十六話
「……だから」
諦めろよ。
グリモールドプレイス十二番地。ブラック家――本家の邸。居間。落ちた呟きを聞くのは、止まり木にとまったふくろうと、三匹の仔狼である。雄が一匹、雌が二匹。彼らは思い思いに居間に寝そべっている。羊皮紙を放ってやれば、仔狼たちの玩具となった。あっという間にばらばらになってしまう。
ダンブルドア直筆の手紙なんて、人によっては額に入れて飾りたいものだろう。だが、レギュラスにとってはただの紙である。ましてや、三通目の手紙である。闇の魔術に対する防衛術教授になってくれまいか、という打診の。
リーマス・ルーピンが教師を辞め、ダンブルドアは新たな教授探しに奔走しているようであった。ルーピンが教師を続けていれば話は違ったのだが……一年やってみて、身体が保たないと判断したようだ。レギュラスは臨時講師としてなら、教師をしてもいいと思っていたのだ。三匹の仔狼を連れて行っても問題ないし、忙しかったらハグリッドに世話を頼めばいいし、そもそも禁断の森に放して遊ばせておけばいい。先学期はそうしていた。ロンドンに帰ってきたはいいものの、仔狼たちとクリーチャーの仲は微妙である。仮にレギュラスが邸を長い間空けたとき、クリーチャーが仔狼の世話をできるとは思えない。領地の獣使い――殊に犬や狼と通じる者を犬神使いと呼ぶ――に預けるしかないだろう。彼らが大きくなったら大狼とでも番わせたいところだ。それか、禁断の森の狼を追加で一匹二匹譲り受けるか、北米の名門につなぎをとるかして番わせるか……とまで考えて、小さく息を吐いた。
「アスラン家ねえ……」
妙な縁ができてしまった。まさか兄の妻がアスラン家の女だと思うまい。しかも息子までいるという。北米に根付いた一族である。獅子の騎士と呼ばれている。あちらの歴史を深く知っているわけではないが、スカウラーの狩り手であり、闇の魔法使いの敵対者。MACUSA創設に貢献し「はじまりの闇祓い」と呼ばれる、北米闇祓い局の創設者たちの一人を輩出していたはずだ。祖が英国から流れ、流浪し……という曖昧な話もあった。北米魔法界は人の移動が活発だ。なので、英国から流れついた一族というのも珍しくはない。
家を分かち、大陸から英国に、英国から大陸にという相互の流れはままあることだ。たとえばレストレンジ家も大陸と英国に分かれていたはずだ。ブラック家ももしかしたら、大陸から英国に根付いたのかもしれない。あるいはアイルランドからスコットランド、またはイングランド、ウェールズに移動したとか、スコットランドからイングランドに……等々、可能性はいくらでもある。初代の来し方は謎なのだ。祖が英国に元々根付いていようが、あちこち移動していようが、大陸から渡ってきていようが、どうでもいいことだ。さして重要なことではない。
茶器を傾け、紅茶をひとくち飲んで気を取り直す。アスラン家に意識を戻した。獅子の騎士だなんて、まるでおとぎ話だと思っていたら、兄から何個も爆弾を落とされたのは記憶に新しい。
アスラン家は『去りし魔法騎士一族』の末裔だそうだ。数百年――およそ六百年ほど前に起こった戦で英国は荒廃した。その爪痕はあまりに深く、戦の名を口にすることすら忌まれた。魔法史では「名前のない戦」あるいは「封じられた戦」と呼ばれる。『去りし魔法騎士一族』はその主役であり、忌まれ、疎まれし者である。一族は散り散りになり、今や元の名すらわからない。おとぎ話の魔法騎士一族であった。
兄曰く『去りし魔法騎士一族』はグリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの末裔であったらしい。ますますおとぎ話めいている、とレギュラスは流そうとした。流せなかった。兄の妻はヴォルデモートの娘だという。つまり、ホグワーツの創設者の血筋を余さず受け継いだ、正統なる末裔ではないか。
臨時講師の任を終え、帰るための荷造りをしながら、レギュラスは投げやりに言った。情報量が多すぎてついていけなかった。
兄さんの妻とやら、このままホグワーツにいてくださってもいいと思いますよ。理事なんてどうでしょう。枠を増やすか、働かないわ、若造に仕事を押しつけるおいぼれの首を一つ飛ばせばいけるでしょうよ。
無理だ、と兄は苦笑した。妻は英国に関わりたがらないだろう。なにせヴォルデモートの出身地だから、と。
