その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~ 作:猫色箱
保健室からヨロヨロと出た色葉を、男子がスマホを構えて追いかける。
映像はそのまま私の画面に送られてくる。
「ん……おい、待て! 階段は逆だ。どこに行くつもりだ」
色葉はふらりと足を止め、振り向いた。
「どこって、職員室ですよ。屋上の扉には鍵がかかっていますから、その鍵を取りに行くのです」
「はぁ?」
「最期の場所には、見晴らしのいい場所を選びたいじゃないですか」
こいつは何を言ってるんだ。
「その必要はない。適当な窓からの飛び降りで十分だ。無駄なことはするな」
「仕方がないですね。わかりました。屋上は諦めましょう」
平静に話す。こいつは本当に何なんだ。
「……お前、時間稼ぎをしているな?」
「何のことですか?」
「職員室に寄るのを認めると本当に思うか? 明らかに無駄な行動。……何か狙っているな」
そのとき。
――パララララン……と。
軽快なマーチがスピーカーから流れ出した。昼休み放送の開始を告げる音楽だ。
その音は、通話を通して色葉にも届いている。男子の心を介して、それがわかった。
「……これを待っていたな? この放送が聴こえるかで、私が学内にいるか特定しようとしたな」
「まさか。電話から音が聞こえてビックリしていたところです」
嘘だ。お前にはすでに想像がついていたはずだ。
だが、これは想定内。逆にお前を縛る鎖になる。
「どうだか……。だが、これで私が学内にいるとわかっただろ。ここから先、読心能力を使う素振りを見せたら容赦はしない。無駄な動きもするな」
――そもそも、私がリスクを抱えてまで校内にいる理由。
それは、色葉に人を操らせないためだ。
心の声、感覚共有、認識遮断、心の操作。
この場で脅威となる読心能力の使い方は、この辺りだろう。そして、私はそれぞれに手を打ってある。
まずは、読心能力を象徴する心の声を聴くこと。そして感覚共有で人の視界を覗くこと。
これらを組み合わせれば、色葉がどこにいても、誰かを介して私を探し出せる。
だが、それは対策済み。
登校時から今に至るまで、認識遮断で私の姿を隠しているので、誰かの心を介して私も見つけることはできない。
次に、あいつの認識遮断だ。
色葉の追跡した経験から、認識遮断を使用しているかは感知できないことを知っている。
もし、私のように、あいつも姿を認識できなくして隠れられたら面倒だ。
だが、それも対策済み。
ビデオ電話を通して私が確認することで、認識を歪められることはない。
最後に、心の操作。
これが最も厄介だ。学校中の人間を思いのまま操られたら、私の予想を超えて、逆転の手が打たれる可能性がある。
だが、心の操作にも欠点がある。それは心の変形を伴うため、私の能力範囲内であれば、能力の使用に気づけることだ。
ゆえに、私はリスクを犯して、色葉に近づくため校内にいる。リスクとリターンの天秤がこちらに傾いたのだ。
私が学内にいると知られることは、むしろ利点だ。
それがわかった以上、色葉は人を操れない。心を歪めれば、即座に私に感知されるからだ。
たとえ私の能力範囲が色葉のいる一階から四階辺りまでだとしても――それを知るすべはない。
色葉は、ここまで推測した上で、私が学内にいることを選択したか確認しようとしたのだろう。
あいつなら、それぐらいできる。
「私が学内にいるとバレるのも全て想定内。お前の時間稼ぎは無駄な努力だったわけだ」
「おや、偶々ですよ。それに私と一緒の時を過ごせる時間が無駄なわけがありません。誰もが欲しがる非売品ですよ」
「……わかったなら、とっとと歩け」
「仕方ないですね。まだまだお喋りしたいですが、一緒にお散歩とでもいきましょう」
色葉はゆらりと体を揺らしながら、ヨロヨロと歩いていく。
だが、その足取りは階段とは逆方向だった。
「言ったよな。無駄なことはするなと……」
「ええ、わかっていますよ。だから職員室には寄らないのです」
色葉はゆっくりとした歩みを止めない。
「私の目的はその奥です」
「……奥?」
「ほら、今日の私は病弱美少女として保健室でグッスリでした。こんなヨロヨロとした体では、階段を上がるのも一苦労なのです。それでは時間がかかってしまいます」
何を言ってる。
「そこで、ほら――」
奥を指さす。
「この先のエレベーターを使いましょう。エレベーターでガーッと上った方が私もあなたも嬉しいのです」
エレベーター……?
