ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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セクシーフォックス編です。


覆水不返

 ――一体何時から、私は間違えていたのだろうか。

 

 ――何処まで遡れば、この悲劇を防ぐことが出来たのだろうか。

 

 ――こんな自問自答すら、結局は現実から逃げているに過ぎないというのに。

 

 強いて言うならば、私の怠慢が招いた結果だろう。

 一寸先の闇に怯え、勝手に絶望し、足を止めてしまった私が招いた――必然とも呼べる悲劇。

 

「だから、そう。この物語にはもう救いなんて一欠けらも残っては無いんだ。私が、救いの炎を費やしてしまったのだからね」

 

「これは……単なる懺悔さ。許して欲しい人物は既に此の世には居ないのだから、単なる懺悔」

 

「ほんの少しばかり、聞いてはくれないか? 心に楔を打ち込む意味でも――私が決して、忘れない為にも」

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

 エデン条約。

 私は一人、その先を少し覗いてしまったばかりに、勝手に絶望し、勝手に足を止めてしまった。

 運命は決して変えられないのだと思い込んで――運命を書き換えた友の姿だけを、見過ごしてしまった。

 

「……」

 

 あれから。

 私は予知夢の制御、と言うよりかは能力を出来る限り使わないように生活していた。

 見たくもない未来、見たくもない可能性の一部を見せ続けられ、それで勝手に疲弊していてはティーパーティとしても復帰することが難しかったからね。

 

「……?」

 

 でも、予兆は確かにあったんだ。

 

 あの日の数日前から、見えるトリニティの景色はやけに色褪せていて。

 あの日の数日前から、聞こえるトリニティの音はやけに掠れていて。

 あの日の数日前から、すれ違うトリニティ生の姿がやけに少なくて。

 

 ――あの日の前日には、決してナギサに近づけない未来しか見えなかったことを。

 私は、全てが手遅れになって漸く気が付くことが出来たんだ。

 

 ――何かがおかしい。

 

 景色が、音が、人が。

 トリニティを覆う全体の色彩が失われ、まるで廃墟のような静けさだけが校舎を満たしていた。

 

『これは……一体……』

 

 この未来を見続けて既に三日は経過している。

 初めは私の体調の問題とも思ったが、流石に日々色褪せ活気が失せていくトリニティを見せられてしまえばそうも言っていられなくなる。

 

『……また、ミネたちに色々と言われてしまうのだが』

 

 溢した溜息に反し、足取りは軽くトリニティを進んで行く。

 

 夢の中で動き回り続けていると、自然と目が覚める。

 その状態で目が覚めてしまうと、私は夢と現を間違えたまま行動をしてしまうのだ。

 絶対安静の筈の患者が、ベットから何の問題もなさそうに這い出ていれば、そりゃあ救護騎士団員に怒られると言うものだ。

 

 だがこれは異常事態。

 今ここで動かなければ、何時動くというのか。

 

 脳内での正当化を完了し、一先ずティーパーティのテラスへと出てみる。

 チラリと時計を確認したところ、今はお昼少し前。

 この時間帯ならば、ミカは兎も角ナギサは確実に居るはずだった。

 

 ティーパーティの雑務を一挙に熟す彼女は今、分派の垣根を越えて仕事をしている。

 だからこそ、どの分派も目を光らせることが出来るティーパーティのテラスでここ最近は仕事をしているのだが……。

 

『……珍しいこともあったものだ』

 

 そこにナギサの姿は無く、代わりと言ってはあれだがミカの姿だけがあった。

 一体どういう風の吹き回しなのかと疑問には思うが、これが原因なのだろうか?

