【完結】白いるかの眼は赤い   作:扇架

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十七話

「すまなかった」

 広々とした室内――二の間に、かすかな声が響く。デルフィーニは杖を振り、戸棚から茶器を二つ呼び寄せた。未成年は学外――厳密に言えばマグルの住宅地など、魔法と縁が薄い場所での――魔法の使用は禁じられている。しかし、ここはクィディッチワールドカップの会場であり、キャンプ場にはたくさんの魔法族がいる。そしてここはアスラン家の天幕(テント)の一つだ。魔法を使っても問題がない。別室にシリウスが、隣の天幕にはレディ・アスランと妖精のウィンキーがいることだし。

 茶器は静かに卓へと着地する。再び杖を振ればティーバッグの詰まった缶がやってきて、三度杖を振れば、茶器に湯が満ちた。

「私もあなたも、落ち着く必要がある」

 それだけを返し、缶を空けた。ティーバッグを取り出して茶器に入れる。じんわりと色が染み出していく。向かいに縮こまるセドリックが、そろそろと手を伸ばし、デルフィーニに倣う。

 沈黙が満ちた。和やかにお話し合いという雰囲気ではないな、とデルフィーニはため息を吐きたくなった。とんだ夜だ。なんでこんなことになったのだろうか。本当なら、夜の散歩を楽しんで、今頃ぐっすり眠っているはずだったのに。

 杖を向けられることも、疑いの眼で見られることもなかったのに。

『可能性が高いのは』

 誰だかわかるだろう、とセドリックの父親に言われることもなかった……。

「現場にいたのは私、ポッターたち、そしてあなた。疑われるのは仕方がない」

 茶器を手に取る。なるべく、静かに話そうとする。セドリックのほうを見ないようにした。

 軽く眼を瞑る。瞼の裏に緑色が閃いた。闇の印。『例のあの人』の印。蛇の舌持つ髑髏。惨事の象徴である。ボーンズ一家が殺された時も、マッキノン家が滅ぼされた時も、ロングボトム家の悲劇の際も――空高く、印が浮かんでいたという。そして今夜、なにものかが印を打ち上げた。

「君がスリザリンだからといって、ブラックだからといって……」

 あんなことは許されない。熱い言葉で、実に真っ当な言葉であった。だが、デルフィーニは肩をすくめた。

「あなたは……」

 言い直した。

「あなたたちは、私のことを知っているからそう言えるのよ」

 茶器を傾ける。「飲んだら?」と眼で促した。セドリックは面白くなさそうな顔で茶器を睨みつけている。品行方正、監督生兼ハッフルパフチームのキャプテンから、優等生の仮面が外れかけていた。珍しいことだ。

「あれが普通なのよ」

 闇の印が現れたと思えば大人たちから攻撃を受け……とめまぐるしかった。咄嗟に盾の呪文を使って防いだけれど、それも事態を悪化させたのだろう。彼ら、殊にセドリックの父親とバーテミウス・クラウチ――同名の息子がいたが、獄死した――の眼には、デルフィーニが闇の魔法使いの卵に見えたに違いない。セドリックも盾の呪文を展開したが、そんなことはどうだっていい。ブラック家の魔女が、それも成人にもなっていない娘が、軽々と大人たちをあしらったように見えたのが問題なのだ。偏見というものは怖い。闇の魔法使いの卵どころか闇の印なんていう趣味の悪いものを考案した、趣味の悪い男の娘なのだが。

「生まれは選べないから」

 声に苦いものが滲む。デルフィーニの足下、卓の下で身を丸めていた仔狼が、くんと鳴いた。

 デルフィーニはおやつを下に落としてやり、軽く言った。

「エルドリッチ・ディゴリーの末裔からしたら、純血ブラック家のことは面白くないでしょう」

 彼を暗殺したのはマルフォイ家だと囁かれているが、証拠はない。昔々の話であるし、マルフォイ家は巧くやった。噂は噂に過ぎず、マルフォイ家は黒に近い灰色である。暗殺の件に関しては、だが。

「父さんはこだわり過ぎなんだ」

 デルフィーニは沈黙した。一族の輝ける星を暗殺されれば、それは恨むだろう……と言っても無駄だろう。それほどにエルドリッチ・ディゴリーは「できた大臣」だったのだ。そのせいで暗殺されたのだけれど。アズカバンから吸魂鬼を追い払い、新たに人間の看守をつける……という計画は実現せず、理想は理想のままで終わった。

