ツルギは飛んでいた。
否、ただ殴り飛ばされただけだ。
(まさか怯みもしないとはな……)
投げ飛ばされた瓦礫を壊した瞬間、マゼンタ色の光が此方に向かって来ていることが分かった。
スピンコックで可能な限り連射したのだが、化け物はものともしないようにツルギの顔面を殴り飛ばしたのだった。
正義実現委員会の半壊、砲兵隊への連絡、完全に砕けた当初の作戦。
ツルギは悠長にも次の手を、空を滑りながら思考していたがそんな余裕はすぐに消え去った。
翼を広げ空中で軌道を変え、地面に一瞬足を付ける。
最後の薬莢を排莢し、ブラッド&ガンパウダーを空に投げ、追いかけるようにツルギも空を舞う。
何時の間にか両手指に挟まれた次弾を装填しつつ、自身を殴り飛ばした存在が走って近づいて来ていることを確認する。
計八発の弾丸を込め、ツルギは体制を整えながら地面に両足を突き立てた。
十数メートル、二本の線を未だ描くほどの勢いを漸く殺し切り、眼前迄迫った化け物に銃口を差し向けた。
「ききききき……ぐあーははははははは!!」
「ガァアアア――」
再び笑顔を見せるツルギから、先程喰らったダメージの影響は感じられない。
化け物もそう感じたのか、既にチャージが完了したショットガンでツルギの顔面目掛けて引き金を引く。
「きひひひひっ!!」
「グァッ!?」
ツルギは攻撃を真正面から受け止め――吹き飛びながら化け物の顎を蹴り抜いた。
地面に二丁のショットガンを突き立て勢いを殺し、地面を蹴り飛ばし化け物へ追撃する。
再びショットガンで吹き飛ばされた距離まで詰めるが、相手も痛覚など無いと言わんばかりに的確にツルギを撃ち抜いていく。
右脛、左股関節、右肩、左腕。的確に関節を狙いほぼ当てていくが、ツルギは止まらない。
「待ってろぉぉぉ!!」
「……っ!」
ここで正面から撃ち合う――ことは無く。
ツルギは突如進路を変え、右に逸れながらローキックを叩き込んだ。
僅かに態勢が崩れたのを確認し、ツルギは化け物に襲い掛かった。
「うははは、うは、ははっははっはあーっ!!」
「っ……!!」
咄嗟に向けられたショットガンを蹴って方向を変え、腹を蹴飛ばし化け物を地面に転がす。
超至近距離の乱撃。ツルギは確かな手応えを感じつつも、弾切れと同時に化け物を蹴飛ばして距離を取る。
手早くリロードを済ませ、終わらせる頃には化け物は立ち上がっていた。
「今度はお前がぁ……血を見せる番だぞぉぉぉっ!!」
「グガアアアアアアッ!!」
勢いよく迫るツルギ、鏡合わせの様に化け物もツルギに肉迫する。
惜しむ事無く化け物に引き金を引くツルギに対し、化け物は拳や蹴りで対抗していた。
片方のショットガンを牽制目的で撃ち込むと、案の定化け物は距離を詰めながら回避する。
そこにすかさずもう片方のショットガンを撃ち込めば――化け物は銃身を殴って撃つ方向をズラした。
「きぃひひひひっ~」
「ッ!!」
だがボディがガラ空きになった。
既にリロードを終えたショットガンで腹部を接射し、僅かに固まった化け物に追い打ちをかけるように蹴り飛ばす。
追撃は銃身で受け止めたが再び接近することは無く、その異形の瞳を細め警戒心を露わにしていた。
「もうな~んにも気にしなくていいからなぁ……お前と何処までも遊んでいられるぞぉ!!」
「……」
「かかかかかか、しゃあ!!」
今度はツルギだけ接近し、化け物はその姿をじっと見つめていた。
変わらず乱射されるショットガンだが、今度は最低限の動きのみで回避だけを続けていた。
傍から見れば防戦一方に思えるが、弾数には限りがある。
左右の残弾が残り一発となっても、化け物に有効打らしい攻撃は当てられずツルギの動きに迷いが生じる。
そこで化け物の動きが変わった。
「……チィッ」
今まで碌に構えもしなかったショットガンを握り、ツルギを猛追する。
ショットガンに光は集まっていない。
つまり一撃喰らっても問題無いはずだが、嫌な予感がツルギの脳裏を走っていた。
後退しながら銃で銃身を殴るが、片腕では両腕で握られた銃身の方向を変えることが出来ず。
蹴り飛ばそうとすると化け物の蹴りとぶつかり合い、止まった隙に撃ち込まれた。
咄嗟に右手で顔を庇うが、右腕に刺さる弾のダメージで銃を取り落としてしまう。
今度は利用されまいと、化け物の後方に何とか蹴り飛ばすが状況は悪化したままだ。
ツルギの生まれた隙を見逃す筈もなく、化け物のショットガンが鳴り響く。
回避困難な至近距離の銃撃を痺れの残る右腕で殴りつけ、銃の向きを変えながら跳び上がり化け物との距離を取る。
空中で弾を込めつつ化け物の方を見ると、目が合った。
「ぐっ!」
「……」
ツルギが地面に着地するより速く、化け物が迫る。
翼を振り回しても十全に空中で動ける訳では無い。
未だ輝きは見せないが嫌な予感だけは益々増していく。
着地と同時に眼前に迫った化け物。
銃口の先で腕を交差させ自身の翼を地面に突き立てる。
銃撃を受け切って、カウンターで仕留めるっ――!
