【完結】白いるかの眼は赤い   作:扇架

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二十七話

 窓の外、紺の空に銀の眼が浮かんでいる。ぽろぽろとこぼれる滴は、闇を行く魔女に宿った。ゆるく編んだ絹糸を、霜が降りたがごとく輝かせる。

 漆黒の衣を身に纏い、金の眼の狼を従えて、幽明の境で遊ぶがごとく、魔女は歩を進める。

「……意志しだいね」

 デルフィーニは独りごちる。ちらりと背後を振り返った。ただの廊下――扉があった場所を。

 アンブリッジとのお茶会、それにダンブルドアとの話し合いから数日。金曜日――いいや、土曜日の真夜中、デルフィーニは夜の散歩に興じていた。課題を片づけるためである。謎の部屋の不思議を解明する、という課題である。放っておいてもいいのだが、デルフィーニは気になってしまったのだ。あの部屋がどういう条件で出現するのか。

 話し合いの時、ダンブルドアも部屋を出現させたことがあると判明した。ただし、デルフィーニの時のように物がごちゃごちゃと積み上がった、迷宮じみた部屋ではなく……おまるがいっぱいの部屋だったそうだ。ダンブルドア曰く「緊急事態」だったそうだ。部屋には決まった姿はないのではないか、とダンブルドアと意見が一致した。そこで今日、デルフィーニは己の行動を思い返し、試してみることにした。考え事をしながら廊下を行ったり来たりしてみたのだ。結果、部屋を出すことに成功した。今度はふかふかのソファと、ちょうどよさそうな卓と、本がたくさん詰まった本棚がある、いわゆる書斎のような部屋が現れた……。

 求める者に扉を開く部屋なのだ、とデルフィーニは解釈した。あながち間違っていないだろう。肉の父はホグワーツの教職に就こうとしたことがあったようで――幸いにもダンブルドアが阻止したが――その時にレイブンクローの髪飾りを隠したのだろう。なにかを隠すのなら、ホグワーツかグリンゴッツか、それか誰も見向きもしない場所にするであろうとダンブルドアは言っていた。だからこそ、ホグワーツにレイブンクローの髪飾りを隠し、誰も見向きもしない場所こと没落したゴーントの、その荒屋にペベレルの指輪を隠した。北極のどこかに埋めるとか、湖に沈めるなんてことをしていなくてよかった。手間が増えるところであった。

――確認できる場所がよかったのだろう

 これも、ダンブルドアが言っていたことだ。なにせ魂の欠片だ。本人すらも所在と状態を確かめることができない場所に、隠す気にはなれなかったのだろうと。

 肉の父はホグワーツに『分霊箱』を隠して、自分は賢いと思い上がっていたに違いない。さぞや満足していたことだろう。城の秘密は自分のもの、あの部屋は己にしか開けない……と。本当に詰めが甘い。世界で一番賢いと思い上がっている愚か者である。仮に、偶然の導きであの部屋を見つけたとしよう。そして冒涜した髪飾り、『分霊箱』を隠したとして――そこで満足すべきではなかった。あの「隠し場所」には、数多の――気が遠くなるほどの物品が層となり、時の迷宮と化していた。つまり、肉の父以外にも隠し場所を出現させ、利用した者はいたのである。遙かな昔から。

 肉の父は『分霊箱』を隠したその上で、自分以外は誰も踏み入れないように、と部屋に願うべきだったのだ。それとも、誰よりも深く不死の道へ入り込んだ男は、『分霊箱』の「たかが」ひとつに重きをおいてなかったのかもしれない。本体を一つと考え――『分霊箱』が六、魂を七つに切り裂いたのだから。既に一線を越えている男なのだ。もしかして、ポッターにまんまと逃げられたことで不安に駆られて『分霊箱』を増産していても不思議はない。己の魂の扱いが、あまりにも粗雑である。どこまで「悪いこと」をできるか、禁忌を踏みにじれるか試している節もある。情けないことだ。思春期の男子でもあるまいし。

「狂ってる」

 息を吐く。秋の真夜中に漂い、凍る。魂を裂くなんて、誰もやらない。やりたがらないと言ったほうがいい。魂なんて得体の知れないものを裂くことに、本能的な忌避を覚えるだろう――まともならば。だが、ヴォルデモートは正気ではない。厭な想像が過ぎる――ふ、と足を止めた。月の光を浴びて、デルフィーニは小さく震えた。あの墓場での夜も、月が浮かんでいた。

 禍つ星の眼と、背中の灼けるような痛みを思い出す。

――なぜ

 死の呪文を使わなかったのか。デルフィーニは傷つき弱っていて、いくらでも隙があった。悪霊の火なんて使わず、でデルフィーニを殺せたはずだった。速やかに、音もなく。

 娘だからか。予備だからか。それもあるだろう。だが、他に理由があるとすれば?

