【完結】白いるかの眼は赤い   作:扇架

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十八話

 これは酷い。

 デルフィーニは隣――セドリックをちらりと見上げた。常は穏やかな彼の眼が、暗く淀んでいた。今日が第一の課題の数日前で、土曜日で、ホグズミード行きの日だということが、吹き飛んでしまったようだ。

 ホグズミードの大通り、その端に立つ彼は注目の的で、この三分間で六人の女生徒が熱いまなざしを送り――デルフィーニを見て慌てて眼を逸らし、あるいは睨みつけて去っていく有様なのも認識していないようだ。三十秒に一人を魅了しているこの男は、大層不機嫌である。なにせ、彼女たちは「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジを着けているのだから。まさかホグワーツの全生徒が着けているわけがない。一割か二割だろう……とデルフィーニは予想していた。が、一割だろうが五割だろうが、セドリックにとってはたまったものではないだろう。

「デルフィー」

「なあに。帰っちゃう?」

「それは悔しいから嫌だ」

 セドリックは子どものような口調で言った。優等生モードを維持できないらしい。わからないでもない。

「僕は、ああいうものを着けて応援されても嬉しくないし、推奨もしていないし……つまり、僕の名誉を損ねる振る舞いだと――?」

 ふつ、とセドリックが言を切る。なんだか誰かが言いそうな台詞だな、とデルフィーニは思い、セドリックと顔を見合わせた。

「君の言動が伝染った」

「そんなまさか」

 いやでも、振る舞いとか品性とか口にしていた気もするな……と己を顧みた。伝染したどうこうは冗談にしても、互いに貴族なわけだし、名誉というものは大事であるし、振る舞いも大事である。

 ちなみに、デルフィーニはセドリックほど公正ではない。優しくドラコを諭すなんてことをしなかった。「やあデルフィー、君があんな男と付き合っているなんてどうかしていると思っていたが、やるじゃないか。ほら、このバッジを着けて応援したらどうだい? なんと押せばポッ」と言った、どうしようもない愚民の胸ぐらを掴み、がたがた揺さぶった上で、バッジの入った箱を木っ端みじんにした。お前は一生ポッターに粘着していろ。ごめんポッター。でもセドリックの心の安寧には代えられない。

 そして、スリザリンから五十点減点した上で「監督生を侮辱した」として罰則を科した。スネイプだと甘くするに決まっているので、マクゴナガルに話を通した。マクゴナガルはデルフィーニにお茶を振る舞ってくれたうえに、デルフィーニの飛び手としての才能を惜しみ「私はあなたたちを応援していますよ」と優しく言った。グリフィンドールの公明正大な女史の眼はきらきらしていた。デルフィーニは唇を引き結んだ。主語がなくてもわかることというものはあるのだ。

――セドリックにいちいち言うことではないが

 なんだか、恩着せがましいではないか。デルフィーニは好きなようにやっただけだ。しかも、応援しようバッジもといポッター侮辱バッジは相当な数が出回っているのか、ドラコがめげずに作って配っているのか……根絶には至っていない。あまり意味のない行動だったかもしれない。

 あーあ、やっぱり男子寮を家捜しして、ドラコの物品を全部没収してバッジを見つけて燃やしたほうがいいのかも。

 首を振る。セドリックの手を掴んだ。

「あなたはホグワーツの代表選手に選ばれたんだから」

 ホグワーツの有資格者の中で、もっともふさわしいと判断されたのだから。

「……あんなバッジで喜ぶような人なら、一緒にホグズミードに来てない」

 早口で言って、セドリックを引っ張る。デルフィーニの手など簡単に振り払えるだろうに、彼は穏和しくついてきた。そして仔狼――いいや、もう狼だ――も尻尾を振りながらついてきた。

 振り返り、セドリックの顔をまともに見る勇気がなく、デルフィーニは勢いのままに喫茶店に入った。狼連れでも問題なく、隅の席に通された。眼を瞑った。入ったことのない店に飛び込むべきではなかった。外観は知っていた。控えめな配色で上品であった。いかにも美味しい紅茶を出してくれそうな雰囲気が漂っていた。つまり、女性向けの店であり――女の子同士でお茶をするにも、逢い引きにも使える店であった。お友達同士の区画と、逢い引きの区画が分かれているらしく、デルフィーニたちは逢い引き区画に通されたのである。

