ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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前途多難

 今日も一人、空席が目立つティーパーティのテラスで業務を熟していた。

 とはいえ、本当に独りっきりと言うわけでもない。

 

 テーブルの中央を陣取り、様々なお菓子に囲まれた二匹の動物。

 アズサたちから貰った二体の木彫りの人形が鎮座していた。

 

 本当ならばナギサの部屋にでも置いてやりたいのだが、勝手に部屋に入ることはフィリウス派の同輩たちが許さない。

 これはナギサの物でもあるから、手元に置いておくのも何だか憚られた。

 

 まあ単純に、私自身の寂しさを紛らわす為に置いただけかもしれないが。

 

「……はあ」

 

 仕事は終わった。

 今日もミカは来ることは無かった。

 

 

 

 フィリウス、パテルに書類を届け、漸くサンクトゥスの執務室へ戻った時、部屋の中から焦ったような声が響いてきた。

 

「――お願いです! セイア様に少しばかり来ていただくだけて十分なんです!!」

「ですからねえ、救護騎士団の貴方もご存じの通り、セイア様の体調はまだ完全では無いのよ? お引き取りを願えるかしら?」

 

 この声は。

 すぐにピンとは来たが、何をそこまで焦って私のことを呼んでいるのかは理解出来なかった。

 彼女の懇願を私の体調を理由に拒絶する同輩を止めるべく、執務室の扉を開く。

 

 想像の通り、救護騎士団のセリナがそこには居た。

 

「――セイア様!!」

 

 彼女らしからぬ焦った声色で、私の姿を見るなり頭を下げて懇願した。

 

「体調がまだ優れていないのは知っています! ですがお願いです……救護騎士団の部室に来てください!!」

「貴方ねえ、そこまで分かっているならどうして――」

「いや、いいよ。私に気を使ってくれるのはありがたいが、彼女たちには返し切れていない借りがあるんだ」

 

 渋顔を作る同輩に書類を押し付け、セリナの手を引いて廊下へと出る。

 セリナは短く礼を言い、私が追いかける事が出来る速度で救護騎士団の部室へと急いでいた。

 

 ……恐らくミネの事で何かしらの問題が起きたことは察することが出来た。

 何を仕出かしているのかは分からないが、立場的に対等な人物ならば止められると思ったのだろう。

 その判断は間違ってはいるものの、今回に限っていえば正解の行動だった。

 

 救護騎士団部室。

 山の天気の如く変動しやすい体質のせいで何度かお世話になったことのある部屋。

 何時もならばテキパキと救護騎士団員が駆けまわっている室内なのだが、何故か部屋全体の空気が淀んでおり、皆思い詰めた表情で動いていた。

 

 それでも足を止めることなく行動出来ていることに関心を覚えながらある一室に向かうと、一人の団員が目的の部屋を覗き込んでいるのが見えた。

 

「ハナエちゃん、ミネ団長の様子はどう……?」

「だ、ダメです~……ちっとも休んでくれないですし、差し入れも断られてしまって……」

「……なるほど」

 

 話し合う二人を他所に、救護騎士団の執務室にあたる部屋を覗き込む。

 そこには、酷く窶れた顔をしたミネが居た。

 

「……医者の不養生とはこの事かい?」

「いえ……普段の団長なら休息も仕事の中だと言ってきちんと休んでくれますし、ここまで頑ななのは初めてで……私たちも、どうしたらいいか……」

「ふむ……つかぬ事を聞くが、一体何時からこんな状態になっているんだい?」

「えっと……確か一日丸々団長が休んだ日からだから……二日くらいですね!」

「二日でかい……?」

 

 あそこまで窶れるのに、二日しか経っていない事実に驚愕する。

 一体この短期間の間にどれだけの事をやっていたのか。

 ……どれだけ自分自身を責め立てたのか、考えるだけで嫌になってくる。

 

 だが、期間から絞って考えると案の定ナギサからの手紙を見たせいだろう。

 これはあの秘密を知っている人物で無いと、きっと彼女は止められないだろう。

 

 一つ、大きく息を吸って――吐き出す。

 

「セリナ、それと……「ハナエです!」ハナエ。今からミネを説得しに行くが横槍を入れられると面倒だ。誰も部屋に入れないように立っていてくれないかい?」

「分かりました」

「誰も入れなければいいんですね、お任せください!」

 

 何処からか取り出したチェーンソーを唸らせながら元気よく答えるハナエ。

 ……些か人選ミスの気配を感じ取りながら、礼節を欠かないように執務室の扉を開ける。

 

 ――すぐさま、部屋中に立ち込める重苦しい空気と正面から刺される凄まじい圧力にたじろいでしまう。

 

「――何用ですか」

 

 普段は整えられている身形が乱れ、結ばれていた三つ編みも手入されることなく解れたままだった。

 顔はそこらで寝込む病人以上に酷く窶れ、けれども視線はいつも以上に鋭くなっていた。

 それが妙に悲しくて、私は敢えて芝居がかった様に溜息を吐いて見せた。

 

