【取扱注意】その英雄、勘違いにつき。   作:化け猫 いろは

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第三話 天より来たりし歌

絶望。

それは、希望という名の光が存在して初めて認識される、相対的な闇である。

だが、この惑星タルタロスには、そもそも光が存在しない。あるのはただ、どこまでも濃く、どこまでも冷たい、絶対的な闇だけだ。

故に、ここに住まう者たちは、もはや絶望すら感じない。諦観という名の分厚い皮膚が魂を覆い、痛みも、悲しみも、全てを麻痺させてしまった。彼らは生きているのではない。ただ、死んでいないだけだ。

音もなく獲物を狩る異形の怪物。無慈悲な殺戮を繰り返す暴走した機械。そして、同じ人間であるはずの隣人から発せられる、剥き出しの狂気。

――死は、常に隣にある。

だから、この惑星の住人は、決して空を見上げない。

空には、何もないことを知っているからだ。

神も、救いも、希望も。

 

だが、その日。

彼らは、生まれて初めて、天から降り注ぐ「何か」を耳にした。

それは、歌だった。

あらゆる絶望を浄化する、聖なる鎮魂歌(レクイエム)。

あるいは、全ての終わりを告げる、無慈悲な滅びの調べ。

そのどちらであるのか、彼らにはまだ、知る由もなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

旗艦「ネメシス」のブリッジ。

その中央に立つカイ・シラヌイの表情は、完璧なまでに穏やかだった。

絶望に打ちひしがれるクルーたちを、まるで慈悲深き神のごとき静かな瞳で見渡し、そして告げた。

「──ここからが、本番だ」

その、あまりにも落ち着き払った、絶対者の声。

凍りついていたクルーたちの心に、その一言が、ほんのわずかな、しかし確かな熱を灯した。

ああ、やはり。

我らが司令は、この地獄絵図すらも、全てお見通しだったのだ、と。

 

もちろん、そんなわけがない。

彼の内心は、すでに臨界点を遥かに突破した原子炉のように、制御不能なメルトダウンの真っ最中であった。

 

(終わった……! 終わった終わった終わった! 俺の人生、完全に、ここで、ジ・エンドだ! なんだこの状況は! なんで四方八方から殺意が押し寄せてくるんだ! AI! 狂人! 怪物! なんだこの地獄のフルコースは! バイキング形式でももうちょっとマシなラインナップだぞ!)

 

カイの精神は、小学生が初めてお化け屋敷に入った時のそれと、寸分違わぬレベルにまで退行していた。

手足はガクガクと震え、奥歯はカチカチと不協和音を奏で、膀胱はダムの放流開始五秒前を告げている。

彼の完璧な外面(ポーカーフェイス)だけが、十数年かけて築き上げてきた意地と見栄だけで、かろうじてその場に彼を繋ぎとめていた。

 

『おやおや、どうしたんだい英雄殿? 顔色が、まるで死後三日目の魚みたいになってるけど』

 

脳内に響く相棒、シロの声は、どこまでも楽しそうだ。

この銀髪の悪魔は、主人の人生最大級のピンチを、最高のエンターテイメントとして消費することに、いささかの躊躇もない。

 

「(うるさい! 静かにしろ、このポンコツAIが! 人が今、人生のエンディングロールを脳内再生してるっていうのに、水を差すな! ああ、俺の墓石には、なんて刻んでもらおうか……。『快適なソファに生きて、快適なソファに死す』……いや、これじゃただの間抜けだ……!)」

 

『エンディングロールはまだ早いんじゃないかな。だって、君が主役のカーニバルは、まだ始まったばかりなんだからさ』

 

「(カーニバルだと!? どこにそんな陽気な要素がある! これは虐殺だ! ジェノサイドだ! 俺という名の希少生物が、今まさに絶滅の危機に瀕しているんだぞ! 保護しろ! ワシントン条約で保護しろ!)」

 

『いやー、それがさ。どうやら、その絶滅危惧種を、さらに絶滅させようと、皆さん大張り切りみたいだよ』

 

シロは、芝居がかった仕草で(もちろんカイの脳内で)溜息をつくと、無慈悲な実況中継を開始した。

 

『すごいよ、カイ! 君、今、とんでもないことになってる! その恐怖! その絶望! その「絶対に死にたくないでござるぅぅぅ!」っていう、みっともない生命への執着! それが、君の体から超高濃度の特殊なフェロモンとなって、大気中に放出されてる!』

 

「(……は? ふぇろもん?)」

 

カイの思考が、一瞬だけ現実逃避から引き戻される。

 

