【完結】白いるかの眼は赤い   作:扇架

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十二話

 十一月のとある休日。クィディッチ開幕戦の後――医務室。

 レギュラス・アークタルス・ブラック、略してR・A・Bは壁際の寝台の側にいて、椅子に腰かけていた。その灰色の眼は翳り、一心に入院患者の一人を見つめていた。

「あたたくして寝かせるくらいしかできないわ」

 少し申し訳なさそうな顔をしているマダム・ポンフリーへ視線をやって、小さく首を振った。

「ハリー・ポッターのほうを気にかけるべきでしょう」

 高所から落ちたのですから。

 レギュラスはクィディッチ開幕戦を観てはいない。だが、そういうことらしかった。グリフィンドール対ハッフルパフ戦。例年ならばグリフィンドール対スリザリン戦となるはずが、スリザリンチームがシーカーの怪我を理由にして、ハッフルパフに試合の順番の入れ替えを申し入れたらしい。情けないことである。たかがひっかき傷。よしんば「本当に」痛んで片手が使えないとしても――腕は二本あるのだ。片手でなんとかしてみせろ、である。

 怪我や暴風雨ごときに臆するとは、スリザリンの質も落ちたものである。しかも、ドラコが傷が痛むと主張しているのは十中八九嘘であろう。嘘だと証明はできないが、極めて怪しい。やはり、当然ながらドラコをデルフィーニの婿にするのはなしである。彼のみならずスリザリンチームへ評価は最悪に近い。自分たちに有利に物事を運ぼうとするのはいいが……機知ではなく小狡さが臭ってくる始末だ。ニンバス2001を「恵んで」もらっておきながら、それでも自信がないのか。レギュラスなど片腕を怪我した状態でジェームズ・ポッターと競り合ったというのに。ぎりぎりで負けたが。怪我の理由は忘れたが――魔法薬学の失敗か、薬草学で植物に……か、闇の魔術に対する防衛術か――じわじわと痛む片腕を押して、決勝戦に臨んだのは確かだ。補欠のシーカーがいなかったせいもあるが、優れた飛び手であるジェームズ・ポッターに勝ちたかったのだ。

『ちょっと君のことを見直したよ』

 試合が終わり、地上に降り立った時、ジェームズ・ポッターは言った。まぶしそうに眼を細め、レギュラスを見ていた。

『なんで君はグリフィンドールに来なかったんだ?』

 片腕の怪我もなんのそので僕と対決したくらいなのに。僕の卒業後は、君たちに優勝杯をとられそうだな……参ったなあ。

 レギュラスは鼻で笑ってあしらったものだ。負けは負けである。グリフィンドールのシーカーの言は、レギュラスの神経を逆なでした。今にして思えば、闇側を憎み、スリザリンのことも快く思っていなかった男から贈られた、最高の賛辞であったのだ、と分かる。当時は素直に受け止める余裕なんてなかったのだ……。

