ばかどらごん建国記   作:竹馬噺

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『ばかどらごん、メンチを食う』

 ターラー居住区の中心部に、とある店がある。居住区の街並みの中では比較的新しい居住まいをしていて、【ガスト・ミート】と刻まれた大きな看板を掲げているのが店の目印だ。

 店名から察せられる通り、【ガスト・ミート】は肉屋である。居住区の中では珍しく、店主は外からやってきた純ヴィクトリア人だ。元狩人である店主が十年前から営んでいる当店は、安いのに美味いと主婦の皆様に評判である。

 特に注文されてから揚げるメンチカツは絶品であり、何処ぞのばかどらごん含め、多くの客が熱心にリピートしている。

 

「──はい、おまちどうさま」

 

 時刻は午後三時を過ぎた頃。【ガスト・ミート】の改造された倉庫に、ヴィーヴルの店主の朗らかな声が響く。

 どん!と音を立て、四人がけのテーブルの中央に、山盛りのメンチカツが乗った皿が置かれた。

 黄金色のメンチカツからはじゅうじゅうと音を立てながら油っぽい湯気が立ち昇り、室内は旨そうな香りで征服された。席に座る純白の頭髪が特徴的なとある少年が、思わずゴクリと喉を鳴らし、尻尾を嬉しそうに揺らす。

 

「【陛下】お代の方は──」

「俺にツケておいてくれ。出世払いだ」

「はい、毎度あり」

 

 店主の問いかけに、【陛下】と呼ばれた少年が手を挙げて答えた。店主はにこりと微笑むと、「熱いうちにね〜」と言いながら倉庫から店内に戻って行った。

 

「さて……【鍛治師】」

「おう」

「【医者】」

「はい」

「【騎士】」

「……チッ」

「エッ……あ、いや、うん。【シャノン軍団】の皆、よく集まってくれた」

 

 少年は席に座る他の三人を見渡し、順番に名前を呼んだ。約一名がすごくカリカリしているが、皆、静かに席に座り、発言する機を待っている。

 

「招集した際に言ったが、今日は俺の重大な問題の解決に付き合ってもらう」

 

 少年は厳かに言うと、目の前に積み上がったメンチカツを指差した。

 

「今、目の前にあるシャイニングなメンチカツは俺からの依頼料、奢りだ……食べながらゆっくりと話し合おうじゃないか」

 

 少年は言うや否や、いそいそと自分の皿にメンチカツを取り分け、こほんと咳払いをした。

 

「それでは、今回の議題だが『妹に鈍器みてーな本を夜な夜な絵本がわりに読んだと嘘を吐いてしまった場合の解決策とは?』だ……皆、さっそく意見を述べてくれ!」

 

「──自業自得」

「──正直言って手遅れかな?」

「──あたしがアンタを殴る」

「ふむふむ、なるほどなるほど……」

 

 少年は三人の発言を聞き、噛み締める様に頷いて──バン!とテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「──血も涙もなしかお前らァ!」

 

 少年──シャノンの叫びが倉庫に響いた。

 

 

 

 ──【シャノン軍団】とは、居住区内でそれなりに知れ渡っている、ご当地不良集団である。人に迷惑をかける事はあまり無いが、個々人の事情でスラムを主な遊び場にしていた結果、気づけば一番目立つシャノンに準えてそう呼ばれるようになり、不良集団のレッテルを貼られるようになった。

 まだ全員が十歳に満たない頃に発足された組織は、頭目であるシャノン・ダブリンを中心とし、あまり人が関わりたがらない人物が三人集まっている。

 

 茶色と黒の斑模様の短髪の【鍛治師】──低身長と手先の器用さが特徴のドゥリンの少年、ドロポス・タッカーは暴走する機械ばかりを作り、最後には爆発騒ぎを起こす。

 綺麗な青色の長髪の【医者】──幅広な角が特徴のエラフィアの少女、レリア・ウッドベルは問題行動はしないが、本人の毒を操るアーツにより人が寄り付かない。

 艶やかな黒髪をポニーテールにしている【騎士】──頑健な肉体と側頭部の角が特徴のヴィーヴルの少女、グレン・エンプフィは鉱石病感染者であり、イジメてきた対象を逆に半殺しにし続けた。

 

