ナギサが自死したその後で   作:飴舐狐

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東奔西走

「――よろしいのですか?」

「ああ、私は寧ろ構わないのだけれどね。君たちにとっては業腹だろう?」

「……それは」

 

 未来は未だ確定していないと信じて、私は一つ目の楔を打つ。

 目の前の彼女はサンクトゥス分派内の反フィリウス派――否、反ナギサ派の人間だ。

 

 勿論、公言しているわけではない。

 だからこそ、彼女は何処か居心地が悪そうに此方の反応を窺っている。

 思想がバレているのではないのかと、プライドをへし折る為の命令なのではないのかと。

 

 そんな些末な考えを敢えて素知らぬ振りをして、淡々と答えていく。

 

「今の私に、ティーパーティのホストは務まらないよ……まだ、体調は万全では無いんだ」

「それは、もちろん理解しております」

「それに現行のホストがどれ程のタスクを熟しているのか分からないだろう? ……仮にホストが変わったとして、次のホストが碌にタスクも熟せずに潰れたら……君はどう思う」

「……! フィリウスよりも下だと、侮られてしまいますね」

「どうしてフィリウス派の名前が出てきたのか、私には理解しかねるが……その通りだろう。何も成せない無能の謗りを受けることになるだろうね」

 

 言いたいことが分かったのか、怯えたような眼差しをしていた筈の彼女は、チーズを目の前にしたネズミのように目を輝かせていた。

 そこで私は繰り返した。唇に当てた人差し指を振って。

 

「ティーパーティ現行ホスト、桐藤ナギサの仕事を手伝ってくれ。満遍なく、ね。彼女がティーパーティーを楽しむ余暇を与えられたら最高だな」

「はっ!!」

 

 

 

 意気揚々と部屋を出ていく彼女に溜息を溢しながら、少し考える。

 自身が自由に動かせる最大限の人材の数と、その範囲を。

 

(ティーパーティ関連はこれで情報が入ってくる……過激派も混ぜた。恐らく、グレーゾーンと言い張ったフィリス派の秘匿情報も流れて来るだろうね……)

 

 だがシスターフッド、救護騎士団、正義実現委員会、ETOに関して言えば書類上でしか情報を得ることが出来ないだろう。

 ……トリニティにあの惨状を巻き起こすのだ。

 ただ破壊しただけなれば、私だってここまでの対策は施しはしない。

 

 けれどもミネを討ち、ツルギをも倒し、ナギサすらも葬った。

 

 確実に、何かしらの策が裏で蠢いている筈だ。

 でなければ、こんなバカげた芸当を力押しで完遂する馬鹿が居ることになってしまう。

 

「さて……」

 

 とりあえず、一発で私が扱える人材は全て放出し切ってしまったのだ。

 だが仕方あるまい。現在のティーパーティの人材不足は誰が見ても明かだ。

 ナギサが過労で倒れるのを防ぐ意味でも、サンクトゥスの同輩たちは其方で仕事して貰う方が助かると言うものだ。

 

 では、どうするか。

 ベットの上から動くことも儘ならない木偶坊でも、切れる手札が一枚だけ残っている。

 それはどの様な可能性でも覗き見ることが出来る、正しくワイルドカード。

 

「ミネに協力して貰おうか」

 

 予知夢を使った、未来偵察だ。

 

 

 

「お断りします」

「……どうしても、駄目かい?」

 

 エデン条約の折、死亡偽装の手伝いをした時に貰った個人連絡先でミネを呼ぶと彼女はすっ飛んで来てくれた。

 そこで私の計画を話したが、ミネは鋭い視線を此方に向けて言い放つ。

 

「当たり前です! 睡眠薬を使った予知夢の行使など……! そんな危険な真似を認めるわけには参りません」

「君のそう言う真直ぐに己が正義を言い放てる姿は好感が持てるよ……今だけは、捻じ曲げて貰うがね」

 

 何のために、救護騎士団を介さずに直接連絡したのか。

 政治的な意図があるならば、真っ先に相談先から外されることはミネ自身分かっているだろう。

 くだらない話をする為に呼びつけられた訳では無いのは、ミネ自身も分かっているだろう。

 

 だからこそ彼女は、酷く渋い顔を見せながら話の続きを促した。

 促されるまま、彼女ならば無為に情報を広めたりはしないと信じて、私は口を開いた。

 

「トリニティに、未曽有の危機が迫っている」

「……それは、エデン条約程の規模でしょうか」

「いいや、それ以上さ……笑えるだろう?」

「私としては、頭が痛い限りなのですが」

 