嫌な話の流れになってきた。が、聞かないわけにもいかなくて、話を振った。ヴォルデモートの娘を養女にしているレギュラス、ヴォルデモートの娘を妻にして、一子を――ヴォルデモートの孫を儲けた兄。相互扶助と情報共有は必要であった。
どうしてまた、アスラン家とヴォルデモートが繋がったのか。
ろくでもない話だろうなと覚悟していたが、ヴォルデモートは下衆であった。期待に違わぬ下衆さであった。
力ある名門に胤を植え付けたかった下衆は、その通りにしたのである。手順は簡単だ。近づいて、好感を抱かせ、服従の呪文。あとは寝台に行けば完了。最悪である。
『意に染まぬ交わりというやつを』
アスラン家の女は拒絶した。服従の呪文から覚め、事実を悟り、ヴォルデモートと魔法戦を演じたらしい。結果「すべてをなかったことにしたい」というアスラン家の女の願いは、魔法となってヴォルデモートに襲いかかった。時を巻き戻すことはできずとも、その魔法はヴォルデモートの記憶の一部を永久に喪失させた。すなわち、交わりを強いて、胤を植え付けたという記憶を。
そうしてアスラン家の女は逃亡した。植え付けられた胤が芽吹かなければ問題なかった。薬を飲もうとした。が、できなかった。無情にも胤が芽吹いてしまった。命が脈打った。ならばと自裁しようとし……できなかった。深い交わりは一種の魔法である。ヴォルデモートは抜け目なく呪いをかけたのだ。
『地獄だったろう』
結婚間近だったというのに、手籠めにされた。婚約者に打ち明け、早急に結婚式を上げた。胎はふくらみ……けれど呪いによってどうしようもできず……絶望し、怒り、臨月を迎えたアスラン家の女は狂った。狂気は呪縛を打ち破り、女は自らの胎を切り裂き、果てた。
女の夫が子を取り上げた。赤子は、流血にまみれて誕生した。
レギュラスは青ざめた。アスラン家の女も哀れであったし、その誕生が忌まわしいものとなった兄の妻、レディ・アスランにも同情した。そうして、アスラン家にまつわる話は、絶対にデルフィーニに聞かせるまいと思った。凄惨に過ぎる。
『あれの記憶がないのは都合がいい』
そして、妻の故郷は北米だ。アスラン家だ。
兄は重々しく言った。
『妻は関わらない。ヴォルデモートを倒すべきは、英国に住まう俺たちでなければならないから』
だが、と兄は続けた。
『お前の白いるかが望むのなら』
妻は匿うだろう。ゴーントの末裔に預けるなりもできる。アスラン家と仲がいいんだ。
『異母妹を見捨てるようなことを』
彼女はしない。
さすが兄さんが惚れた女、とレギュラスは茶化した。そうして、兄に告げた。
『安心してください』
僕らはヴォルデモートに反する者だ。
『アスラン家になにかがあって、兄さんの妻子がこちらに逃げてこなければならなくなったとき』
彼女たちを匿いましょう。
『もはや、運命共同体なんですからね』
娘の逃亡先が確保できたのはよいことだ。顔を合わせたレディ・アスランはとても良い人であった。安心できる。
「楽しんでるといいな」
クィディッチワールドカップ。
レギュラスは切なく言って、だらしなく椅子に背を預けた。そのまなざしは天井を突き抜け、空を見る。
見たくないものを見てしまい、眉間に皺を立てた。
「……生き生きとしていらっしゃる」
禍つ星が、燃え立つように輝いていた。
じんわりと左腕が熱を持つ。レギュラスは衣の上から闇の印がある場所をぐっと掴んだ。
「くたばればいいものを」
ヴォルデモート。
八月某日、夜。英国はとある地方のとある場所。マグル除けが幾重にも施された、クィディッチワールドカップ会場区域の森に、気取った声が響いた。打ち上げられた色とりどりの呪文の光が、その白金の髪を輝かせ、薄青の眼を生き生きと……いいや、意地悪く見せている。
「グレンジャー、連中はマグル生まれを狙ってる。空中で下着を見せびらかしたいかい? それだったら――」
どうなのか。僕が連れていってあげるよと言おうとしたのか否か、明らかになることはなかった。マルフォイ家の嫡男は聴衆に語りかけんと、大仰に両腕を広げた格好のまま、うつ伏せに倒れた。
「女の子に嫌みを言うしか能がない珍獣、という題で」
又いとこを蹴り飛ばし、デルフィーニは歌うように言った。
「下着姿で樹から吊してやろうかしら」
どう思う、セド?
