タイ旅行二日目。
海外旅行中でも一夏の日常は変わらず、先ずは早朝のランニングからのトレーニングだ――とは言え全く知らない土地なので今日はヴィシュヌも一緒に早朝ランニングだ。
ヴィシュヌの案内で道場兼自宅周辺でランニングしやすい場所を教えてもらいながら30分ほどランニングを終えて道場兼自宅に戻ると、道場では門下生達が朝練に勤しんでいた。
そしてランニングから戻った一夏を見ると『一緒に訓練しようぜ!』と言って来た……昨日圧倒的に負かされた事で門下生達は全員一夏の実力を認めていたのだ――実力を認めれば嫉妬は尊敬に変わるって事なのだろう。
「だけどお前本当に強いよな?俺達だって鍛えてるのに全く歯が立たないとか……良ければお前の技教えてくれよ?」
「……悪いが其れは出来ない。
昨日は可成り手加減したからアレだが、昨日俺が使ったのは本気で使ったら間違いなく相手を殺しちまう殺人空手の技だ……トップアスリートを目指すお前達が覚えていい技じゃない。」
「殺人空手って、なんでお前はそんなモノを身に付けてるんだ?」
「自分、育ての親がヤクザなんで。
千冬姉に守られてばかりはいけないと思って組のアニキ達に色々習った結果、殺人空手に殺人剣術、一対多の戦い方、格上に勝つ方法、どんな場面でも絶対に折れない根性と色々学んだぜ。
因みに殺人空手の師匠である矢部のアニキの蹴りは腹に喰らったら内臓が潰れて、胸に喰らったら肋骨と胸骨が全部粉々になるな。
流石に俺は其処までは出来ないが、本気で正拳突きブチかませばガードした腕の骨をブチ折ってガード貫通位は出来ると思う。」
「普通なら手加減された事に怒るところなんだろうけど、手加減してくれてありがとうございます。」
圧倒的に負かされた門下生達は一夏に技を教えてくれと頼んだのだが、一夏は自分が使う技は殺しの技だという事で断っていた。
矢部仕込みの殺人空手はISバトルで使った場合でも相手の機体が絶対防御を発動するレベルなので生身の人間に使った場合、当たり所が悪ければ冗談抜きで異界送り待ったなしになり兼ねないのだ――試合での相手の死は試合中の事故として処理されるとは言え、其れでも気持ちのいいモノではないのだから。
だが、フィジカル訓練ならばと言う事で、一夏は自分が普段やっているトレーニングメニューをやらせてみたのだが、ギリギリとは言え門下生達は何とか熟してみせたのだった……ヴィシュヌが見ていたので昨日のような無様は晒せないと思ったのかもしれない。
叶わぬ恋と分かっていても惚れた相手には情けない姿を見せたくない男の意地という奴だろう。
トレーニング後は朝食タイム。
この道場では基本的に食事はマネージャーであるセシリアが作っているのだが、本日の朝食は『ご飯、味噌汁、アジの干物、納豆、キュウリの浅漬け』とまさかの日本食だった。
納豆の味付けが醤油ではなくナンプラーであるところがタイっぽいが。
実はセシリアは道場のマネージャとなり、門下生の食事も作るとなった際に『バランスのいい食事とは何か?』を考えるようになり、ネットやら何やらを使って調べるうちに辿り着いたのが日本食だったらしい。
「この朝飯は100点満点だぜセシリア。」
「日本人である一夏さんにそう仰っていただけるのなら自信がつきますわ♪」
タイ人に納豆?とも思うだろうが、実はタイやインドなどの東南アジアでは納豆に非常によく似た大豆の発酵食品が日常的に食べられているので日本の納豆も全然OKなのである。
本日の朝食も美味しく頂き、門下生達は食休みの後は引き続きトレーニングなのだが、ヴィシュヌは本日一夏とタイ観光を行う事になっており、其れを知った門下生達はガックリと肩を落とすと同時に、ヴィシュヌを射止めた一夏に割とガチめの尊敬の視線を送っていたのだった。
夏と銀河と無限の成層圏 Episode38
『タイでの彼是色々~This and That in Thailand~』
タイ観光の本日、一夏は無地の黒いTシャツに黒いスラックスといった飾らない装いだったのだが、ヴィシュヌはタイの伝統衣装である『シワーライ』を纏っていた。
胸部を覆う布と筒状のスカートがヴィシュヌのプロポーションを際立出せ、赤を基調としたカラーリングがヴィシュヌの褐色肌と良く合っている。
「それでは行きましょうか一夏?」
「何処に連れて行ってくれのか楽しみだぜ。」
一夏とヴィシュヌは所謂『恋人繋ぎ』で手を繋ぐと、タイ観光を開始。
先ずはゾウタクシーでタイの観光地としては絶対に外す事の出来ないアンコールワット遺跡までやって来た――日本の仏教寺院とはマッタクもって異なる形の寺院遺跡は圧巻の迫力であり、外壁に掘られた彫刻も見事だった。
「まっじでスゲェよな……此れだけのモノを造るってだけでもスゲェんだが、出来た当時は金ぴかだったんだろ?」