 歯が鳴った。かち、かち、と軽くて重い音がする。狼がデルフィーニに身を寄せる。ぬくもりが、デルフィーニを正気の側へつなぎ止めた。

「私を」

 『分霊箱』にするつもりだったのかもしれない。それか『分霊箱』のための贄にするつもりだったのかもしれない。

 どこまでも情のない男は、ハリー・ポッターに敗北し、墓場で逃亡を許しそうになり――自覚のないまま思ったのではないか。

 もしや自分は不完全な存在なのではないかと。

 だからこそただの赤ん坊に敗北し、ただの、無力なはずの子ども一人捕まえられないのではと。

 『分霊箱』が足りないのではないかと……。手近な娘を生かしておいて、使ってしまおうと……。

 生き物に魂を封じこめるなんて無謀にもほどがある。しかし「器」の「中身」を空にすればよいだけだ。殺してしまうか……気を狂わせて、本来の宿主の魂を破壊してしまえばよい。それができなければ贄として活用すればよいだけの話だ。非情な男なのだ。なんだってやってみせるだろう。

――ただの想像だ

 墓場での出来事が尾を引いているだけだ、と言い聞かせようとする。それでも、否定しきれなかった。ダンブルドアは言っていた。あれはもしかしてナギニを『分霊箱』にしているのかもしれないと。こうも言っていた。『分霊箱』は殺人によって――魂に傷をつける行為であると。鶏や豚や牛では足りないのだ。同族たる「人」を殺さねばならぬ。魂を裂くための贄がいるのだと。

 先生はどこでそのような知識をお知りになったのですかと訊けば、ダンブルドアは苦い顔をして「禁書の棚にあったのじゃ。撤去して儂が保管しておる」と返した。こんなものは処分にするに限るがとも言っていた。なにせヴォルデモート、当時のトム・マールヴォロ・リドルの眼に触れたばかりに、こんなことになったのだからと。ただの知識、おとぎ話であるはずだったのにと……。

 そう、ただのおとぎ話だったはずなのだ。不死に関する話はいくつもある。それを本気で実行したのがトム・マールヴォロ・リドル。殺人などなんとも思わない、どこかが欠けた男だ。

 彼は、こう思っているであろう。

 『分霊箱』になることは、不死への扉を開く贄となることは名誉である。価値を与えてやるのだから。

 たとえそれが娘でも同じこと。

 彼にとってはすべてが等しい(無価値)

 ◆

 闇の帝王と名乗る、頭のおかしい輩が復活しようが、学校は存在するし、授業もある。それがたとえ、どんなにつまらなく、無価値(ベリアル)であろうとも。

「……空き教室は危険って言ってなかった?」

 呟きながら、デルフィーニは広い背中をぽんぽんと叩いた。これで合っているのかは不明だ。はあ、と吐息が聞こえてきたから、合っているのだろう。セドリック・ディゴリーは大変お疲れなのである。デルフィーニを捕まえて、空き教室にひきずりこんで、抱きつくなんて「無体」を働くくらいには。

「なんにでも例外はある」

「都合のいい例外だわね」

 呆れて鼻を鳴らした。セドリックはかすかな笑いを漏らした――ようだった。なにせ抱きつかれているので、表情が窺い知れないのである。

「だって気持ち悪かったんだよ」

 それだけで、すべてを察した。ああ……。

「あの女になにをされたの」

「ただのお茶……でも、僕は「偽マッド・アイ」を捕まえた一人だし」

「なんとか嘘の証言をさせたかったと」

 芸のない女である。腹の立つこと。デルフィーニはセドリックとお茶に行けてないのに。ホグズミード行きは十月末日らしい。それまで我慢だ。厨房に寄ってもよいが――妖精たちが張り切りすぎるといけない。

