黒髪令嬢は同担拒否 作:匿名
それから、彦星源三郎さんとの関係は、割と良好に続いた。
勿論、ただのおじいさんと、ただのおじさんとしての対等な付き合いだ。まあこの場合、対等、という時点で相手の度量に甘えている形になるのだが。
大体の場合は休日に、源三郎さんの新作和菓子を試食して、あーでもないこーでもない、と意見を交わす。
まあ、ぶっちゃけただの茶飲み友達だ。
お孫さんである、刹那ちゃんとも顔合わせをする機会は増えた。最初は警戒されているのか、お茶をもってきてはすぐに姿を消してしまう彼女だったが、何度か通う間に少しずつ滞在時間が伸びていき、気が付けば机に並ぶ皿が三枚に増えていた。
そんな感じで、私はこの奇妙な偶然で始まった不相応な友人関係を、最大限楽しんでいる。
それが一転したのは、二月ほど後の事。ある気の早い大雪の事だった。
◆◆
「刹那を嫁にどうだ?」
いつものように応接間での茶の時間。
昨晩降った大雪で白く染まった庭園を肴に、甘い茶菓子と美味しいお茶を楽しんでいた私は、突然耳から転がり込んできた言葉におもわずむせこんだ。
茶菓子の欠片が気道に入ったらしく、激しくむせこむ。なんとか欠片を吐き出して、私は戸惑いも隠せずに、今聞いた言葉が聞き間違え出ないか問い返した。
「だ、大丈夫か?!」
「い、いえ。なんとか……。あ、あの。すいません、何か聞き間違えたようです……もう一度言ってもらっても?」
「刹那を嫁にどうだろうか、と提案したのだが」
聞き間違えではなかったようだ。
戸惑いつつ、私はさっと周囲に目を配る。
……机にある三枚の菓子皿。そのうち一枚の主は、ちょうどいま部屋を離れている。だからこそ源三郎さんも話を切り出したのだろうが……。
私は意図を測りかねて、結局全く分からなかったので素直に訪ねる事にした。
「すいません。どのような意図で仰っているのか、浅学のこの身では想像もつかず……」
「いやだから言葉通りだとも。信彦君は独身で、恋人もいないのだろう? そろそろ身を固めるのはどうかなと」
「いやそりゃあ結婚願望とかありますけど、ちょっと待ってくださいよ」
突然一体なにを言い出すのだこの御人は。
いやまあ、確かに、ぼそぼそとそういった事を話題にした事はあるが。かといっていきなり、孫を一回り以上年上の中年に嫁がせようという発想が理解不能だ。
ああ、いや。もしかして彼らのような上流階級では珍しい話でもないのかもしれないが。
だからといっても突然すぎる。そもそも私は何の後ろ盾も資産も持たない一般人である。明らかに釣り合いが取れない。
「冗談にしても悪趣味すぎます。そもそも、どれぐらい年の差があると思ってるんですか」
「倍ぐらいの年の差は別におかしくはないと思うが」
「一般人だとおかしいんですって! だ、大体、私はただの一般人ですよ? お嬢様を嫁にいただいた所で、十分な生活を送らせてあげられるとは思えません、みすみす不幸にしてしまうだけです」
別に、金持ちの人がみんな贅沢な生活をしている、といいたい訳ではないが、やはり生活水準そのものが違うだろう。
こうして机を囲んでご馳走になっているお茶一つとっても、一体100gでいくらになるのか。間違いなく、そこらのスーパーで売っているような茶葉ではないのは確実である。
「そうかの? 金があっても不幸な結婚というのはいくらでもあるぞ」
「お金があった方が円満な家庭は築けますよ」
それは本心だ。ないよりはあった方が良い。
「だ、だいたい、大事な事が抜けています、この話は」
「ほう? 大事な事とは?」
「刹那お嬢さんの気持ちですよ。とぼけないでください……こんなおじさんと婚約だなんて、あの年ごろの娘にはあまりにもひどい仕打ちでしょう」
あんな美人な娘さんである、男として憧れ無い訳ではないけど、彼女の可能性を私なんかでつぶしていいハズがない。
「そう思うかね?」
「ええ」