 それぞれ孤立する理由を持っていた彼らを、爆発が効かず、毒も何故か効かず、グレンより腕っぷしが強いシャノンがいつでも遊べる友達として集め、一緒に『王国ごっこ』をしたのが集団の始まりである。

 友誼と愛称である呼び名は今でも続き、【ガスト・ミート】の空き倉庫を秘密基地として、彼らは頻繁に集まっていた。

 

「俺は解決策が欲しいって言ったわけで、トドメをさせとは言ってないの。分かる?」

 

 ──シャノンは妹達と昼食を摂った後、逃げる様に家を出て【ガスト・ミート】を訪れていた。いつ本の話題を出されるか気が気で無かったのだ。

 『よく集まってくれた』とは言ったが、もともと所用で集まる約束をしていただけの事である。

 これ幸いと相談を持ちかけたわけだが、アッツアツのメンチカツに反し、メンバーは『またか……』と言わんばかりにヒエッヒエな態度だ。

 

「そうはいうがのぉ……」

「だってねぇ……」

「……んぐんぐ」

「もっと頑張ってくれよぉ!メンチカツ美味しいだろぉ!?」

 

 シャノンは揚げたてのメンチカツを口に運びながら、懇願する様に叫んだ。倉庫の中には、メンバーが思い思いにメンチカツを食す音が飛び交っている。

 シャノンが右隣に座る【鍛治師】──ドロポスを見つめると、視線を受けたドロポスは童顔を歪めて苦笑し、口に運びかけていたメンチカツを皿に置いた。

 

「解決策と言われてもの、そもそも、儂としちゃあバカのくせにそんな厳つい嘘を吐いた理由がわからんのじゃ。素直に読んどらんと言やぁえかろうに」

「兄の威厳がかかってたんだ。俺は妹にダサいと思われたら生きていけない」

「少なくとも今は超ダサいぞ?」

「やかましいわ」

 

 シャノンはぷいと顔を背けた。老爺の様な口調で語られたドロポスの意見は、確かに正論である。しかし、今のシャノンが求めているのは常識を覆す邪道だった。

 

「じゃあいっその事、本当に読破してみるのが良いんじゃないかな?嘘が嘘じゃなくなって解決だよ?」

 

 すると、シャノンの左隣りに座る【医者】──レリアが、唇を拭いながら言った。

 読めば解決。その意見はシャノン自身も考えた事がある、が……

 

「──無理。読む睡眠薬だからね?あの鈍器。眠れない夜でも一発ですやすやだからね?」

「えぇ……」

 

 ついでに、枕としても最適ときている。

 レリアは呆れた様に声を漏らした。普段から医学書や薬学書を読んでいる彼女からしたら、本の一冊程度は読めば済む程度の問題なのかもしれない。

 

「……あと、既に本は焼却済みだ」

「え、なんで?」

「何でって、見つかったら危ないだろ?」

「自分の部屋に隠すとかすれば──」

「妹達が俺の部屋でよく昼寝してるから無理だ。今回もそれでやられた」

「えええええぇ……」

 

 シャノンはレリアの提案を、首を振って否定した。シャノンの部屋は妹の部屋、妹の部屋は妹の部屋なのがダブリン家スタイルだ。おちおちエッチな本も読めないのである。

 

「さて……」

 

 シャノンは、「プライベートとは……」と考え始めたレリアから視線を外す。そして、最後に対面に座ってメンチカツを頬張る【騎士】──グレンを見据えた。

 

「問題はオメーだ、グレン」

()によ?」

 

 グレンは行儀悪くメンチカツをフォークに刺したまま、皿に向いていた顔を上げた。ばかどらごんの気のせいでなければ、あれは五つ目である。

 

「何よじゃねーよ!なんで俺が殴られる事が解決策に何だよ!?あと、食い過ぎ!!」

「んぐ……うっさいわねぇ、こちとらスラムで*ヴィクトリアスラング*みたいなメシしか食べれてないのよ?久しぶりのシャバの飯なのよ?少しは大目にみなさいな」

 

 何とも悲惨な理由(くいいじ)だった。

 シャノンはグレンの物言いに、悲しそうに尻尾を萎えさせた。確かによく見れば、以前会った時より髪のツヤが落ちているような気がした。

 