 溜息を吐きながらも、私がイカれたと判断せずに信じてくれたミネ。

 その口調は少し軽いが、これならばまだ誰かに漏らしたりはしないだろう。

 

 誰かが死ぬかもしれないという未来を抱えるのは、思いのほか心に影を落とす。

 誰かに影を照らして貰う為に、打ち明けてしまいたくなる気持ちは今痛いほど分かるのだから。

 

 だから彼女は今は知らなくていいんだ。

 自分すらも死ぬ、地獄絵図に。

 

「それで、原因を突き止めるために予知夢を?」

「ああ……情けない話だが、今はただ将来的に危機が訪れるということしか判明していないのでね……」

「それは……」

 

 具体的な被害規模を言っていないせいか、案の定ミネは難色を示していた。

 ……いや、そもそも彼女の立場からしてみれば認められる筈が無いか。

 健康を害し、弱っている体を更に弱らせる行為だ。

 

「……分かりました。条件付きで、投薬を認めましょう」

「……良いのかい? 提案して言うのもおかしな話ではあるのだが」

 

 もう一つのプランを実行しようかと諦めていた時、ミネは唐突に提案に乗ってくれた。

 どういう風の吹き回しかとミネを見つめると、彼女は指を一つ立てて答えた。

 

「まずは大前提として、私がセイア様に投薬する薬の管理はさせて頂きます。ここが譲れないのであれば……交渉は決裂です」

「いや……構わない、君ならば何の問題も無いだろうからね」

「ありがとうございます。次に、リハビリの時間を長く取って貰います」

「ああ……寝たきりになる時間が増えるから、かな」

「それもありますが……そもそも投薬に頼らない睡眠を行って欲しいというのが一救護騎士団員の願いとしてもあります。他にも――」

 

 それから薬の耐性やら、リハビリでの体力増強前の自然睡眠やら、過剰投与やらの説明をつらつらと受けた。

 ミネが此方の身を案じてくれることに喜ばしくも、どうしようもなく悲しくもなった。

 

 説明を終えたミネは、改めて三本目の指を立ててこういった。

 

「何か問題がありましたら、すぐに連絡をしてください」

「……分かった、肝に銘じておくよ。ところで今から使いたいんだが、出来るかい?」

「…………いいでしょう」

 

 渋々。

 本当に不本意と言った表情を見せながら、ミネは了承した。

 

 三十分もかからない内に薬剤が用意され、投与の準備も完了する。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

「どうか、これが最初で最後である事を願います」

 

 ずるりと全身から力が抜け、急速に視界が狭まっていく。

 叩き落される意識は、夢だと認識する前に現世から振り落とされて行く。

 

 何故か、ミネの悲しそうな顔だけが脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 僅かに残る酩酊感と共に目が覚める。

 見慣れた天井、見慣れた室内。

 今は何時なのかと、枕元に置いてある筈のスマホに手を伸ばした。

 

『……ない』

 

 いつもならば置いてある場所に、スマホが見当たらない。

 はて、昨夜は何処に置いたのだろうかと頭を動かし……漸く、思い出した。

 

『全く……これではミカを笑えないな……』

 

 ここは夢の中だ。

 ぼんやりとした頭が直前の行動を思い返しながら、足取り軽く私は部屋の外に出る。

 

 あのトリニティ崩壊の原因を探るべく、私は夢の中へ舞い戻ってきたんだ。

 いつ起こるのか、誰がやったのか、規模はどれ位か、目的は何なのか。

 一寸先すら見通せない現状に光を灯す為に、まずは情報が必要だ。

 

 最も荒事の情報が集まりやす場所と言えば正義実現委員会だろう。

 何よりETOとは違い、私の足でも簡単に見に行くことが出来る。

 

 次にシスターフッド。

 アリウス生徒たちを抱えた彼女たちが不穏分子に成らない可能性は零とは到底言い切れない。

 勿論、トリニティの転覆を狙う、だなんて馬鹿げた話では無く。

 ミカのように何者かにいい様に動かされている可能性を見に行くことは重要だ。

 

 最後に救護騎士団だが……。

 彼女たちの働きは身を持って知っているし、何よりトップであるミネには未来の一端を教えた。

 ならば、優先順位は他と比べて下がると言うものだ。

 

『そういえば、今日は何時ものトリニティみたいだね』

 

 廊下を全力で駆け抜けながら、やけに校舎が騒がしいなんて、間違った感想が漏れる。

 違う。これが本来のトリニティの騒がしさだ。

 あの静まり返った校舎はこれから来る未来の話で――。

 

『……ん?』

 

 違和感が、頭を揺らす。

 トリニティが崩壊するよりも前に、何かが起きている……?

