【完結】白いるかの眼は赤い   作:扇架

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多少、話数がたまったのでこちらにも掲載。
レギュラス・ブラックが生きていて、デルフィーニが原作よりも早く生まれていたら……な話。




一話


 一九■■年、九月一日。空は機嫌を損ねていて、あいにくの曇り。あげくになきべそをかいてしまって、涙がぱたぱたと落ちる有様。

「私、雨のほうが好きだわ」

 傘がさせるもの、と鈴を振ったような声が言う。

「防水魔法でもなんでも使ってやるのに」

 変わった子だよと彼は返した。キングズ・クロス駅から少し離れた場所に車を停め、二人でゆっくりと雨の中の散歩に興じているのだ。余裕をもって邸を出たし、せかせかと急ぐのは彼の流儀ではない。一応マグルの眼があるので己も傘をさし、キングズ・クロス駅を目指す。隣を見れば、黒地に銀色の花々が描かれた傘に、雨滴が楽しげに弾け、きらきらと輝いていた。

 黙々と二人で歩く。たいして話すことはない。説教臭いのは彼の好むところではなかった。子ども時代に散々「説教臭い」話を聞かされたので。もうお腹いっぱいだ。

 やがてキングズ・クロス駅に到着し、傘を畳む。彼の娘ではない娘の手を引いた。

 柵を越えれば『裏』のホームに到着する。紅の汽車に娘が小さく声を上げる。雨の日は傘がさせるから好きといい、大人びた傘をさす娘にも年相応のところがあるのだ、と少し安堵した。

「早めに乗り込んでおくといい」

 あまり遅れると混むから。声をかけ、娘をまじまじと見る。黒髪に紫の眼。上着は髪に合わせたような黒。銀の糸で小さく星々が挿されている。白のブラウス。下はスカート、靴はドラゴン革の長靴。どこからどうみても良い家の娘である。そんな「良家の娘」はきっと彼を見た。

「そんなに私を追い出したいの」

「なぜそうなる?」

「ここはさようならのハグでしょう」

「そんな安っぽい劇みたいなことをしろと?」

 絵に描いたようなあたたかな家族、と彼は歌うように言った。自身の記憶を掘り返したところで、両親に抱きしめられたことはない……はずだ。そもそも、両親は兄にかかりきりであった。「将来困らないように無軌道をいさめる」ことに注力していた。まったく無駄だったわけだが。親が望むように子が育つなんてことは稀であろう。

 そして、彼も親が望むような優等生にはならなかった。少なくとも一度は反対を押し切ったのである。それ以前にも危ない橋を渡っていた。もっとも、両親は知らずに逝ったが。

「ハグもしてくれないのね」

「……わかったよ」

 過去から意識を切り離し、娘の要求に応える。彼はそっと抱きしめたのに、娘ときたらぎゅっとしがみついてきた。もうおしまい、と背中を叩けばしぶしぶと言わんばかりに離れていく。

「じゃあね」

 片手を振り、トランクを引いて娘が特急に乗り込む。ひらりとスカートの裾が翻る。挿された星が名残のようにきらめいた。

「……行っておいで」

 ぽつんと呟き、彼は顔をしかめた。ああしまった。七変化のことは言いふらさないようにとか、蛇と話せることも言わないようにとか、何度目かの釘を刺しとくのだった。

 仕方がない。レギュラスはけっこううっかり者なのである。ろくすっぽ考えずに勢いだけで「我が君」に反抗し、あわや湖の底へ沈むところであったし。

 そして親愛なる我が君が去った後、彼は赤子を押しつけられたのだ。いるか座の名を冠した娘を。白銀の髪に赤い眼を持ついるか座の君を。

 赤い眼の白いるかの名をデルフィーニ。姓はブラック。

 闇の帝王とベラトリックスの娘。

 

 レギュラス・アークタルス・ブラックの養女である。

 

 

 

  娘を見送って、とある霊園の一角を訪ね、墓を綺麗にした。亡くなった叔父の墓であった。

 掃除を終え、ゆったりとした足取りで公園へ行き、ベンチに腰掛ける。秋の心地よい風に吹かれながら、サンドイッチを口にした。今頃、養い子はどうしているだろうか――と思い、なるようになるさと締めくくった。レギュラスの娘ではない娘はホグワーツ特急に乗ってしまったし、どうしようもない。友達をつくってほしいなんてことも思わない。ひとまずデルフィーニ・ブラックは生きている。それだけで十分である。

――いつからこんなに

 いい加減になったのか。だいたいの時期はわかっている。誰のせいかもわかっている。

「……あなたのせいだ」

 アルファード叔父。レギュラスはぶつぶつ言った。華のある叔父であった。神経質な姉ことレギュラスの母とは対照的で、のびやかで明るく、本当に好き勝手に生きていた。母と叔父は大変相性が悪かった。というよりも母が叔父を嫌っていた。いいや、もてあましていた。

 別に叔父は母のことを嫌ってはいなかったと思う。家系図から消されても平気な顔をしていたし。そもそも母のことを嫌っていたら、母の子であるシリウスに援助もしなかっただろう。輝ける一等星の名を持つ男は、レギュラスの兄であった……。