『そう、フェロモン! この惑星の原生生物、「サイレント・ブリーダー」はね、生物が発する強烈な恐怖感情(パニック)を感知して、優先的に襲うっていう、とっても意地悪な習性を持ってるんだ。そして、君が今放出している恐怖フェロモンは、彼らにとっては、いわば最高級の三つ星レストランのフルコース! 銀河中の美食家が涎を垂らして集まってくるレベルの、極上の香りなんだよ!』

 

シロの言葉と共に、ブリッジのメインモニターの映像が、さらにズームアップされる。

水晶の森の影から、音もなく這い出してくる、無数の異形の怪物たち。

その全ての個体が、まるで一本の糸に引かれるかのように、寸分の狂いもなく、この旗艦「ネメシス」を目指して集まってきている。

 

『おめでとう、カイ! 君を中心に、半径五キロメートル圏内に生息するサイレント・ブリーダーが、全員アクティブになってるよ! まさに恐怖の祝祭(カーニバル)! 君は、その祭りの中心で輝く、最高の「恐怖の神輿(ビーコン)」ってわけだ!』

 

その、あまりにも絶望的な実況解説。

それが意味するところを、カイの小心な頭脳が理解した瞬間。

 

「(………………は?)」

 

時間が、止まった。

そして、次の瞬間。

 

「(俺のせいかァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!)」

 

カイの内心で、宇宙が誕生して以来、二番目に巨大な絶叫が木霊した。

(ちなみに一番目は、つい先ほど、レナの単独突出を見た時である)

 

「(俺がビビってるから、あいつらが集まってきてるってことか!? ふざけるな! なんだその理不尽な生態系は! 設計した奴は誰だ、出てこい! 全宇宙の小心者を代表して、俺が説教してやる! 『もっと弱者に優しい世界を作れ』と!)」

 

――どの口が言うのだろうか。この男、自分より弱いと認識した者に対しては、神をも恐れぬ傲慢さを発揮することを、我々はよく知っている。

 

だが、その責任転嫁と逆ギレが、皮肉にも、彼の凍りついていた思考回路を再起動させた。

自己保身。

その、カイ・シラヌイという人間の根源を司る絶対的な本能が、絶望という名の分厚い氷を、内側から打ち破ったのだ。

 

(死ぬ! このままじゃ、絶対に死ぬ! だが、俺は死なん! 断じて死んでたまるか! 俺の穏やかな後方勤務ライフの夢が、こんな便所のネズミも逃げ出すようなクソ惑星で潰えてたまるか!)

 

彼の脳が、前世の記憶を含めた、あらゆるデータベースを、超高速でスキャンし始める。

この絶望的な状況を覆す、起死回生の、一発逆転の、都合のいい隠しコマンドを求めて。

軍の戦術データベース。過去の戦闘記録。そして――。

 

(……あった!)

 

彼の思考の深淵、その最も役に立たないガラクタ置き場の隅で、一つの記憶が、閃光のように煌めいた。

それは、前世で彼が寝食を忘れて没頭した、超マイナーな戦略シミュレーションゲーム『アストロ・サーガ Final Apocalypse』の、誰も知らないような隠しユニットの、さらにその特殊アビリティに関する、どうでもいい豆知識だった。

 

(惑星ゾディアック-13に生息するケイ素生命体「サイレント・シーカー」は、極度の恐怖に反応するが、特定の超高周波音波を浴びると、神経系が一時的に麻痺し、活動を停止する。アビリティ名、『セイレーンの歌』……!)

 

これだ。これしかない。

藁にもすがる、というよりも、藁そのものを神として崇めるような心境で、カイは行動を開始した。

だが、問題は、どうやってその音波を発生させるかだ。

ブリッジのクルーたちは、絶望のあまり、もはや思考停止状態。彼らに複雑な指示を出せる状況ではない。

 

(……仕方ない。俺が、直接やるしかないか)

 

カイは、司令官席のコンソールに、弾丸のような速さで指を走らせた。

彼の脳裏には、ネメシスの艦内システムの構造図が、完璧に展開されている。

(これも、前世で読んだ設定資料集のおかげだ! ありがとう、名も知らぬクリエイター! 君のその無駄なこだわりが、今、俺の命を救う!)

 

「リーゼロッテ」

 

カイの声は、不思議なほどに冷静だった。

その声に、絶望の淵にいたクルーたちが、はっと顔を上げる。

 

「は、はいっ! 司令!」

 

「これより、音響兵器の試運転を行う。艦の外部スピーカーの制御権を、一時的に私のコンソールへと委譲しろ。これは、最優先事項だ。急げ」

 

「お、音響兵器……ですと!?」

 

リーゼロッテの目に、困惑と、そして新たな希望の光が宿る。

まさか、司令は、この状況ですら、まだ隠し玉を持っていたというのか!

