その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~ 作:猫色箱
病院の手術室前の長い廊下。
私はお母さんと並んで、硬いイスに腰掛けていました。
これは……何の出来事だったでしょうか。
『ココネ、大丈夫だからね……。きっと大丈夫……』
――あぁ、思い出しました。
これは、私が中学生のときのこと。お父さんが交通事故にあったと、突然の連絡が入った日の光景です。
前方不注意のトラックが歩道に突っ込み、信号待ちをしていたお父さんが巻き込まれました。
緊急搬送されたと聞いて、お母さんと駆けつけたのです。
『大丈夫……。大丈夫……』
お母さんは私の手を握りしめ、何度もそう繰り返していました。
けれど、その祈りは叶わないと私は知っていました。
手術室の中から、心の声が聴こえるのです。
(心拍が……落ちてる!)
(急げ! 止まるぞ!!)
お父さんからあふれていた、あの温かくて愛おしい心の音が、どんどん小さくなっていく。
色が抜けるようにして、心が視えなくなっていく。
……命の終わりは、どの瞬間を指すのでしょうか。
心臓が動かなくなったとき? 脳が止まったとき?
価値観は人それぞれでしょう。
ですが、私だけは答えを知っています。
それは――心が消えてしまったときです。
私は生まれつき体が弱く、病院で過ごす時間が人よりずっと多かった。
そのおかげで、そこで多くの魅力ある心と出会いました。
苦難に立ち向かう心。悲しみに溢れる心。誰かを思う心。痛みに耐える心。希望と絶望を抱く心。
どれもが、色も音も異なる、美しい旋律を奏でていたのです。
ずっと聴いていたい。ずっと視ていたい。
愛おしくてたまらない心たち。
けれど、ある日、その心は読み取れなくなり、消えてしまう。
それが命の終わり。
代わりのない心が消えてしまうのは、とても悲しいことです。
(心肺停止! 続けろ!)
(反応なし……脈も呼吸も戻らない!)
そして、私が愛してやまない心が視えなくなりました。音が聴こえなくなりました。
心の消失。
それが命の終わりです。
……けれど、本当にそうでしょうか?
それならば、消えた心はどこに行くのでしょう。
人が死ねば体は残ります。なら、心も何か残すのではないでしょうか。
もしかすると私は、本当の意味で「心の終わり」を見たことがないのかもしれません。
音が聴こえないほど小さく、色が視えないほど透明になっただけで――本当はまだそこにあるのでは?
星は昼間は見えませんが、空から消えたわけではありません。
飛行機の音も遠くなり耳から消えますが、空の彼方で響き続けています。
観測できなくなっただけで、存在はしている。
それならば、消えたように見えた心も、私の読心能力が届かなくなっただけなのではないでしょうか。
命の終わりとは、心が消えることではない。
――誰にも心が読まれなくなったとき、それが命の終わりなのではないでしょうか。
■
…………なぜ、こんなことを思い出しているのでしょう。
今、私は何をしていたのでしょうか。
『心音は悲しくないの?』
――これはいつの言葉でしたか?
そうだ。お父さんが亡くなった次の日、カナミさんと会ったときの話ですね。
そうですね。
世界にはいつだって、心が消えていく悲しみが満ちています。
それなら私は、今生きている心を味わいつくしたい。目の前の宝石を最高に楽しみたい。
最期に感じたお父さんの心も、私たちを想うものでした。
「元気で楽しく過ごしてほしい」と願う心。
悲しい気持ちは、もしかしたら嘘なのかもしれません。
みんなの心を覗いて感情を装っているだけで、実は私の心は存在しない。だから私にも視えないのかもしれない。
でも、それは残念なことです。
だって、それだと私の心は一生読めないじゃないですか。
いつかは私の心も観察したいです。
――超絶可愛い私の心は、きっと超絶愛おしいに決まっていますから。
■
『ココネ! お母さんがわかる!? よかった……。よかった……』
病院のベッドの横に、お母さんの姿がありました。
……これは、いつの記憶でしょうか。
思い当たりが多すぎて、思い出せません。
生まれたときから……いいえ、生まれる前から身体が弱かった私は、ベッドの上で眠り続けることがしばしばありました。
いくつもの病院を回っても原因は不明。
むしろ異常がいくつも見つかるばかりで、「なぜ元気に動けるのか」と不思議がられるほどでした。
いつ容態が悪化して、二度と目を覚まさなくてもおかしくない。そんなことをお医者さんがお母さんたちにコッソリ教えていました。
その不安を隠して私をひたすらに愛してくれる気持ち、目を覚ましたときの安堵、私が倒れたときの恐怖と絶望。
全部が全部、大好きです。
もっと色々な感情を味合わせてほしいです。
……でも、もし私が目を覚まさなくなったら。もう心を読むことができなくなったら。
これからも楽しく過ごせるように、笑っていられるような最期であってほしいですね。
■
『えへへ』
遠くで、カナミさんの声が聴こえました。
――あぁ、思い出しました。
私は教室で刺されて倒れたのですね。
それで眠くて、これまでの夢を見ていたのでした。
カナミさんの過ごした日々はとっても楽しいものでした。
心が読めない謎を追って、色々と想像を膨らませたものです。
私にとって、心は最高の娯楽です。原動力です。生きる希望なのです!
