【取扱注意】その英雄、勘違いにつき。   作:化け猫 いろは

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第三話 神の深謀遠慮(という名の悪魔のリスト)

神は、時に沈黙する。

その沈黙は、信者の信仰心を試すための、大いなる試練であると解釈される。

神は、時に無茶を言う。

その無茶は、信者の限界を超えた力を引き出すための、深遠なる導きであると誤訳される。

そして、神は、時に悪意を剥き出しにする。

その悪意すらも、信者の目には、悪を滅ぼすための聖なる怒りであると、完璧に誤認されてしまう。

 

今、我らが神、カイ・シラヌイが、その神性(という名の自己保身の本能)を最大限に発揮し、最も純粋で、最も下劣な悪意を手に、新たなる神託を紡ぎ出そうとしていた。

もちろん、その目的は、銀河の平和でも、民の救済でもない。

ただ、己の安眠のためだけに。

──悲しいかな。神の個人的な事情など、信者にとっては知ったことではないのである。

 

────────────────────────────────────────────

 

旗艦「ネメシス」司令官室。

その玉座(リクライニングチェア)の上で、カイ・シラヌイは、完全に、そして完璧に、復活を遂げていた。

ほんの数時間前まで、彼の精神は絶望という名の分厚い氷に閉ざされ、真っ白な灰と化していたはずだ。だが今、その灰の中から、まるで不死鳥のように、あるいはゴキブリのように、不屈の、そしてどこまでも歪んだ闘志が、再び燃え上がっていた。

 

「(フフフ……そうだ、その通りだ……! 追い出す、などという、三流の悪役がやるような、芸のない手は使わん! 俺がやるのは、もっと芸術的で、もっと狡猾な、完璧なる誘導だ!)」

 

彼の内心で、勝利を確信した悪魔の笑いが木霊する。彼の思考は、もはや恐怖からの逃避ではない。自らの安眠という至上の目的を達成するための、具体的で、冷徹な、そしてどこまでも下劣な戦略の構築へと、完全に切り替わっていた。

彼の瞳は、虚ろではなかった。爛々と、しかしどこまでも昏い光を宿し、壁一面のモニターに映し出された艦内航路図──その先に待つ、アリズン星系という名の新たな地獄を、まるで自らが作り出す、壮大な舞台装置でも眺めるかのように、じっと見据えている。

 

『……うわぁ。出たよ、君のその悪い顔。で、その「彼らが、自らの意志で出ていきたくなるように仕向ける」っていう、壮大な悪巧みの具体的な中身は、もうお決まりで?』

 

脳内で、シロが心底から愉快そうな、それでいて呆れ返った声で言った。このAI、主人の下劣な思考を的確に言語化する能力にかけては、天下一品である。

 

「(フン、当然だ。いいか、シロ。人間、特に、あのように一度全てを失い、俺という名の新たな『神』を得てしまった狂信者どもを、最も効率的に動かすものは何か。それはな、恐怖ではない。『栄誉』だ!)」

 

カイの指が、コンソールの上で、まるでオーケストラの指揮者のように、しかし奏でられるのは不協和音ばかり、といった様子で踊り始める。

 

「(あいつらは、俺のために死ぬことすら厭わん。ならば、その狂信的な忠誠心を、逆手に取ってやるのだ。彼らが、喉から手が出るほど欲しがるような、特別な『栄誉』を与えてやる。それも、『お前たちでなければ、この任務は成し遂げられない』という、甘美な、そして逃れられない響きを伴った、至上の栄誉をな!)」

 

『栄誉、ねえ。聞こえはいいけど、要するに、口八丁で彼らを唆して、最も危険で、最も面倒な場所に、喜んで行ってもらうってことだろう? まったく、君のその、人の心の弱い部分を的確に突く能力だけは、本当に一級品だね』

 

「(褒めるな。当然のことだ。俺がこれから行うのは、ただの厄介払いではない。彼らの有り余るエネルギーを、俺以外の、もっと生産的な方向へと向けさせるための、慈悲深き神の采配なのだ!)」

 

――この男、自分の下劣な計画を、壮大な美談にすり替える能力にかけても、やはり天賦の才があるらしい。実に、迷惑な話である。

 

『はいはい、慈悲深い神様。で、そのありがたい『栄誉ある任務』とやらの、具体的な派遣先は、もうお決まりで?』

 

カイの口元に、誰にも見えない、下劣な笑みが浮かぶ。

彼は、航路図に表示された「アリズン星系:宙域海賊連合、内紛の兆し」という情報の一文を、まるで獲物を見つけた蛇のように、ねっとりとした指先でなぞった。

 