 結局、こう返した。

 せいぜい今のうちにシーカーの後継を育てておくことですね。僕が勝ちますが。

 尖った声に、ジェームズ・ポッターは軽やかに笑った。歯ごたえがあるシーカーを用意しておくよ、と。

「ダンブルドア先生が対処してくださったお陰で、外傷はありませんからね」

 マダム・ポンフリーの言に、意識を戻す。ジェームズ・ポッターとの最後の対決から、彼の息子がシーカーとなった現在へと。

「あなたのお嬢さんのほうが」

 気にかかりますよ。

 そっと言われ、レギュラスは寝台――苦しげな呼吸音を響かせ、眠る娘に――眼をやった。

「この子は虚弱なので」

 いつものことです。静かに言った。

 窓に叩きつける雨滴は激しさを増し、風は唸り、雷鳴が轟いている。レギュラスの、胸奥に封じた心を映しているかのように。

「叱らないでやって」

 ブラック先生。マダム・ポンフリーが寝台とレギュラス、交互に眼をやって告げた。レギュラスは肩をすくめた。

「怒ってはいませんよ。あと、私はあくまでも穴埋め、代理、臨時……なんでもいいですけど先生では」

「あら。今年の闇の魔術に対する防衛術の教師は二人とも優秀だ、と評判ですよ」

 臨時とは言わず、ずっといらっしゃればよいのに。そう言って、マダム・ポンフリーは踵を返した。カーテンの囲みの内にはレギュラスとデルフィーニのみ。反対側の壁際にはハリー・ポッターの寝台がある。騒々しい見舞い客どもが去り、ハリー・ポッターは眠っているのか意気消沈しているのか、そのどちらもか……静かなものであった。

「……怒ってなんかいない」

 囁く。ただ、驚いただけだ。ダンブルドアの頼みを受け、闇の魔術に対する防衛術の「穴埋め」をすることになった。リーマス・ルーピンは月に一度――いいや、一定期間臥せってしまうので、どうしても臨時の誰かが必要であった。そしてレギュラスが臨時講師となったのだ。リーマス・ルーピンに対して好悪どちらも抱いてはいない。人狼なのは問題であるが――娘に質の低い授業を受けさせるくらいなら、人狼でも構わないと思った。二年前に闇の魔術に対する防衛術の教師が謎のもとい、憑依された末の死を遂げてから、この授業を受け持ちたがる酔狂な者は激減した。先学期、手を挙げた酔狂で無能な者なんて記憶が吹っ飛んだ。ますます教師の確保が難しくなった。人狼くらいしかあてがないほどに。

 昨日、臨時講師として闇の魔術に対する防衛術の授業をし、授業の報告をまとめるのに忙しく、クィディッチの試合を観に行かなかった。行けばよかったのだ。まさか、娘が試合を観に行ったなんて思わないし、呼び出されて医務室に駆けつければこんな有様である。たまたま観戦しに行って、試合の熱狂に惹かれた吸魂鬼どもが競技場に乱入した。あの穢れ者どもを片っ端から消滅させ、残りは監獄に送り返したい。だから嫌だったのだ。吸魂鬼の配備なんて。反対できるはずもなかったが。

 娘の首には包帯が巻かれている。掻きむしって傷だらけになったからだ。念のために両手に手袋をはめられている。吸魂鬼にあてられ、天候も災いして体調は最悪だ。

 まったく、予想もつかないことをしてくれる。娘はクィディッチが好きなわけではないだろう。レギュラスが炎の雷を贈ったときも戸惑っていたから。レギュラスがしたくてしたことだ。よい箒の一本くらい持たせてやりたかった。飛び手の素質は十分にあった……クィディッチのような激しい競技は無理だろうが。幼い時なんて、杖なしでふわふわ浮いていたし、屋根の上まで……と思い出し、当時の戦慄を再び味わうはめになった。箒を引っ掴んで外へ走り出て、大急ぎで娘を確保したものだ。万が一落下したところで、ほとんどの場合無傷である――という常識は頭から吹っ飛んでいた。泡を食ったレギュラスそっちのけで、娘はにこにこしていたものだ。

 ブラック家に眠る「育児の心得」はてんで役に立たなかった。いかにブラック家が優れているかを謳い、あらゆる心得を説いていた。文字の手習いで最初に覚えるべきはBLACK。純血よ……のブラック家の標語を言えるようにさせよ。穢れた血は家畜なのだとよくよく言い聞かせること。正しい純血の者として恥ずかしくないように、など。

 そうじゃなくてひ弱な子をいかに生き残らせるか、離乳食のおすすめ、イヤイヤ期の乗り切りかた、子ども用の箒の制限を解除してしまうのでその対処法、杖なしで浮遊どころか飛行してのける子をどう育てるか、気管支が弱いから犬猫はやはり飼えないのかなどの情報が知りたいんだが!  とレギュラスは「育児の心得」を投げた。踏みつけて燃やした。ちなみに、ひ弱な「育つ見込みのない子」は間引けと書いてあった。ブラック家、最低だなと思った。色々な意味で最低であった。

