その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~   作:猫色箱

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第17話 はじまりの読心少女②

「はじめまして、色葉ココネと言います。皆さんとお会いできる日を楽しみにしていました」

 

 次の日、朝のクラスルームで色葉さんが挨拶をしていた。

 ……夢じゃなかった。

 

 昨日は「復学の相談があるから」とそれっきりになったけれど、最後に「また、明日会いましょう」と言ってくれた。

 

 ずっと、ドキドキしていた。フワフワして夢みたいな気持ちだった。

 でも、そんな気持ちなんて、すぐにどこかに行ってしまって、怖くなった。

 

 あの出会いは夢だったんじゃないかって。

 もう一度会ったら、きっと私を嫌いになるんじゃないか。

 

「カナミさん、おはようございます。今日会えることをずっと楽しみにしていましたよ」

「あっ……、えっと……その…………」

 

 クラスルームのあと、色葉さんが私の席まで来て声をかけてくれた。

 小さくて、可愛くて。誰とも目を合わせないように俯いていた私と、ちょうど目が合う。

 

 でも、なんて答えたらいいのかわからない。

 

(何、知り合い?)

(はぁ? なんで、あいつが……?)

 

 私たちに向けられる意識が、鋭く突き刺さる。

 

 色葉さんは飛び切り可愛い。私でもわかる。

 一目で皆の視線をさらってしまう。

 

 同じ小学校だった子たちも、彼女を特別扱いしているようだった。

 それはそうだ。こんな私なんかにも優しくしてくれる、おとぎ話の人物のような色葉さんは、きっと人気者になる。

 

 皆、本当は色葉さんに声をかけたいのだ。

 なのに、色葉さんは私に声をかけた。だから、視線がこちらに集まる。

 そうだ。誰だって、私なんかとは話したくない。

 

「どうかしたのですか?」

 

 私が俯くと、覗き込むように顔が近づく。

 長いまつ毛。透き通った瞳。息が止まる。

 

(無視とか感じわる……)

 

 ざくざくと心の声が頭の中をかすめる。

 痛い。うるさい。怖い。気持ち悪いものを見せないで。

 

 

 

 

 ……違う。何か言わないと。

 こういう時は、なんて言えばいいんだろう。私のちっぽけな頭を働かせる。

 

(根暗は挨拶もできないのか)

 

 あっ、そうか。そんなことさえ、私はわからないんだ。

 

「おは……よ、う……」

 

 声を振り絞ると、なんとか小さな声が漏れてくれた。

 

「う~ん、熱い挨拶の交わし合い。これで親友としての思い出が、また1ページ追加されましたね」

 

 色葉さんは満足そうに笑いかけてくる。

 どうして、私なんかにそんな顔を向けてくれるのだろう。

 

 そんな色葉さんに迷惑をかけている私が嫌いだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 授業の合間。

 色葉さんは何度も私に話しかけてくれようとした。

 でも、そのたびに私は席を立ち、逃げるように離れてしまった。

 

 そして今、昼休み。

 私は校舎の屋上へ続く階段に身を丸め、隠れるように座り込んでいる。

 

 色葉さんが声をかけてくれるとき、皆の視線が痛かった。

 まともに答えられず、迷惑をかけてしまうのが怖かった。

 それ以上に――そんな姿を知られて、色葉さんに嫌われるのが一番怖かった。

 

 昨日の出会いから、頭の中はずっと色葉さんでいっぱいだ。

 

 私と同じ読心能力を持っているかもしれない女の子。

 こんな私に、とも……友達になろうって言ってくれた女の子。

 

 その言葉がずっと離れなかった。

 私にも、友達ができるって。

 

 幸せで、幸せで、夢のようだった。

 

 でも、それは勘違いだ。

 だって、私は出来損ないだから。

 

 色葉さんは「中学に入学してからずっと休んでいた」と言っていた。

 きっと偶然、最初に出会ったのが私だったから声をかけてくれただけ。

 

 本当の私を知られたら、すぐにどこかへ行ってしまう。

 それが何よりも怖かった。

 