隣に声をかけたが、彼は無言だった。ひょいと杖を振って、意識を失ったドラコに追い払い呪文をかけ、排除した。実に雑な対応であった。
「猥褻物陳列罪になるからやめようね」
彼は、背後から失神呪文をかけるってどうなのか、君ってば無言呪文ができたんだ、等々の無駄な会話を省いた。それこそ言うだけ無駄であり、見ればわかる問題であった。
そんなセドリックの心中など知る由もなく、デルフィーニは素直に頷いた。その眉間には皺が寄り、紫の眼には物騒な輝きが宿っていたが。ドラコで多少の憂さ晴らしはできたからいいのだ。
愚かな又いとこのことを意識から追いやり、デルフィーニはあたりを――正確にはポッター一味を見回した。黒髪が一、栗色の髪が一、赤毛が一。おや?
「……双子はどうしたの?」
「はぐれてしまって」
レディ・ブラックことデルフィーニの問いに答えたのはハーマイオニー・グレンジャーであった。黒髪と赤毛は役に立たない。黒髪ことハリー・ポッターは、ほかのことに気をとられているようだ。赤毛の態度は一言で言えば微妙であった。ウィーズリー家は血を裏切る者と呼ばれている。よって、スリザリン系純血名門ブラック家に対して思うところがあるのだろう。
「シリウス小父さんは?」
ポッターの問いに、デルフィーニは半秒ほど考えた。彼とデルフィーニの関係はかなり複雑だ。ポッターの名付け親、後見人である「シリウス小父さん」ことシリウス・ブラックはデルフィーニの伯父である。もしシリウスがポッターを引き取っていれば、ポッターとデルフィーニは見方によれば疑似的ないとこになっていただろう。かりそめ、もどき。なんだっていいが多少は関係が近くなっていた……かもしれない。実現しなかった、たらればだが。
名付け親がいるにもかかわらず、一緒に暮らすことができないらしいポッターをワールドカップに連れてきたのはウィーズリー家である。アーサー・ウィーズリーはどんな手を使ったのか、貴賓席の切符を相当な枚数確保したようだ。ルシウスのように人の財布の中身を詮索し、あざ笑うような根性悪ではないので、デルフィーニはなにも訊かないけれど。ウィーズリー家の家長は顔が広いようだから「好意」で譲ってもらったのかもしれない。人徳というやつだ。
ポッターを連れてきたのはウィーズリー一家。では、デルフィーニは誰に連れてこられたのか。
伯父夫婦ことシリウス・ブラックとレディ・アスラン、そして彼らの息子であるアスラン家の若君に同行したのである。マグル育ちの孤児の少年から、疑似的な家族を奪ったような形になる。デルフィーニにだって事情があるのだ。父――レギュラスが二枚切符を買っていたのに、忙しくて行けなくなった。デルフィーニには保護者が必要で、シリウスとレディ・アスランが引き受けてくれた。では、と父は言った。余ったもので申し訳ないが、アスラン家の若君を招待したい、と。
急遽呼び出しを食らい、北米からやってきたアスラン家の若君は、数日間ブラック別邸に滞在し、ワールドカップを観戦し終え、さっさと北米に帰って行った。彼曰く「ブラックとアスラン、悲劇に引き裂かれた二人の感動の再会、そして家族の絆」は十分演出できただろうとのことだ。
話が少し横道に逸れてしまった。疑似的な家族問題が目の前にあるのだ。どう返したものか。単なる「シリウス小父さんは?」の問い。伯父は……と返すか、シリウスはと返すかの時点で少々悩む。疑似的ないとこがほしかったわけではないけれど、シリウスがポッターを引き取ってくれていればどれほどよかったか、とは思う。レディ・ブラックと呼ばれるデルフィーニだって、多少の良心というか人の心はあるのだ。ポッターの両親を、デルフィーニの自称父が殺したのだし。負い目、後ろめたさのようなものはあるのだ。
「レディ・アスランと――」
デルフィーニは背後、キャンプ場の方角へ眼を見やった。
「狩りをしているんでしょう」
