その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~   作:猫色箱

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第10話 もう一人の読心少女③

 色葉が読心少女だと知った――あの心の瞳を視た直後、私は逃げるように家へ帰り、ベッドに倒れ込んだ。

 

 自分の心が視えないのが不安だった。読心少女である私を追って復讐に来るかもしれない。あの禍々しい瞳の力が恐ろしかった。

 

 

 ……だが、私は案外と切り替えの早い人間だったらしい。

 少し休むと恐怖は薄れ、逆に怯えていた自分が恥ずかしい。むしろ、そんな気持ちにさせて色葉にムカつきすら覚えた。

 

 ここで逃げるのは負けだ。

 

 冷静に整理する。

 色葉が読心少女であることは確定だ。だが、あのとき私は隠れていて見つかっていない。

 

 あの心の瞳は、私が直接あいつを見るまでは存在に気づけなかった。

 つまり、私を見ていないあいつには、私が読心少女だと気付いていないはず。

 

 ――いや、そもそも「もう一人の読心少女」がいるなんて、思ってもいないかもしれない。

 

 まずは、あいつの様子を確認すべきだ。それから今後のことを考えよう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 翌朝、最悪の目覚めだった。

 

 夜はろくに眠れなかった。色葉の姿が頭にちらつき、読心能力のざわめきで眠りが削れた。

 

 体が重い。学校へ向かおうとしても足が前に出ない。

 ようやく動かして校舎に入ったときには、すでに授業は始まっていた。

 

 靴を下駄箱に押し込み、上履きに履き替える。そして階段に向かおうとした、そのとき。

 ガラガラ、と保健室のドアが開いた。

 

 

 反射的に物陰に身を隠す。出てきたのは色葉だった。

 あいつが保健室にいるのは驚かない。でも、どこに向かっているんだ?

 

 息を潜めて見ていると、色葉は「失礼します」と声をかけて職員室に入っていった。

 

 私はすぐに感覚共有を広げ、先生たちの視界を覗く。

 だが、どの視界にも色葉の姿はない。

 

 これは……認識遮断。あいつも使えるのか。それなら、あいつは何をしている……?

 

 職員室の中を覗きたくなる気持ちを抑えて、じっと待つ。

 

 

 

 やがて。

 

「失礼しました」

 

 色葉が現れた。ふいにこちらを振り向く。

 

 息が止まった。見つかる。

 体を物陰に引っ込めようと瞬間、何かにぶつかったようにバランスを崩した。

 

 

 ――まずい!

 

 

 体が物陰から飛び出しそうになるが、何とかバランスを取り戻して耐えきった。

 

 ……危なかった。……そうじゃない。もっと奥に隠れないといけない。

 さらに奥の曲道に身を隠す。廊下の曲がり角に身を滑り込ませる。

 

 

 小さな足音がこちらに近づいてくる。

 

 ……が、途中で方向を変え、階段を上がっていった。

 

 そっと覗くと、色葉が階段を上がっていくのが見えた。

 

 ……教室に戻るのか?

 

 こっそりと後を追う。二階の教室に入っていった。

 だが、そこは色葉のクラスではない。

 

 何のために……。

 

 

 

 ……それは、私を探しているんだ。

 あいつも昨日の一件で読心少女がいることに気づいていたのか。

 

 職員室で何をしていたかは分からない。

 だが、手掛かりを得て動き出したことだけは確かだ。

 

 やばい……見つかる。見つかったらどうなる?

 

 あの禍々しい心の瞳を思い出す。

 直感で分かる。正面から相対したら勝てない。心を握られ、自由を奪われる。

 

 それだけの差を感じる。これは読心能力者にしかわからない第六感というやつだろう。

 

 

 だったら、私はどうなる?

 知らずにとはいえ、あいつに読心能力で攻撃を仕掛けてしまった。

 

 そんな相手をどうするか。

 二度と牙を剥けないように意志を折る。力を封じ、口封じする。あいつほどの力があれば簡単だ。

 

 

 

 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。

 色葉に負けるのだけは。

 

 

 ……勝つのは私だ。あいつに勝って、私も特別だったって証明する。

 

 

 

 考えを切り替えろ。これはチャンスだ。

 探しているということは、まだ私の正体を掴めていない証拠。もし知っているなら、とっくに捕まっているはずだ。

 

 それに、私が色葉の心を読めないように、少なくとも相対しなければ、私にも読心能力は効かないはず。

 そうでなければ、わざわざ学校中を歩き回る必要なんてない。

 

 私だけが色葉が読心少女と知っている。この有利を逃すな。

 あいつが私を見つける前に排除する。すぐにでも。そうしなければ私は全て失う。

 

 

 

 ■

 

 

 

 とりあえず校舎を離れ、道路脇のガードレールに腰を下ろした。

 ……どうすれば、あいつを出し抜ける? どうすれば、倒せる?

