「器用よね」
邪魔除け、盗聴防止等々を施した空き教室。デルフィーニはオンボロ椅子に腰掛け、つまみ上げたそれを揺らす。細長い、色鮮やかな花火であった。お馴染みフィリバスターの長々花火……ではない。
「ホグワーツを燃やし尽くすつもり?」
「やだなあ」
「ここが石造りのお城ってことを忘れてないかい?」
同じくオンボロの椅子に腰掛けた双子が言う。デルフィーニは空き時間で、双子も空き時間なのだ。そうして「ちょっと見てみないか?」と誘われてのこのこと空き教室までついてきたのである。
おかしいな、と思わないでもない。双子は七年生である。最高学年である。つまり、高等魔法試験を控えている身のはずだ。セドリックもロジャーも忙しくしている。だというのに双子は暇そうである。
「僕らには学業よりも大切なことがあるのさ」
「才能の浪費はしない」
花火を見て、双子を見てしていたものだから、内心を看破されたようだ。開心術を使えなくたって、人は心を読むことができるのである。双子は陽気で明るいお調子者、悪戯者であるが頭は悪くない。むしろ良いほうであった。だから、驚くには値しない。
「悪戯専門店ねえ」
彼らは三校対抗試合の代表選手たちから賞金を提供してもらっているそうだ。ダイアゴン横丁九十三番地に店を構えているらしい。といっても、開店は少し先。現在は通信販売と「石造りのお城」ことホグワーツでの販売に力を入れている。
「……悪戯専門店の金庫開設とか、お金の出入りのことで困ったら」
レギュラスに話を通してあげる、とデルフィーニは言った。デルフィーニは世間知らずだが、お店のあれこれが大変そうだというのは分かる。そして、二人はまだ学生だった。発想力と行動力は素晴らしいけれど、グリンゴッツにお店名義の金庫を開設できるかは謎である。ウィーズリー家は古い名家であるが、ここ数代は手元不如意、没落貴族である。小鬼たちが難癖をつけてくるかもしれない。
「心配ご無用」
「君の伯父さんのシリウスに相談している」
さすが双子、抜かりない。
古びた卓の上に並べられた『ウィーズリーの暴れバンバン花火』を眺めやり、ふっと息を吐いた。
「それなら安心」
「ところでデルフィー」
「苛烈なるレディ・ブラック」
ホグワーツを燃やしたいのって君の願望じゃあないかい?
声を揃えて言われる。まさか、と眼を逸らした。花火が目の前にあれば、燃やすどうこうの発想になるものだろう。だいたい、遊び道具なのだから……決して……。
「叩いたり蹴ったりしたら増えるんだ」
「
囁きに、思わず視線を戻す。青い二対の眼がきらきらと輝いていた。少年の無邪気な笑み? いいや悪魔の微笑みだ。
「基本火遊びセット五ガリオン、デラックス大爆発が二十ガリオン……」
ほかにも色々。双子は歌うように言う。
「どこかで一騒ぎ起こすつもりなんだけど」
「買わない?」
「ほらあ……恋人、いや婚約者を傷物にされてお怒りだものな」
「あの女を生きたまま焼くのは無理でも」
「いや君ならやりかねないが」
「事故に見せかけて完璧に」
デルフィーニは視線を双子から卓へと戻す。財布の中身はまったく問題ない。金庫をいくつか空にすれば悪戯専門店を買収だってできるだろう。やるとしたら経営に噛むとか……つまり共同経営者になるか、投資するかだろうけど。デルフィーニが買収したって仕方がないじゃないか。それに、お店は二人の夢だったようだし。ガリオンで横っ面をはたくのは無粋である。
つまり、デルフィーニは二人の発想力や商品開発力を買っているわけであり……。
「ここにあるもの全部、買ってもいいわ」
「毎度あり」
「まだ検討段階よ。お願いがあるのだけど」
「何をお望みかな、レディ・ブラック」
デルフィーニはガリオンの詰まった袋を卓に置いた。いちいち数えやしない。花火を買うのには十分だろう。それに「お客様の声」を届けるのにも十分なはずだ。
「消失呪文でも増えるようにして。あと、十倍……いえ、二十倍とか」
