スティルインラブの第3人格 作:スティルいいよね
ある日目が覚めたらスティルインラブになっていた。何を言っているのか分からないが、わたしにもよく分かりません。本当にある日突然、わたしはスティルインラブへと憑依していました。
「なんで……なんでこんな……どうして、こんなにみにくいの……?」
わたしは泣いていて、泣いている姿を内側から見ているような感覚。とても奇妙だけれど、この光景にはどこか覚えがあって。
「落ち着いて、私。怖がる必要なんてないわ」
「……え?」
気づいたら動いていました。戸惑う私をよそに、わたしは慰めるように表に出ます。結構簡単に代われますね。これは好都合。
先程から主張を続けてやまない狂気を抑え込みながら、わたしは私を励ます。
「確かに、わたし達は他の子達と違うかもしれない。けれどそれは、恐ろしいことじゃないわ」
「で、でも……! こんなの、ふつうじゃないっ!」
「そうね、普通じゃない。でも、どうか怖がらないで私。普通じゃないってことは、特別ってことなのよ」
考えるのは後回しにして、泣きじゃくる私をあやし続けました。その間もずっと狂気は主張していたけれど、どうにか抑え込むことができたのは幸いです。
泣き止んだ私はその場から立ち上がって帰り道を歩いていきます。ホッと一安心。
その後、数日過ごすことである程度状況を把握。わたしを一言で表すならスティルインラブの第3人格みたいなもの。理性の私でも、本能のワタシでもない人格として、わたしはスティルインラブに憑依していました。
その実態は前世の記憶を持つ一般人。どうしてこうなったのか、なんでこんな状況になったのかは分かりません。全くもって謎です。
気づけばスティルインラブに憑依していました。本能のワタシが目覚めるのと同じタイミングで、わたしの自我も目覚めた、というのが数日で分かったことです。
最初こそ脳がバグっていましたけど、なんとか状況を理解。ここがウマ娘の世界であり、自分はスティルインラブに憑依していると分かりました。
それにしても、憑依しているのはスティルインラブですか。
(育成ストーリーが凄く印象深い。記憶に焼き付いている)
スティルインラブの育成ストーリーは異質よりです。愛の物語ではあるのだが、これまでになかったシナリオ。いろいろと考察のし甲斐があるシナリオでした。
わたし自身、あのストーリーは嫌いじゃありません。どちらかといえば好きですが、それでも思わずにはいられなかったことが1つあります。
物語の結末は、他になかったのかと。アレ以上のハッピーエンドはないのかと思いました。もしあるならば、わたしは2人だけのハッピーエンドではなく、誰もが納得するようなハッピーエンドにしたい。そう思いました。
(もっと最高の道を選びたい。どうせなら、みんなが幸せになれるようなハッピーエンドを目指したい)
スティルインラブとトレーナーだけじゃない、周りのみんなも幸せになれるような物語があってもいいじゃないですか。傲慢だけど、願わずにはいられませんでした。
幸いにも、今のわたしはスティルインラブの人格の一つ。わたしという異分子がいることで、違う結末を辿ることだってできるはずです。
「足搔きましょう。定められた運命を覆し、最高最善の結末へとたどり着くために」
「あらぁ、どうしたのかしら? わたし。それよりも、走りましょう?」
「分かっていますよワタシ。しっかりと、わたしが抑えますので」
「えぇ、えぇ! できるものならやってみなさいな! ワタシを抑えきれるかどうかッ!」
やるべきことは決まりました。わたしの存在がどれほどの影響を与えるかは分からないけど、できることはあるはずです。ならば足搔きましょう。最高最善の道を目指して。
目標を決めたからには即行動。本能のワタシを抑えつつ、理性の私との仲を取り持ち続けます。
「いい? 私。認めたくないことかもしれないけれど、あの子もあなたの一側面。わたしがそうであるように、あの子もまたあなたなの」
「全部を理解してあげて、なんて言わないわ。それでも、少しだけでもいいから歩み寄ってほしい。私に否定されるのは、悲しいもの」
