栄誉。
それは、勝者が敗者から奪い取った戦利品を、高らかに掲げてみせる行為に他ならない。
故に、栄誉ある者の周囲には、常に二種類の人間が生まれる。
一つは、その輝かしい栄光に憧れ、自らもかくありたいと願う、純粋な追随者。
そして、もう一つは、その光が強ければ強いほど、より濃くなる己の影に苛まれ、嫉妬という名の暗い炎を燃やす、哀れな敗北者である。
だが、ここに一つの例外が存在する。
神の御前においては、その二つの感情は、極めてたやすく、そして危険な形で融合するのだ。
神に選ばれなかったという嫉妬は、やがて「ならば、どうすれば神は我々を認めてくださるのか」という、純粋で、そして狂信的なまでの問いへと姿を変える。
そして、その問いが、集団という名の巨大な増幅器を通った時、それはもはや誰にも止められない、熱狂という名の暴走列車と化す。
今、旗艦「ネメシス」という名の鉄の箱庭で、一人の男が意図せずばら撒いた「栄誉」という名の種が、彼の想像を遥かに超えた、巨大で、滑稽で、そして血生臭い花を咲かせようとしていた。
もちろん、その男は、自らが蒔いた種の存在すら、とっくに忘れかけているのだが。
──悲しいかな。神の個人的な事情など、信者にとっては知ったことではないのである。
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旗艦「ネメシス」の、だだっ広い食堂。
かつては、アンダーソン准将の死と共に、希望という名の光が完全に消え失せ、ただ死の匂いだけが充満する、墓場のような空間だったはずだ。
だが今、その場所は、全く別の、ある種地獄よりも厄介な熱気に満ち満ちていた。
それは、嫉妬と羨望、そして有り余るエネルギーが向ける先を見失った、男たちのむせ返るような熱気である。
「──聞いたかよ、ボルグの奴! なんでも、神から直々に『汝のその魂の雄叫び、気に入った』とか、言われたらしいぜ!」
「馬鹿言え! 俺が聞いた話じゃ、『その岩のような肉体こそ、我が神殿を支える礎となるだろう』って言われたって話だぞ!」
「どっちでもいい! とにかく、あいつは神に選ばれたんだ! ちくしょう、羨ましい!」
テーブルの一つを占拠した、屈強な元囚人たちが、配給された安物の合成酒を呷りながら、不満と嫉妬の混じった声を荒らげていた。
彼らの話題の中心は、ただ一つ。
数時間前、カイ・シラヌイという名の神によって直々に選抜され、アリズン星系への先遣隊という、至上の栄誉を与えられた四百名の同胞たちのことである。
カイの『俺を怖がらせた囚人ランキング』によって選ばれた幸運な(と勘違いされている)四百名は、今やこの艦内において、神にその存在を認められた、生ける伝説と化していた。
彼らは今、艦内の旧貨物区画を改造した即席の訓練施設で、来るべき潜入任務に備え、汗を流している。時折、その訓練施設から漏れ聞こえてくる、鋼鉄がぶつかり合うような轟音や、野獣の咆哮のような雄叫びは、選ばれなかった者たちの嫉妬の炎に、これでもかと油を注いでいた。
「ちくしょう! 俺だって、あの訓練に参加してえ! 神のために、この拳を振るいたい!」
「第一、あいつら、訓練だけじゃねえんだぞ。なんでも、神から直々に下賜されたっていう、最新鋭の装備の調整までやってるらしいじゃねえか」
「なんだと!? 俺のこのボロボロのコンバットナイフとは大違いじゃねえか!」
噂は、尾ひれどころか、巨大な翼まで生やして、艦内を飛び交っていた。
実際には、先遣隊の装備は、ビットの部下である技術者たちが、ありあわせの部品で急造した、間に合わせの偵察装備に過ぎない。
だが、選ばれなかった者たちの狂信的なフィルターを通せば、それは「神がその御手で祝福した、伝説の武具」へと、いともたやすく変換されてしまうのだ。
もはや、先遣隊のメンバーは、艦内のアイドルか、あるいは新興宗教の幹部のような扱いだった。
彼らが訓練の合間に食堂へ姿を見せれば、そのテーブルの周りには、神の御言葉を少しでも聞き出そうと、黒山の人だかりができる。
