ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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託す思惑と託される意思

 ヒナタに背を押され、数多の教徒を踏み台にしてサクラコは戦線から離脱していた。

 目的地は正義実現委員会の仮拠点――生きている通信機がある場所だ。

 

 未だ後ろ髪引かれる思いを今は断ち切り、全力でコロッセオ内を駆ける。

 そのおかげか、マリーよりも先にサクラコはHQに辿り着くことが出来た。

 

「お早いお帰りっすね……化け物退治は終わってない見たいっすけど?」

「はあ……はぁ……ふぃ、フィリウス派との直通回線は使えますか?」

「……これっすよ」

 

 不遜とも言えるイチカの物言いに、サクラコは何も言わなかった。

 目を見て要望を話せば、サクラコだけ逃げ帰って来たと言う勝手に抱いた誤解はすぐに解けたからだ。

 代わりに、少しだけ気まずそうにイチカは通信機を差し出した。

 

「ありがとうございます……此方、シスターフッド所属の歌住サクラコです。支援砲撃の準備は整っておりますか?」

「あ~そのことなんっすけど――」

『――サクラコ様ですか。申し訳ありませんが、当方ティーパーティ保有兵力です。セイア様かミカ様……若しくは、ナギサ様の電文でなければ攻撃目標を変更、並びに砲撃を開始する事は出来ません。それでは』

 

 ブツリッ、と取り付く島も見せずにフィリウス側から通信が切られた。

 思わず瞼を瞬かせながら通信機見つめてしまうサクラコだったが、イチカが溜息を吐きながら答えた。

 

「既に当初の作戦は瓦解済み、砲撃地点の変更やら新たな攻撃の合図やらを打診したんすけどね。聞く耳持っちゃあくれないっす。私たちも皆さんが戦ってるうちに準備完了したかったんすけどね……」

「……なるほど」

 

 何処か悔しさを滲ませながら答えるイチカの言葉を耳に入れ、サクラコは同情してた。

 

 眼の前のイチカに対してではなく、全てを分かった上で尚も虚像に縋り続けるフィリウス派の方々を。

 

「……申し訳ございません。此方の通信機に録音機能はございますか?」

「え? まあスマホに繋げればそっちに音声保存できますけど……何する気です?」

 

 サクラコに差し出された端末と通信機を繋げ、訝し気に見つめるイチカ。

 そんなイチカの視線を受けたサクラコは、ただ穏やかに微笑むだけだった。

 

 録音の開始と共に動き出したタイマーを横目に、サクラコは今一度フィリウス派に通信を繋げる。

 少しばかりの後悔と未練が顔を出すが、己を律するように一つ、呼吸した。

 

「――此度の戦いが終わった暁には私が、フィリウス派の皆様のお手伝いをさせて頂きます」

「ちょっ!? サクラコ様!?」

「……ですから、一先ずお話だけでも聞いては頂けませんか?」

 

 止めようと動いたイチカを視線だけで制し、静かに返答を待つ。

 ……今も尚、コロッセオ内部は戦闘の激しさを表すように時折揺れ、銃声や爆発音が遠くから響いていた。

 重苦しい静寂が辺りを包む中、一息以上の間を開けてから通信機から音が帰って来た。

 

『……それは非情に魅力的な提案ですね。反故にされなければ、ですが』

「私の言は録音しておりますし、此方には正義実現委員会のイチカさんも居ます。決して反故に出来る状況ではありません。事態は一刻を争うのです……話を聞く気になりましたか?」

『……暫し、お待ちを』

 

 僅かに逡巡の気配を見せたが即断することなく通信は再び切られた。

 恐らく仲間内で方針を定める為だろうとサクラコが肩の力を抜くと、その肩を強く掴まれた。

 視線だけ向けると、険しい表情で睨みつけているイチカと目が合った。

 

「正気ですか……サクラコ様。彼女たちフィリウス派はアリウス生徒を……いや、トリニティに災禍を持ち込もうとしてるんすよ? それをシスターフッドがバックアップする? 本気でトリニティを割ろうとしてるんすか? 例えこの場を凌げたとしてもその先に待ってるのは地獄だけっすよ」

「安心してください。誰もシスターフッドを動かす、などと言ってはおりませんから」

「は? それって……」

 