「ワタシも、あまり私を刺激しないであげてちょうだい。多感な時期にあなたの狂気にあてられたら、私も参ってしまうわ」
幸いにも原作のスティルが負担していた狂気はわたしも負担できます。なので、ワタシの狂気はわたしが担当して、少しずつ私にワタシのことを理解するように調整し続けた。頭がこんがらがりそうになりますけど、そこは我慢ですね。
その甲斐あってか、私はワタシに対して理解を示すようになり。走りの際は基本的にワタシに任せるようになりました。周りからいろいろと言われるけれど、その都度わたしが慰めたりお菓子を作ってあげたりして励ます。わたしという味方の存在もあり、内向的な性格も少しだけ改善できた。
わたしは明確に味方であることを察したのか、理性の私はわたしに懐き。本能のワタシも、走らせてくれるわたしには一定の理解を示してくれます。わたし達の仲は良好と言っていいでしょう。
「もっと本能に身を委ねなさい? そうした方が、運命の方もきっと喜ぶわ。貞淑ぶっても、ワタシがアナタの本性なのだからっ!」
「い、いえ……そんな甘言には身を委ねません……っ! もっと貞淑にした方がっ」
「はしたなくても、貞淑でも。どんなわたしでもあの方は受け入れていただけます。あるがままに、わたし達のままに受け入れてくれる方を探しましょう」
学園に入学してトレーナーが見つかるまで、わたしは2人の調和を守り続けました。振り切れてしまわないように、狂気に飲まれないように。
その結果、生まれてしまったのが。
「その、スティル? またお菓子を頬張っているんだね」
「……これは違うのです。内なる紅がもっと喰らえと囁いているのです」
(ワタシのせいにしないでいただけるかしら)
なんか、原作よりもちょっと食い意地が張って、図々しくなった理性のスティルインラブです。なんでこうなっちゃったんだろう。本能のワタシも呆れた表情をしています。
「はしたない私をお許しください、トレーナーさん……これも、わたしの作るお菓子が美味しいのがいけないのです」
(わたしに責任転嫁しないでください私。トレーナーさんも呆れていらっしゃいますよ?)
「アハハ。でも確かに、調和のスティルが作るお菓子はどれも美味しいよね。分かるよ」
「まぁ。お褒めのお言葉ありがとうございます、トレーナーさん」
見た目はわたしもよく知っているスティルインラブ。これは変わりません。ただ、どうも性格面に変化が出てしまったみたいで。
「それに、本能のワタシも喰らえと仰っていました。私は止める術がなく……仕方なく、仕方なく! このアップルパイを喰らっていたのです」
(ワタシは何も言ってませんわ。私が勝手にやったことでしょう?)
「あぁ、今も早く捧げろと……! これは仕方ありません。えぇ、仕方ありません」
随分とまぁ図太くなってしまいました。食べるスピードはゆっくりですが、アップルパイを食べる手を再開します。何が理性ですか。こんなの欲望のスティルインラブですよ。トレーナーさんも苦笑いしています。
日々少しでも自己肯定感が上がるように褒めたり甘やかしたりしました。その過程でちょっと、ほんのちょっとお菓子を与えすぎたのかもしれません。スティルインラブは甘いお菓子が好きで、前世のわたしがパティシエをしていたこともあり、度々お菓子を自作しては理性の私に与えていました。彼女を元気づけるために。幸いにも知識と腕前は鈍っていませんでしたので。
その結果といいますか、理性は調和のわたしにお菓子をよくねだるようになり。流れで本能もわたしのお菓子をねだるようになりました。どうやらわたしのお菓子は魔性の魅力があるらしいです。
(ところでわたし。明日はベリーのパイを所望します。赤い、あかぁいベリーのパイを)
「ダメですワタシ。わたしには明日ショートケーキを作ってもらう約束をしているんです。トレーナーさんと一緒に食べる約束までしているのですから」
(わたしの意見はないんですね。作るのは構いませんが、わたしに対して遠慮というものを学ぶべきではないでしょうか?)
