TS転生憑依闇堕ち(無自覚)精霊姫様は原作を知らない 作:むーちゃん
第1話「遊ブベラバッ」
お昼時。
それは朝から汗を流していた人々が得る短い休みの時間。
しかしそれはこの酒屋──『火精の巣床』にとっては正反対。稼ぎ時、あるいは一日で最も忙しい時間帯となる。
腹を空かせた街の住人、朝から飲んだっくれている爺、あるいは魔獣狩り前の腹拵えで大量の食物を胃に叩き込んでいる傭兵たち。
顔ぶれは様々だが、店長が作る値段の割においしいと噂の昼食セットを食べていることは共通していた。
「おい、ここの責任者はいるか」
そしてそんな労働者(一部除く)のオアシスへ、空気も読まずに乱暴に押し入って来たのは、お国に雇われた衛兵だった。
「アァ?」
一瞬の静寂。
客の視線が集中した衛兵は少し怯んだ様子だったが、負けじと手に持つ槍を床に叩きつけ、先に放った言葉を繰り返した。
「なんだァこのクソ忙しい時に」
普段と異なる雰囲気を感じ取ったのか、厨房から出てきたのはギラりとした眼光の禿頭強面中年。彼がここの店長である。
主戦力が抜けた厨房は大パニックだが、それを知らんぷりした彼は「さっさと話を進めろ」と言わんばかりの鋭い視線を衛兵へ向ける。
衛兵はチラリとだけ店長に目をやり、「少し待て」とだけ言い懐を探る。
そしてようやく見つけたのか、取り出したのは少しシワのついた一枚の羊皮紙だった。
「これを店内に貼れ。これは命令だ」
「はァ、さいで」
店長は強引に手渡された紙の内容を見る。
「ンン……人相書かいコリャア」
書かれていたのはこうだ。
『かの王国が一人の女を探している』
『見つけた者には金一封』
『見つけ次第早急に帝国衛兵へ引き渡すべし』
「……」
そして文字列の下には一人の絵。
最大限美化したとしか思えないほど美しく描かれた、長い黒髪を持つ赤い目の女。
「……見たことねェな、こんな女」
「ふん、元より期待はしていない」
衛兵はこの紙だけ渡すと、用は済んだとばかりに踵を返した。
「必ず目につくところに貼っておけよ。破れば相応の罰が下る」
「ヘェヘェ、分かりやしたよ」
店長はしっしっと手を振る。
衛兵はイラついた様子で舌打ちをするが、他の店にも同様の命令をしなければならないことを思い出し、何も言わずに今度こそ酒屋から出ていったのだった。
「……もういいか?」
「他の店行った、ぎりぎりセーフだな」
「テメエマジで最高だ、衛兵にバレるとこだった」
「ほらヒメちゃん、出ておいで」
そして衛兵が去った途端、にわかにざわめきだすむさ苦しい客たち。
「うるせェぞ野郎共!! ヒメちゃん怖がってるじゃねェかよォ!! ほーらヒメちゃんもう大丈夫だよぉかわいいでちゅねえ」
強面の店長すら鼻を伸ばして、気持ち悪いねっとりした口調で店の後ろの方にある机の下へ話しかけていた。
そしてそこからぴょこっと出てくる──黒いアホ毛が一房。
「いや別に怖がってるわけでは──」
『ウオオオオオオオオオオ!!』
「ウワッ」
衛兵がこっちに向かっていると事前の情報があり、隠れる場所もなかったためとりあえず押し込まれた机の下から這い出てきたのは──
『ヒメちゃんバンザアアアイ!!』
「げほっ、埃まみれじゃんか……掃除しとけよ……」
店長の手の中にある人相書と同様──いやそれ以上に人とは思えない美貌を持つ、しかし人相書より幾分短い黒髪の少女。
数週間前からこの酒屋の売上大幅増加に貢献している看板娘。
記憶喪失の所を拾われた名無しの──通称『ヒメちゃん』であった。
「…………」
いきなり盛り上がって酒盛りを始めた客たちを無視して、店長は人相書をじっと眺めた後……ぽいっと、ゴミ箱へ投げ捨てた。
ヒメちゃんは誰にも渡さないのだ。
◇◇◇◇
はい、俺です。またの名をヒメちゃんです。
いや違うんだ。ひとつ言い訳をさせてほしい。
別に看板娘とかそういうベタな感じのあれをやるつもりはなかったんだ。
ただ思ったより居心地いいし金も貰えるから仕方なくやってるだけで、そんなチヤホヤされて気持ちよくなってるとかそういうのじゃないんだ。
俺を……信じてほしい(曇りなき眼)。
『…………(うーん)』
ほら、クロちゃんもそう言ってる。言ってるよな? なあ。
ちなみに『ヒメちゃん』の呼び名は姫様からとりました。安直だね。
さて、今俺がいるのは帝国? なる国らしい。地理的には勇者くんのいる王国からかなり離れたところにあるとかなんとか。
あの地獄みたいな地下室から放り出された時には、きっともう帝国領内にいたんだろう。瞬間移動的なサムシングで移動したに違いない。
下手人は不明だ。何か知ってそうなクロちゃんもダンマリなのでどうしようもない。
異世界なんだなあ(小並感)と実感したあの夜からしばらく歩き続け、めちゃくちゃ薄暗い森を抜けてようやく辿り着いたのがこの城塞都市。
入口で門番? の人に槍向けられたりして死ぬかと思ったけど、ちょっと
そんなこんなあり、人里に到着したはいいもののさすがに限界だった俺氏。
腹が減りすぎて道端で行き倒れたところを拾ってくれたのが、今お世話になっている強面おじさんこと酒屋の店主だ。
目が覚めた時にあのモブおじ強面顔がドアップだったから、すわウ=ス異本的な展開かと思ったけれどそんなこともなく。
腹減りだと伝えればその腕を奮って料理を食べさせてくれたし、一飯の恩を返すと言えばバイトとして雇ってくれるし。
彼はただの紳士じゃない、ド級の紳士、ド紳士さ! うーん全く頭が上がらない。ハア、ハア、モブおじ強面顔……? 取り消せよ……今の言葉……!!