 そんなことに耐えられない。だから、ここに逃げ込んでいた。いつもの場所。

 大丈夫……大丈夫……ここなら見つからない――。

 

 

 

「カナミさん、見つけましたよ!」

 

 心臓が跳ねるのが分かった。思わず視線を落とすと、階段の下で色葉さんがニッコリ笑っていた。

 ……簡単に見つかってしまった。

 

 昨日と同じ。彼女からは心の瞳しか視えなくて、心の声はまったく読めない。

 いつもなら嫌な声や醜い感情が溢れてくるのに。

 

 だから、声をかけられるまで、その姿に気づけなかった。

 

「なん、で……?」

「それは、カナミさんに会いたかったからに決まっているじゃないですか」

 

 小さな足が、一歩一歩ゆっくりと階段を登ってくる。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

「ふぅ~、少し休憩です。いやぁ~、この愛くるしい体には階段が過酷ですね」

 

 息を切らしながら、色葉さんは私の隣にちょこんと座る。

 

「でも安心してください。親愛なるカナミさんに会うためなら、どんな試練だって乗り越えてみせますよ」

 

 笑いかけてくれるその顔。

 宝石みたいに澄んだ瞳。ふわふわの髪から甘い香り。

 

「おや? そんなにジッと見つめてどうしましたか? あぁ、ついつい私の可愛さに見惚れてしまったのですね。いいですよ、どれだけ見ても自由です。この可愛さは全人類が摂取すべき栄養素なのですから、独り占めなんてしません」

「…………なんで、この場所……わかった、の……?」

「ふふふ。私は人探しが得意なのです。本気を出せば、誰も私からは隠れられません」

 

 にんまりと笑う顔。

 

「ビビッとくるのですよ。私を想って想って溢れ出た気持ちが私を呼ぶのです」

「え?」

 

 まっすぐな瞳が私を射抜く。

 そして、胸のあたりに浮かぶ心の瞳も、じっと私を見つめていた。

 

 もしかして、色葉さんには私の心が読めているのだろうか。

 色葉さんにも読心能力があると考えていたけれど、私が色葉さんの心が読めないように、私の心は読めないと思っていた。

 

 でも……私なんかと比べるなんて、そもそもおかしな話だ。

 

「ほら、カナミさんの心を当ててみせましょう。ズバリ――色葉ココネが可愛くて可愛くて撫で回したいですね」

「…………」

「おや、外れですか? う~ん、可愛いって言葉では、私の可愛さを表現しきれなかったでしょうか」

 

 ……いや。やっぱり、私の心は視えてないのだろうか。

 

「それにしても、こんな場所にいるなんて。意外とカナミさんはお転婆なんですね。ここ、立ち入り禁止って書いてありましたよ」

 

 屋上へ続く階段は紐で塞がれていた。だから私はここにいたのに。

 

「バレたら怒られちゃいますね」

 

 まっすぐな瞳が、私を離さない。

 心の瞳も、じっと私を見つめる。

 

 なんで、こんなにも楽しそうなんだろう。

 

「これは2人だけの秘密にしましょう。ん~、秘密の共有。親友ポイントがまた積み上がってしまいましたね。これがボーナスステージというやつでしょうか」

「…………どうして、そんなに……、私に、優しくして……くれるの?」

「え、優しいですか? う~む、私はただ、したいようにしているだけですよ?」

 

 嘘だ。心は読めない。

 でも、それでも嘘だってわかる。だって。

 

「…………私なんかと話しても、面白くないよ」

「そうですか? 私は最高に楽しいと思っていますよ」

「……違う、よ。……だって、私は、話すの得意、じゃないし。……みんな、と違って……できる、ことが、できないし……」

「カナミさんは私と話すのが嫌なのですか?」

 

 優しい声が胸に届く。

 

「そんなこと、ない!」

 

 思わず、声が跳ねた。

 必死で首を振る。

 それだけは、絶対に違う。

 

 色葉さんが嫌いなわけがない。こんな私だけど、それだけは勘違いされたくなかった。

 

「じゃあ、何も問題ないですね。私は、カナミさんとお話できるだけで楽しいです」

 