 叔父のアルファードと兄のシリウスはブラック家の中でも異端児であった。従姉のアンドロメダもそこに入るのだが、駆け落ち婚くらいならよくあることだ。異端児として印象が強いのが前者二人である。

「あなたたちのせいだ」

 レギュラスは言い直した。

 湖底に沈むはずだったレギュラスが生き延びてしまい「なるようになるさ」といい加減になってしまったのは二人のせいである。

 

 

 喉が灼け、腹に手を突っ込まれ、かき回されるような痛苦。魂の器を奪取し、もはやこれまでと妖精を逃がし、己は亡者に引きずられた。

 ぱしゃん、と水が跳ねる。水盆に満たされていたのは致死の毒ではないはずだった。しかし、その毒はレギュラスから気力も体力も奪い取っていった。死という紗が顔にかかり……穏やかな闇に包まれた、と思った時、青い輝きに掬いとられ、空間を墜落し、固いなにかの上に手ひどく打ち付けられた。

「……可愛い甥っ子その二よ」

 お前もやんちゃになったもんだよ。

 聞き覚えのありすぎる声にそろそろと眼を開ける。レギュラスは絨毯の上に転がっていて、嵐の中を突っ切ってきたようにびしょぬれで、風呂に放り込まれた猫のような有様であった。

 ぽた、ぽた、と己の髪から滴る滴がうっとうしい。何度も瞬いて、視界が澄んでいく。卓があり、湯気がゆらゆらと立ち上っている。どうやら食事時だったらしい叔父が、ナイフとフォークを構え、固まっていた。さすがの異端児の叔父も驚いたのである。にもかかわらず口だけはぺらぺらと言葉を紡いでいた。

「なにお前、そんなに叔父さんのことが好きだったわけ」

 ここが天国か地獄か、それか死後の世界だというのならば、最悪にもほどがあった。なんでおしゃべりな叔父が登場しているのか。

「嫌だこんな走馬燈」

「失礼だなおい」

 問答無用で気付け薬を飲まされ、びしょぬれの髪も服も乾かされ、レギュラスは正気に戻った。ここはまぎれもなく叔父の館で、自分はソファに座っていて「子どもにはココア」という意味の分からない理屈をこねられ、マグカップを手に持っている……と現状を把握した。そして生きている。

「僕は子どもじゃあないんですが」

 成人済みである。だというのになんでココアなのか。くだらないことをぶつくさ言うレギュラスを、アルファードは睨んだ。レギュラスの向かいのソファに腰掛け、葉巻をくわえながら。

「勢いで動いといてなにを言うか」

 まだガキだよ。このバカチンめ。死喰い人になったと聞いたときもバカだと思ったが、今度のこれはもっとバカだよ。お前はなんで賢いのにバカなのか。

「あのな、帰る算段くらいはつけておけ」

 そこから「つうか経口摂取が必須なら、適当な魔法生物に飲ませりゃ済むだろうよ。ヒッポグリフでも鞄に詰めて、拘束して無理矢理のませりゃいいよ。妖精がいけたんだから、そこまで細かく指定してないんじゃねえの。そりゃあヒッポグリフには悪いけどな。甥の命にはかえられないし」とか「思い切りが良すぎるだろう。お前もやっぱりブラック家」とか「そんな気持ちの悪いもんを持ち込むなよ」とか散々に言われた。気持ちの悪いものこと『分霊箱』は、アルファードが小袋につっこんで封印した。紐が通してあるので、ひとまずはレギュラスが首からさげている格好だ。

 「レギュラス・ブラックのダメなポイント」を次々挙げられ、ぐうの音も出なかった。そしてだ。

「お前、シリウスに感謝しとけよ。足を向けて寝られなくないか」

「いや、足を向けて寝ますからね」

 反射的に言い返す。アルファードはにやにやした。レギュラスは彼の灰色から眼を逸らした。

 家を出て行くと言った兄。母は「出ておいき!」と眼を血走らせ、父は「好きにしろ」と言い、レギュラスは兄を見送ることにした。単に、混沌とした居間にいたくなかっただけである。ブラック家という箱に兄が収まりきらないのはわかっていた。出て行ってくれたほうが正直助かるとも思っていた。いくら枝を矯めようとも元に戻ってしまうように、シリウス・ブラックという男に強制も矯正も不可能であった。悪いことに、無理に矯めれば矯めるだけ反発し、嵐を巻き起こすのが兄であった。

 さようならと言うつもりではく、単に去りゆくその背をみるだけ……のはずだったのだ。またも兄の気まぐれが発動してしまうとは思ってもみなかった。

『お前も来るか』

 僕のことが嫌いだったんじゃ、とレギュラスは直截な物言いをした。兄に対してはきっぱりと言ったほうが伝わるのだと知っていたし、本当はレギュラスも回りくどい言い方は好きではなかった。他人を気遣うときは優しい言い方をしたいものだが、こういった大事な場面でのらりくらりしても意味がないだろう。