 どうにかこの年まで育てたが、これが正解だったかわからない。もしかして、なにも――クィディッチ観戦すら禁止したほうがよかったのかもしれない。けれど、身体が弱いのだから、悪天候だから、危険だからとなにもかも禁止して、なんになるだろう? 娘は――デルフィーニは生きていて、自分の意志がある。ブラック家の娘、彼女の行く手を阻むことなど誰にもさせたくなかった。彼女の実の父、ヴォルデモートにさえも。

 叱っても、怒っても何にもならない。むしろ、娘がクィディッチに興味を示し、競技場へ足を運んだことを喜ぶべきだろう。

「……困った子だよまったく」

 君のせいで僕の寿命がどれだけ縮んだものやら。

 苦く笑い、呟いた時、娘の眉間に皺が寄り、瞼が押し上げられた。暮れる空、深い紫が覗く。何度も瞬いて、レギュラスを見て、娘が顔をゆがめた。双眸に涙の膜が張る。唇が動く。けれど、聞き取れない。

「無理をしなくていいよ」

 お眠り、とレギュラスは囁く。それでも娘は首を振った。切迫したなにかを感じ取り、レギュラスは彼女の口元に耳を寄せる。

「……たの?」

 ぱっと身を離す。聞かなかったふりをするべきで、なにごともなかったような態度をするべきであった。だが、レギュラスはものの見事に失敗した。表情を取り繕えず――娘の顔を見られなかった。ヴォルデモートを相手にしても、心を閉ざし、騙し切ったというのに。

 脇机に置いてある、娘の杖を視界に収める。やっぱりなのね、とすすり泣くような声がした。

――やっぱり

 私は殺されそうになったのね。実の父――私を生み出した男によって。

 レギュラスが素早く施した耳塞ぎ呪文により、会話が余人に漏れることはない。

 迷いに迷い、正解なんて分からないままにレギュラスは返す。娘の杖を――真っ白なそれを手にとって、そっと撫でた。

「僕は、君が役に立つから育てたわけじゃない。ただ……そうしたかったんだよ」

 放っておけば闇の帝王の後継者として担ぎ上げられていたかもしれず、闇の帝王の後継者の地位を望む輩の間で奪い合いが発生していたかもしれず、後継者の妻として育てられていたかもしれない。反吐が出ることに、デルフィーニという娘の幸福を願う者などほとんどいなかった。叔母であるはずのシシーですら、手元に引き取って育てようとはしなかった。初めての子育てで、一歳の息子を育てるのに手一杯で、余力がなかった……というのは表向きの理由であろう。彼女は火種を己が領域に持ち込みたくなかったのだ。情の一片くらいはあるから、密かに養女に出すとか、孤児院に入れるとかはしたかもしれない。なんにせよ、夫の主君に命じられたわけでもないのに、積極的に火種を拾いたくなかったのだ。デルフィーニを生かすにせよ、殺すにせよ。夫の主君がどこかに消えてしまい、未来は不確定なものとなった。デルフィーニの立場は宙ぶらりんなもので、マルフォイ家が引き取ったところで、その栄達と安泰を保証するものではなかった。闇の帝王が復活する見込みなど誰にもわからず、むしろ復活を望む者など死喰い人の中ですら少数であっただろう。

 レギュラスがデルフィーニを引き取って、シシーはさぞや安堵したことだろう。

 成り行きであった。デルフィーニを不憫にも思っていた。レギュラスが引き取るのが一番おさまりがよかった。

 手が掛かって仕方がなく、引き取って後悔したこともある。養育を放棄する理由などいくらでも作れた。まだ若いから。片親だから。怪物と怪物の娘を育てる義理などない。それこそ、言い訳など星の数ほど作れただろう。それでも、レギュラスは赤い眼の白いるかを捨てなかった。