 セドリック曰くあの女、デルフィーニに言わせれば気色の悪い蛙を踏みつける想像をしながら、デルフィーニは問いかけた。

「で、なにをされたの」

「お茶は飲まなかった」

「ハッフルパフに十点」

「手を掴まれて。魔法省のために真実を話してくれますね――」

「盗人の刑罰って、片腕を切り落とすのが主流だったかしら」

「君が手を汚す価値はないとも。それと、その刑罰が主流だったのは、古い時代のマグルのものだよ」

 温厚、忍耐強い、鋼の精神力を持つ男は、かなり過激な思想に傾いているようだった。片腕を切り落とすなんてそんな、と言うかと思っていたのに。どうしようデルフィーニのせいだったら……と視線をさまよわせた。うっかり切り落とすなんて口にしてしまった。でもだ、あんな蛙にぎゅっと手を握られる恋人を想像したらやはり始末するしかないのでは?

「生理的に気持ちが悪いという概念を、僕は身をもって理解したよ」

「素直に喜べない自分がいる」

 ため息を吐いて、ひたすらにセドリックを宥めた。よほど嫌だったらしい。

 もし空き教室を覗く者がいれば、デルフィーニとセドリックはバカップルにしか見えないかもしれないな。そんなことを思いながらも、抱擁から逃れる気にはならなかった。

 それは、どこか奥底に――本人すら覚えていない魂の記憶のせいかもしれない。

 かつて腐り落ちた時の枝(ヤヌスの柩)にて、誰かに側にいてほしいと願ったからかもしれない。誰かと抱き合って、穢れた闇に沈み――最期の最期も抱きしめられて、果てたからかもしれない。命をくれてやる、と言った誰か諸共に貫かれて。

 最期の最期、消えゆく意識の中で思ったのかも知れない。祈ったのかもしれない。知らぬままに、だからこそ、強く。

 黄昏の空(Ragnarok)を双眸に映しながら。

 しあわせになりたい、と。

 

 

「絶対引き取らないからな」

 叔父からの手紙を読み、アスラン家の若君は渋面になった。ああそう『分霊箱』を壊したと。大いに結構。だが、壊れた残骸を押しつけてこようとしないでほしい。

 ホグワーツに埋めればいいだろう、と返信を連ねる。ついでに、ペベレルの指輪も、スリザリンのロケットもそっちで持てばいいだろうと書いた。

 少し考え、ペベレルの指輪の本体――蘇りの石は木っ端みじんになったわけじゃないんだろう、と付け加えておいた。そうして、思うままに綴った。神秘部の予言を狙っているとしたら、なんとか卿が現れるとして、つまり――成功する確率は高いと思うよ俺も。なんとか卿がどの「『分霊箱』作製法」を採用したか、それとも独自に編み出したか、愚かな甥っ子にはわからないけれど。不死のおとぎ話は色々あるし、派生もしているだろうからね。そうそう、そもそもの「最初の『分霊箱』は『去りし魔法騎士一族』の宿敵が作ってね……いやあ、贄にされて殺されたみたいだよ、うちの一族の関係者。最悪だね。

 つらつらつら、と書いて、最後にこう締めくくった。

 親愛なる従姉によろしく。卿なんて片づけて、憂いなく過ごしてほしいもんだよ。

 手紙もとい雑談を送って、ふうっと息を吐く。

 椅子にもたれ、天井を見上げた。

「デルフィーニ・ブラックねえ」

 若君の従姉。本当は父方の又いとこで、母方の叔母。赤い眼の白いるか。英国の「ゴーント」。

 ただの血族だ。だというのになぜか気にかかっている。こちらは北米、あちらは英国にいて、距離の隔たりもある。幼いときから知っているわけでもないのに。

 幸せになればいいのにな、とどこかで願ってしまう。祈ってしまう。

 

 若君は知らない。

 破綻した世界、呪われた時の枝において、デルフィーニ――オーグリーとなにがあったかなんて、覚えていない。魂の記憶の奥底に眠っている。本人ですら忘れ去った記憶。彼が黒の大君(タイクーン)と呼ばれていたことも、オーグリーとともにあったことも、屍を積み上げ、数多の血を流し、汚濁に塗れ、禁忌を犯し、自ら代償を支払ったことも。最期の最期まで、死にゆくときもオーグリーの側にいたことも。なにもかもを。