 はたして、兄は唇をゆがめた。

『いや、お前まで出て行ったらおもしろいことになると思って』

 行けるわけがないでしょうが、とすかさず返した。兄は喉を鳴らし――それは狼の唸りを想起させた――ふっと眼を細めた。

『行けない、か』

 ええ。ため息とともに応える。兄は眉間に皺を立てた。

『世間からは』

 お前は孝行息子と言われ、優秀な出来た子だと言われるだろう。だが、俺はそうは思わないね。

『お前は望みもなく、導もないだけだ』

 とん、と胸を突かれたようだった。レギュラスは兄の眼を見た。嵐を秘めた灰色を。

 望みならある、と言おうとした。いずれ闇の帝王にお仕えしたい。彼は世の中をよくする。穢れた血なんてものは一掃する。秩序を取り戻す。それにきっと、両親は賛成する。

 渦巻く思いを口にしようとして、押し込めた。兄を前にするとどれも「本当」じゃない気がした。そんな馬鹿なことがあるか。

『親はいずれ先に逝く』

 呟くように兄は言った。

『俺はさようならの順番を』

 少し早くしただけだ。

 お前が望むのならば、手を差し出せばとってやる、と兄は言っていた。実に遠回しな、最後の念押し。ここで別れればもはや他人となるのだ、と。

 それでもレギュラスは首を振った。兄と二人で飛び出したところでどうなるかわからない。反りが合わないのは確実であった。行かない、ではなく行けないと言った理由をレギュラスは考えないようにした。

『なら、いい』

 好きにしろ。父と同じような言葉を兄は吐き出した。意図したものか、そうでないのかレギュラスにはわからなかった。兄はレギュラスを睨むようにして見た。まるで夜の森のなか、狼に出会ったような心地がした。ぼうと眼を光らせて、鋭く人の子を観察する狼に。

『じゃあ』

 さようならだレギュラス。そう言って、兄は背を向ける。そうして振り返りもせずなにかを放った。シーカーの反射神経はレギュラスに手を伸ばさせ、尾を引く帚星を掴み取った。

『やるよ』

 必要な時に目覚めるだろう。

 謎めいた言葉とともに兄は扉を開け、そして閉めた。後には言葉の残響と、レギュラスと、レギュラスが掴み取ったブレスレットが残された……。

――まさか

 ポート・キーだったとは。

 レギュラスは苦い顔で己の手首にはまったそれを撫でさする。九死に一生。違法なポート・キー。時間指定ではない、改造ポート・キーである。 レギュラスの顔がよほど面白かったのか、アルファードはけらけらと笑った。まるで子どもである。そういう屈託のないところがいいの、と女性には人気らしい。母からよく「あんなちゃらんぽらんでいい加減な男になってはいけませんよ」とレギュラスは言われていた。ただ、そのちゃらんぽらんでいい加減な男の笑いがレギュラスにとっては救いになった。生き残ってしまったではなく、生きて帰れたと思えるようになった。

「なるようになるさ」

 アルファードは明るく言った。

「『分霊箱』をどうするか、お前がどう動くか。それなりに問題はあるが……」

 星を読み、風を待て。焦っても仕方がないんだ。

 叔父が差し出した葉巻をレギュラスは固辞した。つまんねえのと言い、彼は息を吐く。ふわり、と紫煙がくゆり獅子の形を成して室を駆ける。

「……お前、ともだちが酷い目に遭わされて、だけでここまでするか」

 私の知るお前なら、それでも歯を食いしばって堪え忍ぶほうを選んだと思うんだが。

 レギュラスはココアを一気に飲み干した。甘い。甘すぎる。コーヒーでよかったのにとアルファードを睨んだ。

「失礼な。妖精の命を踏みつけにできるなら……」

 つまり、闇の帝王の名の下にすべては平等なわけである。平等に無価値なのだ。だから、彼は。

「レギュラス?」

 頭痛がした。あわや死ぬところだった妖精。レギュラスのともだちであり、養育係であり……兄が出て行って、レギュラスが次の当主になることは確定した。よってともだちの妖精はブラック家が庇護すべき存在でもあった。それをあのような目に遭わされて怒った。闇の帝王が着実に不死への道を歩んでいるとも知った。危機感を持った。

 闇の帝王は、秩序ではなく混沌を、幸福ではなく不幸を、平和ではなく争いをもたらすのだと。であれば……。

「おーい」

「……もし叔父上が」

「え、いきなりクアッフルをパスしてくるお前?」

 なにやらごちゃごちゃ言っている叔父を無視してレギュラスは続けた。

「子どもができたとしたら」

「うん、叔父さんが相談に乗ろう。できちゃった? つくっちゃった?」

「名前は付けたいと思いますよね」

「おう……私が名付け親……」

 なるほど、叔父は名前を付けるし考えると。レギュラスは「そっかあレギュラスに子が……どうしようとりあえず現状把握をしなきゃ。私は叔父さんだから」と室をうろうろし始めたのをよそに、考えに没頭する。

 そうだよな、と呟く。

 子どもが生まれたら、いくつも名前を考えるとか、先祖の誰からもらおうかとか、考えるものだ。ましてや、ブラック家の者は(きぼう)を掴んで生まれてくると言われているのだ。望まれ、喜ばれるべきものだ。