 望んで生まれてきたわけでもなく、望まれて生まれたわけでもない子が玩具のように首を折られ、打ち捨てられていいはずがなかった。デルフィーニは断じて玩具ではなかった。魂ある人間であった。どの道を歩むのか、決める権利があった。実の父の手をとるか、育ての父の手をとるか。

――そう思っていた

 選ぶのは彼女自身だと。実の父を恋しがっても仕方がないと。二年前、デルフィーニが死にかけるまでは。

 今は違う。

「デルフィーニ。僕は逆転時計を使ってあの時に戻ったとしても」

 やり直せるとしても、君を引き取っただろう。

 白い杖を撫でる。娘の杖。材は東洋龍の角。芯はない。角だけで十分に機能するから。蛇の王よりも高みにある、神秘の獣。水の性が強いと聞いた。何年も、何百年もふさわしい使い手を待っていた。

 あの男が知れば、気も狂わんばかりに怒るであろう。なぜ父たる己より、娘のほうが、と。なにせ純血の娘を――スリザリンの血統を色濃く継いだ娘を殺そうとしたくらいだ。

 我が儘勝手、どこまでも貪欲。足るを知らない……いつまでも、いつまでも飢えて、満たされることはない。狂った獣。すなわち。

「あんな人でなしに」

 君を渡すものか。

 伏せていた眼を上げる。娘の双眸を見る。射抜くように。

 そうして、唇を震わせた。

「デルフィーニ・ブラック。君は」

 僕の娘だ。

 

 

 思わぬ事故はあったものの、デルフィーニは快復し日常に戻った。「あのブラック先生の娘」と呼ばれることが増え、ひそひそと「シリウス・ブラックの娘をレギュラス・ブラックが引き取ったのでは」と囁かれてはいたが。同じブラックの血を継ぐ者たちなのだから、似通うのは当然だろう……と反論するのも馬鹿馬鹿しかった。デルフィーニの姿はあくまでも偽り。本当は白銀の髪に赤い眼なのだと言えるわけがなかった。

 闇の帝王の娘なんて存在は、いないほうがいいのである。混乱の元、火種になるとデルフィーニには分かっていた。たぶん、一生偽りの姿でいなければならないのだろう。仕方のないことだ。

 寒さが厳しくなり、雪が舞うようになった。デルフィーニは時折調子を崩しながらも、なるべく授業に出るようにしていた。首元が寒いので、セドリックにもらったエメラルドグリーンのマフラーを巻くようになった。構内で帽子と手袋まで身に着けるのはやりすぎだ、と自重した。吸魂鬼の影響で例年より寒いから、どこまで我慢できるかは神のみぞ知る。

 咳をし、飴を舐めて抑え、それでも駄目ならシロップを飲み……とやり過ごした。役立たずの身体との付き合い方は心得ている。人間との付き合い方はわからないことが多い。たとえばセドリックとか。

 数日間の入院中――ハリー・ポッターが週末の二日間を医務室で過ごし退院した後のことだ――セドリックがこっそりと医務室にやってきた。彼の様子を一言で表すならば、しょぼくれたゴールデンレトリーバー。彼は黒髪なのだけど、ゴールデンレトリーバーに見えた。大失敗をした大型犬。人懐っこくて、愛嬌があり、力強い。

 君が試合を見に来るのを止めればよかった、と大型犬のセドリックは言った。律儀、あるいは繊細、それか神経質過ぎないか? とデルフィーニは唖然とした。クィディッチ観戦に出かけたのはデルフィーニが決めたことだ。理由の何割か……いいや、一分か二分を「セドリックが嬉しそうだったので」が占めるけれど。

