その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~ 作:猫色箱
コンコン、と色葉さんの部屋のドアが叩かれる。
「心音。入るよ」
軽くノックした後、ガチャリとドアが開けられた。
「お待たせ、心音。お菓子、持ってきたよ」
「ありがとうございます。お待ちしていました」
入ってきたのは、色葉さんのパパだった。
私に向かって軽く頭を下げる。
「お父さん、紹介します。こちらは心の友の音無カナミさんです」
「こんにちは。奏海さんだね。わざわざお見舞いに来てくれてありがとう」
「は、はい」
「ここにお菓子を置いておくから、遠慮なく食べていいよ。あっ、心音は食べ過ぎて体を壊さないように気をつけなさいって、お母さんが言ってたよ」
優しそうな人だった。けれど、その目は――ほんのわずかに、探るようだった。
(仕事の合間に見に来てみたけど、やっぱりお母さんの言う通り……ちょっと嫌な雰囲気の子だな)
胸がキュッとする。
色葉さんの両親はとても優しそうなのに、それでも私のことは気持ち悪いと感じるのだ。
「それなら、いつもみたいにお父さんが厳選したチョイスを食べさせてくれてもいいのですよ」
「それは、もっと体が動かないときでしょ」
「おっと、恥ずかしがらなくてもいいのです。こんなにも愛らしい娘がいたら、誰だってそう思うのです」
「はいはい。そうだね。じゃあ、こんな可愛らしい空間には男は邪魔だから、そろそろ退散するよ」
「何を言うのですか。私に言わせればお父さんも愛らしくて、いくらでも愛でていられるのです」
「ははっ」
色葉さんのパパは手をヒラヒラ振りながら、開け放したドアを閉めて出ていった。
「きちんと紹介できていませんでしたが、あの人は私のお父さんです。家でお仕事をしているのですよ」
「そ、そうなんだ」
私はうなずきながら、閉じたばかりのドアをぼんやりと見つめた。
姿は消えても、色葉さんの両親の心は感じる。
グロテスクで、気持ち悪くて、うるさくて、視たくないものに違いなかった。
それでも、二人が色葉さんを大切にしている気持ちが伝わってきた。
…………いいなぁ。
笑い合って、優しくしてくれて、名前を呼んでくれる。
どこかで読心能力があるから、私は一人ぼっちだって思っていた。パパはいなくて、ママも厳しくて。
でも、色葉さんを見ていると、それは間違いだったと思い知らされる。
私が上手くやれなくて、皆に迷惑をかけるからダメなのだ。
「カナミさん?」
「えっ? あ……うん。なんでもないよ」
なんで、私は――――。
■
「また遊びに来てください。楽しみに待っているのです」
「……うん」
楽しい時間だったはずなのに、どこか重い気持ちで色葉さんの家を後にした。
初めての友達。初めてのお家。初めての長いお喋り。
なのに、色葉さんと一緒にいるほど――自分の足りなさが、くっきり浮かぶ。
あんなに楽しい時間をくれたのに、こんなことを考えてしまう自分が嫌いだ。
なのに、また色葉さんと一緒にいることを考えている図々しい自分が嫌いだ。
そんな暗い気持ちのまま、私のお家のアパートに帰ってきた。
古びた三階建てのアパート。コンクリートの階段を軋ませながら、二階の一番奥の部屋。
玄関ドアの前に立つ。中に感じる心は一人分。今はママだけだ。ドアを開けても大丈夫。
音を立てないように鍵を回し、そっと開ける。
リビングの椅子。ママはスマホを見たまま、こちらを見ない。
音を立てないようにして、靴を脱いだとき、声が落ちた。
「遅かったじゃん」
えっ……。
「なに、ジロジロ見てんだよ。気持ち悪い」
ママが声をかけてくれた?
「……まぁ、時間ギリギリってところかな。なんで、こういう時ばっか遅いんだか。ホント、私を困らせる才能あるよ。お前」
……もしかして、待っててくれたのだろうか。
胸がドキドキする。息が速くなる。
「もうすぐお前の客が来るから適当に相手しておいてよ」
私の客……?