そこに心が読めない人が現れた。目の前に未知の心が存在するかもしれない。
それに興奮しないなんてこと、できるわけないじゃないですか!
結局は、読心少女だったという想定内の答えで、心も読めなかったわけですが。
それでも、カナミさんと過ごした毎日はとても楽しかったです。
だから、カナミさんが笑えるのであれば、こんな最期でもいいかもですね……。
『コ……コ、コネ……っ……ごめんね、ごめんね、ごめんね……』
――――嘘だ。
私だけが知っている。元気で楽しく過ごしてほしいと願った最後の心を。
誰よりも知っている。誰よりも私を想ってくれる心を。
遠くで泣き声が聴こえる。
私は立ち上がらないといけない。
いつものように、再び目覚めるのだ。
みんなが楽しい日々を過ごすために。
大好きな心と、再び出会うために。
――それに、私はまだカナミさんの心を読んでいないのです!!!
パチリ――――。
意識の奥底で――心の瞳と目が合った。
……チ、……チ……。
耳を澄まさなければ、呼吸の音にすらかき消されてしまいそうな微かな音。
ピカピカと。
闇の底で、透明な光が輝いている。
初めて感じるそれを私はよく知っている。
一番近くにあって、一番遠くにあったもの。
『誰にも心が読まれなくなったときが命の終わりではないでしょうか』
――きっと、私ならできる。
その存在を、私が証明し続けよう。
見失わないように。
途切れないように。
消えないように。
そして、再び立ち上がるために。
その誰にも読めなかった心を覗くのだ。
――――超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネは『色葉心音』の心を読み続けよう。
ピクリ。
指が動く。
――いつだって心が体を動かすのです。
ならば心を操れる私は、体を自由に動かせて当然じゃないですか。
細胞、神経、筋繊維の一つひとつをコントロールしてみせましょう。
全身が自動に動かなくなったのなら、すべてを手動で動かせばいいのです。
私ならできて当然。
「……かはっ!」
喉の奥から、血と空気が同時に溢れ出す。
流れ出た血は戻りませんが、残った血液だけでも十分やり遂げられます。
問題なし。
「……んっ」
左目に光が戻りました。
ジジジジ……と壊れかけの映像のように歪んでいますが、見えるのは教室の天井。
私は仰向けに倒れていたようですね。
これだけ見えれば十分です。
問題なし。
「はぁ……、はぁ……」
両腕を使って、ゆっくりと上体を起こす。
右腕は感覚がなく使いにくい。けれど、私の思い通りに動いています。
問題なし。
「よいっ……しょ…っと」
ゆっくりと立ち上がりました。
左足の感覚はまだ戻らず、ふわふわと浮いているようです。いずれ慣れるでしょう。
問題なし。
「ふふふ……ふふふ……」
右耳だけから、ぼやけた笑い声が聴こえてきます。
それだけでも困りません。
問題なし。
「ふはははははは……!」
思わず笑いがこぼれてしまう。
だって――私は読心少女として、次のステージに上がったのですよ!
ひび割れてボロボロになった心の瞳。
その中に、私自身の心が視えるのです。
これが嬉しくないはずがありません!
ついに、私は自分自身の心を読み取ることに成功したのです!
成長の機会を与えてくれたカナミさんには、感謝の言葉しかありません!
九条さんにも感謝です!
自らのお腹を突き刺したときに試した無意識下での読心能力の使用。あの経験が役立ちました!
刺されてみるもんですね!
「……ふぅ」
おっと、いけません。
嬉しすぎて、少しハイになっていたようです。
今の私には、やるべきことがあるのです。
カナミさんに会いに行きましょう。
教室の時計を見ると、私が意識を失っていたのは数分ほど。
今ならまだ追いつけるはずです。
そのためには、まず居場所を探さなければなりません。
失敗は許されない。最速で実行する必要があります。
そのために――非常に残念ですが。
皆さんにも手伝っていただきましょう。
私は、大切なモノのためであれば、心を操ることに迷わないと決めています。
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