 看取られて、闇に包まれる中で――そうと自覚しないままに願ったことを。

 たとえ腐り落ちる世界(のろいのせかい)であり、引き裂かれ、破りとられる一頁であったとしても。清算され、なかったことになるとしても。

 あまりにも、かなしいと。

 

 ああ、時の枝のどれかに、ありはしないかと。どうか、細い細い一枝でもいい、救いは与えられはしないかと。

 セドリック・ディゴリーが生存し、ゆがみは生まれず、黒の大君こと■■■■が守り育てたデルフィーニが健やかに育つ枝は、と。

 できることなら――叶うならば――。

 みんながしあわせになれる時の枝を願う、と。

 

 そして、本人たちの知らぬまま。

 気まぐれな神の御手が、黒の大君とオーグリーの祈り(なみだ)を掬い取ったのだ。

 

 

 

「……勉強会」

 十月三十一日。ホグズミード村『三本の箒』。奥まった一角でバタービールを少しずつ飲みながら、デルフィーニは灰色の眼を見やった。セドリックは簡潔に「うん」と返した。

「健全な勉強会」

 闇の魔術に対する防衛術の、と彼は囁く。そうして卓に身を乗り出し、デルフィーニの耳を熱い吐息で撫でるものだから……いささか、集中が乱れた。端から見たら逢い引き中の恋人たちにしか思われないだろう。ただし、デルフィーニ・ブラックとセドリック・ディゴリーではない「誰かたち」の逢い引きだ。デルフィーニは七変化で姿を変え、セドリックは変身術で髪の色をいじっていた。ちなみに、狼たちは色を変えようが目立つので、村の外れに遊びに行かせている。

 セドリックはデルフィーニを見て、「白いるかでもいいのに」とぶつぶつ言っていたが。デルフィーニは素っ気なく「白い生き物って目立つのよ」とだけ返した。特に英国では白銀の髪に赤い眼の容姿は没落したゴーントを思わせる。もはや姓が絶え、消えた一族の影を見るのだ。悪目立ちする。北米ならば、デルフィーニもさして目立たないとのことだが。彼の地にゴーントが渡り、血脈を繋いでいるのだそうだ。遠い血族である。

「教師があてにならないからね」

 セドリックが囁いているのは、甘い睦言ではなく極めて現実的な問題についてであった。デルフィーニはため息を吐いた。余人に聞かれたくないのなら、身を寄せ合うのが一番。二人は恋人どうし。不都合はないのだけど。

「……それはわかるけれど。わざわざ、ホグズミードで集まりを?」

 身内――ハッフルパフだけでやればいいじゃないの、と言うまでもなかった。セドリックは開心術士ではあるまいかと思うほど的確に、デルフィーニの隠された疑問を拾い上げた。

「発起人はハーマイオニーでね」

「グリフィンドールの才媛が」

 デルフィーニの声が低くなる。

「別に彼女と僕がどうこう、というわけじゃないよ」

 セドリックが早口で言った。耳がくすぐったくなって、デルフィーニは身を離した。息を吐き、バタービールを口にする。

「十一歳の子じゃあるまいし、馬鹿げた焼き餅なんて焼きません」

 釘を刺す。ハーマイオニー・グレンジャーがセドリックに気がないことなんて一目瞭然だ。彼女はビクトール・クラムと付き合っていたはずだ。現在も関係が継続しているかは知らないけれど。逆に、セドリックもグレンジャーに気なんてないだろう。浮気するような馬鹿男ではないのだから。万が一、セドリックが誰かの下へ走ったとしたら……デルフィーニの見る目がなかったのだ。浮気されたかわいそうな私、なんて言わず浮気相手もろとも制裁を加えるが。そんなドロドロした想像なんて考えるだけで嫌になる。ないない。絶対にない。