彼らが通路を歩けば、選ばれなかった者たちから、畏敬と羨望の入り混じった、焼け付くような視線が突き刺さる。
「それに引き換え、俺たちはどうだ……」
一人の、顔に大きな傷跡を持つ男が、忌々しげにテーブルを拳で叩いた。
「神は、俺たちの存在に、まだお気づきになられていないのか……! 俺のこの拳だって、神のためならば、星の一つや二つ、砕いてみせるというのに!」
「俺のこの足だってそうだ! 神のためならば、銀河の果てまでだって、走り続けてみせるぞ!」
「俺のこの頭突きは、戦艦の装甲だって貫くんだぞ!」
(やめてくれ、お前らの筋肉自慢は、もう聞き飽きた)
カイがもしこの場にいたとしたら、間違いなくそう内心で絶叫し、そっと耳を塞いでいただろう。
だが、彼らは本気だった。
自分たちの有り余る筋力と、有り余る忠誠心を、神に示す機会が与えられない。その事実が、彼らを苛み、追い詰めていた。
それは、まるで片思いの相手に、自分の存在を認知すらしてもらえない、哀れな青年のような、切実な悩みであった。
その、ネガティブな感情の渦。
それが、やがて、極めてポジティブで、そして極めて狂信的な発想へと、化学変化を起こし始める。
「……どうすれば、神は、我々を見てくださるのだ……?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その、あまりにも純粋な問い。
それが、引き金だった。
それまで、ただ不満をぶちまけるだけだった男たちの顔が、一斉に上がる。
そうだ。
ただ嘆いているだけでは、何も変わらない。
俺たちの、この熱い想いを、神に直接、お届けするのだ。
だが、どうやって?
一人の、ひときわ頭の悪そうな、しかしその分、行動力だけはありそうな大男が、ガタリと椅子から立ち上がると、テーブルを叩き割りかねない勢いで、拳を振り下ろした。
「そうだ! 神の御前で、試合をするんだ!」
その、あまりにも単純明快で、あまりにも原始的な、しかしそれ故に、男たちの魂を直接揺さぶるような、完璧な提案。
食堂の空気が、一瞬、シン、と静まり返る。
そして、次の瞬間。
「「「それだァァァァァァァァァッ!!!!」」」
爆発。
嫉妬と不満という名の、負のエネルギーが、一瞬にして、歓喜と熱狂という名の、正のエネルギーへと、完璧に変換された瞬間だった。
「御前試合! いいじゃねえか!」
「俺たちの中で、誰が一番強く、誰が一番神を想っているのか! それを、この拳で、神に直接お見せすればいいんだ!」
「先遣隊の奴らだけが、いい顔はさせねえ! 俺たちの力こそが、神の軍勢の真髄だと、見せてやるんだ!」
「俺の頭突きが、神の御前で火を噴く時が来たか!」
その言葉が起爆剤となり、その場にいた全ての「選ばれなかった者」たちが、一斉に立ち上がり、拳を突き上げ、地鳴りのような雄叫びを上げた。
彼らの瞳には、もはや嫉妬の色はない。
あるのはただ、自らの力を神に示すという、純粋で、無垢で、そして狂気的なまでの、輝かしい光だけだった。
カイ・シラヌイの、ただの厄介払い計画が生み出してしまった、ささやかな副作用。
それが、今、新たな、そしてとてつもなく面倒な厄介事となって、産声を上げた瞬間であった。
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旗艦「ネメシス」艦内、旧貨物区画を改造して作られた、仮設の司令室。
そこは、タルタロス神聖国家の、事実上の政治の中枢であった。
部屋の中央には、二つの机が、まるで互いに牽制しあうかのように、距離を置いて設置されている。
片方の主は、ギデオン。元「坑夫」のリーダーであり、現在は内政と民生を司る、現実主義の塊のような男。
もう片方の主は、ビット。元「技術者」のリーダーであり、現在は技術と情報を司る、論理至上主義の若き天才。
彼らは今、アリズン星系到着後の、具体的な行動計画について、頭を悩ませていた。