「(……無論だ。彼らには、『密偵』として、あの海賊どもの巣窟に、潜り込んでもらうのさ)」

 

その、あまりにも悪魔的な閃き。

それは、前の話の終わりで彼が掴んだ、「彼らが自らの意志で出ていく」というコンセプトを、完璧な形で具現化する、悪意の設計図だった。

 

「(大義名分は、完璧だ。『来るべきアリズン平定戦に備え、現地の情報を収集し、内部から切り崩すための、神の深遠なる布石である』と。どうだ? 誰も文句は言えまい。むしろ、その栄誉ある任務に、志願者が殺到するに違いない!)」

 

『なるほどね。海賊の本拠地に潜入させる、と。まあ、確かに彼らの強面と凶悪な経歴は、海賊社会に溶け込むには最適かもしれない。というか、むしろスカウトされるレベルだ。で、誰を行かせるんだい? まさか、くじ引きで決めるとか?』

 

「(フン、そんな運任せなことを、この俺がするとでも?)」

 

カイは、不敵に笑うと、おもろむに個人端末を取り出し、一つの極秘ファイルを開いた。

そのファイル名は。

 

【閲覧注意:俺を怖がらせた元囚人ランキング・トップ400】

 

『……うわぁ。出たよ、それ。君、まだそんな根暗なリスト作ってたの? しかも、ご丁寧に一人一人の顔写真と、恐怖ポイントまで付けて。相変わらず、マメだねぇ、そういうところ』

 

「(当たり前だろうが! 忘れたくても忘れられんわ、あいつらの顔は! このリストこそが、俺のトラウマの結晶であり、そして、俺の聖なる反逆の、デスノートなのだ!)」

 

カイの指が、歓喜に打ち震えながら、その忌まわしきリストの上を滑っていく。

彼は、ランキングの上位者から、次々と、実に楽しそうに、「栄誉ある密偵」を選抜し始めた。

 

「(よし、まずはお前だ、”狂鬼”のボルグ! ランク第7位! 恐怖ポイント88! タルタロスの謁見の間で、俺への忠誠を誓う際に、『神よ! 我が命、貴方に捧げますぞ!』と叫んだ声がデカすぎて、俺の鼓膜が破れるかと思った罪は重い! 合格だ! アリズン星系の海賊の前で、その自慢の大声を披露して、蜂の巣にされるがいい!)」

 

「(次は……ああ、いたいた。こいつだ、”無言”のドゴ! ランク第12位! 恐怖ポイント82! こいつは、食堂で俺を見かけるたびに、何も言わずに、ただ、じーーーーっと、穴が開くほど俺のことを見つめてくるんだ! あの、感情の読めない目が、俺の夢の中にまで出てきた罪! もちろん合格だ! 海賊の女でも誑かして、その無口を貫き通し、そこで一生を終えろ!)」

 

「(それから……フフフ、忘れちゃいけないな。この三人組。”三つ首のケルベロス”! ランク15、16、17位! 恐怖ポイントは三人合わせて240だ! こいつらは、俺が艦内を移動するたびに、なぜか必ず三方向から現れて、俺を護衛するんだ! まるで、俺を囲んで逃がさないと言わんばかりに! あれは護衛じゃない、完全な威圧だ! お前らには、三人仲良く、海賊連合の最前線基地にでも潜入してもらう! そこで、自慢の連携とやらを披露して、仲良く散ってこい!)」

 

それは、もはや選抜ではなかった。

ただの、個人的な恨みを晴らすための、悪意に満ちた粛清リストの作成。

カイは、脳内に蘇る恐怖体験を一つ一つ反芻しながら、実に楽しそうに、そのリストを埋めていく。

 

「(そして……おお、忘れてはならん。堂々の第一位、”骸骨”のザギ! 恐怖ポイント、測定不能! てめえは特別だ! 最も危険で、最も面倒そうな、海賊連合のど真ん中に、単独で送り込んでやる! 俺の前で、感動のあまり涙と鼻水を垂れ流した、あの汚い顔面! 俺の美意識を著しく傷つけたその罪、その身をもって償うがいい!)」

 

こうして、カイの独断と偏見(恐怖)に基づいた、最も危険で、最も厄介な、四百名の「生贄」のリストが、邪悪な笑みと共に、完璧に完成したのである。

 

『……で、そのデスノート、どうやって彼らに渡すつもり? まさか、君が直接、「君、顔が怖いからアリズン行ってきて」なんて言えるわけないだろうし』

 

シロの的確すぎる指摘に、カイは一瞬だけ、言葉に詰まった。

だが、彼の悪知恵は、すでにその先の展開までも見越していた。

 