 サクラコの言葉の真意を問いただそうとするが、今度は向こうが繋げてきた通信を見てイチカは口を噤んだ。

 一応、信じて良いのかも知れないと。サクラコの肩を掴んでいた手の力を抜きながらイチカはそう思った。

 

『お待たせしました……返答しても?』

「ええ、出来れば手短に。私たちに残された時間はあまり長くはありませんから」

『……要求を飲みます。攻撃目標の変更、並びに砲撃開始の合図を受け入れ命令に従い攻撃を開始します』

「話が早くて助かります。ではコロッセオ中心に照準を合わせて、此方から合図を送るまで待機してください」

『…………それに関して、一つご相談があります』

 

 ほんの少し力を抜きながら砲兵隊に命を下すサクラコだったが、フィリウス派からの返答は何処か苦い声色が混じっていた。

 その反応を訝しみながらサクラコは言葉を続けた。

 

「それは一体、どの様な相談事でしょうか? まさか重要文化財だから自分たちはコロッセオに傷をつけたくないだの、敵をコロッセオから追い出せだの……そのような巫山戯た話ではありませんよね?」

『そこまで耄碌はしておりませんよ。……先程、マゼンタ色の光がコロッセオから立ち昇ったおかげで気がついたのですが、地図上でのコロッセオの位置と実際のコロッセオ位置……これが恐らく数kmはズレている事が分かりました』

「なるほど……元々撃ちたくとも撃てない状況だったと」

『理解が早くて助かります』

 

 サクラコはこめかみを抑え、コロッセオに関して思い出していた。

 近年、コロッセオは歴史的文化財という位置づけながらも碌に注目されていなかった遺産だ。

 ティーパーティのパテルかサンクトゥスが保全活動は行っているのだが、地図までには手が回らなかったようだ。

 

 日中ならば目測で観測して撃ち抜くことも可能だろう。

 だが、丑三つ刻は超えたと言えどまだ日は昇らない。

 

 日が昇るまであの化け物の猛攻を耐え続けるのは現実的ではない。

 観測手を派遣して貰うのも、きっと間に合わない。

 

 頭の中でぐるりとコロッセオ内部の情景を思い出し、サクラコは一筋の可能性を見出した。

 

「コロッセオの上空で何回目印を撃ち上げれば確実に座標を完璧に合わせられそうです?」

『1……いえ、2回です。2回目印があれば確実にコロッセオのど真ん中を撃ち抜きましょう』

「それを聞いて安心しました。てっきり10回でも足りないと言い出すのかと冷や冷やしていましたから」

『……腐ってもティーパーティの一員ですから』

 

 暗に本当に戦う気が有るとは思わなかったと、嘲りさえ見せない声色で答えたサクラコを見てイチカは身震いした。

 しかし、空中に打ち上げる目印か。

 

(グレネードかロケットランチャーでも空に打ち上げるんっすかね?)

 

 だが、同時に無理だろうと心の内の理性が囁きかけていた。

 あの化け物は強い。それはもう恐ろしい程に。

 あの化け物は賢い。それはもう驚くべき事に。

 

(せめて何かしら隙でもないんすかね? あんな文字通りの化け物を碌に対策も出来ずに戦えとか……)

 

 少し思考がズレたことを自覚したイチカは、今なお意識を取り戻さないツルギの方を向いた。

 必要だ。必要なのだ。

 

 化け物に気が付かれずにコロッセオ上空にグレネードやロケットランチャーを打ち上げるのは不可能だ。

 仮に目印に気が付かれたまま砲兵の一斉射を喰らわせようとしても、アレは気付く。確実に。

 

 だから、あの化け物を一瞬でも地面に縫い付けるように拘束するか。

 同じ様な力量を持った人間が囮――否。

 

 生贄に成るしか無いのだ。

 

「……まっ、しょうがないっすね」

 

 イチカでは化け物に喰らいつくことは出来ない。

 だが、ほんの僅かであれば化け物の動きを封じる自信があった。

 だから最後の生贄は私が――。

 

「――申し訳ないのですが、イチカさん。貴方を戦場に連れて行くことは出来ません」

「……え?」

 

 不意に、声をかけられた。

 イチカがサクラコの方に顔を向けると、困ったような笑みを浮かべていた。

 その顔を見て、思わずムッとして声を上げてしまう。

 

