宵崎奏は幼馴染   作:宝生永夢ゥ

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君が、貴方がいるから今日も生きていられる

才能というものは生まれながらに決まっている。

天才の親を持つ子供はその才能を色濃く受け継ぐことが多い。

僕の実家である夕崎家はピアノの名家として名だたるピアニストを輩出して来た。夕崎進という最高のピアニストが誕生した。その名前を知らぬものは少ないと断言できるほどの圧倒的な演奏技術を持っている。

 

夕崎進は到達点に近い。それほどの功績を彼は残した。

だがこれ以上の進歩が無くなることを恐れた夕崎の上は考えた。

夕崎進の種を使い、同じく音楽に才がある女性との子供を作り、夕崎家で最も才があるものを作り出そうと。

そうして産まれたのが僕だ。

夕崎燐は天才である。

天才と天才を掛け合わせることで生み出された子供である。

 

余計なことを考えながらも指はピアノの鍵盤を弾いていく。

頭の中で譜面ができていく。自身の感情を、この虚しさを即興で曲にする。

演奏が終わる。

拍手喝采が鳴り響く。

結果は見えているのだろうピアノを弾いていた誰かが泣いている。

誰だって即興で曲を作る人間と同じコンクールになど出たくないだろう。

これがいつもの光景。いつもの風景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

誰もいない家に寂しく声が反響する。

ひとりには広い一軒家。誰かの声が聞こえない生活を何年も続けていては慣れてしまうのは仕方ない。

シャワーだけを浴びたらそのまま食事を取らずにベッドに倒れ込む。

一人暮らしだと気分が乗らなければ食事を作ることすらしなくなる

いつもと変わらない1日。

 

 

「消えたいな……」

 

心の根底にあるのはこれだ。

才能があるが故に人を不幸にする。天才は人を殺すことがある。

自身が犯した罪過に苦し見続けている。母を殺してしまったそんな罪を。

それでも死ねない理由がある。

 

家の鍵を開ける音が聞こえる。

 

「起きてる?」

 

部屋の扉が少し開かれるとそこから少女が顔を覗かせる。

銀の綺麗な髪と少しアンバランスなジャージを着た少女は僕が起きてる姿を視認するも当たり前のように部屋に入ってくる。

 

「起きてるよ、奏。今日はサークルなかったの?」

 

「うん……今日はみんな忙しいみたいだったから……久々に憐の部屋に来れた」

 

そのまま奏はベットサイドに腰をかけ、上から見下ろすように僕を見る。

 

「ごめんね。僕だけ寝っ転がったままで」

「大丈夫……燐も疲れてると思うし…そのままでいいよ」

 

僕の髪を小さな手が撫でてくる。心地いい肌の感触に浸っていたくなる。

 

「ならお言葉に甘えるね」

「…うん……コンクールお疲れ様…最優秀賞だったんだね」

「…もう珍しいものでもないけどね」

「毎回そうでも…すごいよ…頑張ったね」

 

そう言ってくれる奏の言葉が胸に染みる。

 

いつも通り他愛ない会話を続けていると少し違う話題がやってくる

 

「そうだ…曲のデモができたんだけど…聞いて」

「新曲?」

「うん…まだ期限まであるから意見が欲しい」

「わかった。役に立てるかは、分からないけど」

 

奏はスマホに接続されたイヤホンの片側を僕の耳に入れると反対側を自分の耳に入れる。

 

曲が流れ始める。沈むように底に落ちていく感覚。何もかも諦めようとして、それでも諦められないものがあって。

最後には足掻いた先に誰かに引っ張って貰える。

3分弱の短い時間。たったこれだけの時間に作り手の思いが込められている。

奏は天性の音楽センスを持っている。

自惚れた発言をするのであれば僕と同等かそれ以上の。

そうなるように両親が結婚させられて産まれた僕とだ。

高校生の段階で既にこの領域にいることに身震いすら覚える。

 

「どう…かな?」

 

そんな彼女はいつの間にか僕の手を握りしめながら少し不安そうな顔をしている。もっと自信を持ってもいいものなのだが、父親との一件が彼女に自信を持たすことを許さないのだろう。

 

「すごく良かった。奏が救いたいと思ってる心と救いたい人達へ伝えたいものが感じとれて……でも」

 