 

 テーブルに並べられた資料に特段の違和感は無く、そこに予知夢の異常があるようには思えなかった。

 

『しかし、粛々と仕事をするならば私も小言を溢さずに――』

 

 僅かな文句でも投げようかと彼女に近づき、気づいた。

 彼女――ミカの恐ろしいまでの無表情に。

 

『……何なんだ全く』

 

 背筋が凍るような、嫌な予感が背中を這い廻るような、奇妙な違和感だけが肥大化していく。

 ミカは、お世辞にも政務には到底向いていない。

 出来なくはないが、その何処か気分屋な性格が酷いズレを生んでしまう。

 

 そんな彼女が、あんな……。

 

『……ナギサは何処に』

 

 ナギサとミカは幼馴染だ。

 あんな状態のミカを放って迄優先するべき事項が何かあるのかと、改めてテーブルに広げられた資料を確認する。

 

『……ん?』

 

 その中の一つ、丁寧に置かれた一つの計画書が目に入る。

 手に取ってみると、トリニティ自治区内にある花畑の解体工事と書いてあった。

 

 何故これだけ丁寧に纏められていて……どの派閥にも分類されずに置かれているんだ?

 

 サンクトゥス、フィリウス、パテル。

 どの派閥に承認、または確認された書類を送るのか。

 凡そ三つに分けられる筈の書類の束の中で、これだけが異彩を放ち枠から外れて置かれている。

 

『これが――』

 

 瞬間、意識が飛ぶ。

 まるでこの先を見せぬよう何者かが邪魔をしたように、私の意識は夢から覚まさせられていった。

 

「――ちゃん」

 

 恐らくナギサを呼ぶミカの声を最後に聞きながら、私の意識は完全に浮上した。

 何故だか悲痛に濡れているような気がして、何故だか聴いてはならないような気がして。

 形容し切れぬ違和感を覚えたまま、私はこの先を見ることは無かった。

 

 

 

 

 

 酷い全身の気怠さとともに目が覚める。

 ここ数日はろくに予知夢の能力を使わなかった反動か、久し振り動いたせいなのか、やけに辛い。

 だが、ここで動かなければ後悔するだろう。

 

 すぐさま枕元にあるスマホを手に取り、ナギサにメッセージを送る。

 電話は流石に性急過ぎるし、何より聞きたい話を上手く聞き出せる自信も無い。

 

 当たり障りのない挨拶から始めた文章は近況の確認に続き、仕事のし過ぎではないかと心配を重ね、最後に花畑に関する質問で締めた。

 後は返信を待つばかりだ。

 

「……」

 

 眠気はない。

 体は怠い。

 やるべき事はあるのに今は待つ事しかできない。

 

 憂鬱に成るしかない現状を振り払うべく、垣間見たミカの状態を思考する。

 

 大体、おかしいのだ。

 彼女は今パテル派のトップから降ろされ、他派閥の書類の承認などできる立場には無いはずなのに。

 

「……いや、待て。よく思い出せ」

 

 暗示るように、念じるように声に出す。

 あの時見たテーブルの上に何が乗っていたのか。

 

 ――ティーカップは幾つ有った?

 

 予知夢は、不思議な事に私自身の姿を見ることが出来ない。

 それは私が過去から体を借りて見ている景色だからなのかもしれないが、どちらにせよ私を見ることはない。

 

 だが、私が居た痕跡を消す事は出来ない。

 

 脳裏に浮かび上がる情景には、確かに2つのティーカップが並べられていた。

 ……ろくに手を付けられていなかったような気もするが。

 

「つまり、私とミカで執務を熟していた、というわけか……ともすると、ナギサの体調が悪化したのか?」

 

 異常なまでの仕事量。

 キャパシティを考えていないように一人で抱え込むナギサ。

 

 手伝いたくとも、今の私はポンコツだ。

 いつ容体急変するか分からない奴を近くに置いていては、ナギサに余計な心労を更に与えかねないだろう。

 

「……しかし、それで倒れてしまっては本末転倒だろう?」

 

 正しく、なんて。

 誰が聞いているわけでもないに呟き、一つの方針を定める。

 

 ナギサが倒れる未来を見たと言って、ミネを説得しよう。

 少しはマシな展開が訪れるのでは、何て思っている時にスマホが震えた。

 

