その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~ 作:猫色箱
「カナミさん、お見舞いですか?」
読心能力で保健室に誰もいないのを確かめ、そっと覗くと、色葉さんと目が合った。
「それでしたら私の隣が空いていますよ。特等席です」
上体を起こした色葉さんが、ベッドをポンポンと叩く。
『なんで助けないの? ひどい……』
さっき聴こえた声が頭の中に響く。
私は最低だ。
あんなに優しくしてくれたのに、苦しむ色葉さんを前に何もできなかった。隣に座る資格なんてない。
それなのに、諦めきれなくてコソコソと様子を覗きに来たのだ。
「どうしたのですか?」
「あ、えっと……」
「遠距離会話も風情はありますが、今はカナミさんのキュートな顔を見たいのです。こっちに来てくれませんか?」
「う、うん」
恐る恐るベッドの横に立つ。
「遠慮しないで、こちらに座ってください。私の体温で温めておきましたよ」
それはできない。だって、私は色葉さんを助けられなかったのだ。
「座らないのですか?」
見上げる瞳。
「ふ~む、交渉上手ですね。負けました。特別サービスです。裏メニューを解禁しましょう」
色葉さんは、掛け布団をめくり、隣のスペースをポンと叩く。
自分が惨めで、消えてしまいたかった。
「ご、ごめん、なさい」
「ん?」
やっと声が出た。声が震える。
「その……さっき、何も……できなくて……」
言葉にするほど、色葉さんが離れていってしまうんじゃないかって怖かった。
こんな時でさえ自分のことばかり考える私が嫌いだ。
「そんなことですか。気にしなくて大丈夫。いつものことです」
それなのに、色葉さんの言葉は優しくって。
「むしろ謝るなら私の方です。カナミさんといるのが楽しすぎて、ちゃんと説明してませんでしたね」
「ちが、ちがうよ。私が、私が」
「私の病気……というより、体質といった方がいいかもしれませんね。急に、体の中のスイッチが切り替わるんです。スッ……と、電源が落ちたみたいに」
色葉さんは自分の胸のあたりに手を置く。
「そうです。全身の機能が『やる気ないです』って拗ねて止まっちゃうんですよね。そうなると、急にガクンとなるんです。まあ、超高性能すぎてバッテリーが追いつかない仕様ですかね。ほら、私は特別製ですから」
どこか得意げな感じで話す。
「それで短ければ数分、長ければ数ヶ月。前触れなく突然です。だから、さっきみたいなこともありますし、気だるげな朝もあるのです。でも、しっかりと休めば元通り元気になりますので安心してください」
言葉が詰まる。
「まぁ、お医者さんに言わせれば元気な姿の方が不思議らしいですけどね。内臓含めて、あちこちに異常があるらしいですなのに、普段は正常に動いて元気に過ごせている。原因は不明で、ドンピシャの症状も見つからないみたいです」
色葉さんは肩をすくめ、小さく笑った。
「ですから、体質といった方がよいのでしょうか。それにしても不思議すぎて、私の体を隅々まで調べてみたいと思われました。モルモットみたいに見られるあの感覚は最高でした」
「色葉さん、は……、死んじゃう、の?」
「あー、それなら大丈夫です。死にそうになっても死なないのが私の特技なんですよ。なんたって、私は一度死を乗り越えているゾンビ娘ですから」
手をひらひらさせて笑う。
「生まれる前から体が弱くて、一度は心拍が途切れて死産と言われたんですよ。ですが、さすが私。奇跡の復活を遂げたのです」
色葉さんは笑う。
「だから、もし私が死んでも、死を乗り越えてカナミさんに会いに行きます。安心してください」
惹かれてしまう。
「……でも今日は疲れました。このあとお母さんが迎えに来てくれるので、お家でぐっすりと休むのです」
いつもの笑顔のまま、どこか弱々しく見えた。
「そうだ、カナミさん。そこにある私のバッグ、取ってくれますか?」
「えっ? う、うん」
机の上の軽いバッグを手渡す。
「準備しておいたものがあるのです。これです」
バッグから一枚のメモを取り出し、こちらへ差し出した。
「家の住所メモです。こちらに書き留めておきました。」
「えっ、えっと」
「私の感覚だと、しばらく学校をお休みすることになると思います。その間、カナミさんと会えないのは寂しいので、ぜひ会いに来てくれると嬉しいです」
メモ帳を受け取る。
会いに行く……? 私なんかが……?
「家でゴロゴロしてるのはいつものことなので、遠慮せず、いつでも来てください」
こんな私に、まだ会いたいと言ってくれるの……?