「無神経だし」

 セドリックは言い切った。デルフィーニは口を堅く閉じた。貴賓席で会った双子から、一部始終を聞いていた。息子がハリー・ポッターに勝ったと言い放ったこと。自慢の息子どうこう。それが嫌みだとも思っていない。彼にとっては事実を言っただけなのだろう。正直、性質(たち)が悪いとは思った。囚人の扱いに心を痛めたとされるエルドリッチ・ディゴリーの末裔とは思えない。彼の秤は歪み、傾いているのだろう。

 そして、秤が傾いていることにも気づかず、実に素直に判断したのだ。デルフィーニ・ブラックが闇の印を打ち上げた犯人だと。

「みんな庇ってくれたから」

 いいのよ、と話を逸らそうとする。ポッター一味が援護してくれたし、もちろんセドリックだってそうだった。なお、セドリックは激怒していた。父さん、あなたがそんな人だったなんて知らなかった、うんざりだとまで言っていた。修羅場である。

 デルフィーニは現場の状況を思い返し、頭が痛くなってきた。混沌としていた。ディゴリー父子の喧嘩、今にもデルフィーニを連行しようとするバーテミウス・クラウチ。さすがにそれはと止めようとするその他大勢。

「ウィーズリー家の人が庇ってくれると思わなかったけれど」

 これも意外な話である。アーサー・ウィーズリーは立て板に水で「闇の印に作り方なんて知るわけがないだろう、こんな女の子が」「うちの子たちは人を見る目がある」「私の母はブラック家の血筋だが? 私を連行するかね?」と言った。閑職とはいえ純血の名門、血を裏切る者で顔が広い彼の言に、セドリックの父が怯み、クラウチは眼を光らせた。

「ルーファス・スクリムジョールまで参戦したし」

 気が遠くなる。彼が駆けつけてくれて助かった。仔狼をなだめてくれたし。そしてシリウスとレディ・アスランまでやってきて、形勢が逆転した。

「……いやあ、猛獣がそろったって感じだったね」

 ぽつ、とセドリックが呟く。デルフィーニは深く頷いた。ブラック家の男と、北米の名門、獅子の騎士と、闇祓い長官というそうそうたる顔ぶれが揃ってしまえば、クラウチとてどうしようもなかった。シリウスが「へえ、また誰かを冤罪で監獄に送り込もうと。ああそうか……あなたのすてきなご子息も監獄に入りましたね」と笑顔で言い放ち、空気が凍った。父と伯父、寒気がするような笑顔がそっくりであった。さすが兄弟。

 そしてレディ・アスランが冷ややかに「こちらではまだ魔女狩りが横行しているようですね」と付け加え、スクリムジョールが「クラウチ、これ以上の汚名はいらないのではないか」と、さらりと言った。クラウチは黙った。

「私には猛獣の伯父と伯母がいるからいいのよ」

 父も猛獣だが。ワームテールを殺しかねない眼をしていたと思い出す。危うく伯父の冤罪が晴らされないままで終わるところだった。

 そして、ワームテールで思い出した。

「犯人はわからず仕舞いね」

 現場から発見されたのは、意識を失った妖精と、彼女が握りしめたポッターの杖だけ。闇の印を打ち上げた誰かは見つからなかった。顔のない死喰い人……。ワームテールが十数年もの間、潜伏できたのだ。ほかにもいないとは言い切れない。

 隠れ、とセドリックが囁く。デルフィーニは顔をしかめた。騒いでいた連中は、闇の印を見たとたんに逃げていったのだという。なにせ彼らは不忠者どもだ。ご主人様、我が君の印を見て喜ぶはずがない……。

「迷惑な話だよ」

 君に疑いがかかるなんて。吐き捨てるように言うセドリック。デルフィーニは天を仰いだ。

「いつもの優等生はどこに散歩に行ったのよ」

 闇の印はただの落書きではないのだ。『例のあの人』の印で、恐怖と混乱の象徴だ。デルフィーニが疑われたなんて些末な問題である。

「優等生なんてつまらないものだよ。親しい人のために怒れないのなら」

 僕はそんなもの、溝に捨ててやる。

 セドリックはぴしゃりと言う。デルフィーニは彼が直接的な表現を避けたことにほっとした。が、デルフィーニの内心を見抜いたのか、セドリックの灰色の眼には物騒な輝きが宿っていた。

