スティルインラブの第3人格   作:スティルいいよね

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おねだりするスティルさん

 この前偶然会ったアルヴさん。彼女との話で、わたしは少し焦りを覚えました。

 

(私……私……聞こえていますか? 私)

「ど、どうしたの? なんでそんなお告げみたいな言い方を……?」

(そこはどうでもいいのです。この前の河川敷でアルヴさんと話しましたが、あの時の話を覚えていますか?)

「覚えているけど、それがどうかしたの?」

 

 捨て犬を拾い、彼女のトレーナーと一緒に飼い始めた話。なんとも心温まる素敵な話でしたが、もっと重要なことがあるのです。

 それは、アルヴさんとトレーナーさんの仲がかなり進展しているということ!

 

(アルヴさん、随分とトレーナーさんと親密になっていました。あんなに愛なんていらない、と公言していた彼女がですよ?)

「素敵な話……アルヴさんも、大事なことに気づけたみたいで良かった……」

(えぇ良かったですね。ですが、あの話を聞いて何も思わないのでしょうか? 私)

「あの、さっきから何の話をしているの? アルヴさんとトレーナーさんが仲良しで良かったね、だけじゃダメなの?」

 

 ダメです、全然ダメです。そこで終わってはいけません。見据えるのはもっと先のこと。トレーナーさんとの仲を進展させるべきではないか。わたしはそう言いたいわけです。

 

 お出かけだって月に一回あるかないか。そのお出かけだって、トレーニング用品の買い足しにカフェ巡りなど、パターン化されてきています。買い足しに関してはデートですらありません。

 これはいけません。アルヴさんはもはや家族のようになっているのに、ここでわたしが出遅れてしまうのはあまりにも痛手。レースならば許されざることです。私は差しなのであまり関係ないですけど。

 

(アルヴさんはかなり先に進んでいる。ならばわたし達ももっとステップアップすべきではないでしょうか?)

「す、ステップアップって……な、なにを?」

(あら、とぼけない方がいいわよ、私。私も常日頃から思っているのでしょう? トレーナーさんと、もっと仲良くなりたいって)

 

 ここで本能のワタシもエントリー。すっとぼけようとしている理性の私を堕落させるかのように、甘い言葉で囁いています。理性の私は本能に飲まれないよう、必死に首を横に振って抵抗していますね。

 

「そ、そんなことない……今のままでも、私は十分に幸せだものっ」

(嘘は良くないわァ、私。本当はもっと手を繋いだり、恋人繋ぎをやったり、食べさせ合いっこをしたり……あぁ、キスも、かしら?)

「そ、そんなふしだらなこと……!」

(どこがふしだらなのかしら? 愛し合う2人がその印を交わすのは当然のことじゃない? これはとぉっても神聖なことよ)

 

 本能のワタシの誘惑。どれも魅力に満ち溢れたものであり、理性の私も身体を抱きしめて必死に抗っている。

 

(アナタだって満更でもないでしょう? 本当はもっとキスをしたい、あの方を独り占めにしたい、あの方を虜にしたい、自分だけのモノにしたい! そう思っているはずよ)

「う、うぅ……! そ、そもそもトレーナーさんはすでに私の虜……今更、他の子に目移りなんてしないッ!」

 

 大層な自信と共に、本能のワタシの甘言を振り払う理性の私。ふむ、理性が勝ちましたか。

 

 理性の私が言っていることは間違いではありません。トレーナーさんはすでにスティルインラブの虜、他の担当ウマ娘をスカウトしたとて、わたし達というウマ娘から離れることは決してない。断言してもいい。

 しかし、それだけではよくありません。わたしとトレーナーさんとの関係が停滞してしまうのは、未来がありませんから。

 

(成程、間違っていない分析です理性の私。確かに、彼が他の子に目移りする可能性は考えにくい)

「そ、そうでしょう? 調和のわたしもこう言ってることだし、今のままでも……」

(しかしその考えは甘い、甘すぎます理性の私。そんな考えでこの先も行けると思ったら大間違いです)

「え、え? み、味方してくれるんじゃないの……?」

 

 理性の私の目が不安げに揺れています。申し訳ありませんが、ここは心を鬼にして言わなければ。この先に進展させるためにも、理性の私のためにも。

 

(良いですか理性の私。確かに彼はわたし達に夢中、ゾッコンと言っても過言ではありません。ですが、このままではいけません!)

「ッ! そ、そんな……!」

(このまま彼と2人で過ごして、なにもないまま過ごして、停滞したままおじいちゃんおばあちゃんになるまで過ごす。それで満足するのですか、あなたは?)

「そ、それは……違う、けど……」

 

 そうでしょう。今のままでは正直、結ばれるまでどれだけかかるか分かったものじゃありません。この先の未来を明るいものとするために、まずは行動に移さなければ。

 

(相手のことを考えて、自分の気持ちを押し殺してしまうのはあなたの美徳でもあります。ですが、こと恋愛においてはブレーキをかけすぎと言わざるを得ません)

(そうよぉ、調和のわたしの言う通り。もっと、もぉっと曝け出さないとォ!)

「でも、トレーナーさんにはしたないと思われてしまったら……っ」

 

 心配はそこですか。ならば、なんの問題もありません。なにせ、彼はわたし達の全てを受け入れてくれた方なのですから。

 

(いいじゃないですか、多少はしたないと思われても。貞淑すぎるのも考えものです)

(そうよ。なんならワタシが全てを曝け出しても)

「だ、ダメ、絶対にダメッ!」

 

 本能のワタシが言い終わる前に、大きな声で止めさせる理性の私。これで覚悟が決まったようです。

 

「で、でも、具体的には何をしたらいいの?」

(そうですねぇ……キスあたり攻めてみます? わたしがやりましたし)

「……そういえば、調和のわたしはそんなことをしたわね」

 

 どす黒いオーラが出てきましたね。今は関係ないのでシャットアウトですが。それに、理性の私もキスしている光景を想像してか、顔を赤らめていました。

 

「だ、だめ……! まだ早い……もっと、段階を踏んでからじゃないと」

(遅い、遅いわ理性の私! もっとずっと先に行かないとォ、アルヴさんに置いていかれちゃうわよ?)