「スラムもシャバではあると思うけど……おかわり頼むか?」

「倍頼みなさい」

「うん、分かった」

 

 シャノンはどうせ出世払いだと快諾する。今までの累積は数えてないが、店主はいつも「キニシナイデイイヨー」と菩薩の様に笑ってくれている。きっと、頑張って働けば返せる金額なのだろう。

 

「んぐんぐ……で?何であたしがアンタを殴るかって?単純よ、それでアンタの望みは達成されるもの」

「いや、それでされるわけっ……え、そうなの?」

「そうよ」

 

 グレンはシャノンの問いを軽くいなし、頷いた。

 シャノンが怪訝そうに見つめると、グレンはフォークが刺さったままのメンチカツを皿に置き、一口水を飲んだ。

 

「っはー……いい?まずアンタが本質的に求めてるのは、『読んでない本を読んだ様に誤魔化す事』じゃなくて『読んでない本を読んだという話題ごと忘れてもらう事』なの」

「うん?んんん?な、なるほど……?」

 

 シャノンは難しい言葉に、首を傾げながら納得する。

 

「だから、すればいい事はたった一つ。アンタの妹が、本の話題をどうでも良いと思える様な話題を用意する事よ……アンタの妹は何故かアンタに懐いてるようだし、あたしがアンタをブン殴れば、その傷を見た妹は本の話題なんて忘れて心配し始めるわ。それで解決よ」

「……分かりやすく言うと?」

「あたしアンタ殴る、アンタの妹おかんむり、本の話題がすっ飛ぶ」

「おかしいな、何故か筋が通って聞こえるんだが?」

「通ってンのよ、バカ」

 

 シャノンは「嘘だろ……」と衝撃を受けた様に呟く。殴って解決なんて、スラムでしか通用しないと思っていた。

 シャノンは震える右手で己の右頬を撫でる。差し出すとしたら、コイツである。

 

「じゃが、その理論じゃと絶対に殴られにゃならん訳ではないじゃろう?大きな話題を出せばいいのなら、別の方法もあるはずじゃ」

「──はっ!?確かに!」

 

 シャノンは差し込まれたドロポスの言葉に、はっと気付いた。言われてみれば、殴られる必要は皆無だった。

 ドロポスは「そうじゃろう?」と自慢げに頷き、グレンは「……ちっ」と舌打ちをして再びメンチカツを齧り始めた。

 

(危ねぇ!)

 

 シャノンは身震いする。あの舌打ちは確信犯だ。最後の最後に、罠を回避できた。

 

「ナイスだドロポス。お前のお陰で俺の右頬は救われた」

「うむ、感謝するんじゃぞ……というわけで、その話題作りとして陛下にはコレを献上しよう」

 

 ドロポスはニヤリと笑うと、懐から真っ黒なスリッパを取り出し、シャノンにうやうやしく手渡した。

 

「これは……ほっかほかだな」

「うむ、懐で温めておいたからの……それは儂が作った【ほっかほっかDAY】じゃ。もうすぐ冬の祭日が訪れる今日、冷える指先をあったかくする為の道具になる。これを妹にプレゼントすれば、大好きなお兄ちゃんからの贈り物に妹は狂喜乱舞、本の話題なぞ彼方へ消え去るじゃろう」

「おおおおおお!すげぇー!」

 

 シャノンはドロポスの解説を聞き、目を輝かせる。運命のイタズラか、【ほっかほっかDAY】はシャノンの求めるものを完璧に満たしていた。

 シャノンが主に誤魔化したい相手──エブラナは体温が低めであり、寒い夜はよくシャノンが抱きしめて暖めている程に冷えに悩んでいる。そこに【ほっかほっかDAY】をプレゼントすれば、エブラナの足指先はあったか、妹の笑顔に心もあったか、ついでにダブリン家の雰囲気もあったかである。本のことなんて、直ぐに過去の事になるに違いない。

 

「つ、使い方は?使用期限はいつまで続くのかしら!?」

「使い方は履くだけ。使用期限はおそらく無限じゃ」

「まぁ!なんて簡単な──ん?おそらく?」

「うむ。熱に反応して、儂のアーツを組み込んだ機械が熱を無限に吸収するからの。ほっかほかはいっさい逃げず……最後は爆発するから、おりを見て(ほう)ってくれ」

 

