スティルインラブの第3人格 作:スティルいいよね
授業が終わり、いつものようにトレーナー室へ着いたある日のこと。
「失礼します、トレーナーさん……あら?」
いつものようにトレーナーさんのお側へ行こうとデスクへ向かい、気づきます。なんと、トレーナーさんはデスクで寝ていました。
「……」
「寝て、おられるのでしょうか?」
内なる紅、本能のワタシの影響、なんてことは勿論なく。ただ単に疲れて眠りこけてしまったのでしょう。傍らには作りかけの資料があることから、どうも作業中に寝てしまったようですね。
思えば、最近は忙しそうにしていました。そのせいかもしれません。
「……ふふ、可愛い寝顔」
(本当に。食べちゃいたいくらい、ねぇ?)
「た、食べるだなんて……そ、そんなこと」
可愛いとか食べたいとかはともかく、毛布をかけてあげましょう。お疲れのトレーナーさんを起こさないように、ゆっくりと静かに。
(トレーナーさんに毛布をかけましょう、私。お体が冷えてはいけませんから)
「あ……それもそうね。冷えないようにしないと……」
トレーナーさんへ毛布をかけ、起きる時を静かに待ちましょう。そういうのは得意ですから。
なんて思っていたのですが。私は毛布をかけることなく、ただジッとトレーナーを見ていました。目は妖しく光り、ごくりと喉を鳴らす音さえも聞こえてきそう。なにかよからぬことを考えているのは明白、何をするつもりなのか。
(どうしたのですか? 私。早くトレーナーさんに毛布を)
「……ッ! そ、そう、毛布を掛けてあげないと……そう、かけてあげないと」
戸惑いながらも行動しようとしますが、一向にかけようとしません。何をしようとしているのでしょうか。
わたしの疑問に答えてくれたのは、本能のワタシでした。
(えぇ、えぇ! 気持ちはとても分かるわ私……襲いたいのでしょう?)
(あぁ、そういうことですか)
「ち、違います! そういうことでは決して!」
(落ち着いて私。あまり大声を出すとトレーナーさんが起きてしまいます)
おそらく、私は寝ているトレーナーさんにいたずらをしたいのでしょう。あまりディープなものにツッコむ気はありませんので、ここではいたずらとしておきます。
せっかく寝ているトレーナーさんがここにいる。ならば、今でしかできないことをやっておきたい。そう考えるのは自然と言えます。本能のワタシはそう言いたいのでしょう。
(何を躊躇しているの? 欲望のままに食らえばいいの! そう、お菓子を食べている時みたいに!)
「い、いけないわ……! 私は、私は貴方に負けたりなんてしない……! 私を信じてくれるトレーナーさんのためにも……!」
(強情ねぇ。アナタはワタシ、我慢しても何の得にもならない、本能に逆らうなんて無粋極まりない。身を委ねてしまえば楽なのに)
理性の葛藤、本能の甘い誘惑。トレーナーさんにいたずらするかしないかの攻防戦は、とても白熱したものとなっています。そして、こういう争いの時こそわたしの出番。
(落ち着きましょう、理性の私と本能のワタシ。ここは1つ、わたしから提案があります)
「わ、わたし……?」
(なにかしら? ワタシの言っていることは間違っていない、私が奥底で望んでいることを口にしているだぁけ)
(だとしても、です。状況を整理しましょう)
毛布はもういいとして、説得に入ります。
(あまり派手な動きはできません。大きなことをしてしまえば、寝ているトレーナーさんを起こしてしまいます)
「そ、そうです。普段からお疲れのトレーナーさんを起こしてしまえば、余計に疲労が溜まってしまいます。それは、私の望むことじゃありません」
(なので、ここは起こさないでもできることをやるべきです)
「わ、わたし? いたずらをしないという選択肢はないのですか?」
別にそれも良いですけど、本能が意見するということはそういうことでしょう。理性の私、スティルインラブは心の底でいたずらすることを望んでいる。それを邪魔するのは、精神的にも良くない。
なのでわたしは止めません。トレーナーさんを起こさない程度の軽いものを提案し、2人にとっての落としどころを見つける。それが、わたしの導き出した結論です。
本能のワタシも、今の言葉に一理あるのか余計な口を挟みません。納得したように引き下がりました。
(貪るように喰らいつくすのも悪くないと思うのだけれど……確かに、起こしてしまっては本末転倒。楽しむ機会が減ってしまうのはよろしくない)
(そういうことです。極力起こさないように、それでいて理性の私が満足するようなことをすべきと提案します)
「あ、あの……そもそも手を出さないという選択肢は……」
(いいんですか? それならそれで構いませんよ? 本当に私がいいのであれば、ですけど)
これがわたしなりの調和です。あまり溜め込みすぎると、理性の私が爆発した時が怖いですからね。本能のワタシに飲み込まれる可能性がありますから。こうしてガス抜きするのもまた、わたしの務めというわけです。決して、決して他意はありません。えぇありませんとも。
毛布を片手におろおろする私。私の提案を受けてなお毛布をかけるだけに留めるか、それともわたし達の言うようにいたずらをするか。答えを迫られます。
悩んだ末に出した結論は。
「そ、その……なら、寝顔を撮る、というのはどうでしょうか?」
(勝った)
(味気ないけれどいいでしょう。ワタシのスマホを、トレーナーさんで埋め尽くしてしまいましょうか!)
