗に"後期型"と呼ばれる最終ロットの新しい機体であった。
これらの相違点は、主にレーダーとエンジンである。
改装されたレーダーはAN/APG-71J(改)といい、これは前モデルのAPG-71Jに、F/A-18E/Fスーパーホーネットが搭載しているAN/APG-79の技術をレトロフィットさせたもので、情報処理の高速化とレーダー作動モードがいくつか追加されたほか、インターリーブ機能という、例えば空対空モードと空対地モードの同時使用や、前席と後席で同時に別々のモードを使用するなどの離れ業が可能になる能力が追加された。
しかし、ホークにとって最も問題なのは、これでもかと強化されたレーダーよりも、エンジンの方であった。
こちらは航空自衛隊のF-2C/D『バイパーゼロ改』に搭載されているF110-IHI-132を、F-14のエンジンベイに合わせて全長を延ばし、艦上運用の為の耐食・対塩害処理を施したもので、先代の搭載していたF110-IHI-429に比べて、10%ほど推力が向上していた。
これにより加速性能は向上したが、操縦特性が変わってしまい、前期型の機体に乗っていた以前と同じ感覚でスロットル・ワークをこなすと目標速度を超過してしまうことが多発したため、ホークはこの感覚のすり合わせに苦労していた。
「武装は!?」
「全部装着済みです、確認お願いします!」
甲板士官に促され、外側パイロンの武装が脱落しないかどうかを素手で確認する。
左右とも異常がないことを確認すると、再び機首に戻ってラダーからコクピットへ上り、マーチン・ベイカーSJU-17射出座席へ体を収め、甲板要員に『エアー接続』のハンドサインを送る。
F-14は米国製戦闘機の中では、機内にAPUを持たず、エンジン始動を外部動力に頼る最後の世代であった。
甲板員から接続完了の合図が返るのを待って、エンジンクランク・スイッチを右に倒す。
空転するファンの駆動音が最初は低く、段々と甲高く大きく推移していき、同時に正面コンソール左下の
回転の安定を見計らいスロットルレバーをアイドルに入れると、エンジン内へJP-5ジェット燃料が供給され燃焼が開始、勢いよく空気の抜ける鈍い音を始まりの合図として、右の可変エンジン・ノズルが絞られ、高温の燃焼気が噴出。
腹の底に響くような轟音が、徐々に大きくなりながら機体を震わせる。
いくつかの計器を瞬時に流し見て回転数の安定を確認し、ハンドサインで甲板員に外部電源接続解除を指示、更に左エンジンを同じ手順で始動。
そして、コンプレッサーのホースと電源コードが外され、F-14J クーガー106号機の発艦準備が完了した。