「僕がずっと品行方正だと思わないほうがいい」

「手紙のやりとりから始めるのが、古典的な手順じゃなかったかしら」

「いつの時代だ。僕はラベンダーの香り付きの手紙でも送ればいいのか?」

「それは寝……」

 具、と言いかけて、慌てて別の話を振った。寝具にラベンダーの香りをつけたら、それはもうよく眠れるのだが。

「夜更けだし」

 ここに泊まっていったら? と提案する。セドリックが茶器を傾けた。

「お邪魔でなければ」

「シリウスひとりじゃ広すぎるもの」

 ここは男性用の天幕である。そしてシリウスの息子、デルフィーニの従弟は北米に帰ってしまった。室ならば余っている。

「わざわざ送ってもらって、じゃあさようならと帰せないし」

 本当は、闇の印騒動の後、あまりにもセドリックが怒っているのでシリウスが連行したのである。しばらく離したほうがいい、とシリウスは判断したのだろう。つまり、盛大に喧嘩したばかりのディゴリー父子が、再び顔を合わせればどうなることやら……であった。

 セドリックはしばらく天井を見て、ゆっくりと頷いた。

「お世話になろうかな」

 デルフィーニは席を立つ。すぐさま仔狼が寄り添った。

 おやすみなさいを言って、室を出る間際に見たセドリックは、どこか心あらずであった。

 

 姪――デルフィーニとその友人の話し合いが終わったと悟り、シリウスは二の間に顔を出した。黒髪に灰色の眼の青年は、泊まらせてほしいと丁寧に頼んできた。シリウスは二つ返事で了承した。シリウスの名付け子が負けただの、シリウスの姪が犯人だの言っていた、時と場をわきまえない男とは大違いである。母親の血が濃く出たのだろう。青年の母はグリーングラス本家の当主、女傑の娘である。よって青年――セドリック・ディゴリーはグリーングラス本家当主の孫にあたる……と記憶を引っ張り出した。

 席に着き、シリウスは杖を振る。漆黒の杖はオリバンダーの店で手に入れたものだ。月桂樹に死神犬の尾の毛。シリウスが長年愛用していた杖は、忌々しいあの日に失われた。なにもかもどうでもよくなり、手から滑り落ちた。転がった杖はいくつもの足に踏まれ、儚く折れた。シリウスの心のように。脱獄して後に叔父のアルファードの杖を拝借していたが、いい加減、彼に返してやりたかった。杖は極めて個人的な遺物とされ、墓に納められるのが慣例だった。

 新しい杖はシリウスの手によく馴染んだ。卓の上に瓶と杯が現れる。

「飲もう」

 確認ではなく決定であった。息子は酒を飲める年齢ではないからちょうどよい。それに、セドリックから放出される、張りつめたものが気になった。酒は舌の滑りをよくするものだ。

 杯を何度か重ねる。果たせるかな、難しい顔をしていた青年が、シリウスを見やり呟くように言った。シリウスは喉を鳴らした。

「ああ……そうだな。俺は五年生の時には――」

 たまたまなんだが。昔の成人が十五だったからとかではない。我慢できなかったんだ、と言う。

 青年は眼を瞑る。こんなことを相談するのは筋が違うのはわかっているんですが、と堅苦しいことを言ってきた。シリウスは笑い飛ばした。相談の内容に見当もついていた。

 シリウスは気楽に言った。

「いいんじゃないか」

 心に従え。

 

 

「いったい」

 なにが。

 夜も明けぬ頃、超特急ふくろう便を受け取ったレギュラスは居間の卓に突っ伏した。手紙の差出人は兄であった。

 非常に簡潔に書かれていたのは、クィディッチワールドカップ会場で騒ぎがあったこと。おそらくはめを外した死喰い人の仕業であろうこと。闇の印が上がったこと。犯人は不明なこと。クラウチ家の妖精が騒ぎに巻き込まれ解雇されたこと。デルフィーニが引き取ったこと。後でレギュラス宛に許可を求めてくるだろうから、イエスと言ってやれと一言。ちなみにデルフィーニが闇の印を打ち上げたと疑われたこと。

 ここまではいい。よくないがいい。

 レギュラスはきつく眼を瞑り、開いた。

「……なんで」

 デルフィーニをきっかけに、ディゴリー父子の関係が修復不可能なほどに崩壊している? 挙句に……。

 レギュラスは最後の一文を見なかったことにして、手紙を畳んだ。駄目だ、一旦寝直そう。貴族の朝は遅いのである。

 よろよろと室に向かい、寝台に滑り込み――またもやふくろうに叩き起こされた。執拗に窓を叩くふくろう。そのくちばしには真っ赤な手紙。

 男の怒声はこう言っていた。

 うちのセドを唆したな! いったいどういうことだ!