それが狙いか!
学生利用禁止で普段は使わないため意識から外れていた。
本命はエレベーターでの移動で、私の能力の限界を探るつもりか。
私の能力範囲内に色葉を収めておくためには、色葉の移動に合わせて私も移動する必要がある。
そして昨日、あいつを後ろを追ったように、ゆっくりと階段で追跡可能だと思っていた。その先入観があった。
もし、エレベーターで最上階の八階まで移動されたら、私は階段を駆け上がるしかない。
その息切れや足音が通話に乗れば、それほど能力範囲が広くないと教えるのと同じ。
範囲が知られれば、その外側で読心能力を使われる。致命的だ。
だが「使うな」と釘を刺すのも危険。
最上階に行かれると困る、と自白するようなものだからだ。
通話をミュートにして移動しても同じ。急に音を消せば怪しまれる。
そうか。さっき昼休みの放送を待っていたのも、私の移動を探るためでもあったのか。
どんなに息切れや足音を隠しても、急いで移動していれば、放送の音の聞こえ方が変わるだろう。
それで移動しているかを見抜こうとした。
私が考えている間に、色葉はエレベーターに辿り着き、ボタンを押した。
運の悪いことに一階で止まっていたエレベーターは、すぐに扉を開いた。
「それでは、八階に移動しますね」
ヨロヨロとした足取りのまま乗り込む色葉。その後ろに、命令を受けた男子が続く。
どうする……。
――弱気になるな。
私は勝つ。これまでの有利な条件は何ひとつ崩れていない。
ここが勝負所なのだ。リスクなしでは化け物は倒せない。
あいつがエレベーターに乗って移動するのも、私の能力範囲外に行かれるのも許そう。
私はここから動かない。能力範囲のブラフ。それこそが色葉にとって最大のプレッシャーになる。
心を強く持て。それがあいつに勝つ方法だ。
エレベーターの扉が閉まり、上昇を始める。
やがて八階に到達し、映像の中でドアが開いた。
色葉はゆっくりと外に出ると、両脇の窓からひょっこり顔を出して景色を眺めた。
「何をしている?」
「いえ、よく学校周りの風景が見れるなと思いまして。どちら側の窓から飛び降りましょうか。やはり王道の正門側でしょうか? もしくは、こっちの裏門が見える方がよいでしょうか?」
「どちらでもいいから早くしろ。これ以上は本当に母親の命はないと思っておけ」
「…………それってどうやるんですか?」
「はぁ?」
色葉はゆっくりと窓から顔を戻し、スマホのカメラへと視線を向けた。
「私とあなたは学校にいる。でもお母さんは、どこか遠くにいる。どうやってお母さんが死ぬように仕向けるのですか?」
「さっき言ったはずだ。お前が死んだ証拠をつけて連絡すると」
「そうじゃないのです。――――その連絡は必ず繋がるのかと聞いているのです」
――は?
「あなたはお母さんに、『私が死ななければ自殺しろ』と命じた。でも、『必ず連絡を確認しろ』とまでは命じていないでしょう」
「……何?」
「だって、そうじゃなければ――私がお母さんの自殺を止めてもらえるか尋ねた時、『そうだな、証拠付きのビデオ電話で伝えてやるよ。』なんて言い回しはしないはずです。無意識に出たその一言……連絡手段を正確に決めていなかった証拠ですよ」
……こいつ。
確かに強く刷り込んではいない。だが、普通なら確認するはずだ。
生死がかかっているのだから。
「強い意志を変えるのは難しいですが――そうじゃなければ、言葉ひとつで人の心は動かせるのです」
何の話だ。
「私は超絶可愛いので、お母さんも私にメロメロなのです。私のことを大切に想って、たくさん心配してくれます」
だからどうした。
「だからお願いしたのです。具合が悪いことを散々アピールしてから、保健室の先生と話すフリをして電話を繋ぎっぱなしにしてと」
「何のこと……」
少し前の光景が頭をよぎる。
『ココネさん、どうかしましたか。お母さんがお迎えに来るのですか?』
『あっ、お母さん。このままで待っていてください』
――――あのときか。
あの時に通話を保留にでもして、電話を繋げたままにした。
そのあと携帯を投げ捨てたのは、回収されてバレないようにするため……、そういうことか。
「お母さんは、私と通話中のまま待っていることでしょう。ですが、それだけではダメです。もしお母さんの周りに連絡係がいれば終わりでした。でも、お母さんに聞いてみたところ、周りには誰もいないそうです」
……連絡係の確認?