「やあ、君もなかなかワルだ」
「ようこそこちらの世界へ」
ほんと君、セドのこと好きだねーとにやにやされ、そっぽを向いた。
セドリックが恋人でも婚約者でもなく、友人だったとしても怒っていただろう。だって罰則を受けて手の甲に傷を――思い出すだけで腹が立つ文言を刻まれたのだから。うっすらと赤いその傷跡を見つけ、まじまじと見て愕然とした。あの女は七回地獄に落としても足りない、と心底思った。それにあれは邪悪だ、とどこかが囁いていた。まるで以前から知っていたように。
スリザリンの中でも下衆である。ましてや婚約者を傷物に……この表現はどうなのだろう……されたのだ。デルフィーニには怒る権利がある。当のセドリックは平気そうな顔をしていたので、余計に腹立たしかった。
「そんなに心配してくれるなら、接吻でもしてほしいなあ」と呑気に言われたので、手の甲にくちづけした……ら残念そうにされた。いい気味である。その後「敬愛もいいけれど」と、唇を奪われたのだが。なんて男だろうか。
密やかな触れ合いを心の奥底に放り込み、厳重に鍵をかけ、目の前のことに集中する。最悪ホグワーツがちょっぴり焦げたところでデルフィーニは痛くもかゆくもない。あの女がファッジからの命令――ホグワーツを支配下に置くこと――を完遂できなくて泣くことを思えば、気分爽快である。
「レディ・ブラックのお望みとあらば」
「やってみせましょう」
君の婚約者がグリフィンドールを破ったとしてもね、と。フレッドが軽く言う。ジョージはため息を吐いた。デルフィーニは何も言わないことにした。グリフィンドール対ハッフルパフ戦で、ポッターがスニッチを獲得した。しかし勝ったのはハッフルパフであった。僅差――十点差である。双子にとっては複雑だろう。一つはクィディッチワールドカップの決勝戦を思い出させるから。一つは「ビクトール・クラムがスニッチを獲るがアイルランドが勝つ」と予言したのにもかかわらず、双子は偽ガリオンを掴まされたから(この損失は三校対抗試合の賞金を投資され穴埋めされたが)、一つは、グリフィンドールが敗北した要因が彼らの弟にあるから。
グリフィンドールチームのキーパーはウィーズリー家の末息子である。スリザリンが「ハッフルパフの勝利に乾杯」と銘打って開催した祝いの会で口にしていた批評は間違いではない。ウィーズリーは守れない。ザル、いや枠。木偶の坊。
他人の不幸は蜜の味、な輪をデルフィーニは通り過ぎただけだった。グリフィンドールのキーパーを庇う義理などなかった。スリザリンが余計な茶々を入れないように、わざわざスリザリンの観客席で睨みを利かせていたのになんたるざまか、とほんの少し苛立っていた。セドリックは「勝てたのはうれしいけどこれは喜んでいいのか」と大変渋い顔をしていた。なにせスニッチを獲られたし、勝てたのは相手のキーパーが枠だったからだ。笑っちゃうくらいクアッフルが入ったよ、とセドリックの眼は虚ろであった。不完全燃焼というやつである。まったく誰も楽しくない試合であった。唯一、スリザリンだけが機嫌がよかったのではないか。
諸々の要因が合わさって、デルフィーニの機嫌はよろしくなかった。変に当たり散らさないようにさっさと寝ようと思っていたのに、バタービールを飲んではしゃいでいるどこかの愚か者の声が癇に障った。ポッターざまあみろ、ポッターなんて……嘘つきな負け犬ポッター……。
お前は鳩か、と言おうとするのをこらえた。ポッターポッターポッターうるさいなドラコ、と歯を食いしばった。この時点で怒りの十段階中三であった。が、愚か者の次の発言に、デルフィーニの眉間の皺が深くなった。
ああ、ディゴリーもたいしたことないな。結局ポッターにまけたし。あいつは令嬢のドレスの裾に接吻するくらいしか能がないのさ。あんな記者にぺらぺらと話して……。
