今:お労しやムク上……苦労したんやな……
い、一体何があったんだ……
「シバリ君。これ、あそこまでお願い」
「はい」
あれから2週間ほど経った。フウロさんとの会話は多少スムーズになったが、それでもまだ近くに寄ってしまうと身体が震えだしてしまうのは変わらないらしい。
というかアローラダグトリオカツラが初日で禁止されたのがマジで納得いかない。あれ5980円したんだぞ。
少なくとも金欠で買うようなものではなかった。でももう使わないし、あとでムクホークにプレゼントしようかな。
「あ"っ」
そんな風に余計な考えことをしてたら、何もないところで躓きそうになってしまった。
やば、これじゃ物音が発生して────
「────ひっ!?」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!?!!?」
「──あ、あぁっ! ご、ごめんね、シバリ君!」
なんとか持っていた荷物の安全は死守して、俺は電気ショックを耐え抜いた。
「ぐっ……うっ……。いや、すみませんでした。俺、余計な考え事してて……」
「う、うぅん。いいの、シバリ君は悪くない、から……」
ある程度の距離さえ保てば話せるようになったとはいえ、やはりまだ俺への恐怖心というものがあるらしい。
先程のように大きめな音を立ててしまうと、フウロさんは衝動的に電気ショック君のボタンを押してしまうのだ。
「はは、気にせず行きましょ! 前よりも電撃食らう時間は短くなってますし」
「あ、あぅ……。ほんとに、ごめんね……」
最初の方はマジでヤバかった。気が動転したフウロさんが10秒くらいボタン長押ししたときはマジで死を覚悟した。
あのときは監視役についていたジムトレーナーさんがどうにかフウロさんを止めたため、どうにかなったのだが……。
それが今となっては、ボタンこそ押してしまうものの、すぐに解除してくれるようになった。
フウロさんは確実に成長している。……だけど、これはあくまで俺に慣れてきているだけだ。
他の男性への耐性を獲得するには、まだまだ遠い。
──────────────────────────
「ご、ごめんシバリ君。セツさんには内緒にしてほしいんだけど、今日電気ショックボタン家に忘れちゃったの」
「えっ」
あれから更に1週間後の朝、フウロさんからとんでもないことを言われた。
「そ、それなら家に取りに戻りに──」
「そ、そうしたいんだけど、その、今日は忙しくってね? もう家に戻る時間もなくて……」
「な、なるほど? ……でも、最悪監視役のジムトレーナーさんが居るから大丈夫か……?」
「……い、居ないの」
「はえ?」
「えと、今日はちょっと忙しくって、監視役に回せるジムトレーナーさんが居なくて……」
マジで言ってる? ちょ、セツさん? 普通こっちに優先的に人員回すべきじゃない?
もちろん俺は何もする気ないけどさ、ほら、フウロさんのメンタル的にさぁ!!
────────────────────────
「だったら、今日俺は帰った方が──」
「だ、だだっ、大丈夫だよ! シバリ君のこと、その、信じてるから……!」
「いや、でも、いいのか……? うーん……」
「きょ、今日だけ! 今日だけだから! ねっ?」
「わ、わかり、ました……」
渋々納得したシバリを見て、フウロは内心安堵していた。
(これで、良いんだよね……?)
