ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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コスモスは色うつろいて

 酷く、穏やかな陽気だった。

 

 エデン条約調印式会場、ミサイルが直撃したあの日あの時あの瞬間。

 いがみ合い、バラバラだったトリニティは確かに一つに纏まったのだ。

 

 ETOを強行採決し、アリウスを救い、大人げない黒幕をシャーレの手を借り捕縛した。

 トリニティ内で問題がなくなった訳ではないが、確かにハッピーエンドと呼ばれるような終わりを迎えた筈だった。

 

「――ナギちゃん?」

「えっ? あ、ああ、ミカさん。どうしたんです?」

「もう、皆でピクニックに行くって言ってるのにまだ準備してないみたいだったから呼びに来たのにどうしたのって……そんな言いかたってある?」

「……ですから、ピクニックでは無く各派閥の垣根を超えた親睦会だと、何度言ったら分かるんですか」

 

 ぶー垂れるミカさんを眺めながら、ほんの僅かな期間にあった地獄を思い出す。

 トリニティの裏切り者とし、パテル派の代表を降ろされ虐めにあっていたあの時を。

 手を差し伸ばすことも許されずに、ただ眺めているだけしか出来なかったあの頃を。

 

 だが今は違う。

 

「まあ、ミカさんはピクニック気分でも許されるかも知れませんけどね」

「うっ……で、でもこのままならまた私首長に戻ることになるし? 同じ目線だと思うんだけどなあ~?」

「さて、同輩を待たせるわけにもいきませんし、ピクニックの準備でもしてきましょうか」

「ちょ、ナギちゃん無視するの!?」

 

 黒幕を捕縛出来たおかげか、ミカさんに対する周囲からの反応はだいぶ落ち着いた物へと変わっていった。

 何よりも、ミカさんが手を差し伸ばしていたアリウス側からの証言も有ったことが大きかった。

 

 人知れずアリウスを取り込もうとした、野心家だとは思われている。

 けれど、トリニティを陥れようとした魔女だと思われることは無くなったのだ。

 

 はしゃいでいるミカさんの声をどこか遠くに聞きながら、今日行われる親睦会の場所を思い出す。

 確か、コスモスの花畑が綺麗な場所だったと思う。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

 遅ればせながらミカさんと共に親睦会の会場である花畑に到着した。

 既に他の組織の方々が思い思いの物を持ち寄って、交流を深めていた。

 

 シスターフッドであればクッキーやハーブティを。

 救護騎士団であればチョコやコーヒーなど。

 ティーパーティであればケーキや紅茶等々。

 

 ……何をすれば良いのか分かっていないアリウス生たちを自身の派閥の色に染め上げるためのちょっとした押し付け合いがあるものの、銃声一つない、平和な親睦会が目の前には広がっていた。

 

「わっ、秘蔵のお菓子とかも配ってるみたいだよ? ナギちゃん、何処から寄る?」

「……そう、ですね。ミカさんが行きたいところからで構いませんよ」

「そう? それじゃあシスターフッドから見て回ろっか」

 

 そう言って、無邪気に私の手を取り先に進んで行く。

 ふと、横目から遠くに見えた補習授業部の面々が、何やら楽しそうに騒いでいるのが見えた。

 すぐさま視線をミカさんに戻し、躓かないようにしっかりと後を追う。

 

 この会合はトリニティ生徒であれば参加することが許されている。

 それはアリウス生徒たちもトリニティ生であるということを示すためのちょっとした箔付けでもあるのだが、そんな裏事情はどうでもいいだろう。

 

 皆が笑顔で、ここに居る。

 それだけで、この会合はきっと素晴らしいものだといえるのだから。

 

 問題を起こし、今も尚一名欠けているティーパーティがアリウス生徒たちの大部分の面倒を見ることは決して許されなかった。

 だからこそ、弱者救済を日頃行い、派閥としても比較的近縁にあるシスターフッドが主にアリウス生徒たちを受け持つことになるのは自然の流れだった。

 

「あら、ミカさんと……ナギサさん。おはようございます」

「おはよ~、シスターフッド秘蔵のクッキーを貰いに来たよ」

「おはようございます、サクラコさん……それとミカさん、目に余る態度は止めてください」

「別にかっちりとした場じゃないんだし、少しくらいフレンドリーな方がシスターフッドとしてもやりやすいでしょ?」

 

 それをこちらから口に出すなと、内心で溜息を吐いているとサクラコさんは穏やかに微笑んだ。

 

「そうですね。今回は気を張らなくとも問題ない場所、というお題目ですし。先程のような態度の方が好ましいですね」

「ほら~」

「ほらーじゃありません……クッキー頬張りながら人に指を差さない」

 