その答えは、ママの心が教えてくれた。
「それって…………」
「おっ、バカの癖に察しがいいんじゃん。なに、根暗のくせに、そういうことには興味津々なエロガキってわけ」
そんなわけない。
皆が勝手に見せつけてくるんだ。
ドロリと纏わりつくような気持ち悪い下心。
身勝手で、醜くて汚くて吐きそうになる。
「私の客のツレにロリコンがいてさー。お前のことを言ってみたら、話がスラスラと進む進む! 根暗で不気味なやつって言ったのに、それはそれでいいんだって」
ママが笑っている。
たくさん話しかけてくれる。
「私が、そういうのしたら、ママ……嬉しいの?」
「もちろん。迷惑でしかないガキが金になるんだから。こんな簡単に金になるんだったら、もっと早くからしておけばよかった」
もし、ママが喜んでくれるのだったら、どんなにツライことだって耐えられる。頑張ってみせる。
その時、ふと色葉さんの家族が頭をよぎった。
色葉さんを想う愛に溢れた心。
気持ち悪い心に変わりはないけど。それでも私のことが好きだと言って欲しかった。
「……もし、私がお金を、たくさん稼いだら、私のこと…………好きに、なってくれる?」
「はぁ? 何バカなこと言っているの。そんなのあるわけないじゃん。あんたが生まれたせいで、どれだけ私の人生が狂ったと思ってるの。お前を育てるのにかかった金と迷惑代。金を返してもらって当然」
ママが私に話しかけてくれた。
それが嬉しくて。嬉しくて。嬉しくて。
それがいけなかったのだ。いつもよりも心を深く覗いてしまった。
普段は聴こえないフリをしていた。辛くて受け止められないから。
意味を考えないように。集中しないように。でも、ダメだった。
ママは、私が嫌いで、嫌いで、嫌いで。
私なんて生まれてこなければよかったって心の底からの後悔があった。
「おっと。そろそろ時間だから、そっちで待ってて。あぁ、制服はそのままでいいや。そっちの方がウケよさそうだし」
そうだよね。
私がいなければ、みんな幸せだったよね。
ママの言う通り、リビングを通って、隣の部屋に入る。
いつもなら私のために敷かれることない布団の上に座って身を縮める。
もう、私のせいで迷惑をかけたくない。
俯いていると、にゅるりと這い回るような下品な心が、玄関の向こうから徐々に近づいてくる。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
ガチャリとドアが開く。
男の人の声が聞こえる。ママと何かを話している。
……何かなんて嘘だ。
目を瞑っても、耳を塞いでも。心を通じて全部が流れ込んでくる。
心なんて読みたくない……。
ヒタヒタとした足音が私の前で止まった。
しゃがみ込む気配、布が擦れる音。
「君が奏海ちゃんだね。今日はよろしくね」
気安い声。柔らかい口調。
でも、心は蠢いていた。
「ほら、顔を見せて。……挨拶くらい、できるでしょ?」
見たくない。見たくない。見たくない。
「……無視? それとも恥ずかしいのかな?」
体が震える。息が吸えない。
「ほら、顔、見せてよ」
時が止まってしまったみたいに長く感じた。
色葉さんと一緒にいるときは一瞬で過ぎてしまうのに。
そのとき、時間が動いた。
「――ッ」
痛みで声が出た。
視界に、男の顔が映った。
男は、私の前髪をクシャリと掴むと顔を上げさせたのだ。
「そうそう……ね、せっかくだし、ちゃんと顔見て話したいな」
目が合った。
「ちょっと、あんま手荒なことはしないでよ。傷跡とか残ると面倒なんだから」
リビングの椅子に座るママの声。
パッと、私の髪から手が離れる。
「あぁ、ゴメンゴメン! 後で色を付けるから、許してな」
「たっく、しょうがないわね。あと、壁そんなに厚くないから、あんま大きな音だけ出さないようにして」
「オーケーオーケー。わかってますって。あ、ちょっと見られてると気が散るんで、そこのドアだけ閉めてもらってもいいですか?」
「はぁ~、本当に気をつけてよ。困るのはお互い様なんだからね」
ドアが閉められる。
嫌だ。ママ。閉めないで。
「……さてと、続きにしようか。奏海ちゃんがいい子で言う通りにしていれば、何も怖いことはないからね」
手が肩にかけられる。
そのまま体重をかけられるように、押し倒される。
誰も助けてくれない。それはそうだ。
私みたいな気持ち悪いやつになんて関わりたくないんだ。
私がいるだけで皆を不快にさせる。
ママを不幸にしてしまう。
「でもね、奏海ちゃんも悪いんだよ。そんな目で見てくるんだから」
私に対して鋭く突き刺さる怒りの感情。
また、何か間違ったのだろうか。私は誰かを傷つけることしかできない。
『カナミさん!』
私の名前を呼んでくれた色葉さんの姿が頭をよぎる。
誰よりも優しくしてくれたのに、私は色葉さんが苦しんでいるときに何もできなかった。
自分を守りたくて冷たい言葉を言ってしまった。色葉さんを信じられなかった。
酷いやつだ。こんな私なんか嫌われて当然。
横を向くと、部屋に置かれた鏡に映る私と目があった。
涙を流す情けない私。
何もできない私が嫌いだ。
みんなに迷惑をかける私が嫌いだ。
優しさを信じることができない私が嫌いだ。
消えたい。
いなくなりたい。
私は。私は。私は。
――――生まれてくるべきじゃなかった。
パチリ――――。
視界の奥、意識の底で、何かが弾けた。
ぼやけた闇の中から、ゆっくりと浮かび上がるそれは――目だった。
心の瞳。
色葉さんの心の瞳と、よく似た形をしていた。
……私にもあったんだ。
誰よりも醜くて、気持ち悪い心があったんだ……。
嫌だ!!!