私が力強く頷くと、源三郎さんは一瞬、部屋の扉に目を向けた。出ていった孫娘の事を思ったのだろう。
だが彼は再び私に視線を向けると、つづけてやはり奇妙な事を訪ねてきた。
「逆に聞くが。君は、刹那になにか不満があるのかね? だから結婚したくない……とか?」
「とんでもない!」
反射的に否定するも、思っていた以上の大声がでてしまって自分でびっくりする。すいません、とあやまって、私は口を押えて、小さくささやくように言葉をつづけた。
「その……刹那お嬢さんは美人ですし、器量もよいですし、おしとやかで一緒にいるだけでなんだか楽しくなる人ですが……だからこそ、自分なんかにはふさわしくないといいますか。彼女には彼女の、幸せになれる相手をちゃんと見つけてくっついてほしいというか……」
「ふむ。つまり、君は刹那には何の不満も今の所ないと」
「いや、そうですけど。でもですね、彼女とはこうして机を囲むようになったのもつい最近ですし、あんまりにもお互いを知らなさすぎるんじゃないかと……」
おかしい。
私の言っている事は一般論ではあるがそう間違ってもいないと思うのだが、どうしてこうまで源三郎さんはゴリゴリ押してくるんだ?
彼が刹那お嬢さんを猫かわいがりして文字通り目に入れても痛くないぐらいなのは見てわかる。だったらもっと相応しい相手を婚約者に選ぶべきだろうに。
とにかく。私と彼女では色んな意味でつり合いが取れなさすぎる。
「ですから、その。結婚だのなんだのはちょっと……」
「ふうむ。確かに、君の言う事も全く持ってその通りだな」
「そうでしょうそうでしょう」
どうやら納得して頂けたらしい。ほっとしつつも、それはそれで心の片隅でちょっと残念な気持ちもあるが、それは仕方あるまい。
刹那さんが魅力的な人物であるのは違いないのだ。私もあと10年、いや20年若かったら、身の程知らずにもアタックしていただろう。いや、出来ないかな……若い時の私、今と変わらずヘタレだし……。
いやはや。断っておいて、じゃあ無しで、となった途端に惜しくなってくるとは我ながらしょうもない話ではある。我ながら、器が小さい。
「ではまずお見合いから始めるのはどうだろうか?」
「なんでそうなるんです??」
どうしてそうなった?
いやいきなり婚約とかよりは段階を踏んでいるのだろうけど!
「まあまあ、そう言わずに。とりあえず、老骨の顔を立てはくれんかの。それに一度そんな感じで話してみたら、君も案外そういうつもりになるかもしれないぞ? 年下の若妻は男の夢じゃないか。それとも最近は違うのか?」
「そ、そりゃあそういうの好きですけど、それはあくまで空想上の話とか他人の場合でしてね……自分の事となると色々……」
いけない、私の弱い心が大分ぐらついている。
正直言えば、世間体とかの問題はあれど、私からしたら得しかない申し出ではあるのだ。人としての常識とか尊厳とかかなぐり捨てていいのなら、飛びつきたいほどの良案件。
だからこそ、どうしても首を縦に振れない。
美味い話には裏がある、というのも勿論あるが、何よりも世間体とか人としての良識とかそういう意味でとても不味い。ただでさえ人間として底辺に近い所にいるのに、そこからさらに下に突き抜けたくはない。
そんな感じで、やたらと押しの強い源三郎さん相手に問答していると、ちょうどいい所で横やりが入った。
とんとん、という控えめなノックの音。
出ていた刹那さんが戻ってきたのだ。
これ幸い、と私は話を打ち切りにかかる。
「せ、刹那さんも戻ってきたので、この話はこれにて……」
「むぅ。まあ、仕方ないな」
ほっと内心胸を撫でおろし、救いの主に目を向ける。
戻ってきた刹那さんはそそそ……と静かに扉を閉めると、静かにかつ淑やかに、私と源三郎さんの間に割り込むように座り込んだ。
小さな違和感。さっきまで源三郎さんの隣に座ってたはずだが。何か今度は妙にこちらに近くないだろうか。
