ばかどらごん建国記   作:竹馬噺

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【修正情報】
前話の先生の髪の色、緑色じゃなくて灰色です。
ばかさくしゃをユルシテ…

感想・高評価・お気に入り登録大感謝です!誤字報告もすごい助かりました!見つけ次第、何やってんやワレェと報告お願いします(>人<;)


『ばかどらごん、先生に会う』

 シャノンが店を出ると、ターラー居住区は燃えるような夕焼けに染められていた。ガスト・ミートの外は立地もあってか、人の賑わいがまだ残っている。

 シャノンが大通りの真ん中まで歩くと、びゅうっと、冬の乾いた風が吹き抜け、シャノンの髪を揺らした。生まれつき寒さには無縁だが、この季節の風には心地よさを感じていた。

 街は冬の祭日に合わせて模様替えをしていて、ターラー文化らしい華美過ぎない牧歌的な飾りがよく目に映る。シャノンはその中に、ラフシニーがよく作っている花冠を見つけた。

 

(そういえば、一緒に出ていないな)

 

 ふと、最近は妹と一緒に出掛けていない事を思い出す。シャノンはこの時期になると、毎年二人の妹を連れて一緒に出掛けているのだが、今年はまだだった。

 おでかけではシャノンが毎年見栄を張り、なけなしの小遣いで妹達にプレゼントを買ってあげるのがお決まりだった。

 みにどらごんが互いのプレゼントを見せ合い、笑い合っている姿を想像するだけで胸が暖かくなる。

 

(……あ)

 

 シャノンが街を眺めていると、建物の隙間に数人の浮浪者を見つけた。彼らがゴミ箱を必死に漁る姿に、浮かれていた心が沈む。スラムの治安の悪化の影響を、嫌でも感じられた。

 シャノンは表情を硬くすると、歩調を強める。浮かれるのは、やる事をやってからだ。

 シャノンは大通りの途中にある、一つの脇道を右に曲がった。何度か分かれ道を経由して、細く入り組んだ路地へと足を踏み入れる。より狭く、より暗い裏道を選んで歩を進めていくと、だんだん風の通りが悪くなり、少し重い空気が肺に入るようになってきた。建物の汚れやシミも目立つ様になり、地面の舗装も荒れている。夕焼けの赤を食い潰す様に、薄暗闇がどんどんと視界に広がってきた。

 ここは、スラムと居住区の境目だ。居住区は移動都市の端に存在しており、最も外縁部に位置しているのが、グレンら感染者の住むスラムになっている。

 歩を進めていく最中、何度も地面に寝転がっている浮浪者を見かけた。その多くが、鉱石病感染者の特徴である原石クラスターを肌に生やしていた。普段よりも多い感染者の人数に、グレンが言っていた、都市外から多くの感染者移民が来たという事実を実感した。

 清潔な服を着ていて、妹に似て容姿が優れているシャノンは、しばしば彼らの視線を集めた。恨みや怒り、助けや懇願を込めた様な視線は背を掴まれるようで、シャノンは視線を振り払うのがつらかった。

 やがて、シャノンは隠れる様に建つ住居に辿り着く。目的地である、先生の家だ。

 住居には頑丈な鉄製の扉が取り付けられていて、シャノンがノックするとガン!ガン!と重厚な音を響かせた。

 

「先生!シャノンだ!いるなら返事してくれ!」

 

 しかし、シャノンが呼びかけてみても反応は無い。

 シャノンがノブを握ると、かちりと音を立てて扉がゆっくりと開いた。鍵は掛かっていないらしい。

 

「……先生?」

 

 シャノンは扉を少し開くと、隙間から中を覗く。

 寂れた外見に似つかわしくない、洒落た雰囲気の部屋が見えた。机にはいつもの様に資料が積み上がっていて……カーペットの上には、灰髪の女性がうつ伏せで倒れていた。

 

(……え?)