「う、うぅ……!」

 

 結局何をすればいいのか分からず。明日になってからまた考えようということで全会一致しました。なんともまぁ。

 

(夢の中ではやれているじゃありませんか。そのイメージのまま駆け抜ければいいんですよ)

「夢の話はしないで! というか、どうして知ってるの!?」

(私はわたしなので。本能のワタシも知っていますよ)

 

 勝負は明日。理性の私がトレーナーさん相手に何をするのか、お手並み拝見といきましょう。

 

 

 

 

 

 

 次の日のトレーナー室。早速理性の私がトレーナーさんに仕掛けます。

 

「その、トレーナーさん!」

「どうしたんだい、スティル」

 

 大きな声でトレーナーさんを呼ぶ私。突然の大声に驚きつつも、冷静に対処しているトレーナーさん。はてさて、理性の私はどんなお願いをするのか。

 

 理性の私はトレーナーさんのところへ歩いていきます。不思議そうな顔をしているトレーナーさんを気にせず、私はトコトコ歩いていき……トレーナーの膝へと座りました。おっと?

 

(ほう、膝ちょこんですか。大したものですね)

(知っているのかしら? ワタシ)

(これは私とトレーナーさんの身長差があってこその成せる技。子供のようにちょこんと座る様は賛否分かれますが、概ね可愛いという評価を下されるでしょう)

 

 それに、異性が膝にちょこんと座って揺れない男性はいません。子供っぽいと思われるかもしれませんが、ドキドキすること間違いなし。こんな手に出るとは、中々やりますね理性の私。

 トレーナーさんは顔を少し赤くしています。これは間違いなく意識していますよ。なお、それ以上に顔を真っ赤にしているのが理性の私ですが。

 

「……っ」

「そ、その。どうしたんだい? スティル。いきなり僕の膝に座ってるけど……」

「……こ」

 

 か細い声で何かを言おうとしている理性の私。恥ずかしさを堪えて、口から出てくる言葉は。

 

「これは本能のワタシが勝手に……! あぁ、はしたない、はしたないわ……全く、本能のワタシったらっ!」

(は?)

(憐れですね。今度あなたの好きなパイを焼いてあげます)

 

 まさかの擦り付けでした。なんて図太い子なんでしょう。

 

「でも、その割にはスティル嬉しそうだけど……今は理性のスティルだよね?」

「こ、これは、その、アレです。調和のわたしがうまい具合に邪魔しているんです。ま、全く、調和のわたしも困ったものですね」

(今度からお菓子作ってあげませんよ私。なんでわたしにまで流れ弾食らわせるんですか)

(これで仲良くお仲間ねェ。仲良くしましょ?)

 

 今でも十分仲良いでしょう。それにしたって、まさかトレーナーさんの膝上に座ったかと思えばわたし達に責任を擦り付けるとは。なんて図太い精神をしているのでしょうか。

 

(……まぁまぁ、まぁまぁまぁ。行動に移したので良いとしましょう。わたし達に責任を擦り付けるのはどうかと思いますが)

(仕方ないじゃない。あの子の場合、はしたないとかで行動に移せないんだもの。ワタシに身を委ねてしまえばいいのにィ)

 

 本能に身を任せすぎるのもどうかと思いますが。どのような理由があれ、行動に移せたのであればよかった、んですかね?

 

 理性の私は蕩けきった表情。ご満悦そうにトレーナーさんの膝に座っています。これで終わり、と思いきや。

 

「あぁ……ダメ! ダメなのに!」

「ど、どうしたんだいスティル!?」

「本能が抑えきれなくて、今にも暴れ出してしまいそうです……!」

(何の話かしら)

 

 本能のワタシはこうして普通にしていますが。理性の私が今更わたし達のことを気にするはずもなく、本能が暴れ出しそうと言われてオロオロしているトレーナー相手に。

 

「トレーナーさんが撫でてくだされば、本能のワタシも満足すると思うのですが……ちらり」

(ワタシ、もしかしてダシに使わされてます?)

(もしかしなくてもダシに使われてますね)

 

 追加のおねだりまでしてきましたよ。ちょっとは罪悪感を抱いていたあなたはどこいったんですか。もしや、それで全て済ませようとしてますか?

 

 わたし達のことは分からないトレーナーさん。理性の私に言われるがままに、頭を撫でます。

 

「えっと、その……こ、こんな感じで大丈夫かな?」

 

 優しく、ゆっくりと頭を撫でてくださるトレーナーさん。理性の私の顔はさらに蕩け、緩みきった幸せそうな表情を晒しています。

 

「あぁ……幸せ……」

(ワタシはこの気持ちをどこにぶつければいいのかしら?)

(レース相手、見繕っておきますよ)

(メジロラモーヌクラスを用意なさい。そうでなければ収まらないわ)

 

 まさかの策に出た理性の私。今後もこれで乗り切るつもりなのかどうか。

 

「その、スティル? もう大丈夫そうかな?」

「あ、あの、もうちょっと、だけ」

「あぁ、うん。分かったよ」

 

 幸せそうだからOK、なのでしょうか。




理性の私、良くないことを覚える。
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