 視線が痛い。恋人たち(カップル)だらけだ。当たり前だが。どこからか囁きが聞こえる。「巧いこと代表選手に取り入ったレディ・ブラックじゃないの」とか「レディ・ブラックにすがりついているディゴリーじゃないか」とか。あまり好意的ではない。

 ちらりと向かいに座ったセドリックを見る。ああ、不機嫌度が上昇中。セドリックだって人間だもの……。

「出ようか?」

「なんで私たちが尻尾を巻いて逃げなきゃいけないのよ」

 ひそひそと囁きを交わす。店主――マダムが注文を聞きに来た。デルフィーニは迷った。紅茶をどれにするかではない。何ガリオン積めばおしゃべりドクシーどもを追い出して、貸し切りにできるか……と。

 時間はガリオンで買える。空間もガリオンで買える。ただ、実行可能であっても、マダムが頷くかはわからないし、あまり良いガリオンの使い方でもないだろう。

 紅茶とケーキを注文する。セドリックは「マダムのおすすめで」とさらりと言っていた。考えることを放棄したな? もっと正確に言えば、それどころではないわけだ。たぶん、セドリックは悪意の囁きに慣れていない。そんなもの知らないでいてほしかったのだけど……と幼少期から散々、表では誉められ、裏では陰口を叩かれていたデルフィーニは思った。今のポッターよりはよほどマシであるが。かわいそうなポッター。生け贄の羊である。

 沈黙する。さわさわと囁きが押し寄せる。あまりにうるさかったら自分たちに耳塞ぎ呪文をかけるか、この卓だけ遮断してしまうか、まとめて沈黙呪文をかけるか……。デルフィーニはそっと周りを窺った。大混雑ではない。恋人たちがデルフィーニたちを含めて数組。十にもなっていない。

「たいしたことじゃない」

 デルフィーニは言い切った。視線は痛いものの、悪意ある囁きを放っているのはせいぜい、一組二組だ。そう気づいてしまえば気持ちが軽くなった。

「君を侮辱されて黙っていられない」

「どちらかというとあなたのほうが――」

 どうにか宥めようとする。勢いで家出なんてされたらたまらない。もう既にしているのだけど。いくら成績優秀なデルフィーニでも、セドリックの行動は読み切れない。それに、父には閉心術を叩き込まれただけで、開心術はほんの少し触れた程度だ。加えて、デルフィーニは彼の私的な領域を侵すつもりはない。

 デルフィーニの一件がセドリックの家出のきっかけになったのは明白だ。もちろん、諸々の積み重ねがあり……最後の一滴がデルフィーニだった、というだけの話だ。

 家出の一件を知っているのは一部だけだ。ディゴリー父子の喧嘩に居合わせた者たち――の中でも数人。双子が知っていたのは父親のアーサー・ウィーズリーを通じてだろう。シリウスとウィーズリー家の家長は交流があるようだ。なにせ名付け子の友人がウィーズリー家の末息子であるし、姪の友人がウィーズリーの双子であるから。なんで同棲なんて妙な伝わり方になった。

「不利益を被っているわけだし」

 声音に苦いものが滲む。ディゴリー家の関係が悪化した間接的な原因になった。それに「レディ・ブラック」との付き合いを快く思っていない連中がいるのは明らかだ。特にハッフルパフ生は。スリザリンにはハッフルパフを劣等生の集団やら、掃き溜めやら言ってはばからないものもいる。よって、スリザリンは嫌われている。残念なことにどの寮からも嫌われているのがスリザリンである。一部のせいで。過激な連中が目に付くのが世の常だ、で済む話なのだけど。

 紅茶とケーキがやってきた。デルフィーニは心底ほっとした。セドリックの気を逸らすものがやってきた。美味しいお茶とケーキで機嫌を直してもらおうではないか。

 フォークを手に取る。ケーキに突き立て――その囁きが聞こえた。

 セドリック、あの女に服従の呪文にでもかけられてるんじゃないの?

