床に就いて、僅か。
微睡に落ちかけた意識を叩き起こす様に、私の部屋が開け放たれた。
「――セイア様っ! 大変です!!」
「……こんな夜更けに、なんだい?」
悪態を吐くことも、取り繕うことも出来ずに思わず素のまま応対してしまう。
だが、そんな私に疑問を呈する余裕も無いのか、何処かと繋がったスマホの映像を見せながら叫んだ。
――その燃え盛る赤に、嫌な予感と共に私の意識は覚醒した。
「アリウス特区が、放火されています!!」
アリウス特別臨時収容区画。
通称アリウス特区と呼ばれるその場所は、ナギサが主導しシスターフッドと連携して受け入れたアリウス生たちを一時的に押し込める為に生まれた場所だ。
酷く劣悪な環境でも無ければ、異常なまでに狭い範囲に押し込められている訳でもない。
一般的なトリニティ生と同じような扱いをしているその場所が。
今、その全てに火の手が上がっている。
「……火の不始末何て騒ぎじゃあなさそうだね。原因は判明しているのかい?」
「っ……」
軽く服装を整え、現場に向かいながら部屋に入ってきた同輩に尋ねるが、どうしてか苦々しく顔を背けていた。
……嫌な想像が脳裏を過る。
そして、現実は想像を遥かに飛び越えていってしまった。
「…………把握できる限り、フィリウス派のほぼ全員が放火に参加。放火に至った経緯は……ナギサ様を殺害した嫌疑だそうです」
駆け足で向かっていたその足が、思わず止まる。
何故、どうしてそれがフィリウス派に漏れている?
一瞬、先生経由でヒフミから漏れたのかと思ったが、あの日以来先生からの連絡はない。
ならば、先生はヒフミに遺書の件を話してはいないはずだ。
それなら、どうして。
「……セイア様?」
「……いや、すまない。どうしてそんな荒唐無稽な話でここまでの大事を起こしたのか、分からなくてね」
「そう、ですか……」
立ち止まった足を動かし始め、すぐさまミネに――いや、ツルギに電話をかけることにした。
ワンコールも鳴り終わる前にツルギとの通話が繋がった。
……後ろから人々の混乱する声が響くが、気にしていては仕方ないだろう。
『はい、ツルギです』
「状況は?」
『……酷く、現場は混乱しています。夜間での放火活動、フィリウス派の計画的と思われる行動で些か此方が後手に回っています。私の判断で撃ってでも捕縛しておりますので、フィリウス派からの抗議が来た際はそのようにして頂けると』
「……ありがとう、私もすぐ其方に向かう。君が責任を負う必要は無いよ、私の命令で出したことにしよう」
『了解しました』
(……困ったな)
ツルギとの会話を終えて、向こうの状況がある程度知れた。
恐らく、夢で見たフィリウス暴走シナリオに近い状況が起こっている。
だが問題はそこではない。
フィリウスの暴走と、その発言の意図。
これはナギサの死を衆目の下に晒し上げ、どの組織が行ったのか判別つけようとしているのだ。
元々ヘイトを集める存在であったアリウスに物理的に衝突しただけであって、多分本心ではどの組織に攻撃したっておかしくない状態なのだろう。
くらくらとして来る頭に、不味い事実ばかりが圧し掛かる。
フィリウスは、トリニティがどうなっても構わないようだ。
何処までも真摯に、狂気に、ただナギサの仇討ちの為に動いているに過ぎないのだ。
そうでなければ、フィリウスが組織立って動いて尚且つ正実に手を焼かせるなんて真似出来るはずがない。
(全く……被弾した勢いで眠らないでくれよ)
酷く朦朧とする意識を根性で奮い立たせ、重苦しい足取りでアリウス特区へ急ぐ。
今日は始まったばかりだった。
30分と時間をかけずにアリウス特区へと辿り着くことは出来た。
だが、十数分は確かにフィリウス派の計画通りに事を運ばれたとも言えた。
――トリニティが、燃えていた。
「周辺民家への被害も考慮しないのですか!」
「……ツルギは何処だい」
目や耳から伝わる情報から伝播され、怒りに燃えるように私を呼びに来てくれた同輩はフィリウス派へと突撃して行ってしまった。
気持ちは痛い程理解できるが、私が我を失う訳にはいかない。
必死に冷静に努めるようにツルギを探す。
他よりも悲鳴が大きそうな場所を探していると、必然とも呼べる出会いが訪れた。
「……セイア様?」
「き、君は……」
彼女は、ナギサから私への引継ぎを手伝ってくれた――。
銃声。銃声。銃声。
「っ!? 一体何を!」
「……何を、ですか?」
一切の躊躇い無く放たれた銃弾は乱れ撃ちだったおかげか、直撃こそは避けたものの警戒心を引き上げるのに十分な出来事だった。
銃弾を撃ち尽くし、甲高い音を立ててクリップが排出されるが、彼女はすぐに次弾を込めて、今度こそ当てると言わんばかりに私の頭目掛けて照準を合わせた。
「それは此方のセリフですよ……セイア様」
「……どういう意味だい」
充血し、瞳孔が開いた眼差しを此方に向けながら彼女は答える。
「何故ナギサ様の死を無関係なあの女には知らせて、我々にはお伝えなさらなかったのですか?」
「…………盗み聞きとは、感心しないね」
「いえいえ、偶然、聞き及んでしまった物で」
彼女の反応に、思わず歯噛みする。
無意識の失態がここまでの大事に発展する物かと。
自責の念で潰れる刹那、まさか補習授業部にまで手を伸ばしているのではないかと言葉が漏れた。
「ハナコは……」
