羽田空港から旅客機でタイに向かった一夏とヴィシュヌは、長い空の旅を終えてタイの首都バンコクの国際空港に到着していた。
「とうちゃーく!タイは微笑みの国~~!キノウデスカ~?アシタアデスカ~?」
「一夏、面白い顔してないで荷物取りに行きますよ。」
そして一夏とヴィシュヌは自分の荷物を取るためにベルトコンベアにやって来たのだが……此処で一夏が突如としてベルトコンベアで荷物をチェックしているスタッフの一人の手を掴み、捻り上げた。
「一夏!?」
「テメェ、俺の荷物に何入れようとしやがった?」
突如の事にヴィシュヌも、他の客も驚いているが、一夏が手を捻り上げた職員の手には小さな紙袋が握られていた……其れと同時に空港の麻薬探知犬が吠えながらやって来た事を考えるとこの袋の中身は種類は分らずとも麻薬の類であるのは間違いないだろう。
「俺を麻薬所持犯に仕立て上げて、其れを見付けたって事で手柄を立てようとしたってか?……相手が悪かったなオイ?
こちとらガキの頃から天羽組のアニキ達と一緒だった事で腐れ外道がやろうとしてる事なんざ簡単に分かっちまうんだよ……あわよくば俺を失墜させてIS業界から野郎を排斥しようとしたのかもしれないが、甘いんだよクソッタレが。」
その職員……女性権利団体に所属していた職員はそのままお縄となり、更にはバンコク刑務所の所長である女性と癒着しており、所長から『麻薬所持者をでっちあげろ』との指示を受けていた事も明らかになった。
無論此の一件は束が当然把握しており、タイ政府に対し『いっ君に冤罪吹っかけようとした馬鹿がいるみたいなんだけど、どうしてくれるのかなぁ?』と脅しとも言えるメッセージを送り、タイ政府はこの職員とバンコク刑務所の所長を解雇した上で国外追放に処したのである……束の恫喝恐るべし。
まさかの入国直後にトラブルに巻き込まれた一夏とヴィシュヌだったが、其の後は普通に入国審査を終えてタイに入国したのだった。
夏と銀河と無限の成層圏 Episode37
『タイでの一幕~Eine Szene aus Thailand~』
バンコク国際空港を出た一夏とヴィシュヌはヴィシュヌの実家に向かう事にしていたのだが、到着したのが昼頃と言う事もあり、ヴィシュヌも母親に到着時刻を伝えた所、『その時間ならお昼食べてから帰っておいで。晩御飯は腕を揮わせて貰うから』と言われ、先ずは腹ごしらえと言う事で空港近くの食堂にやって来ていた。
「タイ料理って、ガパオライスとトムヤムクン位しか知らねぇんだが、ドレを頼めばいいんだヴィシュヌ?」
「生春巻きやナマズの揚げ物、青パパイヤのサラダなんかもお勧めですね。
丸ごとのアヒル肉に詰め物をして丸焼きや丸揚げにした料理も美味しいですし、スイギュウ肉のステーキの香草添え、エビやカニのすり身の揚げ物、ビーフン料理なんかですかね?
日本ではマイナーな汁ビーフンは個人的にお勧めです。」
「日本だと焼きビーフンが主流だからな……おかあちゃん、ケンミンの焼きビーフンにピーマン入れんといてや。」
「なんですか其れ?」
「俺が生まれる前に流れてたケンミンの焼きビーフンのCMらしい。」
空港近くと言う事もあり賑わっているこの店のネットでのレビューは平均3.8と高く期待できるだろう。
一夏とヴィシュヌは注文を決め、オーダーの為に店員に声をかけると、ウェイトレスがやって来たのだが……
「織斑さんとヴィシュヌさん?」
「オルコット!?」
「何故此処に?」
そのウェイトレスはIS学園初日の授業にてトンデモ発言をブチかました挙句に一夏とクラス代表決定戦を行い、パーフェクト負けを喰らいイギリスに強制送還となった筈のセシリアだった。
実はイギリスに強制送還となった後、セシリアは代表候補生の資格を剥奪され、更にオルコット家は爵位を剥奪されて取り潰しとなり、セシリアは政府によって資産の差し押さえが行われる前に資産のほぼ全てを使って使用人に退職金を支払い、残った金でイギリスを出国したのだった。
とは言えヨーロッパでは行く場所がないと考えたセシリアは東南アジアのタイに親友にしてメイドのチェルシーと共にやって来たのだ……チェルシーだけはセシリアの元から離れずにいたのだ。
「こほん……ご注文は?」