 やりかねないわよね……。

 繊細な装飾が施された皿が、儚く割れる。力の加減を間違えた。マダムに弁償しないと……それよりも!

「アル」

 狼の行動は素早かった。伏せをしていた彼は立ち上がり、セドリックにじゃれつく。そこらの小型犬ではないのだ。狼である。よって、相応に大きい。だいたい超大型犬――グレート・ピレニーズと同じかそれより大きいか。シリウスの動物もどき形態を挙げたほうがわかりやすいか。

 とにかく、そんなものに背後から飛びつかれれば、セドリックはひとたまりもない。動きは封じられても、セドリックの口はまだ動く。沈黙呪文をかけるべきかと迷っていると、軽やかな声がした。

「このお店は、いいところなんだけどな」

 紅茶は美味しい。逢い引きにぴったり。僕の行きつけ。

「私の前に何人と……?」

 今度は楽の音が響いた。ふわり、と甘い香りがする。新たな恋人たちは、店のすべてを眼を釘付けにしていた。もはやこの店は、彼らのために存在している、彼らのための舞台であった。

「花はそれぞれに美しい」

 英語からフランス語に切り替え、ロジャーがさらりと言った。歯の浮くような台詞を堂々と言い、それが許される男がロジャー・デイビースである。

「今日は君をここに招きたかったんだ」

 大事な友人たちもいるしね、とロジャーは続け、デルフィーニに片眼を瞑る。ロジャーの同伴者、いいや恋人の青い青い眼が、デルフィーニとセドリックを捉えた。

――フラー・デラクール

 宮廷の花をロジャーは射止めたらしい。

 彼女の視線が空間を、おしゃべりドクシーどもを一薙ぎする。店内に奇妙な沈黙が満ちた。ロジャーが軽く口笛を吹く。フラーをエスコートして、勝手に空いている席に座った。デルフィーニたちの隣の卓に。

「お礼を言っておくべき?」

 ロジャーがにやりとする。ちらりとフラー・デラクールを見て返した。

「女の子の前ではいい格好がしたい」

 正直だな。

 ロジャーが派手に登場したのは、友情ゆえであるが、それだけではないと。動機はなんだっていい。助かった。衆目がデルフィーニたちからロジャーたちへと逸れただけでもありがたく、援護までしてくれたのだからなおありがたい。

「いい格好をしたいのはそこの男も同じだけどね」

 ロジャーがメニュー表をフラー・デラクールに差し出す。マダムが姿現しでも使ったのかと思うほど、瞬時にやってきた。英国の最高権力者に対するように、恭しくフラー・デラクールに接している。今にもその細い、美しい手に口づけを落としそうだ。だが、理性が勝ったのか注文を聞き取って去っていった。その足取りはふらついていた。

 たぶん、フラー・デラクールは魅了の異能持ちだろう。しかも同性異性関係がない類だ。

 デルフィーニは冷や汗をかいた。そうっとセドリックのほうを窺う。彼は無表情であった。狼は伏せをしている。ロジャーが呼びかけると、静かに歩を進め、首のあたりを撫でてもらっていた。

 手慣れた風に狼を構い、ロジャーは小さく笑う。

「勝利を貴女に捧げますとか言えばいいんだよ、セド」

「僕は一千ガリ……」

 セドリックが反駁しかけ、眉間に皺を刻む。デルフィーニはなんだか彼を見ていられなくて、ぬるくなった紅茶を口にした。

「私の魅了に引っかからないくせに」

 鈴を転がすような声。フラー・デラクールである。青い眼は生き生きとしていて、彼女がただの美しいばかりの女ではないと知らしめていた。

 デルフィーニが軽く睨むと、安心しなさいとばかりににっこりされる。なんだか手のひらで転がされているような気さえした。美男美女に。ボーバトンの魔女は、美女という言葉では足りない。神がつくりたもうた完璧な造形物である。偶像ではなく、輝くような魂まで内包しているのだからお手上げだ。