「ああ、はい。彼女も随分と苦労したみたいですよ? セイア様の世迷いごとだったと断定する為に色々と調べたそうです。――まあ無駄だった訳ですが」
「……なるほどね」
断定した理由、恐慌の原因。
それは間違いなく私が元凶と言えるだろう。だが、ハナコたちが責められる未来はどうやら訪れないらしい。
(到底、安心は出来ないのだけどね……)
「セイア様……我々は考えたのですよ……あの時、どうしてあの女にだけ情報を漏らしたのかを。どうして迂遠に死を確定付けさせるような真似をしたのかと……」
まるで幽鬼のような冷たい気配を発しながら、彼女は遂に引き金に指を添えた。
「まずは貴方を疑いました、セイア様」
彼女が引き金を引く、銃弾は頬に当たる。
「ですが、それは余りにも合理性に欠けます」
彼女が引き金を引く、銃弾は肩を撃ち抜いた。
「何故セイア様があの女に言わなければならなかったのか? 何故セイア様があの女を使ってナギサ様の死を流布させるような真似をしたのか?」
彼女が引き金を引く、銃弾は脛に当たり転ばされるように前のめりで倒れてしまう。
「何故疑心が広まる真似をしたのか。何故敵が誰かを分からぬようにしたのか。何故突き放す様に分断を図ったのか――」
彼女が引き金を引く、銃弾は初速を維持したまま私の背を執拗に叩く。
「何故、何故、何故、何故何故何故――」
彼女が引き金を引く、銃弾はもう出てこなかった。
「どうして――」
「そこまでだ」
飛びかけていた意識は背中に当てられていた銃口が離れたことで、何とか持ち直すことが出来た。
ふらふらと立ち上がると、先程まで私を撃っていた彼女が空から落ちてきた。
「ご無事でしょうか?」
「あ、ああ……すまない。助かった」
少し焦げ臭さを漂わせたツルギは先程の問答を問い直すわけでもなく、ただ一言そう言った。
言葉に出来ない感謝の思いを抱くも、それは行動で示さねばと思い直す。
軽く周囲を見たところ、相当数の正実の子達の援軍がやって来たのか、徐々に騒ぎが収束して行っているようだった。
ツルギも、同様の景色が見えたのだろう。
「セイア様、これがクーデターだと思われない為にも少しばかり神輿として動いていただきますが」
「構わないよ……その為にここに来たのだからね」
フィリウス派の行動を正義実現委員会が妨害……字面だけ見ればクーデターの気配だろう。
実情は暴走したフィリウス派を止めるべく動いていたに過ぎない。
だが、紙面的に見ればこれはクーデターなのだ。
そうでは無いと、断定する為にも私は来た。
……とはいえ、今のフィリウス派に正実を貶めるべく行動する冷静さは無いとは思われるが。
罵声、銃声、破裂音に火炎放射の轟音は徐々に納まっていった。
燃え盛る火の手を止めるべく、手榴弾やグレネードで建物が破壊され全てが瓦礫と化した。
……炎を止めようにも、事前に消防設備は破壊されており被害を抑えるにはこれしか方法は無かった。
「酷い物だね」
「そうですね……」
積み上げた和平の象徴だった場所は砕け散り、今尚炎は燻り続けている。
ナギサがやってきた行いが、何処までも否定されているようで胸が締め付けられる思いだった。
「……そう言えば、アリウス生たちは無事なのかい?」
今でこそやって来た救護騎士団に先導されて治療のために移動しているが、逃げられなかった生徒はいなかったのだろうか?
そう尋ねてみると、ツルギは何処か苦い顔をしながら答えてくれた。
「既に、全員救助されています」
「全員かい……?」
それは……どうやって判明したのだろうか?
正実はフィリウス派鎮圧のため動員されていた。
救護騎士団も救助活動はしていたが全員を助けるなど到底時間が足りないだろう。
抱いた疑問を打ち壊すべく、ツルギは答えてくれた。
「ミネ団長が、炎の中に突っ込んで全員助けたのです」
――彼女が苦々しい表情を浮かべる意味も教えながら。
「っ!!」
「セイア様!? どこへ――」
「ミネの! 所だ!!」
既にこの現場には居ない。
非常に嫌な予感だけが体中を駆けまわっていた。
(やはり! やはりか! 私では、私ではナギサの代わりにはなれやしないのか……!!)
ミネは結局私を頼ることは無かった。
何処までも自身が許されるべき存在では無いと定義しているからこそ、彼女が他者に対して縋る行為を端から捨てていたのだ。
それに気が付くことすら出来なかった私は……。
(アリウス生全員を救っただと? どれだけ体を痛めつければそんなことが出来るんだ! 銃弾爆弾飛び交い炎が辺りを燃やす災害現場で、どれだけ体を痛めつけたんだ!!)
彼女の自裁の気持ちは、あの時ありありと感じ取ってしまった。
それならば、ボロボロな今の彼女を一人にするのは酷くマズイ。
(しかし、何処に――)
そんな折、視界を遮る様に暗黒が周囲を覆った。
「――っ!?」
一寸先すら見通せなくなる、闇。
幾ら夜中とはいえ、夜目が利き始めた今になってこんな事態に見舞われるのかと、疑問。
「……あの、光は」
改めて周囲を見渡すと、たった一点にのみ眩くぼやけた光が見えた。
それはまるで、目指すべき場所がそこであると示しているようで――。
私は一目散に走り出した。
確証はない。
だが何故か確信めいたものを感じていた。
気が付けば闇は晴れており、一点のみ光っていた光点も見えなくなっていた。
だが、方角は既に分かっている。
「待っていろ、ミネ……!」
その光が潰える前に。
私は全力で駆け出した。