 迷った挙げ句「だって双子とあなたが出場するわけだし、行くしかなかったのよ」と返せばしょぼくれたゴールデンレトリーバーの眼が陰った。困り果て「レイブンクロー対ハッフルパフ戦も観にいくからね」と言えば「チョウとロジャーと僕が出るから?」と当たり前すぎることを訊かれた。「だってクィディッチ同好会でしょ。私たち」と返せばため息を吐かれた。集まった面々がたまたまクィディッチ選手だったから、なんとなくそう呼ぶようになっただけだ。デルフィーニは選手でもなんでもないけれど、同好会ということになっているのだ。建前上。

 一応、流しても良い情報はスリザリンチームに流している。選手の箒は何だとか。本当にたいした情報ではない。ただ、スリザリンが他寮と交流するのには、なにかしらの建前が必要であった。敵情視察等々言っておけば、レディ・ブラックに対して表立ってなにかを言う者はいない。

 さらに『秘密の部屋』事件の真犯人ではないかという噂があり――スリザリン寮生ですら、デルフィーニの失踪と突如の帰還の真相を知る者はいない――シリウス・ブラックの娘という噂もあり――デルフィーニは端的に言って「厄介な高嶺の花」になりつつある。もうなっているのかもしれない。

 「ブラック先生」は人気だけれども、スリザリンでは「ルシウス・マルフォイを蹴り落とした男」と恐れられている。ちなみに、ドラコとデルフィーニは話さなくなった。九月一日の、彼の発言をデルフィーニは忘れていなかった。ドラコは親愛なる「父上」が理事を辞任させられたのはダンブルドアの計略だ、と思いこんでいたのだろうが、スリザリンで囁かれる噂に、認識を改めたらしい。

 父親を失脚させたのがレギュラス・ブラックだと。だから、デルフィーニとドラコの関係はよろしくない。それでいいが。だいたいルシウスが悪い。

 良き父が善良とは限らない。正直とも限らない。子に対して恥を隠すことだってあるだろう。ルシウスは自分の失態を言い繕ったのだ。ブラック本家、王族を自称できるだけの純血の血筋とはいえ「若造」に、してやられたのが面白くなかったのだろう。そのせいでドラコはなにも知らず、噂によってあらましを知り……恥をかかされたと思っているようだ。自分だけ大間抜けにもダンブルドア陰謀説を信じていたのだ。恥辱のあまり死ぬほど繊細ではないが、割り切れるほど大人でもない。よって、デルフィーニに話しかけてこない。なにかを言ってもこない。デルフィーニがブラック家の子で、レギュラス・ブラックの娘なので。

 ブラック家は純血の名家であり、スリザリン寮内での序列は一位。マルフォイ家より上。だが、それがよいことか、と訊かれると苦笑いするしかない。寮内の誰にも心が許せない。なにせ死喰い人の子が多数いる。仲良くはしたくない。死喰い人の子でなくても、レディ・ブラックが穢れた血を粛正してくれるに違いない、と妙な期待を持っている連中もいる。本当に仲良くしたくない。やりたいなら自分でやれ。人に押しつけるな期待するな。

 敬遠されるか、あからさまに恐れられるか、妙に期待されるかなのだ。レディ・ブラックは。クィディッチ同好会の面々との交流が、どれほど癒しになっていることか。

――スリザリンといい

 セドリックといい、世の中、わからないことが多すぎる。前者は十四歳の「純血」に何を期待しているのかと思う。後者は無闇に謝りすぎ、沈みすぎである。

 ハリー・ポッターとの対決が不完全燃焼で終わり、彼にとって極めて不本意だったようだ。とある日、廊下でレイブンクローチームとすれ違ったとき「あいつの公正明大さには恐れ入る」とキャプテンのロジャーは言った。「やあ君が倒れたと聞いて夜も眠れなかった」とさらりと言うのも忘れない男であった。彼からお見舞いのカードをもらったので、返事をちゃんと返していた。デルフィーニはおしゃべりでちゃらちゃらしているロジャーと、公正明大なセドリックを足して割ればちょうどよくなるだろう……と馬鹿げたことを考えた。『分霊箱』じゃあるまいし、簡単に割れるものか。しかもあれは邪術である。デルフィーニの自称父は頭がおかしい。わかっていたことだが。