脳裏に、あのやり取りが蘇る。
『そうですか。それでは周りに誰かいませんか? …………そうですか、誰もいないのですか』
――そういうことか。
誰かに止めてもらうためではなく、協力者がいないかを確認していたのか。
あの状況でそこまで考えていたのか……。
――だが、それでも勝つのは私だ。
連絡がつかないことが敗北に繋がる? 違う。それこそがお前の敗北だ。
「……たしかに、そうかもしれないな。だが何も問題ない」
「どういうことでしょうか?」
「私はデッドラインを設定しているってことだ。お前に散々ゴネられても面倒だからな。意思を固められるように制限時間を設定した。それまでにお前の死亡確認がとれなければ、母親は自殺するってことだ」
これは、色葉を追い込むための要素だった。
こいつが多少自由に動くことを許したのも、これがあったからだ。
「お前の時間稼ぎは、ただ単に母親の命を削るだけの無駄だったってことだ。もう時間はない。助けたければ、今すぐに死ね。そうすれば、すぐにでもお前のスマホから連絡してやるよ」
これで私の勝ちだ。
「そのデッドラインは十二時二十分ですよね」
「なッ――」
なんでお前がそれを知っている。
「お母さんから『死ね』と言われたとき、私はすぐに条件を確認しました。私の甘い言葉の前では、お母さんも詳しく教えてくれましたよ。そもそも自殺を強要するために有効な材料だと判断されたからもあるでしょうが」
そんな場面なんて、なかったはず……。そういえば。
『はい、どうかしましたか………………』
……認識遮断。
色葉が電話に出てから、黙り込む時間があった。
あれは自殺を強要されての絶句ではなく、保健室の先生に認識遮断をかけて声を隠していたのか。
そうなると、私が先生から色葉の声を聴いていたこともバレていた。
始めから、どうなったら母親が自殺するのか全て知っていたのか。
マジか。あの一瞬でそこまで考えられるのか。でも――
「だからどうした。状況は変わらない。それを知ったからといって、母親を止められるわけじゃない」
もし止めたければ、最低でも私を捕まえる必要がある。
でもお前には私の場所がわからない。
「あなたは校舎の二階にいますよね」
「ッ――――」
……バレた!?
いや、嘘だ。絶対にわかるはずがない。
「知っていますか。放送室の『全校指定のボタン壊れてるから、昼休みの放送は音楽を流しっぱにして、各階のボタン押して回らないといけない』ようです。一昨日、あなたを探して教室を歩き回ったとき、そのことを愛しき心から聞きました。つまり、音楽は全階で一斉に流れているわけじゃないのです」
…………なるほど。だが、それは不可能だ。
「もし順にボタンを押していくのなら、通話の向こうで聞こえる音楽の入り方に『微妙なズレ』が生まれる。そのズレを手掛かりにすれば……あなたがどの階にいるかを逆算できるのです」
「ブラフだ。ズレがあったとしても僅かなはず。それも、通話越しと考えると判断がつくはずない」
「そうですね。だからタイミングをもっとズラしたのです」
もしかして、放送部員の心を操ったのか。
いや、放送室は私の読心能力の範囲内。それなら絶対に気付くはずだ。
「私は、各階のボタンに対して認識遮断を使ったのです。連続で押せないように、ひとつのボタン以外を認識できなくした。例えるなら――キーボードの文字配置をど忘れして、一つ一つ探して丁寧に押すような状況を作ったのです。あとは、放部員の心を覗きながら、この通話越しに聞こえる音楽の開始とタイミングを照らし合わせればわかります」
……遠隔での認識遮断。私も男子のスマホ画面を対象に試したことがある。
人の心を操るのは感知できても、心の変形を必要としない認識遮断は感知できない。
それなら、私にバレずに放送のタイミングをずらすことができる……。
「最後に、あなたが本物の読心能力者かどうかを確認する必要があります。もしかすると、操った誰かに代わりに喋らせているだけかもしれませんからね」
そこまで確認するのか。
「なので、あなたが二階にいるとわかった時点で、二階にいる全員の心を読みました。でも、そこに私と会話している心はいませんでした。つまり、今この瞬間、私と話しているのは――私の読心能力が効かない、本物の読心能力者ということです」
……いつから、ここまで考えていたんだ。
「化け物か……」
口からこぼれ出た。
……だが、まだ私は負けてない。
二階にいると気づかれた? それだけだ。
私の正体はバレていない。
あいつの弱い体では、私を捕まえることはできない。
ここから移動してしまえば、あいつは死ぬ以外に母親を助けるすべを失う。
もう居場所は割れた。ここに留まる必要はない。
私は教室の出口へと歩を進めようとした――その瞬間。
――バンッ!