愚か者ドラコは大変機嫌よく話していた。彼はデルフィーニが近くにいることに気づいていなかったのである。ついでに言えば、彼は人を貶すとき、舌の動きがなめらかになる種族であった。別名を性悪という。
同輩たちに肘でつつかれ、デルフィーニの存在に気づいたときのドラコの顔は見物だった。デルフィーニはじろりとドラコを睨み、制裁を加えた。純血貴族のお坊ちゃまに一発食らわせたのである。一定期間、誰かの悪口を言おうとすると沈黙呪文がかかるようにした。制裁の内容は色々考えたけれど、デルフィーニはとても優しいお嬢様なので手加減してやったのだ。マダム・ポンフリーにもどうにもできない強力な呪いなだけだ。
「一定期間」が過ぎて、ドラコはちゃんとしゃべれるようになった。時はすべてを癒すのだ。ドラコの性根まで改善されたかは不明。
磔刑の呪文級の痛みが襲うとか、顔に「沈黙は金、雄弁は銀」と傷を刻んでやるなんて罰に比べれば可愛いだろう。
デルフィーニは過去の記憶――ドラコに向かって鼻を鳴らし、双子に向かって手を振った。彼らが複雑なあれこれを抱えていようと、仕事はきちんとしてくれるとわかっている。
「じゃあ、凶悪な花火をお願いね」
やがて、三月が過ぎ、四月になり双子のウィーズリーの花火の改良版が納品された。デルフィーニはセドリックやロジャーやチョウに花火を配った。呪文学の教室でこっそりと……もとい、教師公認のもとで。「熱心な生徒が質問にきた」体である。教室の主は不在だが、そういうことになっている。あの女ことドローレス・ジェーン・アンブリッジはフリットウィックに一目置いている。だから、授業後の教室にまで干渉はしてこない。それが来年に高等魔法試験を控えた六年生や、今年に高等魔法試験がある七年生の集まりならばなおのこと。たとえその中に「扇動者」のセドリック・ディゴリーがいようとも問題はない。
加えて、あの女は調子に乗っている。不穏分子たちの集まりを崩壊させ、ダンブルドアを追い出したから。
「よくできてるなあ」
机に腰掛け、ロジャーが言った。
「消失呪文で二十倍か……」
チョウがにやりとする。
デルフィーニは「お付き合い中」の二人に釘を刺した。
「そのうち双子が狼煙を上げるらしいから、そのときにね」
寮内にばらまいておいてね、と指を振る。了解、とチョウが元気に答えた。きっと空元気だろうがデルフィーニが言っても仕方がないことだ。チョウの友人がDA――ダンブルドア軍団を密告したなんてことは。密告者は報いを受けたらしいし、ダンブルドアはアンブリッジの監視から逃れたかったので渡りに船だったらしいし、ダンブルドア軍団は誰一人退学になっていないし処罰も受けていないし、で損害は軽微であった。
密告者のなんとか嬢は顔に吹き出物で裏切りの烙印を捺されたが。死ぬよりはマシだろう。馬鹿な女である。保身のために自らの友人を売り飛ばしたのだ。どこが賢いレイブンクローか。単に小賢しいのである。
デルフィーニの婚約者も、友人たちも売ろうとした彼の女は、吹き出物くらいで騒ぎ過ぎなのだ。
「双子はいつ頃やるって?」
机――隣に腰掛けたセドリックが言う。四人とも行儀の悪いことをしているのだが、二十四時間三百六十五日、優等生でいられるわけがない。たまには行儀が悪いことだってしたいし、たまには悪戯だってしたいのである。
「熊だって小悪魔だって春には目覚めるものよ」
物思いから覚め、デルフィーニはさらりと答えた。双子はいつ、どこでとは言っていなかったが、ダンブルドアもいなくなったし、そろそろ「はしゃぎたい」だろう。
デルフィーニのおおざっぱな予想は的中した。
春のとある日、双子は狼煙を上げた。
優等生の仮面を着けたデルフィーニは、事態を収拾するふりをして、花火に消失呪文をかけて、かけて、かけまくった。
スリザリンにも花火を横流しすることも忘れなかった。
「楽しそうにやっているな」
はあ……とレギュラスは息を吐いた。
春になり、調子が戻ったようだ。花火で遊びました。結構。いくらでもやりたまえ。