もちろん、最終的な決定権は、全て神であるカイ・シラヌイにある。
だが、彼らの神は、基本的に何もしない。
ただ、時折、常人には理解不能な、しかし結果として全てを良い方向へと導く、神託(という名の気まぐれな思いつき)を下されるだけだ。
故に、その神託を、現実的な政策へと翻訳し、実行するのは、彼ら二人の使徒の、重要な責務であった。
「……海賊どもの勢力図は、大まかには把握できた。だが、連中の内情が、あまりにも不透明すぎる」
ギデオンが、腕を組み、唸るような声で言った。彼の前のホログラムには、アリズン星系の、複雑怪奇な相関図が表示されている。
「ええ。特に、三代目総長が病に倒れてからの、跡目争いの情報が錯綜しています。誰が主流派で、誰が反主流派なのか。それすら、定かではない」
ビットが、神経質そうに指を動かしながら、冷静に分析する。
「まずは、カイ様がお遣わしになる、先遣隊からの報告を待つしかあるまい。彼らが、混沌の中から、真実の糸を掴んでくるはずだ」
「……だと、いいのですが」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
彼らが、カイの「密偵派遣」という神託を、心の底から信じているのは、言うまでもない。
だが、その神託が、実はただの「厄介払い」であったことなど、もちろん彼らは知る由もなかった。
その、重苦しい空気を、突如として、ドアを叩き壊さんばかりの勢いで響いた、乱暴なノックの音が、粉々に打ち砕いた。
返事をする間もなく、ドアが開き、屈強な元囚人たちが、雪崩れ込むようにして部屋になだれ込んできた。その誰もが、興奮に顔を紅潮させ、その目には狂信的な光を宿している。
「ギデオンの親方! ビットの兄貴!」
代表者らしき男が、唾を飛ばしながら、熱っぽく語り始めた。
「俺たちにも、機会をください! 神へ、俺たちの忠誠を示す、機会を!」
ギデオンは、内心で、深く、そして重い溜息をついた。
(……面倒なことになった)
彼らの言わんとすることは、聞くまでもなかった。
艦内に渦巻く、選ばれなかった者たちの不満と、暴発寸前のエネルギー。その噂は、彼の耳にも届いていた。
「落ち着け。貴様らの気持ちは、分からんでもない。だが、今は時期が悪い。アリズンは、目の前だ。今は、来るべき聖戦に備え、牙を研ぐ時だろう」
ギデオンは、現実主義者らしく、彼らをなだめようと試みた。
だが、一度燃え上がった狂信の炎は、もはや正論という名の水では、消し止めることはできない。
「牙なら、研ぎすぎるほど研いでます! だから、それを振るう場が欲しいんです!」
「そうだ! 俺たちのこの有り余る力を、ただ腐らせておけと、そう言うんですか!」
男たちの熱量は、衰えるどころか、さらに勢いを増していく。
その、あまりにも純粋で、あまりにも厄介な熱意を前に、ギデオンは内心で頭を抱えた。
下手に押さえつければ、このエネルギーは、暴動という、最悪の形で爆発しかねない。
かといって、このまま野放しにしておくわけにも……。
その、ギデオンの葛藤を見透かしたかのように、彼の隣に立っていた、元「坑夫」のナンバーツーであった男が、にやりと笑って、耳打ちした。
「……親方。こいつは、いい機会かもしれねえぜ」
「……何が言いたい」
「考えてもみてくださいよ。もうすぐ出発する先遣隊の、景気づけの壮行会にもなる。残る連中のガス抜きにもなる。そして何より」
男は、そこで一度言葉を切ると、祭壇に立つ神を見上げるかのように、天井の一点を仰ぎ見た。
「カイ様に、俺たちの本当の強さを、改めてアピールできる、最高の機会じゃねえか!」
その言葉に、ギデオンは、はっとさせられた。
そうだ。
そうかもしれん。
カイ様は、我々の力を信じ、先遣隊を選抜してくださった。
だが、我々の力は、あんなものではない。
このタルタロス神聖国家の、本当の底力を、今こそ、神にお見せする時なのではないか。
彼の現実主義が、狂信という名の熱に、じわりと侵食されていく。
民の熱意。
側近の後押し。