「……なるほど、そう来るか」

 

 案の定、ナギサからの連絡だった。

 

 

[ご心配をおかけして申し訳ありません。

 ティーパーティのホストとしてご心配になるお気持ちは分かります。

 ですが、パテル派、フィリウス派の両陣営が完全に立ち上がるまで苦難の時は続くのだと思います。

 ですから、お二人には一早く回復して貰わなければなりませんね。

 その後はお二人に任せますので、一先ずは安静にして療養為さってください。

 

 花畑ですが、そちらを会場とした親睦会を行おうと思っております。

 無事に開催することが出来ましたらトリニティもようやく一段落出来ると思いますしね。

 私もその日までは頑張ろうと思います。〕

 

 

 それは此方の心配を受入れているようで、休む気はさらさら無いと言っていた。

 これは少し、困った。

 

 ナギサが今すぐにでもホストの座から逃れたいと思うのなら、私の脅迫は成功していただろう。

 だが事実として、彼女はまだ責任を投げようとはしなかった。

 これでは丸め込められるのは私とミネの方だ。

 

「……仕方が無い、か」

 

 そこで私は――考えることを放棄した。

 あの絶望と混沌に溢れたエデン条約を正常に戻し、運命を捻じ曲げた彼女のことだ。

 きっと何かしら考えがあるのだろう。

 

 その親睦会を超えてからが私たちの仕事になるのだろうと、そう考えた。

 

「……ならば余計な詮索は辞めだな。花畑も、何かしら問題が起こったのだろう。まあ」

 

 ――ナギサなら問題ないだろう。

 

 

 ほんの少しだけ肩にかかった重荷を降ろし、信用と呼ぶ名の思い込みで、思考することを止めてしまった。

 

 ――後悔する日は、遠くは無かった。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

 それはナギサに手を貸すことを諦め、鈍化しつつも確実に悪化していくトリニティを彷徨い歩き始めて数日程経った頃だった。

 

『……な、なんだい……この場所は』

 

 目覚めた場所は、全く持って見慣れぬ風景だけが広がっていた。

 崩れ落ちた建物。まだ燃える意思を秘めた残骸。――嫌に見覚えのある壊れ切った校章。

 

『いや、待て……見覚えがあるはずだ、私はこれを』

 

 そう、これはエデン条約調印式での光景に似ている。

 降り注いだミサイルによって、会場は確かこのような惨状になっていた筈だ。

 まさか既に過ぎ去った物が今になって見えてくるのか?

 

 当惑した意識は現実を直視しないまま。

 だが、決定的な事象を叩き付けられ漸く、私の頭は回り始めた。

 

「――」

『っ! なっ、ツルギ!? その傷は――』

 

 背後から何かが倒れる音が響いたかと思えば、片翼が半分から先が無くなり右肩の先を失った――恐らくねじ切られた――正実の委員長であった剣先ツルギが倒れていた。

 

 只事ではない負傷。

 あの時でさえもここまでの怪我を負ったツルギは見えやしなかった。

 遅れた確信ではあったが、今見ている景色がエデン条約での最悪の未来では無いことに気が付くことが出来た。

 

 ――要するに、これはこの先に起きるかもしれない事象だ。

 

〔……イア……! ……ア様! 応答……願……! セイ…様!!〕

 

 ツルギに駆け寄る瞬間、何処かから私を呼ぶ声が響いた。

 ホログラムが展開されていない辺り、端末は酷く損傷しているのかもしれない。

 広がっていく血の泉に溺れていくツルギ。何処かから響く私を呼ぶ声。

 

『……ッ! すまない……!』

 

 私は今にも潰えそうな命の灯を見捨てて、声の方に走った。

 これは予知夢だ。現実で起きている事象ではない。

 ならば助けた所で話の聞けそうもないツルギよりも先に、確実に情報が得られそうな方に走るのが賢明だろう。

 

『……すまない!!』

 

 きっと現実では全て救って見せるから。

 きっと未来では全て助けてみせるから。

 

 だから、どうか許して欲しい。

 そう思うのは、傲慢な答えだろうか?