あの女はやっぱり校長室に入れません。結構。入れるわけがない。あれは「自称校長」でしかなく、おまけに「スリザリンの末裔」によってあれは絶対に入れないようになっている。校長就任の手続きを踏んでいない上に、スリザリンの末裔の意向が働いている。どうやら城には意志らしきものがあるようで……つまり、ドローレス・ジェーン・アンブリッジは永遠に校長室に入れない。自称はいつまでも自称だ。
そもそも、とレギュラスは欠伸をする。此度の魔法省の介入は押しつけでしかなく、ダンブルドアは承認していない。よって、魔法大臣の権で以て教師を解任できなかった。命令書にあの女が署名しようとしたところで無駄であった。魔法大臣の署名も、あの女の署名も消えたのだ……。
娘からの手紙――暗号化されたもの――を卓に置く。
「ひとまず、つつがなく」
火の祝祭が執り行われたようです、とレギュラスは告げる。そうして『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の商品目録を卓に滑らせた。
皺だらけの指が冊子を開き、静かな笑い声がブラック邸に広がった。
「特別功労賞をやりたいくらいじゃの」
「安売りは駄目でしょう」
ダンブルドア、とたしなめる。彼のライトブルーの双眸は、きらきらとしていた。
そう、ペベレルの指輪――蘇りの石に向き合った時よりも。
夢中になって冊子をめくるダンブルドアをよそに、レギュラスはポケットに手を入れる。
そっと取り出したそれを手のひらで転がした。淡い輝きを放つ指輪をとっくりと見やる。
せっせと取り組んでいたがようやっと完成した。ダンブルドアがホグワーツを出奔してくれたのは僥倖であった。レギュラス一人ではもっと時間がかかったであろう。レギュラスはなんでもそつなくこなすほうだが、それだけだ。時の蓄積、経験値というのが足りない。ダンブルドアの手を借りたほうが早くて確実に決まっている。
なにせダンブルドアは大魔法使い。錬金術師ニコラス・フラメルの友人で、共同研究者。つまり、彼も錬金術師の端くれであり……。
物質を変化させるのは十八番である。
指輪をもてあそぶ。ころころころ。
レギュラスは眼を瞑った。
春は目覚めの季節。
彼がかつて忠誠を誓い、裏切った男は焦れていることだろう。
復活は果たした。駒も取り戻した。だけれども。
未だ予言を手にできていない、と。
ヴォルデモートは決して寛容ではない。気が長くもない。配下たちはさぞかしおびえているだろう。
そうして、主を促すのだ。いいや懇願するのだ。
ああ、我が君。あなた様がすべてを手にするさまを見とうございます……。
レギュラス・ブラックの想像は当たっていた。なぜならば彼は元死喰い人であり、闇の帝王をも欺き切った男であるから。闇の陣営の考えを読むことができた。
マルフォイ邸の一室で、戦星は禍つ星にすがり、囁いた。
どうか我が君。
予言を手に入れ、ハリー・ポッターめを殺しましょう。ええ、私が向かいます。あなた様がすべてを手に入れるためならば、何も厭いませんとも。今ならばこの身も軽い……。
やつれ、しかし美貌をとどめた戦星――ベラトリックス・ブラックはうっとりと呟いた。そうっと腹を撫でながら。
宿ったばかりのこの子に、輝ける夜明けを見せるためにも。
「……ある程度」
心を閉じられればそれでいいんじゃないの。
四月。イースター休暇中のとある空き教室――ではなく禁書の棚。おぞましいあれこれがみっしりと詰まった書棚にもたれ、デルフィーニはじろりと男――いや、少年――を睨みつけた。妖精を介してメモを届け、わざわざ呼び出しておいてくだらない用件とは。
「スネイプに期待しても無駄って、わかるでしょうに」
一応、闇祓いは最高の成績を求められるけれども。閉心術はあったほうがいい、あくまでも推奨なのだし。心をこじ開けられる感覚を掴めただけいいでしょうよ。
「今すぐ憑依なんてこともないはず」
