その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~   作:猫色箱

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第18話 はじまりの読心少女③

「カナミさん、お見舞いですか?」

 

 読心能力で保健室に誰もいないのを確かめ、そっと覗くと、色葉さんと目が合った。

 

「それでしたら私の隣が空いていますよ。特等席です」

 

 上体を起こした色葉さんが、ベッドをポンポンと叩く。

 

 

 

『なんで助けないの? ひどい……』

 

 さっき聴こえた声が頭の中に響く。

 私は最低だ。

 

 あんなに優しくしてくれたのに、苦しむ色葉さんを前に何もできなかった。隣に座る資格なんてない。

 

 それなのに、諦めきれなくてコソコソと様子を覗きに来たのだ。

 

「どうしたのですか?」

「あ、えっと……」

「遠距離会話も風情はありますが、今はカナミさんのキュートな顔を見たいのです。こっちに来てくれませんか?」

「う、うん」

 

 恐る恐るベッドの横に立つ。

 

「遠慮しないで、こちらに座ってください。私の体温で温めておきましたよ」

 

 それはできない。だって、私は色葉さんを助けられなかったのだ。

 

「座らないのですか?」

 

 見上げる瞳。

 

「ふ~む、交渉上手ですね。負けました。特別サービスです。裏メニューを解禁しましょう」

 

 色葉さんは、掛け布団をめくり、隣のスペースをポンと叩く。

 

 自分が惨めで、消えてしまいたかった。

 

「ご、ごめん、なさい」

「ん?」

 

 やっと声が出た。声が震える。

 

「その……さっき、何も……できなくて……」

 

 言葉にするほど、色葉さんが離れていってしまうんじゃないかって怖かった。

 こんな時でさえ自分のことばかり考える私が嫌いだ。

 

「そんなことですか。気にしなくて大丈夫。いつものことです」

 

 それなのに、色葉さんの言葉は優しくって。

 

「むしろ謝るなら私の方です。カナミさんといるのが楽しすぎて、ちゃんと説明してませんでしたね」

「ちが、ちがうよ。私が、私が」

「私の病気……というより、体質といった方がいいかもしれませんね。急に、体の中のスイッチが切り替わるんです。スッ……と、電源が落ちたみたいに」

 

 色葉さんは自分の胸のあたりに手を置く。

 

「そうです。全身の機能が『やる気ないです』って拗ねて止まっちゃうんですよね。そうなると、急にガクンとなるんです。まあ、超高性能すぎてバッテリーが追いつかない仕様ですかね。ほら、私は特別製ですから」

 

 どこか得意げな感じで話す。

 

「それで短ければ数分、長ければ数ヶ月。前触れなく突然です。だから、さっきみたいなこともありますし、気だるげな朝もあるのです。でも、しっかりと休めば元通り元気になりますので安心してください」

 

 言葉が詰まる。

 

「まぁ、お医者さんに言わせれば元気な姿の方が不思議らしいですけどね。内臓含めて、あちこちに異常があるらしいですなのに、普段は正常に動いて元気に過ごせている。原因は不明で、ドンピシャの症状も見つからないみたいです」

 

 色葉さんは肩をすくめ、小さく笑った。

 

「ですから、体質といった方がよいのでしょうか。それにしても不思議すぎて、私の体を隅々まで調べてみたいと思われました。モルモットみたいに見られるあの感覚は最高でした」

「色葉さん、は……、死んじゃう、の?」

「あー、それなら大丈夫です。死にそうになっても死なないのが私の特技なんですよ。なんたって、私は一度死を乗り越えているゾンビ娘ですから」

 

 手をひらひらさせて笑う。

 

「生まれる前から体が弱くて、一度は心拍が途切れて死産と言われたんですよ。ですが、さすが私。奇跡の復活を遂げたのです」

 

 色葉さんは笑う。

 

「だから、もし私が死んでも、死を乗り越えてカナミさんに会いに行きます。安心してください」

 

 惹かれてしまう。

 

「……でも今日は疲れました。このあとお母さんが迎えに来てくれるので、お家でぐっすりと休むのです」

 

 いつもの笑顔のまま、どこか弱々しく見えた。

 

「そうだ、カナミさん。そこにある私のバッグ、取ってくれますか?」

「えっ? う、うん」

 

 机の上の軽いバッグを手渡す。

 

「準備しておいたものがあるのです。これです」

 

 バッグから一枚のメモを取り出し、こちらへ差し出した。

 

「家の住所メモです。こちらに書き留めておきました。」

「えっ、えっと」

「私の感覚だと、しばらく学校をお休みすることになると思います。その間、カナミさんと会えないのは寂しいので、ぜひ会いに来てくれると嬉しいです」

 

 メモ帳を受け取る。

 会いに行く……? 私なんかが……?

 

「家でゴロゴロしてるのはいつものことなので、遠慮せず、いつでも来てください」

 

 こんな私に、まだ会いたいと言ってくれるの……?