 レギュラスは問答無用で吠えメールを凍結させ、木っ端みじんにした。そして、美しい黒の便せんに金の文字を連ね――レディ・ディゴリーことグリーングラス本家の血を引く魔女にふくろうを返した。

 そしたら返事の返事がやってきた。

 夫が大変失礼を致しました。まさか、吠えメールなんて……。

 ささやかですが、お詫びの品を同封いたします。

 夫は認めたくないのですわ。当家の息子は既に成人した身だということを。

――出奔が彼の自由意志に基づくものだということを

 

 

 

 九月一日の夜。ホグワーツ城の大広間、スリザリンの長テーブル。デルフィーニは着席し、上座を見てはいたが上の空であった。初日から疲労困憊していた。体力的な疲労と精神的な疲労の両方が、デルフィーニに襲いかかっていた。

――セドが悪い

 すべてはセドリック・ディゴリーに帰結するのだ。彼を避けるためにデルフィーニは忙しく動き回ったのである。クィディッチ同好会のコンパートメントになるべく寄りつかないようにした。監督生の仕事――ホグワーツ特急を巡回する――を進んでこなした。本来ならば四寮で巡回の時間割を組むそうだが、あくまでも原則である。柔軟な運用もとい、手が空いたときに巡回する……くらいのもの、らしい。

 監督生用の車両に顔を出し、各寮の監督生および首席の顔合わせをし、荷物はクィディッチ同好会のコンパートメントに預け、ひたすら通路を歩き回り、もちろん仔狼もついてきて――何人かの新入生は興味津々、それか少し怯え――仔狼は前者には尻尾を振り、後者には軽く唸ってみせた。きゃっと言われて明らかに面白がっていた。悪戯な仔狼である。

 マグル生まれらしい子が赤ずきん、とデルフィーニを見て言っていた。いや赤ずきんは狼に食べられるんだろうと誰かに返されていた。たぶん、マグルの童話だろう。赤帽鬼となにか関係があるんだろうか。マグルの童話は謎めいている。

 時間を潰し、クィディッチ同好会のコンパートメントに戻り、昼食をとり――今度はセドリックが出て行って――双子が口火を切った。

「で、どうよ」

「同棲は」

 ロジャーが紅茶を噴いた。チョウは「……妙にぴりぴりしていると思ったら」と遠い眼になった。デルフィーニはウィンキーがつくってくれたサンドイッチを口にして、飲み込んだ。彼女を引き取ったのは大正解だった。クィディッチ同好会のメンバーに事情を説明していなかったのは大失敗だった。

「セドがお父さんと喧嘩して、家出して、うちの伯父――シリウスが彼に居場所を提供しただけの話よ」

「もはや親戚じゃん」

 双子――フレッドがにやにやした。ジョージはかわいそうなものを見るような眼でデルフィーニを見た。ロジャーが「それさあ、よからぬ貧乏人が成り上がろうとしてお嬢様のおじあたりに取り入るやつでは?」と笑い転げていた。チョウは真顔で「でもそれは、父を亡くしたお嬢様から財産をとりあげて、腐れじじいに嫁がせる悪いおじが王道でしょう」と言った。デルフィーニはなにも言わないことにした。恋愛小説には色々なあらすじがあるのである。

 ホグワーツ特急での一幕から意識を戻し、なんとか集中しようとした。猛烈に眠い。昼食とってまた巡回したからだ。マグル生まれの新入生らしき子にスリザリン生が絡んでいたので、失神呪文をかけて通路に蹴り転がすなどの「仕事」をしていた。嘆かわしいことだ。あんぐりと口を開けていたその子は、どうやらグリフィンドールに組分けされたようだった。

 グリフィンドールのことはいいのだ。問題はハッフルパフである。家出をしたセドリック。シリウスの馬鹿。止めるどころか住む場所を提供した。しかもそれがリーマス・ルーピンが借りている、シリウス所有の別邸のひとつ。つまりセドリックはルーピンと同居中である。