「で? セド。賞金だけが理由じゃないだろ」

 ロジャーが追い打ちをかける。店内は魅了効果で朦朧としている人間が多数おり、会話を聞かれるおそれはない。聞いても、覚えていられないだろう。

 セドリックがどう答えるか。賞金が目的でもなんら悪いことではない。彼は家出したわけで、一千ガリオンが手に入る機会があればもちろん掴みたいだろう……とセドリックの財布の事情を知らないながら、デルフィーニは思っていた。なので、長々とした沈黙の後、セドリックが放った言葉に硬直した。

「デルフィー」

 なんでマダムは来てくれないのか。この一画だけ時間の流れがおかしくはないか。なんだか気まずくてセドリックのほうを見ないように見ないように、茶器に視線を落としていたのに――その声の響きに、否応なく眼を上げさせられた。

「僕が名乗りを挙げたのは、君との付き合いに文句を言わせないためだ」

 逆効果だったかもしれない、と彼は嘆息する。が、次の瞬間には灰色の眼に強靱な意志をたぎらせていた。

「勝者になれば――」

 あらゆる雑音をねじ伏せられる。

 そう思わないかデルフィー?

 

 

 青春だなあ……と思いつつ、友人二人を見送った。マダム、手元が狂ったのか今日の紅茶はちょっと渋いな。そういう時もある。

「あなた、結構お節介よね」

「君もね」

 ロジャーは返す。よしよし。三校対抗試合が開催される、ボーバトンから客人がやってくると聞いて、約一ヶ月猛勉強した甲斐があった。麗しの宮廷の花との交流は円滑に進んでいる。

「謂われのないことを言われる辛さはわかるから」

 ぽつ、と彼女はこぼし――可愛らしく笑ってみせた。ロジャーはたちまち魅了された。

「でも、勝つのは私よ」

 決意とともに宣言した彼女は、二十四時間も経たないうちに青ざめることになるなんて知らない。

 第一の課題がドラゴンを相手にすることだと知らされるなんてわかるはずもないのだ。

 ハリー・ポッターが持ち前の――マグルの家庭で虐げられて育ったとは思えないほど真っ当な――道徳心を発揮して、セドリックに第一の課題を耳打ちするのは、さらに先のこと。土曜日の、いいや日曜日の零時から二十四時間と数時間。月曜日の朝のことである。

 ハリーがマッド・アイに連れられていくのを為すすべもなく見送り、セドリックは天を仰いだ。すまないハリー。あの元闇祓いは、セドリックがついて行こうものならなにをするかわからない……そんな眼をしているものだから。

 仮にも教師に対して思うことではない。理性はそうささやくが、セドリックの第六感はなにかがおかしいと囁いていた。残念ながらセドリックは常識と良識の男であったので、第六感、それか無意識を自覚しないままに、身の内に沈めてしまったのだけど。

 よくよく考えれば、あまりにも出来過ぎた時機にマッド・アイがやってきたとわかったはずだ。まるで――監視されているようだ、と。しかし、悪戯な女神は、恵み深き男(セドリック)の意識を逸らした。すなわち詐欺師から――彼のいるか座の君へと。

「普通魔法試験を乗り越えた男が」

 この有様?

 混乱の極みにあったセドリックは、吸い寄せられるように声の主へと眼を向けた。自分の「有様」を思い出し、かなりばつの悪い思いをする。肩から破れた鞄を下げ、腕には羊皮紙や教科書、割れたインク壺などを抱え、手は零れたインクで汚れている。

 ねえハリー、ふくろうでよかったんじゃないかな? でも直接聞かなければ信じなかったかも……。なんで彼はハッフルパフに入らなかったかな。セドリックなんて、彼に酷い態度をとったのに。よけいものが一人増えたと思って苛立って、彼は自ら名乗りを挙げたのだと思い、疑いを隠しもしなかったのに……。

「はしゃぎたい年頃なんだよ」

 混乱と羞恥にひっかき回されたまま、適当な答えを返してしまった。首を傾げながら、デルフィーニが杖を振る。たちまちのうちに鞄が元通りになった。

「頭の悪いどこかのスリザリンの仕業じゃないでしょうね」

 軽々と無言呪文を行使し、苦々しげに言うデルフィーをぼうっと見つめた。彼女が「応急処置だからね」と言うのもほとんど聞いていなかった。十七歳になってさえいれば、デルフイーニ・ブラックが代表選手になっていたかもな、ととても残念な気持ちになってしまった。そうしたら、彼女はあらゆる雑音を聞かなくてもよかったかもしれない……。