フウロがチラリと物陰の方に視線をやると、セツがフウロにだけ見えるようにグーサインをしていた。
きっかけは昨晩のこと。
『フウロさん。まだシバリさん……男性は怖いですか?』
『……うん。シバリ君に対しては少しだけマシになったかもだけど……でも、私、その……』
『そうでしょうそうでしょう。なので私、考えました』
『考えたって……?』
『明日、シバリさんには電気ショックボタンと監視役が居ないと思って過ごしていただくのはどうでしょう?』
『へ?』
『もちろん、実際にはボタンは持っていてもらいますし、監視役も見えないところに配置しておきます。尾行的なスタイルですね』
『それ、なんの意味が……?』
『シバリさんからすれば、何をしても咎められないという認識になります。もしその状態でもフウロさんに手出ししなければ──』
『……私が男性を信じるきっかけになるかもってこと?』
『ですね』
(……あのときはシバリ君に悪いと思いつつセツさんの案に乗っちゃったけど──)
こっそりと隠し持っているボタンの存在を確認しながら、フウロはシバリに視線を向けた。
(私、シバリ君が何もしてこなくても変われない気がする……。"信じてる"なんて、すぐにボタンを取り出せるように何度もチェックしてる癖に何言ってるんだろ……)
普通に話しているようには見えても、フウロはまだ、このボタンを手放すことは出来なかった。
───────────────────────
「えっと……ここの洞窟から、鉱石を?」
「う、うん……。ちょっと輸送分が足りなくて……」
「……荷物持ちってなんなんだろうか……。これ、ほんとにジムリーダーのお仕事なんです?」
「あ、あはは……」
フキヨセシティから少し離れたところにある洞窟の前で、フウロはシバリの言葉に対して苦笑いしていた。
ちなみにこれは本来別の人がやるはずだった仕事なのだが、人目に付かないところでもシバリなら何もしないはずというセツの判断で、半ば強制的にフウロとシバリをねじ込んだのが背景である。
これで更に信用に拍車がかかるのだと、セツは言いたいのだろうが──
(シバリ君は私に何もしてこない……はず。でも、こんなことして意味なんてあるのかな? この洞窟を無事に出てきたところで、きっと私は変わらない。……いや、変われない……かな )
「……フウロさん?」
「へ? あ、ああ、うん。ごめんね……? そんなに深くない洞窟だし、ささっと行っちゃおっか」
フウロはセツから借りたランタンを取り出すと、シバリを連れて洞窟の中を進んでいく。
「フラッシュ持ちのポケモンとか居ればランタンとか不要なんすけどね」
「そ、そうだね。でもランタンなんてそんなに重くないし……」
話しながらも、フウロはバレない程度にランタンを持たない方の手でボタンの位置を確認する。
フウロがシバリとそれなりに近い距離で話せるのは、ある程度慣れたというのもあるが、やはりボタンの存在が大きい。
いざとなったらシバリの動きを止められると実感出来ていて、安心感があるからだ。
だからこそ──
「うぉっ!?」
「ひゃっ!」
突然の地震。何かの予兆とかそんなことではなく、なんてことのないただの地震だ。
慣れない地震に驚きはするものの、普通ならそれだけで終わる。だが、この場はそうはならなかった。
古い坑道だったのだろうか。ガラガラと嫌な音が響き、来た道の側面の壁や天井が落盤する。
2人のいる場所は平気だったが、少なくとも出口への道は閉ざされてしまった。
「あれ? これって、もしかしてやばいんじゃ……」
「嘘……」
(こ、こんなの……こんなの聞いてない。もしかしなくても、セツさんも想定してないアクシデントなんじゃ──)
「────……あ」
フウロは呆然として、手の力が抜けてしまった。
それはつまり、手から離れたランタンが地面に落ちることを意味する。
(……待って、今、それは──)
大きな音を立ててランタンの割れる音が響き、灯火が消えた。
2人のいる場所が、暗闇に包まれる。
(あ、明かりが、暗いの、やだっ……、ぼ、ボタン……!)
気を動転させつつも、フウロは隠し持っていたボタンを取り出そうとする。
もし何かあってもボタンがあれば大丈夫。フウロの中での防波堤のようなものだった。
しかし、焦りというのは思いもしないことを起こすものだったりする。例えば……今のフウロのように、取り出したボタンを落としてしまうとか。
(……あ、れ?)
ボタンを落としたことを瞬時に理解したフウロだったが、ただでさえ小さなボタンを、この暗闇の中で見つけるのは至難の業だ。
先程も言ったが、フウロにとって、ボタンの存在はシバリと関わる上でとても大きな存在だった。
だからこそ──このような場面でそれを失うことが何を意味するのか、言うまでもないだろう。
(無い! 無い無い無い! び、尾行してるジムトレーナーさんも、まだ洞窟には入ってないはず……。てことは、私──)
暗闇に男女2人。あの日、人目のない暗い部屋に連れ込まれたときのことがフウロの脳裏にフラッシュバックする。
(──やだ)
ここは入り口の塞がった洞窟の中。偶然誰かが通りすがることもない。つまり──
──
(……やだ、やだやだやだ! 怖い怖い怖い! )
フウロの足元が竦み、息の仕方がわからなくなってくる。
どこの暗闇から手が伸びてくるかもわからない。シバリがそんなことをするはずがないとわかっていても、フウロはそう思わずにいられなかった。
(ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。やっぱり私が、私が、私が──!!)
