スティルインラブの第3人格   作:スティルいいよね

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ちょっと前のお話。


金鯱賞のスティルさん

 これはある日のお話。具体的には金鯱賞あたりのお話でしょうか。この日は、運命の転換点ともいえる日でもあります。わたしの気合もかなり入っていました。

 

 本能のワタシが消え、理性の私に平穏な日々が戻ってきました。ですが、本能が消えたのと同時に、スティルインラブの闘志も同じように消えてしまった。

 アプリならば、この時点で引退を決意していたスティルインラブ。トレーナーさんは言いようのない気持ちを抱えながらも、それが彼女の決めたことならばと後押しする。

 しかし、引退は撤回。晴れない表情のトレーナーさんを見たくない、もっと素敵な笑顔を見たい。そのために、奥底に潜んでいた本能を呼び起こしてしまった。

 

 ここから始まってしまう。2人はどこまでも堕ちていく。トレーナーの笑顔のためにと、本能に全てを委ねようとする理性。トレーナーさんは止めることなく、正確には止めようがなく、本能の走りに魅入られていく。

 周囲から言われ続け、忌避してきたバケモノになること。それでも、トレーナーさんのためならばと、スティルインラブはバケモノになる決意を固める。

 最終的には……なんて感じの道筋。最高最善のハッピーエンドを目指すためには、これを回避しなければなりません。そのためのわたしなのですから。

 

 

 もっとも。

 

「そ、それじゃあトレーナーさん……いつもの、お願いしても良いですか?」

「……ねぇ、スティル? 本当にやるの?」

「と、当然です! そうでなければトレーナーさんのにおい……こほん、やる気アップには大事なことですから!」

(良い、良いわァ私! その調子で、押し倒してしまうのよ!)

(キース、キース)

 

 秋華賞が終わってトリプルティアラを取ろうが、エリザベス女王杯を迎えようがなんら変わりようがありませんでしたけどね。本能のワタシはピンピンしていますし、こうしてわたしと一緒に理性の私を煽るくらい元気があります。わたしの不安は取り越し苦労に終わりました。

 

 どうして本能のワタシが消えなかったのか。その理由を尋ねると。

 

(どうして奥底にいる必要があるのかしらァ? まだまだ、ワタシは喰らい足りないのォ!)

(対戦相手的なお話ですか?)

(それもあるけれど、まだ運命の人を喰らっていない。調和はともかく理性は不安だし、引っ込んでいる暇なんてないわ)

 

 どうも理性の私の行く末が心配だとか。思いやりみたいなものあったんですね。

 どうして未来が変わったのか? 思い当たる節が1つだけあったのと、本能自身が語ってくれました。

 

(あなたに思いやりがあったのですね。お母さん嬉しい)

(誰がお母さんかしら。ワタシもアナタも同じでしょう……それに、アナタタチと過ごす日々は悪くないわ。ワタシも、アナタが好き放題させてくれるし。これでも気に入ってるのよ? この生活)

 

 理性の私は本能のワタシを抑圧していた。はしたないから、醜いから。だから抑えようとしていたし、トレーナーさんと協力して本能のワタシをうまく活かす方法を考えていました。

 けれど、そこに現れたイレギュラーたるわたし。わたしが2人の仲を取り持ち続けたことで、本能のワタシと理性の私の融合、ひいては本能に飲まれることを防ぐことができました。これが一番大きいですね。

 お互いに歩み寄り、協力する姿勢を見せている。スティルインラブの調和を保つことができたわけです。やったね。

 

(あぁ……あの子を本能に委ねさせた時が楽しみだわァ! 一体、どんな表情を見せてくれるのかしらァ!)

(アナタと同じ顔しそうですけどね。それよりも、進展がありそうですよ)

(さぁさぁさぁ、運命の人……アナタは私にどんなことをしてくれるのかしら?)

 

 2人して理性の私の行く末を見守ります。理性には聞こえているでしょうが、トレーナーさんには聞こえていません。さぁ、どうなるか。

 状況はトレーナーさんの不利。理性の私のお願いに応えるべきか否か、葛藤しているのが見て取れます。少し汗をかいていますし、状況的にもかなりまずいと言えます。

 そりゃ、良心の呵責というものがありますよね。あくまで一教育者と生徒、いくらハグとはいえ、褒められた行為ではないのは確か。信用を失いかねない行為です。

 ま、知ったことじゃありませんが。最悪の場合わたし達でトレーナーさんを養えばいい。それだけのスキルを、わたし達は有していますので。

 

 一進一退の攻防。状況が動いたのはすぐ。理性の私はトレーナーさんの胸へと倒れこみ、彼の瞳を覗き込むように見上げます。

 

「その、トレーナーさん……ダメ、でしょうか?」

「うぐっ」

「ほんの少し、5秒……10秒……1分でもいいのです。貴方の温もりを、私に感じさせてください……!」

「10秒から大分伸びてない?」

 

 結局トレーナーさんと理性の私は無事にハグをしました。決まり手は上目遣いです。潤んだ瞳での上目遣い、これで落ちない男性はいないでしょう。

 

(勝った!)

(あっはハはハハ! それじゃあ、今からワタシに変わってもらおうかしらァ?)

「っだ、ダメ! 私がトレーナーさんとハグするんですから……!」

 

 金鯱賞発走前。控室でトレーナーさんとハグをしていました。いやはや、満足満足。素敵ですね。

 

 

 

 

 

 

 トレーナーさんとハグをして気合十分な理性の私。もっとも、走るのは本能ですが。

 

「アルヴさんにタップダンスシチーさん……今回の金鯱賞も強敵揃い」

(安心しなさい? ワタシがぜぇんぶ喰らってあげる!)