決死の表情で銃口を見つめ続けるツルギ。
視線は自然と下へ下へ――そこで、一手遅れてしまった。
「なっ――」
「ガアアアアアアアッ!!」
銃を、手放していた。
極彩色に煌めく光が先んじて瞳を刺激して漸く気が付くことが出来たのだ。
先程見せた光よりも激しく、飲み込まれそうな暗く眩い光に包まれた握り拳は、ツルギの防御をすり抜けて腹部を叩いた。
「アアアアッ!!」
「――う、うあぁ……」
振り抜かれた拳は自身が翼を地面に突き立てていたこともあり、衝撃を一切逃す事が出来ずに体の中で渦巻いた。
組んでいた腕は力なく垂れ下がり、吐血しながらツルギは膝を折った。
気絶したツルギを見下ろし、ショットガンを天高く掲げる。
先程と比べると薄いマゼンタ色の光だが、着実に銃口に輝きが集まっていく。
油断ならない相手だった。
だから今ここで――。
そんな思考とチャージを中断してバケモノは地を蹴った。
次の瞬間にはツルギのショットガンが全くの別方向から火を噴いていた。
「あちゃあ……デートに遅れちゃったかな? でも、だいぶ苦しそうだね?」
「グルゥァ……」
そこにはツルギのショットガンを構えたミカが居た。
ミカは不敵に笑いながらリロードし、次の弾が出ないと知るとその場に銃を放り投げた。
「さて、と……第五ラウンドかな? まあ何ラウンド目でもいいんだけどね。やろっか☆」
「グゥウガァアアアアアアッ!!」
ミカは笑う。何てことない問題だと言わんばかりに虚飾の笑みを浮かべる。
バケモノは吠える。自身の目的を妨げる存在をまだ蹴散らせれるのだと己を 咤激励するように。
一回拳を交えた時点で理解出来た。
既にバケモノの余裕など無いという事実に。
……そして、尚も底が見えてこない現実に。
「あっははははっ! 随分と必死だね! ホントっ、くっ! ここまで我武者羅なんてさあ!!」
「ガアアアアッ!!」
銃弾の雨霰をものともせず――いや違う。
気にしないで先にこっちを殺す戦闘スタイルに変化しているだけだ。
大雑把に狙った銃弾は全て命中しているが、発砲して生まれる僅かな隙を突いてバケモノは鉤爪を振るい切り裂こうとする。
何とか銃身を挟み込み弾くが、その一瞬鉤爪に握られた銃から嫌な音が響いてた。
……どうやら本当にバケモノに変貌しているようだ。
「いい加減にっ……倒れろ!!」
「ガッ――!?」
撃ち尽くした銃を両手で握りバケモノに向かって振るう。
どうせ大した影響も無いかと思えば、まるで壊れたオモチャみたいに不気味な体勢で停止した。
それに気味悪がる前に、これまでの乱雑な扱いに耐えかねたのか銃身に亀裂が走った。
「うっそ……ごめんね、でももう少し耐えてくれると嬉しいな?」
「――カ、カカカカカッ」
「お願い! 最後にこれだけは――!」
マガジンを切り替え、嫌な火花を散らしながら銃弾を吐き出す愛銃。
奇妙な音を吐きながら首だけこっちを向き出したバケモノに怖気を感じながら全ての銃弾を撃ち切る。
その瞬間だった。
「キイィーーッ!!」
「――はっ?」
バケモノが握っていたショットガンが、伸びた。
スナイパーライフル所か、寮に有った物干し竿位に伸びる。
その伸びた銃身をまるで棒の様に握り込み、私の銃を突いた。
圧し折れ砕けて内部で暴発した私の銃を捨て置いて、勢いそのままに顔を突かれそうになったがバク転で後方に離脱する。
……銃はもう、使えそうにない。
だが、そんなことがどうでも良くなるほどの衝撃が私を襲っていた。
「……貴方、本当に何者?」
先程まで露わになっていた顔は仮面に覆い隠され、既に表情は見えない。
明らかに銃としてではなく、長い棒――近接武器の様に銃を構えていた。
そして放つ光の色合いが、黄色のようなオレンジ色のような物に変化した。
正直それが一番怖いのだが、今は置いておこう。
どこかしっくり来ていないのか、不思議そうに銃を見つめていたがやがて私の方に顔を向けた。
「キイィーーッ!!」
「くっ!」
自身の銃を棒の様に扱い、こっちを殴打し突いて来る。
武器が無いからこそ、こっちも腕や足で体を守るが……少し痺れるほどに痛い。
何より長物の長所が遺憾なく発揮していた。
(こっちも何か武器があれば……!!)