 デルフィーニがおとぎ話に謳われる、禁断の術について考えているとは露知らず、ロジャーは続けた。「スリザリンが試合相手だったら、グリフィンドールは大いに怒りをぶつけられたのにね」と。なにせセドリックは試合のやり直しを求めたほどだ。吸魂鬼が乱入しなければどうなっていたかわからない、と言ったのだそうだ。これではグリフィンドールは八つ当たりもできない。事故があったとはいえ完敗であろう。

 そして、チョウはため息を吐いた。「あれだけ腑抜けられるとやりにくいのよね。勝つけど」と容赦なかった。セドリックがグリフィンドール戦に思うところがあろうが、多少引きずってようが、関係がないと。有言実行、レイブンクローがハッフルパフを下した。デルフィーニは懲りずに試合を観に行ったが、レイブンクローのチェイサーたちが強すぎた。いいや、チームの統率がとれていた上に、ビーター「と」シーカーの妨害も巧かったのだ。デルフィーニはロジャーに認識を三歩ほど改めた。ただのおしゃべり男ではなかったのだ。しかし、試合中、クアッフルを片手に持ちながら、スリザリンの席に向かってひらりと手を振った彼を見て、前進した認識が二歩ほど後退した。

 公正な男は少し繊細なきらいがあり、おしゃべりでちゃらちゃらしている男が有能なキャプテンであったり、たとえ仲の良い友人でも勝負事は別、と割り切って叩き潰す女がいたり、人間って不思議である。

 不思議なことだらけである。

「たんとお食べ」

 お茶のおかわりもある、と大きな声で言った、大きな人の顔を見る。髪も髭も黒く、眼も黒い。そしてにこにこしてデルフィーニと父――レギュラスを交互に見た。

 なんでこんなことになっているんだろう。十一月の出来事が「クィディッチ」でまとめられるなら、十二月の出来事は「冬期休暇」「ブラック父子、森番の家に招待される」だろうか。

 今日――十二月。冬期休暇一日目。デルフィーニは父に「お出かけ」に誘われた。招待されたから君もおいでと言われたら、頷くに決まっている。デルフィーニ・ブラックは反抗期とは無縁であった。

 髪を緩いおさげに編み、去年双子からもらったクリスマスプレゼント――リボンで結んだ。黒、銀、深紅、緑、黄、青のどれにするか迷い、深紅にした。スリーク・イージー社の薬剤を薄めたものを、髪にふりかける。制服のローブの代わりに、黒地の銀の釦、銀の刺繍で飾られた外套を羽織った。ロジャーからもらったドラゴン革の手袋――繊細な刺繍がほどこされたそれ――を手に着けた。スリザリンカラーのネクタイを外し、首には銀狐の襟巻きを巻いた。エメラルドグリーンのマフラーは今日は置いていこう。あと、チョウからもらった帽子も。どこにお呼ばれしているかわからないから、あまり砕けた格好もできないだろう。

 自室の姿見で最終確認し、愛用のドラゴン革の長靴の踵を軽やかに鳴らし、デルフィーニは寮を出た。ちなみにシリウス・ブラック侵入事件を受けてホグワーツからほとんどの生徒が消え失せた。快適であった。

 玄関ホールで父が待っていた。デルフィーニと同じく黒を基調とした装いであった。じゃあ行こうかと告げられ……ついて行ったら、森番の小屋に着いてしまったのだ。驚きである。