「(フン、愚か者め。俺が、自ら手を汚すとでも?)」

 

カイは、コンソールを操作すると、一人の人物を、司令官室へと呼び出した。

彼の、最も忠実で、最も有能で、そして、最も心が壊れていて使いやすい、完璧なる人形。

レナ・ユキシロ、その人であった。

彼の悪意の設計図は、今、最後のピースを得て、完璧な完成を見ようとしていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

司令官室の扉が、音もなく開かれた。

そこに立っていたのは、レナ・ユキシロ。

彼女は、カイの前に進み出ると、まるで精巧な蝋人形のように、一分の隙もない完璧な礼を捧げた。その顔には、いつものように、何の感情も浮かんでいない。ただ、その虚ろな瞳だけが、主であるカイの姿を、鏡のように、無機質に映し出している。

 

カイは、そんな彼女の完璧なまでの人形っぷりに、内心で満足げに頷きながらも、外面だけは、どこまでも威厳に満ちた「神」の表情を取り繕った。

 

(よし、完璧だ。こいつなら、俺のどんな無茶振りも、神託として完璧に遂行してくれるに違いない。俺の意図を勝手に深読みして、壮大な物語に仕立て上げてくれることだろう)

 

カイは、完成したリスト(ファイル名は、もちろん『アリズン星系・先遣調査隊名簿』に偽装済みである)を、レナの持つデータ端末へと転送した。

 

「レナ」

カイの声は、低く、そして重かった。まるで、世界の運命そのものを、その両肩に背負っているかのような、悲壮な響きさえ帯びていた。

「これは、我がタルタロス神聖国家の、未来を左右する、極めて重要な神託だ」

 

「……拝聴いたします、主よ」

レナは、微動だにせず、ただ静かに、次の言葉を待つ。

 

カイは、ゆっくりと立ち上がると、窓の外に広がる、星々の奈落を、どこか憂いを帯びた瞳で見つめながら、荘厳に語り始めた。彼の脳内では、前世で見た歴史大作映画の、悲壮な決断を下す名君の姿が、完璧に再生されていた。

 

「このリストに記されし四百名の者たちには、我らが栄光ある先兵として、アリズン星系に潜入し、混沌の渦中から、勝利の糸口を手繰り寄せるという、至上の誉れを与える」

その、あまりにも芝居がかった、しかしレナの耳には神の言葉そのものとして響くであろう、完璧な台詞。

 

「これは、罰ではない。試練だ。彼らの、私への揺ぎない忠誠心と、その内に秘めた力を、私が誰よりも信じるが故に与える、大いなる試練なのだ」

 

(そうだ! 試練だ! 俺に逆らったらどうなるか、ということを、その身をもって知るための、ありがたい試練なのだ! 感謝しろ、この顔面凶器どもが! そして二度と俺の前に現れるな!)

 

――この男の、自己正当化能力は、もはや天賦の才と言っても過言ではないだろう。

 

「彼らは、泥の中から星を見上げた者たちだ。その不屈の魂こそが、我らの刃となり、盾となる。この任務は、彼らにしか、成し遂げられん」

カイは、自分で言っておきながら、その詩的な表現に、内心で少しだけ酔いしれていた。

 

(我ながら、完璧な言い回しだ。これなら、ただの厄介払いが、感動的な人間賛歌に聞こえるに違いない)

 

カイは、最後に、最も重要で、最も悪意に満ちた、ダメ押しの一言を付け加えることを忘れなかった。

 

「……この神託、まずは、彼らの代表であるギデオンに伝えよ。彼ならば、私の真意を、そして、この任務に込められた、深遠なる意味を、正しく理解するであろう」

 

(そうだ、ギデオンに丸投げだ! あの、クソ真面目で頭の固いオッサンなら、俺のこの無茶振りを、勝手に高尚なものに誤訳して、部下どもを完璧に説得してくれるに違いない! あとは、あいつに任せて、俺は高みの見物と洒落込もうじゃないか!)