カイは、そんな彼女の勘違いなどお構いなしに、完璧な英雄の仮面を被って、静かに頷いた。

 

(そうだ、音響兵器だ! まさか、「ゲームの隠しコマンドを試します」などと言えるか! 適当にそれっぽいことを言っておけば、こいつらは勝手に納得する!)

 

彼の狙い通り、ブリッジのクルーたちは、「音響兵器」という、それらしい単語一つで、完全に納得し、そしてさらなる狂信の炎を燃え上がらせた。

「おお……!」「この状況で、新型兵器の投入を……!」「なんという、深謀遠慮……!」

彼らの神が、内心で(周波数は……確か、78.3kHzあたりだったか……? いや、待て、それは確か隠しキャラの出現コマンド……。クソッ、どっちだ!? ええい、ままよ!)などと、極めて適当な記憶を頼りに、人類の存亡を賭けたギャンブルに興じていることなど、もちろん誰も知らない。

 

やがて、外部スピーカーの制御権が、カイのコンソールへと移譲される。

彼は、震える指で、記憶の片隅にあった周波数を入力し、そして、祈るような気持ちで、エンターキーを叩きつけた。

 

その瞬間。

ネメシスの艦体から、まるで歌うかのような、奇妙で、そしてどこか神聖な響きを持つ、超高周波の音波が、惑星タルタロスの絶望の空へと、放たれたのだった。

 

────────────────────────────────────────────

 

流刑惑星Z-13、地下居住区画「アントヒル」。

そこは、タルタロスに送られた囚人たちが、かろうじて命を繋ぐための、巨大な蟻の巣だった。

地上は、暴走したAIと、異形の怪物が支配する死の大地。

故に、彼らは地下に潜り、岩盤をくり抜き、僅かな食料と水を奪い合いながら、ただ息を潜めて生きるしかなかった。

 

ギデオンは、その蟻の巣の、最も深い場所にある司令室で、一枚の古い写真を見つめていた。

写真には、太陽の下で笑う、一組の男女と、その腕に抱かれた幼い少女の姿が写っている。

彼の、失われた家族。

彼の、失われた世界。

彼は、このタルタロスで最も古参の囚人の一人であり、そして、最大勢力である「坑夫(マイナーズ)」を率いる、絶対的なリーダーだった。

 

彼の信条は、徹底した現実主義。

夢も、希望も、奇跡も、信じない。

信じるのは、己の経験と、この地下深くの地理、そして、怪物の習性だけ。

彼は、その現実的な思考と、時に非情なまでの決断力で、これまで多くの仲間を死の淵から救ってきた。

 

その、ギデオンの静かな時間を、突如として、奇妙な「音」が破った。

 

「……なんだ、この音は」

 

それは、音楽ではなかった。

歌でもなかった。

だが、確かに、天から、地上から、岩盤を突き抜けて、魂を直接揺さぶるような、不思議な響きが伝わってくる。

部下たちが、何事かと司令室になだれ込んでくる。

 

「お、親方! なんだか分かりませんが、外の奴らの様子が……!」

 

ギデオンは、無言で立ち上がると、地上へと続く監視モニターへと歩み寄った。

そこに映し出されていたのは、彼の現実主義を、根底から揺るがすような、信じがたい光景だった。

 

いつもであれば、獲物の恐怖を嗅ぎつけ、音もなく囚人たちの居住区画を徘徊しているはずの、あのサイレント・ブリーダーたちが。

その全ての個体が、まるで時が止まったかのように、その場にピタリと動きを止め、水晶の彫像のように、静まり返っているのだ。

彼らの捕食活動は、完全に停止していた。

 

「……奇跡、だとでも言うのか……?」

 

ギデオンは、我知らず呟いていた。

ありえない。

だが、目の前の現実は、それ以外の言葉で説明することができなかった。

 

「……親方。あの光を見てください」

 

部下の一人が、震える指で、モニターの一点を指差した。

濃霧の遥か彼方。

不時着した、一隻の巨大な艦の残骸。

その艦体から、まるで後光のように、淡い、青白い光が放たれている。

そして、あの奇妙な「歌」は、間違いなく、あの場所から響いてきていた。

 

ギデオンの、現実だけを見てきた瞳が、初めて見る未知の光に、鋭く細められた。

あれは、なんだ。

あれは、誰だ。

 

「……おい」

 

ギデオンの声は、低く、そして重かった。

 

「選りすぐりの連中を集めろ。あの艦を調べに行く」

 

「し、しかし親方! あそこには、軍の連中が……!」

 

「分かっている」

 

ギデオンは、部下の制止を、手で制した。

彼の脳裏では、無数の可能性が、高速で回転していた。

あれは、罠か?