あいにくブラック家もといアスラン家のキャンプ場とウィーズリー家のキャンプ場は離れていた。隣同士だったら、シリウスとポッターはもっと話せたに違いない。貴賓席での接触なんかでは、とても足りないだろう。手紙のやりとりはしているだろうが。たぶん、魔法界から隔離されている少年の空白を埋めるには至らない。
デルフィーニの片手を、仔狼が舐める。彼は行儀よくして、金色の眼を光らせていた。その首を撫でてやる。
「ひとまず待機だね」
落ち着いた声が言う。セドリックはすっくと立ち、杖を片手に握りしめ、デルフィーニの隣に在った。彼は余計なことを口にしなかった。デルフィーニの「狩りをしているんでしょう」という微妙な言い回しについてとか。
実は保護者たちが現在なにをしているのか、デルフィーニは知らないのだ。だって、セドリックと合流し、夜の散歩をしていたから。灯りに照らされた小道を歩き、まだまだ商いをする気満々の行商人たちをひやかしていた。キャンプ場で偶然出会い、夜の散歩でもどうかという話になったのだ。ポッターとシリウスが頻繁に手紙のやりとりをしているらしいのとは対照的に、デルフィーニとセドリックは夏休みの間、なにもやりとりしていなかった。レターセットは減らず、綺麗な色のインクも減らなかった。
ホグズミードの大通りで抱擁されてからというもの、デルフィーニはどうしていいかわからなかったのだ。落ち着いて考えることもできなかった。帰りの特急には乗らず、シリウスとレディ・アスラン……と、リーマス・ルーピン、そして父と帰ったものだから。奇妙な面々だったと言っておこう。なぜルーピンが一緒かって、シリウスが「あいつは放っておいたら宿無しになる」と危惧して無理矢理連行したからだ。所有している小さな館を格安でルーピンに貸し、家庭教師の仕事を見つけてきたり、学塾――学舎とも呼ばれる――への紹介状を書いたりとルーピンの世話を焼いていた。意外と面倒見がいい伯父。
大人たちの友情の話はおいておく。
デルフィーニはセドリックとのやりとりを保留にしていた。セドリックも手紙を送ってこなかった。よって、互いにワールドカップの切符を手に入れたことを知らなかった。キャンプ場で再会するまでは。いったいどんな態度をとればいいのかと悩むデルフィーニと違い、セドリックは一周回って嫌みなくらい、平気な顔をしていた。やあ元気だった? とさらっと言った。ポケットからおやつを出して、仔狼にやる隙のなさであった。仔狼は大喜びだった。ちょろい狼。
デルフィーニの護衛を陥落させた男は、紳士的な態度を崩さずに言った。試合の後、夜の散歩でもどう? と。
騒ぎさえ起こらなければ、デルフィーニは日本の飴細工を買えただろう。龍とか犬とか猫とか九つの尾をもった狐とか、色々あった。出かけてくると言えばシリウスはお小遣いを持たせてくれて――そもそも父からもお小遣いをもらっているので、多すぎるのだけど――懐は十分すぎるほどにあたたかかった。それでもだ、誰かからの贈り物は嬉しいものである。つまり、セドリックは飴細工を買ってくれようとした。どれがいいと訊かれて少々悩んでいる時に、忌々しい騒ぎが起こったのだ。
アイルランドチームの馬鹿騒ぎか、酔客の起こした騒ぎだったらよかったのに。デルフィーニは唇を引き結んだ。全部あれのせいだ。自称父のせいだ。暴れているのは十中八九死喰い人だ。ドラコの態度からして、嘆かわしいことにルシウスまで参加している。高貴です、貴族です、純血ですと大きな態度をしている割に、やっていることがそこらの不良である。デルフィーニは「そこらの不良」について詳しいわけではないが。ただの印象、概念の話である。でも不良だってマグル一家を宙づりにして遊んだりはしないか。趣味が悪い。盗んだ箒で飛び回るくらいだろうか。
苛立っても仕方がない。ルシウスは鬱陶しいからアズカバンに入れたい。違った。落ち着いて待機である。不忠者たちの集団は、良識ある大人や魔法省の者たちともみ合っているだろうから、森の中にまで入る余裕はないだろう。騒ぎが収まるのを待つのが無難だ。