こんな心なんて持ちたくない!!!
私は……、私は……、私は変わりたい!!!
忘れもしない。色葉さんと初めて出会った日。
九条さんの心を変えてしまった、あの一瞬を。
心の瞳から伸びた触手のような手で、心の瞳自身を強く巻き付ける。
――――色葉さんのように、皆から好かれたい。嫌われたくない!!!
ピキピキと瞳の外殻にヒビが入る。
――――色葉さんのように、ママと楽しく話したい。愛されたい!!!
ヒビ割れた外殻が剥がれ落ちて、中に隠されていた醜悪な心が視えた。
――――色葉さんの隣に居たい。必要とされたい。隣にいても相応しい自分になりたい!!!
ぐにゃり、と心を掴む感触があった。
粘り気を帯びた、ぬるりとした何か。私の心。私の形。私の――全部。変わっちゃえ。
「あはッ…」
声が漏れた。震えた唇の隙間から、熱と一緒に笑いがこぼれる。
「アハハッ!!」
誰の声? 違う。私の声だ。
心の形が変わっていく。
触れるたびに、ぬめりと音を立てて捩じれていく。
ずっと胸にあったモヤモヤが晴れていく。世界がキラキラで溢れた。
「アハハ……アハハハ……ッ!」
その瞬間。
首元に強い締め付けを覚えた。
あぁ、いい気持ちだったのに邪魔が入っちゃったな。
「なぁ、お母さんが静かにするように言ってたの覚えているよね? 奏海ちゃんは大人しくできるよね?」
男の人に首を絞められていた。苦しいな。
でもでも、どうしてこんなに怒っているのだろう。
心を覗くと、さらに怒りの感情が鋭く高まった。
あれあれ? 心を覗いたら怒ったよ? もしかして、気づいているのかな?
……あぁ! わかったよ!!!
私の読心能力の使い方が悪かったからだ!!!
必死に逃げようとして中途半端に心を覗いていた。それがダメだったんだね。
どこかでみんなは心の中を覗かれているって感じてたんだ。私みたいなやつに心の中を土足で踏みにじられたら気持ち悪いもんね!!!
理由のわからないイライラってやつだ!
皆を怒らせていた理由、やっとわかった。
なんで、こんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。逃げてばっかりだから見落としたんだ。
やっぱり、全部私が悪かったんだね!
これからは完璧に覗く。誰にも気づかれないように。バレないように。気分はスパイさんだ!
誰にもバレないようにする完全犯罪ってやつが重要なんだね。私頑張るよ!
「……奏海ちゃん、返事は?」
でも、とりあえず今は息が苦しいかな。
だから――上から、どいてほしいな。
「どいてくれるかな?」
「なに……を……」
男の体が、崩れるように横へ倒れ落ちた。
すでに私は、その心に触れていた。
心が体を動かすのだ。
これまでの経験で、感覚的に理解していたよ。
でも。う~ん、どいてもらうつもりだったのに倒れちゃった。失敗だ!
ツンツン。大丈夫かな? 上手くコントロールするのは難しいな。
「練習しないとな。……よいしょっと!」
私は立ち上がると、リビングへ続く扉を開いた。
「あ? もう終わったの? ってか始まってすらいないか」
スマホを弄るママが振り向く。
私なんかよりも、スマホの方が楽しいよね!
「なに、ジロジロ見て」
「ママ、大好きだよ」
「……は?」
ねぇ、ママ。私ね、欲しいものがあるんだ。
おねだりしてもいいかな。
いいよね!
だって私、悪い子だもん。泥棒さんみたいに盗んじゃえ!
■
チョキチョキ、チョキチョキ。
リビングに、髪を切る軽やかな音が響いた。
「ママね。美容師さんに憧れてた時期があってね。よく髪を切る練習してたの」
「へぇ~、そうなんだ!」
目を覆っていた前髪がハラリと落ち、視界が広がる。
不揃いだった髪も、少しずつ整えられていく。みんな、整列だ! ピシッ!
「奏海も、ママに似て可愛い顔してるんだから、もっとオシャレしないとね」
「うん! ママが美人さんなこと知ってるよ」
「ありがと」
「えへへっ」
髪を撫でるママの手が暖かい。
胸がポカポカする。
「はい。これで終わり」
「ママ、ありがと!」
肩にふんわりとかかる柔らかなライン。
何よりもママとお揃いの髪型なのが嬉しいな!
「ママ、大好きだよ!」
「私もよ。奏海、愛してる」
ひび割れたママの心から溢れ出す愛を感じた。あぁ、幸せだな。
よーし! 次は皆からも好きになってもらえるように明日から頑張るよ!
だからね。応援してね!
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