 奔放な真似を続けるミカさんに頭が痛くなってくるのを感じていると、サクラコは淑やかに笑った。

 けれど微笑みはすぐに消え去り、まるで懺悔でもするかのように沈痛な面持ちで語りだした。

 

「我々は、余りにも距離を置きすぎたのだと思います」

「……」

「もぐもぐ」

「血も涙もないと、あの時、ナギサさんを糾弾しましたが……それは、ティーパーティからしてみればシスターフッドにも言える言葉だったのではと、思えてくるのです」

「それは……」

「さくさく」

「エデン条約のあの日、傷だらけになりながらも立ち上がり、トリニティを、ゲヘナを……そしてアリウスまでも救おうとしていた貴方を見れば、分かります。ナギサさん、貴方は血も涙もない人では無く、ただ優し過ぎた人なのだと」

「そんなことは決して――」

「ずずーっ」

「ああもうっ! さっきっから何なんですかミカさんは!」

 

「ここは親睦を深める場所で、罪を吐き出す空間じゃないんだけど? ナギちゃんこそ、ちょっと落ち着くべきじゃない?」

 

 それは私に言っていて、けれどサクラコを刺している言葉でもあった。

 

「そんな話より、私はこのクッキーの話でも聞きたいかな? 何だか目が冴えて来るし、何入ってるの? 違法ハーブとか?」

「ミカさん!?」

「た、確かに以前のシスターフッドではそう言った物も扱っていたとは聞き及んでいますが……!」

「サクラコさん!?」

「な、な~んて、単なる冗談じゃんね。ちょっとしたアイスブレイクのつもりだったんだけど……」

 

 三人寄れば姦しいとはこの事かと、どこかズレた思考をしながら聞いていない独白を続けそうになるサクラコさんを止める。

 私たちだけの空間ならばまだしも、至る所に耳目があり、後々の禍根とも言えることをこんな所で吐き出して欲しくは無かった。

 

 ……あっ、生徒たちがクッキーを返しに来た。

 

「や、やはり、私たちはそのような集団だと周りから見られているのでしょうか……!!」

「ああ、ちょっと! こんな時に周りから頭下げてるように見られるような恰好は止めてってば! な、ナギちゃ~ん!」

「……」

 

 慌てふためくミカさんを尻目に、シスターフッドに返却されたクッキーを一枚貰う。

 素朴で、ティーパーティでは決して出されないであろう不格好なクッキーだなと思いつつも、一口齧る。

 

 何故か、目の前に居るシスターが息を飲む音が聞こえた。

 

「……ローズマリーですね。少し、癖が強いですし……クッキー一枚とは思えない程度の満腹感も感じられますね。サクラコさん、これはどのような時に食べるクッキーなのですか?」

「こ、これは夜通し行われる祭事や宿舎の警備を行う者たちに配られるクッキーです。眠気覚ましや、空腹感を紛らわすためのちょっとした工夫がされているんです」

「なるほど……ですが、それだけではありませんよね?」

 

 思考が冴え渡る。

 きっとそれだけでは無いのだ。この場に出すクッキーとして、これ以上無いくらい相応しい理由があるのが分かる。

 サクラコさんに笑いかけると、サクラコさんも何時もの笑みを取り戻して答えてくれた。

 

「これは、アリウス派の生徒たちに手伝ってくれたクッキーなんです。些か不格好ではありますが、味のほどは問題無いはずですが」

「勿論、十二分に美味しかったですよ。ですが、この後も回らないといけませんからこの一枚だけで充分ですよ」

「満足して頂けたのなら何よりです」

 

 ニコリニコリと笑顔が飛び交う。

 クッキーを返した生徒たちも、謝りながら再度クッキーを受け取ろうと戻ってくる。

 

 これでいいのだ、これが良いのだ。

 

 そんな満足感に浸っていると、サクラコさんは少しだけ表情に影を落とした。

 

「申し訳ございません……お手を煩わせてしまい」

「構いませんよ。お手を煩わせるだなんて、言ってしまえば我々はアリウスの保証を全てシスターフッドに押し付けているんです」

「ですが、また皆さんに要らぬ誤解を」

 

「変革に痛みは付き物です。シスターフッドは変わって行ってるのです、より良い方向に」

 

「……そう言っていただけるのであれば、これ以上悩んでいても仕方ありませんね」

「ええ、悩みなんて――悩むなんて、大抵どうしようもないことか、どうでもいいことの二つですから」

「? それは」

「――ナギちゃーん!」

 

 サクラコさんを遮るように、ミカさんが飛び込んでくる。

 ……何故か小脇にシスターを抱えたまま。

 

「な、何をしているんですか? ミカさん」

「ちょーっと、お話聞いてもらいたいかなって。ほら」

「あっ、えっと、その……」

 