 シャノンは危険物を投げ捨てた。

 

「──グレン、俺を殴れ。殴ってくれ。俺は君を疑った。親友である君を、最後の最後に信じきれなかった。だから、どうか俺を殴ってくれ」

「いいわよ、頬洗って待っときなさい」

「おおい!?何故そうなるんじゃ!!?」

 

 ドロポスは慌てた様子で、急にスタンスを変えたシャノンに詰め寄る。だが、シャノンからすれば急にスタンスを変えたのは【ほっかほっかDAY】側である。日用品から爆発物へのイメチェンは人生初だった。

 

「何でもなにも、コレが危険物だからだろうが!妹に爆弾をプレゼントするやつが何処にいんだよ!」

「爆発する前に(ほう)れば無害じゃ!」

「するかもしれねぇってのが問題なんだよ!──あ、まて!拾うんじゃない!」

 

 シャノンは回収しようとするドロポスに先んじ、指先から白炎を迸らせる。白炎は【ほっかほっかDAY】に速やかに纏わりつき、影も残さず焼却した。

 

「あああああ!?なにをするんじゃ!」

「危険物処理だ!危なかったら大人しく捨てなさい!」

「そ、そんな……せっかく三色花火を仕込んだのに……」

「へぇ、それは見てみたか──って、やっぱり爆発が本命じゃねーか!」

「ねぇねぇ、シャノン」

「ん!?なに!?」

 

 ──ちゅ。

 

「…………へ?」

 

 頬に、軽やかで柔らかな感触。

 

「──これで、話題作りはできたんじゃない?」

 

 シャノンが呆然と左を向けば、赤いリップを手に持ったレリアが首を傾げて見つめてきていた。

 唇はリップの赤色に塗られている。

 

「ほっぺは触らないで。取れちゃうから」

「……あ、はい」

「そのままでお家に帰れば、妹ちゃんは大騒ぎ……に、なるよね?」

「……あ、はい」

「じゃあ、解決って事でいいのかな?」

「……あ、はい」

 

 ばかどらごんは固まったまま、こくこくと頷いた。

 

「おしゃかになっちまったのう」

「んぐんぐ……フンッ!」

 

 瞬間、シャノンの視界の端で、グレンの右手が振り抜かれた。

 

「──っづああああい!?」

 

 額に、軽やかで硬質な感触。

 シャノンは悲鳴を上げると、額を手で押さえ、突き立った物を抜いた。引き抜かれたのは、三又に分かれた鉄製の食器。フォークである。

 

「ごくん……メンチカツ、無くなったわよ。おかわり頼みなさい。額の傷はあたしからの話題提供よ」

 

 シャノンは激怒した。この邪智暴虐な娘を懲らしめてやらねばと怒った。

 人の額にフォークを投擲しておいて、何とも非道い態度である。

 

「グレンっ!おまっ「あとさ、アンタ忘れてない?」……え?」

 

 シャノンは早々に発言を遮られ、グレンの睨む様に言われた言葉に威勢を失う。

 グレンは深々とため息を吐いた。

 

「今日、そもそもあたしの用事で集まったんだけど?アンタの話が終わったなら、とっとと次いくわよ。あたしは暇じゃないの」

「……あ」

 

 シャノンは思わず声を出す。そういえば、今日はグレンの呼びかけで集まっていた。

 ちらりと時計を見れば、集まってからそれなりの時間が経っていた。

 

「──すみませんでした」

 

 シャノンは速やかに謝罪した。

 そりゃ殴りたがるわ、と、反省しながら。

 

 

 

 シャノンがメンチカツのおかわりを注文した後、倉庫には紅茶の匂いが漂っていた。テーブルには人数分の暖かいお茶が置かれており、束の間の食休み中である。

 

「……最近、スラムがヤバいわ」

 

 カップを包む様に持ち、グレンは静かに話し始めた。

 しかし、ゆっくりと立ち昇る湯気を見つめるグレンの瞳は鋭く、声音も先ほどより硬い。

 シャノン達も、真剣な表情で耳を傾けている。

 