身体を起こして奏のスマホのシークバーを違和感を持ったポイントまで動かす。

 

「ここのコード、このコンセプトで曲作るなら少し浮いてる気がするんだよね…」

「なるほどだったら……ここはこう調整して……」

 

今回の違和感も120点の中に、1箇所100点が混ざっていたとかそういうレベルの違和感でしかない。奏がブツブツと呟きながら共有したイメージを一瞬で飲み込んで形にする。

イメージを自身の中で固め終わったのか数分で意識を戻してくる。

 

「あ…ごめん……」

 

「奏の集中する姿、好きだからもう少しやってても良かったのに」

 

「どう改善するか…決まったから……それに」

 

「……えっと……ん…」

 

奏が小さく手を広げ何かを待っている。

それを確認し僕も両手を広げる。

 

「ほら、おいで」

「う、うん…」

 

恥ずかしそうに少し頬を赤くした奏は、手を僕の背中に回しそっと僕の腕の中に収まる。

互いに家でひとりぼっちになってから何度も行うようになったこの行為に奏は未だに慣れていないようだ。そんな奏の姿が愛おしい。

 

「温かいな……」

「うん……温かい」

 

腕の中にある温かさで今日も実感できる。

僕はまだ生きなければいけない。この温もりがある限り。

 

「奏……」

「…何?」

 

いつもの会話。いつもの言葉。毎日互いを縛るために行う儀式なようなもの。

 

「僕の…そばにずっと居てね」

「うん…燐も私から離れたらダメだよ」

 

背中に回された手に力が籠る。

僕らの関係は薄氷の上に成り立っている。相手がいなくなってしまったら自分という存在を保てない。

比翼連理という言葉が近いのだろう。

だから僕らは互いに生きる理由を与え合う。

 

 

 

 

 

 

抱きしめた奏から寝息が聞こえてくる。お手伝いさんが来ているとはいえ、いつ体を壊してもおかしくない生活を彼女はしている。

 

「おやすみ奏」

 

彼女をベッドに寝かせる。安心しきった子供のようなあどけなさを浮かべている。

 

ベッドから少し離れた位置に移動し自分のスマホを起動する。

スマホのファイル群の奥に、ひとつのファイルがある。

そのタイトル名は『untitled』。そのファイルをタップして光に包まれる。それがセカイと呼ばれる空間に入る方法。

原理は分からない。ただその世界は想いの持ち主とその共感者、そして初音ミクだけが存在するもの……らしい。

 

光が止み視界が正常になる。

そこは何もないセカイーー否、ここはグランドピアノが一つだけ置かれた寂しいセカイ。

 

「また、貴方だけなんだね」

 

後ろから声がかけられる。そこにいるのは初音ミク。髪は白くアイドルのような格好とはかけ離れた素朴な

バーチャル・シンガーとして有名な姿とは少し違うが知らない人間の方が少ないだろう。

言外にもう1人は連れて来ないのかと訪ねてくる。

 

「僕だけじゃ不満?」

「ううん…不満じゃない…けど」

 

僕のはぐらかすような回答にミクは真っ直ぐな言葉を返してくる。

 

「あなたたちの世界なのに、奏に存在を隠しているのは気に食わない」

「それは悪いと思うけどさ」

 

ピアノに向き合い軽く鍵盤に触れる。この世界のピアノは調律する必要が無い。常に最適の音が鳴らせるようになっている。

 

「奏を来させたくないから思ってないかも……調律が必要ないってのは慣れないな」

「はぁ……ここはそういう場所」

 

ミクは僕の発言にため息をつきつつ会話を続けてくれる。彼女は人よりも人らしい。

 

「今日も連弾頼めるか?」

「奏に頼んで…私は歌うための存在なんだから」

 

そういいつつもミクは僕の横に腰をかけ、鍵盤に手を乗せる。

僕の脳内にあるメロディーが形になっていく。

僕の曲は誰かに縋る曲だ。生きる意味を他者に委ね、自身の心情を音として吐き出し続ける曲だ。

そしてここはそういった想いから作られた。

人を救う為の曲を作る奏とは正反対の自分が救われるための曲。そしてここはそういう場所。

だからこそ奏をこの世界に連れてくる訳には行かない。彼女の音楽の在り方を歪めてしまうことは許されない。

そうして僕は、今日もここで寂しくピアノを引き続ける。

 

 

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