心配性なダンブルドアが、万が一を考えてハリー・ポッターに閉心術を習得させようとしたに過ぎない。
つらつらと述べると、ポッターは肩をすくめた。彼はどんな魔法を使ったのか、夜間――就寝時間後の図書館に忍び込み、禁書の棚にもするりとやってきた。どうやら透明マントを持っているようだし、夜の散歩の心得もあるようだった。でなくば、待ち合わせの場所に禁書の棚を指定しないだろうが。
「僕だってなんにも期待していなかったし。どうも閉心術は向いていないみたいだし……それはどうでもいいんだけど」
忍び歩きが得意なポッターは、視線をさまよわせた。ほのかな明かりに緑が煌めく。母親から受け継いだ眼らしい。鮮やかなその眼を鑑みるに、リリー・ポッター旧姓エヴァンズは人気者だったのだろうな……とデルフィーニは想像する。赤毛に生き生きとした緑の眼、ちらほらと聞く彼女の人物像は「明るい優等生。茶目っ気もある」だ。これで人気にならないほうがおかしい。しかも、マグル生まれだというのに闇の陣営に勧誘されたくらいに優秀。つまり、とびきり優秀。
闇の帝王ヴォルデモート率いる陣営は過激な純血主義である。が、掲げている看板と行動が一致するとは限らない。本質的には「気に入らないものは滅ぼす」である。純血主義などただの飾り、都合のよい口実、我らこそ選良と思いこみたいだけの、幼稚な連中なのである。その看板がいかに適当かはヴォルデモート自身が証明している。デルフィーニの肉の父はいわゆる混血だ。虫のよいことにスリザリンの血筋を強調している。公的には出自不明で、おそらくスリザリンの血筋……かもしれない、自称末裔。ただの狂人であった。
話を戻そう。ハリー・ポッターは母親の緑の眼を受け継ぎ、父親の黒髪と顔立ちを受け継いだ。そして、彼の両親をデルフィーニの肉の父は殺したのだ。ポッターは聖人なのかなんなのか、両親がよほど傑物だったのか――ヴォルデモートと三回対峙して生き延びた時点で傑物である――デルフィーニを責めはしないが。いっそ罵倒されたほうが楽である。奇妙な疼きは、デルフィーニの自己満足、己への憐憫、なんてかわいそうなわたし症候群であろう。緑の眼からそっと視線を外し、デルフィーニは余計な感情を箱に放り込んだ。
「なにがどうでもよくないの?」
「……ねえ、シリウスと話せないかな」
できたらルーピン先生も。
鼻で笑うか否か、三秒迷った。そんなことを頼むためにわざわざ呼び出したのか……と。そもそも、なぜ「頼まれる側」が足を運ばなければならない。デルフィーニには関係がない等々、いくらでも言い返せた。ポッターとは友人未満であり、共犯者のようなものだ。彼には自覚がないのだろうが、デルフィーニの弱みを握っている。生き残った男の子が――いいや、いずこかにまします神が歌い上げた予言、示された可能性の一つを選び取った愚者によって「印されてしまった者」――が「デルフィーニ・ブラックはヴォルデモートの娘だ」と言えば、信じる者もいたかもしれない。現在、印されし、選ばれし者の信用は失墜しているから、もしもの話でしかない。
ただ、その気になればハリー・ポッターという少年はデルフィーニの生を終わらせることができるのである。たとえ告発されたとて、知りません勘違いでしょうヴォルデモートは狂っているんです、ブラック家の遠縁の子です、古い家なのでスリザリンの血が入っていても……そもそもヴォルデモートの出自は不明でしょう……で押し通すが。
ひとつだけ言えることは、ハリー・ポッターはデルフィーニ・ブラックを処刑台送りにする権利がある、ということだ。彼にその気がなかろうが、これは事実である。
――悩みがあるとして
実の父母になにか相談する、という手札をポッターは持っていないわけで。それは誰のせいかというとあれのせいで……。相談事があると持ちかけられた時点で断って、禁書の棚に行かなければよかっただけの話なのだ。
