ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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膏火自煎

 ――走る、走る、走る。

 今は見えぬ光点のみを頼りにして、走り続ける。

 崩れた瓦礫を踏み越えて、現場から離れる生徒の流れに逆らうように走る。

 

 今ミネの身を案じ、行動することが出来るのは私しか居ない。

 同輩である救護騎士団は怪我を負ったアリウス生の治療に駆り出され、鎮圧行動を終えた正実はミネの状態を把握していない。

 つまり誰もミネの心配をして、行動することが出来る者が居ない。

 

 ――私以外は。

 

『はっ……はっ……はっ……!』

 

 火事場の馬鹿力、むしろ窮鼠猫を嚙むと言うべきか。

 アドレナリンの放出によってやけに軽くなった身体で目的地へと駆けていく。

 人波が途切れ、ただ一人孤独にトリニティを走るのは少しばかり心細くなってしまう。

 

 アリウス特区から東に道なりで進んでいると、今は殆ど使われていない旧校舎の一つにぶつかる。

 確か取り壊しの草案が出ていたと脳裏を掠め、ちらと施錠されている筈の出入り口を見る。

 

 鍵が、壊されていた。

 銃床か、銃撃か、どう壊されたのかは不明だが、入り口を縛っていたチェーンが地面に散らばっていた。

 

 普通に考えれば、トリニティを荒らし回っている不良の可能性の方が高い。

 事実、昨日だってよく分からない不良に囲まれたものだ。

 

 だが、私の直感がここだと叫んでいた。

 

 吉と出るか凶と出るか。

 仮に大凶だとしたらミネを救うチャンスはもう二度と訪れる事は無いだろう。

 

 錆びたドアノブを握り、捻らずとも僅かに開いた隙間を広げるように動かす。

 手入れされていない扉は鈍い悲鳴を上げながら、私の来訪を知らせる。

 

 熱烈な歓迎は、受けなかった。

 ……どうやら大凶ではなさそうだ。

 

 外よりも一層薄暗い校舎内は私が侵入することを拒んでいるようで。

 だが、意を決して校舎の中へと足を踏み入れた。

 

 他に音が無いせいだろう。

 私の歩く足音だけがやけに響く。

 ふと校舎から窓の方に視線を投げれば、煙を上げるアリウス特区が鮮明に見えた。

 

 煙がトリニティ本校すら焦がす様に天に渦巻き、消し切れずに燃え残った火種は地に蔓延っていた。

 既に火蓋は落とされて、ミネたちの救援など何の成果も挙げずに燃え尽きるのだと言うように。

 これは序章に過ぎぬと、煽られているようで。

 

『――ミネ?』

 

 嫌な妄想を止め、頭を振って意識を戻すと、何処からか銃声が響いてきた。

 しかし……様子がおかしい。

 何かを狙っているような音ではなく、断続的に籠った音が鳴っている。

 

 音に誘われるように、導かれるように音の出処へと辿り着いた。

 扉が僅かに開かれ、そこから微かな光が漏れている。

 

 顔を上げて部屋の名前を確認すると、ここはどうやら保健室のようだった。

 

 バスン、と。

 くぐもった銃声が再度響く。

 

 嫌な予感を胸いっぱいに詰めながら、私は開きかけの扉に手をかけた。

 

『――』

「……」

 

 自らのショットガンを咥えたミネ団長が居た。

 

 その目は虚ろで、私が部屋に入ってきたことすらも気が付いていないようで。

 涙は乾き切り、代わりに頬の内側から貫通した傷から血を流し。

 それでも尚、ミネはショットガンの引き金を引き続けていたのだ。

 

『ミネ!!」

「……?」

 

 銃座代わりに立てられたシールドを蹴り飛ばすが、ミネの腕に包帯で巻かれたショットガンは手から離れることは無い。

 何が起こったのか理解していない風に、ミネは再び銃に手を伸ばすが、遮る様にミネの手を握った。

 

「ふざけるなよミネ! 君にとって私は、私たちは! 手助けされることすら迷惑な存在だとでも言うつもりなのかい!?」

「……セイア、さま?」

 

 ミネの瞳に、僅かばかりの光が戻る。

 まだ間に合う、彼女はまだ救えるのだ。

 

 硝煙と焦げ臭さを纏った彼女の手の温かさを逃さぬように、決して放さぬように、強く強く両手で握りしめた。

 

