ティーパーティが設営したエリアは、見渡すばかりの生徒たちで埋め尽くされていた。
部活の垣根を超え、文化の壁を理解し、各々の方法で穏やかに交流を続けていた。
この光景を見て、ティーパーティの威信が失墜していると思う者は誰一人としていないであろう。
それどころか、トリニティが生まれて初めてのことを成し遂げているのかも知れない。
「……流石ですね、ミカさんは」
溜息と共に、言葉が零れ落ちる。
きっとこれで、心配事など一つも無くなるのだろう。
漸く、疑心に塗れた悪魔であろうとも息をすることが許されるのだろうと。
――愚かにも、そう思ってしまった。
“ナギサ、今日は呼んでくれてありがとう”
「先生」
声のした方を向くと、連邦捜査部シャーレの顧問、先生がそこに居た。
ETO成立、アリウス生徒たちへの説得、――そしてあの黒幕の捕縛。
全て、先生が居なければ成し得なかった話だ。
「当然ですよ、先生が居なければこの平和な時間を作り出すことは出来なかったんですから」
“……私は少しばかり手を出したに過ぎないんだけどね”
「ご謙遜為さらないでください。私達だけではゲヘナ生たちを落ち着かせることが出来ませんでしたし……それに」
口を突いて出そうになった、この場に似つかわしくない人物の名前。
ある一点に置いて酷い共感を覚えてしまったその名を呼ぼうとして、口を塞ぐ。
あからさまな態度と、言葉の繋がりから何を言おうとしたのか察したのか、先生は苦笑しながら分かりやすく話題を変えた。
“そう言えば会場の外側、沢山出店とかが並んでたんだけど……いいの?”
「ああ、あれですか。ある一定のラインを侵入しないことを絶対条件として、出店を許可しているんです。我々としても昼食の準備をせずに済みますから」
“(……目玉が飛び出るほど高かった気がしたが、きっと気のせいなのだろう。うん)”
そこから他愛のない話していると、パテル派の生徒の一人から声をかけられた。
「ナギサ様、ミカ様があちらにお席をご用意しておりますので……先生とご一緒にどうぞ」
「……とのことですが、どうです? 続きはあちらで」
“それじゃあ、お言葉に甘えようかな”
連れられ、案内された場所は、周囲一帯に花が咲き乱れる幻想的な席だった。
「……」
“綺麗だね……”
視界を遮るものが何もない、雄大な自然を感じさせる花畑が広がっていた。
色とりどりに咲くパンジーたちは融和と成ったトリニティを表しているようで。
どうしようもなく締め付けられる胸を抱いていると、先生が真剣な眼差しをこちらに向けていた。
“……ナギサ、君に伝えたいことが――”
「失礼しま……もしかして、お邪魔でしたか?」
“……いや、ううん。気にしないで”
ティーセット持ってきた生徒に水を差され、先生の眼差しはゆるゆるとした物へと変わっていった。
生徒は先生に謝り倒し、先生は生徒を必死に止めていた。
そんな光景に、思わず笑みがこぼれていた。
♢ ♦ ♢ ♦ ♢
オレンジのムースケーキを突きながら、何気ない談笑が続く。
先ほど言いかけた何かは、軽く問うてもはぐらかされてしまった。
まあ別にいいだろう。
言いたく無いことを無理矢理聞き出したいわけでもない。
それに、こんなにもいい天気で、用意された絶景があるのだ。
そこを不用意に突いて、穏やかな時間を壊したくも無かった。
“――それで、徹夜でトリニティの書類を片付けてたらいつの間にセリナが現れたような気がして……いつの間にかベットで寝ていたんだ”
「そ、それは……」
“記憶が混濁するまで徹夜なんかしちゃあ駄目だと身に染みたよ。ナギサは最近無理とかしてない?”
「わ、私は先生ほど無理は出来ませんよ……」
“……そっか”
思わず歪む口角は、果たして。
どの口が心配を口にしているのだろうと思いながらも、目の前の人物を見据える。
――思えばここから始まった。
シャーレの権限を悪用し、疑心に駆られた私は、何ら罪のない生徒たちをトリニティから放逐しようとした。
お題目のゴール板を踏み切らせないために、難易度を上げ、場所を変え、あまつさえテストを受けることすら出来ないようにした。
それでも、彼女たちは裏切者だったミカさんを捕らえ、私が引き上げたお題目のゴールを全員で駆け抜けていった。
……思い返せば、どれだけ私の頭がおかしかったのだろうと。
テスト会場を変えたことなどまさにそうだ。
ゲヘナ生に捕まろうが、風紀委員会に捕まろうが、きっと私はその時点で彼女たちを切り捨てていた。
トリニティとは無関係の生徒だと、補習部のテスト期間が過ぎるまでゲヘナで拘留されてて貰おうと、そう思っていた。
……もしそうなっていた場合は、きっと彼女たちは二度とトリニティの地を踏むことは無かったのだろう。
「……」
フォークが、止まる。
彼女たちは、きっと私を許してしまう。
親しい同輩を切り捨てようとした私でさえも。
それでは出来ないのだ、納得が。
“……ナギサ?”
「――おっ、主役の揃い踏みだね☆」
“ああ、こんにちはミカ。素敵な場所だね”
「でしょ~? ちょっと手入れされてないとこもあるけど、それ以上にここより良いとこが見当たらなくてさ」
自慢をするように、花畑に向かって両手いっぱいを広げるミカ。
彼女はどう思っているのだろう。
「っ……ミカさん、サオリさんが探していた人は見つかったんですか?」
…………あぶなかった。
いま、私は何を考えていた?