「? 何か」
「ああうん、なんでもないよ。今日も美人だなー、と見惚れてただけ。なんてね、ははは」
「ふふふ。お世辞でも嬉しいですわ」
口元を手で隠して、上品に笑う刹那さん。
その仕草に、私は思わず見惚れてしまう。
やはり本物の美人は違う。TVとかで芸能人とかタレントとかアイドルとかをみてもイマイチぴんと来ないし、顔も名前も興味がない私だけど、刹那さんは違う。
顔の造りとか化粧が上手とかとは別に、こう立ち振る舞いから内面の気品オーラがにじみ出ているというか……。黒い長袖のワンピースもとてもよく似合っている。肌色を安売りしないというのがまさに御令嬢っぽい。
少し酷い言い草であるのを自覚しているけど、天然と養殖の違いみたいなのをひしひしと感じる。やはり生まれ持った素養だけでなく育て方も大事という訳である。
白鳥は白鳥として育てられたからこそ白鳥なのだ。
「お茶をお注ぎしますね」
「あ、うん」
そんな美人さんがこう、身を屈めるようにして急須でお茶を注いでくれるんだからもうたまらないというのが正直な感想である。こんな事を考えてる時点で失礼千万なのはわかってはいるが、まあ、男は馬鹿よね、という話。
聞くところによると女学院に通っているそうだが、当然の話だ。こんな美人、同年代の男どもが放っておかないに決まっている。10代後半の男なんて猿もいい所、絶対彼女に群がってきーきー言ってるに違いない。
ちょっと考えただけでぞわっとする。源三郎さんの賢明な判断を褒めたたえたい。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとう。ごちそうになります」
礼をいって、注がれたお茶に口をつける。
ちょっと熱めの、私好みの塩梅。茶葉の旨味や香りを味わうには、ぬるいぐらいの温度がちょうどいいのだろうけど、高級な茶葉に慣れ親しんでいない私からすれば、やはりお茶は熱いに限る。湯呑の中身を胃の淵に流し込み、身体の芯から温まるような感じが、やはりお茶、という感じがする。
「結構なお点前で」
「ふふ、ありがとうございます」
そしてこの後は、結婚だのお見合いだのという話が再び出る事はなく、雪に彩られた中庭を肴に、穏やかなお茶会の時間を楽しんだのだった。
「あれ。そういえば、熱いお茶が好みだって、言ったことあったっけ?」
その事に気が付いたのは、家に帰ってからの事。
風呂上り、髪を乾かしながら一日を振り返っていたタイミングで、その事実に遅れて私は思い当たった。
あまりにも当たり前のように供されていたので気にしていなかったが、そもそも言った事はないはず。
源三郎さんや刹那さんも熱いお茶が好きだった? いや、そんなはずはない。記憶が定かなら、最初にご馳走になった時は、ちょっとぬるめの適温だった。いつの間にか、私好みの熱いお茶になっていたようである。
「あれぇ……?」
首を捻っていると、ピコン、という着信音。
充電ケーブルに繋いだままにしていたスマホの画面に目を向けると、メッセージの着信があった。
『黒髪:お見合いの件、話を聞きました』
「…………ぇえ……」
スマホを取り上げてまじまじと確認する。連絡先は、間違いなく刹那さんだった。まだ数度、一言二言しかやりとりした事の無い相手からの最新メッセージ。
どう返事しようかと躊躇っていると、さらに着信。
『黒髪:お付き合いいただければと思います』
「ううーん……」
端的な言葉からは、彼女が肯定的なのか否定的なのかは伺い知れない。が、もはや私に、お見合いをお断りする、という選択肢はないらしいという事だけは分かった。
となれば私に出来るのは、最低限、お相手になる刹那さんの面子を潰さない事だけである。
「礼服、どこにしまったっけな……」
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