「成績に関することならセドか私か……というかグレンジャーがいるでしょう」
魔法薬学か、と水を向ければポッターは眼を細めた。
「学業相談じゃないんだよ。あの科目はそんなに得意じゃないけど……」
「スネイプは六年生……つまり高等魔法試験級に値する生徒を普通魔法試験で優の生徒とお考えよ」
ポッターが凍り付いた。そろそろ進路相談の時期であろう、と言ってみたのだが想定以上の衝撃を与えてしまったようだ。ポッターはけして馬鹿ではないが、グレンジャーのような優等生でもない。闇祓いへの道はかなり厳しいものになるのではないか。
「ホグワーツを優秀な成績で卒業、闇祓い試験突破が王道だけれども」
別の経路だってあるでしょう。一旦魔法省に入省して魔法警察に入って闇祓いへ、という経路があったはずだ。ほかにも色々と経路はあるはず……と記憶を掘り起こす。トンクスの情報だ。あとキングズリー。冬期休暇中の療養の際、彼らがお見舞いに来たのだ。
身体が弱くなければ闇祓いに誘っていたのに……と二人とも惜しそうにしていた。無茶を言わないでほしい。騎士団員の何人がデルフィーニの正体に勘付いているかは知らない。二人が察しているのかも知らない。デルフィーニが秘密を抱えていることは確かで、それは一生隠さないといけないものだ。闇祓いなんてとんでもない。昨日の友が明日の敵なんてことになりかねない。
――もし
健康体だったら、マッド・アイあたりはデルフィーニを排除しようとしただろう。彼はたぶん、デルフィーニが「誰」なのか察している。目こぼしされているのは、ひとえに虚弱だからだ。ヴォルデモートの片腕として動くこともできなかろう、後継者として闇の陣営を率いることも難があろう、と。
小さく息を吐く。じわじわと忍び寄る寒気を追い払った。
「話したい、と」
手紙じゃ駄目なのね、と念を押す。ポッターは肩をすくめた。
「電話は使えないし――アンブリッジの室から煙突飛行は危険だし……」
彼がじっくりと考えていたのはわかった。とても重要なのだろうということも。もしかしなくとも、スネイプがポッターの「授業」を放棄した件と関係しているのか。時期が合う。
電話とは声を届ける道具である。マグル製品だ。セドリック曰く――彼はマグル学をとっていた――面白い発想だ、とのことだ。誰でも使えるのがいいと。煙突飛行粉をつかって暖炉に頭を突っ込むよりは楽であろう。それに、守護霊の伝言は誰にでも使えるわけではない。話したいのなら姿くらましでもすれば……も同様だ。
声や映像を記録する道具ならばあるが――ポッターの要望には添えないだろう。イースター休暇を利用して帰省、できなくもないがポッターへの監視は厳しくなっている。それに彼は普通魔法試験を控えている。身動きしづらいだろう。
現在、ホグワーツの通信網は見張られている。手紙にも検閲が入る。ポッターやそのお仲間……ウィーズリーやグレンジャー、あとは「偽マッド・アイを捕縛した」「扇動者」のセドリックも同じくだろう。デルフィーニはか弱い、怯えきった令嬢で通っているので、監視は大変緩い。手紙くらいならばなんとかなる。検閲が入っても暗号化しているし、万が一破られてもたいしたことは書いていない。ポッターはデルフィーニが嘗められきっていることを知っていて、だからこそ相談相手に選んだのだ。
だいたいどれくらい話せればいいのかなどを聞き取って、デルフィーニは眼を瞑った。
「レギュラスに相談してみる」
シリウスに直接でもいいのだが、ただの「相談したい」がどのような影響を与えるかわからない。レギュラスにも情報共有しておくべきだ。
デルフィーニは鞄から便せんとインク壷、羽根ペンを取り出した。さらさらと字をしたためた。相談があるようです。一時間くらいかな。この手紙ともう一通をシリウスのところへ。
そうして、翌朝ふくろう小屋へ向かった。
返信には少し時間がかかるだろう。そう思っていたのだが、その日の夕方にはやってきた。