この通り、狂気のワタシと共存することができました。小さい頃からの英才教育の甲斐あってか、物怖じすることなく受け入れ、本能の力を使うことができます。ストーリー序盤では毛嫌いしていた理性の私ですが、わたしが間に入ることで仲は良好。本能のワタシを否定することなく、レースでは本能を解放しています。もっとも、わたしがあまり主張しないのを良いことにワガママ放題なのが玉に瑕ですが。原作よりも大人しいからいいでしょう。
理性の私はアップルパイを食べています。食べるスピードこそ遅いですが、恍惚とした表情で大事に大事に食べている。製作者冥利に尽きますね。
「あぁ……とっても美味しい……」
「うん、スティル。気持ちはとてもよく分かるよ。だけどね」
アップルパイを食べている理性の私に、トレーナーさんは複雑な表情を浮かべている。なんでしょう、どうかしたのでしょうか。
頬を掻き、言いづらそうに口をつぐむ。それでも、言わなきゃいけないと覚悟を決めたかのように、一度目を瞑った後口を開いた。
「その、君にこういうことを言うのは失礼だと思うけど……最近、少しふっくらとしてきてないかい?」
「……えっ?」
「見て分かるくらいには、その」
あぁ、成程。つまりトレーナーさんはこう言いたいわけですね。
「率直に、太ったということでしょうか?」
「ッ!?」
「今の君は、調和か。その、もう少しオブラートに包んであげると」
わたしが口にして気づいたのでしょう。理性の私は慌てて自分のお腹周りをさすり始めます。こちらの方がはしたないと思うのですが、考える余裕もないみたいで。
お腹をつまむと、ぷにっ、といった具合につまめます。元が細いので変わったようには見えませんが、それでも確かに実感できます。
「あ、あぁ、あぁ……!」
「ごめん、スティル! でもトレーナーとしては言わなきゃと思って……! 健康管理に問題があったらダメだから!」
「ち、違うんです……これは違うんですトレーナーさん! 私の、わたしの作るお菓子が美味しすぎるのが良くないのです!」
(この期に及んでわたしに責任転嫁をしないでください。どう考えても、理性の私が食べすぎたのが原因でしょう)
(あら? 理性の私を可愛がって、ついついお菓子を与えすぎちゃうアナタのせいでもあると思うのだけれどね? どうかしら、調和のわたし)
否定できないのが悲しいですね。ちょっと甘やかしすぎたでしょうか。
理性の私は顔を真っ赤にしている。太り気味になったことをよほど気にしているのでしょう。どうしましょうどうしましょうと口にして、それでもなお視線はアップルパイへと注がれている。ちょっと?
ちらり。アップルパイを見て首を横に振る。
またちらり。アップルパイを再度見て数秒間凝視する。
またまたちらり。アップルパイから視線を逸らさない。
何をやっているのか、大体のことは想像できてしまった。トレーナーさんは不思議そうにしていましたが、次の瞬間には──理性の私がアップルパイを口にします。
「ちょ、ちょっと! スティル!? 今の葛藤はどうしたんだい!?」
もぐもぐと咀嚼をする理性の私を、信じられない表情で見ているトレーナーさん。あぁ、そんな顔も愛おしい……ではなく。肝心の理性の私は。
「せ、せめてこれを食べ終わってから……食べ終わってからにしないと……!」
「た、確かにもったいないもんね! せっかく調和のスティルが作ってくれたものだからね!」
「えぇ! それに、内なる紅も明日から頑張ればいいと仰っていますので! 後、コーヒーの準備もしないと……!」
厚かましくもコーヒーまで所望してきましたよこの子。どう思いますか、本能のワタシ。
(これもまた本能の解放……なにか、ワタシが想像していたものとは違うけれど)
(なんとも言えない気持ちですよね、ワタシ。わたしもそうです)
「ごめんなさい……ごめんなさい……! 内なる紅が、内なる調和が!」
2人揃って呆れた表情で理性の私を見つめるワタシとわたし。なにが理性の私ですか。こんなの欲望の私ですよ。
これはちょっとしたイレギュラーによって生み出された物語。わたしという異分子が入ったことで、少しだけ図太くなった
というわけで誰か続きをお願いします。