 

 瓦礫に埋もれるように、半分だけ顔を出した端末を拾い上げ、ノイズ交じりの音を聞く。

 それは、何処までも私を地獄に叩き落す声しか返って来ないことを知らずに。

 

〔……めか! ミネ団長の次はセイア様が……わ、私たちは一体どうすれば――〕

『……冗談だろう?』

 

 耳元に拾い上げられた端末が、瓦礫の下へ帰っていく。

 ミネ団長に、続いて?

 それは、つまり……。

 

 再び拾い上げる気には、到底ならなかった。

 次に聞こえてくる会話は、どうせ混乱の渦に塗れた言葉と呼べぬ狂騒だろうと容易に想像できたから。

 

『……まだだっ!!』

 

 萎んだ心を膨らませるように、怯えた勇気を取り戻すように、宣誓するように叫ぶ。

 

『ここで諦め無かったからナギサは掴むことが出来た!』

 

 トリニティが崩壊した原因も、その目的も、何もかもが霧の中。

 

『彼女は描いた楽園を――見事に証明してみせたんだ!』

 

 だがこの場で悲嘆に暮れたまま立ち止まり続けるのは、確かに間違いだろう。

 

『ならば今度は、私の番だ!!』

 

 継ぎ接ぎだらけの決意を掲げ、私はすぐに行動に移った。――移ろうとした。

 

 まずは日時……カレンダーでもスマホでもいい。何時この事態が発生するのか、大まかな日時を把握しなければならない。

 先ほどの端末からは既に音が途切れており、音が聞き取れないほどに瓦礫の下に潜って行ってしまったか、落下の衝撃で壊れてしまったか。

 

 次に原因。何がトリニティをこうしたのか。

 根本的な破壊の原因を見つけなければ、決して解決へは導けない。

 

 ――なら、正義実現委員会の部屋へ向かおう。

 

 私が一歩、足を踏み出した途端。

 

 タイムリミットが、やってきた。

 

「――」

『えっ――?』

 

 音すらも置き去りにした刹那、その煌めく光に気づけたことすらも偶然だった。

 マゼンタ色に輝く何かが視界を掠めた途端、私の意識は一瞬にして刈り取られていた。

 

 やけにその色彩が脳裏に焼き付いたまま。

 

 

 

 

 

「――ッッッ!! はあっ!! はあっ! はあっ……」

 

 勢いのまま起き上がり、苦しくなった呼吸を整える。

 脂汗が滲むのを感じ、酷く痛む胸を抑える。

 

 ――これでも、リハビリは毎日欠かさず行っているんだがね。

 

「……」

 

 そんな軽口を一つでも飛ばしたかったのだが、揺れる頭と耐えきれない現実と呼べる未来に吐き気しか込み上げてこなかった。

 何が原因か、何が問題か。

 答えは到底、分かりかねていた。

 

 だが、一つだけ明確な指針は定められた。

 

「――ナギサ」

 

 あの端末から聞こえてきた声は、私を呼んでいた。

 それに、どうしたらいいのかと。

 こんな頼りない人間でさえも頼ろうと、それほどまでに切羽詰まっていた。

 

「必ず、守ってやる」

 

 一番初めに狙われたのはナギサなのだろう。

 それを知ったミカがどうなるか……少なくとも、学園の指揮など望めないだろう。

 碌な指揮系統が取れぬまま、各個撃破されて行った未来が――あれだ。

 

「私が、楽園への証明を成し得てみせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 私はこの時、間違えた。

 誰がトリニティの包囲網を突破し、誰がツルギを殺したのかと、必死に目を逸らしてしまった。

 

 きちんと目を向けるべき場所を蔑ろにしたまま、歯車は確かに狂っていく。

 地獄への暴走特急は、既に走り出していたのだ。

 

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