 否、深く考えずとも分かるだろう。

 つまりは。

 

『あれがトリニティを揺るがす初期微動だったと言うわけか……』

 

 トリニティを揺るがす布石、最初の策。

 これを止めることが出来れば、最悪の未来へ遠ざかることが出来るのかも知れない。

 

『……やってやるさ』

 

 瞼の裏に映るのは、血の池に沈むツルギの姿。

 あの時手を伸ばさなかった意味を持つためにも、私は走る。

 正義実現委員会の部屋までは、そう遠い距離では無かった。

 

『三日後か……』

 

 私は正実の子たちが事件処理している端末を後ろから見ながら、その日時確認していた。

 今日、詳しく言えば80時間後位だろうか?

 少なくとも、この期間に問題が発生することが無いことだけは分かった。

 

『それにしても、だ』

 

 誰も資料に触れていない間に幾つかの書類を抜き取り、中身を確認していく。

 だが、どれもこれも日常にありふれた程度の事件で溢れかえっており、情報収取は芳しくなかった。

 

『背に腹は代えられないな……』

 

 真面に一つずつ見ていくなど、そんな時間は何処にもなかった。

 ならばどうすれば良いか。

 知っている人間に聞くのが一番手っ取り早いと言うものだ。

 

『やあ、唐突にすまない。ハスミ、少しばかり聞きたいことが有ってね」

「えっ!? せ、セイア様……いつからそこにいらっしゃったのですか?」

 

 ハスミの背中を叩きながら話すと、彼女は私の存在に今気づいたように驚いた。

 どうやら触れながら話しかけることで、私はこの世界に干渉することが出来るようだった。

 ……まあ入院中だと触れ込みがされているお偉方が急に目の前に現れてしまうことを考えると、目的の話を聞くのは中々に難儀してしまうのだが。

 

 そんな本音はひた隠し、私は困惑するハスミに指を一つだけ立ててみせた。

 

「申し訳ないが、長々と説明している暇は無いんだ。たった一つだけ、聞きたいことがある」

「は、はあ……」

「ここ最近に起きた事件で何か突拍子の無いような……妙な事件は無かったかい?」

 

「それは……」

 

 どうやら、当たりのようだ。

 ハスミはその両目を大きく見開き、何処か怒りを含んだ瞳を此方に投げかけてきた。

 

「あのゲヘナの連中の事でしょうか?」

「ふむ……」

 

 ゲヘナ……エデン条約機構を結んだとはいえ、ゲヘナのトップである万魔殿との関係は驚くほどに悪いと言えるだろう。

 それでも暴力機関である風紀委員会との良好な関係を結べているからこそ、今のETOは存在が継続されている。

 ならば、万魔殿が本気でこちらとことを構えようというのであれば、或いは。

 

「私が普段通っているDXメガ盛りパフェの店を爆破したあの……!!」

「ん? いやちょっと待ってくれ」

「テロリストグループ美食研究会の話でしょうか!!」

「……なるほど、それは大事件だね」

「でしょう!? それなのにツルギと来たらダイエットに丁度いいだろうなんて言ったんですよ!? やはりゲヘナ、信用なぞできませんね!!」

「やめてくれないか皮肉に全力で乗っかる真似は」

 

 結局、正実で聞けた話はこの程度の物だった。

 だが、確かな知見は得た。

 

 ゲヘナが攻めて来る可能性。

 

 あり得なくはない話だった。

 少なくとも、トリニティを蹂躙しかねないパワーを秘めているのは事実だろう。

 確たる証拠などは無いが、一つの候補として挙げて、対策を練る。

 

 それが、それだけが、私にできる唯一の役割なのだから。

 

 

 

 西へ東へ。

 トリニティ校舎内を駆けずり回り、シスターフッドとETOのトリニティ支部にも顔を出したが、これと言った情報を得られることは無かった。

 まだ目覚めることの無い身体を動かしながら、最後にナギサの下へとやってきたのだった。

 

『……やあ、ナギサ。私たちの同輩たちはきちんと仕事をしているかい?」

「……セイアさん? 大丈夫なんですか? こんな急に出歩いてしまって……」

「ああ、最近強めのリハビリを行っているからね。少しばかり、回復が早いんだ」

 