そして、神への、揺るぎなき忠誠心。
それらが、彼の心の中で、一つの結論を形作った。
「……よかろう」
ギデオンの声は、低く、そして重かった。
だが、その声には、確かな決意が宿っていた。
「民の声こそ、神の声。きっと、カイ様も、諸君のその忠義を、お喜びになるはずだ」
その、あまりにも壮大な勘違いに基づいた、完璧な承認の言葉。
それを聞いた男たちは、「おおおおおっ!」と、地鳴りのような歓声を上げた。
かくして、カイ・シラヌイの許可も、意向も、その存在すらも完全に無視した形で、彼を主役にした、最悪のイベントの開催が、正式に決定されてしまった。
その狂乱の中心から、少し離れた場所で。
ビットだけが、忌々しげに舌打ちをしながら、その光景を冷めた目で見つめていた。
(……脳筋どもが。騒いでやがる)
彼の論理至上主義の思考回路は、この、あまりにも非論理的で、感情的な熱狂を、理解することができなかった。
だが、彼もまた、この民意という名の暴走列車を、止める術を持たない。
それどころか、この「筋肉の祭典」から疎外されたという事実が、彼のプライドを、静かに、しかし確実に傷つけ、新たな対抗心の火種を、その心に灯していることには、まだ気づいていなかった。
暴走列車は、もはや誰にも止められない。
それどころか、その熱狂は、新たな乗客(ビットの対抗心)を巻き込みながら、さらに加速していく。
もちろん、その列車の本来の持ち主であるはずの男は、その発車のベルの音すら、まだ聞いていないのだが。
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その頃、我らが神、カイ・シラヌイは。
彼の神殿(司令官室)の、玉座(リクライニングチェア)の上で、人生で最も幸福で、最も怠惰な時間を、満喫していた。
「んん~~~~っ! ああ……これだ……これだよ、シロ! 俺が求めていた人生は! この、完璧なまでの静寂! 何も考えず、ただひたすらに天井の木目を数えるだけの、この至福の時間! これぞ真の後方勤務ライフ!」
厄介な元囚人たちのうち、特に顔が怖くて声がでかい四百名は、今頃、艦内の訓練施設に押し込められ、アリズン星系への潜入任務に向けた準備に追われていることだろう。
訓練メニューは、レナあたりが適当に、しかし死ぬほど過酷なものを組んでくれているはずだ。これで、連中が俺に話しかけてくる暇は、当分ない。
残った連中も、ギデオンあたりがうまくまとめてくれているに違いない。
艦内は、驚くほど静かだった。
すれ違うクルーたちは、皆、彼に深々と敬礼するだけで、余計な話しかけをしてくることもない。
ああ、完璧だ。
これぞ、俺が望んだ世界。
このまま、アリズン星系に着くまで、誰とも顔を合わせず、この玉座の上で化石になりたい。
『……そのだらしない顔、銀河中に生中継してやろうか? 唯一神の威厳が地に落ちて、面白いことになりそうだけど』
脳内で、シロが心底から呆れ返った声で言った。
「(うるさい、このポンコツAIが。これは堕落ではない。神の休息だ。来るべきアリズンでの、さらなるリモートワーク環境の構築に備え、英気を養っているのだ。分かるか? この高尚な精神性が)」
彼が、そんな完璧な言い訳を脳内で組み立て、再び怠惰の海に沈もうとしていた、まさにその時だった。
司令官室のドアが、控えめに、しかし有無を言わせぬ響きで、ノックされた。
カイは、チッと内心で舌打ちすると、一瞬で完璧な神の仮面を被り直し、リクライニングチェアから威厳たっぷりに起き上がった。
「入れ」
ドアが開き、音もなく入ってきたのは、レナ・ユキシロだった。
彼女は、カイの前に進み出ると、いつものように、一分の隙もない完璧な礼を捧げた。その人形のような顔には、何の感情も浮かんでいない。
(……なんだ、この人形女。定時報告には、まだ早いはずだが)
カイが、内心で訝しんでいると、レナは、淡々と、しかしどこか誇らしげな響きを声に含ませて、こう告げた。
「主。民からの、吉報にございます」