「君が聡明なのは知っているよ」

 セドリックはにやりとする。安っぽい嫉妬を露わにするかどうか、試されていたのかもしれない。悪い男である。四角四面の男よりはいいが。

「聡明な私は、あなたを選んだのよ」

 婚約者にね。

「悪かったよ婚約者殿。君に寄ってくる虫はさぞ多いだろうと、僕はおちおち安心していられないのさ」

「あなたが払いのけてくれるんでしょう?」

「もちろん」

 軽くじゃれついて、本題に入った。いや、戻った。

「グレンジャーが発起人ですって?」

 ホッグズヘッドに集まることになっている、とセドリックが補足する。デルフィーニは小さく唸り、概要を聞いた。発起人はグレンジャー。教えるのはポッターとのことだ。勉強会というよりも。

「ポッターを中心とした、闇の陣営への対抗組織、学生の部?」

 そんな感じだねとセドリックは頷く。

 才媛グレンジャーの狙いは、おおまかに言えば二つ。教師があてにならないので、学習の場を設けたい。大嘘吐きの虚言癖、精神疾患の疑いありのポッターがまともだと――ヴォルデモートの復活が本当のことだと周知したい。

――悪くはないのだろう

 ポッターがまともかどうか、一緒に過ごせばわかることだ。地道に「真実の環」を広げていけばいい。そして、ポッターもといグレンジャーの学年は、普通魔法試験があるのだ。大外れな教師に――いいや、役人に――付き合っていられないだろう。

「七年生のあなたは、ひとまずホッグズヘッドに行くつもりだと」

「寮や学年を越えた集まりってなかなかないだろう?」

 どうかな、とセドリックは期待に満ちた眼でデルフィーニを見る。デルフィーニは斜め四十五度に視線を逸らした。

「やめておくわ」

 ちなみに、ハッフルパフからは誰が? と訊いた。セドリックの答えを聞いて、ますます行く気が失せた。ザカリアスなんとかがいるのか。嫌だ。

「グレンジャーは数人って言ってたんでしょう」

 ハッフルパフだけでもけっこうな数である。もっとも、四つの寮の中で最大派閥を誇るのがハッフルパフである。寛容なるヘルガ・ハッフルパフのお陰で、数は多いし層も厚いのだ。逆に、偏屈なサラザール・スリザリンのせいで最も数が少ないのがスリザリン。「希なる、高貴なる純血」を誇る寮だけあって、数の大小なんてものは気にもかけていないが……。妙に温室育ちで頭でっかちだから、今までスリザリン……いいや、純血過激派が覇権をとれなかったのではないか、とデルフィーニは思っている。ハッフルパフ出身者をがっちりと囲い込むか手を結ぶかして、数の力も計算に入れて、魔法省に食い込んでしまえばよかったのだ。そうしたら何代も連続でスリザリン出身者が魔法大臣に、も夢ではなかっただろう。たまに純血過激派が魔法大臣になっても、あっけなく失脚して汚名を残している有様だ。マーリンを輩出した寮とは思えない体たらくである。情けない。

「集まらないとなんとも」

 セドリックはのほほんとしていた。ハーマイオニーのことが好きじゃない? と訊かれた。デルフィーニはどう答えたものか迷った。

「優秀だと思っているし、性根が曲がっているわけじゃないのだけど」

 たまについていけない時がある、とだけ言った。

 だってそうだろう。屋敷しもべ妖精解放運動を「勝手に」推進している女に、どう接すればいいのか。不死鳥の騎士団本部でそれなりに接触はあったし、勉強に関して話すのは構わないし、普通魔法試験の過去問――どんな問題が出たか、デルフィーニがメモしたもの――をあげるくらいには好意「らしきもの」はある。グレンジャーはいたく感激していたし、デルフィーニが問題をメモした経緯を話したら、眼を輝かせていたけれど。スリザリンにいるのは、裕福な子ばかりではないので試験対策の一環として役に立てればよい、と思ってメモをしただけなのだが。

 本当は談話室の隅にでも、いらなくなった教科書や試験のメモを置いたりする棚を設置したいのだが……貧乏が恥という気風が強い寮ゆえに「お古ボックス」を設置したところで無駄であろう。よって、デルフィーニが問題をメモして複写して「一つもふくろうをとれないなんて恥」と圧をかけつつばらまくしかないわけだ。なんだかな。施しに見えないように施すのって大変。