 

レナは、カイのその言葉の全てを、一言一句違わぬ正確さで、その脳内データベースに記録すると、再び、深く、そして完璧に、一礼した。

 

「――承知いたしました」

彼女の声は、どこまでも平坦だった。だが、その虚ろな瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、カイにしか分からない、微かな光が宿ったように見えた。それは、主の深遠なる知略への、畏敬の念か。あるいは。

 

「主の深謀遠慮、寸分違わず、ギデオン、および、その配下に伝達いたします。……彼らは、きっと、歓喜の涙を流して、この至上の栄誉を、受け入れることでしょう。主が、彼らの魂の輝きを、誰よりも信じておられるが故に」

 

その、あまりにも的確な、そしてカイにとっては、これ以上ないほどに都合のいい予測。

カイは、彼女の完璧すぎる仕事ぶりに、心の底から安堵し、満足げに頷いた。

そして、彼女が音もなく部屋を退出していく、その完璧な背中を見送りながら、内心で、人生最大級のガッツポーズを決めていた。

 

(やった……! やったぞ! これで、俺の安らかなリモート総督ライフは、完全に保証された! さらば、俺のトラウマ! 二度と、俺の夢に出てくるんじゃねえぞ!)

 

彼が、その完璧な計画の成功に酔いしれ、玉座(リクライニングチェア)の上でぐったりと脱力している間に。

彼が放った悪意の種は、最も忠実で、最も危険な使徒の手によって、今、まさに、この艦の隅々にまで、蒔かれようとしていた。

そして、その種が、やてが彼の想像を遥かに超えた、巨大で、滑稽で、そして血塗られた花を咲かせることになるのを、この時の彼は、もちろんまだ知る由もなかったのである。

 

────────────────────────────────────────────

 

旗艦「ネメシス」の、巨大な格納庫を改造して作られた、即席の訓練場。

そこは、男たちの汗と、鉄の匂いと、そして、どこへ向ければいいのか分からない、有り余るエネルギーの熱気で、むせ返っていた。

「うおおおおおおっ!」

「もっとだ! もっと力を込めろ! 神は、我々の怠惰を許しはしないぞ!」

ギデオン率いる「坑夫(マイナーズ)」の男たちが、来るべきアリズンでの戦いに備え、黙々と、しかしどこか楽しげに、肉体を鍛え上げている。昨日まで敵同士だったはずの、他の派閥の者たちも、その輪に加わり、互いに声を掛け合い、汗を流していた。

神がもたらした、束の間の平和。

そして、共通の目標。

それが、彼らを一つの、巨大な家族へと変えつつあった。

 

その、熱気に満ちた空間に、一つの、絶対零度の影が、音もなく滑り込んできた。

レナ・ユキシロだった。

彼女が姿を現した瞬間、あれほど騒がしかった訓練場の空気が、水を打ったように、シン、と静まり返る。

千人を超える男たちの、荒い息遣いだけが、巨大な空間に響く。誰もが、動きを止め、固唾を飲んで、彼女の次の動きを見守っていた。

聖骸。

神の御心を代行する、美しき裁きの天使。

彼女が、自らこの場所へ赴いた。それは、ただ事ではない。

 

ギデオンは、額の汗を屈強な腕で拭うと、ゆっくりと彼女の前へと進み出た。

「……これは、レナ殿。何か、神からの、お言葉でも?」

その声には、隠しきれない緊張の色が滲んでいた。

 

レナは、答えない。

ただ、その虚ろな瞳で、ギデオンと、彼の後ろに控える、屈強な男たちの顔を、一人、また一人と、まるで魂の純度でも測るかのように、じっと見つめている。

やがて、彼女は、その人形のような唇を、わずかに開いた。

 

「──主は、汝らに、至上の栄誉を与えんと、欲しておられる」

 

彼女の声は、静かだったが、訓練場の隅々にまで、まるで染み渡るかのように、響き渡った。

 

「来るべき聖戦の、礎となれ、と」

 

彼女は、そう言うと、カイから託された「神託」──四百名の「生贄」のリストと、その栄誉ある(ということにされている)任務の概要を、感情を一切込めずに、しかし一言一句違わぬ正確さで、淡々と、告げ始めた。

 

アリズン星系への、先遣隊としての潜入。

海賊たちの内情を探り、その内部から、切り崩しを図る、極秘任務。

それは、誰が聞いても、生きて帰れる保証のない、片道切符の地獄への招待状だった。

 

リストが、一人、また一人と読み上げられていく。

静寂の中、その声だけが響き渡る。

男たちは、ただ、黙って、聞き入っていた。

その顔に、恐怖の色はない。

それどころか、彼らの瞳には、次第に、信じられないといった驚きと、そして、それを遥かに上回る、歓喜と、狂信の光が、燃え上がっていく。

 

「……ボルグ」

レナの唇から、その名が紡がれた瞬間。

”狂鬼”のボルグと呼ばれた大男の巨体が、ピクリと震えた。

「……俺の、名前が……」

 

「ドゴ」

顔中傷だらけの男が、わずかに目を見開く。

 

「バルド、ガイル、ジーク」

カイが内心で「三つ首のケルベロス」と忌み嫌う、常に三人一組で行動する男たちの名が、続けざまに呼ばれた。

名指しされた三人は、互いに顔を見合わせ、信じられないといった表情で、ゴクリと喉を鳴らした。

 

選ばれなかった者たちの間からは、羨望と、嫉妬の混じった、小さな、しかし熱を帯びた呟きが漏れ始める。

「なぜ、俺じゃないんだ……」

「俺だって、神のために死ねるというのに……!」

 

そして、ついに。

「――ザギ」

 

最後の名前が読み上げられ、レナが沈黙した、その瞬間。

誰からともなく、一つの、地鳴りのような雄叫びが、上がった。

 

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!