腕を伸ばしても拳幾つかの距離が足りない。
攻めようと近づこうとも、バケモノが退きながら攻撃するから思うように距離は縮めることが出来ない。
(生中な想いじゃ駄目……ならここは!)
「……キィ?」
しゃがみ込み、その場で反転して――一気に距離を取る。
不思議そうな鳴き声を上げているが、これにどう対応するつもりなのか。
近づいてくるなら、こっちも再び反転してボディブローでも入れてやればいい。
追いかけてこないのなら武器を取りに戻ってもいいだろう。
ツルギの始末を優先するのなら……近くの標識や看板を投げつけるだけだ。
幾つかの対応策を講じ、そしてバケモノは文字通り私の考えを上回った。
バケモノは銃を構えたまま走り出し、棒高跳びの要領で空を飛んだ。
翼も無いのに空中で僅かに軌道を制御するのが見えて、私はすぐさまその場から跳びはねた。
「……嘘でしょ」
振り下ろされた銃はコンクリートを割り、砂塵を巻き上げる。
闇夜に隠れた銃身が振り下ろされた事に気づけたのは、奴自身が光り輝いているからに過ぎない。
もしも同条件なら――そんな想像をして溜息を吐き出す。
「仮定の話なんて幾ら積み上げても意味が無いって……貴方も、そう思うよね?」
「クルルウウゥ……」
恰好だけの徒手空拳を構えながら、向こうの洗練された棒術? の構えにやや圧倒される。
握り込んだ左手のメリケンサックの異物感が、まだ私が生きているのだと教えてくれた。
「はー……頼むから、もう何回も変身とかしないで欲しいんだけど……駄目かな?」
「キイイイイィーッ!!」
「何言ってるかわかんないって!!」
戻しそうになるほどの圧迫感を軽口で誤魔化しながら、得体の知れないバケモノと衝突する。
ツルギの忠告が脳裏を過りながら――。
♢ ♦ ♢ ♦ ♢
十数分後、その場に立っているのは一人だけだった。
己の銃は地面に突き立て、左手のみで気絶しているミカの首を掴み上げていた。
その仮面からは感情を窺い知ることは出来ず、無感情に右手を貫手の形に変えていた。
「キッ――!?」
トドメを刺さんと、ミカの胸元目掛けて突き出された右手は届く前に止められた。
腕、どころか身体全体を震わせながら両手で頭を――仮面に手をかける。
「キ――ガアアアアアッ……!」
自身で剥ぎ取った仮面はマゼンタ色の光に変わると共に虚空へと消え去った。
肩を激しく揺らしながら、手放したミカを見下ろし踵を返した。
コイツは駄目だ。あっちならば問題無いが、コイツは手掛かりに近い。
剥がれたテクスチャーから漏れ出た荒ぶる心を押し込めるように、言い聞かせるようにバケモノは地に突き刺した銃を拾い上げた。
手掛かりに成ったとて、次ここまで弱らせられる保証など何処にも無いと言うのに――ホルスは無心でツルギの下へ駆けていった。
確実に、息の根を止める為に。
一応補足しておきますが、このインチキフォームは二度と出てきません
ズルいし本人も使いたくは無いので