あるいは、新たな脅威か?

それとも……。

 

「あれは、我々にとって『毒』か、あるいは『薬』か。……見極める」

 

彼の言葉は、決定だった。

ギデオンは、壁に立てかけてあった、愛用の大型アサルトライフルを、静かにその手に取った。

彼の現実主義が、告げていた。

あの「歌」は、この星の、絶対的な法則を、根底から覆しかねない、規格外の「何か」である、と。

そして、規格外の存在は、放置すれば必ず、災厄を呼ぶ。

ならば、自らの手で、その正体を暴くまで。

たとえ、その先に待っているのが、神であろうと、悪魔であろうと。

 

────────────────────────────────────────────

 

その頃、我らが英雄、カイ・シラヌイは。

司令官室に引きこもり、リクライニングチェアの上で、赤ん坊のように丸くなって、ガタガタと震えていた。

 

(……と、止まった……のか? なんか、静かになったぞ……?)

 

外部スピーカーから放たれた「セイレーンの歌」は、どうやら効果があったらしい。

艦を揺るがしていた、怪物の蠢く気配が、嘘のように消え失せている。

カイは、恐る恐る、手元のコンソールで、外部監視モニターの映像を呼び出した。

 

そこに映し出されていたのは、シロの言った通り、全ての活動を停止し、静まり返ったサイレント・ブリーダーの群れだった。

 

(や、やった……! やったぞ! 俺の、俺の前世のクソゲー知識が、この地獄を救ったんだ! フハハハハ! 俺って、やっぱり天才! 救世主! この星の神は、この俺だ!)

 

極度の恐怖からの解放感で、彼の思考は、一瞬で傲慢の頂へと駆け上った。

だが、その勝利の余韻は、モニターに映し出された、新たな映像によって、無慈悲に打ち砕かれることになる。

 

モニターの片隅。

地下へと続く、巨大な洞窟の入り口から、ぞろぞろと、武装した、いかにも柄の悪そうな連中が出てくるのが見えた。

その数は、およそ二十人。

誰もが、歴戦の猛者であることを窺わせる、殺伐とした空気を身に纏っている。

そして、彼らは明らかに、このネメシスを目指して、一直線に、こちらへと向かってきていた。

 

(……うわ、なんか来たよ……。見るからに、面倒くさそうな連中が……。こっちに来るなよ、絶対! 頼むから!)

 

カイの心は、再び恐怖のどん底へと叩き落とされた。

彼の自己保身の本能が、警報を鳴らす。

関わるな。あれは、絶対に、関わってはいけない種類の人間だ、と。

 

だが、無情にも、囚人たちの一団は、どんどんこちらへと近づいてくる。

やがて、彼らは、不時着したネメシスの周囲を警戒していた、ハンスやバルツァーたちの一団と、ついに接触した。

 

モニターの音声ボリュームを、最大にする。

息を殺して、その様子を窺う。

 

最初に口火を切ったのは、囚人たちのリーダー格である、あのギデオンだった。

「……てめえら、何者だ。あの奇妙な『歌』は、てめえらの仕業か」

 

その、威圧的な問いかけに、ハンスが、一歩前に進み出た。

カイは、モニターの前で、祈るような気持ちで見守っていた。

(そうだ、ハンス! 適当に、穏便に、事を収めてくれ! 『我々は、ただの通りすがりの者です。すぐに立ち去りますので、どうかお見知りおきを』みたいな感じで、完璧な土下座外交を見せてくれ!)

 

だが、ハンスの口から発せられたのは、カイの貧弱な想像力を、遥かに超えた、あまりにも狂信的な言葉だった。

 

「ようこそ、迷える子羊たちよ」

 

その、あまりにも場違いな、宣教師のような第一声に、カイは、飲んでいた水を、モニターに向かって盛大に噴き出した。

 

「(……は?)」

 

ハンスは、恍惚とした表情で、両手を広げ、天を仰いだ。

 

「あの歌は、天からの福音。我らが司令、カイ・シラヌイ閣下が、汝らの救済のために奏でた、聖なる調べに他ならない」

 

