悪役を与えられた俺と君と。   作:湊音

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盗賊退治

 剣と剣のぶつかる甲高い音が、石畳の訓練場に一瞬の静寂を裂いて響く。

 

 レイナは強かった。踏み込みも、間合いも、戻しも。一切の無駄がない。 クラウスの技術は記憶に染みついているが、身体はまだ鈍い。 一歩踏み込むたび、膝に残る衝撃が静かに体力の衰えを告げる。

 

 打ち合いの隙間に、レイナがふと声を漏らす。

 

「最近、王都方面で盗賊被害が増えてるらしいわよ。前線じゃ魔族と戦ってるっていうのに迷惑な話よね」

 

 その言葉が、クラウスの記憶に触れた。徴税された税を積んだ馬車が盗賊に襲われた事件がある。クラウスはその対応に追われた結果、訓練の期間を大きく削られることになってしまった。

 

 クラウスは剣を下ろし、レイナに視線を向けた。

 

「午後、森に出ませんか? 領民から魔物の動きが気になると相談を受けていまして」

 

 レイナは腰の剣の位置を直しながら、眉をひそめた。

 

「講師に魔物狩りを提案するなんて、珍しいわね。……でも面白い。午後は空いてるわ、案内して」

 

 その返事に、クラウスは浅く頭を下げた。

 

 森の中は湿っていた。陽光は樹々に遮られ、風はない。剣を帯びた二人の足音が、落ち葉の上で控えめに鳴っていた。

 

 レイナは魔物の痕跡を拾いながら先を行き、クラウスは一歩後ろで注意深く周囲に目を向けている。

 

「この辺りはもう大丈夫かしら」

 

「そうですね。それなりの数を狩りましたし、もう少し奥に行きましょう」

 

 二人は短時間のうちに、跳ねる牙獣を仕留めた。小型の羽根蛇、地を這う奇虫も数体。レイナは汗もかかず、声ひとつ荒げずに剣を振るい続けた。

 

 クラウスも今できる全力で魔物を討伐していた。踏み込みは鋭く、斬撃は的確。しかし、一振りごとに筋肉が軋む感覚に襲われていた。

 

「あれ、見えましたか? 岩陰のあたり、人影が見えたような」

 

 レイナが目を細める。

 

「確かに。狩人じゃないみたいだし、こんな森の奥に居るなんて怪しいわね」

 

 二人は距離を詰め、岩の裏に回り込んだ。そこには、不自然なほど擦り減った地面。焚き火の跡。粗末な布袋と、土に残った複数の足跡。そして洞窟。口をあけた天然の裂け目。

 

「装備を見る限り盗賊ね」

 

 レイナが剣の柄に手をかけ、クラウスが静かに息を吐いた。

 

「噂の盗賊でしょうか?」

 

 クラウスは偶然を装っていたが、この場所に来たのは以前の世界を含めると二度目だった。

 

「まぁ、話は大人しくなってから聞かせてもらいましょう」

 

 剣を抜いたレイナは、迷いなく盗賊のアジトへと歩を進めた。

 

「その鎧……チッ、もう追手が来やがったか! 野郎ども、集まれ!」

 

 レイナの鎧を見て王国の騎士が討伐に来たと勘違いした男たちが飛び出してくる。手には斧。槍。短刀と言った様々な武器が握られている。

 

 先頭が斧を振り下ろす。クラウスは一歩だけ左へ跳び、落下の瞬間に刃の内側へ滑り込む。斧の軌道を逸らし、剣の柄で手首を打つ。斧が落ち、体勢が崩れる。

 

 背後から短剣の影が迫る。クラウスは振り返りざまに剣を振り、刃と刃がかち合って火花を散らす。わずかな隙に足払いを入れ、体勢を崩す。

 

 レイナが体勢を崩した男を切り付ける。続く盗賊の突進を受け止め、強引に崩したところへ刃を突き込む。その一撃は、まるで布を引き裂くかのように滑らかで、鋭かった。

 

「対人経験あるみたいね」

 

 洞窟の奥から、残りの盗賊たちが怒号を上げて飛び出してくる。十数人の武装集団。無秩序、けれど勢いはある。

 

「似たような場面を見たことがあるだけです」

 

 クラウスは喉元を狙って飛来した投げナイフの軌道を読み、反射的に切り払った。隣ではレイナが敵と打ち合っている。左右から迫る二人に対し、クラウスは剣を逆手に構え、跳び込む。剣を振るうというより、動き続けることで背後を取らせないよう立ち回っていた。

 

「似たような場面って、どんな修羅場だったのかしらね」

 

 盗賊たちは数こそ揃っていたが、二人に刃を届かせるほどの腕はなかった。まるで稽古の延長のように、軽口を交わしながら二人は剣を振り続ける。

 

 レイナは洞窟の入り口に残された盗賊たちの衣服を裂いた布で拘束していく。手元の動きは無駄がなく、結び目は鋭く、ほどける気配すらなかった。

 

「私は憲兵にこいつらを突き出しに行くけど、疲れたならクラウスは帰っても良いわよ?」

 

「そうさせてもらうよ。流石に少し疲れた」

 

 翌日の朝は空気が肌に張り付くような、湿り気のある冷たさだった。

 

 クラウスは階段の手すりに手をかけながら、そろり、そろりと足を下ろした。背中。腿。脇腹。全部が鈍く痛んでいる。

 

 訓練場にたどり着くと、レイナがすでに剣を抜いていた。踏み込み、打ち込み、離脱。その動きに迷いはなく、身体のキレもそのまま。

 

「おはよう。……顔死んでるけど、クラウス」

 

 クラウスは立ち止まり、剣の柄に手を添えながら力なく笑った。

 

「昨日のツケが……身体中に返ってきてます」

 

「え、あれで? そんな動いてなかったでしょ」

 

 レイナはさらっと言いながら、三連撃の素振りを締めた。

 

「こっちは余裕よ。筋肉痛ゼロ。むしろもう一戦やりたいくらい」

 

 クラウスは軽く引きつった笑みのまま、ゆるく構えを取る。剣を持ち上げた瞬間、肩が悲鳴を上げた。

 

「今日は、軽めでお願いします」

 

「仕方ないわね。じゃあ、動きの確認だけ。座ったままでもいいから見ていて」

 

「ありがとうございます……」

 

 レイナは笑って剣を振るい続ける。動きに翳りはなかった。クラウスは端で座りながら、遠目にその姿を見つめる。

 

 昨日のことも含めて、彼女は何も変わっていない。この時間の中では、まだ何も起きていない。元気そうに剣を振るうレイナを見ながら、クラウスは静かに息を吐いた——。

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