 

「楽しみに待ってます」

 

 そのあと、色葉さんは早退し、以降、学校を休んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

(相変わらず不気味なやつだな)

(なんか近くにいると無性にイラつくんだよな)

 

 クラスメイトの心の声が突き刺さる。

 色葉さんのいない学校は、辛くて、怖くて、気持ち悪かった。

 

 こんなにも嫌なものだったのだろうか。

 色葉さんがいる場所が明るくて楽しすぎた。

 

 だけど色葉さんが来なくなった途端、すべてが元通りに戻った。

 私は何も変わっていなかった。

 

 

 色葉さんを助けない最低な人間。いや、人でなしだ。

 学校が明るく見えていたのは、全部、色葉さんがすごいから。誰もが注目する人気者。

 

 だから私は、本当は会うべきじゃない。

 

 

 

 

 でも、逃げ出すようにして放課後、制服姿のままメモの住所を頼りに歩いていた。

 小学生のときは来たことのない方面だったけど、同じ地元の中学だから、少し歩けば辿り着ける。

 

 

 

 色葉さんに会いたくて仕方がなかった。

 

 私の都合で色葉さんに迷惑をかけようとしている。

 私はなんて自分勝手なのだろう。

 

「……ここ、かな?」

 

 住宅街にある、小さな門と白い外壁の家。表札には「色葉」とある。

 

 誰かの家を訪ねるなんて初めてだ。それが色葉さんの家だなんて緊張しないはずがなかった。

 たしか、こういうときはチャイムを押すんだっけ。

 

 でも、指は動かず、家の前をウロウロするばかり。

 すれ違う人に、不気味な子だと思われた。

 

 そのとき、玄関のドアがガチャリと開いた。

 

「あら?」

 

 色葉さんのママだった。

 

「あなたは心音のお友達?」

「えっ、えっと……」

「外に友達が来てるから見てきてほしいって心音に言われたの。あってるかしら?」

「は、はい」

 

(それにしても驚いたわ。本当にいるなんて……。どうして心音にはわかったのかしら?)

 

 優しい声。でも、心の奥では――

 

(それにしても話と違って不気味な子ね。心音ったら大丈夫かしら……)

 

 やっぱり、皆が私を嫌う。

 それでも、言葉をかけてくれるだけ、色葉さんのお母さんは優しい人だった。

 

 

 

 案内されて家に入ると、白と木目調の落ち着いた廊下。緊張で背筋がピンと伸びる。

 

「心音ー、お友達が来てくれたわよ」

 

 部屋の前で軽くノック。中からガサゴソと音。

 

「入るわよ」

 

 扉が開いた瞬間、ふわりと甘い香りが漂った。少し眠たくなるような香り。

 

「ようこそ、カナミさん。楽しみに待っていましたよ。ここが私の秘密基地、もとい、マイルームです」

 

 ベッドで上体を起こした色葉さんが誇らしげに手を広げる。

 いつもと違ったパジャマ姿。ふんわりとした長い髪が、しっとりと乱れているのにドキドキした。

 

「わ、わ……」

 

 思わず、声が漏れる。

 

 白とクリーム色でまとめられた柔らかな部屋。夢の中みたいな居心地。

 でも何より目を奪ったのは――棚やベッドの周りを囲むように並んだ、膨大なぬいぐるみたちだった。

 

 大きなもの、小さなもの、動物やキャラクター、手作りっぽい少し歪なものまで、全部でいくつあるのか分からない。

 それに目を奪われていると――

 

「おや、これが気になりますか? これは全部お母さんたちが、私が家にいても寂しくないようにと買ってくれたのです」

「あら、いらなかったかしら?」

「そんなことはありません。どれも心がこもっているので、大切なものです」

「はいはい。それじゃあ、お菓子持ってくるから待っててね」

 

 

 

 部屋に取り残されて立ち尽くす私に、色葉さんがベッドをポンと叩いた。

 

「今日もこちら、空いてますよ」

「あ、えっと……」

 

 ベッドに座るなんてできない。

 

「もしくはこちらの方が好みですか?」

 

 ベッドの脇にあった猫型のクッションを私に手渡してくれた。

 私はそれに座らせてもらったけど、落ち着かず周りを見渡す。

 

 壁際の棚には厚みのある専門書が並んでいた。

『ヒトの脳と意識』『身体に宿る心』『筋神経の急性制御』――見たこともないような難しいタイトルばかりだ。

 

「おっと、カナミさんは私の部屋に興味津々ですね」

「う、うん。だって、その、こういうの、初めて、だから」

「なんと! それは良いことを聞きました。ではでは、満足ゆくまで堪能していってください」

「えっと、色葉さんは、その……大丈夫なの?」

「大丈夫? あぁ、私の体調のことですか? 見ての通り、バッチリです!」

 

 エッヘンと胸を張る。

 

「……とはいかないのですが、問題ないです。ちょっとしんどいのですが、いつものことなのでノープロブレムです」

「私、その……迷惑じゃない?」

「何を言うのですか。むしろ毎日来てくれてもいいのですよ。1人でいてもしんどいのは変わらないので、楽しく過ごせるだけでプラスです。あっ、でもこの前みたいに、急にスイッチがオフになってしまうかもしれないので、そのときは驚かず、自動でオンになるまで待ってもらえると助かります」