「いいかい? よく聞くんだ。君がそんな傍迷惑な事をしたって喜ぶ者は誰一人だって居ないんだ。むしろこれはもっと大勢に人たちに不幸を振り撒く行いだというのは理解出来るはずだ」

「……」

 

「罪の意識……ミカも抱えていたが、己を処断した所でナギサは帰って来ない。君は君の自己満足のためにトリニティに、救護騎士団に災いを持ち込もうとするのかい?」

「……ぁ」

 

「過ぎたことは……何て、言っても到底流せる話では無いのは承知している。だから」

「じゃあ、どうすれば良かったのですか……」

 

 握っていた掌が、強く強く握り返される。

 

「私のせいでナギサ様は亡くなって、それでも尚のうのうと生き続けろとでも言うのですか……」

「違うよ、違う。ナギサが亡くなったのはミネのせいじゃないさ。強いて言うならばナギサの変化に気づけなかった私たちと、伝えるべき労力を惜しんだナギサの――トリニティが抱えるべき罪だ」

 

 ミネの焦点が定まっていない瞳と目を合わせながら、説き伏せる様に答える。

 返答に何を感じたのか、突如気絶したかのように顔を下に伏せる。

 

「……あの時に、言えなかった事があります」

 

 そうして、ミネの独白が始まった。

 

「ナギサ様が命を賭して成立させたETOの事です」

 

「有ろう事か、私は……眼前で否定してしまったのです」

 

「ゲヘナとの融和など不可能であると――無意味であると、無価値であると、私は……私は……!!」

 

「ナギサ様の命を! 間接的にも軽んじたのです!!」

 

「あの一言が無ければ、余計な言葉の交わりが存在しなければ! きっと!!」

 

「ナギサ様は生きていた筈だったのです!!」

 

「きっかけを生み出した私が、どうして!」

 

 

「処断もされずに生きていられるのでしょうか!?」

 

 

「……ナギサ様の死によってトリニティに問題が波及し始めています」

 

「私は、責任を取らなければなりません……」

 

「それが、トリニティにとって――」

「――言いたいことはそれだけかい?」

 

 気が付けば大粒の涙を流し続けていたミネは私の言葉に呼応するように顔を上げた。

 何て酷い顔をしているのだろうか。

 血と涙に濡れてぐちゃぐちゃになっている。

 

「そうかい、ミネ。君にとって自死とは責任を取る為の手段の一つに過ぎないと言うわけか」

「……ええ」

 

 至極当然の行いだと言わんばかりに頷く彼女に、顔を思い切り近づける。

 恋人であるのであれば接吻でも交わす距離だろうが、そんな甘酸っぱい関係ではない。

 漸く私の目に焦点が合ったミネに吐き捨てるように答えた。

 

「罪すら放り捨てて逃げるつもりかい、君は」

「――えっ?」

 

 握られていた手を解き、彼女の胸倉を掴む。

 想定外の言葉をかけられたように呆然とする彼女を畳み掛ける様に言葉は止まらなかった。

 

「自死が責任の清算だと? 冗句だとしても詰まらないし想像力に欠けていると言わざるを得ないね」

「わ、私は!」

「黙りたまえよ。人に手を借りる真似が出来ない今の君では何を言った所で独り善がりで、空虚だよ……大体、気が付かないのかい?」

「……何を、ですか」

 

「君のその行いは、ナギサのした事を肯定するのと同じだという事にだよ」

「そ、れは……」

 

 少しばかり、正気を取り戻したのだろうか。

 ぐらぐらと揺れる瞳に、呼応するように体が震え始める。

 

 彼女の腕と包帯で繋がれたショットガンが、漸く床に落ちた。

 

「……ナギサが亡くなって、苦しかったんだろう? 辛かったんだろう? それを、君の後輩に味わわせるような真似は止めたまえよ。それは君の本意では無いだろう?」

「なら、わたしは……どうしたら……」

 

 既に自裁する気は削ぎ落すことは出来たのだろう。

 だが、迷子の子供の様にミネは此方に縋りついて来る。

 

 ……無理もない、彼女の抱いていた信念を自らの手で打ち砕いたような物なのだ。

 もう一度、以前の彼女のような姿を見る事は叶わないかもしれないが、再び歩き出す為の手助けならば出せる。

 私は彼女の抱きしめ返して答えた。

 