可愛いいたずら、というよりはこの機会にしかできない提案でした。
やることが決まれば即実行。ひとまず毛布をかけ、作戦会議としゃれこみます。
どういった写真を撮るか、誰が撮るかと会議をし、最終的にわたしが撮ることで決定しました。まぁいいでしょう。
「さて、それではトレーナーさんの寝顔を撮りましょう」
(頼みましたよわたし……!)
いつの間にか、すっかりこっち側に来た理性の私の望むままに、スマホのカメラを構えます。
失敗するわけにはいきません。ベストなポジション、最高の角度というものが存在します。
(もう少し右、後3mmほど右に寄ればトレーナーさんの可愛い寝顔を撮れるベストポジションに……!)
(やぁっぱり、アナタはこうなることを望んでいた。あ、それは右にズレすぎ、左に5mm修正よ)
「任せてください私にワタシ。少しのずれもなくシャッターを押しましょう」
最高の位置に構えたその瞬間。
(い、今ですわたし! 今こそ絶好の機会!)
「ッ!」
シャッターボタンを連射。トレーナーさんの寝顔を撮りに撮りまくります。どんどんトレーナーさんの寝顔で埋まっていくスマホのフォルダ、至福の光景ですね。
(だ、ダメですわたし!)
連射していることに気づいた理性の私は止めようとする、のかと思いきや。
(も、もっと他の角度からも撮らないと……! ベストポジションはまだまだあるのだから、一つの角度だけなんてもったいない!)
(あらあら、欲望を曝け出すのね? 良い、良いわ! その調子で、もっともっと曝け出してェ!)
「はい、任されましたよわたし達。なにも問題はありません、しっかりとやり遂げますよ」
私が指定する角度に、ワタシが望む角度。様々な角度からトレーナーさんの顔を撮りに撮る。スマホのフォルダが悲鳴を上げるほどに、容量の限界ギリギリまで撮るように。
どれだけの時間が経ったか。SDカードの用意をしておけばよかったと思い始めたその時。
「ん、んん……っ」
(!? あ、あぁ……と、トレーナーさんを起こしてしまったのでしょうか!?)
「大丈夫ですよ私。問題はありません」
スマホのカメラ機能を秒速で閉じ、起きたトレーナーさんへと視線を向ける。トレーナーさんの目は焦点があっておらず、わたしが誰だか分かっていないようでした。
ただ、徐々に意識が覚醒してきたのか、焦点が合い。
「スティル……?」
「はい、あなたのスティルインラブです」
「恥ずかしい言葉を臆面もなく口にするってことは……君は調和のスティルだね」
「ご明察です。お目覚めにコーヒーをお飲みになりますか?」
わたしをしっかり捉えました。頬は僅かに朱を帯びていますね。先程のセリフが効いたのでしょう。良いことです。
コーヒーの提案、トレーナーさんは了承しました。
「お願いしようかな。ごめんね、スティル」
「お気になさらないでください。これくらいはできますので。あぁ、お茶菓子の用意もしないといけませんね」
(ッ! お菓子……!)
「また太りますよ」
ガーン、という擬音が聞こえそうなほどに落ち込む理性の私。とはいっても、今日のお菓子は低カロリーで作ったクッキー。食べる時になったら、私に変わるとしましょう。
コーヒーの用意をして、トレーナーさんと至福のひと時を楽しもうとしていた時。
(あらあら、これで終わっていいのかしら? いいえ、いいわけがないわよねぇ?)
(な、何がですか? 本能のワタシ。もう十分に撮りましたし、大丈夫です)
先ほどの写真だけでは物足りないのか、本能のワタシが主張を始めました。いったい何を考えているのやら。
(嘘ばっかり。本当はまだ望んでいる、まだ欲しい写真がある……そうじゃないの?)
(そ、そんなことないわ。これで十分だもの!)
(いいえ、アナタは撮りたいはずよ……トレーナーさんとのツーショット写真を!)
ほほう、ツーショット写真ですか。確かに、撮っているのはトレーナーさんの寝顔ばかり。私は写っていませんね。理性の私は、スティルインラブとトレーナーさんのツーショット写真が欲しいようです。
ただ、理性の私は必死に否定。これ以上望むのは、はしたないと思っているようです。
(ダメ、ダメ! これ以上を望むなんて、はしたないわ……!)