「……で、ポッター。妙に落ち着きがないようだけど」
時間つぶしに会話のキャッチボールを試みた。万が一シリウスのところに行って一緒に戦いたいなんて愚かなことを言えば、止めるつもりだった。自称父を吹き飛ばしてくれた「生き残った男の子」にデルフィーニは感謝しているのだ。できたら完全に滅ぼしてくれていたらよかったのだけど。どうして自称父が当時一歳数ヶ月の赤ん坊に敗れたのかは謎である。が、事実は一つ。ハリー・ポッターが『例のあの人』を滅ぼした。正確には肉体を消滅させた。『分霊箱』さえなければ、それでめでたしだったものを。理屈の上では何個だってつくれるだろうとは、父の言である。なにせ二等分、三等分ではなく「分割」なのだから。机上の空論ではあるけれど、魂の一
破壊した『分霊箱』は二つ。一つはスリザリンのロケット。一つはトム・マールヴォロ・リドルの日記。あと何個の『分霊箱』があるものやら、デルフィーニは知らない。七か九ではないかと予想しているが。七は強力な魔法数字である。七番目の子の七番目の子は強い力を持つ、とおとぎ話にあるように。九は永久に通じる。これは、西洋ではなく東洋の考え方だけれども。
「――杖がないんだ」
深い闇の秘術に思索を巡らせていたデルフィーニは、ポッターの発言に瞬き、我に返った。
「なんですって」
こんなときに。口にはしなかったが、デルフィーニの言わんとするところは伝わったのだろう。ポッターは軽くデルフィーニを睨んだ。
「この混乱じゃあ、仕方ないだろう」
責めてるわけじゃないと言いかけ、肩をすくめた。
「ホルスターを買うことをおすすめするわ」
そして、寄り添う仔狼を見た。
「どうせすることもないんだし、杖探しでもしましょうか」
賢い仔狼は、主の意を受けてゆるく尻尾を振る。とことことポッターのもとへ行って、おすわりをした。
「ああ……よろしくね」
ポッターは手のひらを仔狼に差し出した。仔狼は冷たく湿った鼻をポッターの手のひらにくっつけて、ふんふんと匂いを嗅いだ。
そうして、鼻先を宙に向け、すんすんと鳴らし――ぱちぱちと金色の眼を瞬かせる。現在地――森の空き地のその奥を見やった。仔狼の鋭敏な聴覚は、がさがさ、かさかさという音を聞き分けていた。小さいのがひとり、大きいのがひとり。
小さいのは、主に敵意を向けるちいさいのと一緒の種族、妖精である。大きいのは人間であった。なんだか嫌な感じ。
でも、主に撫でてほしいし、誉めてほしいし、おやつもほしい。仔狼は歩き始める。主と一緒にいる大きいのが「さすがだね」と言った。そうなのだ、仔狼は偉いのだ。この大きいのは良いやつで、おやつもくれて撫でてくれるので、仔狼は好きだった。主のほうが好きだが。
尻尾をふりふり、るんるんと主たちを導こうとしたら。
――不気味な光があたりを染めた
騒ぎが起こり、仔狼は唸りまくり「大きい良いやつ」と似た匂いの大きいのが、主になにやら言ったので、飛びかかろうとした。冷たい匂いをした大きいのにも唸った。獅子っぽい、片足を引きずった大きいのに止められた。ちぇっ。
主に柔らかく「おすわり」と言われ、仔狼は渋々従った。主の声は少し震えていたし、頭を撫でてくれる手は冷たかった。
大きいのたちが去っていく。主は、ぽろぽろと涙をこぼす、小さいの――妖精に歩み寄った。
くん、と小さく鳴いた。主は「君の場所がとられるとかじゃないのよ」と言った。違うんだとさらに鳴いた。よしよしと主と一緒にいる大きいのが撫でてくれた。ああ、最高……と仔狼の気が逸れかけた。
いいや、それじゃないと金色の眼を灰色の眼に向けた。
「おやつかな」
きゃんと鳴いたが通じない。
仔狼の言葉を聞いてくれるものはいないのだ。
茂みのあたりに、大きいのがいるんだけどなあ……と仔狼はうなだれた。