「出てこい! シャンデラ!!」
「シャーン!」
「……ふぇ?」
フウロの目の前に、シバリのシャンデラが繰り出された。
「ん〜……ちょっと足りないかもだけど、明かりには充分ですかね。なあシャンデラ、お前の炎って暖色系に出来たりしない?」
「シャア!?」
怒った様子でシバリに吠えるシャンデラを見てフウロの思考は冷えてゆき、力が抜けてそのままペタリと座り込んだ。
「うーん、ジュカインの"あなをほる"でなんとかなるかなコレ?」
「シャーン?」
「いや来んな来んな。お前はフウロさんの近くに居てあげてくれ」
「シャン」
シャンデラはシバリの言葉に頷くと、フウロの側に戻った。
(こ、このシャンデラ……見たこともないくらい鍛えられてる……。前に見たシキミさんのシャンデラよりも、ずっと強い……)
「……あの、シ、シバリ、君」
「はい?」
「……ど、どうしてシバリ君は、ポケモンを鍛えたの?」
曰く、シバリはジム巡りもせずにバッジが0個だとフウロは聞いている。
強さを求めて鍛えたのであれば、ジムを巡ってポケモンリーグに挑むのが道理だろう。だが、シバリはそうしなかった。
だからフウロにはわからない。シバリという人間がどのようなモチベーションでポケモンを鍛えたのかが。
「……あんまり面白くない話ですよ?」
シバリの言葉に、フウロはそれでも構わないという表情でコクリと頷いた。
「じゃ、話しますね──」
そうしてシバリは語り始めた。幼馴染にぶつかり続けたことから、振られてしまったことまで。それはもう、全部。
「……てな感じ、ですね」
「……そ、そんなのって……」
あんまりだ。とフウロは思う。
こんなの、シバリが報われないじゃないかと。これだけ一途に想い続けてきたのに、頑張ってきたのに。
「い、いいの? シバリ君は、それで……」
「まあ、贅沢を言えばあいつの隣には俺が立ちたかったですけどね」
「っ、なら──!」
「でも、あいつが幸せならいいんです。俺はあいつが笑顔なら、誰かが並び立てると証明できたなら、それで」
本心からそう言うシバリを見てしまっては、フウロも引き下がらざるを得なかった。
「……そう、なんだ」
「ま、それにもう吹っ切れましたしね! 」
なんてことを言って笑うシバリを見て、フウロは理解する。
(この人、きっと強いんだ。他人のために、自分の幸せを切り捨てられるんだもの。……こんな人、居るんだ)
世の中には自らの欲に抗えずに襲ってくるような人間がいる。そのような人間を見てしまったせいで、フウロは信じることが怖くなってしまった。
しかし──
「てことで、今はフウロさんに証明中です! 世の中、きっと悪い男ばかりじゃないんだって。例え俺がフウロさんに嫌われたとしても、そんな風に思ってもらえたら、嬉しいです」
「……そっか」
──こんな人が居るのなら、また信じてもいいのかな。なんて、フウロは少し前向きになれた気がした。
(……あっ)
フウロの目が先程落としたボタンを捉えた。シャンデラの明かりのおかげだろう。
すぐに拾いに行こうとしたフウロだったが、少し考え、
(信じるって、こういうことだよね)
フウロにもうあのボタンは必要なかった。あれを手放すことが、シバリを……男性を信じ始めることの証明になると思ったから。
「てことでやるぞジュカイン! 普段変なとこしか見せてない分、カッコつけるチャンスだぞ!」
「ジュカ?」
「は? 『変なとこ見せてるのはお前だけだろ?』とか言うなよ。泣くぞ。お前もアローラジュカインにしてやろうか?」
「ジュカァ!?」
「──ふふ」
「……へ?」
小さく聞こえた笑い声に、シバリはフウロの方を振り向いた。そして──
「──信じたからね、シバリ君」
──笑みを浮かべながらそう言ったフウロを見て、やっぱり女性には笑顔が似合うんだなと、シバリは感じたのだった。
・フウロ
これからは頑張って男性を信じてみようと思った。
それはそれとしてシバリ個人への信頼度がちょっとヤバそう
・セツ
めちゃくちゃドチャクソ焦ってた人
2人が洞窟脱出後に謝り倒した。
まさか崩落するとは思わんやん
・シャンデラ
まともではない
もちろん無茶振りされている
・シバリ
ある程度フウロの男性耐性が付いたら旅再開しようかなーとか思ってる。
そういうとこやぞ。