 話を戻そう。スリザリンの気風や「施しあるいはお節介」ではなく、グレンジャーについてだ。マグル生まれのグレンジャーは、以前にデルフィーニがたしなめて穏和しくなったと思ったのにまだ運動をしているらしい。障害があれば燃える性質なのか、ただの頑固者なのか……単に視野が狭いだけなのだろうが――とにかく、燃えている。そんなことより普通魔法試験対策に燃えろと言いたい。

 グリフィンドール生は、性根が曲がっていない代わりに暴走する。グレンジャーは「わたしの考えるかわいそうな妖精」の妄想から抜け出せていないとみえて、彼らを「解放」するために暴挙に出た。つまり、洋服刑の執行である。処刑人グレンジャーである。なにがどうしてそうなった。

 事が発覚したのは……とデルフィーニは頭痛の渦の中から記憶を引っ張り出した。とある日、城の厨房。差し入れを持って訪ねたデルフィーニは、さめざめと泣いている妖精と、それを取り囲んで震えている妖精たちという光景を目の当たりにした。いったい何事かと訊いてみれば、性質の悪い善意、視野の狭い暴走、洋服刑の執行の顛末が語られた。曰く「掃除の際に誤って手にとってしまい」「解放されてしまった」と。妖精の涙の源を見てみると、毛糸の塊……帽子らしきものであった。それを掴まされた現場はグリフィンドールの談話室だったと聞くまでもなく、デルフィーニには犯人がわかった。グレンジャーしかいないではないか。

 デルフィーニはさっさと帽子らしきものを燃やし、この世から消滅させ洋服刑の犠牲者数人を呼び、生徒の権限……とおそらく末裔特権でもって妖精を再雇用した。あなたがたも困っているのならダンブルドアに言いなさいと言っても、妖精は恐縮するばかりであった。仕方がないのでダンブルドアに手紙を送り「闇討ちのような洋服刑の犠牲となっても「解放」にはならない。特に本人が城で働きたがっているうちは」とダンブルドアから言質をとった。ついでに「なんで一生徒の闇討ち洋服刑で解放なんてされるのか」と文句も書いておいた。創設者たちも、まさか闇討ち洋服刑をするような生徒が出現するとは思ってもみなかったのであろう。あくどいグレンジャーめ。

 グレンジャーには羊皮紙二巻き分ほどの手紙を送った。美しい便せんやインクを使うのも惜しかった。

あなたがしていることは傲慢な行いにほかならない。妖精を解放すればいいという思い上がりはいかがなものか。明日から職がない不安に妖精を陥れてどうする。妖精の代わりに城中の掃除や洗濯や調理をするわけでもないのに、自分はいいことをしたと思いたいだけではないか。妖精の待遇に着目することはいいことだが、やりかたがあまりに稚拙だ。あなたがもし、気に入っている職場に「明日からこなくていい」と言われたらどういう気持ちになる? 無職なんて悪夢でしょう。そんなに妖精の待遇がご不満なら、魔法大臣にでもなって「改革」でもしなさい

 勢いのままに書き、森ふくろうに手紙を持たせた。そしたら、白いふくろうがやってきた。手紙を二通くわえて。

 一通目は「ご指導ご鞭撻ありがとうございます。私のやり方は強引だったんでしょう。でも誰かが問題提起しないといけない問題だと思います。デルフィーニ先輩は無職と言っていましたが、せめて妖精に「たくわえ」をもたせるくらいの給金は(以下十行ほど続く)」というグレンジャーからのものであった。そのあたりはホグワーツの屋敷しもべ妖精への待遇を参考にすればいいのでは、確か老後の面倒もホグワーツはみるはず……とだけ返した。なんでいつの間にか「先輩」になっているのか。なんで?

 さて二通目はポッターからであった。白ふくろうはポッターのともだちらしい。ハグリッドに誕生日の贈り物として買ってもらったそうだ。彼は丁寧な手紙をよこしてきた。

ハーマイオニーは手紙では元気そうだけど、実はかなり落ち込んでいるから、穏和しくはなると思う。正直、僕も「運動」に関してはどうかと思っていたから助かった。ありがとう。彼女相手に正論で滅多切りにできる人材って貴重なんだ」という内容であった。デルフィーニは頭を抱えた。思ったことを書いただけなのに滅多切りですって?