「吉報、だと?」
カイは、首を傾げた。
何か、良いことでもあったのだろうか。
例えば、残りの元囚人たちも、全員、自主的に訓練施設に引きこもってくれる、とか。
そんな、淡い期待を抱いた、彼の耳に。
レナは、人生で最も聞きたくなかった、最悪の報告を、完璧な事務連絡の口調で、叩きつけた。
彼女は、一枚の電子書類を、カイの前の空間に、ホログラムとして投影した。
そこに、荘厳なゴシック体で表示された、禍々しいまでのタイトル。
それは。
【第一回 神聖タルタロス帝国 神前闘技会 開催要項(承認済)】
「………………は?」
カイの口から、間の抜けた、しかし魂そのものが抜け落ちたかのような、空虚な声が漏れた。
レナは、そんな主の反応を、「歓喜のあまり、言葉を失っておられる」と、極めて都合よく誤解すると、さらに完璧な報告を続けた。
「先遣隊に選ばれなかった者たちの、主への揺るぎない忠誠心と、有り余る熱意が、ついに形となりまして。ギデオン、ビット両名の承認のもと、来るべきアリズンでの聖戦を前に、主へ自らの武勇を捧げるための、壮大なる闘技会の開催が、正式に決定いたしました」
「………………」
「つきましては、カイ様には、本大会の主賓として、開会の御挨拶と、そして、栄えある優勝者への、栄誉の授与を、お願いしたく存じます」
レナが、完璧な礼と共に、そう締めくくった、その瞬間。
カイの脳内で、何かが、ぷつり、と音を立てて切れた。
(き、聞いてない……! 俺は、何も、聞いてないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!)
(なんで!? なんで、俺が知らないところで、俺の名前を冠した、血生臭いイベントが、勝手に開催決定してるんだ!? しかも、承認済みってなんだよ! 誰が承認したんだよ! 俺か!? 俺なのか!? 記憶にございません!)
彼の内心で、壮大な責任転嫁と、記憶喪失のフリが、美しいハーモニーを奏で始める。
だが、現実は非情である。
彼は、もはや逃げることも、拒否することもできない。
なぜなら、それは「民意」だからだ。
彼を神と崇める、狂信者たちの、純粋で、無垢な、そして最も厄介な、願いなのだから。
カイは、引きつった笑みを、完璧な「慈悲深き神」の仮面に無理やり変えると、震える声で、かろうじて、それだけを言うのが、精一杯だった。
「……そ、そうか。民が、そこまで、私のことを……」
「……よ、よかろう。その、忠義……」
「この、私が、しかと、見届けようでは、ないか……」
その言葉は、もはや悲鳴に近かった。
カイの、ほんの数時間だけ訪れた、束の間の平穏。
それは、彼の部下たちの、あまりにも純粋で、あまりにも迷惑な忠誠心によって、木っ端微塵に、そして無慈悲に、砕け散った。
彼の、次なる受難の舞台の幕は、今、確かに、上がってしまったのである。
あとがき、あるいは蛇足
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カイ「(……なあ、シロ。俺、何か悪いことしたか? ただ静かに、穏便に、誰にも迷惑をかけず、ひたすら怠惰に過ごしたいと願っただけなんだが?)」
シロ『うん、したよ。すごく悪いことをした』
カイ「(何!? 俺がいつそんなことを!)」
シロ『期待させた。君を神だと勘違いしている哀れな狂信者たちにね。「俺たちの神は、俺たちの活躍を見ていてくださる!」っていう、とんでもない期待をプレゼントしたじゃないか。その結果が、今回の筋肉感謝祭開催決定のお知らせだよ。おめでとう』
カイ「(誰がおめでとうだ、このポンコツAIが! 祝うな! むしろ呪え! なんで俺が、汗と筋肉と雄叫びが飛び交う血生臭いイベントの主賓席で、にこやかに拍手しなきゃならんのだ!)」
シロ『開会の挨拶もあるんだっけ? 「皆の者、存分に殺し合うがよい!」とか言ってみたら? きっと大喝采だよ』
カイ「(……もうだめだ。胃が痛い。アリズンに着く前に、俺の精神が崩壊する……)」