 シリウスに抗議したら実に楽しそうにされた。「じゃあ、お前も住む?」と言われ、デルフィーニは歯を食いしばった。すかさず畳みかけられた。「俺は前途有望な青年の相談に乗っただけだ。なにか問題でも?」と返された。お前、と親しげに、柔らかくデルフィーニを呼ぶ割に、シリウスは姪っ子をいじめて遊んでいた。ひとしきり楽しんだ後、シリウスは真顔で言った。

 あのな、いくらセドリックが好青年でも、お前とひとつ屋根の下には放り込まないぞ、と。伯父さん、脱獄はしたけど良識はあるもん、と。

――同棲ではない

 親戚の紹介で住まいを提供してもらっただけのことである。もはや親戚……ではない。

 ちなみに、ひっかき回すだけひっかき回し、シリウスは北米へ旅立った。もちろんレディ・アスランも一緒。そして妖精のドビーも一緒である。職を求めてブラック本家にやってきた彼を、シリウスとレディ・アスランに紹介したら引き取ってくれたのだ。なにせブラック本家には二人の妖精がいる。かつてはもっといたようだし、使用人もたくさんいたらしいが。時代とともに減ったのだ。女ばかり生まれ、本家の人間が次々嫁いだ、とか。病で倒れたとか、理由は色々あるようだ。

 本日までブラック家が続いているのが奇跡のようなものだ。分家から養子をとったり、女の当主を立てて分家から婿を迎えたり、小手先でなんとかしてきた……というのが実態らしい。父は当主が男でなければならないなんて欠片も思っておらず「君の次からは、長子が当主を継ぐことにすればいい」と宣っていた。

――次ねえ

 いつのことになるやら。今のところディゴリー家をひっかき回す、悪のブラック家になっているのだが。だいたい、セドリックとは仲良くしているが……。

 考えても仕方がない。なるようになるし、どうせデルフィーニの未来は暗いのだ。

 『例のあの人』とベラトリックスの娘、生粋の悪徳の血筋を望む者などいないだろう。

 それがたとえセドリック・ディゴリーでも。

 彼が正気を失わない限り、関係はどこかで破綻する。縁の糸は切れてしまうだろう。

 なにせデルフィーニは、生みの親に望まれず、少しでもなにかが違えば殺されていたのだから。

 よけいものとして、首を絞められて。

 悩めるデルフィーニは、ダンブルドアが「三校対抗試合が開催される」「よってクィディッチトーナメントは取りやめ」と告知したことも、賞金一千ガリオンのこともろくに聞いていなかった。

 よって、双子とセドリックが「一千ガリオン」に眼をぎらつかせていたことも気づかなかった。

 

 時は過ぎ、十月下旬。デルフィーニは監督生の仕事に精を出していた。たとえばハーマイオニー・グレンジャーがしもべ妖精福祉振興協会とやらを発足し、うるさくしていたのをたしなめた。最初は寮内で、そして廊下で活動を始めたらしく、目に余ったのだ。なんでデルフィーニがたしなめるはめになったのか。グレンジャーは「かわいそうなウィンキー」をデルフィーニが引き取ったと知っているし「優しく声をかけた」と思っている。よって、妖精の権利向上に理解があると判断し、手紙を送ってきた。デルフィーニは、まさかマグル生まれから手紙をもらう日が来ようとは……と仰天しつつ「その取り組みは巧くいかないと思う」と、透かしの入った便せんに、深い赤のインクで大きく書いて返事をした。で、デルフィーニがやんわり言ったのに、グレンジャーは活動を止めるつもりがなかったようだ。

 仕方ないので「公共の場でこのように人を呼び止めることは学業の妨害になる」と言って減点した。他のスリザリン生がいたのでこういう口実しか使えなかったのだ。あなたの活動は純粋に迷惑である、愚か者がと言うわけにもいかないし。

 グレンジャーは信じられないという眼でデルフィーニを見てきた。信じられないもなにも、グレンジャーとデルフィーニの関わりなど、合計二十四時間にもなっていないだろう。なにせ寮が違うし、学年も違うし、マグル生まれと純血だし。

 ひとまずグレンジャーを追い払い、デルフィーニは疲れを覚えながら、懇切丁寧に手紙を書いた。なんでグレンジャーの指導をデルフィーニがしなければならないのか。これは監督生の職掌から逸脱していないか。