冷たい匂いの大きいのと、よく似た匂いなんだけどなあ。
でもあいつが光を出したわけだし、危険な匂いがするし、もういいか。
主に近づかなければそれでいいさ。
約一年後、彼は後悔することになる。
あのとき茂みに飛び込んでいれば。
学校で、同じ匂いのやつがいると主に伝えられていれば。
主が鉄錆の香に塗れることなどなかったのに。
人物・設定
レギュラス・ブラック
ブラック家当主。星見、あるいは星読みと呼ばれる異能者。本来ならば湖底に沈んでいたはずだったIF。
デルフィーニ・ブラックの養父。死喰い人。(本人は「元」死喰い人と主張する)。ヴォルデモートを裏切った……否、見限った男。未だに裏切りは知られていない。
ルシウス・マルフォイを蹴り落とし、ホグワーツの理事となる。
そして、とあるヒッポグリフがとある生徒に怪我をさせた一件で暗躍し、ルシウスを妨害したことも。具体的には貴族ともあろうものが、それもマルフォイ家がまさかヒッポグリフのひっかき傷くらいで騒がないでしょう等々の噂を流した……らしい。
本人はルシウスへの嫌がらせもとい報復が主目的だったのだが、森番のハグリッドには大変感謝された。そして抜け目なく「お礼」をもらった。
リーマス・ルーピンが「病がち」のため、闇の魔術に対する防衛術の臨時講師を務めた。
広義の呪い破り。具体的には呪いの解除に長ける。他家から持ち込まれた呪いのかかった品を正常化することも。
スリザリンの元シーカー。理事になったのをよいことに、箒置き場の箒をすべて新品に変えた。できたら全部炎の雷に変えたかったらしいが、ホグワーツの予算の関係で諦めたらしい。
デルフィーニ・ブラック
レギュラスの養女。ブラック家の遠縁の娘をレギュラスが引き取ったと記録されている。
ブラック家次期当主。宝剣『星屑の剣』の使い手。七変化。黒髪に紫眼。生来の姿は白銀髪に赤眼。赤い眼の白いるか。本来より十数年早く生まれたIFである。
虚弱。いわゆる蒲柳の質。が、負けず嫌い。侮辱は許さない。暴言も許さない。実の父母、ヴォルデモートとベラトリックスのことも許さない。 よって『分霊箱』であるトム・マールヴォロ・リドルの日記を破壊し、スリザリンのロケットも破壊した。
成績優秀。だが身体が弱いのでしょっちゅう寝込む。特に冬は駄目である。飛ぶのが得意。実は箒なしで飛行できるのだが、秘密である。
レギュラスから仔狼を贈られた。よいともだちで、相棒である。ワームテールの捕縛に貢献した。
スリザリン寮所属。稲妻形の傷持つ少年より一学年上。杖は東洋龍の角。本来ならば、とある魔法騎士一族の少年が手にしていた杖である。
ハッフルパフのセドリックと交際らしきものをはじめた。あくまでも「らしきもの」である。
シリウス・ブラック
レギュラスの兄。デルフィーニの伯父。家を棄てて出奔した。元アズカバンの囚人。冤罪が晴れ、自由の身に。
レディ・アスランの夫。彼女との間に一子を儲ける。
アル
デルフィーニのともだち、相棒、護衛。闇毛に黄金の眼の狼。名前は北斗七星の破軍、アルカイドからとられた。略してアル。
とても賢い狼。まだまだ仔狼。とてもかわいい。
セドリック・ディゴリー
よけいもの。本来の世界ではデルフィーニに嫌がらせをされる男。あらゆる妨害もなんのそので優勝杯を掴んでしまう男。優勝杯を掴めなかった、つまりよけいものでなくなった世界において、闇堕ちルートもある。最悪である。
虹彩シリーズ世界のとあるルートでは、闇堕ちした挙げ句にとある魔法騎士と殺し合う。最悪である。
この世界において、デルフィーニと良好な関係を築く。ふつうに善人。肝が据わっている。
デルフィーニ・ブラックの正体を察しても揺らがないくらいには。
レディ・アスラン
アスラン家の本家当主。黒髪に群青の眼の佳人。闇祓い。シリウスの妻。北米はイルヴァモーニー卒。
虹彩シリーズ世界の、いわゆるIFの存在。
ヴォルデモートとアスラン家の魔女の間に生まれた。