「えっと、俺はトムヤム麺の大盛りと生春巻き、それから青パパイヤのサラダで。」
「私はカレー焼きビーフンの肉を豚肉で大盛りで。それからナマズの唐揚げを。」
「承りました。トムヤム麺の大盛りと生春巻きと青パパイヤのサラダ。それとカレー焼きビーフンを豚肉で大盛りとナマズの唐揚げですね。」
一夏とヴィシュヌの注文を受けたセシリアは、『詳しい事はまた後で』との視線を送ると、一夏もそれを察したのか『また後でな』と視線を返していた。
そうして注文した料理が来るまで一夏とヴィシュヌは店内を観察していたのだが、セシリアの働きっぷりは実に見事なモノだった――客が食器を落とせば即座に新しいモノに交換し、店内で騒いでいる子供には絶対零度の笑みを向けた上で服従させ、セシリアの容姿に惹かれてしつこく言い寄って来る男性客には――
「お客様のような方には当店の特別メニュー……淑女のフォークリフトですわ!!」
角度、持ち上げてからの溜め、ブリッジの美しさと全てにおいて100点満点のジャーマンスープレックスを炸裂させてKOしていた――客にこんな事して大丈夫なのかと思うが、セシリアは店主からの信頼も厚く、寧ろ店主から『しつこい客には実力行使して良し。僕はなんにも見てないし聞いてない事にする。』と言われているので問題ないのだ。
尤も、最近ではセシリアのジャーマンを喰らいたいがためにセシリアにちょっかいを出す変態も出現してしまっているのだが。
「……学園に居た頃より逞しくなりましたね?」
「俺がボコった頃のオルコットじゃジャーマンなんて絶対無理だっただろうからなぁ……人間変われば変わるモノなんだな。」
セシリアが逞しくなった事に感心しつつ、一夏とヴィシュヌは運ばれてきた料理を食し、其の後休憩時間となったセシリアから話を聞いて何故タイに居るのかを納得していた。
その中でセシリアが『ギャラクシーさんのお母さまのムエタイ道場でマネージャー業もやっている』と言う事を聞いたヴィシュヌは驚いていたが、何を隠そうタイにやって来たセシリアに声をかけて事情を聴いて働き先を紹介したのがヴィシュヌの母親だったりするのだ。
聞けばセシリアは昼間はこの店で働き、夜は道場に戻って道場生の試合の日程の調整や翌朝の道場飯の仕込みをしているのだという……以前のセシリアの料理の腕前は毒物生成機だったのだが、タイに来てからは自炊する事も少なくなかった事と、食堂のオーナーから料理を教えて貰った事で取り敢えず人並みの料理は出来るので問題は無いだろう。
「では織斑さん、ギャラクシーさん。また後で。」
「また後でな……それから俺の事は一夏で良いぞオルコット。」
「私もヴィシュヌで。」
「!……でしたら、私の事もセシリアと呼んでくださいませ。」
「OKだ。」
「そうさせて頂きますね、セシリア。」
別れ際、一夏とヴィシュヌはセシリアに名前呼びを解禁し、セシリアもまた名前呼びを解禁していた――IS学園で一度途切れた縁は遠く離れたタイの地にて再び紡がれたのだった。
尚、この後もセシリアにちょっかいを出す客は其れなりの数が居たらしく、セシリアはその客達に対して『淑女のフォークリフト(ジャーマンスープレックス)』、『淑女の虎狩(タイガースープレックス)』、『淑女の飛龍落し(ドラゴンスープレックス)』を使って悉くKOしていた……この元お嬢様、間違いなく現在は腹筋バッキバキである。
――――――
食堂を後にした一夏とヴィシュヌは世界一エコなタクシーであろう『ゾウタクシー』でヴィシュヌの実家であるムエタイ道場までやって来ていた。
ゾウと言えば巨体で動きが重いイメージがあるだろうが、タイに生息しているゾウは比較的小型のアジアゾウであり、アジアゾウの走る最高速度は60㎞に達するので移動用の足としては充分にありなのだ。
「此処がヴィシュヌの実家か……居住区よりも道場の方が大きくねぇかな?」
「家の方は母と二人暮らしだったので其処まで大きくないんですよ。寧ろ必要最低限レベルでまとめられてる居るので少し小さいです。
逆に道場の方は寮も併設してるので家と比べれば大きくもなります……この道場はタイ国内でもトップクラスの規模を誇っていますからね……現役時代に『人間凶器』と呼ばれていた母が師範を務めてるだけあって、門下生の数も多いんです。」