「……サクラコ様、お言葉っすけど一人であの化け物相手に立ち回れるって言うんすか? ツルギ先輩すら倒した相手っすよ」

「だから、ですよ。今もツルギさんは目を覚ましていないですよね? もし仮に此方に攻め入った時、誰がツルギさんを守ると言うんですか? それとも、そんな大役は荷が勝ち過ぎるから後輩に丸投げしたいとでも?」

「それは……」

 

 今もツルギは予断を許さない状況であり、治療に関して最低限の知識しか無い正義実現委員会が無闇に動かすのは危険と判断していた。

 だからこそイチカはサクラコの言葉に答えを窮してしまう。

 そんなイチカを厳しい目で見つめていたサクラコだったが、彼女越しに見えた同輩の姿を確認すると、一度瞼を下ろし、再び柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「それに――シスターフッドの首長を守って頂かなくてはなりませんから」

「……それは、どういう」

「す、すみません!! 遅れてしまいました!!」

 

 イチカが追求する前に、彼女の背後から荒い息を吐きながら一人のシスターが声を上げた。

 何者かとイチカが振り返る前に、サクラコが動いた。

 

 そこでふと、サクラコが握っている通信機の電源が切れている事に漸く気がつくことが出来た。

 

「いいえ、丁度いいタイミングです。シスターマリー」

「そ、そうでしょうか……? それでサクラコ様、なぜ私、を……」

 

 マリーの言葉を待たずして、サクラコは被っていたベールをマリーに差し出した。

 その意味が分からない程、マリーは鈍くは無い。

 

 しかし余りに唐突で、紡ぐ言葉が止まり、驚愕の目をサクラコに向けることしか出来なかった。

 

「シスターマリー、貴方を今この場でシスターフッドの首長として任命致します」

 

 だが、サクラコは止まらなかった。

 マリーの明らかな困惑を無視し、押し付けるようにそのベールをマリーの手に握らせた。

 そこで待ったをかけるように、イチカが声を荒げる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! サクラコ様、正気っすか!? ……まさか約束しても問題ないって」

「ええ、今の私はただのシスターの一人に過ぎません。シスターフッドを動かせる通りも無ければ、フィリウス派の皆様のお手伝いをするにしても、文字通りの私一人のみです」

 

 何処か晴れやかな顔で答えるサクラコに対し、イチカは苦々しい表情で吐き出した。

 

「……てっきり全てを置いて死ぬ気かと思ったんすけどね」

「……あの姿を見て命を賭けずとも問題なく倒せると思うほど、思い上がってはいませんよ。言わば保険ですね、これは」

「あ、あの……!」

 

 無理矢理渡されたベールを握りながら困惑していたマリーだったが、敬愛する先輩からの不穏な言葉を聞き正気を取り戻していた。

 

 言いたいこと、聞きたいことは山程あった。

 何故自分なのか。何故死ぬなどと言っているのか。何故一人で戦場に戻ろうとしているのか。

 

 だが、頭の中で転げ回った言葉は上手く口から発することが出来ない。

 喘ぐように口を開き、掠れた呼吸音だけを小さく響かせて口を閉じること数回。

 マリーの肩が、優しく叩かれた。

 

「シスターマリー。私は貴方を信頼しています。ですが今全てを話すことは……残念ながら出来ません」

「サクラコ様っ……」

 

 そう言ってサクラコはコロッセオの中心に向かって視線を向けた。

 化け物の恐ろしい雄たけび――それに掻き消されるように響く同輩達の痛烈な悲鳴をマリーの過敏な耳は捕らえてしまった。

 

 マリーの怖気を感じ取ったサクラコは彼女の頬を撫で、被っていたベールをゆっくりと脱がす。

 そうして、持っている自身の物だったベールを丁寧に被せて――思わず笑ってしまった。

 

「ふふっ……新しく作り直してもらいませんとね?」

 

 元はサクラコの頭にフィットするように作られていたベールだ。

 マリーの頭部の形とは到底違うし、何よりも特徴的な耳がベールを綺麗に被せることを妨げていた。

 

「……なら、サクラコ様が注文して下さい。私に似合う、とびっきりのベールを」

「シスターマリー、それは……」

 

 マリーは我慢ならなかった。

 まるで今生の別れの様に儚げに笑うサクラコの姿が。

 一度溢れてしまった言葉は、堰を切ったかのように止まらない。

 