今はとっくに真面に成ったと思っていたが、まだまだおかしいのかも知れない。
咄嗟の切り替えが上手く行ったのか、ミカさんは不思議がる様子も見せずに楽しげに笑った。
「ああ~それがね、外の出店で無銭飲食したらしくて、今頃四人揃ってタコ焼き焼いてるかな?」
“あらら……”
「ミカさんが払わなかったのですか?」
代表からは落ちたが、今のミカさんもティーパーティの一員だ。
その程度であれば支払えるはずだが……。
ミカさんも似たようなことを提案したのか、同意するように苦笑していた。
「そうなんだけどね……サオリが巻き込むわけにはいかないって言って追い返されちゃったの。あ~あ、折角サオリが働いてる姿撮って遊ぼうと思ったのに、残念」
「ミカさん……」
“ほ、ほどほどにね?”
そう言ったミカさんの横顔は、拗ねているように見えてどこか寂しさを感じていた。
余裕があれば、手伝うつもりだったのだろう。
だが、時は来たのだ。
「――皆様、お早いお集まりで」
「申し訳ありません、少し用事がありまして」
「サクラコさん、先程はあの状況で別れてしまいすみません。ミネさんも定刻には間に合っていますからお気になさらずに」
「さあ~ってと! これで全員揃ったね」
各々が用意された席に移動し、花畑を背景にミカさんが立ち上がる。
はしたなくティーカップを持ち上げ、号令をかける。
「皆さま、本日はお日柄も良く……なんて、こんな場に似つかわしくないよね」
格式ばった挨拶はほんの僅かに砕かれて、ティーカップをソーサーの上に置いて手を叩いて軽く言った。
「それじゃ、第一回トリニティのガールズトークを始めるじゃんね☆」
――それは余りにも滑り散らしていて。
サクラコさんは事態を理解できていないのか瞬きをし、
ミネ団長は怪訝な表情をミカさんに向け。
先生はガールズトークなら離れといた方が良いのかな……みたいな見当違いをしながら生徒たちに視線を投げて。
「――始めるじゃんね☆!!!!!!!!!!」
再度の号令で、問答無用に始まった。
♢ ♦ ♢ ♦ ♢
破天荒な始まりでこそあったが、その内容は極めて真っ当なものであり、また酷くつまらない物だと言えた。
「それで? アリウス生徒たちとシスターフッドの間で何かしら問題は起きてないの?」
「ご安心を。シスターフッド内での諍いは一つも御座いませんから……ただ、どこの所属と限った話では無いのですが、度々生傷を作って教会に戻る生徒が少ないながらも確かにいます」
「一般生徒とかパテル派だったら話は早いんだけど……ミネ団長は何か聞き覚えは無い?」
「……残念ながら。怪我を隠して帰宅しているということは、我々救護騎士団の預かり知らぬ所で問題が発生しているのだとは思われますね」
建設的に繰り広げられる議論は問題無く続き、明確な答えは出せないままではあるが、各々が抱える問題の情報共有だけでもすることができた。
――これがどれだけの偉業なのか、ミカは分かっているのだろうか?
誇らしい友の姿と、それに這い寄る自身という汚点。
自然と揺れる瞳は、やがて自分以外を視界に入れて、花園に咲く光を見た。
“……ナギサ?”
光が、私を見る。
不安そうな顔で、心配をしている。
「――すみません、昨晩の雑務の疲労が抜けていなくて」
“それなら……いや、良くはないんだけどね?”
面白いことを言う。
いや、先生はそういう人だったか。
ゴミ箱に放りこまれた塵であろうとも手を伸ばす人。
底抜けの、救世主。
ミカに声をかけられ会議の方へ戻って行く先生を尻目に、私はぽつりと、席を埋めていた。
事、書類業務などの雑務であればこの中の誰よりもトリニティの内情に詳しいと言える。
だが、今話しているのは現場で実際に起きている問題の数々だ。
私では解決しようのない話が飛び交い、各々の意見を出し合い、一枚岩へと近づいて行く。
何故だかそっと、心の重りが取り除かれたような気がした。
ふと、鳴き声が聞こえた。その方を向くと、空高く鳥が飛んでいるのが見える。
自由に飛び回る様に、どうしようもない程の羨望を感じてしまい、手を伸ばした。
「――ちょっとナギちゃん!? 大丈夫!?」
「……えっ?」
ミカがこちらに突っ込んで、驚いた表情を向ける。
何をそんなと思えば、身体から紅茶の香りが漂ってきた。
……濡れている。びしょ濡れだ。
ミカが持っていたハンカチで私を拭こうとするのを抑え、私はそっと席を立った。
「ごめんなさい、ミカさん。この場を汚してしまって……」
「いや、うん。そんなことはどうでもいいんだけどね? ナギちゃんこそ大丈夫なの……? 紅茶、熱くなかった?」
「大丈夫です。少しばかり席を外しますね。汚れを落としてきますので」
「あっ、ちょっとナギちゃん!」
未だ触れようとする光を牽制するように笑みを向け、言葉を組み上げていく。
「ミカさん、ティーパーティ代表としてお二人をお願いしますね」
「うっ……わ、分かった」
逡巡したミカだったが、ナギサの笑顔がミカの想いを断ち切った。
恭しく一礼すると、桐藤ナギサはその場を去った。
――それが、この場に居た全員が最後に見た桐藤ナギサの姿だった。
連続投稿は一旦終了です。
書き溜まっている分は日に一本ずつ落として行きます。
……つまり締め切りです。
締め切りまでに作品を書き上げないといけない、この状況が欲しかったんです。