「楽しみに待ってます」
そのあと、色葉さんは早退し、以降、学校を休んだ。
■
(相変わらず不気味なやつだな)
(なんか近くにいると無性にイラつくんだよな)
クラスメイトの心の声が突き刺さる。
色葉さんのいない学校は、辛くて、怖くて、気持ち悪かった。
こんなにも嫌なものだったのだろうか。
色葉さんがいる場所が明るくて楽しすぎた。
だけど色葉さんが来なくなった途端、すべてが元通りに戻った。
私は何も変わっていなかった。
色葉さんを助けない最低な人間。いや、人でなしだ。
学校が明るく見えていたのは、全部、色葉さんがすごいから。誰もが注目する人気者。
だから私は、本当は会うべきじゃない。
でも、逃げ出すようにして放課後、制服姿のままメモの住所を頼りに歩いていた。
小学生のときは来たことのない方面だったけど、同じ地元の中学だから、少し歩けば辿り着ける。
色葉さんに会いたくて仕方がなかった。
私の都合で色葉さんに迷惑をかけようとしている。
私はなんて自分勝手なのだろう。
「……ここ、かな?」
住宅街にある、小さな門と白い外壁の家。表札には「色葉」とある。
誰かの家を訪ねるなんて初めてだ。それが色葉さんの家だなんて緊張しないはずがなかった。
たしか、こういうときはチャイムを押すんだっけ。
でも、指は動かず、家の前をウロウロするばかり。
すれ違う人に、不気味な子だと思われた。
そのとき、玄関のドアがガチャリと開いた。
「あら?」
色葉さんのママだった。
「あなたは心音のお友達?」
「えっ、えっと……」
「外に友達が来てるから見てきてほしいって心音に言われたの。あってるかしら?」
「は、はい」
(それにしても驚いたわ。本当にいるなんて……。どうして心音にはわかったのかしら?)
優しい声。でも、心の奥では――
(それにしても話と違って不気味な子ね。心音ったら大丈夫かしら……)
やっぱり、皆が私を嫌う。
それでも、言葉をかけてくれるだけ、色葉さんのお母さんは優しい人だった。
案内されて家に入ると、白と木目調の落ち着いた廊下。緊張で背筋がピンと伸びる。
「心音ー、お友達が来てくれたわよ」
部屋の前で軽くノック。中からガサゴソと音。
「入るわよ」
扉が開いた瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。少し眠たくなるような香り。
「ようこそ、カナミさん。楽しみに待っていましたよ。ここが私の秘密基地、もとい、マイルームです」
ベッドで上体を起こした色葉さんが誇らしげに手を広げる。
いつもと違ったパジャマ姿。ふんわりとした長い髪が、しっとりと乱れているのにドキドキした。
「わ、わ……」
思わず、声が漏れる。
白とクリーム色でまとめられた柔らかな部屋。夢の中みたいな居心地。
でも何より目を奪ったのは――棚やベッドの周りを囲むように並んだ、膨大なぬいぐるみたちだった。
大きなもの、小さなもの、動物やキャラクター、手作りっぽい少し歪なものまで、全部でいくつあるのか分からない。
それに目を奪われていると――
「おや、これが気になりますか? これは全部お母さんたちが、私が家にいても寂しくないようにと買ってくれたのです」
「あら、いらなかったかしら?」
「そんなことはありません。どれも心がこもっているので、大切なものです」
「はいはい。それじゃあ、お菓子持ってくるから待っててね」
部屋に取り残されて立ち尽くす私に、色葉さんがベッドをポンと叩いた。
「今日もこちら、空いてますよ」
「あ、えっと……」
ベッドに座るなんてできない。
「もしくはこちらの方が好みですか?」
ベッドの脇にあった猫型のクッションを私に手渡してくれた。
私はそれに座らせてもらったけど、落ち着かず周りを見渡す。
壁際の棚には厚みのある専門書が並んでいた。
『ヒトの脳と意識』『身体に宿る心』『筋神経の急性制御』――見たこともないような難しいタイトルばかりだ。
「おっと、カナミさんは私の部屋に興味津々ですね」
「う、うん。だって、その、こういうの、初めて、だから」
「なんと! それは良いことを聞きました。ではでは、満足ゆくまで堪能していってください」
「えっと、色葉さんは、その……大丈夫なの?」
「大丈夫? あぁ、私の体調のことですか? 見ての通り、バッチリです!」
エッヘンと胸を張る。
「……とはいかないのですが、問題ないです。ちょっとしんどいのですが、いつものことなのでノープロブレムです」
「私、その……迷惑じゃない?」
