ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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闘技場での再戦

 幽鬼のように力無く、ツルギの倒れていた場所に足を運ぶ。

 荒れた地面を踏みしめ倒れていた所を見渡すが、居ない。

 

「ガァ……」

 

 だが、完治した訳では無いらしい。

 血が擦れ何かが這ったような跡がコロッセオ内部へと続いていた。

 

 後を追いコロッセオ内部へと足を踏み入れるが、想定以上に薄暗い。

 差し込む月明りを頼りに、続く血の跡だけは見逃さぬようにと歩を進めると――奴は居た。

 

 闘技場の中心を肩を庇いながら歩き、銃を杖代わりにして歩いていた。

 

「ガアアァアア――」

 

 獣のような雄叫びを上げ闘技場内へと足を踏み入れた瞬間、足元が爆発した。

 困惑する化け物だが、空中で姿勢を制御し地面に叩き付けられる事だけは何とか回避した。

 巻き上がる砂塵の向こう側で、怪我人のように歩いていた筈のシルエットが両手で銃を構えていた。

 

 避けなければ――出される脳からの指令に反し、無理矢理な着地をした化け物の体は動かない。

 そこからアサルトライフルの弾丸を無防備なまま当てられ、逃げるように転がり回って追撃を回避した。

 

「グルルルッ……」

「いや~、思ってたより上手く行くもんっすね? ツルギ先輩に見えてたんなら光栄っすよ。それとも……もう判別もつかない位疲れてるっすか?」

「ッッッ、ガアアアアアッ!!」

「うわ~おっかないっすね! ……でもまあ私たち、一人で戦ってないっすから」

 

 冷や汗を流しながら、叫びながら迫りくる化け物に銃撃を続けるイチカ。

 今の所作戦通りには行っている。

 ならば次は私の番だ。

 

 銃弾は当てられていない。

 銃弾を使わせることすら出来ていない。

 だからこそ好都合だった。

 

「ガアアアアアアアッ!!」

「があっ――ぐふっ!?」

 

 至近距離まで近づかれても弾丸を当てることが出来ないと言うのに、化け物の攻撃を避ける事などイチカには出来るはずもなかった。

 サイドステップで攻撃方向を攪乱し、左拳でイチカの顔面を殴りつける。

 地面に叩きつけらる前にその長髪を掴まれ、鳩尾を蹴飛ばされる。

 

 だがそれすらも、作戦の中だったのだ。

 

「――ガアッ?」

「ごっほ! いたたたっ……私を気にしなくても良いとは言いましたけど、ここまで思い切りが良いとは正直思わなかったすよ……最高でしょう、みんな」

 

 朦朧とする意識の中、イチカは叩き込まれた膝を掴んで離さなかった。

 直後、観客席のバラバラの位置から散発的に銃弾が化け物へと刺さった。

 足を掴んでいるイチカの事など見向きもせず、周囲の銃を撃っている部員の位置を探る化け物の意識を誘うようにイチカは腹部に隠していたピンに手をかけた。

 

「――ありったけ、かき集めたんすよ。サーモバリック手榴弾と、爆薬」

「ガッ!?」

「いい加減、地獄に行くっすよっ!!」

 

 ピンは抜かれ、化け物はイチカを蹴り飛ばした。

 刹那、イチカを中心に爆炎と衝撃波が広がり、闘技場は煤と煙で覆われた。

 

 

 

 

 

 イチカは飛んでいた、空を。

 何処が上だか下だか分からない程の衝撃に見舞われ、ただ宙を舞っていた。

 だが現実は、早めに襲い掛かって来た。

 

「うぐっ……!」

 

 頭から地面に叩きつけられ、漸く自分が吹き飛ばされたことを理解出来た。

 蹲りながらレッグホルスターにしまっていた通信機に手を伸ばす。

 少しでも状況を理解する為に、少しでもあの化け物を倒す為の指示を下す為に。

 

 けれども、現実は非情だった。

 

『――くっ! ツルギ先輩はまだ起き無いんですか!?』

『あれ喰らって無事って……アイツ本当に倒せるの……?』

『HQ! 増援! もう半分も立ってない! ちょっとでもじか――』

「……まじ、っすか……」

 

 通信機から響く阿鼻叫喚と破砕音。

 それは化け物が無事であることを示していて、乾坤一擲の大博打が失敗に終わったことを意味していた。

 

(やっぱり、私たちじゃ……)

 

 無力感と共に遠ざかりそうになる意識を前に、自身の銃が目に入った。

 折れそうになった自分を映す様に、赤いフレームが鈍く光った。

 

 通用しない訳では無かったこと。攻撃を避けていたこと。慌てていたこと。

 一方的な戦いだったが、イチカの存在は化け物から見て脅威に映っていたことが分かった。

 