 どこまでも私が欲しかった言葉をくれる。暖かいものをくれる。

 色葉さんには、本当に心を読まれているのかもしれない。

 

 私なんかに。私なんかに。優しい言葉をくれる。

 

 その優しさを、受け取っていいのだろうか。欲しかったものが目の前にある。

 

「私も、……色葉さんと……話した、い」

「もちろんです。私たちは生まれたときからのソウルシスター、マイベストフレンド、親友なのですから」

 

 ――ずっと夢見てた。

 ありえないって思ってた。

 

 こんな私だけれども、色葉さんと友達になれたら嬉しいな。

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから、私は――色葉さんと、とも……友達になった。

 その日から、世界が一変した。

 

「カナミさん、一緒にペアを組みましょう。私たちが組めば無敵なのです」

「私が、いなくても……、色葉さんは、無敵だよ」

「当然、私は才能に満ち満ち溢れています。でも、そこにカナミさんという奇跡が組み合わされば、無限の可能性になるのです」

 

 色葉さんの言葉はいつも楽しげで、心の奥に届く。

 

 毎日が、本当に楽しかった。

 

 今も変わらず、世界には嫌な心があふれている。

 でも、色葉さんと一緒にいると、それを忘れることができた。

 

 ただただ嬉しくて、楽しくて。

 気づけば、あっという間にひと月が過ぎていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 その日も、いつものように色葉さんと並んで廊下を歩いていた。

 

(あっ、色葉さんだ!)

(何度見ても、可愛い……)

(なんで音無なんかと一緒にいるんだろ……)

 

 色葉さんと並んで歩くのにも、少しは慣れてきた……つもりだった。

 

 でも、すれ違う人たちの心が私の胸に刺さる。

 

 そんな中でも唯一、私にだけ笑ってくれるのが、色葉さんだった。

 それだけが、今の私の、たったひとつの誇りだった。

 

「カナミさん、超能力が使えるようになるとしたら何がいいです?」

「え、超能力……?」

「空を飛ぶとか、時間を止めるとか、心が読めるとかです」

 

 心が読める。その言葉に胸が跳ねた。

 

「え、えっと……。そんな、こと、考えたことない………」

「おや、何か隠そうとしましたか?」

「え、そんなこと、ないよ」

 

 鼓動が速くなる。

 

「う~ん、当ててみせましょう。ズバリ、透視能力です!」

「……え?」

「私の可愛さを丸見えにしたいのでしょう。安心してください。私はどんな人でも好きですよ」

「ち、違うよ!」

「本当ですか?」

 

 したり顔でこちらを見つめる色葉さん。

 

「それなら色葉さんは、……どんな超能力が欲しいの?」

「それは決まっています。もちろん――――」

 

 そのとき。

 色葉さんの足が、ふと止まった。

 

 

 

「……ん?」

 

 振り返ると、そこに立っているはずの色葉さんが――いなかった。

 代わりに見えたのは、しゃがみ込んで小さく縮こまった背中。

 

「……いろは、さん?」

 

 小さく、丸くなって、まるで痛みに耐えるみたいに肩が震えていた。

 浅くて速い呼吸。

 

 時間が止まったように感じた。

 

「…………大丈夫、です。……いつもの、こと……なので……」

 

 弱々しい声。

 

 頭では分かっている。色葉さんが大変だって。助けなきゃって。

 それなのに。身体が動かない。

 

 突然すぎて、どうしたらいいのかわからない。

 ただ、そこに立ち尽くすしかなかった。

 

 周囲がざわつく。

 

「えっ、色葉さんどうしたの!?」

「大丈夫? 立てる?」

「……はい。大丈夫、です。…………少しだけ、休憩させて、ください。」

 

 別の子たちが駆け寄り、色葉さんの肩に手を添える。

 

(なんで助けないの? ひどい……)

 

 誰かの心の声が胸を突いた。

 

 私はすぐ横にいたのに――何もできなかった。

 動けなかった。

 一番そばにいたのに。

 

 ただ、見ていることしかできなかった。

 

 やがて誰かが色葉さんを保健室へ連れて行った。

 それでも私は、その場に取り残されたまま、一歩も動けなかった。




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