「今までも、まぁヤバいにはヤバかったけど、あくまでメシが不味いとか、物が盗まれたとか、些細な事だったのよ……でも、ここ数週間のスラムは異常の一言よ」

「……何が起こってるんだ?」

「不審死が相次いでるのよ。おかげさまで、スラム中が疑心暗鬼になってるわ」

 

 シャノンが聞くと、グレンは顔を顰めた。

 

「毎日死体が見つかっているせいで、皆んな神経をすり減らしていってる……感染者の死体の処理なんて、自分の鉱石病が進行するからって誰もやりたがらないし。その意味でも最悪ね」

 

 グレンは吐き捨てるように言った。

 鉱石病感染者。このテラの大地で、最も差別や迫害される存在であり、その意味は重い。

 ──【鉱石病(オリパシー)】とは、体中が原石に置換されていく、不治の病だ。活性原石が体内に入ると罹患し、病状の進行の過程で様々な異変を齎す。

 特徴として、筋力の低下に、視覚や聴覚などの五感の異常がみられ、体表に黒い石が生えている者もいれば、体内の臓器が原石のよって置き換わっている者もいる。

 また、【アーツ】という、超常的な現象を起こす事ができる力を、体内の原石をエネルギー源として使用出来るのも鉱石病感染者の特徴であり、特定の分野においては非感染者以上の適性を示す事もある。だが、その代償として鉱石病の進行も進み、強大なアーツを持つ者は余計に疎まれ、迫害されてきた。

 しかし、鉱石病の感染経路はあくまで活性原石への接触等であり、感染者の生存中による他者への感染リスクはほぼ皆無である。あくまで、生存中に限るが。

 鉱石病の感染リスクは、罹患者が死亡すると発生し、脅威を格段に跳ね上げる。感染者の死体は、強力な感染源へと変貌し、新たな感染者を生む元となる。

 だからこそ、彼らの死と、あとに残る死体はデリケートな問題であり、迫害を加速させる理由となっているのだ。

 

「しかも最近、都市外(そと)から感染者移民が雪崩れ込んできたでしょ?彼らを犯人と断定してる奴らと余所者とで対立が始まって、余計に緊張感も高まってる。今はギリギリで耐えてるけど、今の状況が続けば、必ず暴発する。居住区へも間違いなく影響が出て、とんでもない事態になるわ……アンタもここに住んで、スラムに来た事あるなら、居住区とスラムの関係は知ってるでしょう?」

「……ああ、勿論だ」

 

 シャノンは苦々しそうな表情で答えた。

 ヴィクトリア帝国ウェリントン公爵領オークグローブ郡ターラー居住区。シャノンが覚えるまでに三日かかった呼び名こそが、シャノン達が暮らしている場所だ。

 名の通り、この居住区はヴィクトリア帝国ウェリントン公爵領に属しており、ヴィクトリアでは珍しくターラー人への差別が比較的穏やかであると知られている。ターラー人は自分の希望通りに職業、教育、文化、交流を選ぶ事ができ、ヴィクトリアの多くの地域に見られる差別的な政策も敷かれていない。

 職業差別、言論弾圧、顔を合わせるだけで嫌悪される地域に比べると大きな違いだが、しかし、差別と全く無縁であるわけではなかった。

 

「うちの居住区は──感染者差別がひどいからな」

 

 ターラー居住区による、路地裏やスラムに住む鉱石病感染者への態度は、まさしくこの移動都市の外で自分達に向けられる仕打ちと似た様なものだった。

 オークグローブ郡はターラー人差別があまり蔓延していないせいか、その皺寄せとガス抜きは、公的に差別しても罰せられない感染者達に向けられている。

 差別の螺旋の最下層。都市全体で差別される彼等は、導かれるように同じ被差別者であるターラー人たちの所へと集まっていった。

 だが、ターラー人は今の立場を失うことを酷く恐れ、感染者を匿っていると思われないよう、感染者への態度をより硬化させたのだ。

 行き場のない感染者達はターラー居住区にあるスラムに根を張り、身を守る為に寄り集まるようになった。今でもスラムの治安は日に日に増える感染者や、彼らを隠れ蓑にしようとする犯罪者によって荒れ続けている。

 

「ええ、そうよ。でも最近はママと……都合の良いヤツがいたお陰で、関係は少しづつ良くなっていたんだけどね」

 