アスラン家の若君
黒髪に群青の眼と、赤――紅の眼を持つ。シリウスとレディ・アスランの息子。虹彩シリーズ世界の、いわゆるIFの存在。ヴォルデモートの孫。
レディ・アスランの母
先代当主。結婚前に不幸にもヴォルデモートと出会ってしまい、奸計にはまる。娘を産み落として死亡した。
レディ・アスランの父
娘を実の子として育てた。孫のことも可愛がっている。
『ブラック家』
紋は『双狼』。貴色は黒と銀。星の眼を持つ、双子の狼。
狼たちを引き連れて、どこからともなく現れた双子の狼と呼ばれる者たちを祖とする。
初代当主たちではなく「初代当主」と呼ばれる。二人で一人。二つで一つ。
純血よ、永遠に染まらず濁らず色褪せずを掲げる家系の祖は、あまりに濃い交わりをしたとされる。
その子孫は死をも喰らう死神犬と恐れられた。
『家系図』
映画版では樹だが、原作準拠で名前+金の糸を採用。
星々を結ぶ物語。
星図を描くのはブラック家当主、あるいは当主夫人の権限であった。当主夫妻がいなければその子が描く。
『星屑の剣』
アストライア。ブラック家の保管庫に眠っていた剣。天より降りたる星屑(つまり隕鉄)を鍛え、蒼い炎を込めたもの。ブラック家に伝わる宝。
柄は黄金。サファイアがはめられている。剣身には北斗七星が刻まれている。
デルフィーニが受け継ぎ、左手中指に指輪となっておさまっている。
『高貴なるもの』
ブラック・ブラッド。グレニアン黒変種をかけあわせ、固定化したもの。ブラック家のための馬。
『月夜の騎士』
ムーン・ナイト。レギュラスが森番のハグリッドから「お礼」に譲り受けた狼たち。満月の夜、人狼どうしの交わりから生まれた狼。深い闇毛と月を思わせる黄金や銀の眼を持つことから、レギュラスが名付けた。
一匹はデルフィーニが、残り三匹はレギュラスが所有している。
収入源などの話
父祖から受け継いだ財があり、働かなくても食べていける。馬の育成をしており、ブラック家産の駒は間違いなくよい馬と言われる。貴族の間ではブラック家の馬を持つことが一種のステータスとなっている。 犬、狼犬、大狼も飼育している。レギュラスがホグワーツの禁断の森生まれの狼を譲り受け、ここに加えた。
余談
虹彩シリーズ子世代編の三章、四章に出てくる「闇毛の天馬」はおそらくブラック家の産駒とリアイス家の産駒を掛け合わせたもの。後付けである。
スリザリンの系統はブラック家の馬をもとめ、グリフィンドールの系統はリアイスの馬を求め……だったのだろうきっと。
どのみち両家が合体してしまったので後付けである。
家系図も『星屑の剣』も虹彩シリーズ世界に存在しているが、ブラック家当主は放置していると思われる。
『アスラン家』
数百年前――約六百年前に英国を捨てて出て行った一族。流浪の果てに北米にたどり着く。スカウラーの狩り手であり、闇の魔法使いたちと敵対する。MACUSA設立に貢献、はじまりの闇祓いを輩出した名門。
獅子の騎士と呼ばれる。
『去りし魔法騎士一族』
おとぎ話の存在。数百年前にあった「名前のない戦」あるいは「封じられた戦」と呼ばれる戦いにより疲弊し、滅亡。すさまじい戦を起こしたと疎まれ、追われ、一族は英国を出た。
元の名は誰も知らない。
この戦により滅亡せずに生き残るか、滅亡するかが分岐点である。
生き残れば魔法騎士一族は英国の覇者となり、グリフィンドール系の大貴族、筆頭名門として在る。
なお、滅亡しようがしまいがこの一族から分かれ、アスラン家は誕生する。
『忘れられた幻獣』
去りし魔法騎士一族に戦を仕掛けた一族。去りし魔法騎士一族が切り落とした影であり、ゴーントとも同根である。戦を仕掛けたはいいものの、長引いた戦により疲弊、滅亡した。
『ゴーント家』
かつて、忘れられた幻獣と正統なるスリザリンの末裔の座を争い、敗れた。しかし落ちぶれながらも生き残った。
北米に複数の末裔が存在する。