 生まれて、少し喜んで、あとは興味を失って。名前なんてお前たちで適当に決めてやれと言うものではなくて。

 

――名もなき子、白い髪に赤い眼を持つ、その子はなんにも持っていなかったのだ。

 小さな手に祝福と未来への希望という光を握りしめることもなく、父からはかえりみられず、母も似たようなもので。

 なにせ、その子は月足らずで生まれてきていかにもひ弱だった。父たる帝王は見た瞬間に不良品への落胆を口にした、という。なんと弱々しい生き物か。ベラ、お前の胎から生まれ出たにしては……と。

 それを聞き、母たる戦星は悲鳴を上げた。彼女にとって子とは寵愛を得るための道具でしかなかった。ましてや交わりが主であって、子はただのおまけであった。そんなおまけでも役に立つかと思えば、ひ弱な不良品と断じられてしまったのだ。

 そうとなれば、子への愛など生まれるはずもない。その愛は芽吹くことなく朽ちてしまったのだ……。

 そもそも、彼らは小さく無力なものに対する情をもっていなかった。なぜならば彼らにとって力こそすべてであったから。

 どうしましょう、と従姉のナルシッサ――シシーは言った。ゆりかごに寝かせた赤子をおろおろと見た。シシーの夫ルシウスも似たようなものだった。

『いつまでも名無しじゃだめだし』

 シシーが呟けば「我が君は付ける気がない。ベラも同じくだ」とルシウスは呻いた。その室――マルフォイ邸の一室には、羊皮紙がぱらぱらと散らばっていた。ブラック家に連なる者の名を思いつく限り書き出してあった。

 レギュラスはそれらを拾い上げ、ちらとゆりかごを見た。闇の帝王とブラック家の女との間に生まれた、夜闇の子。だというのにその髪は雪の白、眼は星のような赤――紅。夜闇どころか、光と炎を感じさせる色彩をもって生まれてきた。

 星を掴むべきその手は空っぽ。ざっと羊皮紙をあらためて、気まぐれが働いた。それか悪魔のささやきが。

 我が君もベラも付ける気がなく、なおかつ勝手にしろと言っているのだから別にいいか、と。自分のような若造かつ、赤子の母、その従弟が提案したところで決まるわけがない。どうせシシーが付けることであろう。言うだけならいい、と。

「デルフィーニ」

 ぽつ、と呟いた。彼の優れた頭脳は、ブラックに連なる者の名を覚えていた。その名を持つものはいないはずであった。

 シシーとルシウスが眼を見開く。そろって言った。

「いるか座?」

 ええ、とレギュラスは返した。

「響きも美しい」

 羊皮紙を放り捨てる。どうでしょう、と問えば二人は頷いた。ポラリスとかじゃなくても? と訊いても「デルフィーニで」と返された。決定してしまった。

 それならそれで結構だ。ゆりかごに近寄る。試しに小指を差し出してみれば、小さな手に握りしめられた。覚えず、ほほえんだ。

「望まれない君。せめて、星の代わりに名をあげよう」

 いるか座。旅人を救い出し連れ帰るという伝説を冠する名。

「苦難に負けず、海原をわたっていけるように」

 だからデルフィーニ。

 赤い眼を持つ、白いるかだ。

 

 レギュラスは頭を抱えた。闇の帝王が自分の子にすら情を持たないことは証明されていた。

 ともだちが害された怒りももちろんあった。闇の帝王を除かねばならぬと思った。どれも本当の気持ちだ。

 だがそこに、ひとしずくの感情が混ざり込んでいた。

「……僕はいつからこんなに軟弱になった?」

 白いるかにとって、いてもいなくても構わない父親ならば、いっそのこといなくてよいだろうと思ってしまったのだ。

 血族とはいえ他人の子。海原を渡り、幸福の約束の地へ行けなさそうに思ってしまったから……。

 ぱた、と叔父が立ち止まる。眼をぐるりと回し、言い放った。

「お前は軟弱じゃなくて優しいんだよ」

 レギュラスは馬鹿なことを、と鼻を鳴らした。

 

 過去の分岐点から現在へ意識を戻し、レギュラスは苦い顔をした。

「やっぱり僕は軟弱なんだと思う」

 叔父上、と囁く。サンドイッチの最後のひとかけを飲み込んだ。

 胃に重いものが滑り落ちていく。

「……つっぱねることもできなくて」

 白いるかを引き取ったんだから。

 


 

「……ベラが?」

 マルフォイ家の館、食堂に間の抜けた声が響いた。誰あろうレギュラスの声である。膝の上に座ったちいさな生き物が「ベラ」と呟く。君の母親のことだよとは言わず、レギュラスはちいさな生き物ことデルフィーニ、縮めてデルフィーが膝から落ちないように軽く支えた。子ども用の椅子もあるのだけれど、デルフィーニのお気に入りは「レグ」の膝の上らしかった。下ろそうとすればしがみつくのだから仕方ない。きっと二歳と数ヶ月のイヤイヤ期というやつであろう。