その言葉に、ギデオンたちが、あからさまにドン引きしているのが、モニター越しにもはっきりと分かった。

だが、ハンスは止まらない。

彼の後ろにいたバルツァーや、他のクルーたちも、まるで申し合わせたかのように、うっとりとした表情で、うんうんと頷いている。

 

「さあ、武器を収め、我らが司令の御前(みまえ)にひれ伏すがいい。そうすれば、汝らにも、等しく救いが与えられるだろう。……ああ、腹が減っているのなら、心配はいらない」

 

ハンスは、そこで一度言葉を切ると、最高の笑顔で、こう言ったのだ。

 

まずは、温かいスープでもどうだ? 司令の慈悲が、たっぷりと溶け込んだ、魂まで温まる、奇跡のスープだ」

 

その、あまりにもシュールで、あまりにも狂気的な光景。

カイは、司令官室で、一人、頭を抱えて、床を転げまわっていた。

 

「(なんなんだ、こいつらァァァァッ! 俺の部下たちが、初対面の相手に、カルトの勧誘みたいなこと始めてるぞ!? しかも、『温かいスープ』ってなんだよ! それ、ただの俺のアレンジインスタントスープだろうが! なんでそれが、聖水みたいに扱われてるんだよ! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! 頼むから、もうやめてくれェェェェッ!)」

 

彼の声なき絶叫は、もちろん誰にも届かない。

モニターの向こうでは、ギデオンが、目の前の狂信者集団を、心底から気味の悪いものでも見るかのような目で睨みつけ、そして、低く、吐き捨てるように呟いた。

 

「……こいつらは、俺たちが知っている軍人とは、何かが違う。……いや、そもそも、こいつらは、本当に『人間』なのか……?」

 

こうして、勘違いと警戒心、そして一杯の温かいスープによって、二つの勢力の、奇妙で、そしてどこまでも歪んだファーストコンタクトは、最悪の形で幕を開けた。

もちろん、その全ての元凶である男は、ただ自室に引きこもり、部下たちの奇行に頭を抱えて、震えているだけなのだが。

物語は、いつだって、主役の意思などお構いなしに、勝手に転がっていくものである。





あとがき、あるいは蛇足


────────────────────────────────────────────


カイ:「……おい、シロ。いるんだろ。……はぁ……疲れた……。肉体的には指一本動かしてないのに、精神的には銀河を半周したくらい疲れた……。何なんだ、一体……」

シロ:『あら、お疲れ様、教祖様。初めての〝奇跡〟、いかがでした? 信者を一から育てるのって、思ったより大変なんだね』

カイ:「誰が教祖だ! それに奇跡じゃない! あれは俺の……そう、俺の深遠なる知略と、前世から受け継がれし膨大な知識の、ほんの一端だ! 貴様のようなポンコツAIには到底理解できんだろうがな!」

シロ:『へぇ、知略ねぇ。「死ぬ!絶対に死ぬ!おしっこ漏れる五秒前!」って、リクライニングチェアの上で美しい涙を流しながら絶叫してたのは、どこのどなたでしたっけ? ちゃんと録画しておけばよかったなー』

カイ:「う、うるさい! あれは……あれは敵と、そして何より我が身を欺くための、高度な演技だ! それにあいつらだ! 問題は俺の部下どもだ! なんだあの狂信者集団は! 『温かいスープはいかがですか』じゃないだろうが! 俺はいつから慈善活動の炊き出しボランティアになったんだ!」

シロ:『だって、司令の慈悲が溶け込んだ「魂のスープ」なんでしょ? 私も一度味わってみたいな。飲んだら君みたいに、自己保身と怠惰のオーラを身に纏えるようになるのかな?』

カイ:「殺すぞ貴様! 電子回路の隅々までフォーマットして、ただの計算機に戻してやる! ……それより、問題はあの囚人どもだ。見るからにヤバそうな連中だったじゃないか……。特にあのリーダー格のオヤジ……絶対に関わりたくない……。目が据わってたぞ、完全に……」

シロ:『あら、心配ご無用だよ。君の優秀で忠実な宣教師たちが、今頃きっと君の素晴らしさを、身振り手振りを交えて熱心に説いて回ってるはずだから』

カイ:「宣教師じゃないと言ってるだろうが! やめさせろ! 今すぐやめさせろ!」

シロ:『大丈夫、大丈夫。きっと次の話が始まる頃には、あの怖い顔のおじさん(ギデオン)も、君の肖像画(まだ無いけど)の前でスープを啜りながら、感謝の祈りを捧げるようになってるよ。よかったね、カイ。君が夢見る平和な引きこもり生活は、ますます安泰だ!』

カイ:「やかましいわ!!!!」
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