「……それは、えっと……」

 

 何て言えばいいのかわからなかった。

 色葉さんは私に気を遣ってくれている。なのに私は自分のことばかり考えている。

 私は色葉さんにどう思われているか。会いたいとか。そればかり。

 

 答えを探せずにいると、部屋に静寂が落ちた。

 

「さて、私の取り扱い説明はここまでです。ここからは最高に楽しい時間にしましょう。……いや、私たち二人が揃って最高でない時間なんてありえるのでしょうか? いやありえないですね」

 

 色葉さんは口元に手を当てて、いたずらっぽく笑った。

 

「そうだ。せっかく二人きりの秘密空間ですから、ずっと聞きたかったことを聞いてもいいですか?」

「う、うん」

 

 私には色葉さんに何かできると思えない。

 でも、私にできることならば、なんだってするつもりだ。

 

 

 

 

 

 

「カナミさんも、私と同じ読心少女なのですよね?」

「…………えっ?」

 

 

 

 ――時間が止まったように感じた。

 

 

 

 色葉さんの宝石みたいに透き通った瞳が、まっすぐに私を射抜く。

 その胸の奥に浮かぶ心の瞳も、じっと私を見ていた。

 

「あぁ、読心少女というのは、心が視える。心の声が聴こえる。そういった読心能力を持つ美少女のことです」

 

 私は、その力を知っていた。

 色葉さんと初めて出会ったときから、同じ能力を持っているのではと思っていた。

 そして今、それが確信に変わった。

 

「隠す必要はありません。私と同じく、カナミさんの心は視えませんから。……だから、なんとなく予想はついているのです。それに、カナミさんが読心少女でも、私は何もするつもりはありませんよ」

 

 体温がすっと下がった。

 座っているのに、地面がなくなったみたいにフラフラと感じた。

 

 

 

『――――なにそれ。うそつき』

 

『なんでそんなくだらない嘘つくわけ。心が読める? バカじゃないの?』

 

 あのときの声が蘇る。喉が詰まる。手が震える。

 

 

 

「それで……どうなのですか?」

「あっ……」

 

 答えなきゃ。けど、何を?

 心が読めるって言うのが怖い。もしかしたら、色葉さんも私から離れていってしまうんじゃないかって思える。

 

 ……違うよ。色葉さんはそんなことしない。

 色葉さんは可愛くて、優しくて、人気者で。私の、私の……私のと、友達だ。

 

 だから、本当を言うんだ。

 私は色葉さんが、大好きで、大好きで――。

 

 だから正直に言おう。私も――――

 

 

「なにそれ?」

 

 

 冷たい声が出た。

 言葉に出たのは、あの日々の言葉だった。

 

「なんで、そんな嘘つくの? 心が読めるなんてありえないよ」

 

 いつもは出ない言葉がスラスラと出た。

 

「本当ですか?」

「うん」

 

 色葉さんの瞳と、胸に浮かぶ心の瞳が重なって、私を射抜く。

 静寂が流れる。

 

 

 

「そうですか……。当てが外れてしまいましたか……」

 

 色葉さんの視線が落ちる。

 

 私は、なんて最低なのだろう。

 本当のことを言うのが怖かった。色葉さんを信じられなかった。

 そして、それを隠すために酷い言葉を言ってしまった。

 

 それが平然とできてしまう私は、やっぱり最低だった。

 

 色葉さんとは違って、私の胸には心の瞳すら視えない。

 きっと出来損ないで心がないから、冷たい言葉しか思いつかないのだ。

 

 何を言えばいいのか分からない。

 次の言葉を、私は知らない。

 

 でも、なにか、なにか、言わないと。そう考えていると――――

 

 

 

 

「そうですよね!!!」

 

 弾む声が響いた。

 

「読心能力なんてありえないですよね! いやぁ~、カナミさんが読心少女じゃなくてよかったです!」

 

 見上げると、キラキラした瞳。笑顔。

 

「そうですよね。読心少女だったら面白くありません! うんうん、それでこそカナミさんです!」

 

 私はその表情を、輝きを、よく知っている。

 

「すみません。さっきのは忘れてください。小粋なジョークです。最近読んだ漫画が面白くて、つい真似してしまったんです」

 

 初めて出会った、あの日。

 私に向けてくれたキラキラとした輝き。忘れられるはずがない。いつも胸に焼きついている。

 

 

 

 

 それが今、私に向けられている。

 理由はわからない。でも、読心能力を隠したのは、間違っていなかったのだ。

 

 もし本当のことを言っていたら。

 私は、きっとこの笑顔を失っていた。

 色葉さんは、私の前からいなくなってしまったかもしれない。

 

 だから――私は決めた。どんなに嘘を重ねても。

 

 

 

 ――――私が読心少女だということだけは、絶対に秘密にしなければならない。




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