 相手を一方的にかわいそうと決めつけるのはどうなのか。ひとくちに妖精と言っても色々いる。某クラウチの仕打ちは確かに誉められたものではないが、貴族の感覚ではあり得ることだ。妖精は働くことが生き甲斐な側面もある。あなたの考えを押しつけるのはどうなのか。ただのマグル生まれの子が叫んだところで、どれほどの効果が見込めるのか。権門の養子になるか嫁ぐか、魔法省に入って高官を目指して根回しできるようになりなさい。つまり、来年の普通魔法試験で最高の成績を修めることがやるべきことだ、と。

 デルフィーニの指導に効果があったのかなかったのか。ひとまず、グレンジャーの活動は鳴りをひそめた。少なくとも廊下では見なくなった。彼女は色々と勘違いをしている。デルフィーニは優しくない。ウィンキーを拾ったのは女の――雌というべきか迷うが――妖精がほしかったからだ。なにせクリーチャーはあてにできないし、彼の忠誠は「レギュラス坊ちゃま」に捧げられているし。いわば自分の妖精がほしかった。できたら、レタスばかりのぱさぱさのサンドイッチではなくて、ちゃんとしたサンドイッチをつくってくれ、頼めばお茶を入れてくれる妖精が。クラウチが捨てたものを拾っただけである。絶望に浸らせるくらいなら、働かせて、衣食住を与えるほうがよかった。

 ぼろぼろのキッチンタオルの代わりに、お仕着せを与えた。ホグワーツに倣ってのことだ。デルフィーニが「どの生地がいい?」と訊けば、彼女は失神しそうになっていた。毎年新しいのを支給すると言えば、痙攣していた。ちゃんと労働管理、もとい病欠やお休みもあげる、老後の面倒も見ると付け加えた。ホグワーツではそういう制度なのだと押した。よってお仕着せの支給は「洋服刑」ではないと伝えた。ウィンキーは震えながら頷いた。契約完了である。ブラック家の屋敷しもべその二だ。が、命令権の筆頭はデルフィーニで、その次が父のレギュラスである。クリーチャーが父の命令は素直に聞いて、デルフィーニの命令はあらゆる手を使って無視しようとするのだからちょうどよい。

 デルフィーニは妖精がほしかった。ウィンキーは主に捨てられた。これは互いの利害の一致の結果である。よって優しいというのは当てはまらない……とため息を吐く。せっせと手を動かした。グレンジャーの件は本当に厄介だった。一難去ってまた一難。十月二十九日現在も、デルフィーニは忙殺されている。

 明日――十月三十日にやってくる、客人を迎える準備である。正面玄関へと続く階段、玄関ホール、大広間の清掃と飾り付けだ。監督生と首席が駆り出されたのである。妖精たちは十月三十日と三十一日、二日続けての宴の準備にてんてこ舞いであった。

 デルフィーニは杖を振り、グリフィンドールとスリザリンの垂れ幕を吊り下げた。さて、残り二寮の分も……と思えば、鷲と穴熊の垂れ幕が既に下げられていた。

「四つともあなたに任せたらよかったのかしら」

「喜んでそうしただろう」

 セドリックは屈み込み、仔狼を撫でた。デルフィーニはいつもは明るく陽気なこの子が、マッド・アイにだけ唸るのはなぜか……と思考を遊ばせた。よくよく言い聞かせ、静かになったが。闇の魔術に対する防衛術の授業にデルフィーニを行かせたがらないのは相変わらずだ。禁断の呪文の実演授業がよほど怖かったのか……いいや、初回授業もとい実演をする前から低く唸っていた。謎である。デルフィーニは後ろの方の席をとるようにした。仔狼は正しい。デルフィーニもマッド・アイは好かない。なんだか嫌な眼をしているのだ。

「ああ、そうだ」

 柔らかな声に、物思いから覚める。セドリックは仔狼の腹を撫でながら――仔狼は大の字になっていた――さらりと言った。

「どこかでホグズミード行きの日があると思う。付き合ってほしいんだけど」

「来年、普通魔法試験が控えているし、どうせ寒くなってからでしょう」

 忙しいし体調を崩す可能性が高いと告げる。セドリックが鼻を鳴らした。

「監督生の仕事ができるくらいには、丈夫になったんじゃないかな」

「女の子には色々あるのよ」

「夜の散歩をした仲なのに?」

 ただの夜の散歩だったのに、セドリックが口にすると、なんとも言えない響きを帯びる。諦めない男である。易々と頷くのも嫌だ。セドリックが嫌いなわけではないが。デルフィーニは二秒ほど考え、こう言った。