 

 灰髪の女性なんて、シャノンの知り合いには一人しかいない。

 シャノンは慌てて扉を全開に開けた。

 

「せん──っ!?」

 

 先生、と呼びかけようとした時、うなじがぞわりと粟立った。

 シャノンがさっと伏せると、頭上をナイフが通り過ぎ、部屋の壁に突き立った。その角度を、シャノンはしっかり見ていた。

 

「──ガァア!」

 

 シャノンはノブを引っ張って扉を片手でもぎ取ると、ナイフが放たれた方へ振り向きざまに投擲した。ついでに左手で外壁を抉り取って程良く握りつぶすと、石の散弾として放とうとして──目を見開く。

 そこに人影は無く、ひしゃげた扉が壁を貫く瞬間だけが見えた。シャノンが縦に割れた瞳孔をギョロリと走らせ、隅々まで確認しても、人が潜めそうな場所は見当たらない。

 

「ざぁんねん、ハズレよ」

 

 シャノンが膠着していると、首元にするりと腕が巻かれ、耳元で女性の甘い声が囁かれた。反射的に尻尾で背後の人物を弾き飛ばそうとするが、尻尾は既に相手の尻尾によって巻かれていた。肘打ちも、緑色の翼で防がれた。

 

「降参だ……」

 

 シャノンは左手の礫を離し、両手を上げた。この頃には、シャノンは相手に敵意が無い事と──その人物が自分の尋ね人であると分かっていた。

 

「ふぅん?じゃあ──家を壊したよわよわどらごんに、お仕置きをしないとね?」

 

 しかし、相手はそのままぴったりとシャノンに抱き付き、ふぅと耳に息を吹きかけた。女性の肉感の良さと、花の様な香りにシャノンは慌てる。

 

「あ、ちょ!?先生待って!?」

「もうっ、ホルハイヤって呼んでって言ってるでしょう?ばかどらごんね」

 

 灰髪を揺らしながら、先生──ホルハイヤは悪戯げに笑い、耳をかぷりと甘噛みした。

 

「い、イヤっ!イヤっ、イヤぁーーーー!!?」

 

 シャノンの悲鳴が、虚しく響いた。

 

 

 ──シャノンがホルハイヤと名乗る女性と出会ったのは、半年前の事だ。シャノンがグレンの家に遊びに行く道中、スラムでやたら強い暴徒を返り討ちにした時に、ホルハイヤに声を掛けられた。

 

『貴方、面白い炎を使うのね?』

 

 ホルハイヤはシャノンが構える炎を見つめ、瞳を輝かせながら言った。シャノンが警戒心を顕に『あんたは?』と問うと、嬉しそうに笑った。

 

『私はホルハイヤ。本職は研究者だけれど、傭兵やトランスポーターも兼業しているわ……貴方の事も、教えてくれないかしら?』

『え……ナンパ?』

 

 そこから二人の親交は始まった。

 ホルハイヤは、シャノンにトランスポーターとしての技術と心得を。

 シャノンは、自身の炎をホルハイヤに研究させる事と実験の協力を。

 週に一度の、互いに対価を差し出しての関係だったが、ホルハイヤの卓越した実力に、シャノンは早々に『あんた』から『先生』に呼び名を変え、親しげに接する様になった。

 半年もいると、シャノンは彼女の事が色々と分かってきた。頭の中に図書館が入っているかの様な、膨大な知識。年の差が十歳ほどしか違わない事。何やら珍しい種族であるらしく、『ククルカン』なるものを追い求めている事。イタズラ好きな事。

 だが、尊敬する先生が心から望む事は──シャノンには分からないままだった。

 炎の謎を解き明かし、狂気的な笑みを浮かべる研究者としての貌を見せたと思えば、シャノンをからかって少女の様に無邪気に笑い、等身大の女性としての貌も見せてくる。

 どれもがホルハイヤであり、どの望みも真に見えてしまう。ずっとずっと真剣で、シャノンには、彼女は生き急いでいる様にも見えた。

 いつか、本当に彼女が望むものを教えてもらうのが、今のシャノンの目標の一つだ。

 

「うううう……もうお婿にいけないよぅ」

 

 ──ついでに、いつか先生を返り討ちにしてみたいとも、シャノンは思った。

 先生──ホルハイヤのお仕置きから十分後、シャノンは部屋のソファに寝転がっていた。

 耳や首筋には噛み跡があり、乱暴された生娘の様にめそめそと震えている。でも、ちょっと嬉しかったのは内緒である。

 えっちなおねえさんには勝てないのだ。

 

「ふふっ……その時は私が貰ってあげるわ」

 

 ホルハイヤはくすくすと笑いながら、カップを二つ持って対面のソファに腰掛けた。

 ホルハイヤとの結婚生活……何故か椅子になっている自分がシャノンには想像できた。

 

「……やだ、意地悪だから」

「あら、生意気ね」

 

 ホルハイヤは机の上に、シャノンが持ちやすい様にカップを一つ置いた。

 