 グレンはため息を吐いた。

 グレンの母は感染者であり、ターラー人でもあった。スラムの顔役である彼女は積極的にスラムと居住区の橋渡しを担っており、シャノンの妹が生まれた頃には、両者の関係は比較的穏やかになっていた。

 しかし、もう一人の都合の良いヤツに関してはシャノンは聞いた事がなく、不思議そうに尻尾を揺らした。

 

「──だからこそ、今回の事態は本当にヤバいのよ。暴発によって居住区に影響が出れば、今までの関係は水の泡。また差別が酷くなるわ……話は理解できたかしら?」

「ああ、要は早く問題を解決しないといけないんだろ?分かってるって」

「……まぁ、それを分かってるならいいわ」

「……」

 

 まるで理解できていない様な言い草である。

 グレンはシャノンのジト目を気にせず、静かに三人を見渡した。

 

「と、いうわけで、皆んなには解決を手伝って貰いたいんだけど……いいかしら?」

「儂は構わぬぞ」

「私も出来る限り手伝うよ」

「……ごめん。実は俺バカだから、推理とかはちょっと」

 

 シャノンはドロポスとレリアに続く形で、悲しそうに言った。今日、妹達に知能面で叩き潰されたばかりである。

 

「誰がいつアンタの脳みそに期待してるっつったのよ……手伝ってもらう内容は、ウチのママの権力強化よ」

「……権力強化?」

「ええ、スラムに最低限の秩序をもたらす為に、ウチのママの名の下にスラムを支援して纏め上げる。皆んなにはその支援を協力してもらいたいの」

 

 グレンはそう言うと、ドロポスの方を向いた。

 

「ドロポスには、工務店(実家)からいらない物を持ってきて貰いたいの。あと、スラムにある物の中で、まだ使えそうな物の修理をしてくれると助かるわ」

「おやすいごようじゃ。商工会の他店にも、要らぬ物があるかを聞くように親父に頼んでみよう」

「ありがとう。助かるわ」

 

 ドロポスは胸を叩き、快く引き受ける。

 グレンは顔を綻ばせて礼を言い、次はレリアへと顔を向ける。

 

「レリアは医療系アーツが使えるでしょ?スラムで傷ついた人の治療をして欲しいの。ついでに……制圧用の麻痺毒とかを作れるなら、貰いたいわ」

「任せて。うちの治療院にある期限がギリギリのお薬とかも、こっそり持っていくね」

「ありがとう。でも、無理はしないで」

 

 グレンはそう言うと、最後に自信満々に胸を張るシャノンと向き合った。その尻尾は『まかせろ!』と言わんばかりに揺れている。

 

「アンタは……ママのシマでほっつき歩いとけばいいわ」

「…………え、それだけ?」

「ええ、それで充分よ」

 

 シャノンはぽかんとする。言ってはあれだが、二人に比べて活躍が地味な気がした。

 兄の威厳に続き、リーダーの威厳がピンチである。

 

「俺ってその、あれだ……火加減は得意だぞ!」

「いらないわ」

「ええっと……あ、子守も得意だ!」

「いらないわ」

「家にある鈍器みてーな「いらないわ」……そっすか」

 

 シャノンは悲しそうに尻尾を垂れ下げ、俯いた。これではまるで役立たずである。

 

「アンタは、顔を見せてくれるだけで一番役に立つのよ」

「え、そうなの?」

 

 シャノンはグレンの言葉に顔を上げる。グレンのまっすぐな瞳と目が合った。

 

「そうよ。アンタって一部の居住区の住民から気味悪いくらいに人気でしょ?」

「──まぁそうだな」

 

 シャノンは迷わず即答した。

 

「言い切ったぞ」

「言い切ったねぇ」

「そこ、茶々いれないの……そのアンタが、スラムを何とかしようとしているポーズを示すだけで、色々と助かるのよ。それだけで、居住区から支援物資が送られた事もあるくらいだし」

「まじ?おれ役に立つ?」

 

 シャノンの問いに、グレンは頷いた。

 

「ええ、超立つわ──そんなしょぼくれた表情じゃなければね」

「はん……バカ言え、俺はいつでも超元気だっての」

「ふん、スラムでもそうやってなさい」

「任せな」

 