「捕まった」

 マルフォイ家の主であり、レギュラスの従姉の夫、つまり義理の従兄殿の眼は虚ろだった。数日前に闇の帝王ことヴォルデモートが消え失せて万歳三唱と思えば――ルシウスは絶対喜んでいる――今度はこれだ。

「なにやってるんですかあの人は」

「あの方をお捜し申し上げ……」

「でしょうね。実質的な夫婦ですしね」

 うっとルシウスが呻いた。レギュラスも似たような気持ちである。なにをやっているのだ従姉殿はと思っていたとも。赤子を産んでほぼ放置。世話は妹に押しつける鬼畜っぷり。つまり、マルフォイ家に押しつけられた。

 記録の上ではデルフィーニはロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジ――ただしベラトリックスはブラック姓で呼ばれることを好む――の子である。もちろん、闇の陣営もとい犯罪組織に生まれた子であるので、未だ届けは出していないはずだ。出すとしたら、記録の上ではデルフィーニはレストレンジの子になるという話である。

 実際は出自不明とされる『例のあの人』、ヴォルデモート卿とレディ・ブラックことベラトリックスの間に生まれた夜闇の子である……と気取った言い方もできるのだが、ただの不義の子であった。ベラトリックスの夫、ロドルファスは面目を潰された形になる。主に妻を寝取られたのだから。おそらく、きっと夫婦仲は冷めていたのだろうが、だからといって割り切れる話でもないだろう。

 よって、主にマルフォイ家がデルフィーニを預かっていた。なにせロドルファスがデルフィーニを見る眼ときたら、冷たく無関心なのだ。直接なにかをすることはないだろうが、子どもによい影響を与えるとも思えなかった。もっとも、デルフィーニが生まれてからというもの、闇の帝王はレストレンジ家に滞在するようになっていた。理由など明らかだ。赤子が鬱陶しいからマルフォイ家を避けていたのだろう。

 月足らずで生まれ――予定日は夏至の頃、実際に生まれたのが五月の二日――ひ弱。銀の髪と赤い眼を持つ娘に父たる闇の帝王が向ける眼も、ロドルファスに負けず劣らず冷たかった……。

 軽く眼を瞑る。闇の帝王は消え失せた。現在の問題はベラトリックスの件である。

「我が君をお捜し申し上げて? それで?」

 滑らかに舌が動く。よくもしゃあしゃあと我が君と言えたものだ、とレギュラスは自分で自分に感心してしまった。『分霊箱』を奪い取り、危うく死にかけたのは約一年前のこと。とっくのとうに闇の帝王には見切りを付けていた。なお『分霊箱』は未だ破壊できていない……。

 頭の半分は保管してある『分霊箱』――器はスリザリンのロケット――の破壊方法を見つけねばと考え、もう半分はベラトリックスのことに割いている。しかし、渦巻く思考はルシウスが吐き出した顛末によって寸の間凍結した。

「……なんですって?」

「ロングボトム邸を襲撃し、夫妻を拷問して廃人に」

「正常な判断力を失ったか」

 ベラ、とレギュラスは囁く。まったく脈絡のない行動である。ただの八つ当たりのほうが近い。怒りのままに、高名な闇祓い夫妻、純血でありながら闇の陣営と敵対する「血を裏切る者」に制裁を加えた……というほうがしっくりくる。

 デルフィーニがなにやらうにゃうにゃと言ったので、膝からすくい取る。抱っこして背中を叩いてやった。一応名付け親なのでそれなりの頻度でマルフォイ邸を訪ねていれば、こうなってしまったのだ。

「……つまり」

 ルシウスが薄い色の眼をレギュラスに――否、デルフィーニに向けた。

「今や親なし子だ」

「あなたたちが親代わりみたいなものでしょう」

「うちにはドラコがいる」

 そしてデルフィーニ、闇の帝王とブラック家の交わりによって生まれた子は違う。ルシウスは暗にそう言っていた。デルフィーニは私たちの子ではない。

 とんとんと小さな背を叩く。あたたかくて小さい体が、重みをもってレギュラスを頼る。このまま寝かせてやったほうがいいかと判断した。物心もついていない子だ。聞かれても問題はない。どうせ覚えているわけがないのだ。それでも、やはり聞かせたくはないのだ。

「危なくて手元には置けない」

「誰かが姫君を担ぎ上げるか、それとも手みやげにするか……」

 デルフィーニの存在を知っているのは一部の腹心だけ。死喰い人の中でも数人だ。子どもは死にやすい。そして闇の帝王とベラトリックスは子どもの誕生を大々的に祝うような類ではなかった。名前を考えることすら面倒がったのだ。

「成長を待って、闇の帝王の娘、その夫におさまるとか?」

 レギュラスが呟けば、ルシウスがものすごく嫌そうな顔をした。レギュラスだって嫌である。ただ、可能性としては大いにありえる。消え失せた闇の帝王の後継者争い……が勃発したとして、娘には利用価値がある。また、争いの種にもなりうる。