 綺麗に整えられていたであろう白髪は少しだけ跳ねて、落ち着けなさげに修道服の握る。

 どういうつもりかとミカさんを見ると、どこか優し気に、そして申し訳なさそうに此方に一つウィンクを飛ばした。

 

 思わず零れ落ちそうになった溜息を飲み込み、目の前の生徒が落ち着く様に笑顔を見せる。

 しかして逆効果だったか、顔を赤らめいっぱいいっぱいになった表情で彼女は言葉を吐き出した。

 

「あ、あの! お、美味しかったでしょうか! わ、私、お菓子作りなんて今回が初めてなのに、その……えっと……」

「――大丈夫」

 

 俯き、修道服を握りしめる彼女の手を包み、上がってきた視線に合わせるようにして答える。

 

「作って頂き、ありがとうございます。様々な困難がこれからも待っているでしょうけども、私たちは決して――」

「な、ナギちゃん。盛り上がってるとこ悪いんだけど……」

「えっ?」

 

「う”う”う”う”う”~~~~~!!!」

 

「もう、聞こえてないみたいだから……」

「……どうしましょう」

 

 涙と鼻水をこれでもかと流す彼女に手の施しようが無いと困惑するティーパーティ。

 ティーパーティは泣く子に弱いとどこかに書かれるだろうかと、シスターフッドの皆様と協力して何とか慰めることは出来た。

 

 

 

「大丈夫、なのでしょうか」

「気にし過ぎだって。それに、たぶんもっと大変だったと思うから気にするだけ無駄だと思うけど?」

「それは……そうですね」

 

 交流もそこそこに、私たちはシスターフッドが設営したエリアから離れた。

 長居し過ぎても迷惑でしょうし、何より主役とも言える来賓が来る前に内輪での挨拶は終わらせておきたかった。

 

「そういえば……ティーパーティの設営はセイアさんがやってくれたんでしょうか?」

「あははっ、出不精なセイアちゃんが態々音頭を取るわけないじゃん。私だよ、わ・た・し」

「ミカさんが……?」

 

 少し……いや、かなり驚いた。

 今の彼女はティーパーティの一員ではあるが、パテル派の代表ではない非常に複雑な立場だ。

 同じパテル派で手伝ってくれる人物がいるであろうことは想像に難くないが、全体の指揮を執るために彼女自身のプライドを打ち壊す真似を一つか二つは行ったはずだ。

 

 そんな驚嘆した表情が顔に出ていたのか、ミカさんはどこか苦笑いしながら答えた。

 

「確かに、ね……一筋縄じゃいかなかったよ。どの面下げてって見てくる人も居たよ。でもね?」

 

 どこか眩しいものを見つめるような瞳をこちらに向け、ミカは続ける。

 ――胸が、ジクリと痛む。

 

「ナギちゃんが、あんなにも頑張ってるのに……何もできないのは悔しかったから」

「――」

 

 息が漏れる。

 脳が拒絶するようにミカの言葉が脳を震わす。

 駄目だ、ダメだ、だめだ!

 

 痛みを堪えるように歯を食いしばる。

 必死に、表情がバレないように。

 

「……ナギちゃん?」

「……はぁー、全く私の節穴具合にはほとほと呆れますよ」

「へっ?」

 

 大きく、大きく、全ての息を吐き出すような溜息を吐いて、そう溢した。

 そうして、ミカさんに笑みを向ける。

 自然と零れた涙を隠すことなく、曝け出しながら。

 

「ミカさん、パテル派首長に復帰するんですものね」

「えっ、まあーそうだね?」

「真面にミカさんを見れずに否定して……相変わらず、私は間違えてしまうんでしょうね」

「いや、普通に仕事し過ぎなんじゃないかなあ~って私思うんだけど……」

 

 

 

 二人の距離は、どこか遠くで不確かで。

 実の所両隣りに居ることを二人はまだ知らない。

 

 一人は、とても遠く。

 一人は、とても低く。

 一人は、この場に居らず。

 

 それが、現在のティーパーティの実情であった。

 




ナギサ様が醜く死んでしまうのは嫌です
そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです
それが現実だって、物理的な現象だって言われても、私は好きじゃないんです!

私には、好きな人がいます!
平凡で、大したSSも書けない私ですが……自分の好きなシュチュについては、絶対に譲れません!

孤独に苦難を乗り越え
努力がきちんと報われて
辛いことは一人で耐え、誰にも気づかれないようにして……!
苦しいことがあっても……周囲が最後に、笑顔になれるような!

そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!
誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!
私が描くナギサは、眠ったように死ぬって!
終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!

私たちの物語……

私たちの、欲望の物語を!!


そんな心持で書き始めた物語です。
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