「良いんですか? サクラコ様が注文してくれないと、次のシスターフッドの長は自分に合わないベールを被る変人だと、誤解されても良いんですか? 後輩をそんな目に合わせるおつもり何ですか? だから……だから、私のベールを注文して下さい……ちゃんと、帰ってきて下さい……お願い、します……」

 

 まるで駄々っ子の様に捲し立てるマリーだが、その瞳は微かな明かりでも分かる程に濡れていた。

 そんな彼女を前にしても、サクラコは断言する事すら出来ずに曖昧に微笑むだけだった。

 

「……イチカさん。マリーの事をお願いします」

「サクラコ様っ……!」

「……私としても、サクラコ様一人だけに向かわせる訳にはいかないと言いますか」

「――お二人共、少しだけ私のことを侮り過ぎではありませんか?」

 

 必死に引き留めようとする二人を見兼ねてか、サクラコは自身の愛銃を構えて酷薄に笑った。

 

「全くの無策で挑む訳ではありません。シスターフッドの明かしていない過去には幾つもの政敵を打倒してきた歴史があります。……だから、そう。心配することはありませんよ。我々、シスターフッドにお任せ下さい」

 

 その言い知れない圧を生み出しながら、信用ならない笑みを浮かべ、信用しろと言い放つサクラコと相対し、イチカは思わず息を飲んだ。

 ……だが、マリーは。

 

「時間もありません。イチカさん、マリーのことをよろしくお願いします」

「……りょ、了解っす」

「サクラコ様……!」

 

 自身の長髪を翻し、飛ぶようにその場を離れたサクラコの耳に、マリーの呼びかけは聞こえなかった。

 否、その悲痛な嘆きを耳に入れておきながら留まることを選択しなかったサクラコからすれば、聴いていなかったのも同然なのだった。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

(……似合わない真似をしてしまいましたね)

 

 近場の階段――では無く、化け物から少しでも距離の離れた場所からコロッセオに上がるためにサクラコは駆けていた。

 

(それにしても……やはり、バレてしまいますよね)

 

 先程の言葉。まるで確実な手段が有るかのように話した作戦だ。

 勿論、シスターフッドに伝わる格上殺し自体は存在する。存在するが――

 単身で使える有効的な手段などは有りはしなかった。

 

 シスターフッドの内情を知らないイチカが虚飾の語りに騙される通りは有っても、同じシスターフッド所属であるマリーが騙される通りは無い。

 だから、サクラコは全てを背負う賭けに出たのだ。

 最悪でもシスターフッドが生き残る方へと。

 

 だがそもそも、マリーはシスターフッド暗部の事柄について精通している訳ではない。

 しかし、サクラコにとって不思議な話ではなかった。

 幾ら周囲から心無い様な言葉を噂されていたとしても、シスターフッドの実態を知っているマリーからサクラコの嘘が読み取られていても仕方がないと、割り切るしか無かった。

 

 闘いの舞台への入り口が刻々と近づく中、サクラコは未だ酷な事を押し付けた後輩に対して悔いることしか出来なかった。

 このままでは全くの無策での突撃と言っても差し支えない根性論でコロッセオ上空にグレネードを打ち上げる羽目になるというのに。

 

(いい加減っ前を向きなさい! 歌住サクラコ!!)

 

 拭いきれない弱さを抱えたまま、階段を駆け上がる。

 今尚揺れるコロッセオが戦いの激しさを如実に伝える。

 どうか、最低でも役目は果たせるようにと願って。

 

「――なっ」

 

 だが、サクラコが最後に見た化け物の姿はそこには居なかった。

 代わりにコロッセオの中央で取っ組み合う二人が、今迄コロッセオを揺らしているようだった。

 

「な、何故貴方が一人だけで……?」

 

 一人は四つ足の獣に成る前の化け物が、元の人の姿を取り戻していた。

 もう一人は何時もの煌びやかな服装は影も無く、血と汚れに塗れた姿で化け物に立ち向かっていた。

 

「ミカさん……」

 

 元パテル派首長、現ティーパーティホスト代理補佐の姿がそこには有った。




 お待たせ……(一か月ぶり)
 実は9月半ばには半分くらい出来てたんですがビックリするぐらい筆が進みませんでした……
 このままエタろっかなーっ! って思ってたんですけど誤字報告が今月もバシバシ届くものですから再奮起した次第です

 何が言いたいのかって誤字報告をくれた皆様方、コメントをくれた皆様方ありがとうございますという事なのですよ
 ……今年中に完結させたいですね
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