黒髪令嬢は同担拒否 作:匿名
「…………」
「…………」
気まずい。
源三郎さんと案内の女将が去って、どれぐらいになるだろう。
私と刹那さんは机を挟んで向かい合ったまま、ずっと沈黙を保っている。
何か言わねば、とは思う。だが何を言えばいいのか。
今回はお互い災難でしたね、とでも言うか? いやいや、そんな事を言ったら最後、源三郎さんのメンツは丸つぶれだ。流石に失礼千万極まりない。
ではその、服装を褒めるか? さっきと同じように綺麗だ美人だを繰り返すだけの壊れたラジオになる自信がある。文の上でならいくらでも美辞麗句が思いつくが、当人を前に並びたてられるほど私は場慣れしてはいない。そもそも、あの年頃の乙女にそんな事を言うのは今時セクハラになりはしないだろうか。
ちらり、と盗み見るように刹那さんを見る。
彼女は机を挟んで、物憂げな感じで顔を逸らしている。流石は大企業の御令嬢、和服も綺麗に着こなしている。元が超絶美少女だから、何着たって似合うし、なんなら着ぐるみですら似合うのだろうが、やはり美人には良い服が相応しい。
少女らしい儚さを象徴したかのような桜色と、情熱を思わせる赤い色の帯のコントラストが目にも鮮やか。家では黒とか灰色とか紺とか、落ち着いた色合いの服を好んでいるようにも見えたが、こういうのも着るのだな。
うーん、美人。
気が付けばすっかり見入ってしまう私。が、よく見ると彼女の頬に朱が差している事に気が付き、あわてて目を逸らした。
そりゃそうよね、この距離でじっと男性に見つめられるとか、経験ないよね! お嬢様だもの!
「…………」
「…………」
そのまま続行される沈黙の時間。
ど、どうしよう。このまま無言で終わる訳にはいかない。
な、何か、何かきっかけを……。
カコーン
庭で、鹿威しの音が鳴り響いた。
それが待ち望んでいた切っ掛けとなり、私は意を決して口を開いた。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
何を言っているんだ私ぃいいい!?
言葉もなく私は内心で絶叫した。
お決まりのご挨拶ではあるけど! この場で言う内容ではない!!
「よく……その……ぜ、絶好のお見合い日和かと思います。に、庭も綺麗ですし……天気が良いと、刹那さんの顔がよく見えますし……あ、あははは……はは……」
そして結局ボキャブラリーが無さすぎて、最終的にそこに戻ってくる。
刹那さんが美人なのはもう分かりきった事なので、あまりにも今更過ぎる話である。
ああ駄目だ、終わった。
明日から、「うちの孫に近づかないでくれないか?」って源三郎さんに言われるんだ……それはそれでむしろ当然の事なのでそれでいいんだが……悲しみ……。
そんな風に黄昏ていると、対面の刹那さんが小さく肩を震わせているのに私は気づいた。
「……ふふ」
え。
わら……ってる?
お怒りではなく?
「ふふふ……紀見国さん、緊張しすぎです。こんな小娘相手に、そこまで真剣になさらなくとも……」
「い、いえ。……その、大の大人が情けない限りで……」
「そんな事はありませんよ。着物を褒めてくださったのも、本心からの言葉だと、伺い知れましたし」
しなだれかかるように、正座から女の子座りに姿勢を崩して、刹那さんが華のように笑う。私の気分は、冬の華に吸い寄せられる季節外れの蝶のようだった。
「正直、嬉しかったです。私みたいな小娘相手に、こんな山奥にまで呼び出されて、ご機嫌を損ねていらっしゃらないか、心配でしたので……」
「そ、そんな事はないです。旅は好きですので……」
半分嘘、半分本当だ。
出かけるのは正直好きではない。知らない場所に行くのは緊張する。だが、嫌い、という訳ではない。知らない物を見るのは楽しいし、広い世界を知るのは心が洗われる。物理的に疲れるが、精神的には充足する、そんな所だろうか。
今回だってそうだ。
確かに長時間山道をドライブするのは疲れたが、こうして見目麗しい美人と机を挟んで談笑できている。労力の対価としては十分というか、あまりにも恵まれすぎて釣り合っていない。
「おかげで、お美しい娘さんとこうして楽しくお話できている訳ですしね」
「まあ、お上手。私のような小娘を捕まえて、美人だなんて」
「さっきも仰ったでしょう、本気ですよ。私は人を見る目はあまりありませんが、流石に、美しいものはわかります」
美術品と一緒だ。
細かい事は分からなくても、美しいものは美しい、という事は素人でもわかる。そこにいくらの付加価値をつける、というのはまた別の話だ。
ただ、露骨なお世辞に聞こえはしないだろうか。
それが少しだけ不安だったが、概ね刹那さんは上機嫌のように見えた。
「ふふ……もしかして、誰にでもそんな事を言ってませんか? 悪い御人」
「まさか! そもそも言う人もいませんよ……あ、いや、その」
「あら」