 デルフィーニはグリフィンドール、いいやグレンジャーの性質の悪さから意識を戻した。

「気をつけてねセドリック」

「なにをどう気をつけろと」

「勉強会をするのは構わないけれど、慎重にね。だってホッグズヘッドで集まるんでしょう」

 あのばっちい感じの酒場で。

「人がいないし、生徒は寄り付かないし……」

 なにが問題、と言い掛けてセドリックは天を仰いだ。

「白いるかみたいに目立つじゃないか」

 本当にと返す気力もなく、デルフィーニは眼を伏せた。

「ここの上階を適当な名目で貸し切ればよかったのよ」

「出たよお嬢様の暴論という、ガリオンに任せた解決法」

「うるさい」

 ぴしゃりと言って、セドリックを睨んだ。

「防衛術の勉強会なんて魔法省にとったら不穏でしょうよ」

 魔法薬学研究会とか変身術研究会とか、穏健そうな会に見せかけることね、と釘を刺した。

 

 しばらく日が経ち、セドリックから「勉強会の名前がダンブルドア軍団に決まっちゃった」と聞き、デルフィーニはただ眼を瞑った。けっこうな集まりになったので妖精たちが『必要の部屋』と呼ぶ「あの部屋」の存在をセドリックを通して伝えてやったというのに。用心して会合の日は不定期にするようにとも伝えたのに。

 ああ、地下運動、抵抗運動ごっこに夢中なポッターどもめ。そんな名前をつけたらダンブルドアまで巻き込むことになるでしょうに。アンブリッジがどこからか嗅ぎつけて、複数人の集まりには許可が必要という令を出したのを忘れたのか? クィディッチチームの再編成願いで各寮が動いていたのを忘れたのか。魔法省は団結を嫌う。軍団なんてもってのほかだ。

「……バカなの?」

「僕は防衛協会にしようと言ったんだ」

「ハッフルパフの数の力は?」

「裏切られたよ。みーんなダンブルドア軍団に一票だったよ」

 どいつもこいつも、とデルフィーニは毒づいた。

 

 

 学生時代はごっこ遊びに夢中になるよね、とレギュラスはため息を吐いた。娘からの手紙をひらひらと振り、卓に置く。娘は「ごっこ遊び」に深入りするつもりはないようだ。賢明なことである。軍団とやらにスリザリン生が一人。何事かあったときに的になるであろう。君子危うきに近寄らず。たとえ婚約者のセドリックがいようが――用心するに越したことはない。

 学生たちに構っている暇はない。レギュラスはそれなりに忙しい。たとえば、八月末にアズカバンに投獄されたスタージスを引っ張り出すなんてこともした。服従の呪文にかけられ、手駒になった挙げ句に無様にもアズカバンなんていう者がいたら、ヴォルデモートは不要と切って捨てていただろう。しかし、不死鳥の騎士団は冷酷な「切り捨て御免」ではないので、打てる手は打つのである。

 レギュラスがスタージスを雇用しているという体を整え、うちの雇い人がいないと困る……と訴え、ガリオンをいくらか積んで解決した。いくつかある邸の管理人、あるいは使用人、それか厩舎の……狼たちの……等々、なんとでもなった。およそ二ヶ月のアズカバン生活でやつれ果てたスタージスは、不死鳥の騎士団本部で療養中である。幸い、最下層あるいは最高層行きにはならなかったようだ。だからこそ正気を保てた。そうでなければ――天か地か、どちらかに入れられていれば、壊れていただろう。

「……しぶといものだ」

 最下層に入れられた、戦星の名を冠する女は未だに正気らしかった。くたばればいいものを。石にかじり付いてでも生き延びるつもりらしい。

 主が主なら、配下も配下か。子まで成した仲だからな、とこぼす。

「どちらも邪魔だが――」

 古びた指輪を手のひらで転がす。甥に押しつけようとして拒否されたそれを。輝く金。台座に嵌まる、割れた闇色。蘇りの石。

「ヴォルデモートをあちらにやるのが優先だ」

 ころころ、ころころと指輪を弄ぶ。

 古い古い遺物、『死の秘宝』の闇色の眼がレギュラスを静かに見返した。

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