「何を言うのですか。むしろ毎日来てくれてもいいのですよ。1人でいてもしんどいのは変わらないので、楽しく過ごせるだけでプラスです。あっ、でもこの前みたいに、急にスイッチがオフになってしまうかもしれないので、そのときは驚かず、自動でオンになるまで待ってもらえると助かります」
「……それは、えっと……」
何て言えばいいのかわからなかった。
色葉さんは私に気を遣ってくれている。なのに私は自分のことばかり考えている。
私は色葉さんにどう思われているか。会いたいとか。そればかり。
答えを探せずにいると、部屋に静寂が落ちた。
「さて、私の取り扱い説明はここまでです。ここからは最高に楽しい時間にしましょう。……いや、私たち二人が揃って最高でない時間なんてありえるのでしょうか? いやありえないですね」
色葉さんは口元に手を当てて、いたずらっぽく笑った。
「そうだ。せっかく二人きりの秘密空間ですから、ずっと聞きたかったことを聞いてもいいですか?」
「う、うん」
私には色葉さんに何かできると思えない。
でも、私にできることならば、なんだってするつもりだ。
「カナミさんも、私と同じ読心少女なのですよね?」
「…………えっ?」
――時間が止まったように感じた。
色葉さんの宝石みたいに透き通った瞳が、まっすぐに私を射抜く。
その胸の奥に浮かぶ心の瞳も、じっと私を見ていた。
「あぁ、読心少女というのは、心が視える。心の声が聴こえる。そういった読心能力を持つ美少女のことです」
私は、その力を知っていた。
色葉さんと初めて出会ったときから、同じ能力を持っているのではと思っていた。
そして今、それが確信に変わった。
「隠す必要はありません。私と同じく、カナミさんの心は視えませんから。……だから、なんとなく予想はついているのです。それに、カナミさんが読心少女でも、私は何もするつもりはありませんよ」
体温がすっと下がった。
座っているのに、地面がなくなったみたいにフラフラと感じた。
『――――なにそれ。うそつき』
『なんでそんなくだらない嘘つくわけ。心が読める? バカじゃないの?』
あのときの声が蘇る。喉が詰まる。手が震える。
「それで……どうなのですか?」
「あっ……」
答えなきゃ。けど、何を?
心が読めるって言うのが怖い。もしかしたら、色葉さんも私から離れていってしまうんじゃないかって思える。
……違うよ。色葉さんはそんなことしない。
色葉さんは可愛くて、優しくて、人気者で。私の、私の……私のと、友達だ。
だから、本当を言うんだ。
私は色葉さんが、大好きで、大好きで――。
だから正直に言おう。私も――――
「なにそれ?」
冷たい声が出た。
言葉に出たのは、あの日々の言葉だった。
「なんで、そんな嘘つくの? 心が読めるなんてありえないよ」
いつもは出ない言葉がスラスラと出た。
「本当ですか?」
「うん」
色葉さんの瞳と、胸に浮かぶ心の瞳が重なって、私を射抜く。
静寂が流れる。
「そうですか……。当てが外れてしまいましたか……」
色葉さんの視線が落ちる。
私は、なんて最低なのだろう。
本当のことを言うのが怖かった。色葉さんを信じられなかった。
そして、それを隠すために酷い言葉を言ってしまった。
それが平然とできてしまう私は、やっぱり最低だった。
色葉さんとは違って、私の胸には心の瞳すら視えない。
きっと出来損ないで心がないから、冷たい言葉しか思いつかないのだ。
何を言えばいいのか分からない。
次の言葉を、私は知らない。
でも、なにか、なにか、言わないと。そう考えていると――――
「そうですよね!!!」
弾む声が響いた。
「読心能力なんてありえないですよね! いやぁ~、カナミさんが読心少女じゃなくてよかったです!」
見上げると、キラキラした瞳。笑顔。
「そうですよね。読心少女だったら面白くありません! うんうん、それでこそカナミさんです!」
私はその表情を、輝きを、よく知っている。
「すみません。さっきのは忘れてください。小粋なジョークです。最近読んだ漫画が面白くて、つい真似してしまったんです」
初めて出会った、あの日。
私に向けてくれたキラキラとした輝き。忘れられるはずがない。いつも胸に焼きついている。
それが今、私に向けられている。
理由はわからない。でも、読心能力を隠したのは、間違っていなかったのだ。
もし本当のことを言っていたら。
私は、きっとこの笑顔を失っていた。
色葉さんは、私の前からいなくなってしまったかもしれない。
だから――私は決めた。どんなに嘘を重ねても。
――――私が読心少女だということだけは、絶対に秘密にしなければならない。
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