「みーーーつけた!」
教室の扉が派手な音を立てて開いた。
そこに立っていたのは――音無。
なぜだ。なんで音無がいる。どうして、私の居場所がバレた?
音無と視線がぶつかる。
「九条さん、あなたが心音が探していた人かな?」
…………違う。今、この瞬間にバレたのだ。
教室の誰も、音無の登場に気づいていない。
派手に扉を開けた音にも、音無の姿にも。
気づいていたのは私だけ。
色葉の認識遮断……!
私は、音無の存在に「気づいてはいけなかった」のだ。
「う~ん、理由はわからないんだけど、私と目が合った人を連れてきてほしいって心音に言われてるんだよね。九条さん、一緒に来てもらってもいい?」
逃げられない。
私が読心少女だとバレた以上、色葉は必ず追ってくる。
私の負け……?
いやだ。認めない。私は色葉にだけは負けたくない。このまま負けたら、あいつにとって私は…………。
スマホの電源を消してポケットへ。代わりに――――
「……ねぇ、それはどういうことかな?」
音無の視線が、私の手元に落ちる。
――そこには、銀色の刃。
上着の内ポケットに忍ばせていた細身のナイフ。
本来なら万が一の保険で、使うつもりはなかった。
けれど今、この状況では違う。
私の正体がバレてしまった以上、ここで色葉と決着をつけるしかない。
これであいつを殺す。
あいつと相対するのは危険だと直観が告げている。だが、あいつに何かされる前に殺してしまえばいい。
始めからこうすればよかったのだ。あいつと同じ土俵で戦う必要はなかった。
私が殺しても誰も気づけない。警察がどんな調査をしようと、私の読心能力があれば何とだってなる。
だが音無。お前だけは別だ。
「……音無、お前が悪いんだからな」
こいつは認識遮断をしている私を認識している。心が読めない音無には、読心能力が効かない。
ここで始末する必要がある。
「……何のことかわからないけど、私はね、ずっと九条さんに感謝してたんだ!」
音無の声はまっすぐで、表情に恐れは一切ない。
「中学の時、九条さんに連れられて校舎裏に行ったおかげで心音と出会えた。仲良くなれたって!」
私に歩み寄ってくる。一歩、また一歩。
その姿に恐れはない。
「でもね、心音を傷つけるなら話は別」
色葉といい、音無といい。
どうしてこいつらは、危機の前で平然としていられるのか。
結局のところ、私は普通でしかないのか。
違うだろ! 私は――――
「はぁッ!!」
私は渾身の力でナイフを突き立てた。
でも、まるで見通していたかのように余裕でよけられて。
刃は空を切り、次の瞬間、腕を取られて視界がぐるりと回った。
――ドンッ!
背中に衝撃。息が詰まり、手からナイフが転がり落ちる。
見上げた天井がぐにゃりと揺れた。……投げ飛ばされたのか?
「ちょっと痛いかもだけど、ジッとしててね」
床に押さえ込まれ、体は動かない。
まだだ!
私には読心能力がある!
心がぐちゃぐちゃになろうと構わない! この状況がひっくり返ればいい!
雑でも構わない。私はクラス中の心を「暴れろ」と操って――――
……なっ!!!
私が心を変形させた、その刹那。
教室の壁をすり抜け、無数の触手のような手が伸びてきた。
瞳の手――色葉の力。
次々と生徒たちの心に触れ、私が歪めた形を瞬時に修復していく。
壊したそばから、元に戻される。
どうしてそんなに速く、精密に心を弄れる?
なぜ、それが私にはできない……?
…………そして、扉の方から足音が響いた。
「よかったです。ここまで近づけば、あなたの心も視えるようですね」
そこには――色葉が立っていた。
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