 ルシウスの眼は、デルフィーニのことが邪魔だと言っていた。恐ろしい闇の帝王が消えた今、ルシウスを押さえつけるものはいない。よって厄介の種を抱える気もないと。

――望まれない子だ

 父母からも、仮の養育者たちからも。血の絆など幻想だ、と強く思った。それは父たる闇の帝王が証明している。彼が我が子に向けるあの眼ときたら……。己より純血であり、魔法族の血――ゴーントの血を色濃く引き継いだ蛇と星の子に、彼は屈折した感情を抱いていたのではあるまいか。銀の髪に赤い眼はゴーントの色だと聞いたことがある。そして闇の帝王は黒髪だ。おそらく、憎むべき父親から継いだ色なのであろう。母親を捨てたろくでもない父親、と彼は吐き捨てるように言っていた。彼の本名はトム・マールヴォロ・リドル。そしてリドルという姓は純血魔法族の中にはないのだ。

 この子はなんのために生まれてきたのか。わかってはいる。生まれてくることに理由などない。ただの交わりの結果でしかない。生に高尚な意味などないのだと。

 そして無意味な生命は、放り捨てられようとしている。

「マグルの孤児院にでもやりますか? 父母もいなくてかわいそうだ、と海にでも捨てるとか」

 歌うように言ってやる。ルシウスが顔をこわばらせた。積極的にやりたくはないが、追いつめられたらやりかねない……といったところか。

「怪物の子が、化け物の子が」

 それほど恐ろしい?

 にぃっと笑って言ってやる。ルシウスは答えない。それこそが雄弁な答えであった。

 闇の帝王と戦星の間に生まれた、夜闇の子。その身に流れるのは漆黒の悪徳。纏う色彩は白銀の蛇。眼は禍つ星の色彩……。

「私には、妻と子を守る義務がある」

 堅い声。レギュラスは声を立てて笑った。まったくもって正論だ。妻子を捨てる男よりはよほど誠実だ。そしてこの上ない不忠者だ。

「おいたわしや我が君」

 主の子をお育てしようという忠義者はいないようです。

 ふふ、と声を震わせるレギュラスを――若輩でしかない彼を、ルシウスは縋るように見た。常の余裕は消し飛んでいた。

「君は名付け親だ」

 だから、と言い掛けたルシウスに一瞥をくれる。どうあってもこちらに押し付けるつもりらしい男に。

 どう考えても損だ。引き受ける義理などない。ただ、名を与えただけ。多少の哀れみを覚えてはいたが――それでも、義務などないのだ。知らぬふりをしてもいい。

 ただ眼をやっただけ、それだけでルシウスは凍り付いた。レギュラスは侮蔑の笑みを――とびきりのそれを、彼に向けた。他人が見れば兄たる一等星、天狼のそれに酷似していると言ったであろう――が、獅子の星を持つ男は、それを知ることもなく、また自覚もしていない。

「誰が引き受けても角が立つならば」

 王族たるブラックが手中に収めましょう。この純白のいるかを。赤い星の眼を持つ娘を。

「後で返せなどと言うほど、貴方が恥知らずでないことを祈りましょう」

 ブラック家の傲慢でもって、ルシウスを睥睨する。

「奪おうとすれば」

 返礼はさせてもらう。

 

 レギュラス・ブラックは遠縁の子を引き取った。そして両親を遠方へ――別邸へ送り出した。空気の美味しいところでゆっくりしていただこうと思って、と実に孝行息子らしく周囲には言った。

 実態は闇の帝王の娘なんぞを引き受けたことを詰られ、捨ててこいと言われ、表向きは療養目的、実は隔離措置として両親を別邸に追いやっただけである。もちろん、当主の座は譲ってもらった。若造には箔が必要なのである。

「……そんな二人も」

 仲良く土の下。レギュラスはブラック邸の居間で紅茶を飲む。クリーチャーの紅茶はいつも美味しい。

 過去を飲み下す。かつての「らしくない」行動に苦笑する。なんと衝動的に動いたことか。無鉄砲の極みである。両親のことは嫌いでもないし、憎くもなかったが、小さな子を毒蛇かのように見るのはいただけなかった。どうせ神経をすり減らすだろうし、療養してもらっただけのことだ。両親を切り捨てられる自分に一番驚いたのはレギュラスであった。あの白いるかのせいで、未知の自分を発見してしまったのだ。調子が狂った、とも言う。

「……兄さんは」

 望みがどうとか、導がどうとか言ってましたけどね。

 どこかのワームテールにはめられたであろう兄、監獄の闇に沈んだ一等星――天狼に、獅子の星は囁く。

「もしかして、」

 あのいるか座は僕の星を狂わせたのかも知れない。

 馬鹿げたことを言い、己で己に失笑するレギュラスに、一通の便りが届いた。

 中をあらため、レギュラスは眼を瞑った。

「やっぱりそうか」

 デルフィーニ・ブラックはスリザリンに組分けされた。

 

 

「強いて言えば」

 二つに絞れるね。天鵞絨の闇のなか、柔らかい声が告げた。大きすぎる上に汚らしい帽子を被せられ、デルフィーニ・ブラックはたいそう機嫌が悪かった。いいや、ホグワーツ特急に乗ってからずっと悪かった。九月一日、しとしとと降る雨もなんのその、キングズ・クロス駅に着いて、父ではない父にハグされて、軽やかに特急に乗り込んだまではよかったのだ。

