悪役を与えられた俺と君と。   作:湊音

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これからのために

 午後の陽が少し傾きかけるころ、クラウスは見回りと称して屋敷を離れていた。石畳をゆっくり踏み、街路を抜けて向かうのは領の端にある教会。

 

 小ぶりで古びた建物。白い壁に陽光が柔らかく反射し、鐘の音もなく、午後の静けさだけが満ちていた。扉をそっと押す。軋む音が室内に響く。

 

「こんにちは。今日はどんなご用件で——」

 

 祭壇の側、窓辺で花瓶を整えていた少女が振り返る。

 

 銀色の髪。褐色の肌。尖った耳。その姿は記憶に深く刻まれていた。 屈託なく笑ったその顔にクラウスは胸の奥を指先で押されたような感覚に襲われた。

 

 彼は一瞬滲みかけた視界を、ゆっくりと瞬きをして押し込めた。喉の奥が熱を帯びる。言葉を出す前に、ひとつ息を吐いた。それで、なんとか平静を保てていた。

 

「クラウス様がお顔を見せてくださるなんて。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 クラウスは一拍だけ間を置いてから、静かに答えた。

 

「少しだけ、顔を見に。見回りのついでだ」

 

 フィリルは首をかしげる。その表情も、仕草も昔のままだった。 クラウスとフィリルの出会いは、領地運営の勉強という命で教会に、併設された孤児院に顔を出していた時期のことだった。

 

 この土地の領民は、人種が大半を占めている。 亜人種である彼女は、その容姿だけで疎まれることがあった。幼いクラウスには、それがどうしても理不尽に思えた。

 

 二人が幼い頃。年上の孤児に「化け物は出ていけ」と突き飛ばされたフィリルが、泣きながら地面に座り込んでいた。クラウスはその前に立ち、相手を睨みつけた。 見た目が違うだけで人を傷つけることへの怒りが、彼の中で爆発した。 そんな理由で人を傷つけるなら、お前こそ化け物だ。そう言い放った彼の声は、広場に響いた。

 

 その一喝に、相手は気まずそうに視線を逸らし、逃げるように去っていった。それ以来、フィリルはクラウスの後ろをついて回るようになった。無邪気に笑いながら、彼の隣にいることが、いつの間にか当たり前になっていた。

 

 今もそれは変わらない。けれど、この先が変わってしまうことをクラウスは知っていた。

 

「調子はどうだ? 嫌がらせとかされていないか?」

 

「はい。クラウス様のおかげで皆と元気にやっていけてますよ」

 

 そうか。と呟いたクラウスはそっとフィリルの頭へと手を伸ばす。本当は今すぐにでも抱きしめてしまいたいと思ったのだが、未来を経験していない彼女を驚かせてしまうだろうと思いとどまった。

 

「あっ、あの……。急にどうしました?」

 

「いや、頑張っている領民には褒美を与えないとだろ?」

 

 近い未来、この街は戦果の渦に巻き込まれる。 突如現れたドラゴンの襲来により、前線は大きく後退を余儀なくされた。 多くの犠牲を払った末、クラウスが街へ辿り着いたときには、すでに建物は焼け落ち、 傷ついた領民たちの瞳には、もはや何も映っていなかった。

 

 誰かが叫んだ。『領主の息子が暴君という役割を持っているからだ』と。自分たちの不幸に理由を求め始めた領民の勢いは瞬く間に伝播し、クラウスに向かって石が投げられる。

 

「もう子供じゃないんですから……」

 

「いや、俺から見たらフィリルはまだ子供だよ」

 

 クラウスは彼らのために精一杯尽くしていた。自領を守るために最前線で剣を振り続けた。暴君を与えられたことにより周囲からは忌避され恐れられていたが、それでも領民を守るためだと自分に言い聞かせて戦い続けていた。

 

「クラウス様も戦争に行ってしまうんですか?」

 

「あぁ、貴族の務めだからな」

 

 クラウスを庇ったフィリルの頭に石が当たる。彼女はよろめきながらも領民に向かって叫び続ける。彼は私たちのために戦ってくれていたのだと、そんな人に石を投げるなんて街を襲った化け物たちと何も変わらないと。

 

「必ず帰って来てくださいね」

 

「分かってる。フィリルが役割を与えられるときは一緒に居るって約束してるからね」

 

 暴君を与えられた自分は誰にも信じてもらえない。そんな役割を与えた神を恨まなかった日は無かった。しかし、フィリルの言葉はクラウスに希望を与えた。

 

 役割に押し潰されそうな彼が掲げた正義。それを認めてくれる人が居る。その事実に彼は命をかけて戦い続けた意味があったと救われた。

 

「そろそろ屋敷に戻るよ。何かあったらすぐに相談するんだよ?」

 

「分かっています。クラウス様もあまり無茶をしてはダメですよ?」

 

 屋敷に戻ったクラウスは、自室の机から紙を取り出すと、ペンを走らせて記憶を書き綴った。 フィリルの役割が診断されるのは、今から三年後。告げられたのは『魔王』の文字。

 

 その文字を見た瞬間、神官が衛兵を呼ぼうとした。クラウスは迷わず剣を抜き、神官を斬った。 それだけでは終わらない。周囲にいた者たちも、すべてその場で命を奪った。

 

 フィリルが処刑されることは、直感で分かった。 魔王は王国の敵。正体が広まれば、即座に処刑される。

 

 だからクラウスは、フィリルの代わりに魔王を騙った。与えられていた暴君という役割は、魔王を隠すための役割だったと宣言し、多くの人の命を奪った。

 

 全てを一人で背負った。

 

 そこから思い出すように単語を並べていく。 勇者による処刑、捕縛、逃走、燃え付けた領地、部下たちの名前、戦場、聖女、勇者、訓練所。

 

 単語を並べることでクラウスの記憶が頭の中で整理されていく。 ぐちゃぐちゃだった三年が、順に並び、綺麗な形になっていく。

 

 ひと通り書き終えたところで、クラウスはノートを閉じた。

 

「これを見られたら、終わりだな」

 

 クラウスは紙を手に持つと内容をもう一度確認しながら暖炉へ向かった。 一拍、火の揺らぎを見つめて。そのまま、紙を放り投げた。

 

 ふわっと舞って、炎に包まれる。その様子を見ながらクラウスはゆっくりと息を吐いた——。

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