(上手くバランスを取ります。理性は安心して臨んでください)

「大丈夫。いつもみたいに、頼りにしているから」

 

 柔らかい表情。うんうん、これなら大丈夫ですね。

 

 

 レース場に着いたわたし達を迎えたのは、割れんばかりの大歓声でした。G2の熱気以上、G1に勝るとも劣らない熱気が、この金鯱賞で渦巻いています。

 

「待ってたぞー、スティルインラブー!」

「ティアラ四冠の実力、見せてー!」

「スティル様ー! 今日も麗しいですー!」

 

 その声援の大部分はわたし達に向けられたもの。やはり嬉しいですね、こういうのは。それに、ここでもアプリと変わっているのが分かります。

 タップダンスシチーさんやアルヴさんに負けない、彼女ら以上の声援をもらうわたし達。本能のワタシが、かなり昂っています。

 

(あぁ……、素晴らしい、素晴らしいわァ! どの子も美味しそう!)

 

 昂ってるのは別の理由でした。アナタはそういう子ですよね。

 

「おっと、主役のお出ましかい?」

「あ、貴方は……」

 

 レース前、声をかけてきたのはタップダンスシチーさん。興奮を抑えきれない、堂々とした態度でこちらを睨んでいます。

 

「tripleすらも超えたquadruple tiara queen。相手にとって不足はなしだ! アタシと踊ってもらうぜ?」

「……」

「おいおいだんまりはなしだぜ? 張り合いがなさすぎっ!」

 

 瞬間、後ずさるタップダンスシチーさん。原因はたった一つ、本能のワタシが表に出てきた影響で、スティルインラブのオーラが一気に増したから。

 

「あらァ、今日はアナタが楽しませてくれるのォ?」

「へ、monsterのお出ましかっ! 今日の対戦、楽しみにしているぜ?」

「えぇ、えぇ! 極上のレースにシマショウ!」

 

 こうしていると、本当に未来が変わりつつあるんだなと思えますね。大変良きことです。

 

(頑張ってくださいワタシ……! ここで勝てば、またハグしてもらえます!)

「素敵なことねェ。ま、ハグをしてもらうのはワタシだけれど」

(そ、そういえばそうでした……! ハグしてもらうの、私じゃない!?)

(毎回このやり取りしていますね。たまにはわたしに譲ってくれてもいいんですよ?)

「ダァメ。ワタシだって楽しみにしているんだから」

 

 後はアルヴさんと一言二言会話をして、ゲートへと入ります。勝負の場へと足を踏み入れる。

 

《各ウマ娘がゲートに入りました。注目を集めているクアッドティアラのスティルインラブ、年明け初戦でどのようなレースを見せてくれるのか?》

 

 ゲートが開く。わたし達が飛び出す。勝負が始まる。

 

《今っ、金鯱賞スタートです!》

 

 レースを走る。今日も頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 レースは勝ちました。5バ身差の大楽勝です。

 

《スティルインラブ、スティルインラブだ! 中団から一気に突き抜けたスティルインラブ、タップダンスシチーらをまとめて撫で切ったぁぁぁ! これは強い、あまりにも強い! ティアラ路線はクラシック路線に敵わないという与太話を覆す圧巻の走り! 新たな女傑が、この金鯱賞で誕生しました!》

「あっはハはハハはハハハハ! 啜らせて、躍らせてェ。もっともぉっと、昂らせてェェェ!」

 

 狂気的な笑い声をあげる通常運転のワタシ。恍惚とした表情で、今のレースをかなり楽しんでいたことが分かります。理性の私は仕方ないな、という表情をしていますが。

 

(もう、本能のワタシはいつもこうなんですから……)

(良いじゃないですか。それにしても、もう前みたいにはしたないって言わないんですね)

(……あの子も同じ私。そう言ってくれたのは、貴方でしょう?)

 

 薄く微笑む理性の私。どうやら、小さい頃からの教育が実を結んでいるようで。

 

(分かってくれましたか。お母さん嬉しい)

(貴方も私と同じでしょう? もう……)

「だ~クソ! 負けた負けた! やっぱ強いなqueenは!」

 

 タップダンスシチーさんもカラッとした表情。彼女もレースを楽しめていたみたいで良かったです。

 それだけではありません。アルヴさんも。

 

「……次は負けないから。それだけ」

「えェ。もっと愛を鍛えて出直していらっしゃい?」

「そうするわ」

 

 短いながらも強い意志の籠った言葉。次対戦する時が楽しみです。

 

 2人と別れても蕩けた表情を浮かべるワタシ。観客を悪魔のように魅了し、スティルインラブの虜にしていく。

 

「次ィ、次のレースが楽しみだわァ! これからも、応援よろしくね?」

 

 蠱惑的な表情。ファンに向けられた言葉の後、爆発的な歓声が沸き上がるレース場。ファンサービスすらもこなせるんですよウチの子は。凄いでしょう?

 

 

 そして、レース後。

 

「さァ、愛の抱擁を交わしましょう運命の人っ」

「その、少しは恥じらいをね」

「関係ないわァ。アナタの愛するワタシが勝ったのに、ご褒美もないのォ?」

(抱ーけ、抱ーけ)

(う、うぅ……! 羨ましい……!)

 

 しっかりとハグはしてもらいましたよ。当然の権利です。




仲良いので理性の私に手助けしてくれるし、自由にさせてくれるから今の生活を気に入っている本能ちゃん。
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