「はい、飲み物を用意したから、これを飲んで元気を出しなさい?」

「ありがとう」

 

 シャノンはゆるゆると起き上がり、カップを手に取る。くんくんと匂いを嗅げば、記憶にない芳しい香りがした。

 

「……何コレ?」

「ミノス・ミストという飲み物よ。私のお気に入り」

「ふーん」

 

 シャノンは不思議そうに尻尾を揺らしながら、カップをあおった。味はまずまず、喉を通る時にカッと焼ける様な感覚がした。

 シャノンがミノス・ミストを飲む様子を、ホルハイヤは興味津々に見つめていた。

 

「うぇ……先生、俺これ苦手かも」

「それは残念……ねぇ、何か変な感じとかはしない?」

「美味しくない」

「味の感想じゃなくて、なんかぼうっとしたり、フワフワしてきたりとか……」

「別に無いけど」

「つまんないの」

 

 ホルハイヤは興味が失せたのか、観察を止めて自分の分のミノス・ミストをあおった。シャノンは尻尾を垂らしてカップを机の上に戻した。

 

「……それで?今日、ここに来た理由は何かしら?私達の関係は、暇になったら遊ぶってものではないでしょう?」

 

 ホルハイヤは足を組み、妖しげな笑みを浮かべた。

 確かに、シャノンが週一回の約束以外で訪れたのは、今日が初めてだった。

 シャノンは背筋を伸ばし、キリッとした表情を作る。ここからは真面目な話だ。

 

「俺は別に遊びに来てもいいけど……今日は、ちゃんと用事があってきたんだ」

「へぇ?何かしら?デートのお誘いなら、喜んで付き合うのだけれど」

「えっマジで?じゃあ……って違う!」

 

 シャノンはぶんぶんと頭を振る。くすくすとホルハイヤの笑い声が聞こえた。まずい、遊ばれている。

 

「用事としては、協力の依頼になる。最近、スラムで起きている問題の解決を手伝って欲しいんだ」

「それは、貴方個人の要求かしら?」

 

 ホルハイヤは首を傾げた。

 

「え?いや、スラムからのお願いになると思う」

「思う?あやふやね……それで、対価は何かしら」

「スラムが用意するって「お断りするわ」……早いよぉ」

 

 けんもほろろである。

 シャノンの情けない声音に、ホルハイヤは冷笑を浮かべた。

 

「スラムごときに、私を動かす対価が用意出来るわけがないでしょう?私の時間の価値は、貴方達とはまるで違うの」

「まず、お話を聞くだけでも……」

「興味が湧かないわ」

「そこを何とか!」

「嫌よ」

「──俺、これからめっちゃ頑張って研究に協力するから!」

「あら、今までは真面目に取り組んでいなかったの?私はいつだって真摯に貴方と向き合っていたのに?」

「ごめんなさいなんでもないです」

 

 勝てねぇ……と、シャノンは思った。

 ばかどらごんに、賢者のごとき知恵を持つ相手との交渉は無理があった。

 シャノンはズボンを握りしめながら、おずおずとホルハイヤの様子を伺う。

 

「あの……どうしたら協力してくれる?」

「貴方が私にお願いしたら協力するわ」

「今、めっちゃしてるつもりなんだけど?」

「違うわよ、にぶちんどらごんね……貴方が、貴方の願いとして、私にお願いして欲しいの」

 

 シャノンはきょとんとする。

 

「え、それだけ?」

「それだけよ……その代わり、今後なにか些細なお願いを聞いて貰うけれど、別にいいわよね?」

 

 正直に言えば、その提案に飛び付いてしまいたかった。

 しかし、シャノンの脳内にいるミニグレンが『アンタ、分かってんでしょうね?』と睨みを利かせている。約束では、シャノンは何も差し出してはならないのだ。

 

「むむむむむ」

「どうしたの?何も難しい事は言ってないと思うのだけれど」

「いや、俺はお願いするだけにしろって言われてるし……困ったな」

「……それ、誰の入れ知恵?」

 

 そこで、ホルハイヤの余裕そうな笑みは消え、目が細められた。

 

「グレンっていうヴィーヴルの女の子。俺の親友で、先生も会った事があると思うけど」

「グレン……ヴィーヴル……ああ、スラムの黒小娘ね」

 

 ホルハイヤは不愉快だと言わんばかりに、尻尾で床を打った。

 