「あなたがホグワーツの代表選手になれば、ホグズミード」

「逢い引き」

「ただのホグズミード」

「わかったよ」

 セドリックはにやりとした。

「君は僕が名乗りを挙げると思っているし、選ばれると信じているわけだ」

「どうかしらね」

 踵を返す。

 絶対などない。だが、セドリックは能力も人柄も折り紙付きだ。

 親善試合にはぴったりの人間だろう、とデルフィーニは確信している。

 わざわざ言ってはやらないけれど。

 

 十一月一日。デルフィーニはスミレの香り付きの便せんをぱたぱたと振った。代表選手に選ばれたセドリックからのものだ。ホグズミード行きを忘れないでよ、という念押しであった。

「……呑気なのかなんなのか」

 セドリックは代表選手が四人になったことなんて、どうでもよろしいと仰せである。

 なんの悪戯か選ばれた四人目の名をハリー・ポッターという。

 デルフィーニはセドリックに返事を書き、父にも手紙を書いた。

 数時間後、レギュラス・ブラックは邸の居間で頭を抱えた。そして、もはやお馴染みになりつつある台詞を吐いた。

「なにが起こっている?」

 眼を瞑って開き、やるべきことを整理する。便せんを一枚とり、報せをしたため、妖精を呼んだ。

「ウィンキー。頼みがある」

 レギュラスがデルフィーニの手紙を受け取ったさらに数時間後。北米はアスラン家の邸、玄関ホール。

「すまない」

 シリウスは細い身体を抱きしめた。その声はわずかに物憂げで、しかし使命感に満ちていた。

「ちゃんと帰ってきてね」

「クリスマスには一度」

 妻に返し、そっと抱擁を解く。かすめるように唇を奪い、妖精を呼び寄せて、名残を振り払うように外套を翻し、去っていった。

 階段の上から父母の別れを見送っていた若君は、眼を細めた。

「きな臭いな……」

「あなたの父君母君は大変絵になりますね」

 よい歌ができそうです、と歌い手が言う。

「お陰で劇まで誕生した始末だよ」

 そのうち小説も出るんじゃないか。なあ妖女シスターズ? 若君が軽やかに言い、妖女シスターズのリーダーは輝くような笑みを浮かべた。

「幸せが広がるのはよいことですよ……影がありますが」

「英国の問題だ。報せには感謝するが」

 妖女シスターズは各地で公演をしている。世界を股にかける音楽家集団であった。いわば身分の外にいて、各家に顔を出すのである。歌い手――吟遊詩人とはそういうものだ。ましてや妖女シスターズのリーダーは、公表していないもののさる女傑の養い子であった。各地を巡るのも養い親に情報を流すためだ。なんの気まぐれかアスラン家に寄って、歌を歌い、あるいはおしゃべりをして去っていくのも「外交」の一つだった。

「たいしたことではありませんよ」

 さらりとリーダーは言う。若君は顔をしかめた。ただの報せとも言い難いそれを思い返す。

 アルバニアで若い魔法族が何人か死んだ。どれも干からびたようになっていた。

 とある村で、英国の魔女が殺されていた。

 その身には血の一滴も残っていなかった。

「身体を取り替え、取り替えしたか」

 森を出て、身体を使い潰し、英国にたどり着いたのだろう。だが、あれがなにを企んでいようとアスラン家には関係がない。『去りし魔法騎士一族』が英国を捨てたのではない。英国が彼らを捨てたのである。

 若君は手を振ってリーダーを追い払う。足音が遠ざかる。彼は紅の片眼に憂いを刷いた。

「何事もないことを祈ろう」

 ハリー・ポッター。生き残った男の子。ヴォルデモートに対抗するもの。

 囁いて、もう一つの名を思い出す。ひょっとしなくても、何事かあるのは彼女かもしれない。

 彼の従姉。真の血筋、真の繋がりは――父方の又いとこ、母方の叔母。若君と同じく怪物の血を継ぐもの。肉体を失ったヴォルデモートが欲しがるであろう純血の娘……。

 

 デルフィーニ・ブラック。

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