 いったいなんでまた、と思いながら謎めいたお菓子を手に取った。たぶんクッキーである。それかビスケットか。薄く伸ばしていなくて、ごつごつした見た目だが。

 そろそろと口にしよう――として、さりげなく皿に戻した。もしかしなくても歯が折れる。ちらりと隣を見れば、父が無表情で謎のお菓子を手で割って、流れるように紅茶に浸していた。なるほど。

 これは上品な食べ方といえるのだろうか……でも、出されたものを食べないよりはいい。目の前に座る森番は、澄んだ眼でデルフィーニたちを見ている。過ぎた純粋さ、善性というものは人に後ろめたさを覚えさせるのだ、とデルフィーニは実感した。大歓迎される理由がわからないのが一つ。もう一つはルビウス・ハグリッドがホグワーツを退学になった原因はデルフィーニの自称父が原因だということ。自称である。証拠はない。デルフィーニは闇祓いに詰め寄られようが知らないで押し通すつもりだった。

 話が横道に逸れた。つまり、自称父がルビウス・ハグリッドに罪を着せたのである。先学期『秘密の部屋』事件が解決し表向きは闇の品が悪さをしたせいと発覚した。彼がアズカバンに投獄された「後」に、ジニー・ウィーズリーが攫われたこともあり、ルビウス・ハグリッドの名誉は回復された。事の真相――トム・マールヴォロ・リドルのせい――は一部の者だけが知っている。デルフィーニが『秘密の部屋』に攫われたことも一部の者だけの秘密だ。秘密ばかりだな、デルフィーニは。

 招待されたのはあくまでも父。デルフィーニはおまけ。招待の理由はさっぱりわからないけれど。いったいハグリッドにどういう態度をとったものかわからず、デルフィーニは少しずつお菓子を口にした。ミルクティーに浸すとちょうどよい柔らかさになった。レタス食い虫を世話するという、無益にもほどがある授業を蹴っているから、いわゆる三者面談が開催されるのだろうか……いやいや。それはないだろう。だってレタス食い虫の世話なんて。結局、魔法生物飼育学でヒッポグリフと触れ合うことができずじまいだ。ドラコのせいで。愚か者め。

「招待状を受け取って」

 父が口を開いた。ポケットから大きな羊皮紙を取り出し、頑丈そうな卓の上にぱっと広げる。お礼がしたいから三時のお茶なんていかが……のようなことが書いてあった。ハグリッドの文字は独創的だった。そして、鳥の足――鉤爪の印が捺されていた。

「お邪魔したわけだが……」

 父が首を傾げる。

「僕は別に何もしていないが」

「いんや、あんたのお陰でバックビークは無罪放免になった」

 ハグリッドが羊皮紙――押捺された印を指さす。デルフィーニは、それがヒッポグリフの爪の形をしていることに気づいた。どうやって巧く踏ませたのだろうか。

「ルシウスに少し意地悪をしたかったんだよ」

 だから、君を助けようと思ったわけではない。

「理事んなかで、ブラック先生、お前さんだけがまともな意見を言ってくれた」

 みんな、ルシウスを恐れちょるのに。

「それに……あんた……とお嬢ちゃんは、俺の家を掘っ建て小屋なんて言わねえ。招いて、来てくれた」

 デルフィーニは眼を瞑った。ルシウスは言ったのね。そういう意味のことを。

 父はため息を吐いた。

「純血がああいう……品のない者ばかりだとは思わないでほしい」

 デルフィーニも頷いた。不潔ではないし、暖炉の火は赤々と燃えていて暖かいし、天井からは一角獣の毛や薬草がつり下げられていて、とても興味深かった。なにより歓迎されているのが後ろめたくもあり……少し嬉しくもあった。

