その誰にも読めない心を覗いてみたい ~超絶可愛い読心少女である私こと、色葉ココネには伝えたい秘密がある~   作:猫色箱

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第8話 もう一人の読心少女①

『あんたは特別じゃないんだから、誰にも迷惑をかけないように普通に生きればいいんだよ』

 

 ――母さんに言われた言葉を、今でも覚えている。

 

 けれど、普通なんてつまらない。私は特別になりたかった。

 

 小さい頃から、人よりも何でも上手くできた。

 流行に合わせて、みんなの先頭に立つ。そうすれば、注目を集められる。私は「特別」に近づける。

 

 そのためなら面倒なことだってやる。

 そして――――

 

「お前。何見てんだよ?」

「ごめんなさい。皆さんの魅力に思わず見惚れていました。もちろん、邪魔をするつもりはないので、どうぞ続けてください」

 

 中学の校舎裏。そこに立っていた少女を見て、思わず息を呑んだ。

 

 髪は雪のように真っ白で、光を受けてきらめいている。

 顔立ちは人形のように整っていて、どこか人間離れしていた。

 けれど、その体はあまりに小さく幼く、制服だけが浮いて見える。

 

 現実から少し外れたような、不思議な幻想をまとった姿。

 触れれば壊れてしまいそうな儚さが、彼女をさらに特別にしていた。

 

 目を逸らすことができない。視線を奪われる。

 私はそのとき、本物の“特別”に出会ってしまった。

 

 私、九条《くじょう》玲《れい》と、色葉《いろは》心音《ここね》の最初の出会いだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「はじめまして、色葉ココネと言います。皆さんとお会いできる日を楽しみにしていました」

 

 翌朝。教室の前に立つ色葉を見て、私は思わず固まった。

 

 ……は? なんであいつがここに?

 驚いた。まさか、同じクラスだったのか。

 

 入学式から姿を見せない生徒がいるとは思っていた。まさか、それがあいつだったとは。そういえば同じ小学校だったやつらが「病弱で休みがちだ」なんて噂していたっけ。

 

「しばらく体調が優れなくてお家でグデーっとしていましたが復活です。急に具合が悪くなることがあると思いますが、この通り、私は死にそうで死なない不死身の女ですから心配ご無用です。では、皆さんよろしくお願いします」

 

 ……そして、変わり者だ。

 

 けれど、誰もがあいつに惹きつけられる。

 その異質で恐ろしく整った姿に誰もが振り向く。その声に自然と耳が傾く。そこにいるだけで特別を感じさせる。

 

 そして、その色葉は――なぜか音無《おとなし》奏海《かなみ》と一緒にいる。

 

「カナミさん、一緒にペアを組みましょう。私たちが組めば無敵なのです」

「私が、いなくても……、色葉さんは、無敵だよ」

 

 ……よりによって、あの音無か。

 

 根暗で、どんくさくて、小学生の頃は毎日同じ服を着ていたって噂もある。風呂にも入ってないと聞いたこともあるぞ。

 それに何だか近くにいるだけで謎にイラつく。

 

 他のやつだって、音無には同じ印象を持っている。クラスの嫌われ者だ。

 それなのに、なぜ色葉は、そんなやつと……。

 

 

 

 ■

 

 

 

「ねぇ、九条見て! この前のLive、プチバズってる!」

「マジか」

 

 ある日の教室。友達がスマホを差し出してきた。

 私たちが投稿していたTikFlickのLive動画が伸びているらしい。

 

 どれだ?

 

 再生してみると――

 

「すみません。お邪魔してしまいましたね」

 

 そこには、事故的に映り込んだ色葉の姿があった。

 

『めっちゃ可愛い』

『今の子も出してほしい』

 

 は……?

 コメント欄は色葉のことで盛り上がっていた。

 

「ねぇねぇ、色葉のやつ、もう一回出したら再生数稼げるんじゃない!」

 

 ……バズれば何でもいいってわけか。

 そう思ったけれど、言葉は飲み込んだ。

 

 認めたくないが、色葉には人を惹きつける特別がある。

 だから、直接声をかけてみたのだ。だが――

 

「ごめんなさい。そういう動画には興味がないのです。やっぱり直接会うのが一番ですからね」

 

 ……なんで。

 私が欲しいものを簡単に捨てられるのだ。

 

「では、カナミさんと一緒に帰るので失礼します。動画投稿、頑張ってください」

 

 また音無か。どうしていつもあいつなのか。

 その日を境に、私は二度とLiveに動画を上げることをやめた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 それからしばらくして、色葉は体調を崩し、学校を休むようになった。

「余命一年」なんて馬鹿げた噂まで流れた。不幸なことのはずなのに――それすらも、あいつの特別さを強めているように思えた。

 

 

 ……でも、これで音無はひとりだ。

 色葉がいなければ、音無はただの嫌われ者だ。そう思っていたのに――

 

「みんな、おはよーーー!」

 