ということで現状はド紳士店主の好意に甘えてバイト&まかないモグモグしながら、この世界の情報収集中だ。
「ヒメちゃーん! また夜来るからねええ」
「あーあざしたー」
例えば言語。帝国の共通語は帝国語といい、王国の言語(こっちは王国語)とはかなり違う感じだ。そして姫様ボディはどちらもペラペラに喋れる。そしてたぶん他の言葉も喋れる。ハイスペックでしゅ……。
「ヒメちゃんオムライス一つ!」
「あーいオムいっちょー」
例えば容姿。姫様はとんでも美少女らしく、道を歩けばすれ違う人全員に三度見され、にっこり微笑めば見ている人の鼻血を強制的に噴出させることができる。
「ヒメちゃんお酌してくれよぉ」
「帰れ」
「……はい」
例えば精霊。森の中と比べて数は少ないものの、都市でもそこかしこに小さな精霊の姿を見つけることが出来る。けど何故か俺に近付いてきてくれない。こっちのことを見てるのに、俺が気付くとさっと姿を隠してしまう。ドウシテ……姫様精霊に好かれてるんじゃないの……『精霊姫』なんでしょ……。
「そろそろ閉めるぞ。ヒメちゃんも上がって大丈夫だからね」
「あざーすおつしたー」
などなど。この世界の常識といえるものが残念ながら完全に欠如している以上、何か行動を起こそうにも色んなところで障害が出てくる。姫様ボディがもっといろいろ覚えてくれてたらなー。
けど四の五の文句は言ってられない。元の世界に帰るためにも、出来ることからやらんとな。
まあ今はその日暮らしが限界なんですけどね(白目)。
よーし仕事も終わったし、愛しの我が拠点(やっすいボロ宿)に帰るぞ!
『…………(すやすや)』
クロちゃん起きて!! 置いてくよ!!
◇◇◇◇
この世界の治安は悪い。
大国全てを巻き込む闇の精霊との大戦争の真っ只中。しかし変わらず魔獣は蔓延り、故郷を追われた人々は賊へ堕ち、街の外へと一歩踏み出せば常に命の危険と隣り合わせだった。
そんな時、己の身を守るのはただ一つ、武力である。
この世界には精霊がいる。
それらと会話し、契約に至るほどの素質を持つ者はほんのひと握り。
だが存在を感じ取れる──つまり多少なりとも魔力を持つ──だけでも、僅かではあるがその偉大な力を借りることが出来る。
そうした者たちは国の兵士、あるいは流れの傭兵として、その力を振るうことが多い。
たまたまこの街を訪れ、『火精の巣床』で腹を満たしていた彼らも、そんな流浪の傭兵である。
「あの女、いいな……」
「ああ、見たこともねえほどの上玉だ」
そして大抵、傭兵というのは横暴かつ傲慢かつ強欲だ。
己は精霊に選ばれたのだと驕り、魔力を持たない人間を見下し、好き勝手に振る舞う。
一応その武力が他者の役に立っているため存在が許されているだけの犯罪者集団。極論だが、それが傭兵というものだった。
「今夜はアレにするか」
そんな奴らが見た目よわよわな超絶ぷりてぃ黒髪きゅんきゅん美少女を見つけた時にやることと言えば、答えは明白である。
「よお姉ちゃん、今夜俺らと遊ブベラバッ」
「なっ、お前何すがゲぼっ!?」
「ん? なんか音した?」
「気のせいだよヒメちゃん」
彼らは翌日、半死半生の状態でゴミ箱の中に埋まっているところを発見された。
帝国は今日も平和である。
○人間と精霊の共生関係
・人間が精霊と契約できるか否かは魔力の多寡による。
・魔力を持たない、あるいは極小しかない人間は精霊の感知すらできない。人口のおよそ七割がここに当たる。
・魔力を少し持つ人間は『精霊がそこにいる』ことを感じ取ることが出来る。大精霊・中精霊を視認することはできるが、そこら辺にいる弱小精霊はぼんやりとしか見えない。しかし大・中精霊には相手にされないため、ぼんやり見える小精霊と契約することが多い。人口の二割がここに当たる。
・魔力をそこそこ〜莫大に保有する人間は精霊の姿をはっきり視認することができる。自分と相性のいい精霊と契約を結び、その強大な力を振るう。人口の一割がここに当たる。
・魔力は遺伝する。
・勇者パーティーはあんなのでも上澄み中の上澄み。