「相変わらず、生意気で可愛げの無い小娘ね。一度、力の差を分からせた方がいいかしら?」

「先生とグレンが闘うのは見たくないから止めてくれ……ていうか、前に何かあったのか?すごい険悪じゃん」

「自分のモノに唾を付けられた、だから嫌い。単純な話でしょう?」

「分かるには分かるけど」

「嘘ね、貴方に分かるわけがないでしょう?」

「なんでそんなひどいこというの?」

 

 シャノンとて、二人が良いモノを取り合っているのだとは理解出来る。きっと、メンチカツみたいに誰にも譲れないものなのだろう。

 ホルハイヤはふんと鼻を鳴らした。

 

「まぁでも、所詮は子供の浅知恵ね。貴方越しに交渉する意味がわかっていない」

「もしかして俺バカにされてる?」

「いいえ、黒小娘をバカにしたの……ねぇ、スラムの調査は私も進めてあげるわ」

「え、依頼受けてくれるのか!?」

「依頼は受けないわ」

「……はい?」

 

 シャノンは言っている事の意味が分からず、怪訝そうな表情をした。すると、ホルハイヤはカップを机に置き、尻尾を伸ばしてシャノンの手を取る。尻尾に巻き取られた手はホルハイヤへと伸びていき、前屈みになった彼女の両手に包まれた。

 すべすべして、柔らかかった。

 

「せ、先生?」

「──今回、私は私の善意によって、困っている貴方を助けてあげるわ。依頼を受けたわけじゃないから、対価は当然いらないし、個人的にお手伝いしてあげる。これは貴方と私の間でのお話で、スラムは何も関係ないから、スラムは何も差し出さなくても結構よ」

「……え、本当に?やっぱやめたは無しだぞ?」

 

 シャノンはあまりにも都合が良い条件に、無意識にホルハイヤの手を強く握る。

 

「そんな事はしないわ。私は貴方との約束は守るもの……でも、私が貴重な時間を使って貴方の為に一生懸命に働いた事は、けっして忘れないでね?」

「勿論だ。俺はバカだけど、人からの親切を忘れた事は無い!」

 

 シャノンは大きく頷いた。恩知らずになるつもりは無い。

 

「──ふふっ、交渉成立ね」

 

 ホルハイヤはニヤリと笑みを浮かべた。しめしめ、とでも言いそうな表情だ。

 ホルハイヤは最後にシャノンの手を撫で、尻尾を解いた。ソファに深く腰掛けると、胸を強調するように腕を組んだ。むっつりどらごんはチラ見した。

 

「じゃあ、私にやって欲しい事は何でも言ってね?期間中、貴方の言う事は何度でもどんな事でも聞いてあげるわ」

「えっ、どんな事でも?……あ、いや。先生、本当にありがとう。うん、先生がいたなら百人力だ」

「どういたしまして。でも、感謝しているなら、そろそろ名前で呼んで欲しいわね?」

「それはちょっと恥ずかしいのでむりです」

 

 綺麗な年上のお姉さんの名前を呼ぶのは、何か恥ずかしかった。

 

「あら?頬に良いものを付けておいて、随分とウブなのね?」

「これ?」

 

 シャノンは頬の口紅を指差して苦笑した。

 

「これはある目的があって付けてもらったんだよ。別にそう言う意味じゃない」

「黒小娘のじゃないの?」

「まさか……あいつのはこっち」

 

 シャノンは髪を手でどかし、額を晒した。三つの位置に、等間隔で血が滲んでいる。

 

「あら痛そうね、可哀想に。暴力を振う女はオススメしないわ」

「別に治そうと思えば治るような傷だし、痛いのも一瞬だから大丈夫だよ」

「あら痛そうね、可哀想に。暴力を振う女はオススメしないわ」

「無意味にそんな事をするヤツじゃないから、大丈夫だって」

「あら痛そうね、可哀想に。暴力を振う女はオススメしないわ」

「先生、ボケたのか?」

「──今から貴方の炎の実験を始めるわ、準備してちょうだい」

 

 ホルハイヤは、急に坐った声を出した。唐突な宣言に、シャノンは目を白黒させる。

 

「え、今から?もう少しで日が落ちるんだけど」

「レディに暴言を吐いた罰よ。今日は帰れないと思いなさい」

「俺、今日は妹を抱っこして寝る約束してるんだけど……」

「ここで私を抱けばいいじゃない」

「やだ」

「覚悟しておきなさい」

「何で!?」

 

 この後、めちゃくちゃ実験した。

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