 第一のつまずきは、とデルフィーニは思い返す。赤毛の双子と遭遇したことだ。彼らは小さな一年生がトランクを引きずっているのを見かねて、運ぼうかと申し出てくれた。親切な人もいたものだと思い、それならとお願いした。そして三人で話していると、赤毛の双子はウィーズリー家の者だと判明した。赤毛の時点で気づけばよかったのだ。けれど、ウィーズリー家の者の顔かたちなんて知らないし、赤毛すなわちウィーズリーなんてこといちいち思わないではないか。

 いわゆる純血でありながら反純血主義――血を裏切る者がウィーズリーだと聞いていた。そして、デルフィーニはブラック家の娘であった。純血主義のブラック家の。

 君の名前は? と訊かれ、仕方なしに「デルフィーニ」とだけ名乗った。どこそこの家の……ブラック家のなんて言って、波風を立てたくはなかった。

 どうせなら僕らのコンパートメントに来るかい、と誘われて首を振ったとき、どこからともなくブラック家の娘がどうこうと聞こえてきた。狭い通路をやってきたのは見覚えのあるようなないような顔たちであった。父ではない父――レギュラスに連れられて、デルフィーニは夏の社交や冬の社交に顔を出していた。彼らはつまり「純血」の連中であり、王族を自称するブラック家の娘の靴を舐めたがっている下僕たち、その候補であった。迷惑な話である。

 そして、よけいものたちのせいで、デルフィーニがブラック家の娘だと露見してしまった。遅かれ早かれの話だった? そうかもしれないが、下僕たちが「デルフィーニ様に汚い手で触れるな」「血を裏切る者め」とウィーズリーの双子――フレッドとジョージというらしい――に言い放ったせいで、あわや喧嘩が始まりそうになったのだ。

――双子のあの眼ときたら

 骨の髄まで腐っている誰かを見るような眼であった。どうにか下僕を抑えたから喧嘩は回避できた。公の場でみっともない様をさらすなんて、と冷たく言えば彼らはしゅんとしたのだ。しゅんとするくらいなら最初から穏和しくしていろ愚か者どもが。

 ご親切にありがとう、と礼を言ってトランクを返してもらった。デルフィーニ様ぁああ! と追いかけてこようとする愚か者たちに「私には考えたいことがあるの」と言って、デルフィーニは空いているコンパートメントに飛び込んだ。

「……君ね、物思いにふけっている場合かね。双子のウィーズリーは悪い子じゃないよ」

 帽子がなにやら言っていたが無視した。そりゃあ双子は悪い子たちじゃあないだろう。デルフィーニのように悪徳の血が流れているわけでもないし。全部取り巻きのせいである。デルフィーニは有象無象ではなく友達がほしいのである。クリーチャーはおいぼれていて、友達というよりも養育者であるし、デルフィーニのことをあまり気に入っていないようであるし。不義の子と何度言われたことか。レギュラスがいないのを見計らってぶつくさと言われ続けた。命令して生意気な口を利けないようにしてやったが、彼の眼は雄弁に語っていた。大事なレギュラス坊ちゃまのお荷物め、と……。

「スリザリンとグリフィンドールだね」

 少女の悩みもなんのそので帽子が提案してきた。デルフィーニは鼻を鳴らした。

 ハッフルパフは? と訊いてみた。

「えっ……いや、ブラック家でいないわけでは……でもなあ……。もしかしたら家系図から消されるかもしれないよ。なになに、一緒のコンパートメントになった子がハッフルパフだった。あー、セドリック・ディゴリーか」

 そうよ、と答えた。セドリックはデルフィーニがブラック家の娘と聞いても、毒虫を見るような眼を向けなかったのである。いや、もしかして取り巻きが余計なことをしなければ、双子もあんな態度をとることはなかったのかもしれない。逆転時計でもない限り、やり直しはできないのだ。つまり、考えても無駄である。

 スリザリンだと周りが鬱陶しそうだし、グリフィンドールだと双子と気まずいし……それならレイブンクローかハッフルパフが無難であるし、ああいう生徒がいるのだったらハッフルパフのほうがよさそうだ、と思ったのだ。

 結局、問答を繰り返した末に帽子は「スリザリン!」と叫んだ。

 

 そして、およそ一年が過ぎ、デルフィーニはひとりぼっちでコンパートメントにいて、席に座っている。冬に帰省しなかったので、レギュラスに会うのは久しぶりだ。スリザリンに入ったと報告しても、そうだろうねで済ませる人なのだが……デルフィーニにとっては父親である。わざわざデルフィーニを引き取った人。

 実の父親ではないと、物心つく頃には教えられた。じゃあ誰の子なのかと訊くと、レギュラスは憂い顔で――とても似合っていた――こう言った。

 昔、僕には愛した人がいて……辛い別れが……彼女の忘れ形見が君でね……と。あまりにも真に迫っていたので、デルフィーニは信じ込んでしまった。つまり、クリーチャーが不義どうこうと言うのは「レギュラス・ブラックとどこかの人妻の大恋愛」を指しているのだと解釈したのである。要するに嘘八百であった。