「そう言われています。全ての建物が金箔で覆われていたそうです。」
「金閣寺もビックリだなそりゃ。」
此れだけの規模の寺院全てを金箔張りにしてたと言うのは驚きだが、逆に言えば当時のタイは其れが出来るレベルで金が採掘されていたという事だとも言える……そして現在は掘り尽くした状態なのだろう――ある意味で金に関しては日本と同じ状況といえるだろう。
とは言え、金ぴかでない方が遺跡としての趣があるので、下手に当時の姿を再現する必要もないのだが。
アンコールワット移籍からバンコク市街に戻って来た一夏達はヴィシュヌの誘いで裏路地にある地下施設にやって来た。
如何やら地下にある大型のイベント会場らしく日常的に様々なイベントが行われているのだろう。
地下アイドルのライブや裏カジノ等々だろうが、本日は会場中央にリングが設置され、集まった客は今日の試合は誰が勝つかを予想して金をかけていたので一夏も此処で何が行われるのかは大体予想がついていた……のだが、其れを確認しようと思ったらヴィシュヌは姿を消していた……一夏に悟られず其の場からいなくなる事が出来るのは世界広しといえどもヴィシュヌと束と千冬くらいのモノだろう。
ヴィシュヌが何処に行ったのかを心配する一夏だったが、直後にスマホにヴィシュヌからのメールが入り、『ちょっとしたサプライズです』と記されていた。
それが何を示しているのかは直ぐに分かった……本日のセミファイナルとされる試合のリングにヴィシュヌが上がっていたのだ。
地下での格闘技イベントは客の間での賭博が横行しており、ルールも金的と目潰しと凶器攻撃以外は何でもありの世界なので、ムエタイのジュニアチャンピオンであるヴィシュヌが参加するモノではないのだが、ヴィシュヌは更なる高みを目指して何でもありの世界に飛び込んだのだった。
此れには一夏も驚いたのだが、ヴィシュヌの実力ならば其れこそ格ゲーのムエタイファイターであるサガット、ジョー・ヒガシ、キングレベルの力が無ければ相手にもならないだろうと考えヴィシュヌに向けて『勝てよ』との意味を込めてサムズアップすると、ヴィシュヌも『勝ちますよ』と言わんばかりにサムズアップをして来た。
そんなヴィシュヌの対戦相手は身長は2mを超え、体重も150㎏は下らないであろう巨漢のムエタイファイターだった。
身長差は40㎝以上、体重に至っては3倍以上とも言える相手であり、更に基本はムエタイであっても何でもありのヴァーリトゥードルールではヴィシュヌの方が大分不利に見えるだろう。
だがヴィシュヌもまた普通のムエタイファイターではない。
ゴングと同時に間合いを詰めると先ずは徹底的にローキックで相手を攻めて機動力を殺しに行くと同時に膝の破壊を行っていく――ヴィシュヌのローキックは脹脛だけでなく膝にもブチ当てているので、巨漢にはこの上ない有効打になるのだ。
対して相手はヴィシュヌを何とか捕まえようとするも、ヴィシュヌのスピードが速すぎて捉える事が出来ず、逆にカウンターの右フックを喰らい、更に追撃のハイキックがコメカミに突き刺さり、前のめりになったところをヴィシュヌがフロントチョークに捕えて締め上げ……
「此れでトドメです!!」
其処からぶっこ抜いて、最後は垂直落下式DDTをブチかまして試合終了……150㎏を超える相手を持ち上げて垂直落下式DDTをブチかます事が出来るヴィシュヌは最早人間を辞めた領域に片足突っ込んでいると言っても良いだろう。
そして此の試合は当然ながら一夏はヴィシュヌが勝つ方に賭けていたので大金を手にしていたのだった。
そのままヴィシュヌはメインイベントの試合も行う予定だったのだが、メインイベントの相手は巨漢二人だったので、これでは流石にヴィシュヌが不利だと感じた一夏は『俺も参戦して良いか?』と言ってリングに上がっていた。
普通ならば試合前の直前エントリーはダメなのだが、大会のプロモーターは世界的企業であるラビット・カンパニーの社長にして世界初の男性IS操縦者である一夏が参戦するのならばいい宣伝になると考えて一夏の参戦をOKしたのだが、直後にリングでは一方的な蹂躙劇が展開される事となった。
身長2メートルを超える巨漢兄弟タッグはパワーは言うまでもなく凄まじいのだが、其の巨体からは想像出来ないスピードを持っており普通ならば苦戦は免れない相手なのだが、試合開始早々にタックルを仕掛けて来た相手に対し一夏はミドルの回し蹴りを、ヴィシュヌはカチ上げ式の膝蹴りを喰らわせて強制的にダウンを奪うと強引に起き上がらせてブレーンバスターの要領で持ち上げてジャンプし両足をホールドする――其れを見た一夏も相手を強引に起き上がらせるとぶん投げてからジャンプして変形ツームストンパイルドライバーを仕掛ける。
「「マッスルドッキング!!」」
そのままヴィシュヌは一夏の両肩にまたがるように乗っかり一気にリングに叩き付ける!
