その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~   作:猫色箱

32 / 34
継がれた読心少女
第32話 もう一人の読心少女⑥ / はじまりの読心少女⑭


『カナミさん。私のお手伝いはここまでです。足りないところは私の心も使って、カナミさんの心を大補修しておきましたから、目覚めたら頭スッキリのはずです』

 

 心音が私を呼ぶ声が聴こえる。

 いつだって、どんなときも私を見つけてくれた大切な人。

 

『後はカナミさんが自由に決めてください。何を選んだとしても、心から望んだことなら応援するのです』

 

 暗い意識の底。

 ボロボロの姿のまま笑いかける心音が視えた。

 

 近づきたいのに、体が動かない。

 

『私は少しだけ疲れました。お昼寝してから行きますので、待っていてくださいね』

 

 そう言って心音は目を閉じ、暗い水底へと沈んでいく。

 

 ————待って!

 

 叫びたいのに声が出ない。

 手を伸ばすことすらできない。

 

 昔も今も変わらない。

 大切なところで何もできない。助けてもらってばかりだ。

 

 私は————

 

 

 

 ■

 

 

 

 ——まぶしい。

 

「音無さん、聞こえますか?」

「……私?」

 

 掠れた声が漏れる。目の前には白衣のお医者さん。

 

「お名前、生年月日、言えますか?」

「……音無奏海。誕生日は、えっと……十月九日だっけ……」

「今、ここはどこかわかりますか?」

「…………病院、ですか?」

 

 頷くお医者さん。

 私は病院のベッドで寝ていた。

 

 ぼんやりした頭が少しずつ晴れていく。

 こんなにスッキリしているのは久しぶりだ。

 

 ……いや、違う。それだけじゃない。

 

 ――心が読めない。

 

 目の前のお医者さんの心も、世界に満ちていた最悪な声も。

 全部、消えていた。

 

 どうして? どうして?

 心臓が早鐘を打つ。大事なことを忘れている気がする。

 

「はい。音無さんは校内で倒れているところを保護されました。命に関わる状態ではありませんが、しばらく安静にしてください」

 

 ……校内で?

 そうだ。思い出した――!

 

「心音は!?」

 

 思わず体を起こし、お医者さんの腕を掴んでいた。

 

「音無さん。急に起き上がると危険です。落ち着い————」

「心音はどこにいるの!?」

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから数日後。学校の教室。

 

「音無さん、その……元気出しなよ。色葉さんなら大丈夫だよ」

「そうそう。昔からよく休んでたんでしょ? 今回もきっと大丈夫だって」

 

 昼休み。

 俯いていた私に、クラスメイトが優しく声をかけてくれる。

 ……優しい言葉なんていらないのに。

 

 私が病院で目覚めてから、退院するまでに時間はかからなかった。

 でも、心音はずっと病院に眠り続けている。

 

 私と一緒に搬送された心音は、すぐに大手術を受けることになった。

 結果としては、一応は成功……の部類に入るらしい。

 

 運ばれてきた時点で、状態は最悪。

 そこから、一命を取り留めただけで十分に奇跡的らしい。

 

 でも、心音は目を覚ますことはなかった。

 家族しか入れない特別な治療室で眠り続けている。

 

 これらの詳しい話は、心音ママから聞いた。

 病室で目覚めた私を心音ママが時間を見つけて、お見舞いに来てくれたのだ。

 

 最後には「また心音は長いお昼寝に入ってしまったみたい。ごめんね。心配をかけて」と声をかけてくれた。

 私はどんな表情をしていたのだろう。

 

 

 

 それから私は、逃げるように病院を退院した。

 そして、お家に帰ると「カナミ、あいシテルよ」とママが出迎えてくれた。

 私の過ちを突きつけられているようだった。その言葉が苦しかった。

 

 だから、いつも通りの生活を言い訳にして、逃げるように学校に登校した。

 一人きりの登校は心音がいない現実を突きつけられているように感じた。

 

 教室で下を向いていると、クラスの皆が声をかけてくれる。

 優しい言葉。それが、私の胸に深く突き刺さるんだ。

 

 

 

 病院で目覚めてから、私は誰の心も読めなくなった。

 世界は静かになり、綺麗に澄み渡っている。

 

 きっと心音が、私の読心能力を封じてくれたのだ。

 もう、誰の心も感じない。私に嫌な感情を流し込んでくる人はいなくなった。

 

 なのに。

 皆の優しさが痛くて、痛くて堪らない。

 

 誰も私を責めない。咎めない。怒ってくれない。

 当たり前だ。

 

 そもそも誰も、心音が刺されたことを事件だと認識していない。

 皆の記憶は書き換えられ、あの日は何もなかったことにされてしまったのだから。

 

 心音を貫いたナイフは消えた。

 血で汚れた床は綺麗に掃除され、僅かなシミだけが残っている。

 いくつかの机や椅子も、いつの間にか新しいものに入れ替えられていた。

 

 お医者さんでさえ、心音の症状は理解しているはずなのに、それを事件だと認識できていない。

 全部、全部、私の都合のいいように捻じ曲げられてしまったのだ。

 

 ……そして、一番の卑怯者は私だ。

 その現実に甘えて誰にも真実を話そうとしない。怖がりで弱虫のクズだ。

 

 私は……。私は……。

 

「あっ、音無さん! よかった、教室にいてくれて! 伝言を預かってるんだ」

「……伝言?」

 

 声が聴こえた方を振り返ると、別クラスの女の子が教室に入ってきて私のところに向かって歩いているところだった。

 