「……全く、私が真っ先にリタイアとか、笑えないっすね」

 

 今なお、仲間たちは戦っている。

 その事実だけで、イチカは立ち上がることが出来た。

 銃を支えにして、今にも倒れてしまいそうな程ふらついているが、立ち上がっていた。

 

「ちっ……マガジンも吹っ飛んでる……」

 

 リロードしようと懐を探るが、換えのマガジンも手榴弾も、何も残ってはいなかった。

 残っている残弾を確認しても僅かに数発。

 何だか笑えて来てしまい、空笑いを浮かべながら今尚破砕音が遠くに響くコロッセオの方を向いた。

 

「いやー……柄じゃないんすけどね……」

 

 イチカはHQ――単なる仮拠点だが――を目指し、足を引きずりながら進みだす。

 やれることはまだある筈だと、信じて。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

 闘技場に立っているのはただ一人だけだった。

 己の前に立ち立ち向かう輩も、観客席から銃を撃つ輩も、誰も彼もが地に付した。

 

「ガァ……」

 

 完全に息の根を止める前に逃げられているのは把握していたが、全員を殺すのは切りがない。

 だからこそ本来の目的に標的を切り替えた。

 ほんの僅かに見えた、目を焼き焦がす程の光を発する場所を目指して――。

 

「ガッ!?」

 

 突如として、意識の外から側頭部目掛け銃弾が突き刺さる。

 崩れた体勢をすぐさま立て直し、銃弾の飛んできた方向を確認する前に第二者が現れる。

 

「かぁははははははははっ!!」

「グゥウガァアアアアアアッ!!」

 

 響き渡る狂笑と咆哮。

 何度目かの衝突は、奇襲を仕掛けたツルギが先手を取った。

 

 放たれる散弾を前に、近づくように地を滑る事によって回避する。

 観客席から跳び込みながらショットガンを撃ったツルギの身体は未だ空中にあり、そこを見逃す程化け物も甘くはない。

 クレー射撃のように、無防備な的に向かって引き金を引いた。

 

「ぬりぃなああああぁ!!」

「ガアアァ……」

 

 だがツルギも勢い任せに跳んだ訳では無い。

 自身の翼を振り回し軌道を変え、放たれた散弾を避け無事闘技場へ着地したのだ。

 

「うふ、きぃへっへっへぇ……」

「……」

 

 笑って見せるものの、ツルギの体調は万全からは程遠く。

 何度も倒れ、何度も同じ格上と戦い続ける……ツルギにとって、滅多にない経験だった。

 

 だから、意識的に笑った。

 ただ暴れるだけでは足りない、ただ意識的に動くだけでは届かない。

 全力で暴れながら、尚且つ意識的に目の前の敵を攻略しなければ勝ちの目が無い事が十二分に分かったから。

 

「さあ! 暴れる時間だ!!」

「ガアアアアッ!!」

 

 ツルギは吠え、目の前の敵に向かって駆けだす。

 対する化け物は何処か意識を散らしているようで、目の前のツルギに集中していない事が分かる。

 

 ハスミの不意打ちが効いているのだと自然と笑みが零れてしまうが、持ち直すように作った狂笑を浮かべる。

 自慢のショットガンをぶっ放しながら、地面を蹴飛ばし砂埃を巻き上げる。

 

「けっへっへ……」

「――ガアアアッ!」

 

 散弾は、当たった。

 だがハスミの援護射撃はしゃがんで躱されてしまう。

 曲げた両足をバネにして砂塵を突っ切り、ツルギへと勢いよく迫る。

 自然と受け止めようとする身体を制御し、暴れ出しそうになる体を抑えてじっと化け物の軌道を見つめる。

 

「げへへへへへへへっ!! 死ねえ!!」

「ガゥ!?」

 

 振り被った拳を紙一重の間合いで後方に避け、無防備になった顎目掛けて膝でかちあげる。

 反応できないまま転がっていく化け物に散弾をありったけ撃ち込むが、まだ倒れない。

 

「――ぎ、ぎひひ、ひっひっひ……」

「ガッ!」

 

 先程の一撃が酷く効いたのか、ツルギに対し勢いよく近づくことは無くなった。

 けれども幾ら射撃を重ねようが徐々に間合いを詰められ、一方的に殴られそうになる。

 化け物が懐に入った所を狙ってハスミが援護射撃を加えているおかげで、何とか戦闘が続いているように見えているだけだった。

 

(……不味いな)

 

 ミカに偉そうに言ったが、ツルギ本人もとうの昔に限界を感じていた。

 補給した弾薬も底を尽きかけ、自分の動きも悪くなっているのがありありと理解出来た。

 