「人間凶器って、女性に付けていい二つ名じゃねぇよな。」
そうしてヴィシュヌの実家にやって来て……
「ヴィシュヌおかえり~~~!!待ってたわよ~~!!」
「お母さん、本気でハグされると地味に痛いです。
てか私じゃなかったら背骨が粉砕!玉砕!!大喝采!!!されている事を自覚して下さい、人間凶器。」
「この程度で壊れる程な軟な鍛え方はしてないからこそだよ……其れで、そちらの方が?」
「織斑一夏。私の恋人で世界で一番大切な人です。」
「初めまして、ヴィシュヌとお付き合いさせて貰ってる織斑一夏です。」
ヴィシュヌが母からの全力のハグを受け、其れを引き剥がしていた。
引き剥がされたヴィシュヌの母である『ヴァイス・イサ・ギャラクシー』は一夏を見ると観察するかのように全身を見渡し……
「此れまでは写真でしか知らなかったけど、アンタが織斑一夏か……想像以上に鍛えられているし、戦いにおける経験値も申し分ないか……うん、アンタならヴィシュヌを任せられるよ。
ヴィシュヌを幸せにしてやってくれ。」
「言われるまでもないっすね。」
一夏の力を見抜き、ヴィシュヌの事を任せたのが、其れに黙ってられないのが道場の門下生達だ。
道場の門下生にとってヴィシュヌは正に高値の花であり、同時にいつか自分が高根の花をゲットしようとして厳しい訓練に耐えてきた門下生にとって、一夏の存在は許す事が出来なかったのだろう――門下生の目には、一夏が大した努力もせずにヴィシュヌの隣にいると映ったのだろう、だからこその此の状況とも言えるが。
「おい……お前がヴィシュヌちゃんの彼氏だと?……どうしてこんな優男を……オイ、俺達と勝負しろ!!」
「やだよ。俺にメリットマッタクないし。」
此処で門下生のリーダー的な存在が一夏に勝負を挑んで来たのだが、一夏は其れをモノの見事にバッサリ切って見せた……ヴィシュヌに惚れていた門下生とのバトルなどマッタクもってメリットがないのだ。
「つってもお前は納得しないだろうから相手にをしてやる……だが、俺が勝ったら二度と俺達に関わるなよ?」
「それは約束しよう。」
そうして始まったバトルなのだが、此処は一夏が無双していた。
『一人ずつやるのも面倒だから纏めて来いよ』と挑発した上で、舐められまいとタイマンで挑んできた相手を矢部仕込みの殺人空手で一撃KOし、二人目の相手も開始直後に突っ込んで来た所にカウンターの飛び膝蹴りを喰らわせてKOし、タイマンでは勝てないと思った門下生達が徒党を組んで掛かって来るも、一夏は自らコーナーを背負う事で正面からしか攻撃されない状況を作り出し、更には狭いコーナーを背負う事で一度に攻撃できる人数をも制限して次から次へと門下生達をKOして行った……天羽組のアニキ達に鍛えられた一夏にとって2~3人を纏めて相手にするなんて事は朝飯前であり、十分が経過する頃には門下生達は全員KOされていた。
「んで、何か文句は?」
「「「「「「「「「「ありません。」」」」」」」」」」
「アタシが鍛えたんだからこの子達も強い部類に入るんだけどこうも一方的にやられるとは、鍛えられてるとは思ったけど彼は何者だいヴィシュヌ?」
「彼等は強い部類には入りますがあくまでもアスリートとしてですよお母さん。
一夏は幼少期から日本の任侠集団に鍛えられてきたらしいので強さの質が違います……一夏は必要とあれば人を殺せる強さがある。其の差ですよ。」
「成程納得したわ。」
実力を示されては門下生達は何も言えず、逆に自分達を一方的に倒した一夏ならばヴィシュヌを任せる事が出来ると思ったらしく、バトル後は打って変わって一夏に対して好意的に接して来た。
その比の夜は道場での宴となり大いに盛り上がった。
門下生の一人がムエタイの伝統的な試合前の踊りを披露すれば、別の門下生は踵落として瓦割りを披露し、ヴィシュヌはヴィシュヌで必殺のハイキックで木偶人形の頭を粉砕し、一夏は白龍皇の拡張領域に入れて持って来ていた日本刀で見事な居合い斬りを披露し拍手喝采を浴びていた。
そして翌日、タイの寺院の僧侶が虎を引き連れて托鉢に訪れた光景には流石の一夏も驚くのだった。
To Be Continued