レギュラスとシリウスの連名の手紙だ。きっちり暗号化した上で、使者に持たせていた。
「ありがとう」
ウィンキー、とデルフィーニは囁く。寮の私室――個室だ――で、差し出されたそれを受け取った。
「シリウス様が学生時代にお使いになっていたようです」
ふうん、と言って、きらきらと輝くそれを魔法灯にかざす。小さな四角い鏡だ。両面鏡というらしい。対になっていて、一つはシリウスが持っている。デルフィーニの手にあるのは片割れであった。
デルフィーニは忙しく働いた。貴族を働かせるなんて、ポッターときたらなんて悪い子であろうか。
スネイプに扮して廊下で遭遇。邪悪な笑みを浮かべて「罰則だ」と言い渡し、連行。
「……びっくりするからやめてくれない」
「だって一番手っ取り早かったんだもの」
「その話し方やめて!」
空き教室にポッターの悲鳴が響く。面白いからこのままでいいかな、と思ったのだが、ポッターがあまりにも嫌がるから変身を解いた。てきぱきと話を進めた。親愛なるセブルス・スネイプの装束を纏ったまま、両面鏡をポッターに手渡す。
「対はシリウスが持っている。これで話せるでしょう」
ありがとう、とポッターは眼を輝かせた。少しだけ面倒だな、と思っていたのだが彼の素直な態度に「仕方がないかな」という気分になった。そもそもポッターには借りがあるのだ。
「空き教室でもいいのだけど……」
デルフィーニは呟き、顔をしかめた。高等尋問官親衛隊なる馬鹿どもがうろついている。いわば、どこの馬の骨ともしれないアンブリッジの狗である。嘆かわしいことに、又いとこのドラコがその「ごっこ遊び」に参加していた。純血主義を掲げながら、出自もはっきりしないどころか貴族でもなさそうな女の狗をするとは。愚か者めが。どれだけポッターが嫌いなのか。
邪魔が入らず約数十分、多く見積もって一時間。『必要の部屋』は場所が割れているし、要警戒となっているだろう。巡回され、監視されている可能性がある。グリフィンドール寮の室も駄目だ。ポッターは相部屋である。
デルフィーニの個人風呂を貸してもいいが……露見したときに協力者と見なされるのは困る。
デルフィーニは首を捻った。ポッターの顔に答えがないかと見つめ、ふと額の稲妻形の傷跡に眼をやった。
「ああ」
あるではないか。安全な場所が。
「デルフィー?」
ポッターが瞬く。デルフィーニは彼に耳打ちした。
「――でいいでしょうよ」
「正気?」
「念のため、時間稼ぎをしたほうがいいわね」
デルフィーニの思考は滑らかに動いた。なにせ「待て」の状況なもので暇なのである。レギュラスからは「ひとまず普通の学生生活を送っておいで」と言われている。が、暇なものは暇で、ちょっとしたお遊びに飢えていた。
「……彼らに頼みなさいな」
万事解決である。
後日。イースター休暇が明けた頃、デルフィーニは機嫌よく寮の室に戻った。
双子があれだけの大騒ぎを起こしたのだ。ポッターは無事に『秘密の部屋』で話し合いができただろう。ついでに双子の悪戯専門店の宣伝はばっちりだ。寝台に腰かけ、狼を撫でる。
「……寂しくなるわね」
一応、双子とは別れの挨拶を交わしたし、たっぷりと「置き土産」をもらったのだけど。一学年上の「お騒がせウィーズリー」は愉快な存在だったのだ。
セドリックと一緒に、夏休みに悪戯専門店を訪ねればいいか、と気を取り直す。恋人――婚約者は今年で卒業するのだが、それは考えないことにした。
学校で一緒にいられなくても、ひとまず夏休みがあるのだし。その頃にはたぶん、障害は取り除かれているはずだ。
デルフィーニは壁に貼った手配書を一睨みする。けたけたと笑う、黒髪の女がそこにはいた。
ベラトリックス・レストレンジ。旧姓ブラック。デルフィーニの肉の母。
「……私たちの邪魔はさせないわよ」
せいぜい「我が君」との蜜月を楽しんでいなさいな。
そう吐き捨てた白いるかは知らない。
悪戯な神の気まぐれによって、肉の母に命が宿っていることなんて。