 シャノンはグレンの発破に、ニヤリと笑みを浮かべた。垂れていた尻尾も、再び自信満々に揺れている。

 シャノンの返事に、グレンは少しだけ満足げな表情を浮かべた。

 

「……後は、それぞれで支援者を探してくれると助かるわ。今はとにかく何もかも足りてないもの」

「「「了解」」」

 

 グレンの言葉に、全員の返事が重なる。確かにこの緊急事態では、人数は多い方が良いだろう。

 

(支援者ねぇ……)

 

 シャノンにとって支援者として浮かぶのは、まず倉庫をタダで貸してくれている【ガスト・ミート】の店主、八百屋の店主、魚屋の店主、菓子屋の店主、パン屋の店主、惣菜屋の店主、飲食店の店主…食品関係はやたら手厚い。

 くいいじどらごんがそれ以外を想像していると、ふと、脳裏にある灰色がよぎった。

 

「……あ」

「何よ、良い案でも思いついた?」

 

 小さな呟きに、グレンはすぐに反応した。シャノンは嬉しそうに頷く。

 

「ああ、俺の先生に協力をしてもらうのはどうだ?あの人に手伝って貰えたら、多分一気に解決すると思うぞ?」

「アンタの先生っていうと……あのヘビ女?」

 

 シャノンの明るい声音の提案に、グレンは汚いオリジムシを見たかの様な表情を浮かべた。

 先生とは、シャノンが半年前から個人的に師事している灰髪の女性である。本人はトランスポーター、傭兵、研究者を兼任していると言っており、その実力は折り紙つきだ。

 おそらく共通の人物が思い浮かんだはずだが、しかし、印象が大分違う。もっと言えば、種族の認識にも相違がある。

 

「ヘビ女?確かに尻尾は生えてるけど、先生はリーベリだって名乗ってるし……どっちかってとトリ女じゃねぇか?」

「どうでも良いわよ、あの女の種族なんて……悪い事言わないから、あの女に頼むのはやめときなさい」

 

 グレンは蛇蝎のごとき表情で言った。

 

「何でだよ、先生の知識と実力はグレンも知ってるだろ?」

「それ以上に性格がクソよ、あの女。初めて会った時、値踏みすように見てきたかと思えば、直ぐに石ころを見るような目を向けてきたのよ?アンタが懐いてる理由が理解できないわ」

 

 グレンは苛立たしげに吐き捨てた。相当に相性が悪そうだ。

 しかし、グレンも決して先生の実力を貶しはしない事から、彼女も先生に協力を頼む利点に気付いているのだろう。

 

「グレンが先生の事が嫌いなのは分かった……けど、今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ?さっき自分で言ってたろ、何もかも足りないって」

「……チッ」

 

 シャノンが宥めると、グレンは舌打ちして目を瞑った。

 かん、かん、かん、とグレンが指先でカップを打つ音が響く。ややあって、グレンは苦渋の表情で目を開けた。

 

「……分かったわ。なら、あの女にはアンタから協力を頼んでみて。でも、対価はスラム(うち)が払うと言いなさい。アンタは何も差し出すんじゃないわよ」

「任せろ、パパッと協力を取り付けるてくるさ」

「本当の本当に、アンタは協力を頼むだけにしなさいよ?」

「おう!」

 

 シャノンはサムズアップをすると、ちらりと時計を見た。時刻は午後4時を少し過ぎた頃だった。

 この時間なら、今から先生の所にも行けるだろう。

 

「じゃあ、俺は早速先生のトコに行ってくる。今の時間なら家にいると思うし」

「もう行くの?」

「ああ、こういうのは早い方が良いだろ?」

「……そうね」

 

 シャノンは、あくまでも嫌そうなグレンの表情に笑いながら、席を立った。

 

「明日も確か、三時にここに集まれば良いんだよな?」

「ええ、忘れずに来なさい……せいぜい、じっくりやりなさいよ」

「分かってるって!」

 

 シャノンは明るく言うと、コートハンガーに近寄り、自分の上着を取って上から羽織った。

 

「また明日じゃの」

「また明日ね〜」

「……また明日」

「ああ、また明日!」

 

 シャノンは笑顔を浮かべてひらひらと手を振り、倉庫から出た。




【修正情報】
先生の髪色『緑色』→『灰色』でござった。
ばかさくしゃをユルシテ…
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