目を瞬かせる刹那さんに、私はそっと顔を逸らした。
弁解のつもりだが、内容としては恥ずかしげもなくボッチ宣言したようなものである。自分が弱者である、孤立している、と声高に叫ぶのは、流石にちょっと恥ずかしい事だ。
男たるもの、大人たるもの、もっと堂々としていなければならないのに。
「そ、そういう刹那さんも、その、状況はともかくお洒落する機会は多いのでは? 私の言葉なんぞより、もっと上品な賛美を聞きなれていらっしゃるのでは」
「ふふ。過分なご評価、痛み入ります。でも、本当に、誰かに褒められた経験はあまりなくて……顔を合わせる方々も皆、私の事を値踏みするばかりです」
何か、話題を間違えたらしい。
少しだけ、刹那さんが気落ちしたように見えた。
彼女ほどの立場であれば、会食とかパーティーとか引っ張りだこだろうし、当然そこであいさつ代わりに美辞麗句を頂いていると思ったのだが……。
「あ、ええと……」
「……御存じでしょう? 私の両親の事。紀見国さんが思うほどには、私、好かれてはいないのです」
小さく掠れたような呟き。輝くばかりの華の陰で萎れた枝葉を目の当たりにしたようで、私は思わず言葉を失った。
知らぬはずがない。
あの日、源三郎さんと知り合ったその日のうちに、彦星一家のプロフィールには目を通しておいた。あくまでもウキウキペディアとか、無料で読めるゴシップの記事とかだが。
それですぐに、あの家に祖父と孫だけで暮らしている理由は伺い知れた。
彦星源三郎。大企業である彦星重工業の会長ではあるが、彼は己の後継たる実子との折り合いはよろしく無かったらしい。不仲のエピソードには事欠かないと同時にどれが真実なのかは伺い知れない。
ただはっきりしているのは、彼の実子……つまり、刹那さんのお父さんが、妻と共に会社の金を持ち出して海外で起業した揚げ句、破産。その果てに無理心中を図ったという事だ。その経緯、実情は別として、後の裁判ではそのように話がまとめられている。
結果、両親はお亡くなりになり、生き残った刹那さんは祖父の元に引き取られた。当時父親は29歳、刹那さんは5歳の事だったという。
その後源三郎さんは責任を取って会長の座を退き、新たに幹部からスライドする形で新会長と新社長が就任、彦星家が完全に手を引いた新体制の元で彦星重工業は再スタートした、そういう話だ。そういう話になる。
だから、刹那さんは業界人にとっても微妙な扱いになるのは、予想してしかるべきではあった。それでも、彼女が彦星源三郎の孫であり、企業令嬢であるという事実は変わらない、そう思ったのだが……。
案外、世の人の心は狭いらしい。
というか結局また失言だよコンチクショウ!
「それは……その……。気が回らず……」
「ふふ、お気になさらず。でも、ちょっと意外でしたわ」
「意外、とは?」
彼女の意を掴みかねて、下手と分かりつつオウム返しで問い返してしまう私。
そんな私に、彼女はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて教えてくれた。
「だって、他の方は両親の事について、いつも根掘り葉掘り聞いてくるのに、紀見国さん、全然尋ねてこないんですもの。もしかして、知らないのかな……なんて、思ったりもしちゃいました」
「いや、だって、あきらかにデリケートな話題ですし……流石にストレートに聞くのは恥知らずでしょう? それに……」
「それに?」
机に身を乗り出すように寄せてくる刹那さん。その黒い瞳がしっとりと濡れて輝いているように私には見えた。
「それにその……あの家でのやり取りはあくまで、実業家の彦星一家と平凡なサラリーマンではなく……ただのお爺さんと孫娘に、中年のおじさん……そういう関係であるべきだと思いましたの。きっとおふたがたとも、それを望んでいると思いました」
そう。会長だ実業家だと称えてくれる相手が欲しいなら、別に私である必要はない。
きっと源三郎さんは、ただのおじいさんとして、ただの親切な通りすがりだった私と話がしたいと、お茶に呼んでくれたのだと思っている。
「だから、私にとって刹那さんは、ただの美人な孫娘、という訳で……。であるならば、大企業一族の後ろ暗い話など、関係ない話です」
「……ふ、ふふふふ! まあ、まあまあまあ! うふふふふふ! そうですね、私は唯の刹那で、紀見国さんはただの紀見国さん! ふふ、そうですね。空気の読めない事を言ったのは私の方でしたわ、ごめんなさい」
「い、いえいえ」
何かがつぼにはまったのか、からからと笑う刹那さん。
この年頃の子は箸が転がっても笑うとはいうけど、まあ、機嫌を損ねなかったのならいいか……そんな風に私は考えてちょっとだけ安堵した。
この調子で挽回と行こう。
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