「セド?」

 一歩、二歩とデルフィーニが歩を詰める。狼はセドリックに尻尾を振った。

「ちょっとした事故……いいや恩恵だよ。君、授業は」

「選択科目が少ないもの、私」

 あなたこそ、とデルフィーニは口にする。訝る彼女を見ているうちに、先日の出来事が脳裏を過ぎった。あまりいい結果にならなかった逢い引き。華やかに現れたロジャーとフラー。フラーと呼んで、とセドリックたちに彼女は言った……。

 勝者になるのだ、とセドリックは改めて思った。

 狼がやってくる。そっと撫でてやっているうちに、ここ数日の断片が綺麗にまとまり、絵図を完成させた。

 自分より強大な相手だろうが、眼と耳があるのである。

 つまり……気を逸らせばよいのだ。

 

 翌日――火曜日、第一の課題の会場、天幕……の区切られた小部屋の一つ。セドリックは顔の半分に軟膏を塗られ、椅子に腰掛けていた。脱力する男の図である。

 箒を使えばよかった。さきほどから思考を埋め尽くすのはそればかりだ。四つの岩を狼に変身させて気を逸らすなんてことをしなくても、飛べばよかったのだ。盲点だった。しかも顔に火傷を負って減点である。第一の課題はハリーに完敗である。

「……しょぼくれたゴールデンレトリーバーみたいになってらっしゃるけど」

 呆れたような声。ふと顔を上げたら――いつのまにか俯いていた――デルフィーニはあちらこちらに眼を移し、ゆるく編んだお下げの先をいじくっていた。つけているリボンは深い黄色である。リボンを結ぶためにその髪型にしたのだろう。贈り主が双子だというのが業腹だが――眼を瞑ろう。

 レディ・ブラックと呼ばれる女は、第一声を放ってから無口であった。次になにを言ったものかと悩んでいるのは明白。お下げをいじくっているのは不安と……罪悪感の現れだろうとセドリックは了解していた。それなりに一緒に過ごしていれば、わかることはある。悲しいかな、合計で二十四時間にもならないくらいの、浅い関係だ――まだ、それだけでしかないのだ。

「火傷がとっても痛くてね」

 泣きそうなくらいに。わざと軽く言う。どうせセドリックが家出したこと、付き合いのこと、代表選手へ名乗りを挙げたことを気に病んでいるに違いないのだ。三校対抗試合なんてたいしたことない、という態度を貫かなければならない。これ以上、彼女の荷を増やすわけにはいかないから。

「それはそれは、かわいそうなこと」

 時は最良の薬よ、とデルフィーニは囁く。セドリックはにっこりした。

「マグルの童話だと」

 呪いを解くのは――だとか。

唇かそれとも頬か(ラブ・オア・ライク)

 小さなため息。ロジャーの悪影響だと呟いて、いるか座の名を冠した女が身を屈める。

 そっと、傷ひとつない頬に唇を落とした。

 お友達の接吻(キス)かとセドリックはこぼす。ぷいっと彼女がそっぽを向いた。たかがお友達でも、相当な勇気が必要だったらしい。彼女の首筋は真っ赤であった。

 仕方がないな。セドリックはくすくすと笑う。

 星を射落とそうというのだ。

 要努力、ということだろう。幸い、忍耐と努力の寮に所属している身だ。

 時が来たら星だって射落としてみせよう。

 

 二人は失念していた。

 あくまでも、彼らのいる小部屋は――ただ区切られてつくられただけの産物であることを。つまり、影が重なる様が余人に見られていて、交わされた言葉も筒抜けだということを。

 ちょうど隣の小部屋にポッター一味がいて、年上の「大人の会話」に身の置き所をなくしているなんて、知る由もなかった。

 そして、ハリーを讃える会――抱擁その他――をする前に凝固してしまった彼らを、天幕に戻ってきたフラー・デラクールとビクトール・クラムがそっと連れ出したことも――知らずに終わった。

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