 

 ぼんやりと道路を見つめていると、一台のトラックが目に入った。

 エンジンは切れていて、運転手の男が近くの自販機で飲み物を買い、袋を片手に車へ戻ろうとしている。

 

 

 ……その手があったか。

 

 

 あいつにトラックをぶつけてしまえばいい。それで殺――いや、排除できる。

 

 読心能力には必ず範囲がある。無限に広がっていたら、頭がおかしくなっているだろう。

 ならば、その範囲外から突っ込む車に対応できるはずがない。

 

 高速で動く心を操るのは難しい。例え出来たとしても、鉄の塊の勢いは止まらない。

 遠くで感知して、一瞬で心を操らなければ回避不能だ。

 

 

 

 

 そうと決まれば、話が早い。

 

 認識遮断を展開し、男の正面に立つ。

 スマホをわざと手元から落とし、アスファルトに軽い音を響かせる。

 

 スマホ男が不思議そうに視線を落とし、突然どこからか落ちてきたスマホを拾い上げる。

 画面には一時停止した動画――中学時代のLive映像。色葉と、隣には私が大きく映っている。

 

 不気味なことに色葉は中学時代から成長を全く感じない。この映像で十分代用可能だ。

 

 心を操り、注目させる。

 

「この少女だ。覚えろ」

 

 

(女の子が……二人……?)

 

 

 二人……?

 

 ――しまった。

 映像の中に映る私まで認識されてしまった。

 

 認識遮断で私の姿を消していても、映像内の姿とは別対象扱いになるのか。

 あまりに単純なミス。

 

 このまま色葉に会わせれば、記憶を辿られて私の存在まで知られる。

 仕方がない。どこか遠くへ行かせるしか――。

 

 

 

 ……待てよ。

 記憶を読めるなら、心を操れるなら――書き換えることだってできるんじゃないか?

 

 失敗しても、どこかに行かせればいい。試してみる価値はある。

 

 私は男の心に深く潜り込む。

 そして、集中して――

 

 

 

 ぐにゃり、と。

 

 

 

 世界が歪む感覚。心の形を掴み、無理やり塗り替えていく。

 記憶が剥がれ落ち、真っ白に塗り替えられていくのが分かる。

 

 

 ……やれた。驚くほど滑らかに。まるで最初から私の手がそれを知っていたみたいに。

 

 

 ならば、仕上げだ。写真を見せ直し、今度は「色葉だけ」を記憶に刻みつける。

 そして、トラックを走らせるための手順を、ひとつひとつ叩き込む。

 

 スマホで時間を確認する。まだ昼休み。下校までは十分に余裕がある。

 複雑な命令を植え付けるには、むしろ好都合だ。

 

 ――これでいい。これで、あいつに勝てる。

 

 

 

 ■

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 放課後のチャイムが鳴った少し後、私は校舎の最上階――八階廊下の窓に張りついて外を見ていた。

 ここからなら学校の周囲を一望できる。

 

 そして、下校する学生の姿も。

 その中に正門を抜け、音無と並んで歩く色葉が姿を見える。白い髪、小さな体は遠目でも一目でわかる特徴だ。

 

 

 胸がどくんと脈打つ。このタイミングだ。

 

 

 スマホを取り出し、非通知で例の男へ電話をかける。

 一分間の呼び出し音。それが合図。

 

 遠くの道路の先で、小さく見えるトラックが動き始めたのが見えた。

 万が一、読心能力で読み取られないように遠くで待機させていたのだ。

 

 

 

 トラックが加速する。

 

 

 

 ――ドクン。胸が跳ねた。

 

 

 二人は横断歩道の前で足を止めている。

 タイミングはピッタリだ。こんなにも簡単に成功するのか。

 

 

 

 ――――本当にこれでいいのか。胸の奥で疑念が生まれた。

 

 

 トラックは加速を続ける。ぶつかれば二人の命はない。死ぬ――当たり前だ。だが、なぜか足が竦む。

 色葉だけでいいはずだ。音無まで巻き込む必要はあるのか。

 

 いや、それどころか、通行人や他の車まで犠牲になるかもしれない。

 

 

 

 ……どうして今さら気づくのだ。

 

 私の頭は冷静じゃなかったのだ。私はここまで短絡的だったか。ここまで攻撃的だったか。

 