「ここから、トリニティは更なる混乱が巻き起こるだろう。その時に私やミカだけの力では到底足りやしないんだ。ミネ、ナギサが守りたかった――いいや、ナギサが守ったトリニティを助けてくれないかい?」

 

 これはとても、甘い毒だ。

 ミネの心に潜む毒虫が好む、甘い毒。

 

 ナギサが成し得た、成し得なかったという言葉を並べるだけで、罪悪感に溢れたミネに断る術は無い。

 それを分かっていて、私はミネに囁いた。

 

「――わかり、ました」

 

 ぐっと、ミネの体重が此方にかかる。

 思わず倒れてしまうと思ったが、既に抱きしめていたおかげか受け止める事が出来た。

 漸く、これで漸く、一人を支える事が出来たのだ。

 

(ナギサ……君は余りにも遠い所に居たんだね……人の重みを、信頼を……支えるまでがここ迄大変だとは思いもしなかったよ……)

 

 けれども、確かな一歩を新たに踏み出す事が出来たのだ。

 ミネに強く強く抱きしめ返されながら

 

 

 

 ――私は目を覚ました。

 

 

 

「………………」

 

 見慣れた、何時もの天井が私を出迎える。

 揺れる脳が、震える頭が、目覚めた知性が今までの現象を一瞬で読み明かし、真実だと伝える。

 酷く重い身体を起こそうとすると、近くから声が聞こえた。

 

「――セイア様、お体の具合は?」

「つ、ツルギ……? わ、私は一体――」

 

「一体何時から眠っていた……?」

 

 鈍く痛みが走る体を無理矢理に動かし、ツルギに縋る様に問いかける。

 ツルギは慣れないながらも受け止めつつ、簡潔に答えてくれた。

 

「走り出して間もなく……と言った所でしょうか。あそこまで撃たれていたのですからあまり無理は――」

「ああ、そうかい」

 

 ツルギの小言が右から左へと流れていく。

 全身から力が抜け、力なくへたり込んでしまう。

 

 あれは、予知夢だった。

 

 地続きになっていると錯覚する程度には近い未来を見ていた。

 私が干渉していたからこそ、今から僅か数瞬先のミネは生きていたのだ。

 

 ならば、今から伝令して届くのか――。

 

「せ、セイア様! 大変です!!」

 

 諦めるのはと、奮起しようと己を奮い立たせようとした所で、同輩が扉もノックせずに飛び込んできた。

 どうしようもない程の不吉な気配を感じるが、己が耳を塞ぐ前に、同輩の口を塞ぐ前に、その言葉は耳に飛び込んできた。

 

「救護騎士団団長、蒼森ミネ様が……! な、亡くなられました……!!」

「何……?」

 

 訝しむツルギに怯える同輩。

 それを私は止める事も出来ずに、天を仰いで息を吐いた。

 

 事実だろう。

 言葉が詰まった理由も、相応に理由が付く。

 自身の銃で自決するなど、その訳も経緯も想像がつかないのだから。

 

 助けられた筈の存在が、助けた筈の人物が、今し方亡くなった。

 言葉に表せない程の無力感が胸を抉り、自然と涙が零れていた。

 

 私の異様な様子からか、同輩に詰問していたツルギが静かに此方を見ていた。

 それが何よりの証拠だと、言わんばかりに。

 

 静寂が部屋を占める中、再び騒動が訪れる。

 

 険しい表情のまま思考を巡らせていたツルギの端末から連絡が届いたのだ。

 

【――き、緊急連絡! パテル派、ミカ様の一室が何者かによってはか、ってうわああっ!?】

 

 直後、轟音。

 ノイズを部屋に響かせた後にツルギは通信を切った。

 

「……私は行く、セイア様を頼んだ」

「えっ、あ、はい」

 

 しどろもどろに答える同輩を置き去りに、ツルギは窓から飛び立ち通信下へと急いだ。

 月に向かって飛ぶような彼女を見て、零れた涙を拭う。

 

 そうだ、まだ救える人は居るのだ。

 動かないで後悔するのだけはごめんなのだと、今再び思い知らされたのだ。

 

「私たちも行くよ」

「えっ、ちょ、セイア様!?」

 

 止める様に動く彼女を無視しながら、ミカの部屋へと向かう。

 今日はまだ終わらない。

 

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