(今更貞淑ぶっても遅いわよ。アナタのフォルダにあるのはトレーナーさんの寝顔ばかり……そこに少し、彩を加えるだけじゃない? それの何がいけないの?)
(ただでさえ無断で撮ったものなのに、あまつさえツーショットが欲しいだなんて……トレーナーさんに幻滅されてしまう……!)
ふむ、ストップをかけているみたいですね。では、わたしが一肌脱ぎましょう。
「そんなことありませんよ私。分かりました、わたしが何とかしましょう」
(え、な、何をするつもりなの!?)
コーヒーを用意し、カバンからお茶菓子も取り出してティータイムの用意を済ませます。このまま戴いてもいいのですが、まずはトレーナーさんの下へ。
「トレーナーさん、はしたないわたしをお許しください。あなたに、お願いがあるのです」
「スティルのお願い? いいよ、何でも言って」
にこやかな笑顔と共に放たれる衝撃の言葉。ほほう、なんでもと言いましたか。では、お願いしましょう。
「わたしとツーショット写真を撮ってほしいのです。わたしのスマホに、あなたとの思い出を刻ませてください」
(も、もうたくさんあるような気がするのだけど……)
私のスマホ、トレーナーさんとの写真が多いですからね。正確にはトレーナーさんの写真、でしょうか。それ以外だとお菓子にお花が大部分を占めています。
トレーナーさんはきょとんとした表情。けれども、すぐに笑みに戻ります。
「それくらいお安い御用だよ。一緒に写真を撮ろうか」
「感謝いたします。はしたないわたしのお願いを聞いてくださり」
「はしたなくなんてないよ。これくらい普通のことだから」
なんてお優しいトレーナーさん。それでは、お言葉に甘えて。
「もう少し寄っていただけますか? そうしないと、カメラに収まらないので」
「う、うん……スティルを近くに感じて、なんだか恥ずかしいね」
(あぁ、あぁ! なんて愛おしいお方……! 今すぐに喰らってしまいたいわァ!)
(だ、ダメです! そういうのはキチンと順序を踏んでから……!)
そういう問題でもない気がしますけどね。今のわたしの状況は、トレーナーさんとド密着状態。後ほんの数cmズレればキスしてしまうような、そんな距離感です。
カメラを構え、トレーナーさんと写真を撮る。笑顔を浮かべるトレーナーさんは、こちらになんの警戒を抱いていない。
(この隙、ですね)
(味気ないわぁ。これで終わりだなんて)
(わ、わたし? なにを)
するつもり、という理性の私を無視して、わたしは。
「──ん」
「ッす、スティ、ル?」
(え、えぇ!?)
(まぁ!)
トレーナーさんの頬にキスをして、寸分の狂いもないタイミングでシャッターを押しました。ふ、計画通り。
キスをした後離れて写真を確認。トレーナーさんが正気を取り戻す前にスマホの画面をタップして、トレーナーさんとのLANE画面を開きます。
即座にこの写真をトレーナーさんに送信、共有。これでOKですね。
「ありがとうございます、トレーナーさん。お陰様で、良い写真が撮れました」
くすくすと笑い、トレーナーさんを見つめます。ようやく状況を理解したか、正気に戻ったか。トレーナーさんの顔はものの一瞬で真っ赤になります。さながら湯沸かし器のように。
「な、な、な……ちょ、調和のスティル!?」
わたしがキスしたところを手で押さえ、なにをしたのかと言いたげな目で見ています。ふふ、なんて愛らしい表情。可愛らしいお方です。
「とても素敵な写真になりました。理性の私も、本能のワタシも喜んでいます」
なお、実際には。
(あぁ、あぁ! 前言を撤回するわ、わたし! なんて素晴らしいことをしてくれたの!? こんなの、こんなの……抑えきれなぁいッ!!)
(な、な、なんてことをしてくれたんですか!? ほ、本当に……なにをしたんですか貴方は!?)
理性の私は猛抗議していますけど。さしたる問題ではありません。せっかくのツーショット、どうせなら強烈な思い出にしたいですから。
まだ顔を赤くしているトレーナーさんを、ソファへと促します。
「さぁ、どうぞトレーナーさん。コーヒーとお菓子で、一緒に至福のひと時を過ごしましょう」
わたしはにこやかな笑顔で、そう告げました。
その後のティータイムですが。理性の私は先ほどの記憶を忘れるようにお菓子を貪りました。食べるスピードはいつもみたいに遅いですけど。
けれども、トレーナーさんの目を盗んではスマホの写真を開いて。わたしが撮ったツーショットを眺めては。
「……うふふ」
とても嬉しそうにはにかみました。これですよこれこれ、これが見たかった。頑張った甲斐がありますね。
や、やった!やりやがった!