(倒れれば次は無い、か……)

 

 自然と険しくなっていく眉間に、重くなる両手。

 僅かに敵から意識を逸らした瞬間を狙い、化け物は次の武器を取り出していた。

 

「なっ――」

「ガアアアアアッ!!」

 

 それは何処からか取り出した拳銃。

 今の今まで見せなかったサブウェポンが火を噴き、ツルギの握るショットガンが手元から離れた。

 

 ツルギの視界を攪乱する為、顔目掛けて乱射しながら化け物が距離を詰める。

 すぐさまハスミからの援護射撃が入るが、残弾の無い拳銃が投げられライフル弾が逸れる。

 

 一丁のショットガンでは、止まらない。

 迫りくるマゼンタ色の光を前に、ツルギは少し前の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡っていた。

 

「――いひ、いひひひひひひひっ!!」

 

 ツルギは、笑って見せた。

 ショットガンを手元から飛ばされたのは初めてではない。今回二度目で。

 この迫りくる状況で、先程ぶん殴られた光景がフラッシュバックした。

 

 ならばと、化け物の握るショットガンを見つめる。

 そこから手が離される瞬間を、待ち望むように。

 

 そして、ツルギは賭けに勝った。

 

「ひひひ……ああぉ!!」

「グッ……」

 

 下へ下へと落ちていくショットガンを目で追うことなく、正面で拳を構える化け物を見据える。

 振り抜かれる拳を躱しながらお返しと言わんばかりに化け物の下顎をかちあげた。

 

 後方へ浮き上がる化け物の体躯を見つめていたツルギは――突如として襲った腹部に対する衝撃に驚く事しか出来なかった。

 

「……あぁ?」

 

 見れば、化け物が落としたショットガンが腹に突き立てられていた。

 浮き上がった衝撃に合わせショットガンを蹴り込んだのかと、読み解くことは出来た。

 

 だが、次の一手はどうしても遅れてしまったのだった。

 

「はっ……ぐおおおおおおっ!!」

 

 バク転の要領で地に手を衝いてツルギが殴った勢いを殺し、地を蹴りツルギがショットガンを退ける前に引き金を引いたのだ。

 最後の意地、吹き飛ぶツルギは化け物に一撃加えようと片足を振り上げたが――二度目は、避けられてしまった。

 

 観客席の壁に叩きつけられ、力なく倒れ込むツルギ。

 トドメを刺そうと僅かに足を動かせば乱射されたライフル弾が化け物を襲った。

 

 けれど余程焦っているのか、僅かに照準がズレ化け物に掠りもしていない。

 撃っている人間が何処に居るのか確認するように射撃地点を見つめた後、倒れ伏すツルギへと近づいていった。

 

 

「――皆様、今です!」

「グアッ!?」

 

 化け物の足音のみが響いていた闘技場内で、少女の号令が木霊する。

 観客席を覆う――とまではいかないが、相応の人数が化け物に照準を合わせて銃を構えていた。

 

 遮蔽物も無い四方八方からの銃撃。

 万全であれば問題なく対処出来たかも知れないが、既に幾度の戦闘を重ねた後。

 化け物は確かに被弾を重ねながらも、周囲のシスターたちに反撃を返す。

 

「例え貴方が埒外の存在とて……無尽蔵に、永遠に動き回れる訳では無いのでしょう。その傷ついた体で、一体何時まで踊っていられるでしょうかね?」

「ガアァ……」

 

 態々銃撃を止め、煽る様に化け物に対し宣誓をする。

 その傲りともとれる態度に、化け物はただ唸ることしか出来なかった。

 

 ヒシヒシと化け物からの視線に内心怯えながらも、横目でツルギの方に視線を向ける。

 そこにはシスターフッドに助力を申し出て、ここまで案内してくれた仲正イチカがツルギを運んでいた。

 

 

 

「――さて」

 

 今すぐ跳びかからんとする化け物の圧を感じながら、サクラコも銃を構えた。

 

 思う事など幾らでもある。

 フィリウス派のクーデターはどうなっているのだとか。

 ミネ団長が死亡した噂はどういうことなのか、だとか。

 ミカさん、セイアさんは無事なのか、だとか。

 

 思うことは幾らでもあった。

 だが、それが些事に思える程の脅威は、確かに目の前に居るのだ。

 

「このトリニティに破壊と混乱を巻き起こしたその罪を」

 

 サクラコは、誤解される事が多い。

 けれども、今回の件に関して一片の誤解も許さないと言わんばかりに、審判を下した。

 

「――命を持って、償いなさい」

 

 再び、引き金に指先が添えられる。

 呼吸すらも許さないと、極限まで張り詰めた空気は化け物のリロードによってその火蓋が切られた。

 

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