「うん。あのね————」

 

 

 ■

 

 

 学校の階段を駆け上がり、八階へ。

 さらにその上、屋上へ続く階段を登る。

 

 折り返し地点から見上げれば、屋上のドアが視界に入る。

 あの日、心音と最後に話した場所。今は何もなかったように、綺麗に整えられていた。

 

 心臓の音が大きく鳴る。拳を強く握り、息を整える。

 一段、一段と踏みしめ、ドアノブに手をかけた。

 

 ――ガチャリ。

 

 

 今度は、あのとき閉ざされていた扉が開く。

 強い風が一気に吹き込んできた。

 

 一歩踏み出すと、屋上の広がりが目の前に開ける。

 思い返せば、中学の頃からいつもこの階段までで、屋上に出るのは初めてだった。

 

 でも、そんなことを思い出すためにここに来たのではない。

 目の前のフェンス際に寄りかかる人影へと歩を進める。

 

 スマートフォンを片手に、退屈そうに画面をなぞっている。

 私が少し近づいたところで、その人影が顔を上げた。

 

「……九条さん」

「やっと来たか」

 

 さっきの伝言。それは私を屋上に呼ぶ九条さんのものだった。

 屋上の鍵を開けたのも九条さんだろう。

 

 九条さんはスマートフォンを持ったまま、フェンスから数歩離れる。

 

 声は普通に届く距離。けれど、話すには遠い。

 吹き荒れる風の中、私と九条さんはその微妙な間を隔てて向き合った。

 

「面倒だから初めに言うと、私は全てを知っている」

 

 九条さんの一言。

 

 私の都合だけで九条さんを読心少女にしてしまった。

 その償いをするときが来たのだろう。

 

「……ごめんなさい」

「は? 別にお前に謝ってほしくて呼んだんじゃない。むしろ感謝してほしいくらいだね」

「感……謝……?」

「マジか。気づいてないのか」

 

 九条さんは呆れたように肩をすくめる。

 

「お前らが好き勝手やった事件の後片付け。あれを誰がやったと思ってる?」

「それは……心音が……」

「運ばれた後も? 学校にいたやつらだけ操れば終わりってわけじゃないだろ。まさか、あれ全部を色葉一人でやったと思うのか?」

 

 ――確かに。

 事件をなかったことにするには、たくさんの心を操る必要がある。

 あの状態の心音ひとりじゃ、到底できるはずがない。

 

「お前らのことを病院に連絡したのは私。他の後始末も私。……ったく、おかげで散々走り回る羽目になったわ」

「で、でも……九条さんは、そこまで多くの人に読心能力を……」

「それは昔の話だ。あの日、色葉のやつに直接叩き込まれたんだよ。読心能力の使い方をな。……お前がコソコソ私にやり方を教えてたのと同じだ」

 

 私が九条さんに経験を流し込んだように――今度は、心音が。

 ……あれ? 九条さんは、私がしてきたことまで知っている?

 

「なんで、そこまで知っているのって顔してるな。色葉を経由してお前の記憶を見たんだ」

「え……?」

「お前たちのことを病院に連絡したってことは、あの現場を一回見に行っているってことだ。色葉がお前の心を読んだ後だったからな。あいからず視えないお前の心は無理だが、色葉の心は読める。何があったか確認するために、死にかけ同然の色葉の心を読んだら、一緒についてきたってわけ」

 

 九条さんは私の記憶を知っている……。

 私がこれまでにしてきたこと、全部。

 

「それなら……なんで。私のために、ここまでしてくれるの?」

「私のため、だと?」

「だって……事件をなかったことにして、得してるのは私だけで……」

 

「はぁ? 私にメリットがあるからに決まってるだろ。私はこの読心能力を秘密にしておきたい。誰にも知られていない状況こそが最高だからな」

 

 私だって散々能力を悪用してきた。

 バレてしまえば対策される。秘密にしたいのはわかる。

 

「だからこそ、中途半端に事件として残っちゃ困る。お前がうっかり喋るリスクを潰すために、色葉と利害が一致した。あいつのお願い事として、事件の隠蔽に協力したわけだ。ついでに、あいつの技術も貰えたのはラッキーだったな」

 

 心音のお願い事……。

 やっぱり、そこまで手を回してくれていたんだ。

 

「なぁ、知ってるか? 色葉のやつ、一応容態が安定しているから個室に移されたらしいぞ」

「……そうなんだ」

 

 知っているわけがない。心音のとこに行けるわけない。

 

「そのおかげで、これからは誰でもあいつの病室には入れるようになったわけ」

 

 ……何の話?

 

「なぁ、音無。読心能力を私にくれたこと――それ自体には感謝してるんだ。人の心を暴き、操り、支配できる。最高の力だ。オンオフが効かないのは欠点だが、それでもお釣りがくる」

 

 強い風が私たちの間を通り抜けた。

 

「この力さえあれば、何にだってなれる。でも、そのためには――他の読心少女は邪魔だ」

「え……?」

「色葉。そして音無。私の脅威になり得るのは、お前たち二人だけだ。だから――ここで決着をつける」

 

 九条さんがスマートフォンを軽く掲げた。

 嫌な予感。全身が冷たくなる。

 

「時間になったら色葉を殺すようにお願いしてある。守りたいなら……屋上から飛び降りて死んでくれ」

 

 

 

 私の償いはこれからが本番だったのだ。




更新の励みになりますので、お気に入り・感想・評価などなど、是非ともよろしくお願いします!!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。