「あとヒッポグリフがすばらしいのは認めるが、それでも君は先走り過ぎた。教職を辞めろとまでは言わないし、ダンブルドアを辞めさせるなんていうのも飛躍しているけれど」

 なんのお咎めもなしというわけにもいかない。減給は我慢してくれ。淡々と父は言って、ちらりとデルフィーニを見た。

「……ほとぼりが冷めたら、ヒッポグリフの授業はしてほしいが」

 ぎくりとした。なぜ露見しているのか。父に視線をやれば、片眼を瞑られた。無駄に決まっていた。

「この子は生き物図鑑をよく見ていたから。ヒッポグリフ図鑑をねだられたこともある」

 何歳の時だろう。ねだった記憶がない。いつの間にか本棚にあった。たしかに、ボロボロになるまで読み込んだものだけど。

「ヒッポグリフは美しいからなあ……」

 普通魔法試験の年ならよかろう、とハグリッドは笑顔である。

「でも、先生は謙虚じゃ」

 それはただの授業の話だろう? 俺は先生にお礼がしたい。

 そうハグリッドが言えば、父はにやりとした。

 デルフィーニは悟った。招待に応じ、穏やかに、謙虚に振る舞い、ハグリッドを感動させたのには理由があるのだろうと。

 なにもわからないまま、ハグリッドとのお茶会を終え、ホグワーツへ戻った。

 入れ違うようにしてポッター一味がハグリッドの小屋を訪ね、ヒッポグリフことバックビークに対する処罰要請が撤回されたと聞き、あまりにハグリッドが嬉しそうなので「シリウス・ブラックの裏切り」について聞きそびれたのは別の話である。加えてバックビークの件で動いたのがレギュラス・ブラック――『三本の箒』でマクゴナガルたちが誉めていた「ブラック先生」だと知ったのも別の話である。

 

 

 お茶会の翌日――クリスマスの早朝、デルフィーニは父の狙いがなんであったか知った。

「何がほしいか言ってこないから」

 僕が決めた。

 闇の魔術に対する防衛術の、臨時講師にあてがわれた室にくんくんという鳴き声が響く。デルフィーニは、父が抱き上げたそれを呆然と見た。真っ黒い毛の塊を受け取る。

「ハグリッドに掛け合って、ダンブルドアにも許可を得た」

 前からほしかったんだ……と父は歌うように言う。デルフィーニにはわかった。レギュラス・ブラックはとても浮かれている。

「満月の夜の人狼――つまり狼どうしが出会った結果、生まれた狼。並外れて美しく、賢い狼だ」

 何匹か譲り受けた、と父はうっとりした声で言う。デルフィーニは闇毛の、ふわふわとした仔狼をそっと撫でた。

「この子は君のともだちだ。護衛にするといい。ちゃんと世話をしなさい」

 なにか飼いたかったし、それがこんな可愛らしい狼ならば申し分ない。父に礼を言ったが「さあ残りの三匹の名前を決めよう」と自分の世界に入っていた。馬に、犬や狼犬、大狼、加えて「禁断の森の狼」まで飼育するとは。ブラック家の趣味と実益を兼ねたお遊びである。貴族なので。

 上機嫌な父から、腕の中の仔狼に眼を戻す。金色の眼がデルフィーニを見返してきた。とても、可愛らしい。一緒の寝台で寝てはいけないだろうか。いや、その前に。

「お前の名前も決めなきゃね」

 どうしようかな。

 デルフィーニが呟いたのと同じ時間。グリフィンドール寮にて、ハリー・ポッターはクリスマスプレゼントの包みを開けた。

 差出人不明の炎の雷が騒動を引き起こすなんて、このときは誰も知らなかった。

 

 とある逃亡犯は「まあ差出人不明で、贈り主が自分だと推測されても構うまい」と考えていた。名付け子、被後見人に届けばそれでよいのである。

 子どもに国際試合級の箒なんて、ということも考えなかった。ガリオンなら腐るほどあるので。使うときには豪快に使うのである。そして、別に豪快に使ったとも考えていなかった。

 自分用と娘用に炎の雷を二本買った……どこぞのブラック家の男と同じく貴族なので。

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