 寝不足がいけないのか。

 もしかして、読心能力は能力者を残虐的にするのか――そんな考えが一瞬よぎり、消える。

 

 

 トラックは赤信号を突っ切り、二人へ迫る。

 

 

「待っ――」

 

 思わず声が漏れた。

 その瞬間、トラックは鋭くハンドルを切り、二人を避けて駆け抜けた。

 

 

 

「よかっ――――」

 

 力が抜け、窓枠にすがりつく。

 ……助かった。そう思ってしまった自分に、はっとする。

 

 

 違うだろ。

 私は失敗したんだ。何も起きなくて安心するのは違うだろ。

 

 

 

 …………いや、待てよ。あれで何も起きなかったのか。

 

 外を見る。

 

 通りは静かだ。赤信号を無視したのに、事故も混乱もない。

 車を避けさせただけではない。交通の流れを整え、痕跡を消す。

 

 これは、全部色葉の仕業か。それなら。

 

 

 

 

 

 ――――――化け物。

 

 あれは、もう才能だけで説明つくレベルではない。

 私自身の体験からもわかる。心を操るには、一度や二度の試しでは足りない。何度も繰り返し触れ、その構造を理解して、技術を身に刻み込む必要がある。

 

 どれほど天賦の才があっても、名医になるには数えきれないほどメスを握り、体を開いて仕組みを確かめなければならないように。

 

 ――あの領域に至るまでに、色葉は一体どれだけの心を弄ってきたのだろう。

 

 あれは正真正銘、人の心を操るために生まれた化け物だ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 逃げるように家のベッドに倒れ込んだ。

 

 なんで、あんなことをしたんだ。色葉だけじゃなかった。あれは完全にやりすぎだ……。

 

 あのときは色葉の化け物じみた力に呑まれて、頭が真っ白になっていた。

 けれど、冷静になればなるほど、胸の奥に罪悪感が広がっていく。

 まるで誰かに責め立てられているような気さえした。

 

 そして同時に、色葉への恐怖も増していった。

 

 色葉は確かに殺されかけたのだ。

 昨日は大人しく帰っていったが、きっと次は私を血眼になって探すだろう。

 

 あいつが本気を出せば、学校中の人間を操り人形のようにして犯人探しを始めることだってできる。

 そうなれば、見つかるのは時間の問題だ。

 

 このままだと、私は……。

 

 

 

 ■

 

 

 

 まさか連日で最悪の目覚めの更新とは。

 そして、また私は切り替えが早い人間だったってことを実感させられるとは。

 

 家に帰って一眠りすると、頭をぐるぐると回っていた靄が晴れた気がした。

 

 そして、重い足取りを動かし、学校へ向かう。

 

 何か考えがあるわけでもない。

 それでも家に引きこもって怯えるのは負けだ。逃げたと思われるのも嫌だ。特に、あいつだけには。

 

 ただそれだけの意地で登校した。

 そのとき――。

 

(色葉さんは体調不良で休みっと)

 

 誰かの心の声が耳に届いた。

 

 ……色葉は欠席らしい。いつもの体調不良だ。

 昨日と同じように、学校中を探し回っているのかと身構えたが、そうでもないらしい。

 

 

 

 助かった。

 

 

 

 ……助かった?

 助かって安心している? 

 

 

 私は。心のどこかで負けを認めている。諦めているのか。

 

 

 

 気がつけば、何も変わっていない。

 特別になれると思った矢先に、色葉が現れて、結局は普通に落ちていく。

 中学の頃と同じ繰り返しだ。

 

 

 嫌だ。

 

 

 あいつが選んだのが、音無なのが気にくわない。

 

 あいつにとって、私がどうでもいい存在なのが許せない。

 

 あいつに勝ちたい。認めさせたい。あいつの目に映らせたい。

 

 どんな手を使っても。

 

 私が弱かった。心が甘かった。どこかで甘えがあった。

 

 

 

 

 ――――殺す。

 

 明確な言葉で、心に刻む。

 

 

 

 

 色葉が生きている限り、必ず私のことを追ってくるはずだ。あいつが生きている限り、私に平穏はない。

 何もしないで終わるくらいなら。最後までとことんやろう。

 

 今日、色葉がいないことは最後のチャンスだ。

 

 次に登校してきたときは、あらゆる手で私を見つけようとするだろう。

 化け物じみた読心少女である色葉に時間を与えれば与えるほど、手駒が増える。時間はあいつの味方だ。

 

 準備に時間はかけられない。完璧な策だって練れないだろう。

 それでも勝つ。完璧に勝つ。

 

 

 その方法を考えよう。

 全ての心を読み取り、心を操る読心少女を殺す方法を。




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