 そんな雑段に花を咲かせながら、ナギサの様子を観察する。

 特に大きな変化も見られず、自然な応対で此方が差し向けたサンクトゥスの人達への感謝を述べるナギサ。

 

 思わず毒気が抜かれてしまう。

 何をそんな感謝する必要があるのか、彼女たちの思惑が分からない君ではないだろうに……。

 

 しかし事実として、ティーパーティの業務は幾分か楽になったらしい。

 それならば良かったと、会話を切り上げナギサから視線を逸らす。

 

「それじゃあ、また会おうか。くれぐれも無理はしないでくれよ。私が万全の体調になるまでホストを保ち続けているだけでいいんだからな」

「元よりそれくらいしか出来ませんよ……それよりセイアさん、どちらへ向かわれるので?」

「何、少しばかりミカに聞きたいことが有ってね。今の限界を計る為にもちょっとそこまで行こうかと」

「……また、三人で紅茶でも楽しみたいものですね」

「幾らでも楽しめばいいじゃないか、まあ、全てが終わった後になるだろうがね」

 

 彼女の言葉に答えながら、私はそっとその場を後にする。

 まだ何も判明していない事実に、焦りで目を曇らせながら。

 

 

「……そう、ですね」

 

 

 蚊の鳴くようなナギサの言葉が決して耳に入ることなく、セイアは走った。

 二人の距離は、何処までも開いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 ♢ ♦ ♢ ♦ ♢

 

 

 

 

 

 ……あれから、三日後。

 トリニティ崩壊の原因を全く掴めることが無いまま、無為に日々が過ぎていった。

 

「――フィリウス派内でアリウス生徒への暴行や恫喝などが確認できましたが、大規模なグループとは言えませんでした。仮にその不祥事で現体制のままホストがサンクトゥスに移動させた場合、業務の遅延が確実に発生するかと……」

「ならば、一旦は状況証拠を集めるに留めて置くのが賢明だろう。内々で処理できた方がどちらにしても都合がいい」

 

 成果自体は、あった。

 ナギサが計画している親睦会の日を境に、トリニティに暗雲立ち込み始めていた。

 その日にナギサは……何者かに狙われる。

 

「それならば我々は……」

「なあに、一先ずはフィリウスと共に業務に励んでいくべきだろう? 何よりも、すぐに離脱しては怪しまれてしまうからね」

「了解しました」

 

 すっかり絆された同輩を見送りながら、思考の海に沈む。

 ティーパーティ内に潜む過激派が原因かと思ったが、その線は無くなった。

 一日二日は必死に粗探しをしていたせいか、醜くユーモアに欠ける報告を受けた。

 だが、彼女はナギサの下で仕事をしていった御蔭か、考えを改めたらしい。

 

 ナギサがエデン条約前に起こした、補習授業部の件。

 彼女の人となりを知らず、調印式の会場にも居なかった者たちが真っ先に浮かべるナギサの姿の一つ。

 謝罪行脚こそしてはいるものの、強権を振るう立場に納まり続けていることは如何な物かと、最もナギサを攻撃しやすい理由の一つ。

 

 恐らくトリニティ内でナギサを狙おうとする者が居るのであれば、この情報だけに踊らされてしまっているのだろう。

 …………だから、正直困っている。

 

 てっきりサンクトゥス派が暴走するのかと、思い込んでいたのだから。

 

「……不味いな」

 

 ナギサが開催する親睦会まで残り二日。

 今夜と明日の昼間と夜中、その三回で原因を特定しなければならない。

 

 ……出来るのだろうか? そんな都合よく、見たい景色を見ることなど叶うのだろうか?

 

「……いや、そうだな。分からなければ親睦会など止めてしまえばいい」

 

 グルグルと自身を追い詰める思考を止めるため、頬を叩く。

 

 そうだ。止めてしまえばいい。

 ナギサの命に関わると大きな声で喧伝しまくればいい。

 私じゃあ足りなくともミカが居る、ミネが居る、ツルギだって居る。

 

 そうなってしまえば、いよいよ持ってサンクトゥスの代表から降ろされそうだと自嘲しながら、眠りにつく。

 

(……ナギサとの約束を、破ってしまいそうだな)

 

 交わしてはない、架空の未来の話。

 ナギサのふとした願いすら守れない自分に嫌気が差しながらも、すんなりと意識を手放した。

 

 

 

 次に目覚めるのが親睦会当日になることを知らないまま。

 

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