「……大嘘つき」

 ため息がこぼれる。いっそのこと不義は不義でも父――レギュラスの実子がよかった。昨年、ホグワーツ入学前に、レギュラスは穏やかな声と、さらりとした口調で爆弾を落としてきた。

 君は闇の帝王……例のあの人とベラトリックスの娘だ、と。

 できれば成人してから報せたかったけれど、とレギュラスは続けた。唖然とするデルフィーニのことは置き去りにして。

『君の容姿はゴーントの血が濃いんだ』

 だから七変化で隠せと言った。

『蛇語はスリザリンの末裔の証だ』

 だから言いふらすなと告げていた。

『そして現在確認されているゴーントの末裔……唯一の末裔は闇の帝王だけだ』

 彼は、袖をまくりあげ、左腕をデルフィーニに晒した。そこに躍るのは髑髏と蛇。

『闇の帝王は消え失せたとされている。だが』

 印は依然としてある。薄くなってはいても、ここに息づいている。

 デルフィーニは問いかけた。

 私は闇の帝王を父と呼ばなければならないのか、と。レギュラスは肩をすくめた。

 それは君が決めることだ。

 私は、とデルフィーニは続けた。あなたが父親だと思っているのだけど、レギュラス。

 そうしたらレギュラスは小さく笑った。

『僕はたいしたことはしていないよ』

「……うそつき」

 デルフィーニは蛙チョコをかじった。もう少し甘さ控えめなものはないのだろうか。欠片とともに、苦いものを飲み下す。

 きっとレギュラスが若い父親なんてものをする必要はなかったのだ。小さな頃から、一緒に出かけていると年の離れた兄妹と間違われた。レギュラスは若く見えるのである。デルフィーニを引き取った時、彼は二十歳くらいだったはずだ。子育てなんてせずに遊んでいたかったろうに。

 どうして私を引き取ったのと訊けば「君があまりにも可愛らしかったから」と笑顔で返された。あまりにもさらりとしていてわざとらしかった。実際は闇の帝王の娘を周りは持て余したのだろう。そして血縁のレギュラスに押しつけた。誰も引き取りたがらなかったのだろう。

 蛙チョコを食べ終わる。戸の外に赤毛を見つけ、さっと立ち上がった。勢いよく開ける。固まる双子に、蛙チョコをどっさり押しつけた。大急ぎで「この前のお詫び」とだけ言って引っ込んだ。双子はあんぐりと口を開けたままだった。「毒なんて入ってないよな」とどちらかが言ったので「失礼ね!」と打ち返した。

 双子がぎくしゃくしながら去っていったのを見送って、デルフィーニは再び席に着く。

 窓の外に眼をやった。

「学年一位になったけれど」

 レギュラスはほめてくれるだろうか。

 

 キングズ・クロス駅に到着し、セドリック・ディゴリーが親切にもトランクを降ろしてくれた。礼を言って弾むような足取りでホームへ飛び降りる。

 父が待っていた。少し退屈そうな顔をして、ホームの壁によりかかっていた。何をしていても様になるな……とデルフィーニは感心した。そうしてやっぱり「年の離れた兄妹」に見えるのだろうかとため息を吐きたくなった。無駄に幸せを逃がすわけにはいかない。嘆きを飲み込み、顔を上げる。そっと父のところへ向かった。僕は君の父親じゃあないよと言う、養い親のもとへ。

「あのね、レギュラス」

 学年一位なったのと言おうとしたのだが。

「帰ったら閉心術の練習をしようか」

「あの、レギュ……」

 聞いて、と衣の袖を――長い袖を引っ張っても、レギュラスは考えごとで忙しいらしかった。

「来学期、ハリー・ポッターが入学してくる」

 僕の占いによると、なにか騒動が起きそうだ。嫌な予感がする……。

 灰色の眼は鋭く、口調は重々しい。彼の真剣な様子に、デルフィーニは折れた。子どもっぽい「学年一位になったの」を引っ込めた。

「レギュラス、占いなんてできたのね?」

「僕は全科目優だったからね」

 当然のように返された。デルフィーニは自分に求められる成績の水準はかなり高いのではないかと戦々恐々とした。そんなデルフィーニの手をレギュラスはそっと引いた。

「君に僕のようになれとは言わないよ」

 赤い眼の白いるか。君の望むままにすればいい。

 眼を瞬かせるデルフィーニの耳は、その囁きを聞き逃した。

 

 ひ弱だった君がちゃんと育ったことがひとつの奇跡みたいなものだからね、という言の葉を。





人物・設定

デルフィーニ・ブラック
虹彩シリーズ世界では殺し合いとかしてた。七変化時は黒髪に紫眼、本来は白銀髪に紅眼……は虹彩シリーズより引き続き採用。

レギュラス
なんか生きてた。

※忘備録もかねて
分霊箱っぽいなにかのおとぎ話(あらゆる不死の伝承)のようなものはこのシリーズでも伝わっているとする。
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