「……私にあれだけ口酸っぱく言っていた君がこの有様かい? 後輩たちが怯えていたよ、何時もの君の姿では無い、とね」

「セイア様……お引き取りを。今の貴方も相当無理な立場に居られるでしょう? こんな私に構わずに自派閥の……ティーパーティの建て直しを行っては?」

「その為にも監視役である救護騎士団がしっかりして貰わないと困るんだ。それにそんな無理をしても誰も喜ばない……それどころか――」

「少し、失礼します」

 

 ミネを休ませる為に言葉を回し、追撃を加えようとした所で端末が鳴る。

 タイミングが悪いと思わず歯噛みしてしまうが、そんな思いすら捨てさせる様にミネは立ち上がった、

 

「――申し訳ありません、現場からの救援です」

「……いや、待ちたまえ。もしかして行くつもりかい? 病人も真っ青なその顔でかい?」

「救護が必要な場に救護を、ですから。失礼致します」

「――やれやれだ」

 

 足を止める気は一切無いと、私の横を素通りする彼女に心の底から溜息が出た。

 袖裏に隠した拳銃を握り、一切の躊躇なくミネの方に引き金を引いた。

 ……ミネに当たらぬよう頭の横を狙って撃ったが、扉に跳弾して照明が破損してしまったが、ガラス片も彼女に当たっていないし許して欲しい。

 

「セイア様?」

「止まりたまえよ、ミネ団長。今の私が引き金を引かねば成らない事態だという事をしっかりと理解した上で」

 

「――セイア様!? 今の音は!?」

 

 銃声が響き、流石に黙って待って居られなかったのか、セリナが扉を開ける。

 未だに此方を睨み続けるミネの視線に苛立ちの気配を感じ取り、この部屋に入ってから何度目かの溜息を溢す。

 

「セリナ、先程救護騎士団の救援要請が来ていた見たいだが……既に人員は派遣しているかい?」

「あ、はい。待機している救急隊員が居ますので……それより、どうして救援の事を? 救急隊員に任命された方しか分からないはずなんですが……」

「…………」

 

 ミネを挟んでセリナに聞くと、そんな話が飛んできた。

 全く持って呆れ返ってしまう。

 つまりミネは、組織で定めたルールすらも捻じ曲げて現場に身を投じようとしていたのだ。

 

 余りにも彼女らしくない。

 さっきの視線だってそうだ。平時のミネならば憎々し気に此方を睨むなんて真似せずに、まずセリナに意識を向けていた筈だ。

 

 ミネは自分がいつも通りでは無いことを流石に察しているのか、やりきれない表情のまま、虚空に視線を彷徨わせることしか出来なかった。

 

「それで、うん。先程の音か。すまない、私の袖に入れていた銃が暴発してしまってね」

「そ、袖に、ですか?」

「ああそうさ、これが一番スマートに銃を取り出せると思ったんだが……理想と現実は乖離する物だね。まさか腕を振るっただけで暴発するとは」

 

 そんな適当を並べ、偶然撃ち抜かれた照明を見上げる。

 セリナも私に釣られて割れた照明を見て、漸く納得してくれたようだった。

 

「後で弁償しよう……さて、ミネ。紅茶の用意は要らないから会議を続けようか。長居するとそれだけで救護騎士団に迷惑がかかりそうだからね」

「……分かりました」

 

 まだまだ燻っていた負の感情を抑えるように、ミネは目を閉じた。

 

 

 

 セリナ達には再び人払いの為、部屋の外に立って貰い、再びミネと二人っきりになる。

 

「さて……では、一つずつ聞かせて貰おうか」

「……何故真実をお話にならなかったのですか?」

「まず私から聞きたかったのだが……まあいいさ、簡単な話だからね」

 

 執務室に備え付けられた給湯室でミルクティーを作りながら、ミネに質問された。

 全く、質問を質問で返すなってね。

 

「今から君に聞く話を、第三者には聞かれたくは無いんだ。相応に怪しまれはしただろうが……必要な犠牲だったと言っておこうか」

「……それは」

「ヨハネ派のトップである君に向かっての発砲だなんて知られたらどうなるか……考えたくもない話だね」

「止めてください……」

 

 ここにきて頭が回り始めたのか、私の軽率な行動に血の気が引いているミネ。

 ……コイツは重症だと目を背けたくなる現実を直視しながら、甘い甘いミルクティーをミネの前に差し出す。

 

 ――ほんの僅かに顰められた表情は、自身に用意された席に向かっていたせいで気づくことは無かった。

 

「まあ未然に防がれた事態だ。これ以上話しても不毛なだけだろう。私の質問にも答えてもらうよ、ミネ団長」

「わかり、ました……」

 

 らしくなく祈る様に、懺悔をする罪人の様に、ミルクティーに表情を映す様に俯いて答えた。

 その姿を眺めながら、自分で入れたミルクティーを傾けて――顔を顰める。

 

 流石にちょっと甘すぎた。

 まあでも、これから話す苦い話にはちょうどいいかもしれないが。

 