キン肉バスターとキン肉ドライバーが合体したマッスルドッキングは、キン肉ドライバーをかけられた相手はドッキングしたキン肉バスターの重量が加わる事で脱出が不可能となり、キン肉バスターをかけられた相手は両腕の自由が利いたところで三人分の重量をひっくり返す事は出来ず、更には落下速度も上がっている事で首のフックが甘い点を突いて脱出する事も出来ないので成す術はなかった。
「俺達と戦うには……」
「少しレベルが足りなかったようですね。」
見事勝利を収めた一夏とヴィシュヌは莫大なファイトマネーを獲得し、セミファイナルで一夏が獲得した掛け金と合わせると相当な額となっていた。
とは言え、多過ぎる金は余計なモノになり兼ねないのでヴィシュヌが稼いだファイトマネーは道場の設備投資に当てられ、一夏が稼いだ金は今夜道場の関係者達と豪遊して使い切ってしまおうと考えていた。
――――――
地下施設を後にした一夏とヴィシュヌは、一夏のリクエストで『ストⅡのベガステージのモデルになった場所に行きたい』に応えてその場所にやって来た。
大きな釣り鐘に特徴的な立像が二体と、ストⅡのベガステージ其の物だった。
それだけなくコスプレイヤー達が集まり、ストⅡのボス戦を思わせる構図で写真撮影が行われていた――だけでなく、豪鬼乱入の再現もされていたりして大いに盛り上がっていた。
一夏とヴィシュヌはベガ様コスプレさんと記念撮影をすると寺院を後にし、ランチタイムに突入だ。
昨日の食堂でも良かったのだが、今日は屋台巡りをする事にした。
ガパオライス、香辛料たっぷりの唐揚げ、焼きビーフン、タイカレー、生春巻きと色々あるのだが一夏が注目したのはある一つの屋台だった。
「ヴィシュヌ、あれって……」
「子豚の丸焼きですね。
中国の豚の丸焼きとは違って、皮だけではなくホント丸々一頭食べるんです。」
「子豚とは言え流石に一人で……食うなグリ先輩なら。」
「間違いなく食べますね彼女ならな……なんなら一頭だけでなく三頭くらい楽勝ではないかとも思います。」
「容易に想像できるんだよなぁ其れが。」
子豚を丸々一匹焼いている屋台だった。
豚の丸焼きなど日本では食べる機会が早々ないので、一夏はこの屋台で食べる事にし、子豚の丸焼きをヴィシュヌと二人で食べた……尻尾はコリコリの食感が絶品であった。
ランチタイム後はまた観光をしていたのだが……
「あれ?君ってもしかして織斑一夏君?」
そんな中で一夏は誰かに声をかけられた。
其の相手は中性的な顔の金髪の少女だった……顔だけ見れば中性的だが胸の膨らみが女性である事を証明していた。
「確かに俺は織斑一夏だが、貴女は?」
「僕はシャルロット・デュノア。本当だったらフランスの代表候補生としてIS学園に行っている筈だった者だよ。」
其の正体はデュノア社の令嬢であったシャルロットだった。
その名前を聞いて驚いた一夏とヴィシュヌだったが、何故こんな所に居るのかを問うと、シャルロットはデュノア社崩壊前にフランスを出国し、フランスから遠く離れたベトナムに亡命し、今日は旅行でタイへとやって来たのだと答えた。
「そう言えば、なんで自分の真実とデュノア社の内情を送って来たんだ?」
「ぶっちゃけて言うなら復讐かな?
あのクソ親父はお母さんを孕ませておきながらお母さんと僕を捨てたクセに会社が傾いたら僕を利用しようとしたし、あのクソ女は僕を『泥棒猫の娘』って殴って来たからね……だから徹底的に潰してやろうって思ったんだ。
証拠を集めまくった――まさか此処まで上手く行くとは思わなかったけどね♪」
「……お前、おっかないな。」
「ともすれば腹黒いですね。」
「誉め言葉として受け取っておくよ……うん、ずっと会ってみたかったけど、今日会えたのは幸運だった……オルヴォワーズ。」
それだけ言うとシャルロットは其の場から去って行ったのだった。
その日の夜、一夏とヴィシュヌは道場の門下生を引き連れて高級レストランを訪れ、地下格闘場で稼いだ金を使って豪遊した……宵越しの金は持たずに消費してしまうのが一番と言うのが一夏なのである。
こうして一夏のタイ旅行とヴィシュヌの帰省は終わり、二人は翌日の便で日本に戻るのだった。
To Be Continued