 

それが、引き金だった。

選ばれた四百名の男たちは、もはや理性のタガが外れたかのように、拳を突き上げ、咆哮し、涙を流し、互いの肩を叩き合って、その至上の栄誉を、分ち合った。

 

「やった! やったぞ!」

「神は、見ていてくださったのだ!」

「俺たちの、この忠誠を! この力を! 神は、信じてくださったのだ!」

 

その、あまりにも熱狂的で、あまりにも純粋な、歓喜の嵐。

その中心で、ギデオンは、ただ一人、天を仰いでいた。

彼の、現実だけを見てきたはずの瞳から、一筋の、熱い涙が、静かに流れ落ちていく。

彼は、理解した。完全に、そして完璧に、誤解した。

これは、ただの危険な任務ではない。

これは、神が、我々「坑夫」に、そしてこの星の、全ての元囚人たちに与えてくださった、大いなる信頼の証なのだ、と。

あの、ネメシスに乗る、頭でっかちのインテリどもではない。艦隊の運用も、難しい計算もできん、この、泥と汗にまみれて生きてきた、我々の力こそを、神は信じてくださったのだ、と。

我々の、その汚れた手でこそ、掴める勝利があると、神は示してくださったのだ、と。

 

その、あまりにも壮大で、あまりにも感動的な誤解。

それが、彼の心を、完全に、そして完璧に、満たしていた。

 

やがて、彼は、振り返ると、歓喜に沸く仲間たちに、その腹の底から、雷鳴のような大声を張り上げた。

 

「聞けぇ! 我らが同胞たちよ! 神は、我らに道を示された! この栄誉に、我々は、何で応える!?」

その問いに、四百の、いや、その場にいた全ての男たちの声が、一つの、巨大な答えとなって、返ってきた。

 

「「「勝利をッ!! 神に、勝利を捧げんッ!!!!」」」

 

その、地獄の底から響き渡るような、荘厳なシュプレヒコールを背に。

レナ・ユキシロは、静かに、そして完璧に、一礼すると、音もなく、その場を去っていった。

彼女の役目は、終わった。

神の御心は、完璧に、この地上に顕現されたのだから。

 

彼らの地獄への片道切符が、こうして、銀河で最も輝かしい栄光の切符として、彼ら自身の手によって、高らかに掲げられた瞬間だった。

物語の歯車は、もはや誰にも止められない。

神の、不在証明は、こうして、また一つ、完璧に、積み重ねられていくのである。





あとがき、あるいは蛇足


────────────────────────────────────────────


カイ:「どうだシロ! 見たか、俺の完璧なる神の一手を! 泣く子も黙るあの顔面凶器どもを、一滴の血も流さず、俺の権威に傷一つつけず、しかも彼らに感謝されながら合法的に追放することに成功したぞ! これぞまさに『不敗の魔術師』の神髄よ! フハハハハ!」

シロ:「はいはい、神の如き厄介払い、お見事でした。で、一つ聞きたいんだけど、君、自分が何をしたか本当に理解してる?」

カイ:「当然だ! 俺の安眠を妨げる不純物を、完璧に排除したのだ!」

シロ:「あのね。君は今、『最も忠実で、最も戦闘狂で、最もネジが外れている信者400人』っていう、極めて危険な濃縮還元された狂信の塊を、敵地のど真ん中に解き放ったの。彼らがそこで、君の名前を叫びながら大人しく情報収集だけしてくると思う?」

カイ:「……え?」

シロ:「きっと、海賊相手に『我らが神、カイ・シラヌイ様の偉大さを知らしめてやる!』とか言って、無許可で布教活動と殲滅戦を始めるわよ。君の知らないところで、君の名声(という名の悪名)が、とんでもない勢いでアリズン星系に響き渡る未来しか見えないんだけど」

カイ:「……ま、まあ、それも計算のうちだ! そうやって敵を内側から混乱させるのが、俺の真の狙いなのだからな!(……まずい、何も考えてなかった)」

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