「単刀直入に行こう――ナギサの件だろう?」

「……………………はい」

 

 長く長く続いた沈黙の後に、蚊の鳴くような声で彼女は答えた。

 しかし、まだ予想できた話だ。

 問題はどうしてそれで自身をここまで追い詰めているのかだ。

 

「そんなに酷い言葉が羅列されていたのかい? 彼女はそう言った語彙に富んでいるのは知って」

「――違います!! ……断じて、違います」

「しかし、だ。君自身も周囲も大切にしない様はそう言った誤解を広めることになる。詳しく、訳を教えてくれないかい?」

 

「……気づけなかったのです、一切」

 

 ミルクティーに手を付けぬまま、より一層表情を険しくして彼女は語り始めた。

 

「私は、医療従事者です」

 

「体の傷は元より、心の傷に関しても一応の知識は蓄えています」

 

「目に見えない傷だからこそ、より一層丁重に、慎重に救護に当たることが重要であると、知ってはいました」

 

「ナギサ様は、自身を責務も果たせぬ愚か者だと断じておりましたが」

 

「――それなら、私は」

 

「色眼鏡で見つめ、患者に鞭打ち、本当に加護が必要だった人に対し罵声を与えた私は――」

 

「どうして未だに団長などと言う立場で居られるのでしょうか」

 

「だから、そう……これは何処までもエゴなのです」

 

「私が私を救護騎士団団長である事を許す為に、エゴ」

 

「そんなエゴで……現場を混乱させ、周囲に迷惑をかけて……」

 

「ええ……分かってはいます」

 

「セリナに、ハナエに……同輩処かセイア様にまで迷惑をかけている自覚はあります……」

 

「ですが……私の心が、何処までも叫ぶのです」

 

「お前のせいだ――なんて」

 

 

「ミネ……」

 

 酷く憔悴しきった彼女に、かける言葉が見つからなかった。

 少し前――否。今も尚私の心にも巣食っている、罪悪感と言う名の毒虫。

 

 残念ながら、その毒虫を心から引きはがす薬など持ってはいなかった。

 

「――ならば、答えは単純だな」

「……えっ?」

 

 だから私が全て背負ってやる。

 

「ミネ、ティーパーティの指示の下動くんだ」

「それは」

「どうせ休め、なんて言っても守る気はサラサラないのだろう? ならば、君を上手くコントロールする人物が必要になる。私が、全責任を取ろう」

 

 戸惑ったような、訝しむような。

 当惑し切ったミネの表情に、私はワザとらしく笑みを浮かべた。

 

「なあに、安心したまえよ。別にティーパーティ直下組織として作り変えるつもりも、トリニティに混乱を齎すような考えも無いよ。君がどうしたら良いのか分からなくなったら、私に連絡をしてくれ。そこで出した指示を最優先に熟して、物事の優先順位のリセットをしてみるんだ」

「……なるほど」

「試しに……そうだね。書類の整理を優先的に熟そうか。山積みにされて処理されていない書類が多いと聞いたことが有るからね」

「わかり……ました」

 

 渋々、本当に渋々とだが、ミネに約束を取り付けることが出来た。

 それから、立場が逆転したようなカウンセリングは続き、気が付けば日が傾いていた。

 

 最後までミネは、ミルクティーに手は付けなかった。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

「行って、しまいましたか……」

 

 何処か浮ついていた気持ちが急落したように不安感に苛まれる。

 そんな折、折角入れて貰ったミルクティーが目に入る。

 

 これならば、もしや。

 そう思い、気持ちを落ち着かせる意味でもティーカップを傾けた。

 

「――んっグッ!! ごはっ……」

 

 甘く、甘く。何処までも甘く。

 罪の意識を感じさせる程の甘ったるさが舌を襲う。

 無情にも、注がれたミルクティーは胃液と混じりながらエチケット袋の中に吸い込まれて行く。

 

 ナギサ様から宛てられた遺書を読み――気が付いてしまった、自身の罪。

 吐き出すことすら恐ろしく、セイア様には終ぞ溢すことすらなかった、本当の罪。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 胃に何も残ってなかったおかげか短く済んだ吐き戻しに、けれども確かに体力を持っていかれ頭が朦朧としていた。

 

(落ち着いて……こういう時はまず――)

 

「しょるい、しごと……」

 

 ゆるゆるグラグラと、混乱する頭で書類の整理が行われる。

 

 

 蒼森ミネは壊れかけていた。

 だが、それでも尚、職務を遂行するバイタリティと回復力を備えていた。

 

 それは果たして幸か不幸か。

 

 ミネは幸福だった。

 職務に没頭している間は、自身の心と向き合うことなく他者を救うだけで満足できるのだから、間違いなく幸福だった。

 

 周囲は不幸だった。

 一向に改善されない顔色のまま、現場に向かう彼女を止める事が出来ずに見送ることしかできないのだから、間違いなく不幸だった。

 

 歪みゆくトリニティに、彼女と対話し改善に持っていける人物は居なかった。

 それは確かに、不幸だった。

 

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