 教室の扉を勢いよく開け、笑顔で挨拶する音無が立っていた。

 

 ……マジか。見間違いかと思った。

 目元を隠していたボサボサの髪はきれいに整えられ、堂々とした声が教室に響く。

 

 賑やかだった教室はシーンと静まり返って、全員が音無を見ていた。

 

「あれー? 何かおかしかった?」

 

 そりゃそうだ。お前みたいなやつが、急に馬鹿でかい声で登校してきたら引くわ。

 キャラ変なんて無駄だ。クラスのみんなは本当のお前を知っている。そう思った――のだが。

 

 

 

 そのキャラ変は続いた。

 

 あれほどオドオドしていたやつが、毎日明るく振る舞うようになった。

 最初は戸惑っていたクラスメイトも、いつの間にか受け入れ始めていた。

 

「音無さん、最近いいよな。明るくなったし、よく見たらめっちゃ可愛いし」

「わかる。俺だけかと思ってたのに」

 

 そんな男子の声が聞こえてくる。

 

「音無さん、部活入らないの?」

「ううん、入ったらココネと一緒に帰れないからね!」

「えー、もったいない! 絶対エースになれるのに!」

「ふふふ、残念ですがカナミさんの席は私がいただきました。バレー部には渡しませんよ」

「ココネが一緒なら別だけどねー」

 

 色葉を膝の上に乗せ、楽しそうに話す音無。

 その周りには、いつの間にか人だかりができていた。

 

 ついこの間まで避けていたくせに。調子のいい連中だ。

 けれど、もっと信じられないのは音無だ。

 

 別人になったのかと思うほど変わってしまった。

 もしかして色葉は、これをわかっていたのだろうか。最初から、音無を選んだ理由は……。

 

 

 

 ■

 

 

 

 結局、あの関係はずっと続いた。

 いや、続いただけじゃない。学年が上がるごとに、色葉と音無はますます周囲から一目置かれる存在になっていった。

 

 そして、二人はいつも一緒だった。

 互いを特別と思っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 ――気づけば、中学三年の冬。進路を決める時期になっていた。

 

「九条すごいじゃん! 桜清高校ってメッチャ頭いいじゃん」

「まあな」

「そういえば、色葉と音無も桜清に行くんだっけ?」

 

 ……知っている。

 だからこそ、私も同じ高校を選んだのだ。

 

 私は負けていない。

 それを色葉に証明するために――あいつらと同じ場所に行く。

 

 

 

 ■

 

 

 

 高校生活も半年が過ぎ、季節はすっかり秋。

 昼休みの教室は、相変わらずの賑やかな声に満ちていた。

 

 私は友達と机を並べ、コンビニのミルクパンをちぎって口に運ぶ。

 

「九条さぁ、聞いてよ。うちの親、テストの点で部活やめろって言うんだよ。ありえなくない?」

「へぇー」

 

 普通の日常。

 

 中学ではトップだった成績も、今ではただの平均。

 部活もせず、友達とダラダラ過ごすだけ。

 

 私はほんの少し優秀だったに過ぎない。広がった世界の中で、気づけば普通に埋もれていた。

 

「音無、マジでタイプ。付き合ったら絶対楽しいって!」

「……俺は色葉の方かな」

「うわ、ロリコン犯罪者じゃん!」

 

 教室で無邪気なハシャぐ男子の声が聞こえる。

 

 男子の無邪気な声が耳に刺さる。

 私が平凡に沈んでいく一方で、色葉と音無は違う。別のクラスにいても、名前は自然と届いてくる。誰もが二人に惹かれていた。

 

 高校に入ってから一度も話していない。私から声をかけに行くなんて負けた気がする。

 そんなことを考えていたからだろうか。なんだか肩が重い。

 

「九条、聞いてる?」

「あぁ、聞いてるって――」

 

 

 

 ――そのとき、ぐにゃりと。

 

 

 

 視界がにじみ、空気がぐにゃぐにゃと形を変えていく。

 

 空気は溶けたように揺らぎ、鼓膜が内側から押しつぶされる。教室のざわめきが遠ざかり、自分が自分でなくなるような感覚。

 

 机にしがみつき、必死に耐える。

 

「…………大丈夫?」

 

 音が戻る。声が聞こえる。

 

(えっ、まじ、急にどうしたの!?)

 

 ――だが、友達の口は動いていなかった。

 それだけではない。人の内側に、どろどろとしたおぞましいものが透けて見える。

 

 理解できない。ざらついた不快感が肌にまとわりつく。

 

(あぶねー。色葉って言わなくてよかった……)

(午後の体育、だるいな……)

 

 頭に直接、声が流れ込んでくる。

 異常が世界を満たしていく。

 

 ……私の頭がおかしくなったのか?

 もしこれが現実だとしたら。

 

 ――この教室で、気づいているのは私だけ。

 私はひとり、特別な世界へと足を踏み入れた。




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